ああ、お空の目がヤバい。
今夜は宴会だ。場所はおなじみ博麗神社。
外は粉雪が舞って、境内のかがり火が空を橙色に染めてる。
霊夢とか守矢の巫女さんは寒い寒い言ってるけど、私らには特に関係ない。いや、どっちがいいかって言ったら暖かい方が良いけどさ。
だもんで、今日はとりあえず神社の中で宴会だ。
「ねえ、お空。おーくーう」
「ん?」
わたしの呼びかけに、くりっとした目がこちらを向く。
「なに?お燐。あ、おつまみ欲しいの?んしょ」
「ああ‥‥ありがと」
友人は目の前にあった大皿を取って近くに置いてくれる。やさしいねえ、あんたは。
なっがい髪を纏めるまでもなく乱暴に流すだけ。マントを引っ掻けたゴツイ翼が、窮屈そうにちょこんとたたまれて背中にひっついてる。
ほんのり赤く染まった頬。ぐいーってお酒を威勢よくあおる。
うん。あんたは別嬪さんだよ。
‥‥だからさ、すぐに獲物を狙う野生の目つきに戻るの、どうにかしなって。
いろいろ台無しだよ。
「ねえ、霊夢さん。あのお願い、どうしても聞いてもらえなくて?」
「めんどくさいって言ってるでしょ。仙人に弟子入りされたって、私に得なんてなんもないのよ。あー、くっつくな!暑い!」
お空の視線の先じゃ、青い仙人が霊夢に猫みたいにくっついてごろごろしてる。
あの仙人、べたべた霊夢にくっついて、うっとおしいッたらありゃしない。
なんだ、膝の上でも狙ってるのか。あそこはあたいの場所だ。
さとり様の膝の上が一番だけどさ。別荘だよ。別荘。霊夢の膝の上は。
あんまりでしゃばると食っちまうぞ。仙人の肉、まだ食べたことないんだよねー。
なー、お空。
「じゅる」
「‥‥お空。食べちゃダメだよ」
「は!」
橋姫みたいに仙人を睨んでたら、友人がよだれを垂らしていたのでツッコむ。
食べちゃダメって言ったけど、何を食べちゃダメか、分かってるんだろうね。お空。
「分かってるよ?大丈夫だって。いくら私でも拾い食いはしないってばさ‥‥」
「ってもさ、ほら、また見てる。‥‥肉食獣だねえ、あんたは」
「好きなんだもん。しょうがないじゃない」
「我慢しなよ?」
「分かってるってば」
お空がよだれを垂らしてみてるモノ。仙人じゃない。霊夢でもない。目の前のお酒や料理でもない。
「‥‥」
あの、仙人の近くでボケッと座ってる、屍体。
宴会料理に負けないくらい旨そうな匂いを振り撒いて、障子の近くに座ってる。
死体のくせに宮古芳香なんて大層な名前もらってさ。喋って跳ねて。キョンシーってやつは規格外なんだね。あたいがいつも運んでる死体はそんなに元気じゃないからさ。飛んだり跳ねたりしないし。
死体にしちゃよくしゃべる方だけど、なんていうか、機械みたいなんだよね。昔のこと覚えてないし。最近の事とか、あの仙人のことぐらいしかしゃべんない。死体とはさ、生前の思い出とかをさ、地獄まで運んでる間話し込むのとかが好きなんだけどね。あの子じゃあんまり話続かなさそうなんだよね。
「‥‥」
お空はまたもアツい目で芳香を見てる。
この子が芳香を見てる理由はさっき本人が自分で言った通り。食欲だ。
今じゃ神の光、八咫烏ルックで火の玉ぶっ放してひゃっはー、なんてやってるけどさ。昔ぁただの地獄烏だったんだもの。
キャアキャア言いながら亡者に群がって死肉ついばんでさ。口の周り腐った血でべたべたにして、仲間と一緒に死霊引きつれて火炎地獄の上飛んでさ。
お空は別嬪さんだからさ。たまにお空を見かけた人間の男どもが鼻の下伸ばしてこいつの顔見つめてたりするけど。昔のお空を見せてやりたいね。ひひ。どんな顔するかね。
「お空?おーくーう?ダメだよー。怒られるよー」
「お燐‥‥だめ、あいつオイシソウ」
「我慢しなー。ほら、あんたの好きなゆで卵ー」
「もぎゅ」
涎垂らしてぽかんと空いた口にゆで卵を押し込む。
あんた、濃―い硫黄の温泉でゆでた卵がお気に入りだよね。ぐっちゃんぐっちゃんに腐った死体って硫黄みたいな匂いするからね。
あ、はたてちゃんが睨んでる。ゴメンね。でもカラスって同族の卵喰うよね。
**************
ああ、椛さんの目がヤバい。
今夜は霊夢さんのとこで宴会。雪が降ってて寒いので、神社の中で宴会。拝殿とか神楽殿から社務所の居間まで障子ぶち抜いて大宴会場が出来上がってる。なんだかお寺みたい。そういう構造の神社もなかなか見ないけど。地震のあとで立て直したときにリフォームされたのかな。なんということでしょう。匠は幻想郷でも活躍してんのか。
「良いですか早苗さん。貴女も守矢の風祝さんですから、十分お分かりでしょう。狩りの獲物と言うのは単に食料ではない。お恵みなのですよ」
ぼわっと酔っぱらった椛さんが熱く語りかけてくる。今日は椛さんと呑んでる。文さんが締め切り間際で忙しいからってたまたま境内に来てた椛さんが代わりについてきてくれた。‥‥間に合ったとか言って結局射命丸さん来てますけどね。椛さんはお酒を無理強いしないから一緒に呑んでても楽。わたしがお猪口で飲んでるよこで、お猪口の代わりに升でガバガバお酒飲んでるけどね。
御頭祭の話からだっけ。椛さんの狩猟論が始まったのは。
いくら、道具や技術が発展しようとも、狩りと言うのは決まったようにできるものじゃない。山の神様が許してくれるかどうか、それだけだって。私はあんまり狩りとかしたことないけど、それは分かる。確かに、鉄砲ってのは凄い道具で、獲物を仕留めやすくなったかもしれない。でもそれって、人間て言う生き物の牙がちょっと鋭くなったくらいの話だっておもう。だって、いくら鉄砲使うからって、ちょっと山眺めてズドン、ってわけにはいかないもの。釣り堀じゃないんだから。山歩いて獲物さがして追い込んで、絶対にはずさない距離まで引き付けて‥‥森の中の狩りについていえば、射程は鉄砲も弓矢とそうそう変わらないんじゃないのかな?
