私は、いつものようにカフェで優雅に紅茶を楽しむメリーに向けて、こう言った。
「ねぇ、もうカフェにたむろするのはやめない?」
パリン。
そこには、目を見開いて茫然とする、メリーが居た。
何かが壊れる音が、彼女の向かいに座る私の耳にも聞こえた気がした。
私の言葉は、彼女の中の何かを決定的に割ってしまったらしい。
「あっつ!」
§
「いや、なーにが私の中の何かが割れたよ。私の体内にはティーカップが内蔵されているとでも言うつもり?」
「そもそも、私そんな衝撃的なことを言った? びっくりして手の中のものを落とすなんて古臭いドラマじゃあるまいし」
さて、彼女が落として割ったティーカップが片付けられて、中の紅茶を思いっきり被ったメリーの手を冷やして、店員さんに頭を下げて、ひと段落が付いたころ。ようやく今日の本題に入ることが出来た。
「あー、何だったかしら?」
「ほら、私たち秘封倶楽部が何かしようってなったら、いつもこのカフェに来るじゃない?」
このカフェは、大学近くの大通りから一本狭い路地に入ったところにある、いわゆる秘密の隠れ家的なお店だ。そんな立地もあってか人は少なく、いつ来ても他にお客さんが二組か三組程度で、居心地の良い閑散の空気を生み出している。
私もメリーもお気に入りのお店で、こうして秘封倶楽部の作戦会議拠点としてはもちろん、一人でもたびたび来ては本を読んだりレポートを片付けたりと何かと足繁く通っている。この静けさと居心地の良さ、そして何よりコーヒーとケーキの美味しさは、毎日だってここに来たいと思えるくらいだ。
「けどさ、ちょっと……場所を変えたいかなって」
「いきなりまた、どうしてそんなことを? このお店で何かやらかしたの?」
「そうじゃないけどさ……」
「じゃあ、もう金輪際ここに来ないってわけじゃないのよね。だったら、別にいいんじゃない? 気分転換にもなるだろうし」
「……そっか」
とりあえずは提案が受け入れられ、少しほっとした。
「しかし……そうなると、蓮子がコーヒーを飲むところを見る機会も減っちゃうのね。それは残念かも」
「……それって、どういう?」
「ほら、蓮子って、このカフェだといつもコーヒーを注文するじゃない。だから、蓮子ってどうにもコーヒーのイメージがあるのよね」
「そうだったかしら?」
対しメリーはいつも紅茶を注文する。彼女が紅茶を飲む姿は、どこぞの深窓の令嬢を彷彿とさせる、それはそれは優雅なもので、どこでその所作を身に着けたのか聞きたくなるほどだ。口を開かなければだが。
対し、私はどうだろうか。自分がコーヒーを飲む姿なんて今まで意識してこなかったが、他人からはどう見えているのだろう。私が紅茶を飲むメリーを見て深窓の令嬢を連想するように、メリーも、コーヒーを飲む私を見て……なんというか、こう、デキるビジネスウーマンみたいな、そんな風に思ってくれてたら、ちょっと嬉しいかなって。
「やっぱり、蓮子にはコーヒーよね。それかレッ〇ブルかモン〇ナ」
「完全にカフェイン摂取が目的じゃない!」
頭の中の私が、パリッとしたスーツを着こなすやり手のビジネスウーマンから、途端にギンッギンの充血した目を鈍く光らせるヨレヨレスーツの残業常態化OLに早変わり。うーむ、想像がいやにリアル過ぎて未来の自分を重ねてしまい気が滅入ってくる。
「それより、やっぱり理由が知りたいわ。なんでこのカフェを出ていくみたいなことを言いだしたのよ」
「あー、やっぱり? それ聞いちゃう?」
「まあ、その理由如何によっては、新しい秘封倶楽部の拠点候補だって変わるでしょうに」
その意見はごもっともだが、本音を言えば口に出したいものではない。
しかし、早く言えと口には出さずとも目で訴えるメリーに気圧されて、私は喋り始める。
「あの……その、ね? 言いにくいんだけど……」
「早く言え」
とうとう口に出したなこの女。
仕方ない、腹を括って打ち明けるしかないらしい。
「お金が……ないの」
はぁ……。と小さく溜息をつくメリー。笑われなかっただけましなのだろうが。
