Coolier - 新生・東方創想話

この世界をルーミアで満たそうとする試み

2020/11/07 00:03:11
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「光よ。あれ」
 と、神は言った。
「そーなのかー」
 と、ルーミアは言った。

◇◇◇ 第1話 クマ男

 二つの街道が交差して賑わうその街では、毎日、賑やかな市場が開かれている。
 昔々の、ここはバスク地方南部。様々な文化と歴史が入り混じり、店先に並ぶ果実のように、様々な人でごった返しになっているのだった。街は温暖な気候で、朝市の品は色鮮やかな果実が目立っている。あちらには、小ぶりで可愛い大きさのリンゴ。こちらには、新鮮なサクランボ。向こうの方にはオレンジだ。どの野菜も果物も、籠にごろごろと詰め込まれて、美味しく食べてくれる買い手を今か今かと待ちわびているみたい。
 街には貧しい者も少なくない。中でも名物なのは、クマ男と呼ばれている物乞いだった。あだ名の通り、体の大きな男だ。皮脂汚れでゴワゴワとした、まさに熊の毛皮のような頭髪に、顔面には豊かな髭まで蓄えている。巨大な体に反して、目は小さく落ちくぼんでいる。大きいのは体だけで、顔のパーツやらは小さいのだ。ばかりかクマ男は気まで小さかった。ドラ猫に追い立てられベソを掻いている姿が見られたこともあるとか。
 以前には大工が雇ったらしいが、これがまるでダメだった。仕事を一つも覚えない。言葉さえ怪しい節があり、知能に少々、問題があったのかも知れなかった。
 そんなわけで、クマ男は今日も物乞いだ。のっしのっしと彼が歩いてくると、皆でこぞってクマが来たぞと囃し立てた。食べ物屋の店の主人は、売り物にならない商品や、果物の皮だとかのゴミなど、また、食べ物屋でなくとも、程良い残飯があるのなら、彼の前に放り投げて与えた。ある時は子供がパン屑を与え、きゃっきゃと喜ぶこともあるけれど、そんな子供を諫める大人もいないのだった。
 クマ男は大体決まった道順で市場を巡り、街外れの寝床に帰って行く。

「それで?」
 お菓子売り場の前では、ルーミアが黒サクランボがいっぱいに詰まったガトーバスクを、口いっぱいに頬張っていた。屋根も無いのに長いテーブルに売り物を並べている光景も、朝市ならではのものだ。
 ただ、小綺麗で上品な服装の少女は、どう贔屓目に見ても市場の様子からは浮いている。街の子供ならともかく、どこぞのお嬢様らしき子供が一人で遊びに来ているのは、やはり少々不審、場違いだ。でも何故だか、気にする者はいない。行き交う人は目に見えていない風に通り過ぎていく。今こうしている店主さえ、少女が立ち去ったのなら、会話したことを忘れてしまいそうに思えた。
 店の親父が言うには、こう。
 言葉を話せないクマ男の正体は不明だった。ある者は、身を崩した子爵の末路だと言う。没落したショックで心身を喪失したのだと。またある者は、いや、あれは元々奴隷だった、と。しかし役立たずにも程があったので、街道を行き交う荷馬車のいずれかが叩き出したのだろうとか。はたまたある者は、幼い頃に行方不明になった子供が熊に育てられたのだと主張した。しかし母熊が亡くなってしまい、餌を求めて街に迷い込んだろうと、もっともらしくご高説を垂れた。いずれにせよ、好き勝手な流言が飛び交っているということだ。
 無責任な噂話は、世間話には丁度良い。今この場でも世間話を終えて、店の親父は店一番の売れ筋お菓子の話題に移る。
「どうもありがとう。とっても美味しいよ」
 そりゃ良かったと、親父。
 もうちょっと世間話。お菓子、好きかい? うん、好き。でも、お肉も良いよね。そんな他愛の無い話。
「私が一番好きな食べ物はね、人、かな。特に、心に闇を抱えた人間の肉はね、最高の美味だよ。でも陽気で大らかな人間の肉はダメだね、吐き戻すよ、マズいもん」
 数えもせずに銀貨を放り、ひらひらと手を振って別れた。

