Coolier - 新生・東方創想話

一番、隣に相応しい

2020/12/31 19:20:32
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「貴方の役割は兵長。他の埴輪兵士を率いて上に立つ、偶像中の偶像。分かりやすく言うと一番ってこと。分かった?」



 早朝の霊長園はひたすらに静かで、聴こえる音は自分の足音くらい。少し前までは一日中埴輪兵士がひっきりなしに行き交い、袿姫様に土やら水やらその他諸々の資材を運んだり、はぐれた人間霊を探したり、時には単独潜入を試みた動物霊と交戦したりと常に騒がしかったものの、畜生界の争乱が落ち着いた今、そんな慌ただしさはすっかり鳴りを潜めた。一応、袿姫様が起床されて安眠を妨げる心配がなくなれば、兵士の見回りが始まって幾らか騒がしくなるが、それまではもう少しかかるだろう。
 そんな現状なので、早朝の見回りももうしなくてもいい、と言われているけれど、今日も相変わらず続けている。
 もはや日課になってしまったのでしないとちょっとそわそわする、というのもあるが、他にも大切な理由があった。今日の朝食当番が私なら何を作るか、袿姫様が当番だったら何が出てくるのかを思案するという役割が。
 別にこんなことは自室でも出来るけれど、献立を考えるにしろ思いを馳せるにしろ、歩きながらの方が頭がよく巡る。今日は――寝過ごさなければ――袿姫様の当番の日なので、心持ちも気楽なものだ。
 こんなことを誰かに言えば、『朝食を楽しみにする土人形なんて』と思われるだろうし、正直自分でも思う時がある。でも、飲まず食わず眠らずでも生きていけるし、飢え乾き眠気も無視が容易だからと言って、その通りにする必要なんてどこにもない。
 まあ、この考え方は、五感に加え、血、涙、知性、そして心までも授けてくれた袿姫様の受け売りだけど。
 しかし、そんな自身の体に関して生まれて間もなかった頃の私は、触感や視覚、知性や心の必要性は分かるが、味覚や血は果たして必要なのかと尋ねたことがある。その時こそ袿姫様は「いつか役に立つ時が来るわ」と笑っていたけれど、今となっては私もそれなりに分かってきていた。
 味覚は単純明快、美味しい食べ物が美味しいと分かる、この一点だけで非常に有意義だった。それに、袿姫様と同じ感情を共有出来ることもとても大きい。
 血は検知器として。この体は痛覚がある程度鈍く作られているので攻撃に怯まずに居られる分、危機を理解するのが遅い時がある。相手は基本的に動物霊で私や埴輪兵士には無力とは言えど、相手も相手で岩や火薬を使った攻撃を行ってくることもあるので、引き際の判断に有用だった。
 また、それとは全く関係がないけれどもう一つ。ある日、袿姫様が珍しく些細なミスで工具で指を少し切った際、僅かではあるが傷口から赤い血が垂れた。それを見た時、『人間が使う言葉の意味とは違えど、私と袿姫様にも同じ血が流れている』という実感が湧いて、何だか嬉しかった。
 そういえばあの時、傷の手当を終えた袿姫様に「主人が怪我をしたのに何を笑っているのよ」と不満気に頬を柔く抓られたが、先のことを正直に言ったら、笑うとも怒るとも取れない顔で更に頬をむにむにと弄られた。改めて思い返しても、あれは妙な折檻だった。
 ただ、まだ涙の必要性はあまり分かっていない。前に霊長園に攻め込んできた生身の人間に負けてしまった際に、袿姫様の期待に応えられなかった悔しさに少し泣いてしまったものの、だからと言って何か得た物があったかと言われると難しい。
 それはともかく、こんな私に並び立つほどの出来の土人形は他にはいないし、新しく作り出されそうな様子も無い。このことは――何故そう思うのかは分からないけれど――自分にとって誇りだった。
 烏滸がましい、恐れ多いとは分かっているが、私は袿姫様にとって特別なのではと、やっぱりちょっとくらいは思う。
 そうこう思い返しているうちに、朝の見回りの折り返し、霊長園の出入口に着く。すると、出入口の真ん中にこれ見よがしに、件の連中からの立ち退き命令の書面が投げ込まれていた。おおよそ五日に一通程度の間隔で届くが、袿姫様は毎回ちゃんと読んだ上で無視し、処分している。これもまたそうなるだろう。
 まだ見回りの半分とはいえ、やはり問題なんて一切無い、落ち着いた朝だった。これがいつまで続くかは分からないけれど、きっと今日も変わらない一日になるだろう。



「磨弓、貴方は今日からしばらく工房に立ち入り禁止ね」
「はい。……はい?」
「工房に入っちゃ駄目。ああ、でも私が工房にいる時はノックするなり呼ぶなりして、私がいいって言えば入ってもいいから、それでお願いね」
 二人で作った遅めの朝食――袿姫様が朝食当番であることを忘れ、布団に包まったままずっと次の創作物の構想を練っていたためだ――を食べ終えた後、急に袿姫様はそんなことを仰った。多分、袿姫様にとっては急のつもりなんて無いのだろうけれど、私にとってはそうじゃない。だって、こんなことを言われたのは初めてだったからだ。
「ちょっと一人で集中したいことがあってね。分かった?」
「分かりました。では、工房の前に陣取り、見張りを……」
 袿姫様が一人になりたいほどに集中する作業ならば、鼠一匹通さない気概を胸にそう言ったものの、当の袿姫様は呆れた顔を見せて、こほんと小さく咳払いをした。
「……前言撤回。貴方には命を与えます。外の見回りをしてらっしゃい」
「……外、ですか」
「ええ。だけど、霊長園の外じゃないわよ。人里まで。それ以外の任務は無し。使者を務めることも、お遣いもしなくていい。まあ、休みだと思ってくれていいわ。たまには欲しいでしょ? 自由時間」
 そこまで仰ると、袿姫様はとにこりと笑うが、私の方はと言えば、全く意識をしたことが無かった話で、少し呆気に取られてしまった。だって、私にとっての自由じゃない時間とは以前までの戦いに身を置いている時間であり、ここ最近のような、日がな一日袿姫様のお手伝いと、埴輪兵士や霊長園の点検及び整備をして過ごす毎日は、自由そのものだったからだ。
 だが、恐らくそういう意味じゃないのだろう、本当に、何もしなくてもいい時間のことを仰っているのだと思う。だけど、やっぱり。
「いえ、お気遣いは無用ですよ。今でも自由時間はありますから。工房での雑用を終えた後や、朝目覚めてから袿姫様が起床されるまでの間とか……」
 今でも十分にあるのでわざわざ休みなんて、と伝えると、袿姫様はさっきよりも露骨に呆れた顔を見せた。
「そんな隙間時間じゃなくて……。うーん……、この間、一緒に地上にお買い物に行ったでしょ?」
「はい。確か、五日前でしたか。様々な土や水、その他諸々の資材も購入して、最終的にそれらを乗せる台車まで購入した……」
 因みに、それらのお金は人里で行われていたガラクタ市で、袿姫様が作られた小さな鏡やお皿を売って得たものだ。袿姫様の作られた物は普通の人間には手に余る代物が多いが、作品にこもる“魔力”と言うべき神性な力を『相性の合う人が購入すれば家宝認定される程度』という実害が出ないくらいまで抑え込んだうえ、売る客もきちんと袿姫様自身が見定めて売却したので、問題は無いとのこと。
「あの日は磨弓がいてくれて本当に助かったわ。台車、私が引いてもピクリとも動かないんだもの……って、それはいいとして……」
 袿姫様は向かいの棚へ向かうと引き出しを一つ引いて、中から取り出した皮袋を私の方へぽいと投げる。それを両の手の平で受け取ると、じゃりんと重い音が鳴った。
「お小遣いよ。その時の余りの一部だけど、それだけあれば十分でしょ」
 中に入っている物が何かは袿姫様が既に教えてくれたが、袋の口を少し開けて自分の目でも確認してみると、数枚の紙幣と数十枚の硬貨が乱雑に詰まっていた。以前買い物した際の物価から概算しても、まず一日では使い切れない額がありそうだ。
「十分どころか、多すぎるような……。結構使ったように思っていましたが、まだこんなに残っていたんですね……」
「まだまだあるわよー、ほらほら」
 袿姫様は棚からもっと大きな袋を三つほど取り出して、じゃらじゃらと振る。鍵も無い棚に雑に放り込んでおくには不用心が過ぎる金額だが、ここに盗みに入ろうなどと考える者は畜生界と言えど、いや、だからこそいないだろうけれど。
「そういうことだから、それはもう全部自由に使っちゃっていいわよ。そうね……、晩御飯までに帰って来てくれればいいわ」
 現在の大体の時刻は分かっているが、改めて時計を見やる。今から晩御飯まで、となると、行き帰りの時間を含めずとも半日近くある。
「ほら、やりたいこととか、何か無いの?」
「……いえ、特には……」
「なら、やりたいことも一緒に見つけてくること。いいわね?」
 袿姫様は最後に課題とも言うべき内容を突き付けると、もう一度にこりと笑う。だけど、一方私は引き攣った笑顔しか返せなかった。