「そんなことなら、早く言えば良かったのに。ご飯、ちゃんと食べてる? 冷蔵庫の中、空っぽじゃないでしょうね。コンビニのお弁当ばっかり食べてちゃダメよ。必要なら貸してあげるからさ」
「オカンか。別に今日明日の食い扶持に困るほどじゃないわよ。けど、頻繁にこのお店で飲み食いしてたツケが、とうとう口座残高という目に見える形でやってきたって感じかな」
このお店、大学の近くにあるからといってもそこまで安くはない。相場で言えば少しばかり安いくらいだろうが、それでもアルバイトも大してしていない大学生の身で頻繁に来るには財布が少々心もとない。
学費、教材、おしゃれ、オカルトグッズと、大学生は何かとお金が出ていくものだ。ケチケチするのはあまり性分ではないが、出来ることならなるべく余計な出費は減らしたいものだ。
「ふむ……お金の節約になるような場所……ねぇ」
「それでさ、もしメリーが良かったらなんだけどね……」
「よし、行くわよ蓮子」
メリーが酒でも煽るかのように紅茶をグイっと飲み干して立ち上がる。
「ど、どこへ?」
茫然とする私を横目に、既に彼女は会計を済ませてお店を出る準備を着々と進めていた。
「決まってるでしょ。街に探しに行くのよ、私たちの、秘封倶楽部の新しい拠点を。さあ、行くわよ蓮子、フィールドワークの時間よ」
§
「へいおまちィ!」
威勢のいい言葉が、店内に響く。
それと同時に、ドンという音が聞こえてきそうなほどこれまた威勢良く目の前に置かれたのは、私の頭ほどもありそうなどんぶりだ。
目の前には、暴力的なほどの白い海。そして分厚く切られたチャーシューに小さく刻まれた九条ネギ、そして三分の一ほどが白い海に浸された大きな海苔。誰が見ても一目で分かる、実にシンプルな豚骨ラーメンだ。そこから立ち込める湯気とともに、重厚な豚骨の香りが鼻どころか頭全体を優しく包み、それでいて強烈に揺らしてくる。口の中に堪えられないほどの涎が溢れてくる。
「いただきます」
茫然としている私を横目に、手を合わせるメリー。遅れて私も手を合わせる。
「い、いただきます」
まずはどこから手を付けようかと悩んだが、ラーメンといえばやはりスープだろう。レンゲでスープをすっと抄う。白いレンゲの上で、九条ネギの緑が混じる、ややとろりとした液体が光り輝く。見れば、表面には油の雫が浮いており、それが店内の照明をキラキラと反射しているのだ。
普段であれば、カロリーの塊であるそんなものは敬遠するだろう。こんなものを嬉々として飲んだ翌日には、顔がテカってしまうかもしれない。
だが今は、目の前のこれが酷く素晴らしいものに見える。さあ、舌に乗せろと脳が欲する。そして私には、その命令に背くことは出来なかった。
パクリ。もはやレンゲに口を付けて飲むというよりもレンゲごと口に咥え込むようにしてスープを舌の上に流し込んだ。
「おほぉうわぁ」
熱い、そして美味い。それ100%で構成された息だか声だかが、口から白い湯気と共に漏れた。
そこには、濃厚な豚骨があった。シンプルであるが故に、濃厚な豚の骨のカルシウムのうまみ。この脳髄が欲する味と要素それだけを丁寧にどんぶりの中に設えた、濃縮されたうまみ。それだけが舌の上に存在していた。うむ、この不純物のないうまみの塊。こういうのがいいんだよ。こういうのが。
今度は炭水化物が欲しいと脳が訴える。口の中に濃厚な豚骨のかほりが消える前に麺を口に入れるべく箸を取ろうとして、自分の右手には既にレンゲがあるのに気付き慌てて左手に持ち変える。そうして生まれたるは右手に箸、左手にレンゲというジャパニーズラーメンファイティングスタイル。
箸をどんぶりに突っ込んで持ち上げると、これまた白い、細ストレート麺の滝が出来た。これをそのまま口に運んで汁が飛ぶのもお構いなしに思いっきり啜り上げる……などと下品なことを女の子がやると思ったら大間違いなんだから。
口に運ぶ前にまずはレンゲの上に麺をライドオン。そして少しレンゲをスープに沈めれば、ちっちゃなちっちゃな、私だけのミニラーメンの完成だ。うーむ、こう見るとなかなか可愛いんじゃないかしら?