 ある日、街に新しい教会が建つことになった。
 赴任した神父はクマ男を見て驚いた。すぐに彼を招くや、まずパンを与え、水浴びをさせ綺麗な衣服を与えた。

「例のクマ人間さんは、どうしたの?」
 また、ルーミアは朝市の同じ店に来て、黒サクランボ入りのお菓子を頬張っていた。
 ルーミアの質問に、店の親父は、さあ、と手振りで答える。
 噂話しか伝わっていない。教会の手厚い施しで、クマ男は働き口まで斡旋された。ただ、やっぱり上手くはいかなかったのだ。ある朝、宿から姿を消したとか。
 クマ男の行方について、ある者は真の記憶を取り戻したのだと言うし、森に帰ったのだと言う者もいた。
「あ、そう」
 嬢ちゃんが取って喰ったのか。半ば本気で問う親父に、ルーミアは乾いた笑みを返す。嗤えるほど面白い話じゃなかった。
「食べてないってば。私は闇を食べる化け物だって言ったでしょ」

 その市場には、少し変わった物乞いがいた。
 立派な神父はクマ男を保護し、その場にいた人々を叱責した。まるで動物に餌をやるように、人間の前に残飯を放るとは、なんたること、と。
 嘲弄とは、シンプルながら楽しい娯楽の内の一つである。人が人たらんと思うなら、恥じて取り除くべき人間性だ。
「……でも、彼に石を投げる者は、いなかったね」
 例えばそこの街角では、子供がクマ男を囃し立てていた。親がすっ飛んで来て子供を浮浪者の前から連れ去ることはなかった。市場の人々はクマ男を迷惑に思いながらも、毎日、わざわざ彼の餌用に食べられるゴミを取っておいた。そこにいても構わない扱いだった。
 別に、だからどうした、という話にルーミアの興味は無い。
「あーあ、お腹空いたなー」
 感想なんて、この程度。



◇◇◇ 第2話 橋姫

 その頃、夫は本妻の他に何人かの妾を持つことも一般的だった。
 ここでもある貴族の男が二人目の愛人を迎え、大層、可愛がっていたとか。最初の妻はこれを妬み、妬心は生き霊を産んだ。夢とも現とも付かない悪夢で知る光景は、夫と睦み合う女の、その美貌であった。
 妻、乱心。鬼の面を被り鬼と化す。そして祟り殺したのでは、ない。妾の家まで己の足で歩いて行き、己の手で縊り殺したのだ。
 鬼女は川に身を投げた。以来、川に架かる橋を美貌の女が渡ろうとすると、川面には嫉妬に狂った鬼女の顔が浮かび、嫉妬に狂った視線を向けてくるという話。
 女は川に寄り着こうとはしなかった? 答えは、ノー。
 貴族の邸宅に仕える女房たちの間では、一時期、こんな遊びが流行する。
 美貌の女が橋を渡ろうとすると、鬼女が顔を覗かせる。男だけの場合や、女であっても容姿に優れない場合、橋はただの橋で、何の変哲もないのである。裏を返して言うのなら、美貌の女だけが、鬼女に遭う。遭えないのなら、美貌ではない。つまりは美貌自慢大会の始まり。女房はこぞって牛車を走らせ、噂の鬼女の妬心を煽ろうとした。
 ひょっとすると、何事も起きないことの方が多かった。
 意気揚々と橋を渡り、美貌を妬む鬼女に遭わなかったとなれば、恥晒しも良い所。必然的に、女房たちは話を盛った。自分は足首を掴まれ危うく水底に沈められる所だったと騙る女まで現れる始末。実際、面白がる女房たちのほとんどは、現物を見ることは無かったのだろう。面白がっているのが、その証拠。
 それでも一人、溺死する犠牲者が出た。

「そこでやめておけば、良かったのにねぇ」

 ルーミアが話題の橋にやって来た頃、死者の数は増えていた。怖い橋だと分かったはずなのに、何故?
 無防備にも欄干に寄り掛かって、くつ、くつ、くつ、とルーミアは暗鬱に嗤う。橋から見下ろす夜の川面は真っ黒な水を湛えている。
「死者の数が増えている。それは、何故かな?」
 誰にともなく、ひとりごと。

