ゴーン、ゴーン……
夜の空に除夜の鐘が聞こえる。幻想郷中に音が響いている。
命蓮寺の妖怪和尚が鳴らしているんだろう。鉄の素手で鳴らしていると聞いたことがある。アホか。
しんしんと積もる雪の中、私は飛んでいる。頭から出ている猫の耳は冷たくて。右耳のピアスはさらに冷たくなって私の耳に冷気が襲う。首に巻いたマフラーが揺れた。
「つめた……寒い……ってかアイツはどこにいるんだよ」
私はキレながらびゅんびゅんと空を飛ぶ。人間の里の上空を超え、魔法の森にかかった頃ぐらいに誰かが浮いているのを見つけた。
「あらあら橙ちゃん、お久しぶり。元気にしてたかしら」
白の帽子に青っぽい服。寒そうな空気を纏って楽しそうに笑うは雪女、レティ・ホワイトロックだった。
「……ああ、元気にしてたよ。レティが出てくるまでね」
びゅうびゅうと吹く雪風の中、クソほど寒い冷気を纏って飛ぶレティに笑いながら言う。
「あら酷い。意地悪ね……そこも橙ちゃんの可愛いところだけど」
クスクスと笑うレティはとても楽しそうだった。
「前も言わなかったっけ。私の事は呼び捨てでいいってさ。なんで“ちゃん”をつけるかなあ?」
レティはわざとらしく驚いたような顔をして口を手で覆う。
「まあ! 籃さんの前だったのに呼び捨てなんて申し訳無いじゃない?」
「今は一人だけど?」
「ふふふ、だって呼び捨てより、橙ちゃんの方が可愛いじゃない」
レティはクスクス笑った。色々納得行かないけどまあいいや。
話を変えてみる。
「あのさあ、正邪知らない? どっかで見たなら教えて欲しいんだけど」
私の口から出てきた名前を聞いてレティは目を丸くする。
「正邪……って天邪鬼の事かしら?」
こくんと私は頷く。レティの驚いた顔が面白い。
「……知らないわね。お尋ね者の新聞しか見たことないから分からないわ」
「そっか。知らないんだったら大丈夫だけど」
レティは思いついたかのようにニヤニヤと笑いだした。
「何かしら〜正邪さんと何か約束事でもしたのかしら〜」
正邪のこと知らないのによく言うな。
「そんなわけないだろ。アイツは約束なんてしないさ……なんたって天邪鬼だからな!」
デデーンとどこからか効果音がしそうなほど私は胸を張って告げた。
「はいはい、橙ちゃんは正邪さんの事、好ましく思ってるのね」
なにィ! そんな爆弾発言はやめろ! 私はアイツのことなんてなんにも……!
「橙ちゃん、顔が赤いわよ」
「うるさいやい! これは寒さなんだよ! というかめちゃくちゃ寒いな!」
感情のまま叫ぶ。ええい、これ以上聞いてられるか!
「あら、ごめんなさいね」
クスクスと笑ってレティはふわりと空を漂う。
「正邪さん探してまた飛ぶのかしら?」
「仕方ないじゃないか、アイツどこにいるのか知らないし。寒いけど……ってかレティ、寒さ和らげてくれないか」
「ええ、無理よ。私は降らせるだけだもの、耐えてちょうだい」
困ったような笑いでレティは私の周りを漂う。
「ちぇっ、寒すぎるの嫌なんだよ……」
「猫だけに?」
「猫だけに」
あはは、と二人で笑った。
話すこともなくなっていざ離れようとすると邪魔が入るわけだ。
チカッと光ったと思えば私たちのそばを大洪水のような光が通り過ぎて行った。
「うわあっ、何かしら」
「この光……魔理沙のマスタースパークじゃないか!」
クソっ、面倒くさすぎる。弾幕勝負は今はしたくない。
「よー、珍しい二人組さん?なんか楽しそうだなあ、私も混ぜてくれないか?」
うわ、悪魔の白黒魔法使い。霧雨魔理沙が箒にまたがってそこにいた。