「はふっ、ちゅるっ」
そして、レンゲの上に行儀良くちょこんと座る麺とスープを、一口で一緒に食べる。
「あはぁ……」
美味しい。
少しばかり硬めに茹でられたストレート麺が、九条ネギの決して失われることのないシャキシャキとした歯ごたえと心憎いほどにがっちり合わさる。そしてますます口の中に広がっていく豚骨の奥深い味わい。あぁ~たまりませんなぁ。
箸とレンゲが止まらない。ただひたすらにレンゲの中に小さなラーメンを作っては口に放り込む作業に勤しむ。時折、チャーシューをどこかもったいなく感じながらも箸でするりと裂いて頬張る。箸で簡単に裂けるほどに柔らかくとも、口の中でしっかりと我は肉だと自己主張するチャーシューの暴れ馬っぷりを存分に堪能する。
ああ、なんて幸せなのだ。豚骨の暖かくも強い包容力に身を委ねて、私は白い海をいつまでも泳ぎ続けたいと……
「って違う!」
豚骨の海にバットトリップし掛けた意識が、やっと冷静沈着才色兼備優美高妙不動明王容姿端麗焼肉定食なスーパー天才マッドサイエンティスト蓮子ちゃんの元へとご帰還なされた。
「何よ、ラーメンは武道なのよ。ラーメンを食べる、それは即ち食うか食われるかのラーメンとの命の相対なの。黙って食べなさい。……でないと、喰われるわよ」
ラーメンに!? 人間が!?
「そうじゃなくて! 私は、新しい秘封倶楽部の拠点を探してるのよ!」
そう、新しい拠点を探すと言っておきながらメリーが真っすぐ向かった先は、この豚骨ラーメンのお店だった。
メリーが横で何か言っているが、周りの「いらっしゃいませェー!」という威勢のいい声が断続的に響くためにかなり聞き取り辛く、自然と私の声量も大きくなっていく。
「拠点っていうか、私たち二人が適当に集まって駄弁るだけの場所でしょ?」
「何でそれがよりにもよってラーメン屋なのよ!」
というか、黙って食べてたら駄弁れないでしょ。駄弁られる環境というのは必須条件だ。私はメリーとお喋りがしたいのだよ。それがこんな、うるさくてお互いの声も満足に聞こえない、お喋りに意識を持って行かれたらラーメンに喰い殺されるような場所が我が秘封倶楽部の拠点として認められるはずもなかろうて。
「あら、蓮子はラーメンはお嫌い?」
「それは……好きだけどさ。けど、メリーは大丈夫なの?」
「大丈夫って、何が?」
「いや、メリーこそ、こういうところ苦手そうじゃない?」
私の中のメリーは、こんな喧騒に塗れた油でギトギトな床の上よりも、どこかアンティークでノスタルジックでレトロスペクティブでオシャンティーなカフェで、ゆったりと紅茶を片手に本を読むほうが性にあってそうなイメージではある。ホント、口を開かなければ。
「あら、心外ね。これでも私、結構ラーメンが好きなのよ。たまに一人でラーメン屋に行くし。私を優雅なだけの女だと思ってもらっちゃ大間違いよ」
「へえ、ちょっと意外」
自分で自分のことを優雅なんて言うのはメリーらしいが。
「それとも、蓮子は私に幻滅しちゃったかしら」
「何でラーメン好きってくらいで誰かを幻滅しなきゃいけないのよ」
「そう。ありがと。けど……ちょっと名残惜しいわね。せめて蓮子の中の私は、ラーメンなんて庶民的なものは食べない、例えるなら手の届かない高根の花のような、そんな存在でありたかったわ」
「安心して。メリーを高根の花とか思ったことないから。私と同じ穴の狢の分際でやかましいわ」
「……でも。でもね。蓮子には、私の全てを知って欲しい。それだけは、嘘偽りのない私の気持ちなの」
「うーん、ここでそんな良いセリフ聞きたくなかったなー」
思わずぐでーと突っ伏しそうになって、目の前が汁と油でテッカテカのテーブルであったことを思い出しグイっと気合で体を後方へ仰け反らせる。
「てゆーかさー、言ったじゃん。お金ないって。なのに何でラーメン屋なのよ」
「だからこそ、よ」
その時の自慢げながらも真剣なメリーの目に、私は思わず唾を飲み込む。決してメリーの持つレンゲの上に存在する、紅生姜と白胡麻でデコレートされたミニラーメンが美味しそうだと思ったからではない。
