「みんな!大きな声で呼ぼうか!せーの、」
寺子屋の児童が一斉に「サンタさーん!」と名前を呼んだ。暫くすると、シャリシャリという鈴の音が漂ってくる。
「ふぉっふぉっふぉ!サンタさんじゃぞ!」
障子を開けて入ってきたのは、白いポンポンや赤いフェルトで出来た、サンタのコスチュームを纏った妹紅だった。白髪に白い付け髭が雰囲気を出している。
「みんな良い子にしてたかなー?」
幻想郷にも数年前からクリスマスは流れ着いていた。慧音が切り盛りする寺子屋では、ここ数年妹紅が仮装をさせられて、アリスの作った人形を子供達に配るというイベントが行われていた。
子供たちの歓声、親の笑顔。微笑ましいその聖日の雰囲気にも関わらず、気味が悪いと言わんばかりにヘソを曲げた少女がここに一人、その風景を眺めていた。
「けっ。気持ち悪。何で得体の知れない外の文化であんなにはしゃいでんだか分からねぇな」
鬼人正邪は、寺子屋の近くの家の瓦に腰掛けていた。あの風景を見ていると無性に腹が立つ。少しだけ屋根に積もっていた雪をかき集めて雪玉を作ると、正邪は障子めがけてぶん投げた。
「ほーら、みんな離れて離れヘブッ!」
雪玉は障子を突き破り、妹紅の後頭部に炸裂した。
「ヤバっ!逃げるか」
不思議そうに頭をさする妹紅を尻目に、正邪は汚れた水色の空を急いで飛んでその場を後にする。
大勢の人間が幸せな気分に浸っていれば不幸せ、逆であれば幸せであるというのは天邪鬼の性分。人間も妖怪もこうまで浮かれていると、正邪にとっては不愉快極まりないだろう。しかし追われる身となっている今では、そう簡単に嫌がらせも出来ない。
「チクショー、面白くない。こうなったら不幸なヤツでも探してバカにするか」
雪がちらほらと舞う中で、正邪はキョロキョロと人里を飛んで見回るが、この寒さで外に出ている人もいない。最悪なのは、どの家もヒイラギで作られた丸いオブジェを飾っていることだ。鬼のカテゴリには当てはまらない正邪でも、やはりヒイラギは魔よけの道具ということで近寄りがたい。触れれば切り傷をたくさん作ることになるだろう。
正邪は渋々、魔法の森の奥にある隠れ家に戻ろうと思った。正直手足が冷えてきて、新聞紙に包まって温まっていた方が有意義に思えてきたのだ。
人里を飛んで、魔法の森に差し掛かってすぐの事だった。
「おっ?なんだありゃ」
針葉樹と雪で彩られた森の中に、ポツリと赤い点を見つけたのだ。あれは、鮮血?正邪は喜んだ。こんな日に馬鹿な人間が森に入って、妖怪にでも食われたのだろうか。あの魔法使いどもだったら殊更楽しいだろう。
正邪はその赤点に近づいていった。雪の朧げな視界の中で、どうやらその赤は血の色ではなく、服の色らしいことも見えてきた。残念。流血している訳ではなかったが、それでもこんな所に人間が一人転がっているだけでも喜ばしい。
「おっさん!クソジジイ!聞こえるか?」
そこで倒れるようにして木にもたれ掛かっていたのは、長い白髭と赤いコスチュームに身を包んだ老人だった。老人は良く肥えていて、紅魔館の吸血鬼たちのように鼻の高い顔をしていた。銀縁の丸メガネはレンズが片方抜けていて、鼻あても歪んでいる。
「死んでるかー。おーい」
ぺしぺしと額を数度叩くと、老人はゆっくりと瞼を持ち上げて、正邪の方を見ると息を漏らした。綺麗な灰色の瞳には、蔑むような、楽しむような正邪の表情が映っていた。
「君は……誰かな?」
「今のお前よりは圧倒的に恵まれてる少女だな!おっさん、こんなところでネンネしてたら妖怪に食われちまうぜ」
老人は正邪の言葉を聞くと、相槌を打ちながら首を起こした。眼鏡をある程度の位置に直して、正邪を見上げていた。
「そうか……君は……いい子かい?」
「はぁ?んなわけねえだろ耄碌ジジイが。お前がじわじわと苦しんで死ぬのを見に来たんだよ!」
「そうかい……君みたいな子のための石炭は……あいにく持ち合わせてないなぁ」