「なんだよ、お前はお呼びじゃないんだ! さっさと帰れ!」
いーっと大きく威嚇する。そんなこと関係なしに魔理沙はずいっと私の隣に浮く。
「なあなあ、何してたんだよ? えらく楽しそうじゃないか。教えろよ」
「まあまあ、落ち着きなさいな魔理沙。私たちは話をしていただけよ」
レティになだめられてちぇっと声に出しながら離れた。
「弾幕ごっこしたいけど霊夢を待たせてるしな。じゃあな!」
自由気ままな魔理沙はそう言って飛んでいってしまった。あの方向は博麗神社の方だな。なんだったんだあいつ……
「ふふ、魔理沙は気ままね。それじゃあ私もお暇しようかしら。まだ雪を降らせてくるわ。橙ちゃんも正邪さん探して頑張ってね」
レティは手を振って人間の里方面に飛んで行った。さあ、私も探すか。そう思って無縁塚の方に向かって空を駆けた。
***
無縁塚の上空に着く。夜目を聞かせて下をきょろきょろと見ると、そこには見慣れた服を着た正邪がいた。私は降りて隣に座る。
地面に倒れ、服を着てはいるがボロ雑巾のようになっており、意識もない。どうしたらここまでボロボロになることが出来るのかいささか不思議でならない。
「おーい、正邪、起きろー」
ゆさゆさと揺さぶって起こそうとする。うめき声がする。死んではいないから大丈夫か。
「うあ……なんだよ……起こすな……」
もぞもぞと寒そうに身体を丸める。さっさと起きろ!身体を強く足蹴りする。そのまま正邪は一回転二回転と転がっていく。
「ぎゃあっ! いってえな、誰だよ!」
「てめえなんで言われたところに来なかったんだ。どうして寒い中、探さなきゃならないんだよ。お前が食べたいって言ったから用意したのにてめえが来ないと意味ないんだよ」
言葉を連ねる。てめえが蕎麦を食いたいって言ったのに。
マヨイガの一本の木に来いって言ってたのに居ないのはなんだよ。
「んだよ、うるせえな。食べたいなんて言ったか?」
「ふうん。そんなこと言うやつは用意した蕎麦をやんねえよ。私一人で食べるぞ」
「……」
そう言うといきなり正邪は黙った。どう返事するつもりなのやら。天邪鬼と言っても食べたいものは食べたいんだろうし。ふふ、面白いなあ。
「おまえの料理なんて誰が食べるか。勝手に食ってやるよ」
「……は? てめえ勝手に食われてたまるか。こっちが用意したのにさ」
やっぱりこいつ嫌いだわ。素直に感謝すりゃいいのにさ。天邪鬼だから無理か? 食い物の恨みに恐れ慄くがいいぞ。
「そうかそうか、なら私帰るわ。マヨイガで蕎麦食いながら年越しするわ」
「てめっ……そうかよ! 知らねえよ!」
正邪は座ってフイとそっぽ向いてしまった。そうかそうか、私も知らねえ。
さ、帰るか……そう思い私はふわりと浮かんでびゅん、と弾丸のように飛んでいく。ふと後ろを向くと正邪が座っているのが見えた。
あー、ほんとなんで探してたのかな。食わねえなら約束をするなよ。クソったれめ。
急いで私はマヨイガに帰って、寒さの中台所に立ち、蕎麦の用意をする。ゴーン……と微かに聞こえる鐘の音を耳にしながら作り置きしていた出汁を温める。
はあ、火が暖かい。レティに会ってから寒くて寒くて仕方なかった。冬の象徴は伊達じゃないのが分かる。早く炬燵で丸くなりたい。
温かい出汁が出来て、お椀に入れていた蕎麦に入れる。もうひとつ器はあるけれどとりあえず置いておこう。一気に食べられるわけじゃないから。
炬燵を入れた部屋に置いて、さあ食べよう。パチンと両手を合わせて。
「いただきまー……」
ドォン! ベキベキベキ!
……は?