「どゆこと?」
テーブル備え付けの紅生姜の入った容器を手元に引き寄せながら、メリーにその真意を尋ねる。
「思い出して。カフェに来たら、蓮子は何を頼む?」
「え? ……そりゃあ、コーヒーと、あとたまにケーキとか?」
「そうよね。コーヒーとケーキ、合わせて千円と少し」
「ええ、それが毎日ともなれば、財布にも痛いのよ」
「でもケーキを食べたからって、夕食は食べるでしょ」
「まあ、それはそうね……って、まさか貴方……!」
そう、とドヤ顔でレンゲを私の顔に向けて一息置くメリー。いや、レンゲを人に向けるな。
「でもラーメンなら、同じだけお金を出しておきながらお腹いっぱい夢いっぱい。そして夕食を食べなくて済む。つまり実質タダなのよ!」
「んなわけあるかい」
おっと、思わずうら若き女子大生らしくない言葉遣いになってしまった。反省反省。
「あら、私のこの完璧なロジックを、物理学の徒たる蓮子は如何にして切り崩すのかしら。楽しみね」
「いや、昔流行ったゼロカロリー理論じゃないんだからさ。ガッバガバよその理屈」
「ほう、面白いことを言うね君は。ここはひとつ、そこの名探偵気取りの戯言に付き合ってやろうじゃないか」
「そのセリフがもう負けを認めたようなものでしょ」
あっ、紅生姜と豚骨って、結構合うのね。豚骨のちょっとしつこい後味がガラリと変わって随分と爽やかになったわ。後で高菜も試してみないと。
「我儘ねぇ、蓮子は。一体ラーメンの何が不満なのかしら」
「いや、ラーメンは好きよ? だけどお金が無いんだって。あとラーメンは優雅じゃないし。秘封倶楽部は優雅でないといけないの」
「金欠をアピールするその言葉には優雅さの欠片もないけどね」
うっさい。こちとら花よ蝶よと貴ばれる女子大生で、夜な夜なこの世の不思議を探して回る不思議で神秘な秘封倶楽部。それがこんな油とオッサン臭いラーメン屋に入り浸っているなんて知れた日にゃあ、故郷のおばあ様も草葉の陰で泣いてるわ。まだ生きてるけど。
「残念。蓮子の趣味には合わなかったみたいね」
「……でも、誘ってくれてありがと。美味しいわね、ここのラーメン」
フォローを入れるが、メリーはどこか寂し気な表情を浮かべたままだ。自分が悪いことをしたつもりは欠片ほどもないが。
まあ、偶にならこんな秘封倶楽部も悪くないかもしれない。
改めて目の前のどんぶりを見る。まだ半分以上残ってるし、まだトッピングだってろくに試していないのだ。久しぶりのラーメンだ。ここは存分に楽しませてもらおうじゃないか。
「あ、すみません、替え玉一つ。蓮子はどうする?」
「食べるの早くない!?」
§
ラーメン屋を出ると、既に空は真っ暗だった。
「ふう、お腹いっぱいね」
「そりゃあ、替え玉にデザートまで食べてたらそうもなるでしょうよ」
「これじゃあ、次のお店を探すのは難しそうね。蓮子も、ラーメン屋が嫌なら別の場所、探しておいてね」
「あ、ああうん。そうね……」
メリーにはそう返したが、実はもう拠点の候補となる場所は見つけている。
いや、最初から決めていた。そもそも、財布事情すら本当はどうでもよくて、ただ私はメリーに一歩踏み込みたくて、この提案をしたのだから。
「あのさ、メリー」
「何?」
前を歩いていた彼女が、こちらに振り替える。
街灯に照らされた、優し気な目が、私を見る。
「あ、あのさ。拠点のことなんだけど……」
ええい、何を迷っているのよ宇佐見蓮子!
こんなこと、スッと言えばそれだけなのに、変に躊躇するから意識しちゃうんじゃない! なんてことの無い、いち提案としてサラッと言えばいいのよ!
「メリーがいいなら、その……私の部屋、拠点として使わないかしら」
「ぷっ」
吹いた。
メリーが吹いた。
「何、蓮子。もしかしてずっとそれが言いたかったの? 最初から決まってたんでしょ? それなのに何でラーメン屋なんかに行ってるのかしら?」
「メリーが連れてかれたんじゃない!」
あーもう、全部バレテーラ!