 朝とは所も時刻も変わって、昼過ぎの幻想郷の人里。自由に過ごせと言われたものの、したいことも何も思いつかないまま、通りの脇に身を寄せてどうしたものかと口元に指を当ててうむむと唸っていた。
 霊長園を出てから人里に来るまでの間も、やりたいことやりたいことと頭の中で唱えながら、色々と考えてみた。でも、一人で、となるとこれがまた途端に思い付かない。
 袿姫様もご一緒なら、例えば食事や工具店、ちょっと人里を離れて妖怪の山や霧の湖なる場所に資材を探しに行けば、袿姫様が喜んでくれるだろうという指針がある。では何か袿姫様が喜びそうな物でも買っていくか、と言っても必要な物は前回自ら見定めて買っていたし、そもそも半日もあるのだから時間も大きく余るだろうし、根本的な解決にはならない。
 一応、寄ったお店も無いわけでは無い。人里に着いた時刻がお昼時だったので、たまたま近くにあった、作りたてのいい匂いを漂わせていた団子屋の屋台に寄り、昼食代わりに三本頂いた。お昼にしては少ないものの一人での食事ではそこまで食べる気にもならず、これくらいがちょうど良かった。それに、次に二人で来た時は是非袿姫様も誘おうと思えるくらいには美味しかったので、十分満足だった。
 だが、したことなんてこれっきりで終わり。袿姫様は無いなら探しなさいとも仰ったが、今まで考えたこともないようなものが急に思い付くはずも無く、今考えていることと言えば、帰る時間まで人里を後何週するんだろうか、という我ながら後ろ向きなものだった。
「……あのっ、磨弓さん、ですよね?」
「え?」
 そうしてぼんやりとしていると、背後から聞き覚えのある声に呼ばれ、振り返る。
「ああ、やっぱり。こんにちはですー」
「妖夢さん。こんにちは」
 するとそこに居たのは、半分人間半分幽霊な冥界の剣士、妖夢さんが中身の入った買い物籠と手提げ袋を携えてそこに立っていた。彼女とは畜生界のいざこざで出会い、その時こそ敵同士だったものの、今や友人と呼べる関係だ。
「袿姫さんの姿が見えなかったので、違うのかもって思ってたんですけれど……。今日はお一人ですか?」
「はい、一人なんですよ、今日は」
「あ、そうだったんですか。珍しいですねー」
 今まで妖夢さんとは数回会ったことがあるが、初対面の時以外は全て袿姫様も一緒に居たので、そう思われるのも当然か。もっとも、嫌な気分は全くしない。
「それで、磨弓さんが人里で一人なんて、何か用事でも? 私と同じく、お遣いですか?」
 妖夢さんは手提げ袋を軽く持ち上げながら言う。よく見るとその袋には店名らしき物が書かれており、字面から察するにどうやら和菓子屋の名前のようだ。
「……いえ、それがですね……」
 私はこれまでの経緯を手短に話す。突然転がり込んできた休日に何をすればいいのか分からない、なんて相談を受けたのは妖夢さんも初めてだったようで、話を締めた時の第一声は、気の抜けた「ふえー」だった。
「……それで、妖夢さんのお聞きしたいのですが、妖夢さんはお休みの時って何をされていますか?」
「うーん……。実は私も半日以上何もしなくていい日、っていうのは珍しいのでぱっと思い付かないのですが……」
 妖夢さんは捻っていた首を反対方向に傾けると、言葉を続ける。
「でも、出掛けるには短いけれどそれなりにまとまった時間が出来た時なんかは、修行していることが多いですかねえ。体を動かすこと自体好きですし、巻き藁を斬るだけでもスカッとしますし」
 言いながら妖夢さんは右手の人差し指を刀に見立てているのか左右にぶんぶん振る。もし本当にそんなにスパスパと斬っているとしたら、もはやストレス解消が主なのではと少し心配になったが、妖夢さんの挙げた内容自体は一考の余地がある。
「修行、ですか……」
 袿姫様の傍らに立つ者として、以前のような不甲斐ない姿を見せることはしたくない、という思いはずっと持っていた。だが、元が埴輪であるが故、筋力や体力を今以上にすることが出来ないので思案の外だったが、それは甘えた思考停止だったかも知れない。
 想定していた外敵が畜生界を根城とする連中なので、それらを相手取るには自分一人が強くなるよりも、埴輪兵士の人数を増やして集団戦の練度を上げ、全体を強化した方が効率がいい。なので自分よりも兵士達を、と思っていたが、妖夢さんのような『埴輪であること』が利点にならない強者をどこからか連れてくる可能性は、これからも十分に有る。ならば、些細な身振り手振りを見直したり、戦法を改めて学ぶことは重要かも。
 うん、改めて考えてみても、これはいいかも知れない。
「妖夢さん! 名案を有難うございます。私も、今日は修行に精を出してみようと思います」
「お役に立てたようで何よりです。それで、どんな修行をするんですか?」
「そうですね、それは……」
 妖夢さんの問いに自信満々で返事をするが、それ以上言葉が出てこなかった。あれ、そういえば。
「……何をすればいいんでしょうか?」
 袿姫様から頂いた知性のお蔭で修行といえばこれ、というのは思い浮かんでも、私の知恵が追い付いていないせいで一体何をするのがいいのかまでは考えが至らなかった。
 私の間の抜けた回答に、妖夢さんは埴輪のように目と口を丸くして呆気に取られた顔を見せたかと思えば、くすくすと笑う。ああ、もう、恥ずかしい。頬が赤くなっていないか心配だ。
「あ、す、すみません。笑ってしまって……」
「い、いえ、笑われても仕方ありません。そういえば、埴輪兵士を交えての訓練なら何度もしたことが有りましたけど、それはあくまで連携の練度を上げるためで、自分一人で自分のための修行って何もしたことがありませんでした……」
 経験がないことをいきなりやろうと決めても碌に出来ない、そんなのは今まさに休日の過ごし方を聞いている時点で分かることだ。
「では、私がお教えしましょうか?」
「えっ? で、でも、そんなご迷惑を……」
「いえいえ、ここで会ったのも何かの縁ですし。それに、実力が近い者が二人いると出来る、効率がいい上にとても手っ取り早い方法があるんです。私にとっても磨弓さんなら申し分ありませんし、どうですか?」
 二人居るからこそ出来る修行。それが何なのかはやはり分からないが、妖夢さんがこういうからにはいい修行方法なのだろう。
 私は少し考えた後、姿勢を正して「お願いします」と一礼した。

