「た、大変です!!パチュリー様が…!!」
紅魔館庭園にて、私は梯子のてっぺんに腰かけ大きな樹に向かい枝の伐採をしていた。
門番の業務以外にも庭の管理業務も仕事の一つだ。
門に立っている必要がない時間は庭いじりに充てている。
今日は朝から魔理沙もチルノもやってこない。誰も来ないのは寂しいが有り難い。
この広い庭を主のお眼鏡に敵うようにくまなくお世話するのはなかなか骨が折れる。
この時期は花粉も飛び散るし。一張羅の中華服も花粉まみれだ。ま、私は花粉症じゃないからいいけどね。身体を動かす仕事は性に合ってるし。
これで三食昼寝付きなんだから、紅魔館は最高だ。
お昼に食べたパスタは美味しかったな。デザートにアイスまで出た。
食後は眠くなるから、こういう仕事がちょうどいい。
そんな忙しくも充実した労働の時間を楽しんでいると、誰かの上ずった叫び声が響いてきた。
驚いて振り向く。小悪魔だ。血相を変えて何やら叫びながらこちらに走ってくる。
額に汗がにじみ、肩で息をしている。
たいそう慌てているようだ。どうしたのだろうか。
「美鈴さん…!パチュリー様が…!図書館に…はやく来て…!」
ぜえぜえ吐く息のせいで要領がよく掴めない。
居候のパチュリーさんがどうこうと言っているようだ。
落ち着いて、こあ。何かあったの。
持っていた水筒のお茶を飲ませ、ゆっくりと聞き返すと、悪魔の司書からとんでもない返答が飛び出してきた。
「パチュリー様が…殺されましたぁ!!!」
-----------------------------
紅魔館が誇るヴワル図書館。
お嬢様のご友人であるパチュリーさんが集めた膨大な蔵書。
それが、メイド長の拡張した空間に所狭しと詰め込まれている。
幻想郷広しといえども、これだけ広くかつ物を格納している部屋はそうはあるまい。
窓が無く日光も差し込まないというこの部屋は、いわゆる密室のような陰鬱とした印象を持たれることもあるが、普段は魔女の魔法で柔らかい光に包まれている。
本とイタズラが大好きな憎めない魔女が、自らと相性の良い使い魔を司書として呼び寄せて二人で管理している。
丸いテーブルを囲んでフカフカのソファが三脚と、安楽椅子が一脚。
お気に入りの椅子に揺られながら読書を楽しむ魔女と、にこやかに微笑みながらそれを見守る司書。
私も門番業務がヒマな時にはふらっと立ち寄り、お勧めの本を読んだりコーヒーを飲んで談笑したりしている。
私はそんな穏やかな図書館の雰囲気が嫌いではなかった。
先導する小悪魔を追い抜きあっという間に図書館に辿り着く。
閉められた大きな扉が聳え立つ。ギィっと押し開けて館内に踏み入った。
憩いの場でもあった図書館は、今や酷い有様であった。
私の視線の先には、テーブルの上で割れたコーヒーカップが中身を飛び散らせている。
それと山のように積まれたままの本。
ひしゃげたペンがインクを漏らしたまま、私の足元に転がっている。
何となしに拾い上げポケットに突っ込んだ。ペンは濡れてひんやりとしていた。
ソファと絨毯には真っ赤な染みが点々と着いている。嗅いだことのある妙な匂いが鼻をくすぐった。
安楽椅子は主人を乗せず、ユラユラと揺れ動いていた。
パチュリーさんはどこだろう。
怪しげに揺れる椅子に駆け寄る。
すぐに視界に入った。
ソファの後ろで倒れ伏す魔女の姿。
パジャマのような紫の服には背中の辺りに深紅の染みが滲んでいる。
椅子から崩れ落ちて、そこまで這って行ったのだろう。
顔の辺りに屈みこんでみたが、表情はよく分からない。
なんだろう…私が感じるこの違和感は。
そんな魔女を取り囲む館の住人たち。
「パチェ!しっかりしてぇ!!パチェェ!!」
魔女の傍らには跪いたお嬢様。涙を流して友人の肩を揺さぶっている。
「そんな…まさか…この刺し傷では…もう…」
そのすぐ傍にはメイド長の咲夜。真っ青な顔色に能面のような表情で突っ立っている。
「………」
「いやだよ、パチェ。しんじゃいやだよ」
俯く小悪魔。少し後ろには吸血鬼の妹様。ソファで膝を抱え感情の無い声でブツブツと呟いている。
…私は突然のことに何を言っていいのか分からない。なんなんだコレは。
「…どこのどいつだ!!私の友人をこんな目にあわせやがって!!」
紅潮した顔を上げ叫ぶお嬢様。
「美鈴!今日は誰かウチを訪ねてきたか!」
主の問いかけに、慌てて頭を振る。
展開が早くて私の頭が着いていかない。まるで昼寝中に夢でも見ているようだ。
目をつぶって腿をつねってみたが、目を開けても眼前に広がる惨状は変わらない。
「あっ!!そこに何か書いてあります!」
私がぼんやりと周りを眺めていると、小悪魔が声を上げた。
小悪魔が指差したのはパチュリーの右手。
真っ赤に染まった人差し指の先に、三つの図形のようなものが描かれている。
パチュリーさんが書いたものだろう。どこかで見たような形だが…。
「これは…星座かしら?」
棒立ちだった咲夜がいつの間にか覗き込んでおり、そう呟く。
あぁ、そうだ。十二星座の記号が確かこんな感じだったはずだ。
一つ目が…これは、うお座だったかな。元々ふにゃふにゃした図形なのに滲んでいるからなお分かりにくい。
後の二つはなんだったか…。
「うお座と、おとめ座…あとは、しし座ね。」
咲夜の横から顔を出したお嬢様が答えを出してくれた。
言われてみればそうだった気がする。