とにかく、そういう、命のやり取りをしなきゃいけないのは変わらない。隠れて、欺いて、相手の動きを読んで。‥‥猟友会とかマタギのひとってすごいよね。
「今までで一番の獲物は‥‥そうだねえ‥‥私がまだ外に居た頃にね、でかい化け熊と勝負したことがあってね」
升酒片手に思い出話をする椛さん。白い髪から覗く尖った耳の端っこに、小さな傷がある。手甲はめた手はちょっと節くれ立ってる。剣道部とか、空手部の子の手みたい。
狩人だよね。‥‥よく私達、引越ししたときにこんなおっかなそうな人たちとケンカしないですんだな。神奈子様さすが軍神。交渉うまい。
そんな狩人椛さんの目が、さっきからヤバい。
酒のんで据わった眼になってきてる、のもあるけど。視線がさっきからびたっと止まって動かない。
「早苗さん」
「はいな」
「あまり見つめると気づかれます」
「‥‥」
注意された。うん。自覚あったうえで見てたんだな、この人は。ますますダメじゃん。
椛さんが見てる、“獲物”。‥‥テーブルの向こうで揺れる白い尻尾。へにょったしわしわの飾りのような耳。
「ぬわー!またっ!またっ!ババ!畜生!」
「はーい、鈴仙これで3連敗ー」
「おまえ、軍人だろうに。表情読むの下手だなー」
「ハンデ付けてんのよ!わたしの目使ったら、トランプカードなんか簡単に透視できるんだから!」
「と、負け犬が申しておりますわ」
「ぬぐううう。もう一回!」
テーブルの向こう側でババ抜きに興じる一団。魔理沙さんに、咲夜さん。妖夢さん。んで鈴仙さん。
椛さんが見てる獲物ってのは、すなわち鈴仙さんなわけで。
だめですよ?あのひと、輝夜さんとこのペットだし。“ひとのものとったら、どろぼう!”ですよ。
それに、あの人元々軍人さんって言うし。
「それが良いんじゃないですか‥‥」
うっとりした声出さんでください。この狼女。
さっきから横で椛さんの尻尾がゆっくりと揺れている。ぱた、り、ぱた、りって。ギラギラした目じゃないけど、重たくぴたりと定まった眼もとは、そこだけお酒が入っていないみたいに冷たい。そんな目で、狩りの獲物とは、って話をしみじみと話してくる。獲物は、まるで女子高生みたいな見た目の鈴仙さん。わーお。これだけ言ってたら椛さん、痴女だ。変質者だ。
「宴会が終わったら動きますよ。いい?早苗さん‥‥」
‥‥うん。とりあえず、お酒、もうちょっと飲みましょうか。
今日は酔いつぶれてください。
でも、鈴仙さん、結構そういう役、似合いそうだよね。
どんな?そりゃあ、捕まってひどい目に会わされるヒロイン役が‥‥
***************
まみぞーの目がヤバい。
ヤバいってか、まあ、まみぞーのこういう目って大好きなんだけどさ。
うひ。
今日は聖ごまかして宴会潜入成功。正体不明の種がばれるまでだけど、久しぶりだし許してよ。
「関の寒戸にお灯明がみえる どこの十九が来てともす、ってな。狸ぁ、佐渡じゃ神様なんよ」
「へえー‥‥」
「四天王だよね。関の佐武徒、聞いたことありますよー」
思い出話をしてる相手は、門前小娘の響子に、小傘。
響子はまみぞーを親分って慕ってるし、小傘は後学のため、つって酒飲みながらお勉強。
まみぞーの昔話聞きたいモノ好きなんていたんだねえ。ま、ここにも一人いるけどね。‥‥ひねくれものだよね。あたし。
まあ、小傘にゃ悪いけど、今夜のまみぞーの話は思い出話が中心で、化かし方ノウハウってわけじゃないみたいだから、参考になるかねぇ。
「佐渡はな、人が狸に化けた話ってのもあるんじゃよ」
「人間が!?」
「え、狸に?」
「そう。人間がじゃ」
あー、まみぞーが嬉しそう。響子のリアクションがいいねー。まみぞーがだんだん前傾姿勢になってく。畳をとん、て叩いた。
「とある里に竹の鼻、っつー場所があるんじゃが、そこは貉が多くての。ある晩、五郎兵衛、っつー男がその竹の鼻を通った時の事よ。竹の鼻は貉がよく人を化かす場所じゃ。五郎兵衛は大層びくびくしながら歩いておった」
響子がふんすふんすいいながら話を聞いてる。小傘もおんなじ感じ。佐渡に居た頃もこーいうことしてたんだろうなぁ。子供集めて昔話してさ。佐渡って、今でも狸と人間が一緒に暮らしてるって、最初嘘かと思ったけど、こーいうのみてっとほんとかもって思うね。
なじむもん。光景が。
「そしたらな、道の向こうから、蓑傘姿の男が歩いてくる。五郎兵衛は平常心で、眉に唾つけながら歩いて行くのよ。ばかされないよう、ばかされないよう‥‥ついにすれ違おうとした時、だーんだん近づいてくる蓑傘姿が手を上げて挨拶してきたのよ。そいつはな、五郎兵衛の知り合いの六兵衛じゃった。提灯ぶら下げて。五郎兵衛ははっと思ったわけよ。あれは、六兵衛に化けた狸だ、ってな」
「なんでです?」
「ろくにこちらも確かめる様子も見せんで、『五郎兵衛』って名指しで挨拶してくるんじゃぞ?暗い夜道で、貉の巣窟で。疑いもせずに。そりゃあ、こっちを化かしに来た狸と思うわな」
昔話をするまみぞーの顔は、酒が入ってすごく楽しそう。だけど、目。
うひひ。ありゃあ、金貸しでもない。大明神でもない。ろくでなしの化け狸の目だ。
「次の瞬間、五郎兵衛は六兵衛の恰好をした貉に襲い掛かった!六兵衛は油断していたのでな、あっという間に縛り上げられてしもうた」
「ありゃ」
「もう負けちゃったんですか、狸」
「いやいや。実はな。この六兵衛、本物じゃった」
「え」
「うわあ、五郎兵衛バカだ」
あの目。どうやって人を化かそうか企むときの目だ。
昔の思い出話して火が付いたかな。それとも、別の理由かな?
