Coolier - 新生・東方創想話

西の八雲が死んだ

2020/12/12 09:10:42
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 メリーが死んだ。
拳銃で顔を撃ち抜かれて死んだ。
ひどい死顔だった。

あの人形のような目は生きるためだけに足掻き続けた様を見せつけ。
あの綺麗な顔は三発の銃弾で滅茶苦茶に引き裂かれていた。

だがメリーを殺した下手人にも僅かばかりの誇りと人情はあったのだろう
彼女の豊満な胸も彼女の性器も一寸たりとも辱められてはいなかった、

その事実を前にしても私は泣き出していたらしい
葬儀人が彼女を棺桶に入れるその瞬間まで、私は彼女を失ったことに耐えきれず泣き出していたのだから……



 メリーが死んでしばらくすぎた頃、1通のメールが届いた。
送り主はDr.レイテンシー。
メリー……?貴女は死んだはずじゃ……?
Dr.レイテンシーは彼女のペンネームだ。
何故そのペンネームを名乗るものからメールが届く?
「えーっと……」
そう言いながら私はキーボードをガチャガチャと叩き、メールをスクロールして読む。
メールの内容はこうだ。

「私はDr.レイテンシー。KUの天才たる宇佐見蓮子様ならこのメールの意図がわかるはずよ。私は死んだけど生きている。シュレディンガーの猫じゃないわよ?本当に生きているんだから。ちょっと話がそれたわね、私は生きているし貴女に会いたい。だからDr.レイテンシーとして貴女にコンタクトを取ったの。だから私と貴女、2人で一緒に乗ったヒロシゲ36号で真夜中十二時に会いたいの。
貴女の親愛なるマエリベリー・ハーン
wrld_ec188e81-6427-4025-ae79-211678218961」

私は驚いた。彼女の体は既に火葬されている筈、肉体がない彼女がどこで出会えるのだろう。
そして最後の数字はなんだろうか?意味のない誤字?誤字にしてはハイフンの規則性がありすぎる。


 彼の数字の正体はわかった。
学友に聞いたところVRChatというSNSのワールドのIDらしい。
宇佐見がそんなことを聞くのは珍しいと皮肉まじりに言われたが。
どうやらHMDも必要とも聞いたので私は酉京都駅前のヨ○バシカメラでHMDを買って家まで帰った。
「私がHMDを買うとはね……」
そうぼやきながら私はVRChatの下調べとヘッドセットの設定をポチポチと済ませる。
流石に旧世紀のことから進化を続けてきたものだ。サルでもわかるような設定方法である。
そうして設定を済ませた私はHMDを被り、VRChatのワールドへと入り込む。

買い物を済ませた時は四時であったが設定を終えたその時既に夜分の八時を時計は指していた。



 かくして私はVRChatのワールドへと降り立った。学友が暇だとのことで案内を頼み、私はVRChatのワールドを巡った。月の都や旧世紀の新宿を模したワールドなどを巡り、夜分の十一時頃に学友と別れを告げ、Dr.レイテンシーの提示したIDへとアクセスした。

そうしてアクセスした場所は確かに見覚えのある場所だ、メリーと共に乗ったヒロシゲ36号、彼女と共に乗ったそれと寸分とも違わない。
そして座席にはふわふわな金髪の少女のアバターが座っている。
「Dr.レイテンシーさんですか?」
そう言いながらアバターの肩を触ると聞き慣れたよそ行きの声が私に対して答える。
「はい、こんばんは……って蓮子!?貴女が遅刻しないって何事よ。」
「私だってたまには遅刻しないのよ、ところで貴女は本当にメリーなの?」
「私は私よ、マエリベリー・ハーンはマエリベリー・ハーン。それ以外に何を言えばいいの?メールの内容でも暗唱すればいいわけ?wrld……」
「はいはい、本物ってことでいいわよ。ところでなんで貴女は生きているのよ?」
「説明すると中学校の校長の話並みに長くなるけどいいの?」
メリーはとぼけながらそう言う。
「うーん……ご勘弁願いたいわね。」
私は両手をあげる。
その仕草を見てメリーは笑い出す。
久しぶりに友を見たからだろうか、なにかがおかしいのか。
「何よメリー……」
大笑いから微笑に移り変わってはいるがメリーはそう言っても笑い続けている。
「いやぁおかしくてねつい、蓮子は私が貴女をここに読んだ理由がわかるかしら?」
「ん……?」
メリーの表情が胡散臭い顔に移り変わる。
これは本当にメリーなのだろうか。
「私は貴女を誘いにきたのよ。別次元の結界暴きをね!」
メリーのドヤ顔がどこまでも清々しい。
「こんな水晶文明の権化たるVRChatに結界があると?」
私はメリーに聞く。0と1の世界に結界があるなんて非合理的だ。
「そうよ、ここに結界があるの。かつてのPentiumプロセッサも計算バグがあったんだし、0と1の世界に結界があって然りでしょ?」
メリーはかくも合理的かごとくに曰う。
確かにその通りだ。ソフトウェアにもハードウェアにも穴はある。
「それがそうだとしましょう。で、結界の入り口はどこなのかしら?」
「そんなに焦らないでよ蓮子、結界はすぐに開くものじゃないのだから。2分19秒分ずれてる貴女にはわからないだろうけど。」
メリーはニタニタと私を見つめている。そうして私を見つめるのに飽きたのだろうか。
メリーのアバターがすっと立ち上がり、私のアバターへ顔を近づける。
何をしたいのだろう。そう身構え目を瞑ると手が顔を触れたような感覚がある。
目を開くとメリーはニコニコしながら私を撫でている、そんな光景が目に映った。
なにをしている……?VRChatに於いてなでなでは風俗と聞くが……
そんなメリーさんの表情は至福そのものだ。ブッダのスマイルもこのようなものだったのだろう。
そう考えているとメリーはさらに頭を撫でてくる。まるで愛玩動物と同じ扱いだ。
「メリー、いったいいつまで頭を撫でているのよ?私は可愛いチワワじゃないのよ?」
そう言われるとメリーはとろけたような顔を正し、真面目そうな顔になる。
「本題から逸れたわね。結界はこのワールドのどこかにあるのよ、卯酉東海道のクローンたるこのヒロシゲ36号にね。」
そう言いながらメリーは私の横を横切りヒロシゲの壁にかけてあるヒロシゲに乗る少女たちの絵をガチャガチャといじり出す。
それは蓮台野の私のポジだ。
メリーのポジではない。
しかし、そんなことはお構いなしの様子でメリーは絵の額縁を外し、額縁は地面にカタンと音を立てて落ちた。
そうして外れた額縁の裏の戸棚、本物のヒロシゲでは整備箇所である場所にポータルが現れた。
「ほらね?結界が出てきたでしょ?」
そうメリーは得意げに言う。
「これって製作者の遊び心でしょ……結界じゃないと思うんだけど……」
「あらそう?じゃあこのポータルから飛んでみましょうか」
メリーは話を聞かずに私の手を掴みポータルへと入る。
こんなことならもっとメリーの言うことを聞いておくんだった。