それを聞いて咲夜が一瞬ハッした表情を浮かべたが、すぐに消した。
小悪魔は俯いて肩を震わせ始めた。
妹様は蹲ったままなにも言わない。
コレって、もしかして…。
室内を観察していた私の脳裏に、ある推測が浮かぶ。
でも…いま伝えるべきなのか。
「…みんな、落ち着いて聞いてくれ」
ざわつく私の脳内と室内の住人を、当主の一言が黙らせた。
「…パチェは私の友人であり、何より私たちのファミリーだと信じていた。」
倒れ伏す魔女を尻目に主がゆっくりとこちらに向かってくる。
「…だが、この閉鎖された図書館で、館には客人もいなかったこの状況…」
近づいてくるお嬢様。
「こんなこと考えたくもないが…ずっと館内にいた、ここに居る誰かがやったとしか考えれない…!朝から外に居た、美鈴以外の誰かが、だ!」
ソファに昇り私と目線が合う。
そして肩をがっしり掴まれ、こう告げられた。
「この事件を解き明かし、犯人を突き止めてくれ!パチェの魂を、救ってやってくれッ!!美鈴!!!」
真剣な眼差しの主からの命を受け、もう一度室内をぐるりと見回す。
密室の図書館。荒らされた部屋。立ち込める匂い。倒れ伏す魔女。彼女の遺した謎のメッセージ。表情の読めない住人たち。
我が主はこの中に犯人が居る、という。
そして、それを私に暴け、と。
ゴクリ、と自分が唾を飲み込む音が聞こえた。
今までの皆の言動、そしてこの状況を考えると、やはり答えは一つしかない…。
私は思った。
めんどくせぇ~~~~~。
超めんどぉくせぇ~~~~~~~~。
-----------------------------
なんせこれ、明らかにイタズラだからだ。
どうせまたパチュリーさんが暇つぶしに考えたんだろう。
密室殺人にでもしたかったようだが、不自然な点がいくつもある。
部屋に入った瞬間にすんごいトマトの匂いがしてたもの。
まるで昼食のミートソースパスタをひっくり返したみたいな。ソファにひき肉の欠片、飛んでたし。
パチュリーさんの背中、美味しそうって思っちゃった。
何より被害者であるはずのパチュリーさんが、全然死んでない。
うつ伏せになった背中が時折上下している。息してるじゃん。
コホコホ咳もしてるし。体調が良いときにやればいいのに。
それと小悪魔。
俯いて隠してるつもりだろうけど肩が笑ってるよ。
私を連れてくるところまでは良くできてたのに。主従揃って何やってんだ。
これで本がバラ撒かれてたりしたら少しは信ぴょう性あったのかもだけど。
山になって机に積まれてるだけ。つまりいつも通り。さすがに本は傷つけられなかったか。大事にされてますもんね。
あと、お嬢様が喋り方が荘厳な感じの時は、だいたい演技だ。
「救ってやってくれッ!」とか言わない。「パチェを助けてぇ~」ならまだ信じた。
いずれにせよ、ヒドイ有様だ。
部屋も、私の置かれた立場も。
ポリポリと頭を掻く。
うわ~これどうしよ。どうしたらいいんだろ。
いやいや~冗談じゃないですか!驚かさないでくださいよ~!、って言っちゃおうか。
もう分ってますよ、ってネタバレしちゃおうか。
チラリと主の顔を見る。
目は期待に満ちてキラキラと輝いていた。
言えないよぉ~~。さっき言わなくて良かったよぉ~~。
すっごく楽しそうだもの。
パチュリーさんの案にウキウキで乗っかったお嬢様の姿が目に浮かぶ。
こんなにバレバレなのに、私が気づいてないって思ってるんだろうなぁ。
友人が死んでるんだから、せめて湿っぽい表情してくれないかなぁ~。
従者として対応に困っていると、キラキラ目だったお嬢様がキリッとした面持ちに変わり、言った。
「美鈴…。この謎…お前はどう見る?」
ブホッと吹き出す声が聞こえ、顔を向けると小悪魔が咲夜に脇腹をつねられている。
小悪魔の笑いの沸点は大分低いようだ。
この二人は、私が感づいてることを分かっているに違いない。そのうえで、それに気づいてないお嬢様と追い詰められる私を見て楽しもうって腹だろう。
くっそ、自分も笑える側ならどんなにいいか。
「犯人を追い詰め、『私がやりました』と言わせてやってくれ!」
お嬢様はノリノリだ。私を探偵役にして犯人捜しをさせたいらしい。
追い詰められてるのは私なんですが…。
だいぶ詰めがユルユルだが、いろいろ準備もあったのだろう。それを一言で終わりにするには少し忍びない。
はぁ。…仕方ない。…乗っかってあげるかぁ。
えぇと、とりあえず手始めに…。
ダイイングメッセージのつもりらしい星座を指差して、これが怪しいと思います、と言ってみる。
「そうだよな!!私もそれがパチェが最期に残した手掛かりだと思うんだ!」
ですよね。コレしかないし。
でも、推理小説読んでていつも思うんだけど、こんなん書く余裕あるなら名前書けば?
「…だが、待てよ…その図形には…どんな意味があるんだろう?」
やめてくれ。急に深刻そうな顔つきで、溜めながらしゃべらないでくれ。
ブホッ。小悪魔アウト。二回目。
だいたい、それアナタがさっき星座だって言ってましたけど。
ミミズがのったくったような線のうえに、トマト汁が滲んで線が潰れていたから星座だと言われるまで全く分からなかった。謎を解かせたいのか解かせたくないのかどっちなんだろう。
それに星座だから何なんだ。確か…うお座、おとめ座、しし座、だっけ?
きっとこの順番が何かを表してるんだろうけど…。頭文字かな…。
うおし。誰?