顔が熱いのは、きっとラーメンのせいだ。そうに違いない。
「馬鹿ねぇ。最初からそう言えばいいのに」
「うっさい。じゃあメリーの希望通り、ラーメン屋で良いわよ! 毎日ラーメン食べてぶくぶくに太ればいいのよ!」
「うーん、確かに、毎日ラーメンというのも、それはそれで魅力的なんだけど……そもそも私、秘封倶楽部の拠点第一希望はラーメン屋なんかじゃないわよ」
「ええっ!? じゃあラーメン屋に連れてこられた意味は!?」
「だってラーメン好きだし。蓮子とラーメン食べたかったんだもの」
「えぇ……じゃあどこが第一希望なのよ……」
私の問いに、メリーはたたっとステップするように私の元へ一歩踏み込む。すぐ目の前に彼女の顔が来て心臓が跳ねる。そして、彼女は私を真っすぐ見て、自信満々の笑顔で答える。
「それはもちろん、蓮子の部屋が唯一の第一希望に決まってるじゃない」
メリーが私の手を取りぎゅっと握る。メリーの手の柔らかさにドキリとするが、同時に色気の欠片もない豚骨の匂いが漂ってきてどうにも変な気分になる。
「ちょっとメリー、豚骨臭いわよ」
「蓮子もだから、お互い様ね」
「……やれやれ。うちで、紅茶くらい飲んだら少しはましになるんじゃない? 紅茶には消臭効果があるらしいから」
「ふふっ、それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」
メリーの手を、離れてしまわないようにぎゅっと握り返す。
その手の温かさを、この掌全体で感じるために。
「メリー」
「何、蓮子?」
私は、彼女の名前を呼ぶ。
それに対し、楽しそうに私の名前を、彼女が返す。
私は、彼女へ一歩踏み込むことが出来たのだろうか。自分でもよく分からないが、けれど今は、この少しだけ変わった距離感が心地良い。
一歩踏み込んだことで、また違う味わいをメリーは見せてくれた。それはまるで、今日食べた、トッピングによって様々な顔を見せてくれて、それでいて豚骨であるという大事な部分は絶対に変わらないラーメンのような……ううん、やめやめ。そんなグルメ漫画みたいに今日食べた料理と絡めて色々こねくり回して考えるのは、私の性分じゃない。
今は、この新しいメリーとの距離、ただそれだけを楽しみたいのだ。
「ねぇ、もうカフェにたむろするのはやめない?」
パリン。
そこには、目を見開いて茫然とする、メリーが居た。
何かが壊れる音が、彼女の向かいに座る私の耳にも聞こえた気がした。
私の言葉は、彼女の中の何かを決定的に割ってしまったらしい。
「あっつ!」
§
「いや、なーにが私の中の何かが割れたよ。私の体内にはティーカップが内蔵されているとでも言うつもり?」
「そもそも、私そんな衝撃的なことを言った? びっくりして手の中のものを落とすなんて古臭いドラマじゃあるまいし」
さて、彼女が落として割ったティーカップが片付けられて、中の紅茶を思いっきり被ったメリーの手を冷やして、店員さんに頭を下げて、ひと段落が付いたころ。ようやく今日の本題に入ることが出来た。
「あー、何だったかしら?」
「ほら、私たち秘封倶楽部が何かしようってなったら、いつもこのカフェに来るじゃない?」
このカフェは、大学近くの大通りから一本狭い路地に入ったところにある、いわゆる秘密の隠れ家的なお店だ。そんな立地もあってか人は少なく、いつ来ても他にお客さんが二組か三組程度で、居心地の良い閑散の空気を生み出している。
私もメリーもお気に入りのお店で、こうして秘封倶楽部の作戦会議拠点としてはもちろん、一人でもたびたび来ては本を読んだりレポートを片付けたりと何かと足繁く通っている。この静けさと居心地の良さ、そして何よりコーヒーとケーキの美味しさは、毎日だってここに来たいと思えるくらいだ。
「けどさ、ちょっと……場所を変えたいかなって」
「いきなりまた、どうしてそんなことを? このお店で何かやらかしたの?」
「そうじゃないけどさ……」
「じゃあ、もう金輪際ここに来ないってわけじゃないのよね。だったら、別にいいんじゃない? 気分転換にもなるだろうし」
「……そっか」
とりあえずは提案が受け入れられ、少しほっとした。
「しかし……そうなると、蓮子がコーヒーを飲むところを見る機会も減っちゃうのね。それは残念かも」
「……それって、どういう?」
「ほら、蓮子って、このカフェだといつもコーヒーを注文するじゃない。だから、蓮子ってどうにもコーヒーのイメージがあるのよね」
「そうだったかしら?」
対しメリーはいつも紅茶を注文する。彼女が紅茶を飲む姿は、どこぞの深窓の令嬢を彷彿とさせる、それはそれは優雅なもので、どこでその所作を身に着けたのか聞きたくなるほどだ。口を開かなければだが。
対し、私はどうだろうか。自分がコーヒーを飲む姿なんて今まで意識してこなかったが、他人からはどう見えているのだろう。私が紅茶を飲むメリーを見て深窓の令嬢を連想するように、メリーも、コーヒーを飲む私を見て……なんというか、こう、デキるビジネスウーマンみたいな、そんな風に思ってくれてたら、ちょっと嬉しいかなって。
「やっぱり、蓮子にはコーヒーよね。それかレッ〇ブルかモン〇ナ」