「思うに、本当に鬼女に遭った美貌の持ち主こそ、橋を恐れたはずだよ。何しろ本当に怖い鬼を見ているのだからね。実際に溺死者が出て以降、遊びでは済まされないと気付いた者も多かったはず。ところが、エスカレートする所までエスカレートした遊びはやめられなかった。
 実際に祟り殺された者がいる。では、祟り殺されていない女の美貌は、被害者より劣っているということ?
 答えは、イエス。少なくとも、思い詰めた女にとってはそうだった。自分は鬼女に行き遭わない。これは何かの間違いだと、何度も何度も足繁く橋に通ったことでしょう。でも、そうして嘘を吹聴したところで、虚しいだけ。何しろ殺された者がいる。視野の狭まった世界において、鬼女の祟りは美貌の評価であり、殺害ともなれば最高評価であったわけだ。
 鬼女を見てもいないのに見たと嘘をついていた醜女は、その時、どうすると思う?」

 問いの答えは、水面に浮かび上がっている。
 見てもいないのに見たと嘘をつくのと同じこと。引きずり込まれたわけでもないのに、自ら水に飛び込んだ。
 ルーミアは嗤いが止まらない。
「なんて、愚かなんだろうねぇ? 鬼女に祟られなかったくらい、それが何なんだろうねぇ? そんなこと、どうだって良いのにねぇ? そんなことで、死んじゃうんだぁ?」
 愚か。愚か。愚か。どうして馬鹿げているって気付かないの? でも、仕方が無いよねぇ? 人間はそうなんだもん。全然かしこい生き物じゃない。だからルーミアが食べてあげる。
 ほんっとうに、おいしそう。
 とろける闇の甘美な味わいを想像するだけでも、ルーミアは頬が落ちる気分。心に闇を抱えたご馳走が、ひとつ、ふたつ、みっつ……
 本当にもう、嗤いが止まらなくって。
「──嗤うなッ!」
 突然、頬を打たれて、ルーミアは目を見開いた。
 橋の上には、もうひとり、金髪の少女がいた。ルーミアを平手で打ったのは、緑色の目をした少女だった。
「馬鹿げてなんかない……! 誰にも、馬鹿げてるなんて言わせない……!」
 目尻に涙を溜めて、橋姫は吠える。
 触れるもの全てを傷付けずにはいられない程に悲愴な──いや、触れるもの全て切り刻んでやるのだという強壮な気迫は、束の間、さしものルーミアを怯えさせ、貪欲な食指を引かせしめた。
「不細工が美人に嫉妬して、それの何がおかしいんだッ! 嫉ましくて羨ましくて気が狂いそうになって死んじゃって、あんたはそれを馬鹿げているって言うのッ!?」
 ご馳走を前にしている。もう、手の届く距離だ。
 なのにルーミアは、別種の闇に守護された獲物は横取りできないのだと、認めざるを得なかった。
「……そー、ふーん。そーなの……チッ。この……っ!」
 今頃は舌鼓を打っていたはずの舌で、舌打ち一つ。悪態をついて橋から立ち去る。
 誰にも馬鹿げてるなんて言わせない。だって?
「……ふん、だ。馬鹿げてるよ」
 橋から遠く離れた闇の中で、ルーミアは言った。少しだけ、負け惜しみのように聴こえたかも知れない。



◇◇◇ 第3話 おどるーみあ・ずんちゃかずんちゃかエクステンション

「ずんちゃか、ずんちゃか」
 おお。ルーミアが踊っているよ。
「ずんちゃか、ずんちゃか」
 踊りながら、暗い所を行くよ。
 今夜の空に、雲はないよ。だけどね、真っ白いお月さまは見えないよ。ピカピカのお星さまも見えないよ。ルーミアが隠したんじゃないよ?
「お月さまもお星さまも生きてるんだもん。光っていることに嫌気が差す日も、あるよねぇ」
 そんな日は、なんだかルーミアは楽しくなってくる。
「ずんちゃか、ずんちゃか」
 おお。ルーミアが踊っているよ。