答えを出せずに考えているフリをしていると、咲夜がチラチラと机に積まれた本に目配せしているのに気が付いた。
本の山の一番上に、『妖怪でもわかる!天体入門』の文字。
あー、これか。なんともご丁寧なヒントだことで。
しかしふざけたタイトルだ。妖怪をバカ扱いしてないか?どこのどいつが書いてるんだ?稗田出版だって。今度会ったら食べちゃうぞ。
ともかく手に取ってペラペラとページをめくる。仕事柄、夜空はよく眺めているがあんまり星座は詳しくない。それぞれの星座について調べればいいのかな。
『星座と生まれ月』のページで、目の前のお嬢様がフンッフンッと息を荒くする。ココですね。
なになに…。うお座が二月の真ん中から三月の真ん中まで。おとめ座が八月から九月、しし座が七月から八月。
つまりこれは数字を表しているのかな…。
あ!そうか、これが意味するのは!
ニク…。
「そうか!三、九、八で……サクヤ?まさか…!」
あっぶね。ニクヤだと思った。言いかけた。
先走りお嬢様に助けられた。そうか、咲夜か。
十六夜肉屋。だれそれ。
ブッホ。ハイ、こぁさん三回…。あ、違う、咲夜だ。そっぽ向いてニヤニヤしてる。とうとう耐え切れなくなったか。
しかし主が振り向く前に、完璧メイドはすぐに慌てた表情を作った。流石。
「お、お嬢様!私ではありません!!今日はずっと厨房で食事の支度をしていたんですよ!私がパチュリー様をどうやって刺したっていうんですか!?」
時を止めれば?
なんて言ったら台無しなんだろうな。完全犯罪にうってつけの能力だもの。全てのトリックは咲夜の存在で無意味と化す。
パチュリーさんの背中も明らかに刺し傷っぽく見せていた。ナイフ使いの咲夜を疑わせたいのだろう。もう咲夜以外考えらんないでしょ。苦しい言い訳で粘らないでほしい。
げっほげほ。パチュリーさんも苦しそう。ずっとうつ伏せだもんね。
「確かに…。咲夜がやったという証拠が無いな…。美鈴、どう思う?」
さっさと終わらせたいと思う。
庭仕事も途中だし。
冤罪でもいいからしょっぴいちゃえば?妹様に尋問してもらえば、勝手に証拠が出てくるでしょ。
珍しく大人しい妹様に目を向ける。
あぁ、寝てらっしゃいますね。最初っから台詞も棒読みだったし。乗り気じゃなかったんでしょうね。おやすみなさい。
ともかくパチュリーさんの考えたであろうオチに辿り着かないことには終わらないんだろう。
咲夜に向き直ると腕組みしてふんぞり返っていた。なんだそのポーズ。開き直り犯人か。
図書館に入ってからの発言を思い出し、これだろうと思う答えを示してみる。
そういえば咲夜、アンタさっきから刺した刺したって言ってるよね。パチュリーさんは服を着たままなのになんで分かったの?
「クゥッ!」
なんだその声。
一瞬顔を歪めて鳥の潰れたような声を出す完璧メイド。
ブッホホ。小悪魔、味方に刺されたな。
げっほんげほん。パチュリーさん、もう少し待っててね。…いや、笑ってんのか?
「まさか…本当に咲夜が?」
「いえ、おジョーさま!キョーキがありませんわ、キョーキが!私がやったならナイフが刺さっているはずでは!?」
いまだ悪足掻くほぼ確定犯人。
声が上ずっていることは無視するとして…。凶器ねぇ。
先ほど拾ったひしゃげたペンがポケットの中で自己主張してくる。これ見よがしに私の足元に落ちていたし。不自然にひんやりしてたし。
どうせコレを凍らせて尖らせて刺して、溶けて凶器が消えてうんたらかんたらでしょ。
ポケットに手を突っ込むと、咲夜と小悪魔がニヤニヤしながらこちらを見てくる。
口をとんがらせて、『それそれ~』『や~るじゃ~ん』『よっ!メイ探偵!』とアイコンタクトを取ってくる。
ふぅ、と息を吐いた。
…なんで私だけこんな茶番に付き合わされなきゃならんのだ。お嬢様もパチュリーさんもお前らの主人だろうが。
そう考えるとちょっとムカムカしてきた。
もうヤケクソだ。どうにでもなれ。お前らみんな、道連れだ。
額に手を当て、眉間にシワを寄せる。
顎をちょっとしゃくらせ、ネットリしたわざとらしいダミ声で咲夜に聞いてみた。
んぅ~~、えぇ~~、これはぁ~たいへん難しいぃ事件ですゥゥ~~。さぁくやさぁ~~ん?アナタァ、お昼前にぃ、なぁにをしていましたかぁ~~?
「…ンフッ!何よアンタっ…急にっ…!それは、そのッ!フフッ!昼食の支度よ!昼食の!アンタも食べたでしょッ!」
あれれ~?どうかしましたか、顔が真っ赤ですよ。
ヒィッヒ!小悪魔が引きつっているのが見なくても分かる。
かまわず畳み掛ける。
えぇ~わたしもいただきましたぁ~。アァイスゥ!!おいしかったですぅぅ~。あのアァイスゥ!どぅぅうやって作ったんですかぁぁあ~~~?
「ホッヒヒッ!ヒィッ…どうってっ!アイスゥはッ、くフっ!アァイスゥってなによっ!アイスは凍らせて作るに、決まってんでしょっ!」
ゲッハハァ!もう小悪魔は人里のオッサンみたい。
ひゅーひゅ。パチュリーさんにもウケてるみたい。
とにかくこれで終わりにしよう。
ひしゃげたペンを摘まんでヒラヒラ動かしながら咲夜に迫る。
えぇ~~~。そうですぅぅ。凍らせて作るッッ!アナタいまそう仰いましたねぇぇ~?
