RIKISHIがいた。
RIKISHIは、記憶を失っていた。自分が一体何者なのか、何故自身はまわし一丁でここにいるのか。ただ、ただ考えた。
RIKISHIは神社にいた。
どうやら自分は神社にいるらしい。記憶を失っていることは判ったが、自身が世間一般の知識はいくらか持ち合わせていることもまた瞬時に理解をした。
RIKISHIは視線を巡らせた。
視線の先、縁側に少女が佇んでいた。きっと神職なのだろうその少女は目を細めてお茶を飲み、ほうと息を吐く。その姿にRIKISHIは目を奪われた。
少女とRIKISHIの目が合った。
目線を外した少女は、もう一度お茶に口をつけてRIKISHIを二度見し、湯呑を盆に置いて三度見した。ガン見した。RIKISHIはただ、ただ泰然としていた。なんならキリっとしていた。
少女はRIKISHIを放っておくことにした。
何故ここにRIKISHIがいるのかと少女は頭を瞬時に回転させた。しかし、少女の瞳はRIKISHIから邪なものを一切感じなかった。むしろ神性すらも感じたのだ。まあ何かするなら色々カチ割ればよいと考え、お茶飲みを再開した。
「おうい霊夢ー。魔理沙様がなあ、食材を、持って、き……」
新たな少女が現れた。
その少女は箒に跨って空を飛んでいた。少女は箒に跨りながらRIKISHIを見、箒から降りると二度見をし、小走りで縁側に駆け込むと、霊夢と呼ばれた少女に耳打ちをしながら三度見した。ガン見した。RIKISHIはただ、ただ泰然としていた。自身には何の非もないと、なんならキリっとしていた。
(なあ霊夢、アイツはなんだ? 今日は奉納演武でもするのか?)
(知らないわよ。まあ邪気はないみたいだから)
RIKISHIは耳がよかった。
少女たちの会話は、しかしRIKISHIには筒抜けだった。RIKISHIは耳がよいのだ。相手の筋肉が擦れあう音、自身に力を与えてくれる自然の音、稽古をしている最中の己の声。それらを聞く耳を持っているのだ。だからこそ相撲は武である以前に神事なのだ。だがそれを悟られてはいけないだろうとRIKISHIは深く腰を落とすと、まっすぐに手を張った。
RIKISHIは稽古を開始した。
RIKISHIは自身でも驚くほど自然に、稽古を開始した。それは最早呼吸のように、RIKISHIは丁寧に柔軟をし、すり足を行い、腰を落として手を張った。『てっぽう』やぶつかり稽古こそ出来ないが、それを埋めるように丁寧に、だがしっかりとRIKISHIは己の身体と対話した。
他にも少女がやってきた。
メイド服を着た少女は、RIKISHIににこやかに挨拶をした。RIKISHIは丁寧にお辞儀を返した。礼節は大事だ。礼儀を忘れた者に正道はない。それはつまり、ダークRIKISHIになってしまうということだ。ダークRIKISHIは生きる屍だ。イコール、魂の死なのだ。
しばらくすると、腰に刀を差した少女がやってきた。少女はRIKISHIを見ると『オウ、スモトリ!』と感嘆した。なんか発音が違う気がしたが、RIKISHIはそれを咎めはしなかった。RIKISHIは心が広いのだ。正直『なんか注意したら刀で切られそう』と、びびっていたが。そんな自身の弱さを受け入れるのもまた、稽古だった。
さらにしばらくすると、兎耳を生やした少女が現れた。RIKISHIは少女を見ると稽古を止め、ただ、ただ泰然としていた。なんならキリっとしていた。兎耳少女は『なんだこいつ』とガン見しながらそそくさと母屋に入っていった。
空の機嫌が悪くなってきた。
RIKISHIは黙々と稽古を続けていた。そうして体の隅々まで血と力が行きわたるのを感じ、空を見上げた。随分と時間が経っていた。透き通った蒼さを見せていた先程までとは打って変わって分厚い雲に閉ざされ、風も出始めてきた。