「六兵衛はな、自分は貉じゃない、本物の六兵衛だって必死に訴えるんじゃが、五郎兵衛は全く聞く耳を持たん。縛り上げた六兵衛を背負って、俺を化かそうとしたのが運の尽きだ。捌いて狸汁にしてやるって、意気揚々と歩いて行くわけよ。
さて、困ったのは六兵衛じゃ。このままでは自分は狸として五郎兵衛に捌かれてしまう。竹の鼻で捕まったと五郎兵衛が周りに言えば、周りもみんな自分を狸と思うだろう。そしたら、まず自分は助からない。もしくは、捌かれないまでも、六兵衛に化けた悪い狸としてお仕置きされてしまう」
「うん」
「人間もたまにこうやって妖怪の苦労を知ればいいんだよねー」
小傘の愚痴に、むふ、とまみぞーがわらう。あ、わかった。まみぞーが思いついたこと。
「うむ。そこで六兵衛、ひらめいた。自分が狸に化けりゃあいい、とな」
「ふえ!」
「え、そんな術使えたんですかそのひと」
「いやいや、狸の振りをするんじゃよ。六兵衛はようやく観念した、と言った感じで、五郎兵衛に向かって必死に謝った。騙そうとして申し訳なかった。自分は、竹の鼻に住んでいる狸じゃってな。五郎兵衛はようやく尻尾を出した狸に、さてどうしようかと得意げな顔をするわけじゃ。それみろ、やっぱりお前は狸だったじゃないか。よくも俺をだまそうとしたな。どうしてくれよう。皮をはごうか、肉は鍋か。脅される六兵衛は必死になって狸の振りして謝る訳じゃが、一向に五郎兵衛は聞き入れん。そうこうしているうちに、中興って街が見えてきた。六兵衛は五郎兵衛に、じゃあ、あの町で酒をおごろう。何でも食わせてやるから勘弁してくれ、って言うたんじゃ。それならば、とようやく五郎兵衛は六兵衛の縄をほどいて、首根っこ捕まえて居酒屋に入ったのよ」
「五郎兵衛、騙されてる騙されてる」
「あー、でもそんなふうに化かしてやりたいなー。騙された人間のドヤ顔、一回見てみたいかも」
小傘にゃ無理なんじゃないかな。
「その後は、もう飲めや食えやの大宴会よ。狸の金じゃ。五郎兵衛、いい気分でどんどん酒飲んで酔っ払うわけじゃ」
「うわ、六兵衛も不憫」
「妖怪と間違わられた挙句驕る羽目になったんですか」
「いんや、六兵衛は狸に化けたんじゃぞ。そんな素直に金を出すようなまねはせんわい」
「?」
「六兵衛は酔ったふりして、実は酒をあんまり飲まんかった。五郎兵衛はどんどん飲んで、酔っぱらう。そうしてぐでんぐでんになった五郎兵衛にな、六兵衛“狸”は葉っぱを数枚渡したんじゃ。これは狸の金じゃ。使う時には小判に化ける。これでこの店の支払いをせいとな」
「ぶ」
「あはは。六兵衛、素敵」
「むふふ。じゃろ? そうして店からトンずらこくわけよ。かくして、次の日の朝、街には裸に向かれた五郎兵衛が、“狸に化かされた‥‥”つって転がってたわけじゃ。六兵衛は狸に化けて、ただ飯喰ったってわけじゃな」
あははは、と小傘と響子が笑う。まみぞーもひひひ、って笑ってる。その目の先。あはは、想った通りだ。見てる見てる。魔理沙を。
ニヤニヤ笑うまみぞーの肩をちょん、てつつく。こっちもうひひ、って笑いながら。
ん?て振りかえるまみぞーに。ひそひそ声で話しかける。
「いつ、ヤルのさ」
「‥‥わかるか?」
「わかるよ」
「ひひひ。まあ、まて。化け狸役も決めにゃならんしの」
「霊夢はどうよ」
「あの巫女か」
「訳話してさ。担ぐんだよ。霊夢もグルで」
「‥‥それも面白そうな気はするが。それはもうチョイひねらんか。カモは沢山居るぞい」
「ひひひ。だね」
「何話してるんです?」
「ああ、何でもない。雪がひどくなってきたのう、とな」
「うん」
「うわ、ホントだ」
「今日は泊めてもらおうかなー。こんな吹雪じゃ」
響子と小傘が障子の向こうを覗いてワイワイ騒いでる。
とりあえず、まみぞーがこんな分かりやすい悪い目してるってのに、気が付かないようじゃ、小傘もまだまだだよね。
響子?アンタはそのままのきみでいて。
純粋なきみで。
**************
‥‥あー、この妖怪どもめ。どいつもこいつも血走った目しちゃって。
さっきからくっついてくる青娥もとろとろした仕草してっけど、目コワいもん、あんた。
仙人のする目じゃないわよね。それ。大体死体連れた仙人てなによ。
退治するわよ。
早苗も、今日はまだ冷静なように見えるけど、あれ、よく見りゃ酔っぱらってるし。さっきから鈴仙見て何木葉天狗とひそひそ話してんのかしらね。手つきが怪しいって。うわ、舌なめずりしたし。早苗が。この蛇女め。退治するわよ。
お燐とお空はずーっとキョンシーから目を離さないし。パッと見だと、お燐がお空をなだめてるように見えるけどさ。
あれ、絶対キョンシー連れ去るか、食べようとしてるわよね。
境内で騒ぎ起こすんじゃないわよ。退治するわよ。
狸と鵺はニヤニヤニヤニヤ何か企んでそーだし。
うえ、こっち見た。私に何かしようったって無駄よ。退治するわよ。
ああ、鴉天狗共。暇だからってこっちにカメラ向けんな。封印するぞ。
こらにとり。天井見上げて何つぶやいてる。神社改造する気?退治するわよ。つか、神子!あんたどっからでてきてんのよ!あーあーあー、畳ひっくり返してー。
こら、レミリア。どさくさに紛れてわたしを齧ろうとするな。退治するわよ。
あ、この不良天人!床下覗いて、要石にさわんな!地震起こったらどうすんのよ!ぶっとばすぞ!
厄神!土蜘蛛!毒人形!橋姫!なんでアンタらが車座でそろってるのよ。離れなさいよ。危ないじゃないのよ。
こら鬼ども。ウチの柱で角を研ぐな。猫かお前らは。
だいたいなんでこーいう時に華扇はいないのよ。いつもみたいに馬鹿者って説教して回ればいいのに。あーもう。退治するわよ。
っつか、いつの間にか混ざってるけど、だれ、あなた達。あ?外来人?結界探ししてて迷い込んだ?遭難しそうだったからお邪魔させてもらった?何勝手に酒飲んでんのよ。ウチの酒よ。退治するわよ!