老人は衰弱しきっているように見えた。息をするにも苦労しているかのようなその佇まいは哀れなものであった。でっぷりと出た腹も、人当たりの良さそうな表情を作っている頬の肉も、今にも鉛になろうとしている。
正邪は、急にこの老人について興味がわいてきた。人里の人間ではない。この老人は明らかに外の世界の格好をしているが、何故この魔法の森で孤独にも息絶えようとしているのか気になってきたのだ。
「じいさん。名前は何だ?人里では見なかった顔だが……お前の反吐が出るような悪臭は人間のそれだな。外来人か?」
「……私はサンタクロース。外の世界で忘れ去られた老いぼれさ……」
サンタクロースと名乗り始めたこの人間は狂人なのではないかと正邪は疑った。確かに人里で見かける”サンタクロース”とやらの格好をしているが、あれはいい年をこいた大人が子供に媚びるための服装だ。傷んだ髭や禿げかかった髪も、どう見ても”サンタクロース”とは言い難い。
「ふうん……へぇ。そんなサンタクロースさんは一体何で忘れられちまったんだい?」
「人々が善意に目覚めてしまったからさ」
『善意』というワードに正邪は強く反応した。善意?善意によってこの老人は忘れられてしまったと?狂人の戯言としても、面白い話が聞けそうだと感じた。
正邪の反応を意に介さず、老人は続ける。
「私は……恵まれぬ人々への救い……祈りとして形作られた。家無き人々に金を配り、孤独な子供たちには娯楽を分け与えた……」
老人の吐き出す息が白くなる。木の傘の下でも、横から入ってくる雪が髭に積もり続けている。白いウールの手袋で覆った大きな手を、記憶を手繰り寄せて思い出すように腹に乗せた。
「私が施しをしたのは、決まって主の生まれた夜だった。隣人を愛するように……私は与え続けた」
「ふうん……サンタは本気で金やおもちゃで人々が恵まれると思ってんのか?幸せで腹が膨れたことがあるのか?それって偽善じゃないのかい?」
正邪はにやにやと矢継ぎ早に質問をした。この老人が生きていた意味は、実はなかったのではないかと思わせてみたら面白いだろう。何のためにいままで?と疑念を抱きながら雪の中で衰弱して死ねば悦だ。
「そうかもしれない……だけれども、私はただ喜ぶ人の顔が見たかった。私はそもそも、救われたいという欲によって生まれたのだから、私自身が欲を持っていたとしても何ら不思議ではないだろう?……そうさ……私は私のために、子供たちに玩具を配って回った」
素直な奴はいつもからかいがいがあって楽しいのだが、正邪にとってこの老人の素直さは不愉快だった。素直に自らの非を認めるものほどつまらない。
「やがて……私の行いを真似る者たちが現れた……私は喜んだ。善意ある人々が増えたことに。あちこちを飛んで回るうちに、世界のそこかしこに……恵まれない人がいることに気が付いた。施しをした場所では、決まって私の真似をする人が現れた。やがて、私の行いは変化していった。人々の信じる私の姿が変わっていったからだ……」
ゲホゲホと老人は咳き込んだ。命は今にも枯れそうで、彼は最後の力を絞って正邪に語っているようだった。
落ち着いて、また老人は続ける。
「私は良い子にプレゼントを贈る老人になった。やがて、トナカイや妖精……人々が喜ぶ存在へと姿を変えた……真似る人はさらに増えた。善意を持った親によって、私によってでなくとも、子供はプレゼントを贈られた」
「へえ。そりゃ大層なことじゃないか。それで?あなた様のような善意の聖人はなぜこんなところでくたばりかけてるんだ?」
「人々が自ら贈り物を始めて……私の仕事は消えていった。私自身が子供たちの笑顔を見る機会は失せた。やがて私は居ないものと扱われた……私はとうとう、祝祭日のマスコットにまで成り下がった……私の実存は……次第に希薄になった……」
一生懸命起こしていた首が、木にもたれかかる。老人は再び目を閉じた。正邪は焦って肩をバシバシと叩く。
