どんどんと、何かが雨戸を叩く音で目が覚めた。
薄暗い部屋の中を頼りにならない視界だけで動いて、風が雨戸を叩いているのだということを知った。
きっと寒いだろうなあと思いながら、それでも開けないわけにもいかず、がらりと一息に雨戸を開けた。夜の終わりがまだ世界を薄紫に染めていて、尖った風がひゅうと頬を撫でた。
太陽は、ほんの少しだけその額を見せている。冬の澄んだ空気は、肌に下りる陽光にも、形を纏わせてくれる。少し、鼻の奥がつんとした。
突っかけを履いて外に出た。掃除をするときは嫌にもなるこの境内は、こんな時だけは私に神性を見せてくれる。
昔、合唱コンクールというイベントが校内にあった。各クラス毎に課題曲を決めて発表する。人によってはワクワクして、人によっては気怠くなる。そんな、どこにでもあるようなイベントだった。
始業前に練習をしようと担任を困らせたことを思い出す。日も登らない時間、強く風が吹いていることが多かった。
普段ならばなんてことのない、眠い目を擦りながら歩く通学路が、その時だけは私のもののように感じられた。少しずつ空が白んで、星々が役目を終えて消えていく。まばらに灯っている民家の明かりが、地上の星になる。そうして少しずつ世界が光に染まっていくと、ある瞬間に風が止むのだ。
風が止んで、陽が昇る。風が光を連れてくる。あの瞬間がいっとう好きだった。
びゅうびゅうと、森が鳴いていた。首元から入る風の冷たさで、意識が現実に引き戻される。冬の寒さは好きではないが、冬の景色は好きだ。朝の風が木々を通る音は、森から、山から闇を追い払っているように聞こえる。雪景色だけではない、この透き通った闇が動いていく朝の景色は、今この瞬間しか見られない。
風よ、風よ。どうか強く、鮮烈に吹いてほしい。この風の音を聞いた全てのものに、この風を肌に感じた全てのものに、太陽を運んでくれないかしら。
予感があった。きっとあの日と同じように、果たして鳴いていた風はぴたりと凪いだ。
風が、朝を連れてくる。
にゃあ
里へ下りる途中だった。滝の近くで子猫を見た。この妖怪の山では珍しい景色で、おもわずあらと呟いてしまった。
よたよたと危なっかしい動きで小さな命は動く。目線を林の奥へ動かすと、きっと母親なのだろう、真っ黒な猫がこちらを見据えていた。
子猫は一鳴きだけすると、もう私への興味を失ったようだった。いまは自身の小さな四つ足で、落ち葉を踏んで遊んでいる。木々から落ちた葉っぱたちは、まだ日も浅いからだろうか、その輝いた色を残しているものが多い。
風が吹いた。がさがさと何枚かの落ち葉が擦れた。その音と舞い上がった何枚かの葉が、子猫と私の視線を遥か空に釘付けにした。
山の天気は変わりやすい。今しがたまで凪いでいた風が、ひときわ強く、ざあんと私の耳を掠めた。首に巻いたマフラーの端が揺れる。急な風に目を細めて、その狭まった視界が黄金に染まった。
ざざん、ざざんと。落ち葉たちは空っぽの命を風に任せて。葉が擦れあう音は波の音で、そして空は黄金の海を私と子猫に見せたのだ。
幼い頃だった。祖父母に無茶を言って、海に連れて行ってもらったことがあった。テレビで見た海水浴場を見て、行きたいと駄々をこねたことを憶えている。
祖父母は優しかった。私の駄々に皺の一つも寄せず、仕事で忙しかった両親に代わって私を海に連れて行ってくれたのだ。結局、海の広さと大きさに怖さを感じて、おっかなびっくりと浜辺で遊んでいた。
ただ、音だけは記憶に残っている。人々の喧騒に染まることなく、波の音は私の耳に届いていたことを。
ざざんという音が止んで、私の意識は思い出から引き戻された。
足元にいた子猫が消えていた。かさりという音が聞こえた先。子猫と親猫が並んで、こちらを見つめていた。
風の音がもう一度だけ聞こえた。落ち葉の波が、私の瞳から二匹を攫った。