「完全にカフェイン摂取が目的じゃない!」
頭の中の私が、パリッとしたスーツを着こなすやり手のビジネスウーマンから、途端にギンッギンの充血した目を鈍く光らせるヨレヨレスーツの残業常態化OLに早変わり。うーむ、想像がいやにリアル過ぎて未来の自分を重ねてしまい気が滅入ってくる。
「それより、やっぱり理由が知りたいわ。なんでこのカフェを出ていくみたいなことを言いだしたのよ」
「あー、やっぱり? それ聞いちゃう?」
「まあ、その理由如何によっては、新しい秘封倶楽部の拠点候補だって変わるでしょうに」
その意見はごもっともだが、本音を言えば口に出したいものではない。
しかし、早く言えと口には出さずとも目で訴えるメリーに気圧されて、私は喋り始める。
「あの……その、ね? 言いにくいんだけど……」
「早く言え」
とうとう口に出したなこの女。
仕方ない、腹を括って打ち明けるしかないらしい。
「お金が……ないの」
はぁ……。と小さく溜息をつくメリー。笑われなかっただけましなのだろうが。
「そんなことなら、早く言えば良かったのに。ご飯、ちゃんと食べてる? 冷蔵庫の中、空っぽじゃないでしょうね。コンビニのお弁当ばっかり食べてちゃダメよ。必要なら貸してあげるからさ」
「オカンか。別に今日明日の食い扶持に困るほどじゃないわよ。けど、頻繁にこのお店で飲み食いしてたツケが、とうとう口座残高という目に見える形でやってきたって感じかな」
このお店、大学の近くにあるからといってもそこまで安くはない。相場で言えば少しばかり安いくらいだろうが、それでもアルバイトも大してしていない大学生の身で頻繁に来るには財布が少々心もとない。
学費、教材、おしゃれ、オカルトグッズと、大学生は何かとお金が出ていくものだ。ケチケチするのはあまり性分ではないが、出来ることならなるべく余計な出費は減らしたいものだ。
「ふむ……お金の節約になるような場所……ねぇ」
「それでさ、もしメリーが良かったらなんだけどね……」
「よし、行くわよ蓮子」
メリーが酒でも煽るかのように紅茶をグイっと飲み干して立ち上がる。
「ど、どこへ?」
茫然とする私を横目に、既に彼女は会計を済ませてお店を出る準備を着々と進めていた。
「決まってるでしょ。街に探しに行くのよ、私たちの、秘封倶楽部の新しい拠点を。さあ、行くわよ蓮子、フィールドワークの時間よ」
§
「へいおまちィ!」
威勢のいい言葉が、店内に響く。
それと同時に、ドンという音が聞こえてきそうなほどこれまた威勢良く目の前に置かれたのは、私の頭ほどもありそうなどんぶりだ。
目の前には、暴力的なほどの白い海。そして分厚く切られたチャーシューに小さく刻まれた九条ネギ、そして三分の一ほどが白い海に浸された大きな海苔。誰が見ても一目で分かる、実にシンプルな豚骨ラーメンだ。そこから立ち込める湯気とともに、重厚な豚骨の香りが鼻どころか頭全体を優しく包み、それでいて強烈に揺らしてくる。口の中に堪えられないほどの涎が溢れてくる。
「いただきます」
茫然としている私を横目に、手を合わせるメリー。遅れて私も手を合わせる。
「い、いただきます」
まずはどこから手を付けようかと悩んだが、ラーメンといえばやはりスープだろう。レンゲでスープをすっと抄う。白いレンゲの上で、九条ネギの緑が混じる、ややとろりとした液体が光り輝く。見れば、表面には油の雫が浮いており、それが店内の照明をキラキラと反射しているのだ。
普段であれば、カロリーの塊であるそんなものは敬遠するだろう。こんなものを嬉々として飲んだ翌日には、顔がテカってしまうかもしれない。
だが今は、目の前のこれが酷く素晴らしいものに見える。さあ、舌に乗せろと脳が欲する。そして私には、その命令に背くことは出来なかった。
パクリ。もはやレンゲに口を付けて飲むというよりもレンゲごと口に咥え込むようにしてスープを舌の上に流し込んだ。
「おほぉうわぁ」
熱い、そして美味い。それ100%で構成された息だか声だかが、口から白い湯気と共に漏れた。
そこには、濃厚な豚骨があった。シンプルであるが故に、濃厚な豚の骨のカルシウムのうまみ。この脳髄が欲する味と要素それだけを丁寧にどんぶりの中に設えた、濃縮されたうまみ。それだけが舌の上に存在していた。うむ、この不純物のないうまみの塊。こういうのがいいんだよ。こういうのが。
今度は炭水化物が欲しいと脳が訴える。口の中に濃厚な豚骨のかほりが消える前に麺を口に入れるべく箸を取ろうとして、自分の右手には既にレンゲがあるのに気付き慌てて左手に持ち変える。そうして生まれたるは右手に箸、左手にレンゲというジャパニーズラーメンファイティングスタイル。
箸をどんぶりに突っ込んで持ち上げると、これまた白い、細ストレート麺の滝が出来た。これをそのまま口に運んで汁が飛ぶのもお構いなしに思いっきり啜り上げる……などと下品なことを女の子がやると思ったら大間違いなんだから。
口に運ぶ前にまずはレンゲの上に麺をライドオン。そして少しレンゲをスープに沈めれば、ちっちゃなちっちゃな、私だけのミニラーメンの完成だ。うーむ、こう見るとなかなか可愛いんじゃないかしら?