あー、もうどいつもこいつも!よーしわかった。まとめてみんな退治してやるー。
博麗の巫女のお仕置きはちょっとばかり痛いわよー。かくごしなさいー。
************
ああ、霊夢の目がヤバい。
殺人者の目をしている。
「藍ちゃん。そろそろ止めた方が良いんじゃなーい」
「承知しておりますよ」
幽々子様がやんわり警報を上げるのに同意して、私は腰を上げる。
やれやれ。こうなったら寝かしつけるの、大変なんだから。
紫様。保護者なら、育児放棄しちゃだめですよ。なんですか、冬眠て。
ま、冬の間は私が霊夢をいじれるから、それはそれでまたいいけどね。
寝顔、可愛いし。
うふ。
「‥‥ってなことを藍は考えてると思うんだけど。橙、藍のあの目、どう思う?」
「ヤバいです」
「どんなふうに?」
「霊夢さんの貞操的な意味で」
「止める?」
「‥‥大丈夫なんじゃないですか。幽々子さん」
「どうして?」
「手出そうにも、出せないじゃないですか?みんなギラギラ見てるし‥‥」
「そうよね」
「それに」
「橙?」
友人の式の式は途中で言葉を切り、すっくと立ち上がる。
「藍様はわたしの獲物です」
「橙」
そしておもむろにつぶやくと、彼女は呼びかける私の声も聞かずに酔いどれの狐の尻尾に無慈悲なダッキングを敢行したのである。
ああ、お皿が。お料理が。
もったいない。
************
阿求です。
大変です。
宴会が崩壊しています。
まあ、いつもの事と言えばいつもの事ですが。
「うふふ。うふ。うふふ」
隣じゃ気色悪い笑い声あげてる妖怪がお酒舐めてますし。
「気色悪い?そうでしょうかね」
「自覚がないんだったら今すぐここでさとり妖怪の看板は下ろした方が良いですよ」
「そこまで言いますか。まあ、気色悪いと言うよりかは気味が悪いと言っていただけたらと思うのですが」
そう言ってひひひって笑ってる。
うん。気色悪い。
「‥‥さとりさん。またあなたはろくでもない宴会の楽しみ方をしてますね」
「これが楽しいんじゃないですか阿求さん。お酒でタガが外れかけた妖怪や人間の、本能ちら見せな理性の絶対領域の、なんておもしろいことか」
「んで誰かに言うんですか」
「いいえ?日記に書きとめて寝る前にニヤニヤ笑いながら読むんですよ」
「だから嫌われるんですってば」
「うふ」
げっげっげっ、って笑っているさとりさんと話している間に、場はさらに混乱してきている。
小鈴は私の膝の上で猫みたいに寝てる。先に酔いつぶれててよかったね。
あ、お空さんが、壁際の死体に襲い掛かろうとしている。
お燐さんが必死に止めてるけど、きっとあれくらいじゃ止まらないよね。
うわー、鈴仙さんが。
剥かれている。
うわー。
あっ、
霊夢さんが。
*******************
騒ぎが始まった。
ひっくり返る皿の向こうで、九尾が橙に尻尾をもさもさされて悶えている。
橙め。気持ちよさそうじゃないか。
「ねえ。お燐」
「なあに、お空」
「解き放ちたい」
「なにを!?」
「わたしもあんな風に解き放ちたい」
「だめだよ」
「本能のままに解き放ちたい」
「脱衣でもするの?」
「脱がないよ!」
「じゃあ大人しくしてなって」
「お腹が減ったんです」
「お肉食べようか」
「いいの!?」
「こっちの料理を食べなよ」
「まずは内臓だよね。あ、爪に毒あるんだよね?キョンシーって。じゃあ、腕をもいで」
「話を聞きなよ」
「ああ、あのちょっと腐りかけのおニクの匂いと色。たまんない‥‥」
「たまご、ほら、ゆで卵食べな。ほーら、あーん」
「がぶ」
「いでででで!何すんのこのバカ!」
「アイツくれなきゃお燐を取って食う」
「なんだいそりゃ!いでえ、もう齧ってるじゃないか!はなせ!はなせー!」
「くけー!」
こ、このお馬鹿!あたいを喰うんじゃないよ!
ちょ、痛い痛い!
しゃーっ!
「夢想封印」
あっ――――
********************
影狼です。巫女さんの目が怖くてたまりません。
何のご縁か博麗神社の宴会に御呼ばれしたのはいいけれども、そうそうたる面子に小心者の私は怖気づいてしまい、会場の隅でろくろ首殿とささやかにお酒を飲んでおりました。姫は湖が凍ってしまったのでお留守番です。
宴会はどんどん盛り上がり、こんな私のところにも何人か回ってきてくれたりして結構楽しんでいたのですが、宴もたけなわというころ、突然博麗の巫女がスペルカードをぶちかまし、宴席は崩壊しました。
本気になった彼女がとんでもなく恐ろしいことなんてわが身をもって知っているわけですが、改めて目の前で見ますとやはり怖いです。
すみっコにいた私たちは、運よく難を逃れました。死屍累々と転がる酔っ払いたちの中からのそりと立ち上がる彼女の姿、妖怪の子供なら何日も夢に出てきそうな光景でしょうね。
「ん」
「ど、どうぞ」
そんな彼女が目の前にいるのです。残っているのは彼女と私たちだけ。逃げる間もなく目を付けられた私たちとの恐怖の酒盛りが始まっています。お祓い棒を片手に持って畳に突き立てて、乱れた髪の毛を、時々頭を振って直しながら、目の据わった赤ら顔で升を突き出してくるのです。一体鬼と何が違うのでしょうか。その睨みつける目の鋭さに私と蛮奇ちゃんは震えあがりました。一生懸命お酌をしてご機嫌をうかがっておりますが、正直逃げ出したい気分です。恐ろしくて思考もかしこまってしまうのです。こわいわー。巫女こわいわーとかふざけたことを考えただけで噛みつかれそうなのです。
「ねえ」
「はいっ」
「名前、なんつったっけ」
「赤蛮奇です」
「今泉影狼です」
「そー」
心臓が止まるかと思いました。蛮ちゃんも落ち着いているように見えますが、立てた襟の中で唇が震えているのがわかります。かちかちってかすかに歯が鳴る音が聞こえますので。
何とかお酒を与え続けて酔い潰すか、朝まで付き合って宥めよう。そう、以心伝心、蛮ちゃんと頷きあった、その時でした。
「こんばんわーっ!ここ、神霊廟でいいのかー?」
ふすまが勢い良く開いて、誰かが入ってきました。霊夢さんが升酒を一気に飲み干しました。蛮ちゃんの頭が一瞬落ちそうになりました。
誰かは知りませんが、やめてください。刺激しないでください。帰ってください。あ、助けてくれるなら是非。
「あれ、なんか違うか?これはなんだ、喧嘩のあと?そこの奴ぅ、ここ、どこだー」
威勢のいい声の持ち主が近づいてきます。土足で。羽が付いてます。羽をバサバサいわせて雪をはらってます。はらった雪がバサバサ畳に落ちてます。振り向かずに座っている巫女さんですが何をされているのかは察しているようです。その証拠に額に青筋が浮きました。ひとーつ、ふたーつぅ‥‥
やーめーてーぇ。
「お、何かお前、見たことあるような‥‥って、お?そっちの奴は狼か?地上にもいるのか。私は驪駒早鬼っていってな。ヤクザの組長してるんだけどな」
ああ、お月様。一番ここに来てはいけない人が来た気がしまーす。少しくらいは空気読みましょう。暢気にもほどがあるんじゃないですか?
「うち勁牙組っていって狼がたくさんいるんだけどよ。どーだ。よかったらうちの組見学しないか?」
「ねえ」
「ん?」
「境内で反社の勧誘たぁいい度胸じゃないの」
「ああ?お前、やっぱどこかでぐぼえぉ」
巫女さんがゆっくり立ち上がって、お祓い棒をフルスイング。奇抜な悲鳴と共に組長さんはふすまの外に飛んでいきました。
「続けるわよ」
「はいっ」
またどっかりと座った巫女さんに、お酒を注いであげます。きゅーっ、と飲み干した巫女さんの顔は、とてもすっきりしたいいお顔でした。一仕事終えたのですね!ぎらぎらの目つきがとっても凛々しくてデンジャラスで冷血的で耳がへたってしまいます!蛮ちゃんなんか頭転がして固まってます!