風よ、風よ。どうか優しく、穏やかに吹いてほしい。その音を聞く全てのものを、その風の流れを見た全てのものを、思い出の海に連れて行ってくれないかしら。
落ち葉の波が引いた後、もう、猫たちはいなかった。
おじゃましましたあ
私の言葉に、彼女は手をひらひらと二度振って応えた。
人里で買い物を終えて、少しお喋りでもしようと知り合いの神社に立ち寄ってみたら、腰を上げる頃には日も沈んでしまっていた。
大鳥居を抜けて空へ浮かび上がってみれば、沈んだ太陽に引きずられるように、山の向こうが燃えていた。天頂はもう星を連れて、群青のしっぽを見せている。
鋭い風が腕を撫でた。ばたばたと何かが羽ばたいているのかと思うほどに、風の音が強く耳を駆け抜ける。
夕と夜の間。この時間に吹く風は、狭間に残ってはいけないと私たちを急きたてる。この風が終わりの合図になるものもいれば、始まりの合図になるものもまたいるのだ。
学校帰り、幼かった頃。風の強い日だった。迎えに来てくれたお母さんが重ねてくれた手の温もりは、触れることなどできるはずのない私の心まで包んでくれた。風が強いねという私の言葉に、お母さんはそうね、と返してくれた。強い風の音の中でもはっきりと、優しく。
それでも私が一人だけでいるときは、黄昏時の風は全く違う顔を見せた。建物の合間から見える真っ赤な空から、縫うように風が吹く。何かがやってくると夢想して、私は家まで駆け足で帰った。そしてその考えは、きっと間違っていないのだろう。
はるか向こう。帰るべき妖怪の山々が、影に染まる。その背中は燃えていた。
風よ、風よ。どうか鋭く、悍ましく吹いてほしい。その風を身に浴びるものを、その到来を待ちわびるものを、狭間の世界から旅立たせてくれないかしら。
黄昏が、世界の背中に火をつけて。風が夜を運んでくる。
ひゅうひゅうと、山の木々の間を風が駆け抜けている。
この音が、少し苦手だ。夜の闇を連れてきた風は、一日の中で最も鋭く、速く、強く吹く。いつまでも耳に残り、それが止んだ時、どこかおそろしい場所に攫われてしまうと、そう思っていた。
新しい家に引っ越して最初の冬のことだった。自分の部屋をもらった私は、その強い風の音に恐ろしさを感じていたのだ。怖くて窓を見ることもできなかったのを思い出す。
そんなことを神様に相談してみたら、なんとも鼻で笑われた。そうして神様たちは、こんなことを教えてくださったのだ。
夜の風が強いのは、夜にしか生きられないものたちが騒いでいるからだ。やつらはとてもおそろしいが、実はそれと同じくらい、とても寂しがり屋なのだ。風の音は祭りの囃子で、時々一緒に参加しないかと、家々を叩いて回るのだと。
それが本当かどうかは、今になってもわからない。ただ、この場所に来て、それも強ち間違ってはいないとは感じる。
布団に入って目を閉じて。私の心だけが風に乗る。きっと外ではおそろしい寂しんぼうたちが、世界の終わりを楽しんでいると考えると、その風の音はやはり生きているように聞こえるのだ。
そうして風は私の魂を乗せて、明日へと連れて行ってくれるのだ。
風よ、風よ。どうか激しくおそろしく、そして楽しく吹いてほしい。今日という世界の終わりを、喜んだもの、嘆いたもの、哀しんだものや楽しんだものたちを、その背に乗せて明日へと連れて行ってくれないかしら。
ぐっすりと眠った次の日の朝。風が世界を連れてきた。
薄暗い部屋の中を頼りにならない視界だけで動いて、風が雨戸を叩いているのだということを知った。
きっと寒いだろうなあと思いながら、それでも開けないわけにもいかず、がらりと一息に雨戸を開けた。夜の終わりがまだ世界を薄紫に染めていて、尖った風がひゅうと頬を撫でた。
太陽は、ほんの少しだけその額を見せている。冬の澄んだ空気は、肌に下りる陽光にも、形を纏わせてくれる。少し、鼻の奥がつんとした。