そしてこのペェン!これはこの部屋に落ちていたものですがァ…なぁぜぇかッ!冷えているんですゥ~~。
備品のペェン!なら冷えるはずがないッ!そうッ!アナタは昼食の準備の時に凍らせてェ被害者の背中を刺したんですゥ~そうゥ~…
いったん咲夜に背を向ける。期待に満ちたお嬢様と目が合う。あんまり見ないでほしい。
構わず上半身を思い切り捻り、しゃくれ顔を見せつけ言い放つ!
こぉのぉォ!!ペェェェン!!でェェェ!!!
「ブヒュヒュッヒュッッ!!フヒュッ!!ペェン…て…!!ヒッヒィッ…!ペェンッ…ッ!カッ…ハァッ!ム、ムリッ…!息、できなアッフッ!わっ…わかりまひたっ!わ、わらしっ!ブッ!…わらひがッ…フヒィッ!やりまひ…たァッ!」
目の前の犯人は顔も真っ赤に息絶え絶えだ。お察ししますぅ。
小悪魔は倒れこんでヒクヒク痙攣してる。こっちの二人が死ぬんじゃない?
お嬢様を見やる。犯人の最期の言葉は、『わらひがフヒィやりまひた』だったけど…成立したのか?
我らがお嬢様は満足気な面持ちでこちらを見て頷いている。
こんな状況でも私を騙せてるって思えるのはスゴイよ。当主の器だよ。
…まぁ、この人が納得してくれたのなら何でもいいか。そのためにやってたんだし。
「そうだったのか…」だの「信じたくはないが…」だのブツブツ言っている。ラストの締めにかかったようだ。
ホント、役に入り込んでたのはお嬢様だけだったな。
頼もしい当主役は、呼吸困難な従者に歩み寄り「咲夜、ツラかったね」と見上げた。
瞬間、吹き出したメイド唾が盛大に顔にぶっかかっていた。悲惨。
-----------------------------
なんにせよ、これで我が主もパチュリーさんも満足しただろう。
床を転がりまわっていた小悪魔がようやく落ち着いたようで、パチュリー様終わりましたよ、と主人を揺さぶっている。
寝ていた妹様が突然、ガバリと顔を上げた。
「こんな危険なところに居られるか!私は部屋に帰るぞ!!」
あぁ、セリフ貰えてたんですね。ちょっと遅かったですね。
「美鈴…」
お嬢様に腰のあたりをポンポンと叩かれる。
振り向くと神妙な顔つきでこちらを見上げてくる。ネタバラシですかね。お嬢様もお疲れさまでした。迷演技でしたよ。
「気に病むことはないよ。お前は正しいことをしたんだ。パチェもきっと感謝しているさ…」
あれ、まだ続いてた。いつまで友人を死んだままにするつもりだろ。小悪魔が後ろでバタバタうるさいな。
はぁ、とだけ返しておく。これ以上付き合うつもりはありません。
さて、そろそろ仕事に戻りますか。
おヒマなお嬢様と違って、私には庭仕事があるのだ。
正門周辺の作業は今日中に終わらせちゃいたいん…
「ヒィィィィッッ!!!!パ、パチュリー様が息してない!!!」
小悪魔が飛び上がってこちらを見てくる。
…はぁ。まだやるの?もういいよ。一日二回はしつこい。
さすがに咲夜も呆れた顔して、小悪魔の頭をこつんと小突いた。
「もういいわよ、こぁ。ほら、パチュリー様、起きてください。遊びは終わりですよ……」
咲夜が揺する。うつ伏せのままピクリともしない。
咲夜と小悪魔は顔を見合わせ、慌てて魔女をひっくり返す。
パチュリーさんの顔は青白く、白目を剥いて、口から泡を吹いていた。
慌てた咲夜が胸に顔を当てる。
「…し、心臓が…止まってます…。」
頬を引き攣らせて、咲夜が告げた。
え?
「パチェ!しっかりしてぇ!パチェェ!!」
駆け寄るお嬢様。
「そんな…まさか…。この心音では…もう…」
茫然と立ち尽くす咲夜。
「………」
涙を目に溜めて俯く小悪魔。
「いやだよ、パチェ。しんじゃいやだよ」
ブツブツ呟く妹様。
え?え?
「きっと持病の喘息が悪化したのよ!」
「なんで急に!さっきまではお元気そうでしたよ!」
「汚い床に寝たからじゃないの…?」
「いえ!私とこぁとでキレイに掃除したはずです!」
「途中でゲホゲホむせてたじゃない!なんで止めないのよ!」
「笑ってるんだと思ったんですよ!」
「とにかく速く永琳を連れてこい!」
え?え?え?
「掃除してるならなんで喘息になるのさ!」
「知らないですよ!花粉でも吸いこんだんじゃないですか!?」
「花粉が入ってくるわけないでしょ!窓も無い密室なのよ!」
「誰かの服に着いてるんじゃないですか!?」
「そんなわけないでしょ!みんなウチの中にいたんだから!」
「そうですよ!それにお庭は美鈴さんが今日もちゃんと手入れし…て……」
小悪魔の言葉に、四人が互いの顔を見つめあう。
それがこちらに向けられる。
そのまま視線が下りて、花粉まみれの中華服に突き刺さる。
それがまたそのまま上がってきて、今度は私の顔を睨みつけてきた。
えぇ~~~~、私???
