Coolier - 新生・東方創想話

ブルームーン

2020/11/12 23:24:48
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 11月30日 23時52分40秒
 普段ならこの時間はもう寝床に入り、これから来る冬に向けて冬眠の練習をしているところだが、残念なことに今日のこの時間は秘封倶楽部の時間だ。
着ていたダウンの袖先を手首まで伸ばして、ぎゅっと体をちぢこめる。
中秋の、と呼ぶにはいささか寒さは厳しいが、それでもこの暦の上で秋の最後の、11月で二度目の満月は確かに奇跡的に美しい夜であるといっても過言ではないのだろう。
そう思いを馳せていた最中、こんなに月が青い夜は不思議なことが起こるの、と珍しい言葉が聞こえてきた。
さすがにこの月の美しさの前ならば、夜空を日時計代わりとしか思っていない、情緒のかけらもない相方でもロマンティックな言葉の一つでも出てくるようだ。
「ええ、そうね、こんなに月が青い夜は」
そう私が続けようとした声を遮って、彼女は私の名前を呼んで−−



 冷たい夜風が体を撫で、着ている白いシルクドレスのドレープが揺れた。
月の光が薄いシルク生地から透けて落ちて、足元の踏み固められた獣道をわずかに照らしている。
そして、頬にはまだ彼女の唇の暖かさが残っていた。
ふと我に帰る、私は誰と話していたのだろう。
この竹林の中には私以外の人間は誰もいないはずだ。
竹の揺れる音、枝葉の擦れる音、そしてカチカチと時計の針が逆巻く音が聞こえる。
懐中時計を抱えた兎が「また駄目だったんですか」と鳴く。
はぁと大きなため息と共に耳を下げ、明らかな落胆を示す兎にわずかに苛立ちを覚えながら、私は「仕方ないでしょう、あれじゃだめなの」と伝えた。
何が駄目がないのか、何が悪かったのか、私はよくわからないまま兎に話しかける。
一通り話を聞き終えた兎はふうんと鳴き、抱えていた懐中時計を切り株に立てかける。
開いた前足を器用に使って切り株の上のワイングラスとボトルを持ち上げ、いかがですかと勧めてくる。
「いただこうかしら」
そういってグラスを預かり、ボトルから赤黒い酒を受け取った。
くっとグラスの酒を呷り、空になったグラスを切り株のテーブルに戻す。
度数が高いのか、それとも酒とは言えないような代物だったのか、飲み込んだ途端に私の視界はぐらぐらと歪み、地面が揺れる。
次第に揺れは大きくなり、ひときわ大きい波が視界を傾けた後、天と地がいれかわり私は月に向かって真っ逆さまに落ちていく。
恐怖も何も感じない、それが酔いのせいなのか、頭がおかしくなったからなのかはわからない。ただただ吐き気を催しながら、私が落ちた先は白鳥の羽でできたベッドの上だった。
ベッドを覆う天幕の合間からは、アラベスク調の装飾がなされた黒紫色の大理石の壁が見えており、タイル装飾は開きっぱなしの扉まで絶えることなく続いている。
廊下では鮮やかなシフォンのドレスを揺らしながら蝶々の従者たちが忙しなく行き来している。
そのうち一匹がおずおずと銀のトレイを持ってベッドの横までやってきた。
従者はか細い声で、お嬢様、こちらをどうぞ、と銀のトレイを差し出して、私はトレイの上のそれを持ち上げる。
指先に挟んだのは青い硝子で作った満月、傷のいっぺんもない真球は今にも指からこぼれ落ちそうだ。
私はそれをゆっくりと、落とさぬように確実に自分の左目と取り替えた。
硬質な音と共に大理石の床に私の眼球だったものが落ちる。
音を頼りに落ちた眼球の方を向き、それを見るために二、三度瞬きをすると青い瞳はだんだんと視力を取り戻した。
ああ、これでやっと見える、誰に伝えるでもなくそう独りごちた。
馴染んできた眼で部屋の中を見回すと、先ほどトレイを持って入ってきた従者の後ろに彼女がいるのが見えた。
この大理石の宮殿の主人は、私の相棒に似た瞳で、昔と変わらないままの笑顔で迎えてくれる。
どれだけの時間を経ても、彼女はその笑顔を崩さないだろう。
でも、私を見つめるその乾いた瞳からは、かわらないものなどなにもないと語りかけてくる。
変わりたい、でも、変われない、私だって帰れるのなら帰りたい。
あの頃に、昔に、まだ私たちが秘封倶楽部だった頃に。
でも、どれだけ探してもここに帰り道などない、一生晴れないミルク色の霧の彼方に、私たちのあるべき場所は隠れてしまったのだ。
時が、事が、関係が、私たちを変えてしまった。
ここにあるのは、汚れてしまった月の宮殿と、笑顔の張り付いた彼女、兎と蝶と甲虫、何も見えなくなるくらい壊れた私だけ。
でも、私はこの愁夢を抜け出せることを信じて、また夢を見る。
いつか彼女が私を愛してくれるまで、彼女を信じて、また私はこの黒紫色の大理石の宮殿で横たわり、いつか彼女の胸に抱かれ眠った夢を見るために。



 大学の講堂で手帳に今日の夢を記す。
いつもの、混濁した、先の見えない夢の物語を思い出しながら、一つづつ言葉に落としていく。
筆を走らせる最中でもお構いなしに、おはよう、と黒いボーラーハットの彼女が意気揚々と声をかけてきた。
「あのね、メリー、私いいことを思いついたわ」
息をすることすら忘れて、目を宝石のように輝かせながら話し続ける。
「二人の能力でこの世界の秘密を解き明かしましょう!そうね、秘められ封じられた真実を探すための倶楽部−−秘封倶楽部なんてどうかしら!」
そう続ける彼女の顔は、夢で見た笑顔とそっくりで。
「ええ、いいわね、そうしましょう」
答えた私はゆっくりと彼女の目を見つめて、にこりと目を閉じて笑った。
そして聞こえたのは彼女の喜ぶ声と、私の瞼が青色に染まって見えた。
すまん
乙子
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コメント



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2.90奇声を発する程度の能力削除
良い雰囲気の秘封でした
3.100名前が無い程度の能力削除
夢のようなお話でした
4.80夏後冬前削除
こういう意味不明な感じの文章結構好き
7.100南条削除
面白かったです
迷子にでもなったかのような不思議な話でした
8.90名前が無い程度の能力削除
凄い綺麗な文章なのにあとがきと概要のギャップで笑っちゃった