突っかけを履いて外に出た。掃除をするときは嫌にもなるこの境内は、こんな時だけは私に神性を見せてくれる。
昔、合唱コンクールというイベントが校内にあった。各クラス毎に課題曲を決めて発表する。人によってはワクワクして、人によっては気怠くなる。そんな、どこにでもあるようなイベントだった。
始業前に練習をしようと担任を困らせたことを思い出す。日も登らない時間、強く風が吹いていることが多かった。
普段ならばなんてことのない、眠い目を擦りながら歩く通学路が、その時だけは私のもののように感じられた。少しずつ空が白んで、星々が役目を終えて消えていく。まばらに灯っている民家の明かりが、地上の星になる。そうして少しずつ世界が光に染まっていくと、ある瞬間に風が止むのだ。
風が止んで、陽が昇る。風が光を連れてくる。あの瞬間がいっとう好きだった。
びゅうびゅうと、森が鳴いていた。首元から入る風の冷たさで、意識が現実に引き戻される。冬の寒さは好きではないが、冬の景色は好きだ。朝の風が木々を通る音は、森から、山から闇を追い払っているように聞こえる。雪景色だけではない、この透き通った闇が動いていく朝の景色は、今この瞬間しか見られない。
風よ、風よ。どうか強く、鮮烈に吹いてほしい。この風の音を聞いた全てのものに、この風を肌に感じた全てのものに、太陽を運んでくれないかしら。
予感があった。きっとあの日と同じように、果たして鳴いていた風はぴたりと凪いだ。
風が、朝を連れてくる。
にゃあ
里へ下りる途中だった。滝の近くで子猫を見た。この妖怪の山では珍しい景色で、おもわずあらと呟いてしまった。
よたよたと危なっかしい動きで小さな命は動く。目線を林の奥へ動かすと、きっと母親なのだろう、真っ黒な猫がこちらを見据えていた。
子猫は一鳴きだけすると、もう私への興味を失ったようだった。いまは自身の小さな四つ足で、落ち葉を踏んで遊んでいる。木々から落ちた葉っぱたちは、まだ日も浅いからだろうか、その輝いた色を残しているものが多い。
風が吹いた。がさがさと何枚かの落ち葉が擦れた。その音と舞い上がった何枚かの葉が、子猫と私の視線を遥か空に釘付けにした。
山の天気は変わりやすい。今しがたまで凪いでいた風が、ひときわ強く、ざあんと私の耳を掠めた。首に巻いたマフラーの端が揺れる。急な風に目を細めて、その狭まった視界が黄金に染まった。
ざざん、ざざんと。落ち葉たちは空っぽの命を風に任せて。葉が擦れあう音は波の音で、そして空は黄金の海を私と子猫に見せたのだ。
幼い頃だった。祖父母に無茶を言って、海に連れて行ってもらったことがあった。テレビで見た海水浴場を見て、行きたいと駄々をこねたことを憶えている。
祖父母は優しかった。私の駄々に皺の一つも寄せず、仕事で忙しかった両親に代わって私を海に連れて行ってくれたのだ。結局、海の広さと大きさに怖さを感じて、おっかなびっくりと浜辺で遊んでいた。
ただ、音だけは記憶に残っている。人々の喧騒に染まることなく、波の音は私の耳に届いていたことを。
ざざんという音が止んで、私の意識は思い出から引き戻された。
足元にいた子猫が消えていた。かさりという音が聞こえた先。子猫と親猫が並んで、こちらを見つめていた。
風の音がもう一度だけ聞こえた。落ち葉の波が、私の瞳から二匹を攫った。
風よ、風よ。どうか優しく、穏やかに吹いてほしい。その音を聞く全てのものを、その風の流れを見た全てのものを、思い出の海に連れて行ってくれないかしら。
落ち葉の波が引いた後、もう、猫たちはいなかった。
おじゃましましたあ
私の言葉に、彼女は手をひらひらと二度振って応えた。
人里で買い物を終えて、少しお喋りでもしようと知り合いの神社に立ち寄ってみたら、腰を上げる頃には日も沈んでしまっていた。
大鳥居を抜けて空へ浮かび上がってみれば、沈んだ太陽に引きずられるように、山の向こうが燃えていた。天頂はもう星を連れて、群青のしっぽを見せている。