辺りは次第に色を失ったように灰色になり、ちらちらと雪が舞い始めた。後ろをふり返ると、雨戸が引かれた母屋からは少女たちの談笑が聞こえてくる。
RIKISHIは稽古を再開した。
雲に隠れて見えないが、既に日は暮れている時間だ。RIKISHIはそれでも身体を動かすことを止めない。誰のためなのか、何のためなのか。それはもうすぐ分かる。RIKISHIの胸の中には半ば確信めいた予感があった。
「ちょっと。まだ外にいるの?」
がらがらという音と共に雨戸が開いた。霊夢と呼ばれた少女がRIKISHIに声をかける、どうやら他の少女たちも気にはなっていたらしい。みな寒さに身体を縮めながらも雨戸の端から顔を出している。
霊夢の言葉に、しかしRIKISHIは言葉を返さなかった。それは決して無礼だからではない。時が来たからだ。
吹雪が強くなってきた。
ちらちらとしか降っていなかった雪は、音と強さを増す風とともに、世界を白に染め上げていった。雪景色は美しいともいうが、それは安全な場所、時間から見ることが出来た場合だ。今、RIKISHIと少女たちに襲い掛かる白は、色を纏った死だった。
しかしRIKISHIは、空に見合った。
RIKISHIは蹲踞の姿勢から軽く腰を上げ右拳を地面につけると、上体をゆっくりと落とした。それは正しく立会いの形だった。しかしRIKISHIの先に相手はいない。そう、少女たちには見えた。
霊夢はRIKISHIの左にゆっくりと進むと中腰になり、その手をRIKISHIに見えるようにゆっくりと前方にかざした。
「あれは……まさか霊夢は行司を!」
「わかるのか十六夜!?」
十六夜が叫ぶ。魔理沙が突っ込む。そう、霊夢はRIKISHIのために行司役を買って出たのだ。どうしてそのような行動に至ったのか、それは霊夢のみが知る。だがRIKISHIはほんの少しだけ視線を動かし、霊夢に頭を下げた。それだけで充分だったのだ。
「って言っても、相手がいないじゃないか」
魔理沙の言葉通りに、たしかにRIKISHIの前には誰の人影もないのだ。しかし、霊夢以外にこのRIKISHIの意図に気が付くものがいた。兎耳少女、鈴仙・優曇華院・イナバだった。
「……嘘でしょ」
「どうした優曇華院!?」
鈴仙の瞳は『波』を捉える。それは常人には見えず、触れえず、理解できぬものであろうとも、鈴仙の瞳はそれを逃がさない。そしてその瞳が、RIKISHIの視線の先にあるものを捉えていた。RIKISHIの視線の先、遥か中空に『大きな何か』が確かにあった……ように見えたのだ。もしかしたら幻覚かもしれないが。魔理沙の突っ込みを最後に、辺りには風の音だけが響き渡る。
一瞬、風が止んだ。
RIKISHIの身体が前に爆ぜた。
「はっきよい!」
RIKISHIの立ち合いを見て、霊夢も声を張り上げる。一瞬凪いだ反動か、それとも立ち合いを喜んだのか、風はその激しさを増した。もはや風と雪の壁がRIKISHIに、少女たちに襲い掛かる。
RIKISHIはひたすらに手を張った。
RIKISHIの見据えた先、何もないはずの中空、しかしそこにあるものをRIKISHIは確かに感じることが出来た。だからこそ立ち会ったのだ。そこにあるものが善性をもっているのか、はたまた邪なものなのか、RIKISHIには見当がつかなかった。しかし、その大いなるものはこうして吹雪となって自身たちに襲い掛かっているのだ。
「のこったのこった! のーこったのこったのこった!」
踊るように、舞うように霊夢が声をあげる。RIKISHIの視界には霊夢の姿は勿論、何も見えていない。それほどの強さをもって吹雪は荒れ狂う。だが、相手の存在だけは確かに感じる。それほどに大いなるものと取り組んでいるのだ。
ひたすらに、手を突っ張る。雪と風の壁は、しかしRIKISHIの突っ張りをものともしない。手と手の間、一瞬の隙を縫って、吹雪はRIKISHIの身体を持ち上げた。
まわしをとられた!
