「あぁ...私の愛しき者よ。あなたは何処にいってしまったの?」
美しい満月に照らされた紅い館。そのテラスからか細いソプラノの声が響く。
つきに照らされたテラスに立っているのは幼い少女。
少女は悲しみをたたえた紅い瞳で十六夜の月を見上げる。
不意に少女は月に向かって手を伸ばす。
「夢なら早く覚めて...」
澄んだ声で呟きながら月に向かって手を伸ばし身を乗り出す少女。
その華奢な体は抱き締めたら折れそうなほどに細く、元々白い肌は蒼白くなっている。
少女は手を引っ込めるとまた月を見上げる。
しかし少女の目に写っていたのは月ではなく、自分と同じ悠久の時を生きることを拒んだ忠実な従者の姿だった。
「ねぇ咲夜お願いだからわたしと同じ吸血鬼になりましょう。そうすれば助かるわ。」
館の一室。暖炉が燃え盛り暖かい部屋に震える声が響く。
少女の震えた声に従者は優しく答える。
「お嬢様。私は一生死ぬ人間です。人間としてあなた様に仕えたいのです。」
その言葉を聞いた少女はうつむく。羽も一緒に垂れ下がった。
少女は吸血鬼だ。不老長寿で悠久の時を生きることができるということを約束された種族。
従者の彼女は人間だ。優れているところが多い代わりに短い寿命を渡された種族。
彼女は少女の大事な人間だった。それゆえに無くすことを恐れた。
しかし少女は知っていた。人間は自分の人生のなかで言うとわずか半日で死んでしまうものだと。
でも少女はそれを受け入れるのを拒んだ。
少女は毎日彼女を説得した。
一緒になろう。とずっと一緒に悠久の時を過ごそう。と
だが彼女は毎回笑って答えた。
自分は死ぬ人間のままでいたいと。
なん十年も繰り返されたやりとり。
それでも彼女は拒み続けついには寿命がきて亡くなってしまった。
少女は彼女の亡骸のそばで泣き続けた。
妹や親友に言われても彼女のそばを離れなかった。
暫くして亡骸からは離れたが少女は毎日泣き暮らしていた。
彼女の墓の前で、豪華な天涯つきベッドのなかで、自室の椅子に座りながら。
やがて少女は泣くのをやめた。
それと同時に彼女に関すること以外の感情も捨てた。
食事をとるのも止めた。
親友や妹は慌てたが少女は変えなかった。
そして美しい十六夜の日、少女はふらりとテラスに出るのだった。
少女は月を見上げ続ける。
十六夜の月。
その月の日は少女にとってとても大事な日。
その日は彼女が少女をおいて逝った日。少女の傍らで咲き続けていた華が枯れてしまった日。
少女は再び高いソプラノの声で呟く。
「あぁ私の愛しき者よあなたはどこにいってしまったの?」
『ここにいますよ。』
彼女の声が聞こえる。
少女は嬉しそうな幸せそうな笑みを浮かべると
「もうすぐ逢えるわ。次は悠久の時を私のそばで咲き続けてね。悠久の果てが来るまで...」
そう呟く。そして
テラスから身を投げた。
次の日。館の庭で幸せそうな少女の亡骸が見つかった。
妹も親友も涙を流した。
少女は彼女の墓のとなりに埋められた。
それから少女は一生枯れることのない愛しい華と一生終わることない悠久の時を過ごしていきました。