入口の玄関は吹き飛んで壊れていて。もくもくと土煙が上がる中に、見知った顔がいた。
「おう橙! その蕎麦寄越せ!」
「てめえ……! 家を壊すな! 蕎麦が欲しいからってそんなことすんなよ! 直すの大変じゃないか!」
正邪はボロ雑巾のような見た目で大声で叫ぶ。
「早く寄越せ! 腹減ってしょうがないんだ!」
……やっぱり腹減ってたのかよ。でもその状態じゃ食えねえよな。
「とりあえずさ。せめて身体拭こうぜ……タオル持ってきてやるからそこの扉直しとけよ……?」
私は食べようとしていた蕎麦を持って出ていこうとすると、正邪は目敏くそれを奪おうとした。
出汁がこぼれないように上手いこと避けてさっさと台所戻る。正邪の、喚く声が聞こえていたが知らないフリをした。
台所の火をもう一度起こす。桶に入った水をやかんに入れて沸くのを待つ。火がついてる間に直しているか見に行った。
「クソっ、これどうやって直すんだよ……」
頑張って蓋をしようとしていた。とりあえずなんか持ってきて風が入らないようにしてくれればそれでいい。
「……ちゃんと直してくれよ……」
「分かってらあ!」
小声が聞こえていたらしい。正邪は勢いよく返事をしていた。分かってるならいいんだけどさ。
それを見て私は台所に戻ると、やかんからしゅんしゅんと湯気が出て湧き上がっていた。
「うわあっこぼれてる!?」
バタバタと私はやかんから引きあげる。
「あっつ!?」
落としそうになりながら私はまた戻して置いた。バァンと大きな音が鳴ったが仕方がない。
私はタオルを取ってきて濡らそうとするが熱すぎて触れなかったので桶の水を少しだけ足す。温かいと思えるほどの熱になっていたちょうど良い。
タオルを濡らして持ってくると正邪は取り敢えず無理やり閉めたみたいだった。
「はあ……終わった……」
「いや、自業自得だろ……はい、これで体拭いとけよ。その間に私は作ってくるから」
黙って正邪はタオルを受け取っていた。
私はまた冷たくなった出汁を温めて正邪の分を作る。
腹減った、と声が聞こえる。知ってるからもう少し待ってくれよ。
ぼうっとしていたら出汁は沸いていて。あちちとなりながらついで行く。
「ほらよできた。ゆっくり食えよ」
「おう」
正邪は待ちきれないのか器と箸を貰った途端に食べ始めていた。せっかちだな。
さーて、私も食べようかな……と持ってきた蕎麦を見ると大惨事になっていた、箸を持つ手が震える。
「うえ……伸びてるじゃん……嘘だろ」
なんという閉まらない年の瀬の事か。ズズズと蕎麦を啜る。伸びた蕎麦はなんとも言えない味がした。
ゴーン、ゴーン……
命蓮寺の鐘が遠くで響いていた。
夜の空に除夜の鐘が聞こえる。幻想郷中に音が響いている。
命蓮寺の妖怪和尚が鳴らしているんだろう。鉄の素手で鳴らしていると聞いたことがある。アホか。
しんしんと積もる雪の中、私は飛んでいる。頭から出ている猫の耳は冷たくて。右耳のピアスはさらに冷たくなって私の耳に冷気が襲う。首に巻いたマフラーが揺れた。
「つめた……寒い……ってかアイツはどこにいるんだよ」
私はキレながらびゅんびゅんと空を飛ぶ。人間の里の上空を超え、魔法の森にかかった頃ぐらいに誰かが浮いているのを見つけた。
「あらあら橙ちゃん、お久しぶり。元気にしてたかしら」
白の帽子に青っぽい服。寒そうな空気を纏って楽しそうに笑うは雪女、レティ・ホワイトロックだった。
「……ああ、元気にしてたよ。レティが出てくるまでね」
びゅうびゅうと吹く雪風の中、クソほど寒い冷気を纏って飛ぶレティに笑いながら言う。
「あら酷い。意地悪ね……そこも橙ちゃんの可愛いところだけど」
クスクスと笑うレティはとても楽しそうだった。
「前も言わなかったっけ。私の事は呼び捨てでいいってさ。なんで“ちゃん”をつけるかなあ?」
レティはわざとらしく驚いたような顔をして口を手で覆う。
「まあ! 籃さんの前だったのに呼び捨てなんて申し訳無いじゃない?」
「今は一人だけど?」
「ふふふ、だって呼び捨てより、橙ちゃんの方が可愛いじゃない」
レティはクスクス笑った。色々納得行かないけどまあいいや。
話を変えてみる。
「あのさあ、正邪知らない? どっかで見たなら教えて欲しいんだけど」
私の口から出てきた名前を聞いてレティは目を丸くする。
「正邪……って天邪鬼の事かしら?」
こくんと私は頷く。レティの驚いた顔が面白い。
「……知らないわね。お尋ね者の新聞しか見たことないから分からないわ」
「そっか。知らないんだったら大丈夫だけど」
レティは思いついたかのようにニヤニヤと笑いだした。
「何かしら〜正邪さんと何か約束事でもしたのかしら〜」
正邪のこと知らないのによく言うな。
「そんなわけないだろ。アイツは約束なんてしないさ……なんたって天邪鬼だからな!」
デデーンとどこからか効果音がしそうなほど私は胸を張って告げた。
「はいはい、橙ちゃんは正邪さんの事、好ましく思ってるのね」
なにィ! そんな爆弾発言はやめろ! 私はアイツのことなんてなんにも……!