逃げたなこのヤロウ。
「おいひい」
「あははは‥‥」
ああ。こわいよー。巫女さんこわいよー。
だれよ、何なのよこの発端はぁ。誰よきっかけはぁー。みんな気絶してんじゃないわよぉ、収拾しなさいよぉ。ああ、誰か助けてぇ。
あおーん‥‥
今夜は宴会だ。場所はおなじみ博麗神社。
外は粉雪が舞って、境内のかがり火が空を橙色に染めてる。
霊夢とか守矢の巫女さんは寒い寒い言ってるけど、私らには特に関係ない。いや、どっちがいいかって言ったら暖かい方が良いけどさ。
だもんで、今日はとりあえず神社の中で宴会だ。
「ねえ、お空。おーくーう」
「ん?」
わたしの呼びかけに、くりっとした目がこちらを向く。
「なに?お燐。あ、おつまみ欲しいの?んしょ」
「ああ‥‥ありがと」
友人は目の前にあった大皿を取って近くに置いてくれる。やさしいねえ、あんたは。
なっがい髪を纏めるまでもなく乱暴に流すだけ。マントを引っ掻けたゴツイ翼が、窮屈そうにちょこんとたたまれて背中にひっついてる。
ほんのり赤く染まった頬。ぐいーってお酒を威勢よくあおる。
うん。あんたは別嬪さんだよ。
‥‥だからさ、すぐに獲物を狙う野生の目つきに戻るの、どうにかしなって。
いろいろ台無しだよ。
「ねえ、霊夢さん。あのお願い、どうしても聞いてもらえなくて?」
「めんどくさいって言ってるでしょ。仙人に弟子入りされたって、私に得なんてなんもないのよ。あー、くっつくな!暑い!」
お空の視線の先じゃ、青い仙人が霊夢に猫みたいにくっついてごろごろしてる。
あの仙人、べたべた霊夢にくっついて、うっとおしいッたらありゃしない。
なんだ、膝の上でも狙ってるのか。あそこはあたいの場所だ。
さとり様の膝の上が一番だけどさ。別荘だよ。別荘。霊夢の膝の上は。
あんまりでしゃばると食っちまうぞ。仙人の肉、まだ食べたことないんだよねー。
なー、お空。
「じゅる」
「‥‥お空。食べちゃダメだよ」
「は!」
橋姫みたいに仙人を睨んでたら、友人がよだれを垂らしていたのでツッコむ。
食べちゃダメって言ったけど、何を食べちゃダメか、分かってるんだろうね。お空。
「分かってるよ?大丈夫だって。いくら私でも拾い食いはしないってばさ‥‥」
「ってもさ、ほら、また見てる。‥‥肉食獣だねえ、あんたは」
「好きなんだもん。しょうがないじゃない」
「我慢しなよ?」
「分かってるってば」
お空がよだれを垂らしてみてるモノ。仙人じゃない。霊夢でもない。目の前のお酒や料理でもない。
「‥‥」
あの、仙人の近くでボケッと座ってる、屍体。
宴会料理に負けないくらい旨そうな匂いを振り撒いて、障子の近くに座ってる。
死体のくせに宮古芳香なんて大層な名前もらってさ。喋って跳ねて。キョンシーってやつは規格外なんだね。あたいがいつも運んでる死体はそんなに元気じゃないからさ。飛んだり跳ねたりしないし。
死体にしちゃよくしゃべる方だけど、なんていうか、機械みたいなんだよね。昔のこと覚えてないし。最近の事とか、あの仙人のことぐらいしかしゃべんない。死体とはさ、生前の思い出とかをさ、地獄まで運んでる間話し込むのとかが好きなんだけどね。あの子じゃあんまり話続かなさそうなんだよね。
「‥‥」
お空はまたもアツい目で芳香を見てる。
この子が芳香を見てる理由はさっき本人が自分で言った通り。食欲だ。
今じゃ神の光、八咫烏ルックで火の玉ぶっ放してひゃっはー、なんてやってるけどさ。昔ぁただの地獄烏だったんだもの。
キャアキャア言いながら亡者に群がって死肉ついばんでさ。口の周り腐った血でべたべたにして、仲間と一緒に死霊引きつれて火炎地獄の上飛んでさ。
お空は別嬪さんだからさ。たまにお空を見かけた人間の男どもが鼻の下伸ばしてこいつの顔見つめてたりするけど。昔のお空を見せてやりたいね。ひひ。どんな顔するかね。
「お空?おーくーう?ダメだよー。怒られるよー」
「お燐‥‥だめ、あいつオイシソウ」
「我慢しなー。ほら、あんたの好きなゆで卵ー」
「もぎゅ」
涎垂らしてぽかんと空いた口にゆで卵を押し込む。
あんた、濃―い硫黄の温泉でゆでた卵がお気に入りだよね。ぐっちゃんぐっちゃんに腐った死体って硫黄みたいな匂いするからね。
あ、はたてちゃんが睨んでる。ゴメンね。でもカラスって同族の卵喰うよね。
**************
ああ、椛さんの目がヤバい。
今夜は霊夢さんのとこで宴会。雪が降ってて寒いので、神社の中で宴会。拝殿とか神楽殿から社務所の居間まで障子ぶち抜いて大宴会場が出来上がってる。なんだかお寺みたい。そういう構造の神社もなかなか見ないけど。地震のあとで立て直したときにリフォームされたのかな。なんということでしょう。匠は幻想郷でも活躍してんのか。
「良いですか早苗さん。貴女も守矢の風祝さんですから、十分お分かりでしょう。狩りの獲物と言うのは単に食料ではない。お恵みなのですよ」
ぼわっと酔っぱらった椛さんが熱く語りかけてくる。今日は椛さんと呑んでる。文さんが締め切り間際で忙しいからってたまたま境内に来てた椛さんが代わりについてきてくれた。‥‥間に合ったとか言って結局射命丸さん来てますけどね。椛さんはお酒を無理強いしないから一緒に呑んでても楽。わたしがお猪口で飲んでるよこで、お猪口の代わりに升でガバガバお酒飲んでるけどね。
御頭祭の話からだっけ。椛さんの狩猟論が始まったのは。
いくら、道具や技術が発展しようとも、狩りと言うのは決まったようにできるものじゃない。山の神様が許してくれるかどうか、それだけだって。私はあんまり狩りとかしたことないけど、それは分かる。確かに、鉄砲ってのは凄い道具で、獲物を仕留めやすくなったかもしれない。でもそれって、人間て言う生き物の牙がちょっと鋭くなったくらいの話だっておもう。だって、いくら鉄砲使うからって、ちょっと山眺めてズドン、ってわけにはいかないもの。釣り堀じゃないんだから。山歩いて獲物さがして追い込んで、絶対にはずさない距離まで引き付けて‥‥森の中の狩りについていえば、射程は鉄砲も弓矢とそうそう変わらないんじゃないのかな?
