注意深く針をおとしていく。
キリキリと音を鳴らしながら発条を巻く。その内部機構は知るべくもないが、この中には音を出すための要素が多分に含まれているのだろう。レバーから手を離し、ややあって、喇叭の形をした金が唄いだす。
ヤッホ ヤッホホホ さびしいところ
ヤッホ ヤッホホホ さびしいところ
一番が終わったあたりで扉が開いた。
「いらっしゃい」
入ってきたのは、歪な翼をもった吸血鬼だった。
「スプートニクについての本、ある?」
———
残念なことに、僕の本棚にも商品棚にもそんな本はなかった。きいてみると、外の世界の本なのだそうだ。
ケンケンと吸血鬼が咳をする。
「埃っぽいわ。換気してちょうだい」
「嫌だよ。寒いじゃないか」
窓から見てみると、外では雪が降っている。たぶん初雪だったはずだ。妙にキラキラとして見えるのは、陽が照っているからだろう。
吸血鬼は寒いのが苦手なのか、だるまストーブの前に陣取っていた。そろそろ薪を取ってこなければいけない。
「さっきの歌、もう一回流して」
レコードはいつの間にか止まっていた。もう一度発条を巻くと、先程と同じように曲が流れだす。他のレコードも欲しいのだが、前はよく落ちていたレコードが最近少なくなってきている。今になって拾っておけばよかったと思う。
「山賊の歌」
「知ってるのか?」
「もちろん」
ねむいカラスはおこすじゃないぞ。
吸血鬼はそう暗誦した。どうやらこの曲を好いているらしく、次に回転が止まったときは自分から回しにいった。
「ところで」
「なぁに?」
「どうして、その、スプートニクとやらの本を探しているんだ?」
僕の質問に、吸血鬼はにぃ、と笑う。おそらく悪い表情をしているつもりなのだろうが、正直そんなに怖くない。相手を威圧するには、容姿も重要だ。
「宇宙に行った犬がどうなったか、知りたくなったの」
「そんな事、調べるまでもないだろう」
「ふふ、そうね。そんなにも狭い所だと、犬は退屈で死んじゃうわね」
またクスクスと吸血鬼が笑う。どうやら相手にするだけ無駄だと判ったので、言葉は聞き流す程度にとどめておこう。
開じたままの窓から小さな虫が侵入してくる。
この黒く丸い点にむっつの棒が刺さっているだけのような薄在な虫にも、やはり何処かの学者が頭をひねらせてつけた名前があるのだろう。そう考えると、この世界は実に学術的とも言える。
虫はあてどなく迷雄しながら飛び、近くの柱にとまる。すると虫はそのままシミになってしまった。そこには最早虫としての痕跡は認められず、ただ前からあったシミに紛れていた。
「何だったのかしら?」
どうやら吸血鬼も虫の行方を見ていたようで、そんなことを訊いてきた。
「これはまぁ、一種の皮肉だな」
「皮肉?」
「妖怪といえど肉体に縛られている僕達のような存在に対して、これだけ簡単にその概念から乖離できるんだぞ、という、これはそんな意思表示だ」
「それが貴方なりの解釈なのね」
「…手厳しいな」
「吸血鬼ですから。穿った見方をするものですわ」
それと。
「いかにもそれが事実かのように語る癖、なくした方がいいわよ」
「…初めて逢う君にまで言われるんなら、そうなんだろうな。善処する」
———
「それじゃあ、ライカによろしく」
まだ雪が積もらないうちに、と言って帰っていった。まだ太陽が幅を利かせる時間帯なのだが、今の空はうまい具合に分厚い雲が流れている。吹く風は肌を裂くような寒さを持ち、来たる冬の寒さに今から憂鬱になってしまう。
それにしても、僕は彼女にライカの事は話しただろうか。
ヤッホ ヤッホホホ さびしいところ
ヤッホ ヤッホホホ さびしいところ
