その日は、軽い雨だった。
足場はぬかるんでおり、油断すると足が沈んでしまう。
私は、靴にべっとりついた泥をみた。
いつもより重くなった靴を力強く泥から上げて、
これ以上泥がつかないようにゆっくりと下ろす。
「うどんげ、何してるの。行くわよ」
八意永琳、私の師匠の声だ。
意識は足元から師匠へと向かい、
そこから2人で、言葉を交わすことなく歩き始めた。
今日は人里へ行く日だ。
「では、こちらが今回の分の薬です」
「いつもありがとうございます」
本日分の薬を配り終わり、
師匠が常連の人と世間話をしていた。
少し、手持ち無沙汰になる。
私は2人の話を聴きつつ無意識に足元をみる。
そして、靴紐を結ぶ振りをして、
靴の汚れをとろうとした。汚れはとれず、
泥が引き伸ばされるだけだった。
「そろそろ、行くわよ」
立ち上がった師匠の声を聞き、
何事もなかったように、私も体をあげる。
常連さんからお土産をいただく。
固辞すると、逆に悪いのでもらうことにした。
近くで取れた山菜や魚だった。
それなりの重さがあるので、私が持とうとするも断られた。
今は、師匠が荷物をもっている。
その状況に居心地の悪さを感じつつ、帰り道を2人で黙々と
歩く。
「うどんげ。客先では、笑顔で話しなさいね」
ふと、振り返らずに歩いたまま師匠が軽い調子で言う。
はいと返事して、師匠からの話を聞きつつ、私は足元をみていた。
「それと靴。綺麗にしとくといいわ」
私は、ぱっと顔を上げた。
師匠はチラッとこちらをみて、少し笑ってから
また、前をふり向いて歩き続けた。
私は、そこから帰るまで下をみても、
足元はみることはなかった。
その日の夜。
私は鏡を見ていた。
口角は上がっておらず、綺麗な
一の文字を描いている。
口に手をあてて引き上げる。
口元だけニンマリした。
そっと手を離すと、口角は元の位置より下がったように見える。
横を見ると、先程綺麗に磨いた靴が置いてあった。
私はなんとなく上を見て、また鏡を見る。
そして、溜まっていたものを出すように息を吐いた。
次の日。
踵を潰さないように靴を足にはめた。
前をみて、口角をしっかりと上げる。
人里にて。
声が通るように、練習した大きな声で挨拶をした。
「おぉ、元気だね。うどんちゃん」
常連さんが声をかけてくる。
このまえのお土産のお礼を言い、そこからも、会う人に笑顔で対応した。
いつもより薬を配り終えるのに時間がかかった。
家に帰り、服を脱いで片づけをしているとき、ふと鏡を見た。
無表情な自分。すかさず、両手の指を使い笑顔をつくる。
靴に目を向けると、また汚れていた。昨日の雨の名残だ。
靴を磨く。
鏡を見て笑顔を作り、ほっとする。
鏡に映らない自分はどうなっているか、
考えなくなっていた。
「今日はどうしたの、うどんちゃん。元気ないね」
笑顔を作っていて、
常連さんに声をかけられる。
ドキッとした。
私は笑顔でそんなことないと返す。
常連さんは、それ以上何も言わなかった。
薬を配る。
「明日も仕事か」
帰るとき、ふと言葉に出していた。
「真面目だねー。鈴仙は。気楽にいきなよ」
永遠亭に戻り、てゐに相談していた。
「まぁ、そう言われてできる器用さがあればこんなことになってないか」
てゐはうんうん頷いて、首をかしげながらも考える。
罠をつくりにいくためのスコップを手に持っていた。
たまに私も罠にはめられる。
「んー。いつもより早く起きて、朝日でもみてみれば?」
投げやりな声だった。
今度は、私が首を傾げた。
「なんで?って顔。実はめちゃくちゃわかりやすいよね、あんたは。ま、やってみなって」
そういって、てゐは片手をひらひらと挙げながら、外へと出ていく。
次の日。
私はてゐの言った通り、いつもより早い時間。
まだ外が薄暗いときに、朝日が見えるところまで、
歩いていた。
竹林に遮られてみえなくなっており、
人里からは遠ざかる方向に向かうと見晴らしの良い場所に出る。
知らぬ者、慣れぬ者が入った場合、一度入ると出られなくなると
言われる迷いの森だが、私は目の能力により迷うことはない。
早いうちに家をでると、外が暗くなっている。
いつもより朝早く起きるのは抵抗があるが、起きて外に出てみると、
最初の抵抗が嘘のように心地よさを感じる。
そうして、朝日の見える場所についた。
私は、暗い中、ここ最近の自分を振り返る。
自分が表情をつくるのが苦手で、もどかしく感じていた。
いろいろな状況が出てくる。そこまで気が晴れる感覚はなく、
すぐにやることがなくなりソワソワしてしまう。
てゐも別に、悩みが解決するとはいっていなかった。
いつもの癖で足元をみるが、早朝の暗さもあり、靴はよく見えなかった。
もういいかな、そんなことを考え始めたとき。
ちょうど自分の足元を朝日が照らすタイミングだった。
朝日の眩しさに、手で太陽を隠しながら目を細める。
久しぶりに、太陽がのぼる瞬間を目にした。
近くに見えるが、月と地球よりは圧倒的に遠い場所にあるらしい。
そんな遠い場所の光が地球を照らしている。
「今日も仕事か」
照らされた自分の姿をもう一度確認し、前を向いて永遠亭に向かって歩き始めた。
足元を見ることはもうなかった。