「あわわ、あばばば、こんばんはー」
 真っ暗な夜道を駆け抜ける女の人と衝突しそうになって、ルーミアは慌てて挨拶をしたよ。
「前を見ないで走るのは、危ないよ? 良くないモノに、ぶつかるかも知れないからねぇ」
 女の人はさめざめと泣いてるね。一頻りの涙を流し終えてから言うには、彼氏と喧嘩したのだそう。原因は浮気の嫌疑かな、別に何でも良いけど。
「ひどいのよ。私がどれだけ傷付いたのか分かってない。私の気持ちも考えてよ」
「謝ってほしいの?」
「違うの、そうじゃない。言葉だけのごめんなさいなんて、何も嬉しくない。私は心から反省してほしいだけ」
「心を差し出せ、って? 心ってたしか、一番目か二番目くらいに大切なものじゃなかった?」
「そうよ。当然でしょう?」
「……ところで貴方、着せ替え人形のことは好き?」
 少しだけ、女の人の顔にあどけない笑みが戻ったよ。
「うん。昔はよく、遊んだわ。今もね、ぬいぐるみや人形は好き。お部屋にたくさんあるの」
 物言わぬ人形のように絶対的な服従を誓い、全てを私にとって都合の良いように差し出せ、って。それが女の人の言う、心からの反省。
 夢見がちな女の子だね。人形が、貴方に心を差し出していると思ってるんだ?
 どの人形も、貴方に心を差し出してなんかいないよ。高慢ちきな貴方は人形にも嫌われてるんだから。
「あっちの方から誰か来るよ? 何かすごく怒ってる?」
「紹介するわね、あれが私の彼氏。顔は良いでしょ? どうして怒っているかと言うと、彼の腕時計とか色々壊してやったの。まあ当然よね。彼はそれだけのことをしたのよ。これで少しは悪びれてくれれば良いんだけど」
「そんなぬるい話で済むと思ってるんだ?」
 カン、カン、と金属バットを引きずる音がする。
「行き遭ったのも何かの縁。死体は拾ってあげるね。貴方の肉は、まあまあ美味しそうだし」
 ずんちゃか、ずんちゃか。


「ボクの兄ちゃんは学校で法律の勉強をしているんだ。兄ちゃんはいつもボクに言ったよ。『たとえそれが正義でも、振りかざしたら、暴力だ。だから本当の正義とは胸に秘めておくものなんだ』って」
 少年は、自分の胸をトンと叩いた。
 気弱そうだけど芯の通っている、利発な子。
「正義はね、ここにあるんだ。ボクね、兄ちゃんの言っていること、分かるよ。暴力がダメだって言っているんじゃ、ないの。だって暴力以外の暴力ってあるもん。言葉とか態度とか、ね。だから大事なのはね、振りかざしちゃいけないって部分なんだ」
「……うーん。ボクくんは難しいことを考えるねぇ。ルーミアお姉さんは、セーギとかリンリとかドートクとか苦手分野だから、ちょっと分からないよ」
「簡単だよ。言葉を発する前に、一歩踏みとどまって考えるだけ。自分の胸に手を当てて考えなさい。これだけだよ」
「なるほど、それは素晴らしい教えだね。あ、でもね、ルーミアお姉さんにも一つだけ分かることがあるよ?」
「なに?」
 気高い思想に意味があった試しは無い。理想は現実という理不尽の前に潰れる。
 つまんないことを言いそうになって、やめた。
「言葉は、刃物だ」
 と、代わりの言葉を口にする。
「うん。兄ちゃんも言ってた。言葉は人を傷付けるから、振りかざしちゃいけない」
 無垢な少年を前に、ルーミアは言い含めるように首を横に振った。
 振り翳してから振り下ろす。その工程だけが使い方じゃない。不用意な取り扱いで指を切ることだけが事故じゃない。
 真摯な祈りが、時として胸の奥まで突き刺さることもある。
 きっとね、刃物はそーっと机の上に置いてしまうのが正解なんだ。持ったままでいるのは危ないって、少し考えれば分かるはずのこと。
「胸に仕舞った抜き身の刃物は、きっといつか君のことを傷付ける」
 にこりと微笑んで見せたルーミアは、慌てて少年のことを抱き寄せた。どうして慌てたかと言うと、今の表情を見られるのは困るから。だってほら、嗤っちゃうもんね。
「そうなった時に、また会おう。ルーミアお姉さんとの約束だ」
「うん……?」
「だからしっかり、お兄さんの言葉を覚えておくんだよ」
 美味しくなるかな? それとも物分かりの良いオトナになっちゃうかな? どっちになるかは、お楽しみ。
 ずんちゃか、ずんちゃか。