とにかく、そういう、命のやり取りをしなきゃいけないのは変わらない。隠れて、欺いて、相手の動きを読んで。‥‥猟友会とかマタギのひとってすごいよね。
「今までで一番の獲物は‥‥そうだねえ‥‥私がまだ外に居た頃にね、でかい化け熊と勝負したことがあってね」
升酒片手に思い出話をする椛さん。白い髪から覗く尖った耳の端っこに、小さな傷がある。手甲はめた手はちょっと節くれ立ってる。剣道部とか、空手部の子の手みたい。
狩人だよね。‥‥よく私達、引越ししたときにこんなおっかなそうな人たちとケンカしないですんだな。神奈子様さすが軍神。交渉うまい。
そんな狩人椛さんの目が、さっきからヤバい。
酒のんで据わった眼になってきてる、のもあるけど。視線がさっきからびたっと止まって動かない。
「早苗さん」
「はいな」
「あまり見つめると気づかれます」
「‥‥」
注意された。うん。自覚あったうえで見てたんだな、この人は。ますますダメじゃん。
椛さんが見てる、“獲物”。‥‥テーブルの向こうで揺れる白い尻尾。へにょったしわしわの飾りのような耳。
「ぬわー!またっ!またっ!ババ!畜生!」
「はーい、鈴仙これで3連敗ー」
「おまえ、軍人だろうに。表情読むの下手だなー」
「ハンデ付けてんのよ!わたしの目使ったら、トランプカードなんか簡単に透視できるんだから!」
「と、負け犬が申しておりますわ」
「ぬぐううう。もう一回!」
テーブルの向こう側でババ抜きに興じる一団。魔理沙さんに、咲夜さん。妖夢さん。んで鈴仙さん。
椛さんが見てる獲物ってのは、すなわち鈴仙さんなわけで。
だめですよ?あのひと、輝夜さんとこのペットだし。“ひとのものとったら、どろぼう!”ですよ。
それに、あの人元々軍人さんって言うし。
「それが良いんじゃないですか‥‥」
うっとりした声出さんでください。この狼女。
さっきから横で椛さんの尻尾がゆっくりと揺れている。ぱた、り、ぱた、りって。ギラギラした目じゃないけど、重たくぴたりと定まった眼もとは、そこだけお酒が入っていないみたいに冷たい。そんな目で、狩りの獲物とは、って話をしみじみと話してくる。獲物は、まるで女子高生みたいな見た目の鈴仙さん。わーお。これだけ言ってたら椛さん、痴女だ。変質者だ。
「宴会が終わったら動きますよ。いい?早苗さん‥‥」
‥‥うん。とりあえず、お酒、もうちょっと飲みましょうか。
今日は酔いつぶれてください。
でも、鈴仙さん、結構そういう役、似合いそうだよね。
どんな?そりゃあ、捕まってひどい目に会わされるヒロイン役が‥‥
***************
まみぞーの目がヤバい。
ヤバいってか、まあ、まみぞーのこういう目って大好きなんだけどさ。
うひ。
今日は聖ごまかして宴会潜入成功。正体不明の種がばれるまでだけど、久しぶりだし許してよ。
「関の寒戸にお灯明がみえる どこの十九が来てともす、ってな。狸ぁ、佐渡じゃ神様なんよ」
「へえー‥‥」
「四天王だよね。関の佐武徒、聞いたことありますよー」
思い出話をしてる相手は、門前小娘の響子に、小傘。
響子はまみぞーを親分って慕ってるし、小傘は後学のため、つって酒飲みながらお勉強。
まみぞーの昔話聞きたいモノ好きなんていたんだねえ。ま、ここにも一人いるけどね。‥‥ひねくれものだよね。あたし。
まあ、小傘にゃ悪いけど、今夜のまみぞーの話は思い出話が中心で、化かし方ノウハウってわけじゃないみたいだから、参考になるかねぇ。
「佐渡はな、人が狸に化けた話ってのもあるんじゃよ」
「人間が!?」
「え、狸に?」
「そう。人間がじゃ」
あー、まみぞーが嬉しそう。響子のリアクションがいいねー。まみぞーがだんだん前傾姿勢になってく。畳をとん、て叩いた。
「とある里に竹の鼻、っつー場所があるんじゃが、そこは貉が多くての。ある晩、五郎兵衛、っつー男がその竹の鼻を通った時の事よ。竹の鼻は貉がよく人を化かす場所じゃ。五郎兵衛は大層びくびくしながら歩いておった」
響子がふんすふんすいいながら話を聞いてる。小傘もおんなじ感じ。佐渡に居た頃もこーいうことしてたんだろうなぁ。子供集めて昔話してさ。佐渡って、今でも狸と人間が一緒に暮らしてるって、最初嘘かと思ったけど、こーいうのみてっとほんとかもって思うね。
なじむもん。光景が。
「そしたらな、道の向こうから、蓑傘姿の男が歩いてくる。五郎兵衛は平常心で、眉に唾つけながら歩いて行くのよ。ばかされないよう、ばかされないよう‥‥ついにすれ違おうとした時、だーんだん近づいてくる蓑傘姿が手を上げて挨拶してきたのよ。そいつはな、五郎兵衛の知り合いの六兵衛じゃった。提灯ぶら下げて。五郎兵衛ははっと思ったわけよ。あれは、六兵衛に化けた狸だ、ってな」
「なんでです?」
「ろくにこちらも確かめる様子も見せんで、『五郎兵衛』って名指しで挨拶してくるんじゃぞ?暗い夜道で、貉の巣窟で。疑いもせずに。そりゃあ、こっちを化かしに来た狸と思うわな」
昔話をするまみぞーの顔は、酒が入ってすごく楽しそう。だけど、目。
うひひ。ありゃあ、金貸しでもない。大明神でもない。ろくでなしの化け狸の目だ。
「次の瞬間、五郎兵衛は六兵衛の恰好をした貉に襲い掛かった!六兵衛は油断していたのでな、あっという間に縛り上げられてしもうた」
「ありゃ」
「もう負けちゃったんですか、狸」
「いやいや。実はな。この六兵衛、本物じゃった」
「え」
「うわあ、五郎兵衛バカだ」
あの目。どうやって人を化かそうか企むときの目だ。
昔の思い出話して火が付いたかな。それとも、別の理由かな?
