無縁塚。そこは、無縁のまま命を落とした数多の人間の眠る処にして、幻想郷とは無縁となってしまった物品が集う場所である。
見渡す限りの荒野に点々と佇む種類、用途、材質、大きさ、その全てを異とするオブジェクトの数々。その地中には夥しいとさえ表現し得る程の数の死体。そこからか、塚全体には微かに、しかし鼻に付くアンモニアの臭いと、体温が死によって開放されたが如し不快な生暖かさが充満していた。そこに居る生きた住民と言えば、此処に居を構える妖怪鼠の配下たる、地を覆い尽くさんばかりの鼠の大群ばかりであった。只々鼠がガラクタ共を回収し、死体を喰い欠き、その数を以って支配するこの場所からは、頽廃の二文字の印象が浮かび上がって来る事であろう。事実、その印象の殆どは的を射、無縁塚を知る者にそれを話そうと、話の内容には首肯する事であろう。
だが、確かにその印象には当てはまらない理由で訪れる者も存在するのである。死体の供養の為に来る僧の様な、如何にも頽廃的な目的では無い目的で訪れる者が。
森近霖之助はその中の一人である。彼は時折この荒廃しきったかの様に思える地に訪れ、その内の僅かなる潤いである物品を、彼の経営する道具屋の商品とする為に見繕い、目ぼしいものを拾って持ち帰るのである。その物品の名と用途が見えるという特殊な目を用い、皮膚片を多量に含む、重く湿った空気を押し出して、そこら中に転がる物を視線で軽く撫で、その動作のみで鑑定するのである。
ドラッグライン採掘器、庭訓往来、ガイガーカウンター、千石通し、マイクロディスク、馬鬣アリダードetc…時代も用途もてんでバラバラな物共の中央、そこに今回の話の中心はでんと鎮座していた。
その形状を一言で表すのであれば、玉の文字が似合うであろう。大きさは霖之助の胸まで届くか届かぬか。しかしその形と大きさは不思議な威圧感とふてぶてしさを持っている。白めの緑色の塗料が塗られた見た目からはモルタルの軽さも感じられたが、触ってみれば、その材料は紛れも無い金属であった。
見た目にも異様なそれ――名はクーゲルパンツァーと言うらしい――は、霖之助の注目を惹いた。その外見から、それは当然だと思われるやも知れぬ。しかし、霖之助が注目したのは見た目に非ず、その目に依るものである。なんとクーゲルパンツァーの用途は見えなかったのである。この様な現象は初めてである。基本的に、道具と言うものは何かしらの用途を持ってこの世に生まれ付くものである。それが失われた物は、最早道具では無い。
霖之助はこの死に往く道具を哀れみ、又それ以上に奇妙さに知的好奇心がくすぐられた事により、これを持ち帰る事に決めた。そうなればこれ以外の物は置いて行くしか無い。しかし、彼はこれにその犠牲に見合う価値が有ると見たのだ。
霖之助はクーゲルパンツァーを押し転がさんと、がっぷりよつに手を置き渾身の力を発揮したが、クーゲルパンツァーは相も変わらずこの処に居座り続ける。霖之助は半妖故、常人より幾らか力のポテンシャルはあったものの、普段荒事とは対極に位置する霖之助が腕力に覚えが有る訳も無かった。
結局、ぎぎぃと億劫そうな唸りを上げて、玉の車輪が回り始めたのは、霖之助が格闘を始めて五分の後であった。この時霖之助は始めて、この車輪を支える様に、貧弱な尾の如し補助輪が存在している事に気付いた。
動かしたに成功したは良いものの、無縁塚は何しろ遠い。なんて言ったって、遠い。そりゃあそうである。こんな場所が人里に近かったならば、寧ろ人里の方から離れて行くであろう。
しかし、無理を承知で、無茶を承知で、不条理を承知して尚、霖之助はその遠さを呪わいでか無かった。
その遠いのを重い車輪を押して歩き通し、やっとこさの事で香霖堂に辿り着いた時には、もう太陽は沈み夜闇が空を支配し、慣れぬ事をした霖之助は疲れ果て、飢えた浪人の様な状態になっていた。
ぎぎぎと戸が開け放たれ、唯一つ夜闇を照らす月光が矢の如く差し込み、舞い上がった埃を映し出す。ごろごろと車輪が転がり、轟音を上げて山の様に積み上がったガラクタと古びた店を揺るがす絶対的な存在感を持ってクーゲルパンツァーは転がる。
半妖ともなれば、休息など必要が無いに等しいものの、流石にこれには堪えたと見え、クーゲルパンツァーを運び終えたかと思えば、ライカが脚に縋りつくのにも構わず、椅子に座ってすぐさま睡魔に意識を沈まされてしまった。
霖之助が意識を睡魔から奪還した時には、闇は冷たき太陽光線に殲滅されて、日光は店の中に差していた。
蜘蛛の巣が張り、ガラクタ共が積み上がり、無縁塚の頽廃を凝縮したと喩えて良い程の、闇に包まれ岡目より見ればゴミ屋敷としか見られないであろう店の中も、朝日の陽気に包まれれば、辛うじて店だと言い張る事が出来る程度には頽廃を打ち消されていた。