 埴輪兵士が放つ矢の雨を一切の無駄なく躱しながら、妖夢さんがこちらへ向かって走って来る。やはり、速い。既に遠距離戦の間合いから、中距離、いや近距離まで迫っている。
 この距離ではもはや弓矢は役に立たぬと、埴輪兵士に射撃の中止命令を出して、手に持った得物を構え直して目前の彼女を睨む。一騎打ちだ。埴輪兵士を近接戦闘に切り替えさせて加勢させなかったのは、一騎打ちだから、ではなく、少しでも余計な意識を断ちたかったから。
 矢を止め、一人構えを取った私を見て彼女も察したのだろう。駆ける速度も姿勢も変わらないが、纏う空気がより重くなった。
 徐々に妖夢さんとの距離が詰まる。それに比例するように時間の流れが遅くなったかのような錯覚を覚えながらも、彼女の踏み込みの歩幅から私までの間合いとタイミングを計り、心内で数字を数える。
 三、二、一、ここだ、と胸中で静かに唱えた言葉もろとも切り裂くように大きく、しかし隙は最小限に留めて振り抜いた。だが、手応えはない。刹那、斬り伏せたつもりの眼前の彼女の姿は揺らめき、白く丸っこいもの――半霊と言っていた――に姿が変わる。
 それに気付いた時にはもう遅かった。既に懐に潜り込んでいた妖夢さんの凶刃が、私のお腹を真っ二つに引き裂いた。
 ……なんてことはなく、ぱしんっ、と竹刀が防具を叩く乾いた音が辺りに響く。
「……参りました。お手合わせ、ありがとうございました」
 負けた。その事実に小さく息を一つ吐いてから、一歩引いて自分も竹刀を脇に構え直し、一礼する。
「いい勝負でした。こちらこそ、ありがとうございました」
 妖夢さんも姿勢を整えると、礼儀正しく一礼を返す。すると、縁側に座っていた妖夢さんの主が、見世物の見物客のようにぱちぱちと軽く拍手をした。
 それに妖夢さんは照れの混じった笑顔を見せたが、私に見られていることに気付くと、すぐに持ち直す。
「……では、ここで休憩にしましょうか」
「そうですね」
 そして、私達は幽々子さんの待つ縁側の方へ歩いて行った。

「いやー、貴方が戦っている姿って初めて見たけれど、思っていたより強いのねえ。戦闘形式は言ってしまえば古いのに、全体的な水準が凄く高いわ」
「古いと言えど、それは基礎や基本に忠実とも言えますからね。最後の搦め手が無ければ、負けていたのは私でしたし」
「いえ、仮にあの変わり身に気付いたとしても、既に見失ってしまっていたのは事実ですから。それに、お互いに埴輪兵士と半霊は有りと定めた以上、完全に私の敗北です」
 縁側に幽々子さん、妖夢さん、私と並んで座りながら、先の勝負について話し合う。手にしていた武器こそ竹刀ではあったが、勿論遊び半分などではなかった。
 妖夢さんが言っていた、効率がいい上にとても手っ取り早い方法。それは非常に単純明快なものだった。先のような実戦寄りの試合と、この幻想郷で広く行われている弾幕での試合、それらをここ白玉楼の庭でそれぞれ何度か行った後、振り返って話し合い、また手合せに戻る。ただそれだけ。今回はまず肩慣らしに弾幕ごっこを二戦と実戦を一戦行ったところで、この休憩を終えたらまた手合わせに戻る予定だ。
 こんな目新しさの一切ないやり方のどこが効率がよく手っ取り早いか、なんて思われてしまいそうだが、何を学ぶべきかすら分かっていなかった私にはこれ以上ない方法だった。特に弾幕の方は私はまだまだ不慣れなので、一戦ごとに学びがあるくらいだ。
「それにしても、せっかくの休日の使い道が修行なんてねえ。妖夢にも見習ってほしいわー」
「私だって強くなるための努力はしていますし、むしろそれに茶々を入れるのは幽々子様の方ではありませんか……。今日だって、おやつが無いから買ってこいと……。まあ、何にせよ晩御飯の材料を買いに行かなければと思ってはいましたが……」
「でも、そのお蔭でこの子と会えて、いつもとは趣の違うことが出来てるのよー」
 妖夢さんの反論も、広げた扇子で口元を隠してくすくすと笑う幽々子さんにあっさりと躱されている。でも、妖夢さんの顔には、本気で困っている様子や嫌がっている様子は無さそうだった。
 何だか微笑ましいな、そう思っていると、幽々子さんは私の方に視線を向ける。
「ああ、そうそう、いい機会だし、貴方に一つ聞いてもいいかしら?」
 断る理由もないので頷きと短い了承の言葉を返すと、幽々子さんは言葉を続けた。
「もし、ご主人様がとても強い埴輪を作ったら、貴方はどうなるのかしら?」
「どうなる、ですか?」
 私だけでなく、隣で聞いていた妖夢さんも、少し首を傾げる。
「貴方は兵長でしょう? さっきの戦いでもそうだったし、以前ももっと沢山の兵士を率いて戦っていたと妖夢は言っていたし。だけど、そんな貴方よりも優秀な埴輪兵士が作られたら、ってこと」
 つまり、私以上に兵長に相応しい者がいたら、ということか。質問の正確な意図を理解するやいなや、同じく意図に気付いた妖夢さんが声を荒げた。
「ゆ、幽々子様! 何を言って……!」
「気を悪くしたならごめんなさい。ふと、気になってしまって。答えたくなければ、答えなくて構わないわ」
 幽々子さんは相変わらず扇で口元を隠しつつ、もう片方の手を左右にひらひらと振って言わなくてもいいわよとジェスチャーする。妖夢さんは申し訳なさそうな顔を浮かべ、私に頭を下げる。
 一方私は、何故そんなに気を遣うのかが分からなかった。だって、その質問は至極単純かつ、当たり前に起こりうることだからだ。強い兵は多いに越したことは無いし、より主の安全や地位が確固たるものになるならば、それは喜ぶべきことだ。
「そうですね……。もしかしたら、副兵長に格下げ、ですかね」
 だから、少し考えた後そう返すと、幽々子さんは「そう」とだけ呟いて、にこっと笑った。
 その後、再度手合わせを三試合ほど行った頃には時間もいい頃合いになっており、私は妖夢さんと幽々子さんに改めてお礼をしてから、白玉楼を跡にして人里へと戻った。霊長園へ直接向かわなかったのは、少し買いたいものがあったからだ。

「もう! 初対面の方にあんなことを言うのは止めて下さいよ。普段の幽々子様の口振りを知っている方ならともかく……」
「はいはい、ごめんなさいね。もし次会った時も気にしているようだったら、私から本人に謝っておくから」
「そうして下さい。でも、聞いた時もその後も、磨弓さんはずっと平然としてましたけど、そういうことを気にする方ではない、ということなんでしょうか……?」
「どうでしょうねえ。気にしていないのか、それとも……。でも、何にせよ、それほど難しく考える話でもないと思うけどねえ」
「そうですか? 結構繊細な話題かと」
「だって、『美味しい焼き魚ともっと美味しい焼き魚を出されたら主人はどうするの?』って話よ? 私なら遠慮なく両方頂くもの」
「はいはい、今日は焼き魚が良いんですね。買ってきた物のチェックは相変わらず早いんですから、もう」
「ふふ、楽しみだわー」



