Coolier - 新生・東方創想話

地底の天体

2020/10/23 16:08:22
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 中々に厳しかった夏の日差しもすっかり鳴りを潜め、微かながら涼しさというよりも肌寒さを感じる。山の木々が粗方紅に染まり、日が暮れて月が昇るのも随分早くなった。
 いつもと比べると少しばかり店仕舞いには早いが、勘定場周りを片付け店先の灯りを消したあと、奥に引っ込み栗と豆、あと簡単な団子を用意する。

 大雑把な下準備を済ませ裏の縁側に出たところで、不意に声をかけられた。

「やあ、店主」
「こんなところで何してるんだい、ナズーリン」

 知った顔ではあったが、少し面食らった。
 縁側は店の裏、正しく言えば僕の居住空間から見て森側にある。霊夢や魔理沙が勝手に涼んでいたりはするが、基本的に僕以外がここを使うことはほとんどない。少し奥に入れば魔法の森だが、彼女がわざわざ森を突っ切って何処かに向かう用も思い当たらなかった。
 
「もう表の灯りは消してたろ?」
「だからだよ、留守にするような時間でもないし、奥から煙が立ってたから何かと思ってさ」
「ああ、見れば分かるだろう、月見だよ」
「月見?十五夜はもう済んだだろう。満月というには少し欠けた月だし」
「その十五夜が問題でね。魔理沙と霊夢に巻き込まれて月見をしたんだが、そうなると十三夜を見ない訳にもいかない」
 
 十三夜は十五夜に次いで素晴らしいとされる月見の夜だ。その二つは縁深い二夜の月と呼ばれ。片方の月を見て、もう片方を見なければ『片見月』といって縁起が悪いとされる。そもそも僕は普段こういう行事には頓着がないのだが、嵐のような二人に居座られては参戦するほかなく、見てしまったからには此方もしっかりと月見をしなければならない。当の二人は満月ではない十三夜にはあまり興味を持たず、先の話も聞いているんだかいないんだか分からない様子だったが。

「成程、迷信深いことだね」
「というより僕の信条の問題だよ。始めたからにはきちんと終わらせないと気持ち悪いだろう?」

 ナズーリンも魔理沙たちと同じく興味のなさげな顔で『まあ、分かるよ』と言いながら特に断りもなく茹でた栗をつまむ。太々しくもそのまま縁側に腰かけたので、微妙に釈然としないがとりあえず話を続けることにした。

「それに十五という数は言うまでもなく完全を意味する数だけれど、十三という数も基本的には吉数だ。君に馴染み深いところだと守護十三仏とか、挙げれば暇がない」
「それはそうだね、外国じゃ忌み数だってのも聞いたことはあるけど」

 確かに僕も何かの書物で読んだが、西洋だとそれこそ宗教的な都合だとかで相当嫌われた数字らしい。少なくとも幻想郷では全く聞かないが、この国でも外の世界では意外と避けられていたりするのかもしれない。

「確かに、閏月……いや、十三月は妖怪の月だ。幻想郷でも人間にとっては、ある意味凶数なのかもしれないな」
「十三月って……なんだいそれ、閏月はともかくそんなの聞いたことないぞ」

 いつぞや魔理沙たちにしてやった妖怪太陰暦(一月を最小単位とし、一周期を六十年とする妖怪独自の太陰暦)の話をナズーリンにも話した。例の如く尻尾に連れている、というより吊っているネズミに栗や豆を与えながら、話二割で聞くという態度だったが。

「ふうん、暦が変わるときにそんなことがねえ。少なくとも私の周りじゃ誰も使ってないから全く知らなかった」
「結局、作り出した妖怪たちの中でも相当変化に適応できないものや、頭の硬い山の妖怪連中くらいしか使わなかったみたいだからね。実際のところ、僕もあまり詳細は知らないが……」