さて、霖之助が起きて最初に行う事とは何であろうか。心地良い朝霧によっていい塩梅にその熱を遮断された曙の光を浴びるでも無い、かと言って多少ましにはなったとは言え、未だお世辞にも綺麗などとは言えない店内を清掃するでも無く、それはクーゲルパンツァーが何の用途を持っているのかを調べる事であった。この体為では、霖之助は出不精とのレッテルを貼られても文句は言えないであろう。
手当たり次第に突起をガチャガチャと探り、車輪を転がして、眠るロボット犬ライカを片手に抱えながら、これに何が出来るのかを探る。
だがしかし、現物が残っていながら全人類からその用途が失われてしまった程の代物である。そう簡単にその用途が判る筈も無く、あっという間に半刻が経過した。
その頃、唐突に店の戸が乱暴に開け放たれた。忽ちの内に光が299792458m/sより霧の分だけ遅い速度で雪崩こむ。扉の長方形の光からは、ちいさな来訪者が顔を覗かせていた。
金色の天の川の如しウェーブを描く髪は太陽の影にも関わらず光り輝き、とんがり帽子と白黒ドレスの魔女服にこれでもかと付いたフリルは動く度にひらりとそよぎ、儚げな可憐ささえ持った幼い顔は、人形と言うには余りにも健康的な、生気に満ち溢れた血色をしており、儚い印象を完全に吹き飛ばす程度には快活にして元気、生意気ながらもそれさえ子供らしい笑顔が浮かび、トパーズの様に明るく輝く瞳は好奇心と希望に満たされていた。手足も同じく健康的な色をしてはいたが、その快活さからは寧ろ思いがけない程に、四尺位のちんまい身長に見合ったちまっこさと枝の様な細さであり、女性らしい繊細さときめ細やかさを宿していた。
彼女は恋と星に心惹かれた普通の魔法使いこと、霧雨魔理沙と言った。彼女は今でも小さいものの、本当にちみっこい時からこの店と店主とは馴染みがあり、なんならその細く小さな肢体を着飾る白黒の服は、霖之助が仕立てたものですらある程であった。
魔理沙は鈴の音を思わせる声を店中に響かせ、自分の来訪を伝えるつもりであったのだが、霖之助が謎の玉車輪を弄くっているのを見れば、それを邪魔する事の無い様に、その声は途端に尻窄みになり、途切れてしまった。彼女は一見他人を振り回す性分に見えてしまうが、意外な事にも細かい気が利くのである。
魔理沙は霖之助の邪魔にならない様に、静かに店の中へと入っていった。靴の音所か息まで潜めているのは少々滑稽である。
この幼き幻想を体現したかの如し少女が店の空間に入ってきた途端、頽廃の香りを蔓延させていた店の中の雰囲気は、見る者に怠惰から洒落っ気を感じさせる程にまで変容した。
歩く度に跳ねて揺れ、金の粒子を散布しているとさえ錯覚された髪が通過した後にはでんと邪魔な存在感を遺憾なく発揮していたガラクタの山(霖之助は商品と言い張っているものの、八割方は壊れていて、更に残った二割の殆どは非売品である為、結局ガラクタの山である)も、店を賑やかに彩るインテリアとして映り、天井に張られた蜘蛛の巣でさえもが一種神々しささえ纏っていた。そろりと降ろされた細い足にちょこんと履いた靴が床に触れれば、霧雨魔理沙と言う一つの華に飾られて、香霖堂の印象は、枯れた店主が細々と営む、何時潰れるかさえ知れぬ廃墟寸前のボロボロの店から、隠れ家的な人気のあるお洒落な店とまで百八十度の転回を果たした。
魔理沙はとてとてと歩いてカウンターの席に座り、足をぷらぷらさせて霖之助が作業を終わらせるのを待つ事にした。魔理沙は霖之助のコレクター趣味に理解があるのである。近頃香霖堂に入り浸る様になった狼女や女子高生より遥かに理解があると言う自信があるのだ。
しかし、それにも限度がある。幾ら何でも一刻もそのまま機械を弄り続けるなどとは、さしもの魔理沙も予想してはいなかった。
今や魔理沙は睡眠の中、ぷらぷらは止まり、瞳は透き通る様な目蓋に覆われ、カウンターに頭を預けてくかくかと可愛らしい寝息を立て、小さく開いた口からは、涎が一筋の光を宿らせて垂れていた。このままではこの光景は一日が終わるまで延々と続く事であろう。魔理沙の方は無防備ながらも幸せそうな寝顔をし、霖之助は来客にすら気付く事無く機械弄りを続けている様子を見れば、二人はこれでも一向構わないのであろうが、それを良しとせず、一計を案じる者が居た。魔理沙の頭に乗ったぶかぶかのとんがり帽がもぞもぞと蠢き、遂には頭から落ちた。
帽子の中に閉じ込められた、魔理沙の、果実を混ぜて、日光で掻き混ぜた様と例えられる匂いが空気中に放たれたと同時、青大将より少し大きい程度の大きさの黒い龍が、蝙蝠の様な翼を拡げて飛び立ち、霖之助が抱えていたライカを軽く小突いた。ライカは突然の事に飛び起きて吠え、霖之助もこれには意識をクーゲルパンツァーから反らさざるを得なかった。
霖之助はライカを確認し、次に頭上を飛翔する邪龍を捕捉し、その次に、やっと邪龍が指し示す先に眠れる森の魔女を見付けた。霖之助は一旦クーゲルパンツァーから離れ、魔理沙の方へ歩いて来た。
見れば、髪型にアクセントを付けている三つ編みのおさげにも涎は容赦無く掛かり、その事から大分待たせてしまっていた事に気付いた霖之助は、とるものもとりあえず、おさげを頭の上にやると、魔理沙はその髪と同じ金色の睫毛を瞬かせて、トパーズの瞳を開いた。
