She went and hanged herself and then――
(一人が首を吊って、そして――)
♰
「私、そろそろ死のうかなって思うんだよね」
まるで楽しい予定を話すときみたいな明るい声で、吸血鬼の妹が言う。
思うに、彼女は壊すのが好きなのだ。会話の流れだとか、論理だとか倫理だとか、そういうの。
ため息を吐く。
私は妹様が嫌いだ。
私は魔女だ。
この図書館にこもって日々膨大な本を相手に魔法の研究をする。それが魔女である私のすべてである。そうしてもよいと言われたから、客人としてこの紅魔館に住まわせてもらってる。
だというのに、彼女ときたら。
遊びに来たと言っては本棚をめちゃくちゃにひっかきまわし、支離滅裂な問答を私に放ってはニコニコ楽しそうに笑っている。
私の平穏の破壊者。好きになりようもない。
でも妹様は、すこぶる残念なことに、私を客人として迎え入れてくれたレミィの妹君であり、丁重に扱うべき相手である。
もう一つため息。私は不承不承、読んでいた本を閉じて、彼女に向き直る。
「……やめといた方がいいわよ」
「なんで?」
「レミィが悲しむわ」
とりあえず、当たり障りのない問答。
彼女が求めている答えはこれではないだろうな、ということは、なんとなく察してはいる。
だけどわざわざ彼女好みの回答を類推して用意してあげるなんて。そんな面倒くさいこと、まっぴらごめんだった。
「アイツが? あはは、そんなわけないじゃん」
ニコニコと笑顔を崩さない。貼り付けたような、表面だけの薄っぺらな笑顔。
作り物の笑みであることまでははっきりわかるのに、その裏で何を考えているかはまるでわからない。薄気味悪さを感じる。
思えば、レミィは分かりやすい。
彼女はふにゃっと笑う。風船に詰まった空気がふっと抜けるみたいに、そういう気の抜けた笑顔を見せてくれる。プライドの高い彼女があまり他人には見せないような、安心したような笑み。そういうのを友人の私には見せてくれるのだ。だからこそ彼女が好きだし、一緒にいていいのだと思える。もっと見たいと思う。
だけど、妹様はそうじゃない。
心の内を見せることはない。表面上は笑みをたたえていても、その内側に何を抱えているかわからない。彼女の中に熱いマグマが揺蕩っていても、冷たい空気がきぃんと張りつめていても、私には分からない。
そういうのを相手にするのは、緊張する。疲れる。いつ彼女の内に詰まった何かが爆発しないとも限らないから。
同じ姉妹なのに、どうしてこんなに印象が違うのかな。
容姿も違う、性格も違う。正直、姉妹だと言われなければ彼女たちが血の繋がった存在であることを忘れてしまいそうになる。
「妹様がどう思っているか知らないけど。レミィは妹思いよ。いつもあなたのことを心配してる」
「そりゃそうでしょうね。こんなかわいい妹を地下に閉じ込めておいて、大層な妹思いよね」
「妹様は自主的に引きこもってるって聞いたけど」
「自主的に引きこもってやってるの。私が出歩くと、憶病などっかの誰かさんが嫌そうな顔をするからね」
けらけら笑う。まただ。表面的な笑み。
その笑顔を、頭の中でどうにかレミィの笑顔と重ねようとする。
重ならない。重なりようがない。本当に姉妹なのだろうか、この二人。
「だからね、首を吊るの」
嬉しそうな顔のまま、吸血鬼の妹が言う。
何か返そうとして、口を紡ぐ。目線を彼女の手元にやった。体の前に結ばれたその両手には、文庫本が収まっている。指の隙間から、かろうじてそのタイトルがわかった。
有名な長編推理小説。孤島に集まった男女が、マザーグースになぞらえて一人一人殺されていくクローズドサークル。
首を吊る、か。また変なものに影響されて。
「あのね。首を吊っただけで死ぬ訳ないでしょ」
「なんでさ」
「なんでって、あんた吸血鬼でしょ」
「吸血鬼」
彼女が虚を突かれたような顔を一瞬したのを、私は見逃さなかった。
すぐに笑顔になってしまったけど。
「そりゃそうでしょ、レミィの妹なんだから」
「吸血鬼だと、首を吊っても死なない? 本当に?」
「特殊な方法じゃなきゃ吸血鬼を殺せないのは有名な話でしょ。木の杭を心臓に打ち込むか、銀装備で傷つけるか、それくらいじゃなきゃ」
「ほんとうに?」
しつこいなと思った。
適当にあしらうことはできた。だけど。
今や彼女は、薄ら笑いの仮面をかぶってなかった。