 霊長園に帰ってきた私は真っ先に袿姫様の工房へ向かい、その扉を叩く。少しした後、入ってもいいわよ、と中から声がしたので、大丈夫だと分かっているものの邪魔にならないように静かに扉を開く。
「ただ今戻りました」
「お帰りなさい。で、どうだったかしら?」
 帰宅の旨を伝える私に対し、袿姫様はわざわざ椅子から立ち上がって迎えてくれた。ちらりと見えた奥の作業机は大きな布が掛かっていて、何を作っていたのかは分からない。だが、袿姫様の汚れた作業着や工房に満ちる土や多少の金属の匂いが、今し方まで作業に没頭していたと雄弁に語っていた
「はい。実りの有る時間でしたよ。こちら、お土産です」
 でも、それには特に触れず、妖夢さんとの修行を終えた後に買いに行ったお土産の入った紙袋を袿姫様に渡す。受け取った袿姫様は早速袋から中の箱を両手で取り出すと、蓋を少し開けて更に中を覗く。
「あら、美味しそうなどら焼き。……もしかして、お金の使い道ってこれだけ?」
「いえ、少しですがお昼にも使いましたよ。後、もう一つ使う状況もあったのですが、そちらは結局使わずじまいでした」
 アイデアの提供と協力の謝礼として妖夢さんに幾らか渡そうとしたが、受け取れないと断られてしまっていた。もっとも、自分も逆の立場なら受け取らなかっただろうから、押し付けたりはしなかったが。
「そう……、ええと、まずはお土産ありがとう、磨弓。でも、私は貴方が自分の為だけに使うつもりで渡したのよ?」
「私のために使いましたよ」
 袿姫様が喜んでくれたなら、私も嬉しい。だから、これは私のためでもある。そんな考えが言わずとも伝わったのか、袿姫様はやれやれと呆れながらも、優しく微笑んでくれた。
 帰宅も伝え、お土産も渡した。なので、立ち入り禁止という命令どおり、さっさと去ろうと扉の方へ向きかけたところで、ふと、あの時の会話を思い出した。
「……あの、袿姫様」
「なあに?」
 そして、いい機会だしこのまま尋ねてみようと思い立つ。もしも、私より強い埴輪兵士が出来たら、私はどうなるのかを。 
「…………作業の方は捗っていますか?」
「そうねえ、まだまだ全然ね。試行錯誤段階って感じかしら」
 でも、何故か聞くのを憚ってしまう。喉まで出かかっていたのに、無意識に止めてしまった。
「さて、それじゃ晩御飯にしましょうか。もう下準備は出来てるから、すぐに食べられるわよ」
「は、はい」
 どうやら切りが良かったタイミングだったのか袿姫様はそう仰ると紙袋を持って工房から出て行き、私も少し遅れてその後を着いていく。
 何故聞くのを止めてしまったのか、それは分からない。けれど、気にすることでもないか。私はそう結論付けると少し駆け足になって袿姫様の隣に並び、歩く。
 その日の晩御飯の後、私達は二人で一緒にどら焼きを食べた。その中でも袿姫様はシンプルな粒あんのみの物を、私は小さなお餅の入った物が特に気に入った。



 それからも二、三日に一度くらいの割合で袿姫様はお休みをくださった。その度に妖夢さんのところへ修行に向かい、都合が合わない時は教えて貰った貸本屋に行っては戦術書を借りてみたり、妖夢さんに倣い人里の外れで巻き藁や倒木を並べては姿勢や腕の振り方に気を付けつつ、いくつも切り倒していた。
 そうして、ひたすらに自主鍛錬を繰り返していたが、その甲斐もあってか、妖夢さんとの手合わせの戦績も、最初の頃は全敗に近かったのに徐々に勝ち星が増えていき、自らの成長を実感していた。
 ただ、そんな時間の中で不意に、もっと強い兵士が現れたら、と思っては本を読む手や剣の素振りを止めてしまうことがあった。流石に手合せ中までは考えなかったけれど、考える頻度が徐々に上がっている気がしたし、霊長園に戻り工房を訪ねた際に、今日こそ聞こう、と思っていても袿姫様を前にすると言葉に詰まってしまい、毎回聞けずじまいになっていた。
 しかし、その代わりお土産は決して忘れていない。ただ、こう頻繁に休みが食べ切る前にどんどん溜まってしまうので、違う味の小さなお菓子を二個ずつだけ、といった質素なお土産になってしまったが、それでも袿姫様はいつも笑顔で受け取って喜んでくださった。
 だが、そんな日々を繰り返すうちに、少し違和感に思うこともあった。以前購入した大量の資材がもう半分ほどになっていたり、自分が霊長園に居る時も含め、いつ帰っても袿姫様は工房に居たりと何かを作っているのは間違いないのだが、一切その影も形もないのだ。埴輪兵士の数は変わっていないし、装備もそのまま。初日に試行錯誤中と言っていたし、今でも芳しい結果が得られていないとぼやいていたが、あの袿姫様が試行錯誤だけでこれほど時間と資材を使うとは、今までに見たことが無いほどの熱の入れようだった。一体、何を作っているのか、皆目見当も付かない。
 そして、すっかり人里で過ごす休日に慣れ始めたある日のこと。今日も例のごとく白玉楼へ赴き妖夢さんとの手合せに励んでいた。
 しかし、今日はどうも幸先が悪く初戦から躓いてしまい、前哨戦の弾幕ごっこでは三戦一勝二敗と負け越し、実戦形式での三本の手合せも開幕二連敗と負け越しが確定。一応、三本目は残っているし、これが終わったら振り返りの後、もう一度それぞれを二本ずつが残っているが、全体で見ても相当厳しい戦績になりかねない。
 そうして迎えた、正念場の三本目。私は開始早々仕掛けた。試合開始とともに、真正面に据えた彼女に向かって全力で駆け出したのだ。埴輪兵士の援護を受けやすい中遠距離戦を投げ打ち、いきなり妖夢さんに分がある近距離戦へ突入する。今まで滅多にしなかった、搦め手とも言える戦法。
 彼女の表情を見る。少し面食らった様子があったが、すぐに持ち直すと受けて立つと言わんばかりに構えた。
 だが、僅かな隙には変わりない、先手はこちらがもらう。甘い打ち込みは簡単にいなされるのは分かっているからこそ、一撃で胴を打ち抜くことだけに狙いを絞り、守りも捨てて思い切り駆ける。
 そして、彼女の間合いに飛び込み、竹刀を振るう――が。
『もしも、私より強い埴輪兵士が出来たら、私はどうなるのだろう』
 だが、ここで、またそんな疑問が頭をよぎってしまい、それを振り払うように更に力を込めて、大きく振り抜く。ばちんっ、と、竹刀が何かに当たる、弾けるような音が、静寂を体現するような白玉楼に強く響く。
 だが、手応えはない。それに気付いた瞬間、少し離れたところで、またばちんと何かが音を立てた。
「ふう……。あまりされない戦法だったので少し対応が遅れましたが、力み過ぎて最後に精彩を欠いてしまいましたね。偉そうな物言いですが、惜しかったですよ」
 竹刀を握っていたはずの手元には何もなく、何が起こったか察しながらも二度目の音がした方へ目をやると、そこには竹刀が転がっていた。ああ、やっぱり。大振りになってしまった竹刀を、妖夢さんが弾いたんだ。
 負けた。その事実に両肩を落として俯き、ただ茫然と地面だけを見る。見たくて見ているわけじゃない。力が入らなかった。
「……あ、あの、ま、磨弓さん……?」
 少しして掛けられた妖夢さんのおどおどとした声に、ようやく顔を上げる。妖夢さんが私を見る顔は、三連勝に喜ぶ笑顔ではなく、心の底から心配そうな表情だった。