「はふっ、ちゅるっ」
そして、レンゲの上に行儀良くちょこんと座る麺とスープを、一口で一緒に食べる。
「あはぁ……」
美味しい。
少しばかり硬めに茹でられたストレート麺が、九条ネギの決して失われることのないシャキシャキとした歯ごたえと心憎いほどにがっちり合わさる。そしてますます口の中に広がっていく豚骨の奥深い味わい。あぁ~たまりませんなぁ。
箸とレンゲが止まらない。ただひたすらにレンゲの中に小さなラーメンを作っては口に放り込む作業に勤しむ。時折、チャーシューをどこかもったいなく感じながらも箸でするりと裂いて頬張る。箸で簡単に裂けるほどに柔らかくとも、口の中でしっかりと我は肉だと自己主張するチャーシューの暴れ馬っぷりを存分に堪能する。
ああ、なんて幸せなのだ。豚骨の暖かくも強い包容力に身を委ねて、私は白い海をいつまでも泳ぎ続けたいと……
「って違う!」
豚骨の海にバットトリップし掛けた意識が、やっと冷静沈着才色兼備優美高妙不動明王容姿端麗焼肉定食なスーパー天才マッドサイエンティスト蓮子ちゃんの元へとご帰還なされた。
「何よ、ラーメンは武道なのよ。ラーメンを食べる、それは即ち食うか食われるかのラーメンとの命の相対なの。黙って食べなさい。……でないと、喰われるわよ」
ラーメンに!? 人間が!?
「そうじゃなくて! 私は、新しい秘封倶楽部の拠点を探してるのよ!」
そう、新しい拠点を探すと言っておきながらメリーが真っすぐ向かった先は、この豚骨ラーメンのお店だった。
メリーが横で何か言っているが、周りの「いらっしゃいませェー!」という威勢のいい声が断続的に響くためにかなり聞き取り辛く、自然と私の声量も大きくなっていく。
「拠点っていうか、私たち二人が適当に集まって駄弁るだけの場所でしょ?」
「何でそれがよりにもよってラーメン屋なのよ!」
というか、黙って食べてたら駄弁れないでしょ。駄弁られる環境というのは必須条件だ。私はメリーとお喋りがしたいのだよ。それがこんな、うるさくてお互いの声も満足に聞こえない、お喋りに意識を持って行かれたらラーメンに喰い殺されるような場所が我が秘封倶楽部の拠点として認められるはずもなかろうて。
「あら、蓮子はラーメンはお嫌い?」
「それは……好きだけどさ。けど、メリーは大丈夫なの?」
「大丈夫って、何が?」
「いや、メリーこそ、こういうところ苦手そうじゃない?」
私の中のメリーは、こんな喧騒に塗れた油でギトギトな床の上よりも、どこかアンティークでノスタルジックでレトロスペクティブでオシャンティーなカフェで、ゆったりと紅茶を片手に本を読むほうが性にあってそうなイメージではある。ホント、口を開かなければ。
「あら、心外ね。これでも私、結構ラーメンが好きなのよ。たまに一人でラーメン屋に行くし。私を優雅なだけの女だと思ってもらっちゃ大間違いよ」
「へえ、ちょっと意外」
自分で自分のことを優雅なんて言うのはメリーらしいが。
「それとも、蓮子は私に幻滅しちゃったかしら」
「何でラーメン好きってくらいで誰かを幻滅しなきゃいけないのよ」
「そう。ありがと。けど……ちょっと名残惜しいわね。せめて蓮子の中の私は、ラーメンなんて庶民的なものは食べない、例えるなら手の届かない高根の花のような、そんな存在でありたかったわ」
「安心して。メリーを高根の花とか思ったことないから。私と同じ穴の狢の分際でやかましいわ」
「……でも。でもね。蓮子には、私の全てを知って欲しい。それだけは、嘘偽りのない私の気持ちなの」
「うーん、ここでそんな良いセリフ聞きたくなかったなー」
思わずぐでーと突っ伏しそうになって、目の前が汁と油でテッカテカのテーブルであったことを思い出しグイっと気合で体を後方へ仰け反らせる。
「てゆーかさー、言ったじゃん。お金ないって。なのに何でラーメン屋なのよ」
「だからこそ、よ」
