Coolier - 新生・東方創想話

秘封倶楽部のありふれた一日 ~フィナンシェ~

2021/01/21 21:23:08
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 京都の街には通りが多い。寺町通り、烏丸通り、丸太町通り、御池通り――。碁盤の目と言われるように、南北に、東西に、幾重もの道がまっすぐ走り、互いに垂直に交わっている。有名な通りは道幅も広く、百貨店や小洒落た店が立ち並び、あるいは古くからある寺社仏閣が佇み、見る物に困らず、多くの人で賑わっている。もちろん人があまり通らないようなマイナーな通りもあるが、そんな小さな通りにもおおむね名前がついているため、すべてを覚えることはなかなかに難しい。行ったことがないどころか、文字を示されても読み方すらわからない通りもざらにあるのである。
 それだけたくさんの道があれば語呂合わせが出てくるのは当然で、京都には昔から、通りの名前を覚えるための数え唄が存在している。東西の唄と南北の唄の二種類があり、「まるたけえびすに おしおいけ♪」という歌詞を聞いたことのある人もいるかもしれない。京都に首都が遷都した際には、この数え唄を現代アレンジした歌が多少話題を呼んだものだったという。ただ、あいにくその歌が流行ったのは私が生まれるより前のことであり、未だに私は京都の通りを覚えられていない。大学を卒業するまでに覚えられるかも怪しいところだろう。
 ようするに何が言いたいのかと言うと、京都は道が複雑で、飲み会帰りのほろ酔い気分でもないと、通り過ぎることのない道やお店がたくさんある、ということである。


  *********


 時刻は午後十一時過ぎ。これから二次会に行くという一団からなんとか逃げ出し、私は帰路についていた。季節は真冬を過ぎそろそろ春になろうかという頃で、京の街ではまだ夜風がだいぶ冷たい。帽子を目深にかぶり、体を縮こめて足早に歩いていく。
 私は飲み会があまり好きではない。そんなに親しくもない人達とたいして美味しくもない食事を食べ、ほどほどにしか酔えないお酒を飲むのだから楽しくなりようがないとも言える。しかし、今日の飲み会は出席せざるを得ない事情があった。我らが弱小オカルトサークル『秘封倶楽部』は、弱小にも関わらず、蓮子の人脈によって大学サークル連合から活動費を取得していた。今日の飲み会は、そのサークル連合の年に一度の懇親会だったのだ。お金をもらっている以上、最低限の付き合いはこなしておかないと何かと面倒なことになりかねない。本来は、直接の伝手がある蓮子が参加する予定だったのだが、「今日は飼っているイグアナの誕生日だからパス」と言って、彼女は私の目の前で逃走していった。ひとり残された私は欠席する理由を十通りほど考えたのだが、今後の円滑なサークル活動を秤にかけて、不承不承飲み会に参加することにしたのであった。
 そんな望まれざる宴会なので、私は座敷の隅っこの方で、人畜無害そうな笑顔を振りまきながら過ごした。とりあえずお酒だけは、誰かが追加注文するたびに頼んでおく。蓮子はあれですぐ酔ってしまうのだが、私は嗜める方なので、こういう機会には可能な限り飲むよう心掛けているのだ。二人で行くと飲むより話し込んでしまうことが多いし、そういう意味ではたまにたくさんお酒を飲める機会は悪くない。とはいっても、珍しくもないチェーンのお店なので、たいして酔えるお酒ではないのだが。
 会自体は、前後不覚に陥ることもなく、無駄に騒ぎまわる輩も出現せず、平穏無事に終了した。一部の参加者は旧型酒が飲めるという店に二次会へ繰り出すようだったが、そこまで付き合う義理はないのでお暇することにした。

 こうした経緯で、私はそろそろ日付をまたごうかという京都の夜道を歩いていた。京都の道は直線なので、帰る方向がだいたいわかっていればそのうち見たことのある場所に出られる。だから、こういう飲み会の帰りはわざと普段通らない道を通ることにしている。いま進んでいるのは南から北へと伸びる通りで、比較的道幅が広い。通りの中にはかなり幅の狭い、古民家ばかりが立ち並ぶところもあるが、ここには比較的しゃれた建物が多いようだ。今は閉まっているが、扇子やら壺やらいかにも京の街らしいお店もあれば、恐らく居酒屋なのだろうが、ガラス張りと和風建築が折衷された、そこはかとなく高級そうなお店もある。気軽に行くような場所ではなさそうだが、たまには奮発するのも悪くないと思わせてくれる見た目だ。
 蓮子と二人、しがない大学生が連れ立って行く店となると、大学の近場など何かと固定されがちになる。私にしても蓮子にしても、雰囲気を重視する質でもないし、そもそも雰囲気のなんたるかもよくわかっていないから、いつもの店でと成り行きに任せてしまうことがほとんどだった。いや、だがそうは言っても、蓮子は私に輪をかけてこういうことに疎い。今度よく言い聞かせて、お店を選んでもらう必要があるだろう。