少女たち誰もがそう思った。やはり人の身で挑むには無謀だったのだろうか。ずるずると、RIKISHIの身体が後ろへとずり下がる。誰もが、諦観にも似た感情を抱いた。それは行司をしていた霊夢ですらだった。
しかしなお、RIKISHIの意志は澄んでいた。
ぴたりと、RIKISHIの後退が止まった。風は依然として猛烈な勢いを保っている。まるでRIKISHIの周りだけ、世界が止まったかのようだった。
「オウ、トクダワーラ!」
「なんやて魂魄!?」
「ドヒョウギーワ!」
どこかイントネーションのおかしい半人半霊の言葉が、全てを物語っていた。参道の石畳、そのほんのちょっとの溝に、RIKISHIは全力をもって踏ん張り、身体を残したのだ。RIKISHIが戦う場所、それ全てがDOHYOUになりえるのだ。
「はっきよい!」
霊夢の言葉が、RIKISHIの耳を撃つ。そう、身体の中に流れる血潮は未だ冷めてはいない。ただ、神なるような存在と立ち会う。それは傍から見れば尊さをもった行いに見えるのかもしれない。事実、RIKISHIの感情の中にもそういったものがあることは確かである。
だが、だがだ。戦う前から負けることを考える者は馬鹿は、存在しない。たとえそれが人智を超えた大いなるものが相手だとしてもだ。そしてRIKISHIはそのような激情を湛えつつも、しかしその心は曇りない水鏡だった。
RIKISHIは大きく息を吐いた。
それが、きっとRIKISHIにとっては合図だった。起こされていた身体を前のめりにしながら、RIKISHIはひたすらに手を張った。その手は光って唸り、真っ赤に燃えた。ような気がした。
「のーこったのこった! っはあーっこぉだぁのっこぉだぁ!」
霊夢だけではない、少女たち全員が、この一番に自然声を上げていた。その声が、気持ちが、RIKISHIの背を押し、腕に力を与える。そのままRIKISHIは前進しながら手を張り続け、ついに大鳥居まで押し返した。
RIKISHIは大きく突っ張った。
力と思いの丈を乗せた突っ張りは、吹雪を吹き飛ばし、大気を響かせ、雲を割った。割れた雲間から見える星たちが、取り組みの終わりを語っていた。
なんと、なんと清々しく、楽しい取組だったのだろうか。RIKISHIは深く息吹をして呼吸を整えると、手刀を切って深く、深く頭を下げた。それは一片の曇りもない、感謝の心だった。
RIKISHIは後ろを振り返った。
行事をしてくれた少女が、応援してくれた少女たちが、RIKISHIに優しい目を向けていた。 全てが終わり、RIKISHIは悟った。この取組のために、自分はここに存在したのだと。
「あら、お相撲さんじゃないですか。珍しい」
最後に守矢がやってきた。
常識に囚われない現代っ子の少女は、この状況になんら疑問を示さない。そして周りをきょろきょろと見回すと、やおら中腰になって軍配代わりに手をかざした。それは先程霊夢がやった行司の構えと一緒だったのだ。
その構えにつられてRIKISHIは誰もいない参道で構え、仕切った。しかしさっきとは違う、その目線の先に霊夢がいた。霊夢もまた蹲踞から腰を少し上げると上体を落とした。それは紛れもない挑戦だった。
言葉通りに霊夢とRIKISHIでは大人と子ども、それ以上といってよい体格差があった。しかし、RIKISHIが見た霊夢の眼光は鋭く、そして不敵だったのだ。それは合図だった。全力で来いという意思表示だったのだ。
「おっ、霊夢さんのりのりですねー。いきますよー、はっけよーい……」
間延びした行司の声が、風も雪もなくなった神社に響く。RIKISHIと霊夢の目線がかちりと合った。
「のこった!」
RIKISHIは霊夢に突っ込んだ。
「デイィーッ!」
REIMUはRIKISHIを投げ飛ばした。綺麗な上手投げだった。RIKISHIは『ごっつあんです!』と叫んで地に伏した。
「ダアァーッッ!」
REIMUは天に拳を突き上げた。歓声が上がり、RIKISHIと少女たちは一緒に鍋を囲んだ。美味しかった。