 二人だけが座る縁側での休憩時間は、いつもとは違い空気が重い。それもそのはずで、普段ならばこの時間はあの時の攻防がどうだった、あの手にはこの手が良かったなんて話で盛り上がっているが、今日に限っては違う。
「……というわけです。自分でも不思議ですよ、たった一つの問いに、ずっと囚われているんですから」
 私が何故、先の手合せであんなことになったのか、その理由が何なのか。それが今回の、たった一つの話題だった。
 それを一通り話し終えると、全てを黙って聞いていた妖夢さんは、静かに口を開く。
「……ぁ、あ、あのっ、幽々子様はよく試すようなことを言って私が困っている様を楽しんでいるような方ですから、だから、あれは挨拶代わりのちょっとしたお遊びなので、その、本気で受け取らずに……」
 入り口から徐々に勢いを増して、何を示しているのか分からない滅茶苦茶な身振り手振りも交えて矢継ぎ早に捲し立てていた彼女だったが、最後まで言い切る前に、はあ、と溜め息を吐いた。
「なんて言われても、はいそうですか、とは思えませんよね……」
「大丈夫ですよ、妖夢さん。私は幽々子さんに文句が言いたいわけでも、憤っている訳でも有りませんから。可能性を提示されただけなのに、その内容に必要以上に懸念している。たったそれだけのことだと、自分でも分かっていますから」
 妖夢さんの言葉は私を案ずるものであったが、きっと彼女は、私が自身の主に怒っているのではとも心配しているのだろう。だって私も、同じ立場ならそう思うから。
 だから、貴方が心配する必要はないし、己の至らなさを貴方の主にぶつけたいわけでもないと伝えると、妖夢さんは「お気を使わせてすみません」と頭を下げて、もう一度口を開く。
「それで、その、もしかしてですが、磨弓さんは何故それを気にしているのか、自分でもまだ分かっていないのでは?」
「……はい。恥ずかしながら、その通りです。主の傍に自分より優秀な者が立つ、それは喜ぶべきことの筈なのに、何故か、想像ですら手放しに喜べなくて……」
 胸中で渦巻く、気味が悪く、曖昧で、煩わしい感覚。この正体すら掴めずにいる自分に対し、妖夢さんは一度顔を伏せた後、またこちらに視線を上げた。
「それはきっと、磨弓さんが、不安に思っているから、ですよ」
「不安、ですか? ……その、失礼ですが、何故、妖夢さんはこの懸念が不安だと?」
 自分が抱えているこの感情を、妖夢さんは言葉を切りながら、言いにくそうにではあるが、断定した。迷いを断ち切れるという彼女でも、ここまで言い切るには理由があるはずだ。そう思い尋ねてみると、妖夢さんは力なく笑った。
「……それは、私も同じだから、ですよ」
 そして、妖夢さんはゆっくりと語り始めた。自らの抱える不安と、その原因となる人物の話を。
 その人物とは、自分に立場と役職を譲り、ふらりと姿を消してしまった祖父。今どこで何をしているのか、いつ帰って来るのか、そもそも帰る気があるのかすら分からない。
 けれど、もし帰って来たら、今の自分はどうなってしまうのか、考えることがあると妖夢さんは言う。
 追い出されてしまうなんてことは無いだろうし、単純に人手が増えるのだから自分の仕事は減って色々と楽になる。祖父は剣の師匠でもあったから、その分教示を受ける時間が増えるだけかも知れないし、修行自体は厳しかったが嫌いでは無かったからそれは構わない。
 でも、何もかも自分よりも遥か上を行く祖父が、今まで自分が任され、多少なりとも自信を持ってこなしてきたことを、もっと質も手際もよくこなしていく姿は、少し厳しい物がある。
 勿論、帰って来て欲しくないとは思わない。もう暫く会っていないから、会えるだけでも嬉しい。だけど、この日常が当たり前になっていて、その当たり前が崩れ落ちるとまでは行かずとも、大きく欠けてしまいそうで。
「それが不安なんです。今まで自分が居た場所や、置かれていた立場、それが変わってしまうだけじゃなく、そこに自分以外の誰かが収まって、自分が居た頃よりもっと上手く回っていく。本当は、それはいいことなんでしょうけれど……」
 妖夢さんは最後に、あははと空笑いする。彼女は話の所々で言い淀んだり、訂正を挟んだり、後になって注釈を入れたりとお世辞にも上手な説明とは言えなかった。でも、だからこそ急造で取り繕った言葉や思いじゃないのがとても伝わってきた。
 休みを頂いた日からずっと、こちらの誘いによく付き合って親身で居てくれたのは、もしかしたら主に仕える者同士仲間意識もあったのかも知れないと今更ながら気付き、改めて、有難く思った。
「磨弓さんで言えば、袿姫さんと一緒にいるのが、磨弓さん以外の誰かになってしまう。例えば、私、とか」
「え……」
 妖夢さんに言われ、少し考えてみる。彼女は剣術は達者で、強さは申し分ない。時々抜けているところはあるけれど、従者としても真面目だし、料理や家事も一通り出来ることも知っている。それこそ、袿姫様のお傍でも暫くすれば、そつなくこなしていくと思える。
 そして、そこに私は。
「……想像出来ません」
「ふふ、そうですね。例えが悪かったですね、私も想像出来ませんから」
 そう言うと妖夢さんは、小さく苦笑する。もしかしたら、自分自身を出したのはちょっとした冗談だったのかも知れないけれど、今の私には冗談として受け取れなかった。
「……その、では、妖夢さんはこの感情をどうやって抑えているんですか?」
 私の心を縛るこの感情が不安だというのは分かった。ならば、答えを導き、同じと言った彼女は一体どうしているのか。
「……それは、ごめんなさい、分からないんですよ、私にも。精々、出来るだけ頭の片隅に追いやっておく、くらいでしょうか」
「そう、ですか……」
「お役に立てず、申し訳ありません」
「いえ、そんな……」
「……」
「……」
 妖夢さんが頭を下げ、それに短く私が返答したのを最後に、それっきり会話がなくなってしまう。元々静かな白玉楼だが、今は輪を掛けて静かだ。
 不味い、私のせいで雰囲気が最悪になってしまった。どうにかしないと、と私は必死に考えを巡らせる。何かないか。出来れば、彼女がちゃんと答えてくれて、役に立てたと思ってくれるような質問は。
「……あっ、あの、妖夢さん。さっきの話とは全く関係のない話なんですが、いいですか?」
「え、は、はい」
 言葉をつっかえる私と同じように、急に話を振られた妖夢さんもつっかえながら返事をする。でも、きっと、この質問なら、そこそこ流暢に返してくれるはず。以前に、幽々子さんのためにお遣いに行ったとも言っていたし。
「その、お土産に美味しいお菓子が欲しいのですが、どこかお勧めの店をお聞きしたくて」
 すると、妖夢さんは小さく笑い、はい、と返事をしてくれた。
 結局、今日はお互いに気が乗らず、練習試合も二セット目は行わずに切り上げ、自分もあまり人里をうろつく気概は湧かず、さっさと帰宅することにした。勿論、お勧めされたお店にはちゃんと寄ってから。