魔理沙が起きて最初に見た物は、息をも掛かる程に密着した距離に
見えた霖之助の姿。頬に垂れている涎を見ても、自分は相当な無様を晒していたに違い無い。巫女かメイドか庭師にでも今の姿を見られていたならば、暫くの話の語種としてその姿が上げられるのは必定の事、まして兄や父親の如く接している霖之助に見られたとあらば、恥ずかしさは尋常のものでは無い。魔理沙はその距離やら恥ずかしさやらが重なって、程良く白い頬を真っ赤にして、大きく狼狽の体を晒した。又これももし見られていたのなら、話の種になっていたに違い無い。
「いらっしゃい。」とただ一言。愛想良い笑顔も無く、無愛想に。霖之助はそんな事に頓着する様な性分では無く、またそれは今の魔理沙にとっては救いであった。もし掘り返して来る様であれば、いよいよ顔を更に赤潮させて、顔を覆って悶えて転げまわっていたであろう。魔理沙も調子を取り戻した様子で、「ああ、香霖、よう。さっきから弄ってるその機械は何なんだ?あんなもん見た事も聞いた事も無いぜ。」顔色を直してそう言うも、帽子を拾い上げる所で邪龍が飛んでいるのを見ると、何故起こしてくれなかったと抗議の視線を送る。邪龍は視線を反らし、鼻歌のつもりであろう音を発した。
「これはクーゲルパンツァーと言う名の道具だよ。無縁塚に落ちていた所を、僕がここに持って来たんだ。しかしこれの用途が見えない。その為に僕はこれを持って来たのだがね、これほど奇妙な事も無いだろう。なんといっても、用途の無い道具なんてものは、この世に一つだって存在しないのだからね。どんな下らないものでも、道具であるからには、何らかの用途を持っていないといけないんだ。でなければそれは道具では無いからね。そこで僕が立てた仮説としては、これは道具としては周知されているけれども、世界中の誰からもその用途を忘れられてしまったのだと考えられるね。」「ちょ、香霖、長い長「そこで僕はこの道具は元は何らかの用途を持っていたものなんだと推測した。それを調べる為に、此処に持って来ていたのだけども、なかなか何に使うものなのか、全く以って解らないんだ。」
霖之助はその物腰から、寡黙な印象を持たれるやも知れない。しかし、その乾いて張り付いているとさえ思わせる口には高品質の潤滑油が使われているのであろう。一度得意気な顔になって喋り始めたが最後、何時まででも延々と喋り続けるのである。
魔理沙はこのまま機械を弄っていてもこれが何なのかは永遠にわからないだろうと言い、次に名前が判っているのなら、それがヒントになるかも知れない、とアドバイスした。一人では思い付きもしなかった事も、二人ならば案外出てくるものである。霖之助は違い無いと合点して、ガラクタの山を崩さぬ様に物色し、辞書を取り出してひっくり返し、クーゲルパンツァーなるものが何なのかを調べ始めた。その際大量の埃が飛び上がり、魔理沙は細い手先で埃を払い、咳き込んで、霖之助に掃除をする様に釘を刺した。霖之助は如何にも優男と言う感じの苦笑いを返すのみであり、魔理沙の頬をぷくと膨らませるのみの結果に終わった。
霖之助は辞書を捲って調べ、おさげに邪龍を巻き付け、頭にライカを乗せた魔理沙がその脇から覗く様は、似合いの父娘の様である。そこに黃の色相を纏った日光が差せば、その光景は夢幻の如し一枚の絵になった。この光景が数十分ほど続いた後、その名の意味する所は判明した。どうやらドイツと言う東欧の国にて使われる言葉で、『玉の戦車』と言う意味らしい。これは霖之助が数刻の調査にて発見した、じゃあまにいとやらの刻印と一致していたので、信憑性は非常に高いと見ていいだろう。見た目にも合致している。
さて、そこまで判った訳ではあるのだが、そこからはまたどん詰まりに嵌ってしまい、二人と一匹は考え込む事になった。うぅむと考え込む霖之助の膝を無断借用して座り、魔理沙は同じポーズで考える。膝に座ってもまだ魔理沙の頭頂は霖之助の顎にも達さない辺り、やはり本人は否定するであろうが、二人には親子の風情がある様である。
向かいの椅子に座って(?)器用にも翼を腕の様に組んで考えている邪龍を見て、霖之助は何か思い付いたらしく、何時に無く晴れやかな表情で立ち上がった。魔理沙が頭からカウンターに飛び込む形になったので、邪龍は翼を使って受け止めてやる。
そんな事も意に介さず、霖之助はまるで権威を気取った教授のような足取りで玉戦車の周りを周回し、そして徐に口を開いた。