「橙ちゃん、顔が赤いわよ」
「うるさいやい! これは寒さなんだよ! というかめちゃくちゃ寒いな!」
感情のまま叫ぶ。ええい、これ以上聞いてられるか!
「あら、ごめんなさいね」
クスクスと笑ってレティはふわりと空を漂う。
「正邪さん探してまた飛ぶのかしら?」
「仕方ないじゃないか、アイツどこにいるのか知らないし。寒いけど……ってかレティ、寒さ和らげてくれないか」
「ええ、無理よ。私は降らせるだけだもの、耐えてちょうだい」
困ったような笑いでレティは私の周りを漂う。
「ちぇっ、寒すぎるの嫌なんだよ……」
「猫だけに?」
「猫だけに」
あはは、と二人で笑った。
話すこともなくなっていざ離れようとすると邪魔が入るわけだ。
チカッと光ったと思えば私たちのそばを大洪水のような光が通り過ぎて行った。
「うわあっ、何かしら」
「この光……魔理沙のマスタースパークじゃないか!」
クソっ、面倒くさすぎる。弾幕勝負は今はしたくない。
「よー、珍しい二人組さん?なんか楽しそうだなあ、私も混ぜてくれないか?」
うわ、悪魔の白黒魔法使い。霧雨魔理沙が箒にまたがってそこにいた。
「なんだよ、お前はお呼びじゃないんだ! さっさと帰れ!」
いーっと大きく威嚇する。そんなこと関係なしに魔理沙はずいっと私の隣に浮く。
「なあなあ、何してたんだよ? えらく楽しそうじゃないか。教えろよ」
「まあまあ、落ち着きなさいな魔理沙。私たちは話をしていただけよ」
レティになだめられてちぇっと声に出しながら離れた。
「弾幕ごっこしたいけど霊夢を待たせてるしな。じゃあな!」
自由気ままな魔理沙はそう言って飛んでいってしまった。あの方向は博麗神社の方だな。なんだったんだあいつ……
「ふふ、魔理沙は気ままね。それじゃあ私もお暇しようかしら。まだ雪を降らせてくるわ。橙ちゃんも正邪さん探して頑張ってね」
レティは手を振って人間の里方面に飛んで行った。さあ、私も探すか。そう思って無縁塚の方に向かって空を駆けた。
***
無縁塚の上空に着く。夜目を聞かせて下をきょろきょろと見ると、そこには見慣れた服を着た正邪がいた。私は降りて隣に座る。
地面に倒れ、服を着てはいるがボロ雑巾のようになっており、意識もない。どうしたらここまでボロボロになることが出来るのかいささか不思議でならない。
「おーい、正邪、起きろー」
ゆさゆさと揺さぶって起こそうとする。うめき声がする。死んではいないから大丈夫か。
「うあ……なんだよ……起こすな……」
もぞもぞと寒そうに身体を丸める。さっさと起きろ!身体を強く足蹴りする。そのまま正邪は一回転二回転と転がっていく。
「ぎゃあっ! いってえな、誰だよ!」
「てめえなんで言われたところに来なかったんだ。どうして寒い中、探さなきゃならないんだよ。お前が食べたいって言ったから用意したのにてめえが来ないと意味ないんだよ」
言葉を連ねる。てめえが蕎麦を食いたいって言ったのに。
マヨイガの一本の木に来いって言ってたのに居ないのはなんだよ。
「んだよ、うるせえな。食べたいなんて言ったか?」
「ふうん。そんなこと言うやつは用意した蕎麦をやんねえよ。私一人で食べるぞ」
「……」
そう言うといきなり正邪は黙った。どう返事するつもりなのやら。天邪鬼と言っても食べたいものは食べたいんだろうし。ふふ、面白いなあ。
「おまえの料理なんて誰が食べるか。勝手に食ってやるよ」
「……は? てめえ勝手に食われてたまるか。こっちが用意したのにさ」
やっぱりこいつ嫌いだわ。素直に感謝すりゃいいのにさ。天邪鬼だから無理か? 食い物の恨みに恐れ慄くがいいぞ。
「そうかそうか、なら私帰るわ。マヨイガで蕎麦食いながら年越しするわ」
「てめっ……そうかよ! 知らねえよ!」
正邪は座ってフイとそっぽ向いてしまった。そうかそうか、私も知らねえ。
さ、帰るか……そう思い私はふわりと浮かんでびゅん、と弾丸のように飛んでいく。ふと後ろを向くと正邪が座っているのが見えた。
あー、ほんとなんで探してたのかな。食わねえなら約束をするなよ。クソったれめ。
急いで私はマヨイガに帰って、寒さの中台所に立ち、蕎麦の用意をする。ゴーン……と微かに聞こえる鐘の音を耳にしながら作り置きしていた出汁を温める。
はあ、火が暖かい。レティに会ってから寒くて寒くて仕方なかった。冬の象徴は伊達じゃないのが分かる。早く炬燵で丸くなりたい。
温かい出汁が出来て、お椀に入れていた蕎麦に入れる。もうひとつ器はあるけれどとりあえず置いておこう。一気に食べられるわけじゃないから。
炬燵を入れた部屋に置いて、さあ食べよう。パチンと両手を合わせて。
「いただきまー……」
ドォン! ベキベキベキ!