次の日、RIKISHIの姿は消えていた。彼が何処へ行ったのか、そして何者だったのか、誰も知らない。
「なあ、結局アイツはなんだったんだ?」
「さあ?」
魔理沙の問いにそう返し、霊夢は茶を啜った。
昨日も今日もきっと明日も、幻想郷は平和だった。
RIKISHIは、記憶を失っていた。自分が一体何者なのか、何故自身はまわし一丁でここにいるのか。ただ、ただ考えた。
RIKISHIは神社にいた。
どうやら自分は神社にいるらしい。記憶を失っていることは判ったが、自身が世間一般の知識はいくらか持ち合わせていることもまた瞬時に理解をした。
RIKISHIは視線を巡らせた。
視線の先、縁側に少女が佇んでいた。きっと神職なのだろうその少女は目を細めてお茶を飲み、ほうと息を吐く。その姿にRIKISHIは目を奪われた。
少女とRIKISHIの目が合った。
目線を外した少女は、もう一度お茶に口をつけてRIKISHIを二度見し、湯呑を盆に置いて三度見した。ガン見した。RIKISHIはただ、ただ泰然としていた。なんならキリっとしていた。
少女はRIKISHIを放っておくことにした。
何故ここにRIKISHIがいるのかと少女は頭を瞬時に回転させた。しかし、少女の瞳はRIKISHIから邪なものを一切感じなかった。むしろ神性すらも感じたのだ。まあ何かするなら色々カチ割ればよいと考え、お茶飲みを再開した。
「おうい霊夢ー。魔理沙様がなあ、食材を、持って、き……」
新たな少女が現れた。
その少女は箒に跨って空を飛んでいた。少女は箒に跨りながらRIKISHIを見、箒から降りると二度見をし、小走りで縁側に駆け込むと、霊夢と呼ばれた少女に耳打ちをしながら三度見した。ガン見した。RIKISHIはただ、ただ泰然としていた。自身には何の非もないと、なんならキリっとしていた。
(なあ霊夢、アイツはなんだ? 今日は奉納演武でもするのか?)
(知らないわよ。まあ邪気はないみたいだから)
RIKISHIは耳がよかった。
少女たちの会話は、しかしRIKISHIには筒抜けだった。RIKISHIは耳がよいのだ。相手の筋肉が擦れあう音、自身に力を与えてくれる自然の音、稽古をしている最中の己の声。それらを聞く耳を持っているのだ。だからこそ相撲は武である以前に神事なのだ。だがそれを悟られてはいけないだろうとRIKISHIは深く腰を落とすと、まっすぐに手を張った。
RIKISHIは稽古を開始した。
RIKISHIは自身でも驚くほど自然に、稽古を開始した。それは最早呼吸のように、RIKISHIは丁寧に柔軟をし、すり足を行い、腰を落として手を張った。『てっぽう』やぶつかり稽古こそ出来ないが、それを埋めるように丁寧に、だがしっかりとRIKISHIは己の身体と対話した。
他にも少女がやってきた。
メイド服を着た少女は、RIKISHIににこやかに挨拶をした。RIKISHIは丁寧にお辞儀を返した。礼節は大事だ。礼儀を忘れた者に正道はない。それはつまり、ダークRIKISHIになってしまうということだ。ダークRIKISHIは生きる屍だ。イコール、魂の死なのだ。
しばらくすると、腰に刀を差した少女がやってきた。少女はRIKISHIを見ると『オウ、スモトリ!』と感嘆した。なんか発音が違う気がしたが、RIKISHIはそれを咎めはしなかった。RIKISHIは心が広いのだ。正直『なんか注意したら刀で切られそう』と、びびっていたが。そんな自身の弱さを受け入れるのもまた、稽古だった。
さらにしばらくすると、兎耳を生やした少女が現れた。RIKISHIは少女を見ると稽古を止め、ただ、ただ泰然としていた。なんならキリっとしていた。兎耳少女は『なんだこいつ』とガン見しながらそそくさと母屋に入っていった。
空の機嫌が悪くなってきた。
RIKISHIは黙々と稽古を続けていた。そうして体の隅々まで血と力が行きわたるのを感じ、空を見上げた。随分と時間が経っていた。透き通った蒼さを見せていた先程までとは打って変わって分厚い雲に閉ざされ、風も出始めてきた。