 ~ショートコント『正義の鉄槌』~
「いつだって、正義という武器を振り翳すのは、己に対する疑い、内面世界への思索を持たない浅はかな者だけだ。無知蒙昧にして軽挙妄動を極めた化外人はこれだから、いけない。三流の思想に脳を毒され、やはり三流の意見を錦の御旗のごとくに掲げる者共よ、多少なりとも慙愧の念を持つが良い。其方らがしているものは聖戦ではないのだから」
「もうし、そこのオジさん。暗い夜道は、危ないよ? 怖い人が徘徊しているかも知れないし、ヒトではないモノが渉猟しているかも知れない。こんなにも暗い夜に、いったい何をしているの?」
「よく聞いてくれたね、可愛らしいお嬢さん。私は思うのさ。底の浅い偽物の正義が罷り通る社会は間違っていると」
「セーギは胸に秘めるもの?」
「その通り! 正義とは恐ろしい武器さ。容易く使っちゃあ、いけないぜ。だってのに振り回す奴らが多過ぎる。真の正義とは、正義を胸に秘め、思慮深い判断力を備えた賢人だけが扱える特別な武器でなければならない」
「貴方が手に持っているものは?」
「生卵だ」
「生卵」
「浅慮な者が正義という武器を振り翳すのはおかしい! 許してはならない! 横暴で誤った正義に晒される数多の同胞を守るため、私はかの罪深き咎人らを世界から排除しなければならない! 己の罪を知れ!」
 そう叫んで、オジさんはある家の壁に向かって思い切り生卵を投げ付けた。
「どうだ。これこそが真の正義だ。おや、何か言いたげな顔だね。私のしていること、間違っているかい?」
「もちろん、『正しい』とも。存分にその鉄槌を振り下ろすと良い」
 ずんちゃか、ずんちゃか。


 深夜の公園で、痛ましげな表情の女の子がブランコを漕いでいる。
「わたしが悪い子だから、ママは私のことが嫌いなんです」
「そっかぁ。ママは、君のことをぶったりする?」
「ううん、あ、いいえ、ぶったりは、しないです」
 でも、と。
「こーちゃんママの前で、『いえいえうちの子なんて』って言ったんです」
「謙遜じゃないかなぁ?」
「あとね、パパ」
「うん、パパさんがどうしたのかな?」
「パパがね、『やれやれ、お前はママの悪い所ばかり似ているなぁ』って」
「そんなに深い意味は無いと思うよ?」
「ううん、あるもん。パパ、わたしのこと嫌いだもん」
「いいや、そんなことないね。絶対にない。ルーミアお姉さんが保証してあげる。ママもパパも君のことがだいだいだいだいだい好きだよ」
「……だったらどうして、あんなこと言うんですか」
「あのね、深い意味は無いんだよ。些細な一言って、そういうもの。君がどう受け止めるかなんてロクに考えせず、つい口にしてしまった一言なんだよ。君のママもパパも、自分がそんなことを言ったなんて、覚えてもいない」
 女の子は、あんまり納得していないみたい。
「でも、わたしは良い子にしていないといけないのに、できないから、ダメなんです」
「どう良い子にできないの?」
「ごはん、いっぱいある時は、残しちゃう。そしたらパパがね、言うんです。『ママはお前のためを思ってわざわざ手間暇掛けて一生懸命にお料理しているんだぞ』って。『ママは毎日毎日ご飯を作ってくれて偉いなぁ』って」
「うんうん……」
「パパがお休みの日は、パパがお勉強教えてくれます。そしたらママがね、言うんです。『パパはお仕事で疲れてるのに偉いわね』って。お勉強は難しいけど、終わった後はパパが遊んでくれるから頑張れます。パパはお休みの日なのに休まないでわたしと遊んでくれて偉いです。本当はお仕事大変だからお休みしたいのに」
「そっかぁ……」
「わたしなんていなければ良いと思います。そしたら、ふたりとも楽になるもん」
「ルーミアお姉さんは、思い詰めて考えない方が良いと思うよ?」
「でも、死んじゃうのは嫌です。怖いです」
 手が震えて、膝にぽたぽたと涙が零れます。
「お姉さんは、ヒトではないバケモノですね? わたしのこと、食べちゃってください。できるだけ痛くないようにしてくれたら、嬉しいです」
「……どうしよっかなー」
 ああ、一つ言っておくと、ルーミアは躊躇とかしてないよ。
 食べたら美味しいかどうか、考えていただけ。悲観的で絶望した人肉の味は好みの部類。ただ、まだちょっと固いかも。
「まあ良いか。君みたいな繊細で自己肯定感の薄い子は、どうせ現行の社会では生きていけないんだし。自殺するくらいなら、私が食べちゃおっと」
 ぱくんと一口。ずんちゃか、ずんちゃか。
 愉しいね。ルーミアはちっとも悲しい気持ちになってないよ? ほんとだよ? 全然これっぽっちも驚くほど心が痛んでないんだよ? ほんとだってば。
「心が痛むも何も、私は闇の化身だから心とか無いのだよー。わはー」
 ずんちゃか、ずんちゃか。
「闇の淵は、分け隔てをしないの。落ちてきたもの、全部を呑むの。誰のどんな心の闇も、否定しないで肯定する」
 光よ。あれ。
 神様がそう言った時から続く、神とルーミアの約束。
 規準を満たしたものだけ選び取らなくちゃいけないこと。選ばずに全部受け入れること。ルーミアは前者の方が損な役回りだと思うから、悲しくなったりしない。
「ずんちゃか、ずんちゃか」
 ルーミアは闇の化身だから嗤っているよ。嗤ってなかったらルーミアじゃないよ。
 ずんちゃか、ずんちゃか。


