魂が飛んでいる。蝶という名の魂が。
幽々子様は前に仰られた。
「蝶は魂なのよ。魂は蝶なのよ」
と。私はその時の意味は分からなかった。今も分かるはずもなく。
冥界で蝶が飛んでいる、ということしか分からなかった。
*
「よ〜うむ〜ようむ〜?」
庭で素振りをしていると屋敷の奥から幽々子様の声が聞こえた。
「百十、百十一……なんでしょう幽々子様!」
ブンと振り下ろした木刀を振り上げずに腰に指す。汗が吹き出す体が気になったが、幽々子様のところに向かおうとして、屋敷の方をむくと既に幽々子様は私の後ろにいた。
「うわあっ! び、びっくりさせないでください!」
「驚いたのは妖夢でしょう〜?」
クスクスと笑う幽々子様。飛び跳ねた私は着地する。
「そうそう、妖夢にしてもらいたいことがあるのよ〜」
幽々子様の唐突なお告げ。幾度となく振り回されて慣れてしまった、と思う。いつもいつも大変な目に合うのは私なのだろうけれど。聞かないという選択肢などなかった。
「幽々子様。一体なんでしょうか?」
「蝶をね、追いかけて欲しいのよ」
「蝶、ですか。それはどのように?」
幽々子様はにこりと笑った。楽しそうな無垢な笑顔。
「その頭で考えなさいな。蝶を追いかけてくるのよ……」
幽々子様は言いたいことだけ言って部屋の中に戻られた。
私は庭に放置されたまま、分からずに突っ立っていた。幽々子様、どのようにと言って下さらないと分かりません……だけれど幽々子様はこれ以上言うことは無いのだろうということだけは分かった。
とりあえず鍛錬の服からいつもの服に着替えて、私は冥界を飛び始めた。
当てもなく蝶を探してみる。魂が飛ぶだけで何も見つからなかった。そもそも冥界は暗くて、何も無い場所なのだからそれもそうか、と一人で勝手に納得していた。
地上に行こうか。幽々子様はどこに行け、とは仰っていなかった。幽々子様の言う蝶とはよく分からないけれど、行けば分かるのだろうか。
そう思って私は地上に向かった。
人間の里に来てみたけれど。特に何も無く日常が営まれているだけだった。誰も彼もが笑っていて、どことなく良いと思えた。
人の雑踏の中、私は蝶を探して、ふらふらしてみる。何も見つからない中当てもなく歩く。
ふと前を見てみると見た事のある赤の髪を見つけた。あれは……
「小町さん、こんなところで何してるんです?」
「げ。なんで知り合いに出会うかね」
赤の髪を両側で二つ結びで大きな鎌を持ったよく見知った死神がとても嫌そうな顔をしてこちらを見ていた。なんだその目は。腫れ物でも見たかのような目線は私を少し不愉快にさせる。
「なんですか。出会うと不味いことでもあるんですか?」
サボっていることがバレると四季様に怒られると思う。ほぼ決定事項だと思う。あえて言ってみる。
「分かってるんなら言わないでおくれ」
「小町さんがサボってるのが悪いのでは?」
うっと苦しそうな顔をする小町さん。自業自得だと思う。
「まあいいですけど……聞きたいことがあるんです」
「なんだい? 答えたら告げ口しないって誓ってくれるかい?」
この人は……まあいいか、幽々子様に言っても答えてくれないことを聞けるのだから。
「いいですよ。それじゃあ聞きます。蝶を追いかけるってどういうことだと思います?」
「は? 蝶を追いかける?」
よく分かっていなくて小町さんは口をあんぐりと開けている。私は落ち着いて話し出す。
「幽々子様に蝶を追いかけなさいって言われたんです。どこに行けとも、何をしろとも言われなかったんです。いつもの事なんですけど何したらいいのか分からなくて……小町さんは分かりますか?」
ううんと、腕組みをする小町さん。うーんうーんと頭を捻って考えている。頭を傾けすぎて転けそうになっていたけれど。
「分かんないねえ。情報が無さすぎるよ。蝶……何があるんだろうけれど分かんないね」