「おい、おいジジイ!何寝ようとしてんだよ。最後まで吐いてから死ねよ。偽善者が。全部白状して後悔してから死ね」
「……君は悪魔だったか……確かに私は、地獄に堕ちても仕方のない存在かもしれない。砂漠に水を撒くようなものだと分かっていて尚、私欲によって”施し”を続けた……こんな私だから、本物の善意によって、こうして……」
正邪はしばらく強く老人をゆすぶったが、なんの意味も成さないようなので止めた。老人の白い睫毛が伸びた切れ目から、凍りそうなほどに冷たい涙が零れた。正邪はその哀れさに、思わず笑みが零れる。
「結局、私自身が、自分以外から”施し”を受けることは無かった……私の家の暖炉を温めて待つ者は居なかった。私が自ら手紙を贈る相手は居なかった。私を愛する人は居なかった。私に与えられることは……何も……」
老人はその言葉を最後に息を引き取った。サンタと名乗った割にはあっけない最後に、正邪は特に何の感想も示さなかった。正邪はしばらくその骸を見ていて、面白いことを思いついた。老人の手に被さっていた白い手袋を両方引っこ抜くと、自分で身に着けて人里の方へと向かって行った。
人里から戻った時には、手袋は切り傷による血で赤く染まっていた。その手には一本のヒイラギの輪が握りしめられている。ぽたりぽたりと、白い雪に自分の血とほとんど見分けのつかなくなったヒイラギの実を落としていき、飾りを外す。
「どうぞ。お似合いですよ、茨ではありませんが」
真っ赤なヒイラギの実が一つだけ付いた質素なクリスマスリースを冠に見立てて、老人の頭に乗っていた赤い帽子を取ってそっと乗せる。
「だからこの手袋と帽子はもらってくぜ」
正邪はべっと舌を出して飛び去った。
寺子屋の児童が一斉に「サンタさーん!」と名前を呼んだ。暫くすると、シャリシャリという鈴の音が漂ってくる。
「ふぉっふぉっふぉ!サンタさんじゃぞ!」
障子を開けて入ってきたのは、白いポンポンや赤いフェルトで出来た、サンタのコスチュームを纏った妹紅だった。白髪に白い付け髭が雰囲気を出している。
「みんな良い子にしてたかなー?」
幻想郷にも数年前からクリスマスは流れ着いていた。慧音が切り盛りする寺子屋では、ここ数年妹紅が仮装をさせられて、アリスの作った人形を子供達に配るというイベントが行われていた。
子供たちの歓声、親の笑顔。微笑ましいその聖日の雰囲気にも関わらず、気味が悪いと言わんばかりにヘソを曲げた少女がここに一人、その風景を眺めていた。
「けっ。気持ち悪。何で得体の知れない外の文化であんなにはしゃいでんだか分からねぇな」
鬼人正邪は、寺子屋の近くの家の瓦に腰掛けていた。あの風景を見ていると無性に腹が立つ。少しだけ屋根に積もっていた雪をかき集めて雪玉を作ると、正邪は障子めがけてぶん投げた。
「ほーら、みんな離れて離れヘブッ!」
雪玉は障子を突き破り、妹紅の後頭部に炸裂した。
「ヤバっ!逃げるか」
不思議そうに頭をさする妹紅を尻目に、正邪は汚れた水色の空を急いで飛んでその場を後にする。
大勢の人間が幸せな気分に浸っていれば不幸せ、逆であれば幸せであるというのは天邪鬼の性分。人間も妖怪もこうまで浮かれていると、正邪にとっては不愉快極まりないだろう。しかし追われる身となっている今では、そう簡単に嫌がらせも出来ない。
「チクショー、面白くない。こうなったら不幸なヤツでも探してバカにするか」
雪がちらほらと舞う中で、正邪はキョロキョロと人里を飛んで見回るが、この寒さで外に出ている人もいない。最悪なのは、どの家もヒイラギで作られた丸いオブジェを飾っていることだ。鬼のカテゴリには当てはまらない正邪でも、やはりヒイラギは魔よけの道具ということで近寄りがたい。触れれば切り傷をたくさん作ることになるだろう。
正邪は渋々、魔法の森の奥にある隠れ家に戻ろうと思った。正直手足が冷えてきて、新聞紙に包まって温まっていた方が有意義に思えてきたのだ。
人里を飛んで、魔法の森に差し掛かってすぐの事だった。