「クーゲルパンツァーと言うこれの名前、クーゲル、つまり玉が指し示すのはこの見た目としても、パンツァーの部分、これはこのクーゲルパンツァーが戦闘に使われる物である事を指すんだ。しかしこれには人一人が乗り込むだけのスペースしか無く、何らかの兵器類を積載する事は出来ないだろう。しかし、妖怪や神はランプの魔神や手長脚長に代表される様に、物理的制約には囚われない物だ。それを留意してこれの形状を見て欲しい。この丸い形に、尾の様に付いた補助輪。この様な形をした玉とは十中八九、勾玉だろう。勾玉は陰陽道の図案に見られる様に、一つがその対極となるものだ。これは色からすると、まず間違い無く陽の一方を示唆するものだろう。陽を象徴するものと言えば、龍と鳳凰だ。そこで僕は、この中には五方龍王黒龍が入って居て、それを解き放ったり、プロパガンダや象徴として利用したりする為の兵器なのでは無いかと思う。まず龍では無く鳳凰である可能性だが、これは無いと思う。何故なら、鳳凰は翼を持ち、空を飛ぶ為に、この窮屈な中には入ろうとはしないだろうからね。そして黒龍である理由は、まずこの色。白の中に緑、黒龍は玄龍とも言うので、それを外装としたのだろう。それと、黒龍の習性。黒龍は岩窟に住み、玉を持つ。それはこの中に入れるには最適だろう。」
この長台詞をひと呼吸で言い切った霖之助の肺活量は推して知るべしと言った所だろう。だが、その説に異を唱える者も居た。着想の張本人、邪龍からである。
「霖之助殿、素晴らしい説であった。黒龍龍王とは大きく出たものでは有るが、応龍の例も在るからして、龍の戦争利用など戯言と一笑に付す訳にも行くまい。しかし霖之助殿、これには超自然的な力は一切籠められては居ない。龍王ともあれば、こんな物の拘束など無いも同然、私でも脱出は容易い。これでは少々不安定に過ぎるのでは無いかね?」
霖之助は自説のぐうの音も出ない点を、最も説得力の有る人物の口から的確に衝かれ、それに反論する事はとうとう出来なかった。かと言ってこれ以上考えた所で、霖之助の提唱した説より納得がいく説を捻り出せそうには無かったので、実践あるのみと言う事で、実際にクーゲルパンツァーに乗ってみて何が出来るのかを試して見るのだ。
魔理沙はこれに興味を示していたのと、霖之助が乗り込むには狭過ぎるので、実際にクーゲルパンツァーに搭乗すると言う、栄誉在る大役を仰せ仕った。霖之助に脇を抱え上げられてクーゲルパンツァーに乗せられる様はいよいよ大人と子供が遊んでいる様な微笑ましささえ覚えられ、それと同時に自分が飛べる事を失念している様にも思えるが、本人がなんと言おうとも客観ではまんざらでも無さそうな表情であったので、問題は何処にも存在しないのだろう。
しかし乗り込んで見たは良いものの、動かし方が解らなければ、当然の事ながら動かない。ガチャガチャとレバーやら何やらを細い手足で動かしてみても、一向何か動作する気配は無かった。
そこにライカが入って行った。ライカは霊が取り憑いて動いている様な物とは言え、その身体は電気で動くロボットの物、ライカが電気を提供し、そこで魔理沙が奇跡的なタイミングでレバーを押すと、とうとうクーゲルパンツァーは動き出し、そしてそのコントロールも止まり方も解らぬままに、小高い商品の山に狂った様に突進し、がらがらどしゃあんと轟音を立てて崩れ倒れたガラクタの圧に伸されて漸く止まった。訳の分からぬ陶器やらが漏れなくバラバラになって空中高く飛び散り、ガラス片が日光を反射し一瞬一瞬に移り変わる文様を映し出す様は真壮観であった。
絶望に打ちひしがれて膝を付く霖之助であったが、そこには魔理沙とライカが埋っていると思い出せば行動は早く、邪龍と共にガラクタと破片と何らかの埃やら塵やらの散乱する中掻き分け乗り越え掘り出して、漸く魔理沙とライカを救出した。中からは殆ど外の様子は見えなかったらしく、突然の轟音に狼狽していた魔理沙は、店内の惨状を目にしてふたたび狼狽した。
かくして多大なる犠牲を払って動かしたクーゲルパンツァーではあったが、結局用途は解らず終い。今では一円そこらで河童から買い付けた自転車発電機によって電力を供給させ、子供や妖精の遊具として使われているのみだ。思うに、あれは失敗作であったのだろう。作られたは良いものの、その性能の低さによって、打ち捨てられ、二度と日の目を見る事の無かった所に、霖之助は酔狂にもそれを拾い上げ、奪われ忘れられてしまった用途を探求し、新たな使い道を与えたのだろう。
霖之助は物思いをする様に、ふと西洋風に着飾られた窓の先に視線を投げた。その目には、さんさんと照り付ける太陽の下、青々と茂る草原の上で、大きな日陰となり、超満員の屈託無き満面の笑みを浮かべる妖精やら子供やらを載せて、草原を靡かせる爽やかな風を受けて進むクーゲルパンツァーの姿があった。
名称・クーゲルパンツァー 用途・子供達を乗せて走る遊具。
意味をあたえてくれて、ありがとう。
霖之助は、その刻印から、あれが付喪神になっていても可笑しく無い年月を経ていた事を思い出し、軽く微笑んだ。傍にいた魔理沙は、それに軽い嫉妬を抱き、朝より鮮やかに煌めく瞳と髪を靡かせて、霖之助の頬を指で小突くのであった。