 妖夢さんとの練習試合に掛けた時間が少なかった分、いつもより早めに霊長園に戻ったが、見回りの埴輪兵士曰く、袿姫様は今日も工房で作業をしているらしい。
 白玉楼で話していた内容のこともあって、顔を合わせるのに僅かに躊躇ってしまったけれど、それ以上に声を聞きたくて、顔を見たくて、いつも通り帰宅を伝えるべく工房へ向かい、入室の許可を頂く。
「ただいま戻りました」
「早かったわね。でも、ちょうど良かったわ。磨弓、ちょっとこっちに来て」
 ここ暫く定位置になっていた作業机の前ではなく、奥の作成中の物を置いておくスペースとこの部屋を仕切る幕から袿姫様は顔を出すと、こちらにちょいちょいと手招きする。
 あれ、入り口までならともかく、奥まで入ってもいいのかなと思いつつ、言われるままそちらの部屋へ入った瞬間、ぞくりと背筋に嫌な悪寒が走った。それは、真っ先に視界に飛び込んできた、部屋の中央に鎮座する埴輪を見たせいだ。
 それはまだ兵士としては起動しておらず、装備も無しと言わば置物と変わらないものだった。顔や体の造形も言ってしまえば作りかけで、顔は穴が三つのみで頭も坊主頭のように丸い。だが、背丈は自分と殆ど同じで、手足は私よりも多少太く、しっかりとしている。
「……あの、これ、は……?」
「説明は後でするわ。磨弓、まずはこの埴輪、斬ってみてくれない?」
 その埴輪の傍らに立っていた袿姫様は脇に退くと、私に一歩進み出るように促す。未だに嫌な感覚は止まらないし『斬れ』という命令の意図は分からないが、言われたならば従うまで。
「……はい。分かりました」
 手に提げたままだったお土産の袋を袿姫様に預ける。もはや何も言わずとも意味の伝わる手荷物を袿姫様は覗くと、「あら、今日は羊羹ね。一口サイズで可愛いわね」と笑っていた。
 その様子を見届けて少し呼吸を落ち着けた後、大刀を鞘から抜き取り、構える。練習試合では真剣を振るう機会は無かったが、脚の踏み込みや腕や体の入れ方は進歩している。それを、自分でも、妖夢さんの弁でも実感している。
 たとえ、袿姫様が作った物だろうと、真っ二つにする。この胸のわだかまりとともに。そう意気込んで、大きく息を吐いて神経を集中させ、全力で振り抜く。無論、今日の練習試合のような力だけ入れ込むようなヘマはせずに。
 だが、工房に響いたのは不愉快な、鈍い音だった。弾かれたのだ。
 何かが悪かったんだ。その一心でもう一回、二回と大刀を振るう。だが、埴輪にかすり傷が増えるくらいで、斬り倒すどころか切れ込みすら入らなかった。
 この大刀は、袿姫様が作って下さった物だから性能は折り紙つきだ。もしも、霊長園を守る数多の埴輪にこれを持たせて私を斬ろうものなら、装備や性能差があろうが容易に深手を負うだろう。だから、大刀が悪いわけではない。それは、つまり。
「……やった! この比率での調合ね! これで……」
 私が震える手で大刀を鞘に納めると、袿姫様はきゃっきゃと子供のようにはしゃぎだす。
 だけど私の耳には、その歓喜の声がそれ以上届かなかった。力いっぱい振るった大刀が弾かれ続けたせいか手は痺れ、服の裾を握っているはずなのに感覚が無い。喉は枯れたように乾き、日が浅くとも使い込んだと分かる工房独特の土や工具の匂いも分からない。そしてとうとう視界までも、暗く朧気になっていく。
 五感が、薄く、無くなっていく。せっかく袿姫様に頂いた、大切な物なのに。消えてしまう。それがたまらなく不安で、怖い。
 もし、自分より優秀な埴輪が出来たら自分はどうなるのだろうか。いや、でも、まだそうと決まった訳じゃない。だけど、兵長として作られた私が、兵長としての役目を果たせなくなったら。袿姫様の隣に立つ存在じゃなくなったら。
「……磨弓、どうしたの?」
 気が付くと、俯く私の顔を袿姫様が覗き込んでいた。その顔はどこか、心配しているようにも見えるけれど、視界がぼんやりとしているせいで確信は無い。
「もしかして病気……にはならないはずだし……。でも、不調は私でも分かるようにある程度は表に出るようにはしてるから、やっぱりどこか具合が……」
 袿姫様は私の顔を持ち上げて少し離れると、顔を中心に全体を見回し始める。声も未だに遠い気がするが何を仰っているかは分かったし、表情を窺える程度に近付いた袿姫様の顔は不安そうだった。
 駄目だ。主にこんな顔をさせてどうする。それに、これが正しいんじゃないか。より強く、より優秀な者が袿姫様の傍に立ち、守る。従者として、それを喜ばずどうするんだ。
「いえ! 何でもありません!」
 慌てて一歩引いてから袿姫様と目線を合わせ、なるべく元気に声を発する。
「申し訳ありません。斬れという命令でしたが、全力を出しても斬るどころか、碌な傷すら付けられませんでした」
 そして、先の命令を為せなかったことを改めて伝えるが、袿姫様の顔色は相変わらず優れなかった。あれ、何故だろう、と思っていると、視界が滲み始める。
「そ、そんなことより、磨弓、どうしたの?」
「どうした、とは、何がですか?」
「……何がって、貴方、とても泣いているわ」
「……えっ?」
 袿姫様に言われて、震える手で目元を抑える。手に感覚がないせいで分からないが、手を離して気付いた。濡れている。それに、頬にも垂れているし、床を見ればぼんやりとだがぽつぽつと丸い跡が付いているのが分かった。
「あ、あれ? どうして……」
 何で泣いているんだろう。確かに斬れなかったのは我ながら不甲斐ないが、以前泣いてしまった際――動物霊を携えた人間に負けたせいで、袿姫様の手を煩わせた時――に比べれば、泣くようなことではない。
 なのに、何故涙が。すると、その答えを出す前に袿姫様に抱き締められた。
「も、もう。ちょっと出来なかったくらいで、そんなに泣くことじゃないでしょう? 仕方のない子ねえ」
 袿姫様はおどけた口調で言いながら、よしよしと私の頭を撫でる。肩口と手に包まれる感触と、少し土臭いけど落ち着く作業着の匂いに包まれていると、枯れ果ててしまいそうだった喉の調子が多少戻り、視界も涙で滲んでいるけれどずっと鮮明に作業着の緑を捉える。そして、耳を通してはっきりと聞こえる、優しい声。
 失いかけていた五感が戻る。だけど、未だに胸の中のわだかまりは消えてくれない。
「袿姫様……」
「なあに?」
「私は、私はもう、必要ないのでしょうか」
「……どうしてそう思うの?」
 袿姫様の口調は、ひたすらに穏やかで、優しかった。
「もしも、あの埴輪に私と同じくらい、いや、多少劣る程度でも、感覚と知恵と魂が込められれば、私は間違いなく敵いません。それが、あの一太刀だけで分かりました」
 今は肩に顔を埋めているから、袿姫様と向かい合っていない。でも、だからこそか、今まで面と向かう度に言えずにいた感情がどんどん溢れてくる。
「これでも私も、強くなれるように努めてはみました。休みを頂く度に以前戦い敗北した人間の方と繰り返し手合せし、修行に励んでいたつもりです。でも、私が強くなる速度よりもずっと、袿姫様が私よりも強い埴輪を作る方が早かったんです。多少小手先の技術や経験を積んだからと言って、これほどの差は埋まりません」
 全力でも碌な傷すら付けられないとなれば、その差は歴然だ。そしてその差は、袿姫様がその気になればどんどん開いていくだろう。
「もう、こんな私では兵士達を率いることは出来ません。……もう、一番ではありませんから」
 自分の口から改めて言った瞬間、またぼろりと涙が溢れた。もう悔しいとか怖いとか恥ずかしいとか、色々な思いで滅茶苦茶で、私の頭を撫でる袿姫様の手しか、私の気持ちを落ち着けてはくれなかった。
「……そうね。確かに私は、貴方が一番で、兵長だと言ったわね」
 黙ったまま、頷きを返す。声も出さない返答なんて失礼だと分かってはいたが、声が出なかった。
「磨弓、何故貴方が兵長か、何が一番か、知ってる?」
 続く質問には何とか声を振り絞って、言葉を返す。
「……それは、強さ、では、ないのですか? 現に、今までは……」
「ええ、確かにそうよ。でも、実はそれは結果的にそうなっただけなのよ。だって、他の埴輪兵士とは違って兵長にするつもりで一番手を尽くしたのだから、一番強くなるわ。装備だっていいものをあげたし、兵長としての知恵も込めた。畜生界を制圧するのが思いの外早いしそれ程の苦労もなくて、結局埴輪兵士の強さにもそこまで拘らないまま終わってしまったのもあって、手の込んでいる貴方が一番強いまま、今日まで来たわ」
 結果的にだろうと、やっぱり強さが基準なら、もうこれからは。そう思っていると、袿姫様は私の顔を少しだけ離して、しっかりと正面に見据えた。
「でも、貴方を兵長にした一番の理由は違うわ。貴方に一番、心を込めたからよ。虐げられる人間霊しか居なかった頃の霊長園で、私の持てる限りを注いだの。もう、これ以上は無いってくらいね」
 私が目覚めた時を思い出す。工房は今よりもずっと狭く、道具も碌に無かった。埴輪も、単純作業を繰り返すだけのお手伝いは居たけれど、兵士と言える者は誰もいなかった。その頃を思えば、今は随分賑やかになった。
 でも、そういえば袿姫様の私を見る目は、あの頃から何も変わっていない。ずっと私を頼ってくれた。
「磨弓は前に、同じように血が流れていて嬉しい、と言っていたけれど、血だけじゃないのよ。涙も流せるし、味も匂いも分かるし、感情だってある」
 袿姫様は私の涙を拭うと、先程渡したお土産の袋から羊羹を取り出す。そして、一口サイズの細長いそれを、私の口に半分程突っ込んだ。言葉は無いが、食べて、ということだと思いそのまま頂くと、甘すぎない、さっぱりとした甘味が口に広がる。羊羹自体の食べやすい大きさも相まって、ふとした時についつい手が伸びてしまいそうだ。流石妖夢さんお勧めのお店、とても美味しい。
「美味しい?」
「……はい」
 すると、袿姫様は残った半分を自分の口に放り込むと、「うん、美味しいわね」と笑った。
「こんな風に同じ思いで繋がれる。でも、だから言って私と全く同じじゃないわ。前に買ってきてくれたどら焼きみたいにね。でも、それでいいの。時には食い違うし、私の意見に磨弓が全て同調する必要もない。そうじゃないと、間違ったままどんどん進んでしまうから」
 そこまで言って、「私は集中すると周りが見えなくなることがあるから」と小さく笑う。確かに思い当たる節がいくつかあって、つい自分もつられて笑う。
「だから、傍に居て欲しいの。強いからじゃない。私と同じように喜んだり怒ったり悲しんだり楽しんだり、違う思いを抱いたりする。だから、貴方は兵長なの。私という大将の傍に立ってくれて、もし間違いそうになったらそれを正してくれる、頼りになる無二の兵長。強いだけじゃ駄目。言われたことを聞くだけでも駄目。それを他の誰かになんて考えたことはないわ。だって、もう私には磨弓がいるんだもの」
 最後の言葉に、止まりかけていた涙がまた溢れて来た。でも、もう怖いとか逃げたいとか、そんな感情は何一つ無かった。
「だから、必要ない、だなんて言わないで。悲しいから。貴方はどう、磨弓?」
「……はい、私も、悲しいです」
「ふふ、今回は一緒みたいね」
 涙があって得る物があるのか、それは分からないといつだったか考えていた。だけど、こうして袿姫様と向かい合って話せたのは、涙があったお蔭だ。
 それに、一緒だと言って笑った袿姫様の瞳の端が僅かに輝いていたのを見て、少しだけ胸の中が暖かくなった。
 やっぱり袿姫様の言う通りだった。得る物は、確かにあった。

