Coolier - 新生・東方創想話

積雪

2020/12/31 08:12:22
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 師走も大詰めを迎える、大晦日。いよいよ新年があと数時間でやってくる夜分。
 国へ帰り家族水入らずで過ごす者、年越しライブに参加する者、家で大人しくしている者、ディスプレイの前で歌合戦を観戦する者……。様々な過ごし方があるのは、いつの時代も変わらない。
 かく言う私は、今年は本国へは帰らなかった。懐事情もあるが、両親が旅行に出掛けているのだ。どちらかというと、行く年来る年を静かに迎えたい私は、親と肩を並べたり誰も居ない実家に戻るより、日本の下宿先に留まることを選択した。
 年の瀬とは所詮、日付と月とついでに年が変わるくらいしか、他の月末と相違は見られない。故に、特段騒ぐほどでも無い。通常時にこのタイミングで帰省しているのは、好都合なだけである。その予定が無くなった以上、過ごし方を帰るつもりはなく、今日も明日も、何事も無ければ家から出ないつもりで居た。

 予定の無い日常と同じように、端末で小説を読みながら、夜を過ごす。普段よりしんと静まりかえっているように感じるのは、他の部屋の住民が、みな実家に帰っているからだろうか。
 そんな静寂を、唐突なコール音が切り裂いた。直後、別の画面がポップアップする。電話だ。折角の気分と集中力を唐突に台無しにされた私は、眉間に皺を寄せつつ、応答ボタンをタップした。

「やっほー。メリー、今何してた?」

 普段にも増して快活な声。宇佐見蓮子だ。

「優雅に本を嗜んでいたところよ」
「つまり、普段通り、暇を持て余していたということね」

 彼女は何でもかんでも自分に都合の良い方向へと物事を解釈する。まあ、普段通りというのは図星なのだが。
 こう決めつけたならば、次に出てくる言葉は、容易に想像がつく。

「これから出掛けない?」

 溜め息を吐き出す。案の定だった。蓮子はいつもそう誘って、夜の京都へと私を引っ張り出すのだ。
 想定内の誘いを聞き流しつつ、立ち上がり、カーテンを開ける。なんと、雪が降り積もっていた。今時の京都にしては珍しい。どうりで、雑音が聞こえないわけだ。

「雪が降ってるんだけど。こんな天気で外に出たら、凍死しちゃうわ」
「安心して。メリーが寝そうになったら、私がビンタで叩き起こしてあげるから」
「痛いのはもっと勘弁して欲しいわ。そもそも、今何時だと思ってるの?」
「そろそろ二十三時。秘封倶楽部の活動時間としては、むしろこれからが始まりじゃない!」
「大晦日に、深夜の街をほっつき歩くのは、非常識でしょう?」

 途端、画面の向こうから、鼻先で笑うような声が聞こえた。

「普段通りという私の指摘に対して、貴女は反論しなかった。つまり、今回の大晦日を特別視していないということ。にもかかわらず、12/31であることを理由に出掛けることを拒むのは、筋が通っていないんじゃあないかしら?」
「ぐ……」

 痛いところを突かれてしまった。仕方が無いので、反論せず、逡巡する。
 大晦日。外は雪。絶対に寒い。帰りは年明け、それどころか、日の出を見に行こうと言い出して、遠出させられる羽目になるかも知れない。
 起こりえる状況を天秤の皿に積み重ね、自身に問う。そんなことをするために、寒空の下、外へ出る価値はあるのか、と。
 ――天秤は、元々既に傾いているのだが。

「……缶コーヒー、勿論ホット」
「肉まんも付けるわ」

 さて、防寒対策をしっかりしなければ。

「いつもの駅前?」
「さっすが! 話が分かってる! じゃあ三十分後に集合で!」

 こうして、私は雪が降る大晦日の深夜に、外出することとなった。


 ◆


 雪はその勢いを衰えることも強くなることもなく、しんしんと舞い落ち、道路や塀、河川敷に積もっている。ブーツの靴底が、平気で隠れてしまうほどに。
 深夜という時間帯、そして大晦日という節目では、当然とばかりに、駅前の人通りは少ない。その誰も彼もが、白い息を吐き出しつつ、傘を差して雪から身を守っていた。それは至極当たり前な光景だった。雪だって解ければ水、雨と殆ど変わらない。服に付着すれば湿る、濡れる。濡れることを、普通の人間は忌避する。雪だろうが雨だろうが、傘を差さずに肩で風を切る人間は、傘そのものを忘れたうっかりさんか、濡れることを厭わない自由人ぐらいだ。
 そして私は忘れていた。宇佐見蓮子は自由人なのだと。