見渡す限りの荒野に点々と佇む種類、用途、材質、大きさ、その全てを異とするオブジェクトの数々。その地中には夥しいとさえ表現し得る程の数の死体。そこからか、塚全体には微かに、しかし鼻に付くアンモニアの臭いと、体温が死によって開放されたが如し不快な生暖かさが充満していた。そこに居る生きた住民と言えば、此処に居を構える妖怪鼠の配下たる、地を覆い尽くさんばかりの鼠の大群ばかりであった。只々鼠がガラクタ共を回収し、死体を喰い欠き、その数を以って支配するこの場所からは、頽廃の二文字の印象が浮かび上がって来る事であろう。事実、その印象の殆どは的を射、無縁塚を知る者にそれを話そうと、話の内容には首肯する事であろう。
だが、確かにその印象には当てはまらない理由で訪れる者も存在するのである。死体の供養の為に来る僧の様な、如何にも頽廃的な目的では無い目的で訪れる者が。
森近霖之助はその中の一人である。彼は時折この荒廃しきったかの様に思える地に訪れ、その内の僅かなる潤いである物品を、彼の経営する道具屋の商品とする為に見繕い、目ぼしいものを拾って持ち帰るのである。その物品の名と用途が見えるという特殊な目を用い、皮膚片を多量に含む、重く湿った空気を押し出して、そこら中に転がる物を視線で軽く撫で、その動作のみで鑑定するのである。
ドラッグライン採掘器、庭訓往来、ガイガーカウンター、千石通し、マイクロディスク、馬鬣アリダードetc…時代も用途もてんでバラバラな物共の中央、そこに今回の話の中心はでんと鎮座していた。
その形状を一言で表すのであれば、玉の文字が似合うであろう。大きさは霖之助の胸まで届くか届かぬか。しかしその形と大きさは不思議な威圧感とふてぶてしさを持っている。白めの緑色の塗料が塗られた見た目からはモルタルの軽さも感じられたが、触ってみれば、その材料は紛れも無い金属であった。
見た目にも異様なそれ――名はクーゲルパンツァーと言うらしい――は、霖之助の注目を惹いた。その外見から、それは当然だと思われるやも知れぬ。しかし、霖之助が注目したのは見た目に非ず、その目に依るものである。なんとクーゲルパンツァーの用途は見えなかったのである。この様な現象は初めてである。基本的に、道具と言うものは何かしらの用途を持ってこの世に生まれ付くものである。それが失われた物は、最早道具では無い。
霖之助はこの死に往く道具を哀れみ、又それ以上に奇妙さに知的好奇心がくすぐられた事により、これを持ち帰る事に決めた。そうなればこれ以外の物は置いて行くしか無い。しかし、彼はこれにその犠牲に見合う価値が有ると見たのだ。
霖之助はクーゲルパンツァーを押し転がさんと、がっぷりよつに手を置き渾身の力を発揮したが、クーゲルパンツァーは相も変わらずこの処に居座り続ける。霖之助は半妖故、常人より幾らか力のポテンシャルはあったものの、普段荒事とは対極に位置する霖之助が腕力に覚えが有る訳も無かった。
結局、ぎぎぃと億劫そうな唸りを上げて、玉の車輪が回り始めたのは、霖之助が格闘を始めて五分の後であった。この時霖之助は始めて、この車輪を支える様に、貧弱な尾の如し補助輪が存在している事に気付いた。
動かしたに成功したは良いものの、無縁塚は何しろ遠い。なんて言ったって、遠い。そりゃあそうである。こんな場所が人里に近かったならば、寧ろ人里の方から離れて行くであろう。
しかし、無理を承知で、無茶を承知で、不条理を承知して尚、霖之助はその遠さを呪わいでか無かった。
その遠いのを重い車輪を押して歩き通し、やっとこさの事で香霖堂に辿り着いた時には、もう太陽は沈み夜闇が空を支配し、慣れぬ事をした霖之助は疲れ果て、飢えた浪人の様な状態になっていた。
ぎぎぎと戸が開け放たれ、唯一つ夜闇を照らす月光が矢の如く差し込み、舞い上がった埃を映し出す。ごろごろと車輪が転がり、轟音を上げて山の様に積み上がったガラクタと古びた店を揺るがす絶対的な存在感を持ってクーゲルパンツァーは転がる。
半妖ともなれば、休息など必要が無いに等しいものの、流石にこれには堪えたと見え、クーゲルパンツァーを運び終えたかと思えば、ライカが脚に縋りつくのにも構わず、椅子に座ってすぐさま睡魔に意識を沈まされてしまった。
霖之助が意識を睡魔から奪還した時には、闇は冷たき太陽光線に殲滅されて、日光は店の中に差していた。
蜘蛛の巣が張り、ガラクタ共が積み上がり、無縁塚の頽廃を凝縮したと喩えて良い程の、闇に包まれ岡目より見ればゴミ屋敷としか見られないであろう店の中も、朝日の陽気に包まれれば、辛うじて店だと言い張る事が出来る程度には頽廃を打ち消されていた。
さて、霖之助が起きて最初に行う事とは何であろうか。心地良い朝霧によっていい塩梅にその熱を遮断された曙の光を浴びるでも無い、かと言って多少ましにはなったとは言え、未だお世辞にも綺麗などとは言えない店内を清掃するでも無く、それはクーゲルパンツァーが何の用途を持っているのかを調べる事であった。この体為では、霖之助は出不精とのレッテルを貼られても文句は言えないであろう。
手当たり次第に突起をガチャガチャと探り、車輪を転がして、眠るロボット犬ライカを片手に抱えながら、これに何が出来るのかを探る。