辺りは次第に色を失ったように灰色になり、ちらちらと雪が舞い始めた。後ろをふり返ると、雨戸が引かれた母屋からは少女たちの談笑が聞こえてくる。
RIKISHIは稽古を再開した。
雲に隠れて見えないが、既に日は暮れている時間だ。RIKISHIはそれでも身体を動かすことを止めない。誰のためなのか、何のためなのか。それはもうすぐ分かる。RIKISHIの胸の中には半ば確信めいた予感があった。
「ちょっと。まだ外にいるの?」
がらがらという音と共に雨戸が開いた。霊夢と呼ばれた少女がRIKISHIに声をかける、どうやら他の少女たちも気にはなっていたらしい。みな寒さに身体を縮めながらも雨戸の端から顔を出している。
霊夢の言葉に、しかしRIKISHIは言葉を返さなかった。それは決して無礼だからではない。時が来たからだ。
吹雪が強くなってきた。
ちらちらとしか降っていなかった雪は、音と強さを増す風とともに、世界を白に染め上げていった。雪景色は美しいともいうが、それは安全な場所、時間から見ることが出来た場合だ。今、RIKISHIと少女たちに襲い掛かる白は、色を纏った死だった。
しかしRIKISHIは、空に見合った。
RIKISHIは蹲踞の姿勢から軽く腰を上げ右拳を地面につけると、上体をゆっくりと落とした。それは正しく立会いの形だった。しかしRIKISHIの先に相手はいない。そう、少女たちには見えた。
霊夢はRIKISHIの左にゆっくりと進むと中腰になり、その手をRIKISHIに見えるようにゆっくりと前方にかざした。
「あれは……まさか霊夢は行司を!」
「わかるのか十六夜!?」
十六夜が叫ぶ。魔理沙が突っ込む。そう、霊夢はRIKISHIのために行司役を買って出たのだ。どうしてそのような行動に至ったのか、それは霊夢のみが知る。だがRIKISHIはほんの少しだけ視線を動かし、霊夢に頭を下げた。それだけで充分だったのだ。
「って言っても、相手がいないじゃないか」
魔理沙の言葉通りに、たしかにRIKISHIの前には誰の人影もないのだ。しかし、霊夢以外にこのRIKISHIの意図に気が付くものがいた。兎耳少女、鈴仙・優曇華院・イナバだった。
「……嘘でしょ」
「どうした優曇華院!?」
鈴仙の瞳は『波』を捉える。それは常人には見えず、触れえず、理解できぬものであろうとも、鈴仙の瞳はそれを逃がさない。そしてその瞳が、RIKISHIの視線の先にあるものを捉えていた。RIKISHIの視線の先、遥か中空に『大きな何か』が確かにあった……ように見えたのだ。もしかしたら幻覚かもしれないが。魔理沙の突っ込みを最後に、辺りには風の音だけが響き渡る。
一瞬、風が止んだ。
RIKISHIの身体が前に爆ぜた。
「はっきよい!」
RIKISHIの立ち合いを見て、霊夢も声を張り上げる。一瞬凪いだ反動か、それとも立ち合いを喜んだのか、風はその激しさを増した。もはや風と雪の壁がRIKISHIに、少女たちに襲い掛かる。
RIKISHIはひたすらに手を張った。
RIKISHIの見据えた先、何もないはずの中空、しかしそこにあるものをRIKISHIは確かに感じることが出来た。だからこそ立ち会ったのだ。そこにあるものが善性をもっているのか、はたまた邪なものなのか、RIKISHIには見当がつかなかった。しかし、その大いなるものはこうして吹雪となって自身たちに襲い掛かっているのだ。
「のこったのこった! のーこったのこったのこった!」
踊るように、舞うように霊夢が声をあげる。RIKISHIの視界には霊夢の姿は勿論、何も見えていない。それほどの強さをもって吹雪は荒れ狂う。だが、相手の存在だけは確かに感じる。それほどに大いなるものと取り組んでいるのだ。
ひたすらに、手を突っ張る。雪と風の壁は、しかしRIKISHIの突っ張りをものともしない。手と手の間、一瞬の隙を縫って、吹雪はRIKISHIの身体を持ち上げた。
まわしをとられた!