「おっ?なんだありゃ」
針葉樹と雪で彩られた森の中に、ポツリと赤い点を見つけたのだ。あれは、鮮血?正邪は喜んだ。こんな日に馬鹿な人間が森に入って、妖怪にでも食われたのだろうか。あの魔法使いどもだったら殊更楽しいだろう。
正邪はその赤点に近づいていった。雪の朧げな視界の中で、どうやらその赤は血の色ではなく、服の色らしいことも見えてきた。残念。流血している訳ではなかったが、それでもこんな所に人間が一人転がっているだけでも喜ばしい。
「おっさん!クソジジイ!聞こえるか?」
そこで倒れるようにして木にもたれ掛かっていたのは、長い白髭と赤いコスチュームに身を包んだ老人だった。老人は良く肥えていて、紅魔館の吸血鬼たちのように鼻の高い顔をしていた。銀縁の丸メガネはレンズが片方抜けていて、鼻あても歪んでいる。
「死んでるかー。おーい」
ぺしぺしと額を数度叩くと、老人はゆっくりと瞼を持ち上げて、正邪の方を見ると息を漏らした。綺麗な灰色の瞳には、蔑むような、楽しむような正邪の表情が映っていた。
「君は……誰かな?」
「今のお前よりは圧倒的に恵まれてる少女だな!おっさん、こんなところでネンネしてたら妖怪に食われちまうぜ」
老人は正邪の言葉を聞くと、相槌を打ちながら首を起こした。眼鏡をある程度の位置に直して、正邪を見上げていた。
「そうか……君は……いい子かい?」
「はぁ?んなわけねえだろ耄碌ジジイが。お前がじわじわと苦しんで死ぬのを見に来たんだよ!」
「そうかい……君みたいな子のための石炭は……あいにく持ち合わせてないなぁ」
老人は衰弱しきっているように見えた。息をするにも苦労しているかのようなその佇まいは哀れなものであった。でっぷりと出た腹も、人当たりの良さそうな表情を作っている頬の肉も、今にも鉛になろうとしている。
正邪は、急にこの老人について興味がわいてきた。人里の人間ではない。この老人は明らかに外の世界の格好をしているが、何故この魔法の森で孤独にも息絶えようとしているのか気になってきたのだ。
「じいさん。名前は何だ?人里では見なかった顔だが……お前の反吐が出るような悪臭は人間のそれだな。外来人か?」
「……私はサンタクロース。外の世界で忘れ去られた老いぼれさ……」
サンタクロースと名乗り始めたこの人間は狂人なのではないかと正邪は疑った。確かに人里で見かける”サンタクロース”とやらの格好をしているが、あれはいい年をこいた大人が子供に媚びるための服装だ。傷んだ髭や禿げかかった髪も、どう見ても”サンタクロース”とは言い難い。
「ふうん……へぇ。そんなサンタクロースさんは一体何で忘れられちまったんだい?」
「人々が善意に目覚めてしまったからさ」
『善意』というワードに正邪は強く反応した。善意?善意によってこの老人は忘れられてしまったと?狂人の戯言としても、面白い話が聞けそうだと感じた。
正邪の反応を意に介さず、老人は続ける。
「私は……恵まれぬ人々への救い……祈りとして形作られた。家無き人々に金を配り、孤独な子供たちには娯楽を分け与えた……」
老人の吐き出す息が白くなる。木の傘の下でも、横から入ってくる雪が髭に積もり続けている。白いウールの手袋で覆った大きな手を、記憶を手繰り寄せて思い出すように腹に乗せた。
「私が施しをしたのは、決まって主の生まれた夜だった。隣人を愛するように……私は与え続けた」
「ふうん……サンタは本気で金やおもちゃで人々が恵まれると思ってんのか?幸せで腹が膨れたことがあるのか?それって偽善じゃないのかい?」
正邪はにやにやと矢継ぎ早に質問をした。この老人が生きていた意味は、実はなかったのではないかと思わせてみたら面白いだろう。何のためにいままで?と疑念を抱きながら雪の中で衰弱して死ねば悦だ。
「そうかもしれない……だけれども、私はただ喜ぶ人の顔が見たかった。私はそもそも、救われたいという欲によって生まれたのだから、私自身が欲を持っていたとしても何ら不思議ではないだろう?……そうさ……私は私のために、子供たちに玩具を配って回った」