だがしかし、現物が残っていながら全人類からその用途が失われてしまった程の代物である。そう簡単にその用途が判る筈も無く、あっという間に半刻が経過した。
その頃、唐突に店の戸が乱暴に開け放たれた。忽ちの内に光が299792458m/sより霧の分だけ遅い速度で雪崩こむ。扉の長方形の光からは、ちいさな来訪者が顔を覗かせていた。
金色の天の川の如しウェーブを描く髪は太陽の影にも関わらず光り輝き、とんがり帽子と白黒ドレスの魔女服にこれでもかと付いたフリルは動く度にひらりとそよぎ、儚げな可憐ささえ持った幼い顔は、人形と言うには余りにも健康的な、生気に満ち溢れた血色をしており、儚い印象を完全に吹き飛ばす程度には快活にして元気、生意気ながらもそれさえ子供らしい笑顔が浮かび、トパーズの様に明るく輝く瞳は好奇心と希望に満たされていた。手足も同じく健康的な色をしてはいたが、その快活さからは寧ろ思いがけない程に、四尺位のちんまい身長に見合ったちまっこさと枝の様な細さであり、女性らしい繊細さときめ細やかさを宿していた。
彼女は恋と星に心惹かれた普通の魔法使いこと、霧雨魔理沙と言った。彼女は今でも小さいものの、本当にちみっこい時からこの店と店主とは馴染みがあり、なんならその細く小さな肢体を着飾る白黒の服は、霖之助が仕立てたものですらある程であった。
魔理沙は鈴の音を思わせる声を店中に響かせ、自分の来訪を伝えるつもりであったのだが、霖之助が謎の玉車輪を弄くっているのを見れば、それを邪魔する事の無い様に、その声は途端に尻窄みになり、途切れてしまった。彼女は一見他人を振り回す性分に見えてしまうが、意外な事にも細かい気が利くのである。
魔理沙は霖之助の邪魔にならない様に、静かに店の中へと入っていった。靴の音所か息まで潜めているのは少々滑稽である。
この幼き幻想を体現したかの如し少女が店の空間に入ってきた途端、頽廃の香りを蔓延させていた店の中の雰囲気は、見る者に怠惰から洒落っ気を感じさせる程にまで変容した。
歩く度に跳ねて揺れ、金の粒子を散布しているとさえ錯覚された髪が通過した後にはでんと邪魔な存在感を遺憾なく発揮していたガラクタの山(霖之助は商品と言い張っているものの、八割方は壊れていて、更に残った二割の殆どは非売品である為、結局ガラクタの山である)も、店を賑やかに彩るインテリアとして映り、天井に張られた蜘蛛の巣でさえもが一種神々しささえ纏っていた。そろりと降ろされた細い足にちょこんと履いた靴が床に触れれば、霧雨魔理沙と言う一つの華に飾られて、香霖堂の印象は、枯れた店主が細々と営む、何時潰れるかさえ知れぬ廃墟寸前のボロボロの店から、隠れ家的な人気のあるお洒落な店とまで百八十度の転回を果たした。
魔理沙はとてとてと歩いてカウンターの席に座り、足をぷらぷらさせて霖之助が作業を終わらせるのを待つ事にした。魔理沙は霖之助のコレクター趣味に理解があるのである。近頃香霖堂に入り浸る様になった狼女や女子高生より遥かに理解があると言う自信があるのだ。
しかし、それにも限度がある。幾ら何でも一刻もそのまま機械を弄り続けるなどとは、さしもの魔理沙も予想してはいなかった。
今や魔理沙は睡眠の中、ぷらぷらは止まり、瞳は透き通る様な目蓋に覆われ、カウンターに頭を預けてくかくかと可愛らしい寝息を立て、小さく開いた口からは、涎が一筋の光を宿らせて垂れていた。このままではこの光景は一日が終わるまで延々と続く事であろう。魔理沙の方は無防備ながらも幸せそうな寝顔をし、霖之助は来客にすら気付く事無く機械弄りを続けている様子を見れば、二人はこれでも一向構わないのであろうが、それを良しとせず、一計を案じる者が居た。魔理沙の頭に乗ったぶかぶかのとんがり帽がもぞもぞと蠢き、遂には頭から落ちた。
帽子の中に閉じ込められた、魔理沙の、果実を混ぜて、日光で掻き混ぜた様と例えられる匂いが空気中に放たれたと同時、青大将より少し大きい程度の大きさの黒い龍が、蝙蝠の様な翼を拡げて飛び立ち、霖之助が抱えていたライカを軽く小突いた。ライカは突然の事に飛び起きて吠え、霖之助もこれには意識をクーゲルパンツァーから反らさざるを得なかった。
霖之助はライカを確認し、次に頭上を飛翔する邪龍を捕捉し、その次に、やっと邪龍が指し示す先に眠れる森の魔女を見付けた。霖之助は一旦クーゲルパンツァーから離れ、魔理沙の方へ歩いて来た。
見れば、髪型にアクセントを付けている三つ編みのおさげにも涎は容赦無く掛かり、その事から大分待たせてしまっていた事に気付いた霖之助は、とるものもとりあえず、おさげを頭の上にやると、魔理沙はその髪と同じ金色の睫毛を瞬かせて、トパーズの瞳を開いた。
魔理沙が起きて最初に見た物は、息をも掛かる程に密着した距離に