こめかみに青筋を立てたお嬢様がツカツカと歩み寄って来た。
「メイ探偵。何か言いたいことはある?」
やっば。これは演技じゃない。
もはや言い逃れはできないようだ…。
追い詰められた犯人に残された言葉はこれしかない。
「私が、やりました…」
紅魔館庭園にて、私は梯子のてっぺんに腰かけ大きな樹に向かい枝の伐採をしていた。
門番の業務以外にも庭の管理業務も仕事の一つだ。
門に立っている必要がない時間は庭いじりに充てている。
今日は朝から魔理沙もチルノもやってこない。誰も来ないのは寂しいが有り難い。
この広い庭を主のお眼鏡に敵うようにくまなくお世話するのはなかなか骨が折れる。
この時期は花粉も飛び散るし。一張羅の中華服も花粉まみれだ。ま、私は花粉症じゃないからいいけどね。身体を動かす仕事は性に合ってるし。
これで三食昼寝付きなんだから、紅魔館は最高だ。
お昼に食べたパスタは美味しかったな。デザートにアイスまで出た。
食後は眠くなるから、こういう仕事がちょうどいい。
そんな忙しくも充実した労働の時間を楽しんでいると、誰かの上ずった叫び声が響いてきた。
驚いて振り向く。小悪魔だ。血相を変えて何やら叫びながらこちらに走ってくる。
額に汗がにじみ、肩で息をしている。
たいそう慌てているようだ。どうしたのだろうか。
「美鈴さん…!パチュリー様が…!図書館に…はやく来て…!」
ぜえぜえ吐く息のせいで要領がよく掴めない。
居候のパチュリーさんがどうこうと言っているようだ。
落ち着いて、こあ。何かあったの。
持っていた水筒のお茶を飲ませ、ゆっくりと聞き返すと、悪魔の司書からとんでもない返答が飛び出してきた。
「パチュリー様が…殺されましたぁ!!!」
-----------------------------
紅魔館が誇るヴワル図書館。
お嬢様のご友人であるパチュリーさんが集めた膨大な蔵書。
それが、メイド長の拡張した空間に所狭しと詰め込まれている。
幻想郷広しといえども、これだけ広くかつ物を格納している部屋はそうはあるまい。
窓が無く日光も差し込まないというこの部屋は、いわゆる密室のような陰鬱とした印象を持たれることもあるが、普段は魔女の魔法で柔らかい光に包まれている。
本とイタズラが大好きな憎めない魔女が、自らと相性の良い使い魔を司書として呼び寄せて二人で管理している。
丸いテーブルを囲んでフカフカのソファが三脚と、安楽椅子が一脚。
お気に入りの椅子に揺られながら読書を楽しむ魔女と、にこやかに微笑みながらそれを見守る司書。
私も門番業務がヒマな時にはふらっと立ち寄り、お勧めの本を読んだりコーヒーを飲んで談笑したりしている。
私はそんな穏やかな図書館の雰囲気が嫌いではなかった。
先導する小悪魔を追い抜きあっという間に図書館に辿り着く。
閉められた大きな扉が聳え立つ。ギィっと押し開けて館内に踏み入った。
憩いの場でもあった図書館は、今や酷い有様であった。
私の視線の先には、テーブルの上で割れたコーヒーカップが中身を飛び散らせている。
それと山のように積まれたままの本。
ひしゃげたペンがインクを漏らしたまま、私の足元に転がっている。
何となしに拾い上げポケットに突っ込んだ。ペンは濡れてひんやりとしていた。
ソファと絨毯には真っ赤な染みが点々と着いている。嗅いだことのある妙な匂いが鼻をくすぐった。
安楽椅子は主人を乗せず、ユラユラと揺れ動いていた。
パチュリーさんはどこだろう。
怪しげに揺れる椅子に駆け寄る。
すぐに視界に入った。
ソファの後ろで倒れ伏す魔女の姿。
パジャマのような紫の服には背中の辺りに深紅の染みが滲んでいる。
椅子から崩れ落ちて、そこまで這って行ったのだろう。
顔の辺りに屈みこんでみたが、表情はよく分からない。
なんだろう…私が感じるこの違和感は。
そんな魔女を取り囲む館の住人たち。
「パチェ!しっかりしてぇ!!パチェェ!!」
魔女の傍らには跪いたお嬢様。涙を流して友人の肩を揺さぶっている。
「そんな…まさか…この刺し傷では…もう…」
そのすぐ傍にはメイド長の咲夜。真っ青な顔色に能面のような表情で突っ立っている。
「………」
「いやだよ、パチェ。しんじゃいやだよ」
俯く小悪魔。少し後ろには吸血鬼の妹様。ソファで膝を抱え感情の無い声でブツブツと呟いている。
…私は突然のことに何を言っていいのか分からない。なんなんだコレは。
「…どこのどいつだ!!私の友人をこんな目にあわせやがって!!」
紅潮した顔を上げ叫ぶお嬢様。
「美鈴!今日は誰かウチを訪ねてきたか!」
主の問いかけに、慌てて頭を振る。
展開が早くて私の頭が着いていかない。まるで昼寝中に夢でも見ているようだ。
目をつぶって腿をつねってみたが、目を開けても眼前に広がる惨状は変わらない。
「あっ!!そこに何か書いてあります!」
私がぼんやりと周りを眺めていると、小悪魔が声を上げた。
小悪魔が指差したのはパチュリーの右手。
真っ赤に染まった人差し指の先に、三つの図形のようなものが描かれている。
パチュリーさんが書いたものだろう。どこかで見たような形だが…。
「これは…星座かしら?」
棒立ちだった咲夜がいつの間にか覗き込んでおり、そう呟く。
あぁ、そうだ。十二星座の記号が確かこんな感じだったはずだ。
一つ目が…これは、うお座だったかな。元々ふにゃふにゃした図形なのに滲んでいるからなお分かりにくい。
後の二つはなんだったか…。
「うお座と、おとめ座…あとは、しし座ね。」