「さて、落ち着いた?」
「はい、申し訳ありませんでした」
 それからしばらくして、ようやく色々と収まったところで改めて深く頭を下げる。すると袿姫様はもう一度、仕方がない子ねえ、と言いながら頭を撫でて、顔を上げるように言ってくれた。
 もう私に迷いは無くなった。でも、一つだけ、気になることがあった。
「……あの、袿姫様。でも、やはり、その、私は強さでも一番でありたいのですが、どうすればいいでしょうか」
 どうしてもこれだけが気がかりだった。もう自分よりも強い埴輪兵士がいくら作られても不安なんてないが、袿姫様の傍でお守りするならば、今よりも強くありたい。
 なのでそう尋ねてみると、袿姫様は少し笑いながら、頬を掻く。
「……実はそのことも、貴方は全く心配しなくて良かったのよ。よし、いい機会だし、少し試してみましょうか」
 すると、先程から突っ立ったままの埴輪に手を添えて、一撫でする。
「今から、これを兵士として最低限の思考力を込めて起動して、貴方と戦うように命令を出すわね」
 そして、私が携えている鞘から大刀を引き抜くと、私に手渡した。
「さあ、斬ってみて」
「……え?」
「模擬だし、同じ兵士として悪いと思うならこの腕だけ、ちょこっと斬るだけでもいいから」
 袿姫様は丸く太い腕を指差すと一歩下がり、どうぞ、と手を向ける。
「で、では……」
 ゆっくりとだが距離を詰めてくる埴輪兵士に向き直り、大刀を構える。埴輪の腹に、ついさっき付けたばかりのかすり傷が目に入るが、心は落ち着いている。
 そうこうしているうちに、私に向かって酷く緩慢に太い腕が振り下ろされる。先程必死に散々切り付けた癖に、今更だけど申し訳ない。そう心内で一礼して、私は大刀を振るった。



「そっ、それで、どうなったんですか?」
「真っ二つでしょ、それは」
「はい、ご明察の通りです」
 私がそう言うと前のめりになって話を聞いていた妖夢さんは右隣の幽々子さんに視線を向け、幽々子さんは扇子を広げて口元を隠し、優雅に笑う。二人の様子をこうして見ていると、幽々子さんが妖夢さんに色々と無茶を言って反応を楽しむ気持ちが、少し分かる気がする。
 静寂に包まれている白玉楼の雰囲気を一層静かにしてしまった次の日、私は再び白玉楼を訪ね、あの後に霊長園であったことを話していた。勿論、人に話すには恥ずかしい部分が多いので詳細は省き、話せる部分だけ簡単にまとめて、だけど。
 因みに、今日は幽々子さんも同席している。実に初日以来だ。
「で、でも、数分前まで全く歯が立たなかったんですよね?」
「お恥ずかしながら」
「簡単な話よ。兵士の上に立つ者として、という思いを込めた兵長さんよりも強い兵士が新しく作られたら……」
 幽々子さんはそれ以上は言わず、妖夢さんの方に視線をやる。水を向けられた妖夢さんはしばしうーんと唸った後、おずおずと切り出した。
「……自然とそれを上回る……、ですか?」
「はい。袿姫様も同じことを仰っていました」
 あの埴輪が兵士として起動した瞬間にはもう、私の兵士としての力はあの埴輪を上回っていたのだ。しかし、その前までは置物に過ぎなかったから、敵わなかった。私の存在の在り方さえ知っていれば、とても単純な仕組みだ。
「なるほどー。……でも、それならもう修行する意味は……」
 確かに、もしそうなら私自身が強くなる必要なんてない。袿姫様がとにかく強い埴輪兵士を作っていけば、勝手に強くなるんだから。だけど、それに対する返答は私よりも先に幽々子さんが示してくれた。
「貴方はそう考えるから、今日一撃で打ち負かされたりするの。思い出しなさい、作られた埴輪は真っ二つになった。そして、それは兵士として運用していくつもりも無かった。つまり?」
 ぱちんと畳んだ扇子を突き付けられた妖夢さんは、今回はさっきよりも早く返答する。
「……じゃあ、もうその埴輪に兵士としての機能は無い、ですか?」
「……はい。結局その埴輪兵士は、別のことに再利用するためにまた置物に戻していたので、私自身の基本となる強さは以前までの私と何も変わりません」
「つまり、今日の貴方の負けは?」
 少し言い淀みながらもちょっと気まずい答え合わせをすると、妖夢さんは小さく「ああ……」と呟き、はあ、と溜め息を吐いた。つまり、先の敗北は完全に実力によるものだということだ。
「妖夢もうかうかしてられないわよ? この子、身のこなしなんかもう初日とは見違えるほどだもの」
「ありがとうございます」
「いえいえ。……この間は悪いことを言ったわね」
「いえ。自分を見つめ直す、いい機会でした」
 ばつが悪そうな妖夢さんを挟んで一礼すると幽々子さんはまた扇子を広げて、たおやかに笑う。この方の真意は分からなかったけれど、この感謝の気持ちに嘘はない。
「では、すみませんが今日はこれで失礼しますね」
 すっと立ち上がった私に妖夢さんはさっきとはまた違う「え」を漏らすと、遅れて立ち上がる。
「あれ、もう帰るんですか? まだ一戦しかしていませんし、この後は雪辱戦だと……」
「実は、この後予定があって……。だから、お昼には人里の方に戻らないといけないんです。元々、今日は報告だけのつもりだったので。妖夢さんには心配をかけてしまったから」
「ああ、それは私ったら余計なことを……」
 ここに来て早々、張り切った妖夢さんに、さあ戦いましょう早くしましょうと促されて一戦交え、その後は袿姫様との昨日の話をしていたから、すっかり言うタイミングを逃していた。
「いえ、前のことがあっても、いつも通り戦ってくれて嬉しかったです。今回は勝ち逃げになってしまいますが、また来ますので、その時は是非」
 だけどあの時、妖夢さんが凄く元気に振舞ってくれていたのは私を思ってのことだろうから。余計だなんて思っていない、嬉しかったと伝えると、妖夢さんの顔がぱっと明るくなる。
「はい! 次は私が勝ちますよ! ……本当に、良かったです」
「……妖夢さんも、良い結果になりますよ」
 そして互いに礼をし合い、声を掛け合う。練習試合では私が学ぶことが多い立場だけど今回は少し先を歩いた者として――きっと私が言わなくても妖夢さんなら大丈夫だろうけど――言葉を送り、白玉楼を跡にした。

