Coolier - 新生・東方創想話

霧雨魔理沙に乾杯を

2020/11/10 21:11:51
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「あゝ嫉妬、そのかくも美しき響き! まるで小川の歌うせせらぎの如き無邪気!」
「訳わからんな。ポエムか?」
「ええ、そうよ。貴女の胸の中にある嫉妬を言葉にしてみたのよ。霧雨魔理沙さん」

 緑眼のジェラシーは、私を指差してそう言った。おいおい、人を指差すのは無礼ってやつなんだぜ。まあ、地底の魑魅魍魎に礼儀なんて求めちゃいないが。

「魔理沙は、上手く嫉妬を使いこなしているわね。妬ましい限りよ」
「私は嫉妬なんてしないぜ」
「いいえ。貴女は嫉妬していて、しかもそれを楽しんでいるわ」

 私が嫉妬を楽しんでいる? そんな性悪女になったつもりはないぜ。人にちょっかいをかけるのは楽しいが、嫉妬なんて湿っぽくて好きじゃない。

「じゃあ、私が何に嫉妬しているか当ててみてくれよ」
「霊夢」

 ああ……なるほど。

「なまじ同じ人間同士だから、何かと比較してしまうのね。だから妬ましいのよ」
「言っておくが、私は陰湿な人間じゃないからな。霊夢とは清く正しいライバル関係って奴さ。互いに互いを高め合う持ちつ持たれつの」
「でしょうね。だから、妬ましいのよ」
「……照れるな」

 あーやだやだ、そんなに妬まれちゃうと小っ恥ずかしいぜ。嫉妬するのは好きじゃないが、嫉妬されるのはなんともむず痒い。

「霊夢の弾幕ごっこの実力や、神がかった能力は確かだけれど、ただそれだけ。魔理沙はそう割り切って、嫉妬を努力のための糧に出来ている。素晴らしいことだと思うわ。実に妬ましい」
「何度も褒めるなよ、調子が狂う。まあ、霊夢ってああ見えて億劫な所があるからな。偶像みたいに崇めたり妬まれるような完璧超人からは程遠くて、私としちゃ気が楽なんだ。以前なんて飯もろくに食わずに倒れてたもんだから、私が代わりに飯を作る羽目になってな。自己管理が甘いんだよ彼奴は」
「へぇ……意外ね」
「それに、片付けや整理整頓なんかもお座なりでな。仕方がないから、私が布団を干したり蔵を掃除したり」

 あれ? そんなに苦い表情をして、どうしたんだぜ?

「苦労してるのね」
「苦労じゃないさ。私が好きでやってることだぜ」
「はぁ……悪いけど惚気話は好きじゃないの」
「いや、そんなつもりはないんだが」
「なら、恋する乙女は嫌いなのよ」
「恋?」
「私が、そうだったから」

 途端に、ふいとパルスィは消えてしまった。どうやら、ご機嫌斜めらしい。仕方ない、地底の酒場にでも寄って帰るか。





「地底の橋姫曰く、私はお前に恋をしているらしい」
「はぁ? あんたが、私に?」

 縁側で啜っていた茶に咽せて、霊夢は胡散臭そうに目を細めている。そんな目で見られても困る。私だってあり得ないと思ってるんだぜ?

「まあ、霊夢の事は好きだぜ。少なくとも嫌いじゃない」
「そりゃ、私だって魔理沙の事は好きよ。嫌いじゃないわ」

 しんと、静まり返った。縁側から居間の私の間まで、真っ直ぐな視線が突き刺さる。気まずいな。いや、面と向かって手前が嫌いだと宣うよりはマシだろうが。

「でも、恋じゃないでしょ。好きなだけよ。私たちってそんな間柄でしょ?」
「ん〜そうかもしれんな。親愛ってところか?」
「あ、それは言えてるわね。じゃあ、私の親愛なる魔理沙さん、そこのお煎餅をとってくれるかしら?」
「ああ、なんなりと。親愛なる霊夢殿」

 胡麻煎餅を霊夢に手渡して、それから二人して可笑しくて笑っちまった。けど、胸に何かが引っかかるような、不思議な違和感がある。私はやっぱり、何かに恋しているかのようなーー

