Coolier - 新生・東方創想話

複製丸

2020/10/29 23:40:09
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 そろそろ実験も佳境に入るからと、にとりが机に噛じり付いて離れなくなった。いかにもケミカルな液体を混ぜ合わせたり、ずっと何やら論文?を書いている。朝に淹れてやった珈琲はしっかりと飲み干されていた。にとりはいつもその辺の床で寝る。その間に論文を覗き見してみたけれど、字が汚すぎて読めなかった。

 私は私で、いつも通りその辺で採ってきたキノコで実験をしている。この辺りは魔法の森と分布が全然違うので、新鮮な気持ちで散策できる。最近、研究が一段落するまではと先延ばしを繰り返してばかりいて、全然家に帰っていない。それに帰ろうという素振りを見せると、にとりに「えー、ダメだよぉ」と駄々をこねられるのだ。私もここの居心地はいいし、家事も当番制にすればいつもの半分しかやらなくていいし、楽なので全く嫌ではなかった。愛しの我が家に埃が積もってしまうことだけは少し心配だった。

 ある日、いつも通りキノコ採取に出かけようとすると工房の真ん前で三毛猫が死んでいた。腹の辺りが大きくえぐられている。悪趣味な。きっと誰かの食べ残しだろう。食べるなら全部食べたらいいのに。ルーチンが壊れるのを嫌った私は一先ず無視することにして、キノコ採取を終わらせた。工房へ帰り、猫を埋めるのを手伝って貰おうとにとりを呼ぶと、にとりもこちらを探していたようだった。

「なあ、見てくれ。新しい試作が出来たんだ」

 にとりが見せてくれたのは瓶に一つだけ入った丸薬のようなものだった。使えばどんな生き物でもその複製ができるんだと説明された。にとりはこれを「複製丸」と呼んで、早く何かで試したいと言った。私はにとりを工房の外へ連れ出して、元になる生き物は死んじゃっていても構わないのかと、猫の死体を指さした。にとりはうへえ、誰かの食べ残しか?悪趣味だなあ、全部食べろよ、と漏らした上で、構わないと言った。

 興味があったので私にやらせてみろとせがんでみたら、にとりは快諾して説明書をよこした。まず、風呂桶を徹底的に洗わされた。不純物が混ざると万が一があるかもしれないと注釈が書いてあった。桶に体温くらいのぬるま湯を張って、その中に丸薬と、さっき一緒に埋めた三毛猫から採った毛を入れた。それだけだった。

 あとは数時間待ってればいいんだと言って、にとりは用箋ばさみを取り出した。経過観察をするようだ。一緒に見てても良いかと聞くと、別にいいけど、見ててあんまり気分のいいもんじゃないと思うと肩をすくめられた。私は何やらグロテスクな想像に気持ち悪くなって、忠告の通り引っ込むことにした。

 果たして数時間後、風呂場からにとりに抱えられたびちょ濡れの三毛猫が出てきた。抱えられている時も、体を拭いてやっている間も、撫でてやってもなんら抵抗せず、リラックスした様子で喉を鳴らしていた。これだけ警戒心が薄ければ簡単に餌にもなるわなと漏らすと、にとりはあんまり言ってやるなよと苦笑いした。

 試作の実験は成功のようで、にとりは喜んだ。猫はより詳しい精査の意味で、工房にて世話をすることになった。

 猫は従順で、一週間に渡って実施されたにとりの検査にも何ら嫌悪を示さなかった。ガワがそれっぽいというだけでなく、身体的にもほぼ完全に猫であることがわかった。しかし多少冗長な作りではあるらしく、見せてもらったレントゲンからはぬいぐるみに似た奇妙なファンシーさが感じられた。与えられた魚を美味しそうに食べている様子を見て、傍からは蘇りと相違ないのではないかと思ったが、やはりそう旨いばかりのものでもなく、説明書に複製丸は三か月しか効き目がないと書いてあった。

 猫はよく私達の邪魔をした。にとりの机の上に居座ってみたり、私に頭を擦り付けてきたり、尻を撫でてやるまで延々鳴いてみたりした。ゴキブリや鼠をやかましく追いかけ回していることもあった。外の蝶を捕まえようと窓に飛びかかって体中を強かに打ち付けたりもしていた。なんともすっトロい奴だった。相当な構ってちゃんぶりでにとりは辟易していたが、私は猫派だったので愛らしく思った。にとりは犬派だった。