 私たちが入ったポータルの先は蓮台野であった。
私たちが墓石を回したあの蓮台野だ。
何もかもが懐かしいあの蓮台野。
「ほらね?蓮子さん」
メリーはそう言いながら卒塔婆を抜いている。相も変わらず罰当たりなやつだ。
前行ったときとは違い墓石を温めて湯を沸かして茶すら飲んでいる。祟りが怖くないのか。
「ところでメリー、今は何時何分なの?」
「貴女の能力ならわかるでしょ?その気持ち悪い目の力で」
前はそうではなかったのに今では中々の皮肉屋だ。
「まぁ仕方ないわね、今は2時13分よ。貴女がジャストと言ったちょっと前ね。」
「ふーん、じゃああと17分かしら?貴女が言う結界が見れるのは。」
「良い勘してるわね、その通りよ。ところでお茶はいるかしら?」
そういいメリーは墓石を使って沸かしたお茶を手渡してくる。
焼き石でステーキを焼くのとは道理が違うがVRだからこそできることだ。
「ありがとうメリー、頂くわ。」
そう言いながら私は熱々のお茶に見えるものを啜る。
いい茶だ、ほろ苦くも茶菓子にとても合う、そんな味である。
「ふふふ、0と1のお茶だけど美味しいでしょ蓮子。」
メリーは優しく微笑みながらくるくると回っている。
「そうね、とてもおいしいわメリー。」
私もメリーに対して微笑みを投げ返す。
そんなことで無為な時間を消費していると2時29分にメリーが口を開いた。
「あら、もうこんな時間なのね。そろそろ今日はお暇しなきゃ。」と
その発言に私が呆気にとられている間にもメリーは少しずつ消えていく。
「楽しかったわ蓮子、今度は赤い屋敷で会いましょうね。」
そういいメリーは蓮台野の満開になろうとする桜と私を残して泡のように消えていった。



 翌日、私はいつも通りの喫茶店に久々に来ていた。
以前ならばメリーと必ず一緒にいた喫茶店に。
店長も私が長い間来ていなかったことを心配していたらしい。
そんな話をされながら出された珈琲を私は飲む。
いつも通りのほろ苦い味である。
ありきたりで飽き飽きした、そんな味。
もう戻ることはないあの時間に確かに味わった懐かしい味。

そんな思いを胸に秘め、珈琲を一滴一滴噛み締めるように喉に流し込む。
そうしていると机にポトリポトリと水が弾ける。
何の水だろうか。

私は理解していないが理解している。

彼女との思い出との別れであり、新しい自分との出会いを表した涙だ。

「ありがとうマスター。」
私はそう言いこの喫茶店に別れを告げる。
新しい宇佐見蓮子としての生を歩むがために。
VRCは楽しいのでやろうね
Atras
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コメント



0.280簡易評価
2.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が面白かったです
4.100ヘンプ削除
メリー死んじゃった……のにVRで生きている!?驚きでした。
二人で旅をしてください。良かったです。
5.100モブ削除
『知りたい部分がどこか』で評価が分かれると思うのです。最近特に賑わってきたバーチャルの世界観を感じて、なるほどと思いました。ご馳走様でした。
8.100名前が無い程度の能力削除
VRCやります