「だいたい、あんたが恋してるっていうなら、それは魔法に対してでしょ」
「私が、魔法にか?」
「はたから見れば、そうとしか見えないわよ」
「はたから見ないでくれ。目の前にいるじゃないか」
「それもそうね」

 ああ、魔法か。





「私は、魔法に恋をしているようだ」
「魔理沙、急にどうしたの?」

 ティーカップに落ちていたアリスの眼差しが、私の両眼に向けられた。唐突な告白は乙女の特権だと思っていたが、どうやら理解はされなかったらしい。うん、唐突だから理解されないのは当然だな。

「恋とか愛ってのは、謂わば一種の執着だろ? ならさ、実家を飛び出て一人ぼっちになってまで追い求める魔法って奴に、私はお熱なんじゃないかと」
「なるほど。確かにそれは言えてるわね」
「家族も家も里も捨てて魔法の森にやってきた。私には普通の人間として生きる道もあったはず。何故私は魔法にここまで入れ込むのだろうかってな」
「その答えが恋?」
「ああ、そうだぜ」

 アリスは、ビスケットに手を伸ばし、紅茶に口を付けた。一連のお人形さんみたいに流麗な動作は、育ちの良さを感じさせる。見ているとなんだか胸が痛い。
 美しい所作は、否応なしに昔を思い出させる。あんまり良い思い出はない。自分が心から恋していたものを、否定され続けた半生だった。

「私は良いと思うわよ。恋も愛も確かに執着に過ぎない。なら、いずれ死にゆく人間や、無情なこの世の物体に執着するよりは、形を持たない『技術』や『教え』や『信念』に恋する方が、ずっと素敵で利口だと思うわ」
「そういうのは、虚しくならないのか?」
「恋は盲目なのよ。何か一つに没頭して、それ以外の何も見えなくなるほどに入魂する。それは盲信だと思うわ。だから、虚しさは恋が終わってから追いついてくるのよ」
「そんなもんなのか」
「そんなものよ」
「じゃあさ、もしも生涯恋し続ける一途な人生を送れたなら、虚しさとは無縁なんだな」

 アリスは、僅かばかり考え込む素振りを見せた。

「人の恋は、いつか終わるものよ」
「終わらねえよ。馬鹿言うな」

 ポカンとしているアリスを見て、溜息が出た。言うに事欠いて人の恋が終わるものなんて、戯言語りにも程があるぜ。

「アリスは魔法使いだもんな。不老長命のお前がその生涯ずっとを恋し続けるのは無理だろうさ。確かに恋はいつか終わるだろう。でもさ、人間人生80年、長生きしたってそれぐらいだぜ。たった80年やちょっとばかし恋し続けることができないなんてあり得ないと思わないか?」
「それは……そうね」

 腑に落ちたのか、アリスはそれきり口を噤んだ。人間の私からの、人間を辞めた彼女への、嫌味みたいなもんだと思われてるのかな? そんな気は全くないんだぜ。

「さあ、アリス、乾杯をしようじゃないか、人間というものどもに。たった一恋でその生涯を全うするような、短命で儚いものどもに。せめて一夜の夢のように美しく素敵であれと言いながらさ」

 ティーカップで乾杯するような、下品な所作をしてアリスに語りかけた。私の意図に気付いたのか、彼女の顔も綻びている。

「ええ、乾杯をするわ。貴女の魔法使いとしての『人生』が素敵なものになるようにね」
「ああ、ありがとよ」


 私の恋は、終わらないのだ。ティーカップが、慎ましやかにぶつかる音がした。
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
やり取りが良かったです
2.70名前が無い程度の能力削除
よかったです
3.90名前が無い程度の能力削除
雰囲気が良かったです
4.90めそふらん削除
魔理沙の台詞がかっこよくて良かったです。
5.100南条削除
面白かったです
わりかし素直に人の言葉を受け入れつつもどこか理性的な魔理沙がよかったです
6.100ひーだ削除
たいへんよろしです。
7.100名前が無い程度の能力削除
良いレイマリ!この場合はマリレイ?