……は?
入口の玄関は吹き飛んで壊れていて。もくもくと土煙が上がる中に、見知った顔がいた。
「おう橙! その蕎麦寄越せ!」
「てめえ……! 家を壊すな! 蕎麦が欲しいからってそんなことすんなよ! 直すの大変じゃないか!」
正邪はボロ雑巾のような見た目で大声で叫ぶ。
「早く寄越せ! 腹減ってしょうがないんだ!」
……やっぱり腹減ってたのかよ。でもその状態じゃ食えねえよな。
「とりあえずさ。せめて身体拭こうぜ……タオル持ってきてやるからそこの扉直しとけよ……?」
私は食べようとしていた蕎麦を持って出ていこうとすると、正邪は目敏くそれを奪おうとした。
出汁がこぼれないように上手いこと避けてさっさと台所戻る。正邪の、喚く声が聞こえていたが知らないフリをした。
台所の火をもう一度起こす。桶に入った水をやかんに入れて沸くのを待つ。火がついてる間に直しているか見に行った。
「クソっ、これどうやって直すんだよ……」
頑張って蓋をしようとしていた。とりあえずなんか持ってきて風が入らないようにしてくれればそれでいい。
「……ちゃんと直してくれよ……」
「分かってらあ!」
小声が聞こえていたらしい。正邪は勢いよく返事をしていた。分かってるならいいんだけどさ。
それを見て私は台所に戻ると、やかんからしゅんしゅんと湯気が出て湧き上がっていた。
「うわあっこぼれてる!?」
バタバタと私はやかんから引きあげる。
「あっつ!?」
落としそうになりながら私はまた戻して置いた。バァンと大きな音が鳴ったが仕方がない。
私はタオルを取ってきて濡らそうとするが熱すぎて触れなかったので桶の水を少しだけ足す。温かいと思えるほどの熱になっていたちょうど良い。
タオルを濡らして持ってくると正邪は取り敢えず無理やり閉めたみたいだった。
「はあ……終わった……」
「いや、自業自得だろ……はい、これで体拭いとけよ。その間に私は作ってくるから」
黙って正邪はタオルを受け取っていた。
私はまた冷たくなった出汁を温めて正邪の分を作る。
腹減った、と声が聞こえる。知ってるからもう少し待ってくれよ。
ぼうっとしていたら出汁は沸いていて。あちちとなりながらついで行く。
「ほらよできた。ゆっくり食えよ」
「おう」
正邪は待ちきれないのか器と箸を貰った途端に食べ始めていた。せっかちだな。
さーて、私も食べようかな……と持ってきた蕎麦を見ると大惨事になっていた、箸を持つ手が震える。
「うえ……伸びてるじゃん……嘘だろ」
なんという閉まらない年の瀬の事か。ズズズと蕎麦を啜る。伸びた蕎麦はなんとも言えない味がした。
ゴーン、ゴーン……
命蓮寺の鐘が遠くで響いていた。
正邪を蹴り起こしたりそばを用意したりと忙しい橙がよかったです
ぶつくさ言いながら玄関を直している正邪も妙に律儀で素晴らしかったです
橙正を堪能させていただきました