「いやー、寒いね!」

 帽子や肩に白く冷たい結晶をちりばめている彼女は、私の姿を認めると、ピーコートのポケットに突っ込んでいた手を挙げて振り、開口一番に笑って見せた。生まれて初めて雪を見た子犬のように、元気そうな自由人だ。よく見ると、耳が赤くなっている。

「風邪ひくわよ」

 私はというと、勿論、マフラーを巻き、ダッフルコートを着込み、手袋をはめ、傘を差している。防寒対策はバッチリだ。

「寝正月は嫌だなぁ、色々と。看病してくれる?」
「丁重にお断りさせて頂きます」

 代わりに、傘を傾け、彼女の体から雪を守ることにした。看病よりは簡単だ。

「ありがと。これはお礼の缶コーヒー」
「どうも」

 渡された缶コーヒーをポケットに入れていると、蓮子は付着した雪を叩いて払い、私の隣に並んだ。そして、どちらからともなく、駅前から離れる方向へと歩き出す。

「で、何するのよ。今年と来年の境界をジャンプで越えるの? それとも、縁起を担ぐために二年参り?」
 私の問いに、はにかみながら彼女は答える。

「雪が降ってたら、テンション上がって外に出たくならない? 理由はそれだけ」
「やっぱり犬だったわね」
「メリーはさしずめ、猫?」
「はいはい、私は暖房の効いた部屋で丸くなってたわよ」
「マエリベリー・ニャーンの家に炬燵は無いの?」
「人の名前で遊ばないで頂戴。炬燵機能付き座卓は無いわ。貴女、何回家に来てると思ってるの。……そういえば、実際に見たことも入ってみたことも無いかも」
「炬燵の魔力は尋常じゃないわ。その魔力に取り憑かれたら最後、二度と外には出られないという……」
「最早妖怪の類いじゃない、それ」
「そんな妖怪が実家に居るんだけど、折角だし、年明けは東京にでも行く? 炬燵の境界を暴きに」
「魅力的ね。ついでにお年玉もいただいちゃおうかしら」
「中々図々しいわね」
「勿論、蓮子から貰うつもりだけど」
「同い年相手に何たかろうとしてるのよ」

 クスクス笑い合う。いつにも増して軽々しい冗談を重ねていたら、明日以降の予定が出来てしまった。そうして歩いていると、遠くから鐘の音が響いている。除夜の鐘だろう。

「今は何回目なのかしらね」
「流石に一回だけじゃ、分からないわよ」
「二回聞いたら当てられるの?」
「突く総数が一〇八回だとして、丁度一〇八回目と同時に年が明けるとするなら、だけど。鐘の音の間隔と、現在時刻が分かれば、あとは小学生でも暗算できる」
「あー、確かに」

 またもや鳴った。音が先程より大きく、どことなく溌剌さを感じる。きっと、元気いっぱいな近所の小学生が撞いたのだろう。
 蓮子は、端末で時間を確認してから、数字をぶつぶつと呟いている。夜空が雲で覆われている以上、彼女の眼はごく平凡な眼球と大差ない。

「……蓮子は、この一年で溜まった煩悩を払ってみたい?」

 除夜の鐘を撞きに行かないか、そんなニュアンスで放った言葉だった。
 私達の足音と、何気ない問いかけは、閑静な住宅街に響き渡る前に、積もった雪に吸い込まれる。どこか弱々しく、数も少ない街灯は、舞う雪を静かに照らし、空中をきらきらと輝かせていた。