見えた霖之助の姿。頬に垂れている涎を見ても、自分は相当な無様を晒していたに違い無い。巫女かメイドか庭師にでも今の姿を見られていたならば、暫くの話の語種としてその姿が上げられるのは必定の事、まして兄や父親の如く接している霖之助に見られたとあらば、恥ずかしさは尋常のものでは無い。魔理沙はその距離やら恥ずかしさやらが重なって、程良く白い頬を真っ赤にして、大きく狼狽の体を晒した。又これももし見られていたのなら、話の種になっていたに違い無い。
「いらっしゃい。」とただ一言。愛想良い笑顔も無く、無愛想に。霖之助はそんな事に頓着する様な性分では無く、またそれは今の魔理沙にとっては救いであった。もし掘り返して来る様であれば、いよいよ顔を更に赤潮させて、顔を覆って悶えて転げまわっていたであろう。魔理沙も調子を取り戻した様子で、「ああ、香霖、よう。さっきから弄ってるその機械は何なんだ?あんなもん見た事も聞いた事も無いぜ。」顔色を直してそう言うも、帽子を拾い上げる所で邪龍が飛んでいるのを見ると、何故起こしてくれなかったと抗議の視線を送る。邪龍は視線を反らし、鼻歌のつもりであろう音を発した。
「これはクーゲルパンツァーと言う名の道具だよ。無縁塚に落ちていた所を、僕がここに持って来たんだ。しかしこれの用途が見えない。その為に僕はこれを持って来たのだがね、これほど奇妙な事も無いだろう。なんといっても、用途の無い道具なんてものは、この世に一つだって存在しないのだからね。どんな下らないものでも、道具であるからには、何らかの用途を持っていないといけないんだ。でなければそれは道具では無いからね。そこで僕が立てた仮説としては、これは道具としては周知されているけれども、世界中の誰からもその用途を忘れられてしまったのだと考えられるね。」「ちょ、香霖、長い長「そこで僕はこの道具は元は何らかの用途を持っていたものなんだと推測した。それを調べる為に、此処に持って来ていたのだけども、なかなか何に使うものなのか、全く以って解らないんだ。」
霖之助はその物腰から、寡黙な印象を持たれるやも知れない。しかし、その乾いて張り付いているとさえ思わせる口には高品質の潤滑油が使われているのであろう。一度得意気な顔になって喋り始めたが最後、何時まででも延々と喋り続けるのである。
魔理沙はこのまま機械を弄っていてもこれが何なのかは永遠にわからないだろうと言い、次に名前が判っているのなら、それがヒントになるかも知れない、とアドバイスした。一人では思い付きもしなかった事も、二人ならば案外出てくるものである。霖之助は違い無いと合点して、ガラクタの山を崩さぬ様に物色し、辞書を取り出してひっくり返し、クーゲルパンツァーなるものが何なのかを調べ始めた。その際大量の埃が飛び上がり、魔理沙は細い手先で埃を払い、咳き込んで、霖之助に掃除をする様に釘を刺した。霖之助は如何にも優男と言う感じの苦笑いを返すのみであり、魔理沙の頬をぷくと膨らませるのみの結果に終わった。
霖之助は辞書を捲って調べ、おさげに邪龍を巻き付け、頭にライカを乗せた魔理沙がその脇から覗く様は、似合いの父娘の様である。そこに黃の色相を纏った日光が差せば、その光景は夢幻の如し一枚の絵になった。この光景が数十分ほど続いた後、その名の意味する所は判明した。どうやらドイツと言う東欧の国にて使われる言葉で、『玉の戦車』と言う意味らしい。これは霖之助が数刻の調査にて発見した、じゃあまにいとやらの刻印と一致していたので、信憑性は非常に高いと見ていいだろう。見た目にも合致している。
さて、そこまで判った訳ではあるのだが、そこからはまたどん詰まりに嵌ってしまい、二人と一匹は考え込む事になった。うぅむと考え込む霖之助の膝を無断借用して座り、魔理沙は同じポーズで考える。膝に座ってもまだ魔理沙の頭頂は霖之助の顎にも達さない辺り、やはり本人は否定するであろうが、二人には親子の風情がある様である。
向かいの椅子に座って(?)器用にも翼を腕の様に組んで考えている邪龍を見て、霖之助は何か思い付いたらしく、何時に無く晴れやかな表情で立ち上がった。魔理沙が頭からカウンターに飛び込む形になったので、邪龍は翼を使って受け止めてやる。
そんな事も意に介さず、霖之助はまるで権威を気取った教授のような足取りで玉戦車の周りを周回し、そして徐に口を開いた。
「クーゲルパンツァーと言うこれの名前、クーゲル、つまり玉が指し示すのはこの見た目としても、パンツァーの部分、これはこのクーゲルパンツァーが戦闘に使われる物である事を指すんだ。しかしこれには人一人が乗り込むだけのスペースしか無く、何らかの兵器類を積載する事は出来ないだろう。しかし、妖怪や神はランプの魔神や手長脚長に代表される様に、物理的制約には囚われない物だ。それを留意してこれの形状を見て欲しい。この丸い形に、尾の様に付いた補助輪。この様な形をした玉とは十中八九、勾玉だろう。勾玉は陰陽道の図案に見られる様に、一つがその対極となるものだ。これは色からすると、まず間違い無く陽の一方を示唆するものだろう。陽を象徴するものと言えば、龍と鳳凰だ。そこで僕は、この中には五方龍王黒龍が入って居て、それを解き放ったり、プロパガンダや象徴として利用したりする為の兵器なのでは無いかと思う。まず龍では無く鳳凰である可能性だが、これは無いと思う。何故なら、鳳凰は翼を持ち、空を飛ぶ為に、この窮屈な中には入ろうとはしないだろうからね。そして黒龍である理由は、まずこの色。白の中に緑、黒龍は玄龍とも言うので、それを外装としたのだろう。それと、黒龍の習性。黒龍は岩窟に住み、玉を持つ。それはこの中に入れるには最適だろう。」