「六兵衛はな、自分は貉じゃない、本物の六兵衛だって必死に訴えるんじゃが、五郎兵衛は全く聞く耳を持たん。縛り上げた六兵衛を背負って、俺を化かそうとしたのが運の尽きだ。捌いて狸汁にしてやるって、意気揚々と歩いて行くわけよ。
さて、困ったのは六兵衛じゃ。このままでは自分は狸として五郎兵衛に捌かれてしまう。竹の鼻で捕まったと五郎兵衛が周りに言えば、周りもみんな自分を狸と思うだろう。そしたら、まず自分は助からない。もしくは、捌かれないまでも、六兵衛に化けた悪い狸としてお仕置きされてしまう」
「うん」
「人間もたまにこうやって妖怪の苦労を知ればいいんだよねー」
小傘の愚痴に、むふ、とまみぞーがわらう。あ、わかった。まみぞーが思いついたこと。
「うむ。そこで六兵衛、ひらめいた。自分が狸に化けりゃあいい、とな」
「ふえ!」
「え、そんな術使えたんですかそのひと」
「いやいや、狸の振りをするんじゃよ。六兵衛はようやく観念した、と言った感じで、五郎兵衛に向かって必死に謝った。騙そうとして申し訳なかった。自分は、竹の鼻に住んでいる狸じゃってな。五郎兵衛はようやく尻尾を出した狸に、さてどうしようかと得意げな顔をするわけじゃ。それみろ、やっぱりお前は狸だったじゃないか。よくも俺をだまそうとしたな。どうしてくれよう。皮をはごうか、肉は鍋か。脅される六兵衛は必死になって狸の振りして謝る訳じゃが、一向に五郎兵衛は聞き入れん。そうこうしているうちに、中興って街が見えてきた。六兵衛は五郎兵衛に、じゃあ、あの町で酒をおごろう。何でも食わせてやるから勘弁してくれ、って言うたんじゃ。それならば、とようやく五郎兵衛は六兵衛の縄をほどいて、首根っこ捕まえて居酒屋に入ったのよ」
「五郎兵衛、騙されてる騙されてる」
「あー、でもそんなふうに化かしてやりたいなー。騙された人間のドヤ顔、一回見てみたいかも」
小傘にゃ無理なんじゃないかな。
「その後は、もう飲めや食えやの大宴会よ。狸の金じゃ。五郎兵衛、いい気分でどんどん酒飲んで酔っ払うわけじゃ」
「うわ、六兵衛も不憫」
「妖怪と間違わられた挙句驕る羽目になったんですか」
「いんや、六兵衛は狸に化けたんじゃぞ。そんな素直に金を出すようなまねはせんわい」
「?」
「六兵衛は酔ったふりして、実は酒をあんまり飲まんかった。五郎兵衛はどんどん飲んで、酔っぱらう。そうしてぐでんぐでんになった五郎兵衛にな、六兵衛“狸”は葉っぱを数枚渡したんじゃ。これは狸の金じゃ。使う時には小判に化ける。これでこの店の支払いをせいとな」
「ぶ」
「あはは。六兵衛、素敵」
「むふふ。じゃろ? そうして店からトンずらこくわけよ。かくして、次の日の朝、街には裸に向かれた五郎兵衛が、“狸に化かされた‥‥”つって転がってたわけじゃ。六兵衛は狸に化けて、ただ飯喰ったってわけじゃな」
あははは、と小傘と響子が笑う。まみぞーもひひひ、って笑ってる。その目の先。あはは、想った通りだ。見てる見てる。魔理沙を。
ニヤニヤ笑うまみぞーの肩をちょん、てつつく。こっちもうひひ、って笑いながら。
ん?て振りかえるまみぞーに。ひそひそ声で話しかける。
「いつ、ヤルのさ」
「‥‥わかるか?」
「わかるよ」
「ひひひ。まあ、まて。化け狸役も決めにゃならんしの」
「霊夢はどうよ」
「あの巫女か」
「訳話してさ。担ぐんだよ。霊夢もグルで」
「‥‥それも面白そうな気はするが。それはもうチョイひねらんか。カモは沢山居るぞい」
「ひひひ。だね」
「何話してるんです?」
「ああ、何でもない。雪がひどくなってきたのう、とな」
「うん」
「うわ、ホントだ」
「今日は泊めてもらおうかなー。こんな吹雪じゃ」
響子と小傘が障子の向こうを覗いてワイワイ騒いでる。
とりあえず、まみぞーがこんな分かりやすい悪い目してるってのに、気が付かないようじゃ、小傘もまだまだだよね。
響子?アンタはそのままのきみでいて。
純粋なきみで。
**************
‥‥あー、この妖怪どもめ。どいつもこいつも血走った目しちゃって。
さっきからくっついてくる青娥もとろとろした仕草してっけど、目コワいもん、あんた。
仙人のする目じゃないわよね。それ。大体死体連れた仙人てなによ。
退治するわよ。
早苗も、今日はまだ冷静なように見えるけど、あれ、よく見りゃ酔っぱらってるし。さっきから鈴仙見て何木葉天狗とひそひそ話してんのかしらね。手つきが怪しいって。うわ、舌なめずりしたし。早苗が。この蛇女め。退治するわよ。
お燐とお空はずーっとキョンシーから目を離さないし。パッと見だと、お燐がお空をなだめてるように見えるけどさ。
あれ、絶対キョンシー連れ去るか、食べようとしてるわよね。
境内で騒ぎ起こすんじゃないわよ。退治するわよ。
狸と鵺はニヤニヤニヤニヤ何か企んでそーだし。
うえ、こっち見た。私に何かしようったって無駄よ。退治するわよ。
ああ、鴉天狗共。暇だからってこっちにカメラ向けんな。封印するぞ。
こらにとり。天井見上げて何つぶやいてる。神社改造する気?退治するわよ。つか、神子!あんたどっからでてきてんのよ!あーあーあー、畳ひっくり返してー。
こら、レミリア。どさくさに紛れてわたしを齧ろうとするな。退治するわよ。
あ、この不良天人!床下覗いて、要石にさわんな!地震起こったらどうすんのよ!ぶっとばすぞ!
厄神!土蜘蛛!毒人形!橋姫!なんでアンタらが車座でそろってるのよ。離れなさいよ。危ないじゃないのよ。
こら鬼ども。ウチの柱で角を研ぐな。猫かお前らは。
だいたいなんでこーいう時に華扇はいないのよ。いつもみたいに馬鹿者って説教して回ればいいのに。あーもう。退治するわよ。
っつか、いつの間にか混ざってるけど、だれ、あなた達。あ?外来人?結界探ししてて迷い込んだ?遭難しそうだったからお邪魔させてもらった?何勝手に酒飲んでんのよ。ウチの酒よ。退治するわよ!