キリキリと音を鳴らしながら発条を巻く。その内部機構は知るべくもないが、この中には音を出すための要素が多分に含まれているのだろう。レバーから手を離し、ややあって、喇叭の形をした金が唄いだす。
ヤッホ ヤッホホホ さびしいところ
ヤッホ ヤッホホホ さびしいところ
一番が終わったあたりで扉が開いた。
「いらっしゃい」
入ってきたのは、歪な翼をもった吸血鬼だった。
「スプートニクについての本、ある?」
———
残念なことに、僕の本棚にも商品棚にもそんな本はなかった。きいてみると、外の世界の本なのだそうだ。
ケンケンと吸血鬼が咳をする。
「埃っぽいわ。換気してちょうだい」
「嫌だよ。寒いじゃないか」
窓から見てみると、外では雪が降っている。たぶん初雪だったはずだ。妙にキラキラとして見えるのは、陽が照っているからだろう。
吸血鬼は寒いのが苦手なのか、だるまストーブの前に陣取っていた。そろそろ薪を取ってこなければいけない。
「さっきの歌、もう一回流して」
レコードはいつの間にか止まっていた。もう一度発条を巻くと、先程と同じように曲が流れだす。他のレコードも欲しいのだが、前はよく落ちていたレコードが最近少なくなってきている。今になって拾っておけばよかったと思う。
「山賊の歌」
「知ってるのか?」
「もちろん」
ねむいカラスはおこすじゃないぞ。
吸血鬼はそう暗誦した。どうやらこの曲を好いているらしく、次に回転が止まったときは自分から回しにいった。
「ところで」
「なぁに?」
「どうして、その、スプートニクとやらの本を探しているんだ?」
僕の質問に、吸血鬼はにぃ、と笑う。おそらく悪い表情をしているつもりなのだろうが、正直そんなに怖くない。相手を威圧するには、容姿も重要だ。
「宇宙に行った犬がどうなったか、知りたくなったの」
「そんな事、調べるまでもないだろう」
「ふふ、そうね。そんなにも狭い所だと、犬は退屈で死んじゃうわね」
またクスクスと吸血鬼が笑う。どうやら相手にするだけ無駄だと判ったので、言葉は聞き流す程度にとどめておこう。
開じたままの窓から小さな虫が侵入してくる。
この黒く丸い点にむっつの棒が刺さっているだけのような薄在な虫にも、やはり何処かの学者が頭をひねらせてつけた名前があるのだろう。そう考えると、この世界は実に学術的とも言える。
虫はあてどなく迷雄しながら飛び、近くの柱にとまる。すると虫はそのままシミになってしまった。そこには最早虫としての痕跡は認められず、ただ前からあったシミに紛れていた。
「何だったのかしら?」
どうやら吸血鬼も虫の行方を見ていたようで、そんなことを訊いてきた。
「これはまぁ、一種の皮肉だな」
「皮肉?」
「妖怪といえど肉体に縛られている僕達のような存在に対して、これだけ簡単にその概念から乖離できるんだぞ、という、これはそんな意思表示だ」
「それが貴方なりの解釈なのね」
「…手厳しいな」
「吸血鬼ですから。穿った見方をするものですわ」
それと。
「いかにもそれが事実かのように語る癖、なくした方がいいわよ」
「…初めて逢う君にまで言われるんなら、そうなんだろうな。善処する」
———
「それじゃあ、ライカによろしく」
まだ雪が積もらないうちに、と言って帰っていった。まだ太陽が幅を利かせる時間帯なのだが、今の空はうまい具合に分厚い雲が流れている。吹く風は肌を裂くような寒さを持ち、来たる冬の寒さに今から憂鬱になってしまう。
それにしても、僕は彼女にライカの事は話しただろうか。
ヤッホ ヤッホホホ さびしいところ
ヤッホ ヤッホホホ さびしいところ
不思議な話でした