一つだけ、どうしても分からない事があるのです。
『お待ちしておりました、庭渡様。え? はい。外でお待ちしておりました』
『まあまあ。仰って頂ければ、外までお出迎えしましたのに』
ニワタリの神として、長い時を生きてきました。
妖怪の山に居を構え、地獄の門前に立つ。そんな生活を始めたのも、随分と昔の話です。
神として、番頭として、それなり以上の経験を積み重ねてきたつもりです。
それでも、どうしても、分からない事があるのです。
『お発ちになりますか? お見送り致しましょう』
『外に部下を待たせております。ええ。彼女がどうしても、と』
是非曲直庁の方々が私に会う時。誰もが、なるべく外で会おうとするのです。
具体的には。出迎えをして下さったり、見送りをして頂いたり。
「どうしてだと思います?」
「ピ?」
頭上のひよこに問うて見るも、首を傾げて鳴くばかり。
退勤後。四季の閻魔様の、ちょっとした用事を待つ時間。
ぽっかりと空いた思考に、疑問を放り込んでみたものの、納得のいく答えは出てきません。
いえ、困っている訳ではありません。不快に思ってもおりません。
ただ……わざわざ外まで来て貰うのも、なんだか申し訳ないので……。
「久侘歌」
静かな呼び掛けであっても、部屋の隅まで余すこと無く、凜々と響く声。
私を呼ぶ四季様の手には、数枚の書類。
「待たせてしまいましたね。翌々日までに、担当官に提出を」
「かしこまりました」
異界との結節点を守護し、人と鬼の行き先を振り分ける。地獄関所の番頭神。それが私です。
つまり現場仕事なのですが。報告書などの事務作業も、割と頻繁に要求されます。
でも私。デスクワーク、苦手なんですよねぇ……。
「ピッ」
「ええ、ええ。分かってますよ。きちんとこなして見せますとも」
顔を見ずとも分かったらしく、ひよこに釘を刺される私。
やれやれ。これではどちらが成鳥なんだか。
「何か質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です。それでは、失礼致しますね」
「せっかくですし、外まで送りましょう」
おっと。四季様でさえ、です。一体どういう事なのやら。
彼女は上司にあたる方。あまりお手を煩わすのも……。
「お、お気になさらず。四季様もお忙しいでしょう」
「先ほど交代した所ですから。私も、あとは退勤するだけです」
「ならば、お疲れでしょうに」
「貴女だってそうでしょう。さ、行きましょうか」
四季様と共に、廊下を歩く。
今まで、誰にも理由は尋ねずにいたのですが……せっかくです。
「実は四季様に限らず、皆がわざわざ外まで見送ったり、外で出迎えようとして下さるのです」
「ほう。みんなが」
「はい。前から不思議に思っていたのですが。毎度来て頂くのが、何だか申し訳なくて」
「その事なら、何も気にする必要はありませんよ」
「へっ?」
思わぬ即答に、間の抜けた声が漏れた。
「理由を、お伺いしても?」
「そうですね。端的に答えるならば」
ごくり。ひよこと共に喉を鳴らす。
「貴女が綺麗だからです」
「えんまさまぁ~?」
四季様もお人が悪い。
流石にそれで動揺するほど、純粋純情ではありませんて。
「あの厳正厳格たる四季の閻魔様から、軟派な御言葉を賜る日が来ようとは。明日は空から、罪と罰でも降り注ぐのでしょうか」
「失敬な。今の発言は黒ですよ黒……まあ、少なくとも良い意味なので、心配は無用です」
むむ。はぐらかされてしまいました。
綺麗だから、か。
振る舞いにしろ、身だしなみにしろ。可能な限り気をつけてはいますけど……。
まさか……もしかして私……美人だったり……!?