足場はぬかるんでおり、油断すると足が沈んでしまう。
私は、靴にべっとりついた泥をみた。
いつもより重くなった靴を力強く泥から上げて、
これ以上泥がつかないようにゆっくりと下ろす。
「うどんげ、何してるの。行くわよ」
八意永琳、私の師匠の声だ。
意識は足元から師匠へと向かい、
そこから2人で、言葉を交わすことなく歩き始めた。
今日は人里へ行く日だ。
「では、こちらが今回の分の薬です」
「いつもありがとうございます」
本日分の薬を配り終わり、
師匠が常連の人と世間話をしていた。
少し、手持ち無沙汰になる。
私は2人の話を聴きつつ無意識に足元をみる。
そして、靴紐を結ぶ振りをして、
靴の汚れをとろうとした。汚れはとれず、
泥が引き伸ばされるだけだった。
「そろそろ、行くわよ」
立ち上がった師匠の声を聞き、
何事もなかったように、私も体をあげる。
常連さんからお土産をいただく。
固辞すると、逆に悪いのでもらうことにした。
近くで取れた山菜や魚だった。
それなりの重さがあるので、私が持とうとするも断られた。
今は、師匠が荷物をもっている。
その状況に居心地の悪さを感じつつ、帰り道を2人で黙々と
歩く。
「うどんげ。客先では、笑顔で話しなさいね」
ふと、振り返らずに歩いたまま師匠が軽い調子で言う。
はいと返事して、師匠からの話を聞きつつ、私は足元をみていた。
「それと靴。綺麗にしとくといいわ」
私は、ぱっと顔を上げた。
師匠はチラッとこちらをみて、少し笑ってから
また、前をふり向いて歩き続けた。
私は、そこから帰るまで下をみても、
足元はみることはなかった。
その日の夜。
私は鏡を見ていた。
口角は上がっておらず、綺麗な
一の文字を描いている。
口に手をあてて引き上げる。
口元だけニンマリした。
そっと手を離すと、口角は元の位置より下がったように見える。
横を見ると、先程綺麗に磨いた靴が置いてあった。
私はなんとなく上を見て、また鏡を見る。
そして、溜まっていたものを出すように息を吐いた。
次の日。
踵を潰さないように靴を足にはめた。
前をみて、口角をしっかりと上げる。
人里にて。
声が通るように、練習した大きな声で挨拶をした。
「おぉ、元気だね。うどんちゃん」
常連さんが声をかけてくる。
このまえのお土産のお礼を言い、そこからも、会う人に笑顔で対応した。
いつもより薬を配り終えるのに時間がかかった。
家に帰り、服を脱いで片づけをしているとき、ふと鏡を見た。
無表情な自分。すかさず、両手の指を使い笑顔をつくる。
靴に目を向けると、また汚れていた。昨日の雨の名残だ。
靴を磨く。
鏡を見て笑顔を作り、ほっとする。
鏡に映らない自分はどうなっているか、
考えなくなっていた。
「今日はどうしたの、うどんちゃん。元気ないね」
笑顔を作っていて、
常連さんに声をかけられる。
ドキッとした。
私は笑顔でそんなことないと返す。
常連さんは、それ以上何も言わなかった。
薬を配る。
「明日も仕事か」
帰るとき、ふと言葉に出していた。
「真面目だねー。鈴仙は。気楽にいきなよ」
永遠亭に戻り、てゐに相談していた。
「まぁ、そう言われてできる器用さがあればこんなことになってないか」
てゐはうんうん頷いて、首をかしげながらも考える。
罠をつくりにいくためのスコップを手に持っていた。
たまに私も罠にはめられる。
「んー。いつもより早く起きて、朝日でもみてみれば?」
投げやりな声だった。
今度は、私が首を傾げた。
「なんで?って顔。実はめちゃくちゃわかりやすいよね、あんたは。ま、やってみなって」
そういって、てゐは片手をひらひらと挙げながら、外へと出ていく。
次の日。
私はてゐの言った通り、いつもより早い時間。
まだ外が薄暗いときに、朝日が見えるところまで、
歩いていた。
竹林に遮られてみえなくなっており、
人里からは遠ざかる方向に向かうと見晴らしの良い場所に出る。
知らぬ者、慣れぬ者が入った場合、一度入ると出られなくなると
言われる迷いの森だが、私は目の能力により迷うことはない。
早いうちに家をでると、外が暗くなっている。
いつもより朝早く起きるのは抵抗があるが、起きて外に出てみると、
最初の抵抗が嘘のように心地よさを感じる。
そうして、朝日の見える場所についた。
私は、暗い中、ここ最近の自分を振り返る。
自分が表情をつくるのが苦手で、もどかしく感じていた。
いろいろな状況が出てくる。そこまで気が晴れる感覚はなく、
すぐにやることがなくなりソワソワしてしまう。
てゐも別に、悩みが解決するとはいっていなかった。
いつもの癖で足元をみるが、早朝の暗さもあり、靴はよく見えなかった。
もういいかな、そんなことを考え始めたとき。
ちょうど自分の足元を朝日が照らすタイミングだった。
朝日の眩しさに、手で太陽を隠しながら目を細める。
久しぶりに、太陽がのぼる瞬間を目にした。
近くに見えるが、月と地球よりは圧倒的に遠い場所にあるらしい。
そんな遠い場所の光が地球を照らしている。
「今日も仕事か」
照らされた自分の姿をもう一度確認し、前を向いて永遠亭に向かって歩き始めた。
足元を見ることはもうなかった。
永琳に言われたことをちゃんと実行しようとする優曇華がよかったです