咲夜の横から顔を出したお嬢様が答えを出してくれた。
言われてみればそうだった気がする。
それを聞いて咲夜が一瞬ハッした表情を浮かべたが、すぐに消した。
小悪魔は俯いて肩を震わせ始めた。
妹様は蹲ったままなにも言わない。
コレって、もしかして…。
室内を観察していた私の脳裏に、ある推測が浮かぶ。
でも…いま伝えるべきなのか。
「…みんな、落ち着いて聞いてくれ」
ざわつく私の脳内と室内の住人を、当主の一言が黙らせた。
「…パチェは私の友人であり、何より私たちのファミリーだと信じていた。」
倒れ伏す魔女を尻目に主がゆっくりとこちらに向かってくる。
「…だが、この閉鎖された図書館で、館には客人もいなかったこの状況…」
近づいてくるお嬢様。
「こんなこと考えたくもないが…ずっと館内にいた、ここに居る誰かがやったとしか考えれない…!朝から外に居た、美鈴以外の誰かが、だ!」
ソファに昇り私と目線が合う。
そして肩をがっしり掴まれ、こう告げられた。
「この事件を解き明かし、犯人を突き止めてくれ!パチェの魂を、救ってやってくれッ!!美鈴!!!」
真剣な眼差しの主からの命を受け、もう一度室内をぐるりと見回す。
密室の図書館。荒らされた部屋。立ち込める匂い。倒れ伏す魔女。彼女の遺した謎のメッセージ。表情の読めない住人たち。
我が主はこの中に犯人が居る、という。
そして、それを私に暴け、と。
ゴクリ、と自分が唾を飲み込む音が聞こえた。
今までの皆の言動、そしてこの状況を考えると、やはり答えは一つしかない…。
私は思った。
めんどくせぇ~~~~~。
超めんどぉくせぇ~~~~~~~~。
-----------------------------
なんせこれ、明らかにイタズラだからだ。
どうせまたパチュリーさんが暇つぶしに考えたんだろう。
密室殺人にでもしたかったようだが、不自然な点がいくつもある。
部屋に入った瞬間にすんごいトマトの匂いがしてたもの。
まるで昼食のミートソースパスタをひっくり返したみたいな。ソファにひき肉の欠片、飛んでたし。
パチュリーさんの背中、美味しそうって思っちゃった。
何より被害者であるはずのパチュリーさんが、全然死んでない。
うつ伏せになった背中が時折上下している。息してるじゃん。
コホコホ咳もしてるし。体調が良いときにやればいいのに。
それと小悪魔。
俯いて隠してるつもりだろうけど肩が笑ってるよ。
私を連れてくるところまでは良くできてたのに。主従揃って何やってんだ。
これで本がバラ撒かれてたりしたら少しは信ぴょう性あったのかもだけど。
山になって机に積まれてるだけ。つまりいつも通り。さすがに本は傷つけられなかったか。大事にされてますもんね。
あと、お嬢様が喋り方が荘厳な感じの時は、だいたい演技だ。
「救ってやってくれッ!」とか言わない。「パチェを助けてぇ~」ならまだ信じた。
いずれにせよ、ヒドイ有様だ。
部屋も、私の置かれた立場も。
ポリポリと頭を掻く。
うわ~これどうしよ。どうしたらいいんだろ。
いやいや~冗談じゃないですか!驚かさないでくださいよ~!、って言っちゃおうか。
もう分ってますよ、ってネタバレしちゃおうか。
チラリと主の顔を見る。
目は期待に満ちてキラキラと輝いていた。
言えないよぉ~~。さっき言わなくて良かったよぉ~~。
すっごく楽しそうだもの。
パチュリーさんの案にウキウキで乗っかったお嬢様の姿が目に浮かぶ。
こんなにバレバレなのに、私が気づいてないって思ってるんだろうなぁ。
友人が死んでるんだから、せめて湿っぽい表情してくれないかなぁ~。
従者として対応に困っていると、キラキラ目だったお嬢様がキリッとした面持ちに変わり、言った。
「美鈴…。この謎…お前はどう見る?」
ブホッと吹き出す声が聞こえ、顔を向けると小悪魔が咲夜に脇腹をつねられている。
小悪魔の笑いの沸点は大分低いようだ。
この二人は、私が感づいてることを分かっているに違いない。そのうえで、それに気づいてないお嬢様と追い詰められる私を見て楽しもうって腹だろう。
くっそ、自分も笑える側ならどんなにいいか。
「犯人を追い詰め、『私がやりました』と言わせてやってくれ!」
お嬢様はノリノリだ。私を探偵役にして犯人捜しをさせたいらしい。
追い詰められてるのは私なんですが…。
だいぶ詰めがユルユルだが、いろいろ準備もあったのだろう。それを一言で終わりにするには少し忍びない。
はぁ。…仕方ない。…乗っかってあげるかぁ。
えぇと、とりあえず手始めに…。
ダイイングメッセージのつもりらしい星座を指差して、これが怪しいと思います、と言ってみる。
「そうだよな!!私もそれがパチェが最期に残した手掛かりだと思うんだ!」
ですよね。コレしかないし。
でも、推理小説読んでていつも思うんだけど、こんなん書く余裕あるなら名前書けば?
「…だが、待てよ…その図形には…どんな意味があるんだろう?」
やめてくれ。急に深刻そうな顔つきで、溜めながらしゃべらないでくれ。
ブホッ。小悪魔アウト。二回目。
だいたい、それアナタがさっき星座だって言ってましたけど。
ミミズがのったくったような線のうえに、トマト汁が滲んで線が潰れていたから星座だと言われるまで全く分からなかった。謎を解かせたいのか解かせたくないのかどっちなんだろう。
それに星座だから何なんだ。確か…うお座、おとめ座、しし座、だっけ?
きっとこの順番が何かを表してるんだろうけど…。頭文字かな…。
うおし。誰?