この長台詞をひと呼吸で言い切った霖之助の肺活量は推して知るべしと言った所だろう。だが、その説に異を唱える者も居た。着想の張本人、邪龍からである。
「霖之助殿、素晴らしい説であった。黒龍龍王とは大きく出たものでは有るが、応龍の例も在るからして、龍の戦争利用など戯言と一笑に付す訳にも行くまい。しかし霖之助殿、これには超自然的な力は一切籠められては居ない。龍王ともあれば、こんな物の拘束など無いも同然、私でも脱出は容易い。これでは少々不安定に過ぎるのでは無いかね?」
霖之助は自説のぐうの音も出ない点を、最も説得力の有る人物の口から的確に衝かれ、それに反論する事はとうとう出来なかった。かと言ってこれ以上考えた所で、霖之助の提唱した説より納得がいく説を捻り出せそうには無かったので、実践あるのみと言う事で、実際にクーゲルパンツァーに乗ってみて何が出来るのかを試して見るのだ。
魔理沙はこれに興味を示していたのと、霖之助が乗り込むには狭過ぎるので、実際にクーゲルパンツァーに搭乗すると言う、栄誉在る大役を仰せ仕った。霖之助に脇を抱え上げられてクーゲルパンツァーに乗せられる様はいよいよ大人と子供が遊んでいる様な微笑ましささえ覚えられ、それと同時に自分が飛べる事を失念している様にも思えるが、本人がなんと言おうとも客観ではまんざらでも無さそうな表情であったので、問題は何処にも存在しないのだろう。
しかし乗り込んで見たは良いものの、動かし方が解らなければ、当然の事ながら動かない。ガチャガチャとレバーやら何やらを細い手足で動かしてみても、一向何か動作する気配は無かった。
そこにライカが入って行った。ライカは霊が取り憑いて動いている様な物とは言え、その身体は電気で動くロボットの物、ライカが電気を提供し、そこで魔理沙が奇跡的なタイミングでレバーを押すと、とうとうクーゲルパンツァーは動き出し、そしてそのコントロールも止まり方も解らぬままに、小高い商品の山に狂った様に突進し、がらがらどしゃあんと轟音を立てて崩れ倒れたガラクタの圧に伸されて漸く止まった。訳の分からぬ陶器やらが漏れなくバラバラになって空中高く飛び散り、ガラス片が日光を反射し一瞬一瞬に移り変わる文様を映し出す様は真壮観であった。
絶望に打ちひしがれて膝を付く霖之助であったが、そこには魔理沙とライカが埋っていると思い出せば行動は早く、邪龍と共にガラクタと破片と何らかの埃やら塵やらの散乱する中掻き分け乗り越え掘り出して、漸く魔理沙とライカを救出した。中からは殆ど外の様子は見えなかったらしく、突然の轟音に狼狽していた魔理沙は、店内の惨状を目にしてふたたび狼狽した。
かくして多大なる犠牲を払って動かしたクーゲルパンツァーではあったが、結局用途は解らず終い。今では一円そこらで河童から買い付けた自転車発電機によって電力を供給させ、子供や妖精の遊具として使われているのみだ。思うに、あれは失敗作であったのだろう。作られたは良いものの、その性能の低さによって、打ち捨てられ、二度と日の目を見る事の無かった所に、霖之助は酔狂にもそれを拾い上げ、奪われ忘れられてしまった用途を探求し、新たな使い道を与えたのだろう。
霖之助は物思いをする様に、ふと西洋風に着飾られた窓の先に視線を投げた。その目には、さんさんと照り付ける太陽の下、青々と茂る草原の上で、大きな日陰となり、超満員の屈託無き満面の笑みを浮かべる妖精やら子供やらを載せて、草原を靡かせる爽やかな風を受けて進むクーゲルパンツァーの姿があった。
名称・クーゲルパンツァー 用途・子供達を乗せて走る遊具。
意味をあたえてくれて、ありがとう。
霖之助は、その刻印から、あれが付喪神になっていても可笑しく無い年月を経ていた事を思い出し、軽く微笑んだ。傍にいた魔理沙は、それに軽い嫉妬を抱き、朝より鮮やかに煌めく瞳と髪を靡かせて、霖之助の頬を指で小突くのであった。
クーゲルパンツァーって何なのか知らなかったのでググってみたら、何だこれは。霖之助でも用途が読めなかったのも納得です。
実はじゃりゅまりを期待して開いたのですが、読んでみると邪龍と霖之助が友人のような距離感で話していて何だか癒されました。邪龍良いキャラですよね、鈴奈庵の中でもかなり好きなキャラなのです。
最後の締め方も綺麗で、良い読後感でした。面白かったです。
その着想がとても好きです。楽しませて頂きました。
用途を失った道具が、再度用途を持つこと、幻想郷と言う新しい土地で心機一転、やり直せたような感じがして良かったです。