 母が体の具合を悪くして入院した。
 交際中の良い人もいないことや、たぶんその時の疲れた気分もあって、私はあっさりと、借家住まいから卒業して実家に帰ることを了承した。車の免許は持っている。会社からは遠くなるけど、家の車を使って良いことになった。考えようによっては電車通勤より楽かも知れない。それと、一回入院した母は、退院後は体力こそ落ちた様子ながら、家のことは私が止めてもやめなかった。つまりは快適だった。ごはんが出てくるって素晴らしい。
 父は、「娘が帰って来て張り切っているんだな」と言った。母も、「父さんも家でだらしない恰好することがなくなったわ」と言った。友達の中には、実家への帰省なんて「いつ結婚するんだ。お見合いするか」と容赦ない言葉を浴びせられるから最悪だよと罵る例もあるけど、うちはまあ、気楽なものだ。
「おもちゃがさ、色々あるじゃん。日アサとかのね。私も子供の頃さ、そういうの好きでよく遊んでたわけよ。一人で変身したり、決めポーズ取ったり。今思うと何が楽しいんだか、なんだけど」
 夜、眠れなくて、水を飲みに行った台所に、知らない子がいた。「ルーミアだよ」と、その子は言った。不思議な子だったけれど、気付くと私は子供の頃のことを話していた。
「よく叱られて……ってほどでもないと思うけど、子供なんて大体そんなもんだよね。楽しいから時間も忘れるよ、むしろ時間の概念があったかどうか怪しい。夕飯の時間、勉強する時間、何時までにおもちゃは片付けておきなさいっていうご家庭のルールがあって、まあ私は守れなかったわけ。するとお母さん怒るんだわ。うん、そりゃそうだ。ルールは守りなさいと叱るべきだ。『どうして言うこと聞けないの』『約束守れないんなら、おもちゃ全部捨てちゃうからね』って、ションボリしてたかムスッとしてたか、それとも調子良い返事だけしたのかな。でもまあそういう記憶があるってことは、頻繁にあった出来事なんだと思う」
 話の合間に、ルーミアがテレビの変身ヒロインの決めポーズを真似て見せる。そうそう、それそれ。
「で、まあちょっとした事件があったんだ。言うことを聞かない私にとうとうお母さんの堪忍袋の緒が切れるんだわ。捨てちゃうよって言ってたけど、ある日おもちゃ箱の中身が空になってる。私もうびっくりしたよ。ほんとに捨てちゃうなんて思ってなかったんだね。お母さんにどうしたのって訊いて、お母さんは捨てちゃったわよって、しれっとした顔で言うの。あれは子供心に流石に反省したろうね、すごくショックだった、号泣も号泣だよ。んで、幼い私の行動力はすごかった。てっきりお母さんが本当に捨てちゃったと思ったものだから、ゴミ収集車を追い掛けたの。家飛び出して、走ってるゴミ収集車見付けて、大人になった今なら、その車がそうだとは限らないって分かるけど、子供はそうだって思ったら一直線」
「それで、どうなったの?」
「お母さん、危うく警察沙汰にする所だったって。でも子供って、ある意味で大人よりすごいよね。なんと奇跡的に、家から何キロも離れてる焼却場に辿り着いたの。そしてまあ、焼却場の人が取りなしてくれて、事なきを得ました。連絡を受けて迎えに来たお母さんは私のことすっごい抱き締めてね、ごめんね、ごめんね、って。おもちゃもね、捨てたってのはウソだからって」
「良かったねぇ。大団円だ」
 そう言うルーミアの顔を一言で簡単に表現するなら、死ぬほどバカにした顔。ルーミアは、光とか明るいもの、愛とか善とか、死ぬほど大っ嫌いなんだろう。
「うん、そうだね。大団円、だよね。……普通は」
 お母さんは私のことを力強く抱き締めた。お父さんは、優しく温かい手で、娘と妻のことを柔らかく抱き締めた。
 私は、自分の心が急速に冷えていくのを感じていた。
 意味が分からなかったのだ。こんなことで? と思っていた。こんなことで、雨降って地固まるみたいなことになっちゃうの? って。
「この話をお母さんにしたらね、覚えてはいたよ。ああ、あんた、迷子になったことあるわよねぇ、って。でも発端になった出来事の方は、さっぱり忘れてた」
 その瞬間、私がこの家で何をするか決まった。
「──私はあの時のこと、許してないぞ」
 ずっと。ずっと。心のどこかに引っ掛かっていたんだ。
 ずんちゃか、ずんちゃか。ルーミアが口ずさんでいる。
「そうだ、決行は今夜にしよう。ルーミアは応援してくれる? その後、私はどうなっても良いからさ」
「うん、良いよ。心の闇が見えない振りなんて、私は決して、しないもの。確かにそこにあるものを、無いことになんて、させない。貴方の心には暗い部分があるってこと、私は認めてあげるよ」
 この、おろかものめ。
 ルーミアは嗤った顔のまま、そう言った。
「ありがとう。背中を押してくれたこと、恨むね」
「あんまり感謝しないで欲しいな、味の質が落ちる。だから、私のことは恨んでいてね」
「そっか」
「そうだよ」
 ずんちゃか、ずんちゃか。