ああと、肩を落とす。分からないのならしょうがないのかもしれない。私が分かる蝶を追いかければいいのかもしれなかった。
「立ち話もなんだし……ってあれは」
小町さんが何か言いかけてやめた。肩を落とす私は顔を上げて見る。
そこに蝶がいた。
「蝶! 見つけた!」
ダッと私は駆け出す。あの蝶を持って帰れば幽々子様はいいと言うだろうか。分からないけれどやってみるしか無かった。
「あっ、おい待て!」
小町さんは私を追いかけてくる。
「なんですか! 蝶がいるのに来ないでください! 持って帰るんです!」
「馬鹿かお前、それは魂だ! 死んだ人間の魂だよ! 捕まえたとしてもお前さんが持って帰っていいもんじゃない!」
どうして蝶なんかに見えるんだ、なんてつぶやきながら小町さんは私を追いかけている。
前を見るとひらひらと飛ぶ蝶は捕まえられそうなのに捕まえられない。ひらひら、ひらひら……
頭に血が登ってきた。は、腹が立つ……ひらひらと……
思わず白楼剣の鞘を握る。鯉口を切って刀を抜けるようにと自然にしていた。
「おいよせ! 白楼剣で斬るんじゃない!」
うるさいなあ。斬ってしまえば分かること。私はそのまま刀を勢いよく抜ききった。
ガキン!
金属と金属が当たる音がする。何っ、切れなかった!
目の前に見知った赤い髪。大きな鎌。
「だから切るなって言っただろ!」
「蝶がどこかへ行く……捕まえられなかったじゃない!」
小町さんは大きなため息をついた。
「何でもかんでも斬るんじゃない。白楼剣で斬られたらこっちも商売上がったりなんだ。やめとくれ……」
私はとりあえず白楼剣下ろし、鞘に収める。大きな鎌は下ろされた。
「斬ったらわかると思ったんです」
「短絡的なのはやめた方がいいよ。それだけ言っとくな」
……どうすれば良かったのだろうか。
蝶はひらひらと、どこかへと行ってしまった。
*
「あら、妖夢は失敗したのかしら」
一人、冥界の桜の蝶は楽しそうに笑っていた。
幽々子様は前に仰られた。
「蝶は魂なのよ。魂は蝶なのよ」
と。私はその時の意味は分からなかった。今も分かるはずもなく。
冥界で蝶が飛んでいる、ということしか分からなかった。
*
「よ〜うむ〜ようむ〜?」
庭で素振りをしていると屋敷の奥から幽々子様の声が聞こえた。
「百十、百十一……なんでしょう幽々子様!」
ブンと振り下ろした木刀を振り上げずに腰に指す。汗が吹き出す体が気になったが、幽々子様のところに向かおうとして、屋敷の方をむくと既に幽々子様は私の後ろにいた。
「うわあっ! び、びっくりさせないでください!」
「驚いたのは妖夢でしょう〜?」
クスクスと笑う幽々子様。飛び跳ねた私は着地する。
「そうそう、妖夢にしてもらいたいことがあるのよ〜」
幽々子様の唐突なお告げ。幾度となく振り回されて慣れてしまった、と思う。いつもいつも大変な目に合うのは私なのだろうけれど。聞かないという選択肢などなかった。
「幽々子様。一体なんでしょうか?」
「蝶をね、追いかけて欲しいのよ」
「蝶、ですか。それはどのように?」
幽々子様はにこりと笑った。楽しそうな無垢な笑顔。
「その頭で考えなさいな。蝶を追いかけてくるのよ……」
幽々子様は言いたいことだけ言って部屋の中に戻られた。
私は庭に放置されたまま、分からずに突っ立っていた。幽々子様、どのようにと言って下さらないと分かりません……だけれど幽々子様はこれ以上言うことは無いのだろうということだけは分かった。
とりあえず鍛錬の服からいつもの服に着替えて、私は冥界を飛び始めた。
当てもなく蝶を探してみる。魂が飛ぶだけで何も見つからなかった。そもそも冥界は暗くて、何も無い場所なのだからそれもそうか、と一人で勝手に納得していた。
地上に行こうか。幽々子様はどこに行け、とは仰っていなかった。幽々子様の言う蝶とはよく分からないけれど、行けば分かるのだろうか。
そう思って私は地上に向かった。