あー、もうどいつもこいつも!よーしわかった。まとめてみんな退治してやるー。
博麗の巫女のお仕置きはちょっとばかり痛いわよー。かくごしなさいー。
************
ああ、霊夢の目がヤバい。
殺人者の目をしている。
「藍ちゃん。そろそろ止めた方が良いんじゃなーい」
「承知しておりますよ」
幽々子様がやんわり警報を上げるのに同意して、私は腰を上げる。
やれやれ。こうなったら寝かしつけるの、大変なんだから。
紫様。保護者なら、育児放棄しちゃだめですよ。なんですか、冬眠て。
ま、冬の間は私が霊夢をいじれるから、それはそれでまたいいけどね。
寝顔、可愛いし。
うふ。
「‥‥ってなことを藍は考えてると思うんだけど。橙、藍のあの目、どう思う?」
「ヤバいです」
「どんなふうに?」
「霊夢さんの貞操的な意味で」
「止める?」
「‥‥大丈夫なんじゃないですか。幽々子さん」
「どうして?」
「手出そうにも、出せないじゃないですか?みんなギラギラ見てるし‥‥」
「そうよね」
「それに」
「橙?」
友人の式の式は途中で言葉を切り、すっくと立ち上がる。
「藍様はわたしの獲物です」
「橙」
そしておもむろにつぶやくと、彼女は呼びかける私の声も聞かずに酔いどれの狐の尻尾に無慈悲なダッキングを敢行したのである。
ああ、お皿が。お料理が。
もったいない。
************
阿求です。
大変です。
宴会が崩壊しています。
まあ、いつもの事と言えばいつもの事ですが。
「うふふ。うふ。うふふ」
隣じゃ気色悪い笑い声あげてる妖怪がお酒舐めてますし。
「気色悪い?そうでしょうかね」
「自覚がないんだったら今すぐここでさとり妖怪の看板は下ろした方が良いですよ」
「そこまで言いますか。まあ、気色悪いと言うよりかは気味が悪いと言っていただけたらと思うのですが」
そう言ってひひひって笑ってる。
うん。気色悪い。
「‥‥さとりさん。またあなたはろくでもない宴会の楽しみ方をしてますね」
「これが楽しいんじゃないですか阿求さん。お酒でタガが外れかけた妖怪や人間の、本能ちら見せな理性の絶対領域の、なんておもしろいことか」
「んで誰かに言うんですか」
「いいえ?日記に書きとめて寝る前にニヤニヤ笑いながら読むんですよ」
「だから嫌われるんですってば」
「うふ」
げっげっげっ、って笑っているさとりさんと話している間に、場はさらに混乱してきている。
小鈴は私の膝の上で猫みたいに寝てる。先に酔いつぶれててよかったね。
あ、お空さんが、壁際の死体に襲い掛かろうとしている。
お燐さんが必死に止めてるけど、きっとあれくらいじゃ止まらないよね。
うわー、鈴仙さんが。
剥かれている。
うわー。
あっ、
霊夢さんが。
*******************
騒ぎが始まった。
ひっくり返る皿の向こうで、九尾が橙に尻尾をもさもさされて悶えている。
橙め。気持ちよさそうじゃないか。
「ねえ。お燐」
「なあに、お空」
「解き放ちたい」
「なにを!?」
「わたしもあんな風に解き放ちたい」
「だめだよ」
「本能のままに解き放ちたい」
「脱衣でもするの?」
「脱がないよ!」
「じゃあ大人しくしてなって」
「お腹が減ったんです」
「お肉食べようか」
「いいの!?」
「こっちの料理を食べなよ」
「まずは内臓だよね。あ、爪に毒あるんだよね?キョンシーって。じゃあ、腕をもいで」
「話を聞きなよ」
「ああ、あのちょっと腐りかけのおニクの匂いと色。たまんない‥‥」
「たまご、ほら、ゆで卵食べな。ほーら、あーん」
「がぶ」
「いでででで!何すんのこのバカ!」
「アイツくれなきゃお燐を取って食う」
「なんだいそりゃ!いでえ、もう齧ってるじゃないか!はなせ!はなせー!」
「くけー!」
こ、このお馬鹿!あたいを喰うんじゃないよ!
ちょ、痛い痛い!
しゃーっ!
「夢想封印」
あっ――――
********************
影狼です。巫女さんの目が怖くてたまりません。
何のご縁か博麗神社の宴会に御呼ばれしたのはいいけれども、そうそうたる面子に小心者の私は怖気づいてしまい、会場の隅でろくろ首殿とささやかにお酒を飲んでおりました。姫は湖が凍ってしまったのでお留守番です。
宴会はどんどん盛り上がり、こんな私のところにも何人か回ってきてくれたりして結構楽しんでいたのですが、宴もたけなわというころ、突然博麗の巫女がスペルカードをぶちかまし、宴席は崩壊しました。
本気になった彼女がとんでもなく恐ろしいことなんてわが身をもって知っているわけですが、改めて目の前で見ますとやはり怖いです。
すみっコにいた私たちは、運よく難を逃れました。死屍累々と転がる酔っ払いたちの中からのそりと立ち上がる彼女の姿、妖怪の子供なら何日も夢に出てきそうな光景でしょうね。
「ん」
「ど、どうぞ」
そんな彼女が目の前にいるのです。残っているのは彼女と私たちだけ。逃げる間もなく目を付けられた私たちとの恐怖の酒盛りが始まっています。お祓い棒を片手に持って畳に突き立てて、乱れた髪の毛を、時々頭を振って直しながら、目の据わった赤ら顔で升を突き出してくるのです。一体鬼と何が違うのでしょうか。その睨みつける目の鋭さに私と蛮奇ちゃんは震えあがりました。一生懸命お酌をしてご機嫌をうかがっておりますが、正直逃げ出したい気分です。恐ろしくて思考もかしこまってしまうのです。こわいわー。巫女こわいわーとかふざけたことを考えただけで噛みつかれそうなのです。
「ねえ」
「はいっ」
「名前、なんつったっけ」
「赤蛮奇です」
「今泉影狼です」
「そー」
心臓が止まるかと思いました。蛮ちゃんも落ち着いているように見えますが、立てた襟の中で唇が震えているのがわかります。かちかちってかすかに歯が鳴る音が聞こえますので。
何とかお酒を与え続けて酔い潰すか、朝まで付き合って宥めよう。そう、以心伝心、蛮ちゃんと頷きあった、その時でした。
「こんばんわーっ!ここ、神霊廟でいいのかー?」
ふすまが勢い良く開いて、誰かが入ってきました。霊夢さんが升酒を一気に飲み干しました。蛮ちゃんの頭が一瞬落ちそうになりました。
誰かは知りませんが、やめてください。刺激しないでください。帰ってください。あ、助けてくれるなら是非。
「あれ、なんか違うか?これはなんだ、喧嘩のあと?そこの奴ぅ、ここ、どこだー」
威勢のいい声の持ち主が近づいてきます。土足で。羽が付いてます。羽をバサバサいわせて雪をはらってます。はらった雪がバサバサ畳に落ちてます。振り向かずに座っている巫女さんですが何をされているのかは察しているようです。その証拠に額に青筋が浮きました。ひとーつ、ふたーつぅ‥‥
やーめーてーぇ。
「お、何かお前、見たことあるような‥‥って、お?そっちの奴は狼か?地上にもいるのか。私は驪駒早鬼っていってな。ヤクザの組長してるんだけどな」
ああ、お月様。一番ここに来てはいけない人が来た気がしまーす。少しくらいは空気読みましょう。暢気にもほどがあるんじゃないですか?
「うち勁牙組っていって狼がたくさんいるんだけどよ。どーだ。よかったらうちの組見学しないか?」
「ねえ」
「ん?」
「境内で反社の勧誘たぁいい度胸じゃないの」
「ああ?お前、やっぱどこかでぐぼえぉ」
巫女さんがゆっくり立ち上がって、お祓い棒をフルスイング。奇抜な悲鳴と共に組長さんはふすまの外に飛んでいきました。
「続けるわよ」
「はいっ」
またどっかりと座った巫女さんに、お酒を注いであげます。きゅーっ、と飲み干した巫女さんの顔は、とてもすっきりしたいいお顔でした。一仕事終えたのですね!ぎらぎらの目つきがとっても凛々しくてデンジャラスで冷血的で耳がへたってしまいます!蛮ちゃんなんか頭転がして固まってます!
逃げたなこのヤロウ。
「おいひい」
「あははは‥‥」
ああ。こわいよー。巫女さんこわいよー。
だれよ、何なのよこの発端はぁ。誰よきっかけはぁー。みんな気絶してんじゃないわよぉ、収拾しなさいよぉ。ああ、誰か助けてぇ。
あおーん‥‥
素敵でした。面白かったです。
ちょくちょく可哀想だったり可愛かったりしてとても良かったです。