少女たち誰もがそう思った。やはり人の身で挑むには無謀だったのだろうか。ずるずると、RIKISHIの身体が後ろへとずり下がる。誰もが、諦観にも似た感情を抱いた。それは行司をしていた霊夢ですらだった。
しかしなお、RIKISHIの意志は澄んでいた。
ぴたりと、RIKISHIの後退が止まった。風は依然として猛烈な勢いを保っている。まるでRIKISHIの周りだけ、世界が止まったかのようだった。
「オウ、トクダワーラ!」
「なんやて魂魄!?」
「ドヒョウギーワ!」
どこかイントネーションのおかしい半人半霊の言葉が、全てを物語っていた。参道の石畳、そのほんのちょっとの溝に、RIKISHIは全力をもって踏ん張り、身体を残したのだ。RIKISHIが戦う場所、それ全てがDOHYOUになりえるのだ。
「はっきよい!」
霊夢の言葉が、RIKISHIの耳を撃つ。そう、身体の中に流れる血潮は未だ冷めてはいない。ただ、神なるような存在と立ち会う。それは傍から見れば尊さをもった行いに見えるのかもしれない。事実、RIKISHIの感情の中にもそういったものがあることは確かである。
だが、だがだ。戦う前から負けることを考える者は馬鹿は、存在しない。たとえそれが人智を超えた大いなるものが相手だとしてもだ。そしてRIKISHIはそのような激情を湛えつつも、しかしその心は曇りない水鏡だった。
RIKISHIは大きく息を吐いた。
それが、きっとRIKISHIにとっては合図だった。起こされていた身体を前のめりにしながら、RIKISHIはひたすらに手を張った。その手は光って唸り、真っ赤に燃えた。ような気がした。
「のーこったのこった! っはあーっこぉだぁのっこぉだぁ!」
霊夢だけではない、少女たち全員が、この一番に自然声を上げていた。その声が、気持ちが、RIKISHIの背を押し、腕に力を与える。そのままRIKISHIは前進しながら手を張り続け、ついに大鳥居まで押し返した。
RIKISHIは大きく突っ張った。
力と思いの丈を乗せた突っ張りは、吹雪を吹き飛ばし、大気を響かせ、雲を割った。割れた雲間から見える星たちが、取り組みの終わりを語っていた。
なんと、なんと清々しく、楽しい取組だったのだろうか。RIKISHIは深く息吹をして呼吸を整えると、手刀を切って深く、深く頭を下げた。それは一片の曇りもない、感謝の心だった。
RIKISHIは後ろを振り返った。
行事をしてくれた少女が、応援してくれた少女たちが、RIKISHIに優しい目を向けていた。 全てが終わり、RIKISHIは悟った。この取組のために、自分はここに存在したのだと。
「あら、お相撲さんじゃないですか。珍しい」
最後に守矢がやってきた。
常識に囚われない現代っ子の少女は、この状況になんら疑問を示さない。そして周りをきょろきょろと見回すと、やおら中腰になって軍配代わりに手をかざした。それは先程霊夢がやった行司の構えと一緒だったのだ。
その構えにつられてRIKISHIは誰もいない参道で構え、仕切った。しかしさっきとは違う、その目線の先に霊夢がいた。霊夢もまた蹲踞から腰を少し上げると上体を落とした。それは紛れもない挑戦だった。
言葉通りに霊夢とRIKISHIでは大人と子ども、それ以上といってよい体格差があった。しかし、RIKISHIが見た霊夢の眼光は鋭く、そして不敵だったのだ。それは合図だった。全力で来いという意思表示だったのだ。
「おっ、霊夢さんのりのりですねー。いきますよー、はっけよーい……」
間延びした行司の声が、風も雪もなくなった神社に響く。RIKISHIと霊夢の目線がかちりと合った。
「のこった!」
RIKISHIは霊夢に突っ込んだ。
「デイィーッ!」
REIMUはRIKISHIを投げ飛ばした。綺麗な上手投げだった。RIKISHIは『ごっつあんです!』と叫んで地に伏した。
「ダアァーッッ!」
REIMUは天に拳を突き上げた。歓声が上がり、RIKISHIと少女たちは一緒に鍋を囲んだ。美味しかった。
次の日、RIKISHIの姿は消えていた。彼が何処へ行ったのか、そして何者だったのか、誰も知らない。
「なあ、結局アイツはなんだったんだ?」
「さあ?」
魔理沙の問いにそう返し、霊夢は茶を啜った。
昨日も今日もきっと明日も、幻想郷は平和だった。
本当にわけがわからないのですが、正面から気持ちよく完敗した気分です。面白かったです。
面白かった気もするし負けた気もする!
妖夢の力士への認識ももなんだったんですか!
なん!
でも神事は神事だし、幻想少女は幻想少女だし、最後の一文が語る通り幻想郷は平和で。時折挟まれる小ネタも可愛らしく、一緒に鍋を囲むRIKISIも可愛い。色々とわかんない事は多すぎて語るにはフェルマーの最終定理なのですが、ともかく面白い作品でした。ごっつあんです!!!!
RIKISHIを投げ飛ばすREIMUなに…?
The tension is power.
なんかよく分からないけどめっちゃ笑いました
相撲レスラー
RIKISHIの熱い心は吹雪をも退けるのですね