いやいや。自惚れが過ぎますね。
なんにせよ。良い意味だと四季様も仰っていましたし。
ひとまずは、棚に上げておくとしましょうか。
▽
「四季様。お見送り、ありがとうございました」
丁寧なお辞儀から戻り、あどけない笑顔を浮かべる久侘歌。
「では。お疲れ様でした」
そして彼女は、光の下で翼を広げる。
「ええ。お疲れ様」
皆が久侘歌を外まで見送ったり、外で出迎えたがる理由。
それは彼女に教えた通り、綺麗だから。
もちろん。彼女が器量よし、という意味もある。
人から好かれる性格である、という理由もある。
だがそれだけでは、あえて外で、という点を説明出来ない。
皆は見たいのだ。
淡い金色と赤色の髪が、翼が、尾羽が。
彼岸に降り注ぐ、暖かな光を浴びて。透かすように、優しく煌めく姿を。
その姿は神々しく、美しい。
天使のようなと評したのは、確か小町だったか。
神に向かって何をと思いつつ、頷ける感想でもあった。
「綺麗ですね……何度見ても」
空に遠ざかってなお、燦々とした後ろ姿。
それを眺めながら、私は大きく伸びをした。
今日は、良い夢を見られるかもしれない。
『お待ちしておりました、庭渡様。え? はい。外でお待ちしておりました』
『まあまあ。仰って頂ければ、外までお出迎えしましたのに』
ニワタリの神として、長い時を生きてきました。
妖怪の山に居を構え、地獄の門前に立つ。そんな生活を始めたのも、随分と昔の話です。
神として、番頭として、それなり以上の経験を積み重ねてきたつもりです。
それでも、どうしても、分からない事があるのです。
『お発ちになりますか? お見送り致しましょう』
『外に部下を待たせております。ええ。彼女がどうしても、と』
是非曲直庁の方々が私に会う時。誰もが、なるべく外で会おうとするのです。
具体的には。出迎えをして下さったり、見送りをして頂いたり。
「どうしてだと思います?」
「ピ?」
頭上のひよこに問うて見るも、首を傾げて鳴くばかり。
退勤後。四季の閻魔様の、ちょっとした用事を待つ時間。
ぽっかりと空いた思考に、疑問を放り込んでみたものの、納得のいく答えは出てきません。
いえ、困っている訳ではありません。不快に思ってもおりません。
ただ……わざわざ外まで来て貰うのも、なんだか申し訳ないので……。
「久侘歌」
静かな呼び掛けであっても、部屋の隅まで余すこと無く、凜々と響く声。
私を呼ぶ四季様の手には、数枚の書類。
「待たせてしまいましたね。翌々日までに、担当官に提出を」
「かしこまりました」
異界との結節点を守護し、人と鬼の行き先を振り分ける。地獄関所の番頭神。それが私です。
つまり現場仕事なのですが。報告書などの事務作業も、割と頻繁に要求されます。
でも私。デスクワーク、苦手なんですよねぇ……。
「ピッ」
「ええ、ええ。分かってますよ。きちんとこなして見せますとも」
顔を見ずとも分かったらしく、ひよこに釘を刺される私。
やれやれ。これではどちらが成鳥なんだか。
「何か質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です。それでは、失礼致しますね」
「せっかくですし、外まで送りましょう」
おっと。四季様でさえ、です。一体どういう事なのやら。
彼女は上司にあたる方。あまりお手を煩わすのも……。
「お、お気になさらず。四季様もお忙しいでしょう」
「先ほど交代した所ですから。私も、あとは退勤するだけです」
「ならば、お疲れでしょうに」
「貴女だってそうでしょう。さ、行きましょうか」
四季様と共に、廊下を歩く。
今まで、誰にも理由は尋ねずにいたのですが……せっかくです。
「実は四季様に限らず、皆がわざわざ外まで見送ったり、外で出迎えようとして下さるのです」
「ほう。みんなが」
「はい。前から不思議に思っていたのですが。毎度来て頂くのが、何だか申し訳なくて」
「その事なら、何も気にする必要はありませんよ」
「へっ?」
思わぬ即答に、間の抜けた声が漏れた。
「理由を、お伺いしても?」
「そうですね。端的に答えるならば」
ごくり。ひよこと共に喉を鳴らす。
「貴女が綺麗だからです」
「えんまさまぁ~?」
四季様もお人が悪い。
流石にそれで動揺するほど、純粋純情ではありませんて。
「あの厳正厳格たる四季の閻魔様から、軟派な御言葉を賜る日が来ようとは。明日は空から、罪と罰でも降り注ぐのでしょうか」
「失敬な。今の発言は黒ですよ黒……まあ、少なくとも良い意味なので、心配は無用です」
むむ。はぐらかされてしまいました。
綺麗だから、か。
振る舞いにしろ、身だしなみにしろ。可能な限り気をつけてはいますけど……。
まさか……もしかして私……美人だったり……!?
いやいや。自惚れが過ぎますね。
なんにせよ。良い意味だと四季様も仰っていましたし。
ひとまずは、棚に上げておくとしましょうか。
▽
「四季様。お見送り、ありがとうございました」
丁寧なお辞儀から戻り、あどけない笑顔を浮かべる久侘歌。
「では。お疲れ様でした」
そして彼女は、光の下で翼を広げる。
「ええ。お疲れ様」
皆が久侘歌を外まで見送ったり、外で出迎えたがる理由。
それは彼女に教えた通り、綺麗だから。
もちろん。彼女が器量よし、という意味もある。
人から好かれる性格である、という理由もある。
だがそれだけでは、あえて外で、という点を説明出来ない。
皆は見たいのだ。
淡い金色と赤色の髪が、翼が、尾羽が。
彼岸に降り注ぐ、暖かな光を浴びて。透かすように、優しく煌めく姿を。
その姿は神々しく、美しい。
天使のようなと評したのは、確か小町だったか。
神に向かって何をと思いつつ、頷ける感想でもあった。
「綺麗ですね……何度見ても」
空に遠ざかってなお、燦々とした後ろ姿。
それを眺めながら、私は大きく伸びをした。
今日は、良い夢を見られるかもしれない。
久侘歌ちゃんの髪が日の光に当たって輝く姿が目に浮かぶ様でとても良かったです。
ありがとうございました。
久侘歌が綺麗ということもそうですが、是非曲直庁の役人たちにも綺麗なものを見たいという感覚が普通にあるというところに情緒を感じました