真顔だった。真顔でじっと私を見ていた。レミィとは違う髪の色、羽の形、性格。
でも今この瞬間の彼女の姿だけは、普段レミィが見せてくれる、他人には見せない飾らない姿にちょっとだけ似ていた。
三回目のため息。
だから妹様は嫌いなんだ。すぐに面倒ごとを持ち込んでくるから。
「――ロープが倉庫にあったはず。それを小悪魔に取りに行かせるわ。それを輪っか状にして、高いところからぶら下げるの。妹様の部屋にはロープを結びつけるところはないから――そうね、エントランスの二階部分の手すりにでもくくりつけたらどうかしら。輪っかのところに首をかけて、飛び降りれば首を吊れるわ。ロープに対吸血鬼用の呪いをかけて一時的に飛べないようにしてあげる。ちゃんと死ねるようにね」
「なんで対吸血鬼用の呪法なんて知ってるの」
「さあ何ででしょうね」
いざ妹様が暴れ出した時に止められるよう、対策をレミィからお願いされている、ということは一応伏せておいた。
「誰かに知られないようにこっそりやりなさいね。特にレミィにでも知られたら絶対止められるから」
♰
ぎい、と図書館の大扉が軋む音。
私の方へ向かってくる足音。私は本から顔を上げずに声をかけた。
「どうだった?」
「全然ダメだった。苦しいだけ」
「でしょうね」
「三十分待っても死ねないからさあ、咲夜に見つかって大騒ぎだったよ」
「でしょうね」
「アイツもすっごい怒ってさあ」
「満足した?」
「する訳ないじゃん。不満よ。やっとこの世からおさらばかと思ったのに」
「できる訳ないでしょ。吸血鬼なんだから」
「そっかぁ。そうなんだ。私、吸血鬼だったんだ」
私は本から目線をはずし、声の方を見る。
そこには妹様の笑顔があった。それはいつもの、貼り付けたような笑みではなかった。
「私、アイツの妹なんだぁ。あんな奴と血が繋がってるとか、嫌だなぁ」
言葉とは裏腹に、妹様は笑っていた。
空気が抜けたみたいに、ふにゃっと。レミィと同じ、私の好きな笑顔だった。
<了>
(一人が首を吊って、そして――)
♰
「私、そろそろ死のうかなって思うんだよね」
まるで楽しい予定を話すときみたいな明るい声で、吸血鬼の妹が言う。
思うに、彼女は壊すのが好きなのだ。会話の流れだとか、論理だとか倫理だとか、そういうの。
ため息を吐く。
私は妹様が嫌いだ。
私は魔女だ。
この図書館にこもって日々膨大な本を相手に魔法の研究をする。それが魔女である私のすべてである。そうしてもよいと言われたから、客人としてこの紅魔館に住まわせてもらってる。
だというのに、彼女ときたら。
遊びに来たと言っては本棚をめちゃくちゃにひっかきまわし、支離滅裂な問答を私に放ってはニコニコ楽しそうに笑っている。
私の平穏の破壊者。好きになりようもない。
でも妹様は、すこぶる残念なことに、私を客人として迎え入れてくれたレミィの妹君であり、丁重に扱うべき相手である。
もう一つため息。私は不承不承、読んでいた本を閉じて、彼女に向き直る。
「……やめといた方がいいわよ」
「なんで?」
「レミィが悲しむわ」
とりあえず、当たり障りのない問答。
彼女が求めている答えはこれではないだろうな、ということは、なんとなく察してはいる。
だけどわざわざ彼女好みの回答を類推して用意してあげるなんて。そんな面倒くさいこと、まっぴらごめんだった。
「アイツが? あはは、そんなわけないじゃん」
ニコニコと笑顔を崩さない。貼り付けたような、表面だけの薄っぺらな笑顔。
作り物の笑みであることまでははっきりわかるのに、その裏で何を考えているかはまるでわからない。薄気味悪さを感じる。
思えば、レミィは分かりやすい。
彼女はふにゃっと笑う。風船に詰まった空気がふっと抜けるみたいに、そういう気の抜けた笑顔を見せてくれる。プライドの高い彼女があまり他人には見せないような、安心したような笑み。そういうのを友人の私には見せてくれるのだ。だからこそ彼女が好きだし、一緒にいていいのだと思える。もっと見たいと思う。
だけど、妹様はそうじゃない。
心の内を見せることはない。表面上は笑みをたたえていても、その内側に何を抱えているかわからない。彼女の中に熱いマグマが揺蕩っていても、冷たい空気がきぃんと張りつめていても、私には分からない。
そういうのを相手にするのは、緊張する。疲れる。いつ彼女の内に詰まった何かが爆発しないとも限らないから。