 話題が途絶えて一瞬の静寂。しかし、すぐにそれは物音と鳴き声で破られた。

「んなぁーお」

 森の茂みから緑がかった黒と、所々赤毛が混じった猫が現れる。

「……猫?こんなところに?」

 ナズーリンが訝しむ。
 森のすぐ側にある店なので、動物自体はそう珍しいものでもないが、明らかに手入れされた猫であるし、耳元にリボンも結ばれている。
 ただ、僕には見覚えがあった。

「ああ、偶に博麗神社にいる娘だよ、霊夢にひっついてうちにも何度か来たことがある。名前は、えぇと」
「燐だよ」

 先程までぐーっと伸びをしていた猫が言葉を発する。と、同時にみるみる身体が人の形を取っていった。

「そういやお兄さんにはちゃんと挨拶してなかったね。火焔猫燐。長ったらしいからお燐でいいよ」
「そうかい、それにしても君一人かい?霊夢は?」
「お姉さんは神社で黒い方のお姉さんとダラダラしてるよ。あんまりダラダラしてたんであたいは途中でぶらぶらしに出てきたんだけど、なんだか良い匂いがするんで遠巻きに覗いてみたらお兄さんたちが見えたもんだからさ」

 成程、この娘もナズーリンと同類か。
 紅白と黒白が来た時に備えてそこそこの量はあるし、彼女らが来ないなら多少たかられたところで困りはしないが。

「あぁ……何処かで見た顔だと思ったら……」
 
 ナズーリンの怪訝そうな顔が、また別の嫌そうな表情に変わる。

「どうした?まさか鼠だから猫が苦手なんてことは」
「そんな訳あるか。いやなに、弟子入り希望で寺に来てたことがあるんだが、墓の死体が欲しいとかなんとか言って聖に門前払いされてたなぁと」
「鼠さん、尼のお姉さんの知り合いなの?仕事の口利いてくれないかなぁ、月に何人かとかでいいから」
「私に言われてもなぁ」

 なんだかすごい罰当たりな交渉を目にしているような気がする。いや、交渉と言ってもナズーリンはひたすら困惑しているだけで、尻尾が弱々しく曲がっている。違うと言っていたが、やはり猫自体が苦手なのかもしれない。

 話を聞いていて、ちらと浮かんだ疑問を口にする。

「なあ、随分と死体集めに精を出しているようだが、何かに必要なのか?火車だからってだけにしては、さっき仕事と言っていたし」
「ああ、灼熱地獄の燃料だよ。管理やらはあたいとお空で一緒にやってたんだけど、最近は神様からのお使いが忙しいみたいでさ」

 お空というと、先の温泉異変の黒幕……と言って良いのかわからないが。霊夢の話によると結局大元は山の神社が絡んでいて『温泉が台無しになったわ!』と喚いていたが。

「あの烏の子か。そういえば彼女も地底から来たと言ってたな。となると君も旧地獄の?」
「そうだよ、もぐもぐ、さとり様のペット」

 話の途中で徐に豆を頬張り始めた。幻想郷の少女にはこういうやつしかいないのか?

 ふむ、それにしても、烏のお空と猫のお燐か。湿っぽそうな旧地獄の主らしからぬ面白い感性だ。

「君らの主人は中々洒脱なひとのようだね。知識も豊富らしい」
「さとり様が?まあ確かに最近は本を読むだけじゃなくて書いたりしてるし、頭脳労働みたいなこともしてるけど、どうして?」
「君たちの名前だよ、名付け親はその彼女なんだろ?」

 ふとナズーリンの顔を見ると、また始まったとでも言いたそうな顔をしながら自分も栗に手を出している。
 構わず話を続けるとしよう。

「まずお空さん、霊烏路だったかな?八咫烏の力を得たのは後天的なものだと聞いたけど、恐らく名前には元々同じイメージが込められているはずだよ。霊烏に路ときたら八咫烏以外にないからね」

 お燐はふんふん、と頷きながら話を聞いている。他のやつらもこれくらい素直に耳を傾けてくれればいいんだが。

「それと君の名前、燐というのは特に外の世界では十五番目の要素という意味を持つんだ。そして猫といえば干支の十三番目の動物だ。十五と十三、この二つの数は月と密接な関係を持つ」