 もしや寂しいのではと思い、友達用にもう一匹作ってみたらどうかと提案した。次は犬でもいいし。にとりは溜息をついて、野良犬なんてたまに見かけはしても、探してすぐ居るもんじゃないだろと言った。それは確かにその通りだった。特に、妖怪の山において野生動物というのは殆どおやつ扱いだ。数が少ないんだよな。第一、複製丸は一つしかなかった。量産するとしても、完璧に出来て、かつ売る当てを見つけてからにするのだろう。工房の財布事情はいつもかつかつだった。

 にとりは複製丸を何に使うかと言うよりは、作りたいと思ったものを作っただけらしかった。発明家は好きなものを好きなように作ってれば良くて、それを何に使うのか考えるのは為政者や商売人の仕事だとにとりは嘯いたが、そうは言っても、お前は商売人でもあるだろと私は思った。現に、本人は舌の根も乾かない内に、売るならやっぱり人の心を慰める嗜好品か、即戦力の確保としてだろうと算盤を叩き始めていた。倫理観の欠如に呆れた。

 暫くそうした共同生活が続いたある日、猫が居なくなった。朝起きたら居なかった。にとりは相変わらず机から離れずにいたので、聞いても知っているわけがなかった。そもそも集中頻りで居なくなったことに気付いてすらいなかった。しかし、経過観察が出来なくなるということで、それ自体には狼狽していた。今やってるやつにキリがついたら探しに行くからと話を切って机に戻った。

 猫は食べられた時のことを覚えていたのか外を露骨に怖がっていたので、勝手に出て行きはすまいと二人して油断していたのだが、出たのだとするとまずい。妖怪の山であんなすっトロい奴が出歩いてたらすぐに食べられてしまうだろうし。というか、食べられるんだろうか?体に悪そう。食べる方も食べる方で、なんだかかわいそうだ。

 結局、面倒くさいとは思ったが、先んじて探しに出ることにした。椛や早苗を頼ってみたものの、千里眼や奇跡を持ってしても見つけることは叶わなかった。早苗はばかなーと叫んでいた。まだ三か月までは結構あるし、薬が切れた訳ではないだろう。そういえば薬が切れたらどうなるのかを聞いてなかった。

 これだけ探しても見つからないのでは、やっぱり食べられてしまったのだろうなと落ち込んだ。とぼとぼと帰路を歩いているとにとりが来た。大分慌てた様子だった。

 にとりは、もう、君もそろそろなんだから工房から離れないで!と私を叱責した。私はにとりにごめんと謝って一緒に帰った。
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コメント



0.350簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
淡々とした感じで面白かったです
2.100クソザコナメクジ削除
えげつねえ
3.90al-k削除
ラストの決まり方がお見事
5.100めそふらん削除
複製された猫と戯れたりしてほのぼのした空気から一変、倫理観が壊れまくったオチにビビりました。
6.100サク_ウマ削除
冷静になって読み返すと思ったよりも全てにわたって倫理観崩壊してるのずるい。猫の死体の下りとか。
良かったです。足場を一気に崩されるような味わいが見事でした。
8.100転箸 笑削除
うわ、嫌な話。大好きです。
9.100名前が無い程度の能力削除
最後の一文でゾクッとしました。どんでん返し的なオチ大好きです
10.100Actadust削除
どこか微笑ましい話から一転、最後のどんでん返しが強烈に響きました。
この最後の一行で全てひっくり返してきた衝撃と実に後味の悪い結末。美味しかったです。ごちそうさまでした。
11.100水十九石削除
再読する度に全ての文章がラストの展開に収斂していっていると思わせてくる程に地の文が軽快で不気味で意味が持たされていて短編とはかくある物かと驚愕させられました。一回目で読んでる最中に気付きたかったなこのオチ…!
にとりや魔理沙の倫理観の軽さもほげと口に出していたらそりゃそうだよな、にとりはまぁ実験中だからそらそうだけど魔理沙は逆にこんなだから…。ごめんじゃないよそんな事言ってる場合じゃないだろお前のその現状は…。性格が悪い、純粋に怖い。ずっと複製を繰り返した先に何が待ち受けているのかは逆に気になってしまいます。
掌の上で転がされ続けている様なズルさが際立った短編でした。面白かったです。ご馳走様でした…。
12.100南条削除
面白かったです
なんて恐ろしい話だ
14.100名前が無い程度の能力削除
短い文章の中にしっかりと起承転結が込められていて良かったです。
最後までオチが読めませんでしたが、あーなるほどあーという感じで面白かったです。
有難う御座いました。
15.100れどうど(レッドウッド)削除
やりやがったな
18.100夏後冬前削除
こういう最後でグッと刃を突き付けてくるような話のオチのつけ方すごく素敵で面白いです