素直な奴はいつもからかいがいがあって楽しいのだが、正邪にとってこの老人の素直さは不愉快だった。素直に自らの非を認めるものほどつまらない。
「やがて……私の行いを真似る者たちが現れた……私は喜んだ。善意ある人々が増えたことに。あちこちを飛んで回るうちに、世界のそこかしこに……恵まれない人がいることに気が付いた。施しをした場所では、決まって私の真似をする人が現れた。やがて、私の行いは変化していった。人々の信じる私の姿が変わっていったからだ……」
ゲホゲホと老人は咳き込んだ。命は今にも枯れそうで、彼は最後の力を絞って正邪に語っているようだった。
落ち着いて、また老人は続ける。
「私は良い子にプレゼントを贈る老人になった。やがて、トナカイや妖精……人々が喜ぶ存在へと姿を変えた……真似る人はさらに増えた。善意を持った親によって、私によってでなくとも、子供はプレゼントを贈られた」
「へえ。そりゃ大層なことじゃないか。それで?あなた様のような善意の聖人はなぜこんなところでくたばりかけてるんだ?」
「人々が自ら贈り物を始めて……私の仕事は消えていった。私自身が子供たちの笑顔を見る機会は失せた。やがて私は居ないものと扱われた……私はとうとう、祝祭日のマスコットにまで成り下がった……私の実存は……次第に希薄になった……」
一生懸命起こしていた首が、木にもたれかかる。老人は再び目を閉じた。正邪は焦って肩をバシバシと叩く。
「おい、おいジジイ!何寝ようとしてんだよ。最後まで吐いてから死ねよ。偽善者が。全部白状して後悔してから死ね」
「……君は悪魔だったか……確かに私は、地獄に堕ちても仕方のない存在かもしれない。砂漠に水を撒くようなものだと分かっていて尚、私欲によって”施し”を続けた……こんな私だから、本物の善意によって、こうして……」
正邪はしばらく強く老人をゆすぶったが、なんの意味も成さないようなので止めた。老人の白い睫毛が伸びた切れ目から、凍りそうなほどに冷たい涙が零れた。正邪はその哀れさに、思わず笑みが零れる。
「結局、私自身が、自分以外から”施し”を受けることは無かった……私の家の暖炉を温めて待つ者は居なかった。私が自ら手紙を贈る相手は居なかった。私を愛する人は居なかった。私に与えられることは……何も……」
老人はその言葉を最後に息を引き取った。サンタと名乗った割にはあっけない最後に、正邪は特に何の感想も示さなかった。正邪はしばらくその骸を見ていて、面白いことを思いついた。老人の手に被さっていた白い手袋を両方引っこ抜くと、自分で身に着けて人里の方へと向かって行った。
人里から戻った時には、手袋は切り傷による血で赤く染まっていた。その手には一本のヒイラギの輪が握りしめられている。ぽたりぽたりと、白い雪に自分の血とほとんど見分けのつかなくなったヒイラギの実を落としていき、飾りを外す。
「どうぞ。お似合いですよ、茨ではありませんが」
真っ赤なヒイラギの実が一つだけ付いた質素なクリスマスリースを冠に見立てて、老人の頭に乗っていた赤い帽子を取ってそっと乗せる。
「だからこの手袋と帽子はもらってくぜ」
正邪はべっと舌を出して飛び去った。
最初で最後のプレゼント、ほんの少しは救われたのでしょうか。実に正邪らしい聖夜のお話でした。
サンタに対してここまで悪態のつける正邪が際立っていました
老人の孤独の埋め合わせではなく単純に全ての流れに逆らおうとするのもそうですし、キリスト教的には別の意味を持った茨の冠を敢えて差し出していく様は実にクール。その逸話の通り、正邪にとっては嘲りでも老人の聖者さを酷に映し出す物ですらあったのが本当に良いもの。面白かったです。
瀕死のサンタクロースに感情移入してしまいました。
最初から最後までブレない正邪のキャラクターもとてもよかったです。