 元々烏は太陽、猫は月と縁深い動物だが、空の見えない地底でそれらを意味する名前を付けたんだ。かなり諧謔的か、そうでなければ相当な捻くれ者に違いない。

「あんまり鵜呑みにしないことだよ。そのひとは毎度有る事無い事得意げに話すんだから」
「失礼だな。名前から物事を推察するのは初歩の初歩だろう」

 どうだか、と言って今度は団子を頬張り始めた。
 彼女は少し前に干支に因んだ話で赤っ恥をかいたからか、少しばつが悪そうだ。
 あれは僕のせいではないんだがな……。

「へーぇ、さとり様がそんな意味をねぇ……。ふぅ、満腹」

 お燐が満更でもなさそうに最後の月見団子を飲み下す。
 食事にも満足したのか、猫の姿に戻り一度大きく欠伸をする。
 赤が映える黒猫の姿でくるんと丸まって眠り始めた彼女の姿は、満月というよりは月食の赤銅に見えた。

「あれも教えてやればよかったのに」

 ナズーリンが眠ったお燐を一瞥して口を開く。

「あれ、とは?」
「黒猫も十三も、月食も凶兆だって話さ」

 …………。
 やっぱり猫、嫌いなんじゃないか。
イタチ説とかもあるらしいですね、13番目の動物
※10/23 あろうことかオチが抜けていたので加筆しました
れどうど(レッドウッド)
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コメント



0.250簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
勉強になるなあ
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
3.100サク_ウマ削除
そうはならんやろ>追記
オチでくすっとなったので負けでいいです。発想も好き。良かったです。
5.100名前が無い程度の能力削除
くるくる回ってオチに到着する感じ、面白かったです。
6.100夏後冬前削除
含蓄をしっかり面白く読める作品で為になるなぁ、と楽しく読みました。
8.100Actadust削除
博識な二人が揃うと知的で優雅ながらどこか微笑ましくて楽しいですね。
知識に知識で返すこの感じ。とても好きです。オチも良かったです。素敵な作品でした。
9.100めそふらん削除
やっぱ猫嫌いなのかナズーリン…
10.100モブ削除
こういうお話を書けるのは、とても羨ましいです。このリズムとかテンポとか、憧れます。ご馳走様でした。面白かったです。
11.100南条削除
面白かったです
これナズーリンやっぱり猫嫌いなんでしょうね
12.100マジカル☆さくやちゃんスター(左)削除
面白かったです????????
13.100水十九石削除
序盤の薀蓄並べ立てる霖之助のそのらしさ、残念っぽさがナズーリンに引き立てられながら、お燐が出てきてもう一回更に残念さの増した適当理論をさも当然かの様に捲し立てる歩く民明書房らしさが出ていて良かったです。
それはそうとしてラストのナズーリンの敵愾心、堂々巡りして良い話じゃないかと思わせておいて、オチでガタッと落胆と言うか意地の悪さの光り様と言うか苦笑いが先行する感じの気持ちにさせられてしまいました。
短さの中で展開が綺麗に纏まっていて楽しかったです。ありがとうございました。
14.100さまたり削除
とても風情のあるお話でした、この霖之助とナズーリンが好きです。もちろんお燐も…なんてことないですがみんな“りん”がつく名前でしたね。
15.100大豆まめ削除
「りん」が三人……来るぞ!(来ない)
霖之助の説得力があるんだか単なるこじつけなんだか微妙なラインの薀蓄が面白くて、「らしい」感じがとても良かったです。
19.100名前が無い程度の能力削除
和やかな夜の雰囲気がとても良かったです。ナズーリンとお燐、ストレートにネズミと猫の関係で絡ませるのはありそうでなかった発想でした。しかし、やはり作者様の知識の深さには驚かされます。こういう香霖堂をめぐるお話をもっと読みたいです!