人間の里に来てみたけれど。特に何も無く日常が営まれているだけだった。誰も彼もが笑っていて、どことなく良いと思えた。
人の雑踏の中、私は蝶を探して、ふらふらしてみる。何も見つからない中当てもなく歩く。
ふと前を見てみると見た事のある赤の髪を見つけた。あれは……
「小町さん、こんなところで何してるんです?」
「げ。なんで知り合いに出会うかね」
赤の髪を両側で二つ結びで大きな鎌を持ったよく見知った死神がとても嫌そうな顔をしてこちらを見ていた。なんだその目は。腫れ物でも見たかのような目線は私を少し不愉快にさせる。
「なんですか。出会うと不味いことでもあるんですか?」
サボっていることがバレると四季様に怒られると思う。ほぼ決定事項だと思う。あえて言ってみる。
「分かってるんなら言わないでおくれ」
「小町さんがサボってるのが悪いのでは?」
うっと苦しそうな顔をする小町さん。自業自得だと思う。
「まあいいですけど……聞きたいことがあるんです」
「なんだい? 答えたら告げ口しないって誓ってくれるかい?」
この人は……まあいいか、幽々子様に言っても答えてくれないことを聞けるのだから。
「いいですよ。それじゃあ聞きます。蝶を追いかけるってどういうことだと思います?」
「は? 蝶を追いかける?」
よく分かっていなくて小町さんは口をあんぐりと開けている。私は落ち着いて話し出す。
「幽々子様に蝶を追いかけなさいって言われたんです。どこに行けとも、何をしろとも言われなかったんです。いつもの事なんですけど何したらいいのか分からなくて……小町さんは分かりますか?」
ううんと、腕組みをする小町さん。うーんうーんと頭を捻って考えている。頭を傾けすぎて転けそうになっていたけれど。
「分かんないねえ。情報が無さすぎるよ。蝶……何があるんだろうけれど分かんないね」
ああと、肩を落とす。分からないのならしょうがないのかもしれない。私が分かる蝶を追いかければいいのかもしれなかった。
「立ち話もなんだし……ってあれは」
小町さんが何か言いかけてやめた。肩を落とす私は顔を上げて見る。
そこに蝶がいた。
「蝶! 見つけた!」
ダッと私は駆け出す。あの蝶を持って帰れば幽々子様はいいと言うだろうか。分からないけれどやってみるしか無かった。
「あっ、おい待て!」
小町さんは私を追いかけてくる。
「なんですか! 蝶がいるのに来ないでください! 持って帰るんです!」
「馬鹿かお前、それは魂だ! 死んだ人間の魂だよ! 捕まえたとしてもお前さんが持って帰っていいもんじゃない!」
どうして蝶なんかに見えるんだ、なんてつぶやきながら小町さんは私を追いかけている。
前を見るとひらひらと飛ぶ蝶は捕まえられそうなのに捕まえられない。ひらひら、ひらひら……
頭に血が登ってきた。は、腹が立つ……ひらひらと……
思わず白楼剣の鞘を握る。鯉口を切って刀を抜けるようにと自然にしていた。
「おいよせ! 白楼剣で斬るんじゃない!」
うるさいなあ。斬ってしまえば分かること。私はそのまま刀を勢いよく抜ききった。
ガキン!
金属と金属が当たる音がする。何っ、切れなかった!
目の前に見知った赤い髪。大きな鎌。
「だから切るなって言っただろ!」
「蝶がどこかへ行く……捕まえられなかったじゃない!」
小町さんは大きなため息をついた。
「何でもかんでも斬るんじゃない。白楼剣で斬られたらこっちも商売上がったりなんだ。やめとくれ……」
私はとりあえず白楼剣下ろし、鞘に収める。大きな鎌は下ろされた。
「斬ったらわかると思ったんです」
「短絡的なのはやめた方がいいよ。それだけ言っとくな」
……どうすれば良かったのだろうか。
蝶はひらひらと、どこかへと行ってしまった。
*
「あら、妖夢は失敗したのかしら」
一人、冥界の桜の蝶は楽しそうに笑っていた。
妖夢が素晴らしく完璧に妖夢でした
とてもよかったです