 そうやってとりとめのない思考で歩いていると、ふっと、甘い香りが漂ってきた。
 アーモンドの香ばしさが混ざった、スポンジのような焼き菓子のような香り。どことなくしっとりとした風味で、フィナンシェか何かの匂いだろうか。そう思い至ると、急に脳裏にいくつかの情景が蘇った。暖色の明かりが灯る穏やかな店内と、壁際に並んだクラシックな調度品。目の前の机には、ティーカップと焼き菓子を載せたお皿が並んでいる。口に運んだフィナンシェはほろほろと溶けるかのようで、満ち足りた気分で向こうを見やると、カップから立ち上る湯気の向こうに、蓮子の手が透けて見える――。
 その光景は、以前蓮子と神戸に行った折に立ち寄った、フィナンシェの美味しいケーキ屋さんだった。街を歩いている時に偶然立ち寄った店であったが、お茶も焼き菓子も美味しく、二人で至極満足したことを覚えている。そういえばその店で話している時に、フィナンシェやケーキが有名な洋菓子屋が京の街にもある、と話題になったのであった。我々はオカルトをこよなく愛しているが、同じくらいには甘いものも愛している。時間のある時に行ってみようという話になったのだが、なんとなく機会を逃していた。
 この香りは、そのお店のものなのだろうか。どの通りから漂ってくるのか、それとなく探ってはみるものの、香りはすぐに寒風にまぎれてしまい判然としない。お店の外観だけでも確認したいと思うが、あんまり余計な路地に入り込んでしまうと、道に迷ってしまいそうだった。ここは致し方ない。今日は蓮子の代わりに飲み会に出てあげたのだから、今度場所を調べさせて、連れていってもらうことにしよう。
 
 そうして、いつの間にか酔いも冷めた私は、そのまま家へと帰り着いたのだった。


  *******


 明けて翌日。今日も今日とて、私たちは秘封倶楽部の部室にたむろしていた。ただし、私はジト目で蓮子をにらみつけていた。
「蓮子……、昨日はよくもやってくれたわね」
「いやー、ペットのモンゴリアンハムスターが……、いやイグアナだっけ。まあとにかく、そういう時もあるよね」
 あはは、と誤魔化す蓮子だが、それで誤魔化しになるなら苦労しない。こっちはひたすら仏のような顔を浮かべたり、酒を飲み続けたりとそれなりに大変だったのだ。
「これは埋め合わせが必要です」
「うん、そりゃあね、お付き合いしますよ」
「なんでも?」
「私のできる範囲なら……、そんなマジな顔で考えないでよ、怖いよ」
 なんでもいいらしいのでどんな悪逆非道な要求を通そうかと考えたが、そこで、件の洋菓子屋に連れていってもらうつもりだったのを思い出した。
「ほら、ちょっと前に話題になった、フィナンシェが美味しいらしいってケーキ屋あったでしょ?」
「神戸の店で話したやつ? そういえば行くっていって全然行ってなかったね」
「でしょ? だから、そこに行きましょ。さあ今すぐ場所を調べて私をエスコートして」
そう蓮子に言ったのだが、彼女は気まずそうな、なんともバツの悪い顔をして、こう言った。

「あー、あそこね……、一月くらい前に、つぶれちゃったんだって」





続きました。マドレーヌにしようか迷いましたが、フィナンシェの方が好きなのでフィナンシェにしました。
メリーしか登場しないと、ふたりがいちゃいちゃできないという事実に気づいてしまったので、今度から気を付けたいです。
乃木円
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
3.90七草粥削除
楽しそうでとても良かったです
4.100南条削除
面白かったです
イグアナの誕生日なら仕方ないですね
5.90名前が無い程度の能力削除
イグアナの誕生日は使っていきたい
6.90ばかのひ削除
とても素敵な最後の一行でした。
もっといちゃいちゃしてほしいですが、地の文も素晴らしかったです。