同じ姉妹なのに、どうしてこんなに印象が違うのかな。
容姿も違う、性格も違う。正直、姉妹だと言われなければ彼女たちが血の繋がった存在であることを忘れてしまいそうになる。
「妹様がどう思っているか知らないけど。レミィは妹思いよ。いつもあなたのことを心配してる」
「そりゃそうでしょうね。こんなかわいい妹を地下に閉じ込めておいて、大層な妹思いよね」
「妹様は自主的に引きこもってるって聞いたけど」
「自主的に引きこもってやってるの。私が出歩くと、憶病などっかの誰かさんが嫌そうな顔をするからね」
けらけら笑う。まただ。表面的な笑み。
その笑顔を、頭の中でどうにかレミィの笑顔と重ねようとする。
重ならない。重なりようがない。本当に姉妹なのだろうか、この二人。
「だからね、首を吊るの」
嬉しそうな顔のまま、吸血鬼の妹が言う。
何か返そうとして、口を紡ぐ。目線を彼女の手元にやった。体の前に結ばれたその両手には、文庫本が収まっている。指の隙間から、かろうじてそのタイトルがわかった。
有名な長編推理小説。孤島に集まった男女が、マザーグースになぞらえて一人一人殺されていくクローズドサークル。
首を吊る、か。また変なものに影響されて。
「あのね。首を吊っただけで死ぬ訳ないでしょ」
「なんでさ」
「なんでって、あんた吸血鬼でしょ」
「吸血鬼」
彼女が虚を突かれたような顔を一瞬したのを、私は見逃さなかった。
すぐに笑顔になってしまったけど。
「そりゃそうでしょ、レミィの妹なんだから」
「吸血鬼だと、首を吊っても死なない? 本当に?」
「特殊な方法じゃなきゃ吸血鬼を殺せないのは有名な話でしょ。木の杭を心臓に打ち込むか、銀装備で傷つけるか、それくらいじゃなきゃ」
「ほんとうに?」
しつこいなと思った。
適当にあしらうことはできた。だけど。
今や彼女は、薄ら笑いの仮面をかぶってなかった。
真顔だった。真顔でじっと私を見ていた。レミィとは違う髪の色、羽の形、性格。
でも今この瞬間の彼女の姿だけは、普段レミィが見せてくれる、他人には見せない飾らない姿にちょっとだけ似ていた。
三回目のため息。
だから妹様は嫌いなんだ。すぐに面倒ごとを持ち込んでくるから。
「――ロープが倉庫にあったはず。それを小悪魔に取りに行かせるわ。それを輪っか状にして、高いところからぶら下げるの。妹様の部屋にはロープを結びつけるところはないから――そうね、エントランスの二階部分の手すりにでもくくりつけたらどうかしら。輪っかのところに首をかけて、飛び降りれば首を吊れるわ。ロープに対吸血鬼用の呪いをかけて一時的に飛べないようにしてあげる。ちゃんと死ねるようにね」
「なんで対吸血鬼用の呪法なんて知ってるの」
「さあ何ででしょうね」
いざ妹様が暴れ出した時に止められるよう、対策をレミィからお願いされている、ということは一応伏せておいた。
「誰かに知られないようにこっそりやりなさいね。特にレミィにでも知られたら絶対止められるから」
♰
ぎい、と図書館の大扉が軋む音。
私の方へ向かってくる足音。私は本から顔を上げずに声をかけた。
「どうだった?」
「全然ダメだった。苦しいだけ」
「でしょうね」
「三十分待っても死ねないからさあ、咲夜に見つかって大騒ぎだったよ」
「でしょうね」
「アイツもすっごい怒ってさあ」
「満足した?」
「する訳ないじゃん。不満よ。やっとこの世からおさらばかと思ったのに」
「できる訳ないでしょ。吸血鬼なんだから」
「そっかぁ。そうなんだ。私、吸血鬼だったんだ」
私は本から目線をはずし、声の方を見る。
そこには妹様の笑顔があった。それはいつもの、貼り付けたような笑みではなかった。
「私、アイツの妹なんだぁ。あんな奴と血が繋がってるとか、嫌だなぁ」
言葉とは裏腹に、妹様は笑っていた。
空気が抜けたみたいに、ふにゃっと。レミィと同じ、私の好きな笑顔だった。
<了>
面白くてとても良かったです。
フランちゃんはお姉さまのこと大好きですもんね。
フランちゃんがかまってちゃんのようでかわいらしかったです
言葉ではきらいきらい言いながらしっかりレミリアとの繋がりを感じて笑うフラン可愛いです。
10人のインディアンのアレ、誰も居なくなったの部分が首を吊ったからではなく結婚したからってのもあったよなぁとか考えると要するにレミフラですね?