「人間、生きてたらいくらでも欲を掻くからねぇ。私の場合、知識欲は底知れないし、一〇八回じゃ到底足らないよ。それに……」

 白い息を吐き出して、彼女は言葉を続ける。

「払ってなかったことにしても、確かにそこにあったという事実までは、消えないからさ」

 首を傾げる。

「どういうこと?」
「そのままの意味よ。分かりやすく言うなら、手に持っているAという物体を投げ捨てたって、私がそれまでAを持っていたという情報までは無くならないってこと。情報は、蓄積していく一方なのよ」
「確かにそうね。でも、その事実だって、いつか忘れ去られる、つまり消えてしまうじゃないかしら? 記憶なんて、最たる例だと思うけど」
「それは、無くなったんじゃなくて、他の記憶に埋もれて、簡単には参照できなくなったってこと。だから言ったでしょう、情報は蓄積していく一方だって」
「理屈は分かったけど、つまり何が言いたいの?」

 傘の下に、はらりと粉雪が迷い込む。蓮子が手袋を脱いだ手で受け止める。雪は彼女の体温で解け、水となる。でも、彼女の掌に雪があったという事実は――。

「無かったことには出来ない。無視できない。にもかかわらず、安易に消そうとする、無かったことにする。それは即ち、過去を軽んじることに他ならない。過去とはつまり、今までの積み重ね、今に連綿と繋がっているもの。それを軽んじることは、今の自分を、そして、今の自分に関わる人を蔑ろにする行為なのだと、私は思うのよ」

 ちらりと目線を私の方へ向けて、彼女は微笑んだ。その笑みは、ポケットの中でホッカイロ代わりになっている缶コーヒーより、暖かなものなのだと、なんとなく思った。

「だから私は、煩悩も、過去の失敗も、普通の日々も、落とした単位も、遅刻も、有耶無耶にするんじゃ無くて、全てを真正面から受け止めた上で、新しい何かを積み重ねていきたい。そう考えているわ」
「……良い心がけなんじゃ無い? 遅刻は積み重ねるんじゃ無くて、改善して欲しいけれど」
「えへへ」

 確かに、彼女の言うとおりだ。
 時間が流れる限り、何もかもが積み重なっていく。出来事も、交流も、特別な日々から、何気ない日々まで。
 そんな軌跡が、集合体が、私や彼女、そして世界を作っている。
 楽しいトピックだけならまだしも、中には、手痛い失敗や、思い出したくも無い過ちもある。
 けれど、こうして宇佐見蓮子と出逢い、彼女の隣を歩いているという今に繋がっているのだとしたら、成功は勿論、失敗も含めて、今までの全ての積み重ねに意味を見いだせるし、全てを愛おしく思える。それは、安直なことだろうか。蓮子もまた、そう感じているのだろうか。
 考え事をしていると、遠くから鐘の音と喜びの声が響いてきた。端末を確認すると、今年の上に、来年が現れていた。

「あけましておめでとう、メリー」
「今年もよろしく、蓮子」

 年が変わっても、変わらず雪は降り、積もる。これからも積もる。私達の傘の上にも、私達の足跡にも、私達の道にも。だが、いつしか解けていく。しかし、記憶は積み重なる。私達が忘れても、決して消えること無く。それらは、私達を何処へ連れて行くのだろうか。
2020年、良いことも悪いことも色々あったなぁと考えながら書きました。
その積み重ねを、2021年に繋げていきたいですね。

エア京都合わせで新刊を出していますので、よかったらぜひ。
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=747026
東風谷アオイ
http://twitter.com/A_kotiya
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コメント



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2.90奇声を発する程度の能力削除
良い秘封でした
3.100疾楓迅蕾削除
ふたりの軽口まじりのやりとりと、蓮子の語りが魅力的でした
5.100名前が無い程度の能力削除
雪の降りしきる描写が時折挟まれながら、蓮メリは除夜の鐘の中語っているのが実に可愛くて気持ちよかったです。
8.90名前が無い程度の能力削除
良い秘封でした
9.100名前が無い程度の能力削除
良い秘封でした。
年末の空気を取り戻すことができました。
有難う御座いました。
10.100夏後冬前削除
蓮子の頭の良さがきっちりでてたところが非常に好印象でした。とても楽しかったです。
11.100南条削除
面白かったです
年末特有の透き通った空気を思い出しました