答えを出せずに考えているフリをしていると、咲夜がチラチラと机に積まれた本に目配せしているのに気が付いた。
本の山の一番上に、『妖怪でもわかる!天体入門』の文字。
あー、これか。なんともご丁寧なヒントだことで。
しかしふざけたタイトルだ。妖怪をバカ扱いしてないか?どこのどいつが書いてるんだ?稗田出版だって。今度会ったら食べちゃうぞ。
ともかく手に取ってペラペラとページをめくる。仕事柄、夜空はよく眺めているがあんまり星座は詳しくない。それぞれの星座について調べればいいのかな。
『星座と生まれ月』のページで、目の前のお嬢様がフンッフンッと息を荒くする。ココですね。
なになに…。うお座が二月の真ん中から三月の真ん中まで。おとめ座が八月から九月、しし座が七月から八月。
つまりこれは数字を表しているのかな…。
あ!そうか、これが意味するのは!
ニク…。
「そうか!三、九、八で……サクヤ?まさか…!」
あっぶね。ニクヤだと思った。言いかけた。
先走りお嬢様に助けられた。そうか、咲夜か。
十六夜肉屋。だれそれ。
ブッホ。ハイ、こぁさん三回…。あ、違う、咲夜だ。そっぽ向いてニヤニヤしてる。とうとう耐え切れなくなったか。
しかし主が振り向く前に、完璧メイドはすぐに慌てた表情を作った。流石。
「お、お嬢様!私ではありません!!今日はずっと厨房で食事の支度をしていたんですよ!私がパチュリー様をどうやって刺したっていうんですか!?」
時を止めれば?
なんて言ったら台無しなんだろうな。完全犯罪にうってつけの能力だもの。全てのトリックは咲夜の存在で無意味と化す。
パチュリーさんの背中も明らかに刺し傷っぽく見せていた。ナイフ使いの咲夜を疑わせたいのだろう。もう咲夜以外考えらんないでしょ。苦しい言い訳で粘らないでほしい。
げっほげほ。パチュリーさんも苦しそう。ずっとうつ伏せだもんね。
「確かに…。咲夜がやったという証拠が無いな…。美鈴、どう思う?」
さっさと終わらせたいと思う。
庭仕事も途中だし。
冤罪でもいいからしょっぴいちゃえば?妹様に尋問してもらえば、勝手に証拠が出てくるでしょ。
珍しく大人しい妹様に目を向ける。
あぁ、寝てらっしゃいますね。最初っから台詞も棒読みだったし。乗り気じゃなかったんでしょうね。おやすみなさい。
ともかくパチュリーさんの考えたであろうオチに辿り着かないことには終わらないんだろう。
咲夜に向き直ると腕組みしてふんぞり返っていた。なんだそのポーズ。開き直り犯人か。
図書館に入ってからの発言を思い出し、これだろうと思う答えを示してみる。
そういえば咲夜、アンタさっきから刺した刺したって言ってるよね。パチュリーさんは服を着たままなのになんで分かったの?
「クゥッ!」
なんだその声。
一瞬顔を歪めて鳥の潰れたような声を出す完璧メイド。
ブッホホ。小悪魔、味方に刺されたな。
げっほんげほん。パチュリーさん、もう少し待っててね。…いや、笑ってんのか?
「まさか…本当に咲夜が?」
「いえ、おジョーさま!キョーキがありませんわ、キョーキが!私がやったならナイフが刺さっているはずでは!?」
いまだ悪足掻くほぼ確定犯人。
声が上ずっていることは無視するとして…。凶器ねぇ。
先ほど拾ったひしゃげたペンがポケットの中で自己主張してくる。これ見よがしに私の足元に落ちていたし。不自然にひんやりしてたし。
どうせコレを凍らせて尖らせて刺して、溶けて凶器が消えてうんたらかんたらでしょ。
ポケットに手を突っ込むと、咲夜と小悪魔がニヤニヤしながらこちらを見てくる。
口をとんがらせて、『それそれ~』『や~るじゃ~ん』『よっ!メイ探偵!』とアイコンタクトを取ってくる。
ふぅ、と息を吐いた。
…なんで私だけこんな茶番に付き合わされなきゃならんのだ。お嬢様もパチュリーさんもお前らの主人だろうが。
そう考えるとちょっとムカムカしてきた。
もうヤケクソだ。どうにでもなれ。お前らみんな、道連れだ。
額に手を当て、眉間にシワを寄せる。
顎をちょっとしゃくらせ、ネットリしたわざとらしいダミ声で咲夜に聞いてみた。
んぅ~~、えぇ~~、これはぁ~たいへん難しいぃ事件ですゥゥ~~。さぁくやさぁ~~ん?アナタァ、お昼前にぃ、なぁにをしていましたかぁ~~?
「…ンフッ!何よアンタっ…急にっ…!それは、そのッ!フフッ!昼食の支度よ!昼食の!アンタも食べたでしょッ!」
あれれ~?どうかしましたか、顔が真っ赤ですよ。
ヒィッヒ!小悪魔が引きつっているのが見なくても分かる。
かまわず畳み掛ける。
えぇ~わたしもいただきましたぁ~。アァイスゥ!!おいしかったですぅぅ~。あのアァイスゥ!どぅぅうやって作ったんですかぁぁあ~~~?
「ホッヒヒッ!ヒィッ…どうってっ!アイスゥはッ、くフっ!アァイスゥってなによっ!アイスは凍らせて作るに、決まってんでしょっ!」
ゲッハハァ!もう小悪魔は人里のオッサンみたい。
ひゅーひゅ。パチュリーさんにもウケてるみたい。
とにかくこれで終わりにしよう。
ひしゃげたペンを摘まんでヒラヒラ動かしながら咲夜に迫る。
えぇ~~~。そうですぅぅ。凍らせて作るッッ!アナタいまそう仰いましたねぇぇ~?