鋭い風が腕を撫でた。ばたばたと何かが羽ばたいているのかと思うほどに、風の音が強く耳を駆け抜ける。
夕と夜の間。この時間に吹く風は、狭間に残ってはいけないと私たちを急きたてる。この風が終わりの合図になるものもいれば、始まりの合図になるものもまたいるのだ。
学校帰り、幼かった頃。風の強い日だった。迎えに来てくれたお母さんが重ねてくれた手の温もりは、触れることなどできるはずのない私の心まで包んでくれた。風が強いねという私の言葉に、お母さんはそうね、と返してくれた。強い風の音の中でもはっきりと、優しく。
それでも私が一人だけでいるときは、黄昏時の風は全く違う顔を見せた。建物の合間から見える真っ赤な空から、縫うように風が吹く。何かがやってくると夢想して、私は家まで駆け足で帰った。そしてその考えは、きっと間違っていないのだろう。
はるか向こう。帰るべき妖怪の山々が、影に染まる。その背中は燃えていた。
風よ、風よ。どうか鋭く、悍ましく吹いてほしい。その風を身に浴びるものを、その到来を待ちわびるものを、狭間の世界から旅立たせてくれないかしら。
黄昏が、世界の背中に火をつけて。風が夜を運んでくる。
ひゅうひゅうと、山の木々の間を風が駆け抜けている。
この音が、少し苦手だ。夜の闇を連れてきた風は、一日の中で最も鋭く、速く、強く吹く。いつまでも耳に残り、それが止んだ時、どこかおそろしい場所に攫われてしまうと、そう思っていた。
新しい家に引っ越して最初の冬のことだった。自分の部屋をもらった私は、その強い風の音に恐ろしさを感じていたのだ。怖くて窓を見ることもできなかったのを思い出す。
そんなことを神様に相談してみたら、なんとも鼻で笑われた。そうして神様たちは、こんなことを教えてくださったのだ。
夜の風が強いのは、夜にしか生きられないものたちが騒いでいるからだ。やつらはとてもおそろしいが、実はそれと同じくらい、とても寂しがり屋なのだ。風の音は祭りの囃子で、時々一緒に参加しないかと、家々を叩いて回るのだと。
それが本当かどうかは、今になってもわからない。ただ、この場所に来て、それも強ち間違ってはいないとは感じる。
布団に入って目を閉じて。私の心だけが風に乗る。きっと外ではおそろしい寂しんぼうたちが、世界の終わりを楽しんでいると考えると、その風の音はやはり生きているように聞こえるのだ。
そうして風は私の魂を乗せて、明日へと連れて行ってくれるのだ。
風よ、風よ。どうか激しくおそろしく、そして楽しく吹いてほしい。今日という世界の終わりを、喜んだもの、嘆いたもの、哀しんだものや楽しんだものたちを、その背に乗せて明日へと連れて行ってくれないかしら。
ぐっすりと眠った次の日の朝。風が世界を連れてきた。
ステキなお話でした。お疲れさまです。
まだ見ぬ地への渇望と戸惑いが混じる心象が緻密に表現された、素敵な作品だと感じました。
吹き抜ける風の心地よさを思い出させてくれるような素敵なお話でした
風が持つ意味合いが反復表現を用いながらどんどんと引き出されていく、本当に良かったです。ありがとうございました。
それでいて一貫して描かれる風と、そこから導き出される早苗さんの優しさの溢れる一人称は間違い無く信仰を得る者としてのソレという感じがして、荒々しさも文中で描写されながらも気持ち良く吹き付ける優しいそよ風のようでありました。
四篇の中で一番好きなのは三つ目の『おじゃましましたあ』から始まる一連でしょうか。黄昏時の焦燥感と言い、早苗さんの『風よ、風よ。』と言い、幼少期からの成長と空の輝きがやけに心に刺さって、夜へと至るこの時間の経過が良いものです。
本当に全体的に詩的で幻想郷で思いを馳せる早苗さんで、華麗さを纏った文章が気持ち良く読めました。ありがとうございます。
氣志團の参考楽曲は恥ずかしながら初めて聴きました