「最後、何のことを言われていたの?」
「……何でもありません。修行を頑張ってください、ってだけですよ」
「そう。ま、なんとかなったみたいで良かったわね。やっぱり、心配なんていらなかったでしょ?」
「……その、幽々子様はこうなると分かって?」
「半々ってところね。あの神様がどれだけあの子を気に入っているかは分からないけれど、何がどうなっても丸く収まるとは思っていたわ。だって、もし単に優秀な兵士が欲しいだけなら、あんなに自由な自我を与える必要なんてないもの」
「それでも半々なんですか?」
「問答では無く、本当にあの子より強い兵士をあっさり作るとは思ってなかったのよ。あの神様が侮れないのは勿論、あの子も流石神様渾身の出来、と言うべきね。そう望まれたからと言って実際にそうなるだなんて、神の加護というよりもはや呪いとかの方が近いんじゃないかしら。邪神なんて言われるのも分かる気がするわ」
「ですが、丸く収まると分かっていたとしても、何故わざわざ焚き付けるようなことを?」
「畜生界で再び何か起こった時に備えて、よ。あの子の中に種は既にありそうだったし、また争いが激化して強い兵士が作られれば、いずれ芽が出てこの壁にぶつかったかも知れない。もし争いの最中でそうなれば、また誰かさんを使うような搦め手で押し切られてしまうかも知れない。それならいっそ、畜生界が乱れて荒れて一周回って小康状態の今の内に解決しておくべき、ってこと。ここは人間霊の受け入れ先には出来ないから、あっさり負けて駆け込み寺扱いされても困るもの」
「そういう意図があったのなら、予め教えて下されば……」
「妖夢に言うとぜーんぶ教えてしまいそうだもの。こういう問題は誰かが答えを教えるんじゃなくて、当事者が見つけないといけないの。と、う、じ、しゃ、が。さて、それじゃ小腹も空いたところで、おやつにしましょうか」
「……分かりました。では準備を……」
「必要無いわ。もう用意してあるのよ、ほら」
「あ、この羊羹、以前磨弓さんにお勧めしたのと同じじゃないですか。偶然ですねえ」
「ふふ、珍しいこともあるものね。急に食べたくなっちゃったのよねー」



『これを作った理由? ああ、今までよりももっと質のいい、貴方の武器や防具を作りたくて、丁度いい配合バランスを探ってたのよ。以前の人間との戦いでも磨弓本人は無傷だったけど、防具は壊れちゃったからね。いくらすぐに直せるとはいえ、このままは悔しいじゃない。だから、あの人間達が束になっても何とも無いくらい丈夫な防具を作ってあげたくてね。それに、大刀もあの二刀流の子に負けないくらい斬れるやつにしないとねー』
 あの日、埴輪を斬り倒した後、これを作った理由を尋ねた私に袿姫様はそう教えてくださった。そして、もしやと思いつつ、やたらと休みが多かった理由も合わせて尋ねてみると。
『こういうことってギリギリまで秘密にしておきたいじゃない?』
 という、自分の予想通りの回答が帰ってきた。だから、工房に入るのを警戒していたのだ。
 しかし、それらの作業も先の埴輪で一旦完成、後はこれを作った時の配合を元に、本格的に装備を作っていく段階に入った。袿姫様曰く、こっちはそれほど時間は掛からないとのことだ。ネタもバレたので、これからは自由な出入りも許された
 だが、その作業に入る前に、袿姫様は休みを取ると私に仰った。ずっと根を詰めていたからそれは是非取って頂きたいのだが、そのお休みには何故か私も含まれていて。
「袿姫様、その、私には、こういうひらひらしたのは……」
 袿姫様に渡された衣装に着替え、試着室のカーテンを開ける。渡された衣装は袖や裾にフリルと小さなリボンがあしらわれた白い上衣と、膝がギリギリ隠れない薄い黄色の短いスカートという、自分にとってはどちらも初めて着る服装だった。
「……いいえ、可愛い、可愛いわ。やっぱり私の目に狂いは無かったわね……」
 そんな私の姿を、創作に耽っている時、いや、それ以上ではというほどに真剣な眼差しで袿姫様は見定めた後、しみじみと頷く。
 妖夢さんに言っていた用事。それは、こうして袿姫様と二人で過ごす、休日のこと。そして私達が今いる場所は、和服や肌着だけでなく洋服や装飾品も扱う、なかなかに大きな服屋さん。そうなれば当然やることと言えば服を買うことなのだが、何故か袿姫様は自分の着る物ではなく、私の服を購入されるつもりらしかった。というかもう、既に三着ほどは購入が決定している。
「それじゃ、次はこっちね。スカートはそのままでいいから、上だけ着替えてくれる?」
 そう言って袿姫様に渡されたのは、さっきよりもシンプルなデザインのシャツだった。いつだったか、号外号外と叫びながら新聞を撒き散らしていた天狗が着ていたものと雰囲気が近い。
「私は新しい服を持ってくるから、着替えたらそのまま待っててね」
「わ、分かりました。……それにしても、こういう衣装を纏うのであれば、やはり私自身が強い方が良かったのではありませんか?」
「どういうことかしら?」
「あの埴輪兵士を作っていたのは、最終的には私の装備を更に強くするためと仰っていましたよね。ですが、強い兵士を作ってどこかに隠しておいたりすれば、私もこのような服でも戦うことが出来ますよ。もっとも、私個人の意見としては、出来ればきちんとした装備の方が気持ちが入りますが……」
 ここに来る前に白玉楼で話した際、妖夢さんはこう言った。強い埴輪兵士さえ居れば、私自身が強くなる必要は無いのでは、と。あの時こそ、迷いを断ち切っていた私は妖夢さんに勝利したし、幽々子さんも修行が無駄にはなっていないと言っていたが、妖夢さんの意見自体も間違っていないとは思う。
「確かにそうね。でも、それは弱点を増やすことにもつながるからねえ。それに、そうしない方が、もし霊長園に何かあって磨弓しか傍にいなくなっても、しっかり私を守ってくれるでしょ?」
「それは勿論ですが……」
 だけど、袿姫様の言うことも正しい。強さの核となる部分を散らすと、その分守らなければならない物が増えてしまう。負けないために大将を守らず別の物を守る、なんてのは私の主義には合わない。
「それに……」
「それに?」
 一言ぽつりと付け加えられた言葉に、他にも理由が、と思っていると袿姫様は不意に私の頬を摘まむ。
「磨弓自身が強靭になりすぎて、ほっぺたが硬くなっちゃ嫌だもの」
 そして、むにむにと頬を弄る。袿姫様は穏やかな笑顔を浮かべ、まるで至福の時間だと言わんばかりだ。それを見て私も、今更ながら気付いた。これに折檻の意図は無かったと。袿姫様が楽しんでいるだけだったんだ。
 一頻り頬を弄った後、袿姫様は先程言ったように新しい服を探しにふらりと去ってしまった。それを見送り、私も試着室のカーテンを閉じて、着ていた上衣を脱いで衣紋掛けに元通りに掛けておく。
 しかし、今日は資材を買わないから台車なんて持ってこなくていいと袿姫様は仰っていたけれど、大き目のかばんくらいはあった方が良かったかも知れない。どうやらこのお店以外にも行くつもりみたいだし、このままではもっと荷物も増えそうだし。
 自分一人の時は全く心配しなかったことを案じながら、先程渡されたシャツに袖を通す。だけど、そんな不安も心の中のどこかで楽しんでいるのは、自分にも分かっていた。
 そうだ、このお店を出た後は、次の服屋に行く前にあの団子屋に誘ってみようか。きっと、袿姫様も美味しいと言ってくれると思うから。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
奈伎良柳
https://twitter.com/nagira_yanagi
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親馬鹿な袿姫様とそんな主が大好きな磨弓の気持ち良い話でした
4.100クソザコナメクジ削除
面白かったです
5.100Actadust削除
磨弓の苦悩、そして成長。青春劇のような王道じみた展開が、彼女たちの良さ、可愛らしさをしっかり引き出していたと思います。
甘酸っぱくてとても素敵でした。面白かったです!
6.100水十九石削除
磨弓ちゃんが埴輪兵として個として悩み衝突するそのどぎまぎが可憐で甘酸っぱかったです。妖夢との立ち回りから自然と成長していく様も忠誠心と不安の狭間で折れそうになる様も弱すぎず強すぎず、どちらも無機質さを排した最高傑作であり彼女の自然体なのだと思わせてくれる柔らかい書き口からの一刀両断は見事な太刀筋でした。帰り道の足取りで心情を匂わせてくる部分は特にニクくて良かったものです。
そして一緒に立ち会った妖夢もまた等身大な雰囲気を全体的に漂わせていて、両者似た者同士っぽく描かれていたのも成長の対比と磨弓の実力の向上を丁寧に感じさせてくれる一助にもなっていて、するすると面白いように読めました。ご馳走様です。