そしてこのペェン!これはこの部屋に落ちていたものですがァ…なぁぜぇかッ!冷えているんですゥ~~。
備品のペェン!なら冷えるはずがないッ!そうッ!アナタは昼食の準備の時に凍らせてェ被害者の背中を刺したんですゥ~そうゥ~…
いったん咲夜に背を向ける。期待に満ちたお嬢様と目が合う。あんまり見ないでほしい。
構わず上半身を思い切り捻り、しゃくれ顔を見せつけ言い放つ!
こぉのぉォ!!ペェェェン!!でェェェ!!!
「ブヒュヒュッヒュッッ!!フヒュッ!!ペェン…て…!!ヒッヒィッ…!ペェンッ…ッ!カッ…ハァッ!ム、ムリッ…!息、できなアッフッ!わっ…わかりまひたっ!わ、わらしっ!ブッ!…わらひがッ…フヒィッ!やりまひ…たァッ!」
目の前の犯人は顔も真っ赤に息絶え絶えだ。お察ししますぅ。
小悪魔は倒れこんでヒクヒク痙攣してる。こっちの二人が死ぬんじゃない?
お嬢様を見やる。犯人の最期の言葉は、『わらひがフヒィやりまひた』だったけど…成立したのか?
我らがお嬢様は満足気な面持ちでこちらを見て頷いている。
こんな状況でも私を騙せてるって思えるのはスゴイよ。当主の器だよ。
…まぁ、この人が納得してくれたのなら何でもいいか。そのためにやってたんだし。
「そうだったのか…」だの「信じたくはないが…」だのブツブツ言っている。ラストの締めにかかったようだ。
ホント、役に入り込んでたのはお嬢様だけだったな。
頼もしい当主役は、呼吸困難な従者に歩み寄り「咲夜、ツラかったね」と見上げた。
瞬間、吹き出したメイド唾が盛大に顔にぶっかかっていた。悲惨。
-----------------------------
なんにせよ、これで我が主もパチュリーさんも満足しただろう。
床を転がりまわっていた小悪魔がようやく落ち着いたようで、パチュリー様終わりましたよ、と主人を揺さぶっている。
寝ていた妹様が突然、ガバリと顔を上げた。
「こんな危険なところに居られるか!私は部屋に帰るぞ!!」
あぁ、セリフ貰えてたんですね。ちょっと遅かったですね。
「美鈴…」
お嬢様に腰のあたりをポンポンと叩かれる。
振り向くと神妙な顔つきでこちらを見上げてくる。ネタバラシですかね。お嬢様もお疲れさまでした。迷演技でしたよ。
「気に病むことはないよ。お前は正しいことをしたんだ。パチェもきっと感謝しているさ…」
あれ、まだ続いてた。いつまで友人を死んだままにするつもりだろ。小悪魔が後ろでバタバタうるさいな。
はぁ、とだけ返しておく。これ以上付き合うつもりはありません。
さて、そろそろ仕事に戻りますか。
おヒマなお嬢様と違って、私には庭仕事があるのだ。
正門周辺の作業は今日中に終わらせちゃいたいん…
「ヒィィィィッッ!!!!パ、パチュリー様が息してない!!!」
小悪魔が飛び上がってこちらを見てくる。
…はぁ。まだやるの?もういいよ。一日二回はしつこい。
さすがに咲夜も呆れた顔して、小悪魔の頭をこつんと小突いた。
「もういいわよ、こぁ。ほら、パチュリー様、起きてください。遊びは終わりですよ……」
咲夜が揺する。うつ伏せのままピクリともしない。
咲夜と小悪魔は顔を見合わせ、慌てて魔女をひっくり返す。
パチュリーさんの顔は青白く、白目を剥いて、口から泡を吹いていた。
慌てた咲夜が胸に顔を当てる。
「…し、心臓が…止まってます…。」
頬を引き攣らせて、咲夜が告げた。
え?
「パチェ!しっかりしてぇ!パチェェ!!」
駆け寄るお嬢様。
「そんな…まさか…。この心音では…もう…」
茫然と立ち尽くす咲夜。
「………」
涙を目に溜めて俯く小悪魔。
「いやだよ、パチェ。しんじゃいやだよ」
ブツブツ呟く妹様。
え?え?
「きっと持病の喘息が悪化したのよ!」
「なんで急に!さっきまではお元気そうでしたよ!」
「汚い床に寝たからじゃないの…?」
「いえ!私とこぁとでキレイに掃除したはずです!」
「途中でゲホゲホむせてたじゃない!なんで止めないのよ!」
「笑ってるんだと思ったんですよ!」
「とにかく速く永琳を連れてこい!」
え?え?え?
「掃除してるならなんで喘息になるのさ!」
「知らないですよ!花粉でも吸いこんだんじゃないですか!?」
「花粉が入ってくるわけないでしょ!窓も無い密室なのよ!」
「誰かの服に着いてるんじゃないですか!?」
「そんなわけないでしょ!みんなウチの中にいたんだから!」
「そうですよ!それにお庭は美鈴さんが今日もちゃんと手入れし…て……」
小悪魔の言葉に、四人が互いの顔を見つめあう。
それがこちらに向けられる。
そのまま視線が下りて、花粉まみれの中華服に突き刺さる。
それがまたそのまま上がってきて、今度は私の顔を睨みつけてきた。
えぇ~~~~、私???
こめかみに青筋を立てたお嬢様がツカツカと歩み寄って来た。
「メイ探偵。何か言いたいことはある?」
やっば。これは演技じゃない。
もはや言い逃れはできないようだ…。
追い詰められた犯人に残された言葉はこれしかない。
「私が、やりました…」
オチも綺麗で良かったです。
古畑美鈴のあのイントネーションが思い出されて吹き出しました