「ずんちゃか、ずんちゃか」
 おお。ルーミアが踊っているよ。
「ずんちゃか、ずんちゃか」
 踊りながら、暗い所を行くよ。
 今夜の空に、雲はないよ。だけどね、真っ白いお月さまは見えないよ。ピカピカのお星さまも見えないよ。ルーミアが隠したんじゃないよ?
「お月さまもお星さまも生きてるんだもん。光っていることに嫌気が差す日も、あるよねぇ」
 そんな日は、なんだかルーミアは楽しくなってくる。
「ずんちゃか、ずんちゃか」
 おお。ルーミアが踊っているよ。
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コメント



0.100簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
やり取りや雰囲気が面白かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
良い心の闇達でした
ずんちゃか
4.100名前が無い程度の能力削除
各々の闇がじんわりと垣間見れて面白かったです。個人的には2話がお気に入りです。
5.100夏後冬前削除
これだけ色んな側面を垣間見れるというのは宝箱のようで実に良いですね。
6.100ヘンプ削除
ルーミアが闇を探すお話が、とても良かったです。一人一人の闇を覗き見れて面白かったです。
7.100名前が無い程度の能力削除
寓話調でかかれてるのにとっても不道徳
8.100めそふらん削除
各人の闇を垣間見れながらルーミアの狂気というか、独自の価値観を感じれて良かったです。
陽気な文脈を繰り返しながら、それが不気味さを強調させていってて面白かったです。
9.100南条削除
とても面白かったです
振り向けばいつでもそこにルーミアがいるような、そしてどんなものでも受け入れてくれてしまうような恐ろしさを感じました
10.90水十九石削除
食指を動かす為に色々と企てる感じのルーミアの楽しそうな雰囲気が伝わってくるようで、でもやっぱりクマ男の民衆のカス具合とルーミアの『あ~あ』って言ってそうなバカげた感じが丁度良くて好きです。こういう倫理観の欠如は廻り廻ってくるのだけれどもルーミアはそれを気に留めない。
回りくどく闇を増幅させてくれた方が台詞的には個人的な好みにはなったのかもなぁとか駄々を捏ねつつも、妖怪然として愉快な足取りはこちらにも伝わってくる程でした。
このままルーミアには道化師とは別方向で踊り続けて欲しい、そんな良さが面白かったです。
12.100こしょ削除
ルーミアはどこにでもいるのかー?
13.100転箸 笑削除
ルーミアは賢いなぁ
14.100名前が無い程度の能力削除
対岸の火事が、いつも背中に迫る様な、そんな親近感が暗躍してて面白い。