その時の自慢げながらも真剣なメリーの目に、私は思わず唾を飲み込む。決してメリーの持つレンゲの上に存在する、紅生姜と白胡麻でデコレートされたミニラーメンが美味しそうだと思ったからではない。
「どゆこと?」
テーブル備え付けの紅生姜の入った容器を手元に引き寄せながら、メリーにその真意を尋ねる。
「思い出して。カフェに来たら、蓮子は何を頼む?」
「え? ……そりゃあ、コーヒーと、あとたまにケーキとか?」
「そうよね。コーヒーとケーキ、合わせて千円と少し」
「ええ、それが毎日ともなれば、財布にも痛いのよ」
「でもケーキを食べたからって、夕食は食べるでしょ」
「まあ、それはそうね……って、まさか貴方……!」
そう、とドヤ顔でレンゲを私の顔に向けて一息置くメリー。いや、レンゲを人に向けるな。
「でもラーメンなら、同じだけお金を出しておきながらお腹いっぱい夢いっぱい。そして夕食を食べなくて済む。つまり実質タダなのよ!」
「んなわけあるかい」
おっと、思わずうら若き女子大生らしくない言葉遣いになってしまった。反省反省。
「あら、私のこの完璧なロジックを、物理学の徒たる蓮子は如何にして切り崩すのかしら。楽しみね」
「いや、昔流行ったゼロカロリー理論じゃないんだからさ。ガッバガバよその理屈」
「ほう、面白いことを言うね君は。ここはひとつ、そこの名探偵気取りの戯言に付き合ってやろうじゃないか」
「そのセリフがもう負けを認めたようなものでしょ」
あっ、紅生姜と豚骨って、結構合うのね。豚骨のちょっとしつこい後味がガラリと変わって随分と爽やかになったわ。後で高菜も試してみないと。
「我儘ねぇ、蓮子は。一体ラーメンの何が不満なのかしら」
「いや、ラーメンは好きよ? だけどお金が無いんだって。あとラーメンは優雅じゃないし。秘封倶楽部は優雅でないといけないの」
「金欠をアピールするその言葉には優雅さの欠片もないけどね」
うっさい。こちとら花よ蝶よと貴ばれる女子大生で、夜な夜なこの世の不思議を探して回る不思議で神秘な秘封倶楽部。それがこんな油とオッサン臭いラーメン屋に入り浸っているなんて知れた日にゃあ、故郷のおばあ様も草葉の陰で泣いてるわ。まだ生きてるけど。
「残念。蓮子の趣味には合わなかったみたいね」
「……でも、誘ってくれてありがと。美味しいわね、ここのラーメン」
フォローを入れるが、メリーはどこか寂し気な表情を浮かべたままだ。自分が悪いことをしたつもりは欠片ほどもないが。
まあ、偶にならこんな秘封倶楽部も悪くないかもしれない。
改めて目の前のどんぶりを見る。まだ半分以上残ってるし、まだトッピングだってろくに試していないのだ。久しぶりのラーメンだ。ここは存分に楽しませてもらおうじゃないか。
「あ、すみません、替え玉一つ。蓮子はどうする?」
「食べるの早くない!?」
§
ラーメン屋を出ると、既に空は真っ暗だった。
「ふう、お腹いっぱいね」
「そりゃあ、替え玉にデザートまで食べてたらそうもなるでしょうよ」
「これじゃあ、次のお店を探すのは難しそうね。蓮子も、ラーメン屋が嫌なら別の場所、探しておいてね」
「あ、ああうん。そうね……」
メリーにはそう返したが、実はもう拠点の候補となる場所は見つけている。
いや、最初から決めていた。そもそも、財布事情すら本当はどうでもよくて、ただ私はメリーに一歩踏み込みたくて、この提案をしたのだから。
「あのさ、メリー」
「何?」
前を歩いていた彼女が、こちらに振り替える。
街灯に照らされた、優し気な目が、私を見る。
「あ、あのさ。拠点のことなんだけど……」
ええい、何を迷っているのよ宇佐見蓮子!
こんなこと、スッと言えばそれだけなのに、変に躊躇するから意識しちゃうんじゃない! なんてことの無い、いち提案としてサラッと言えばいいのよ!
「メリーがいいなら、その……私の部屋、拠点として使わないかしら」
「ぷっ」
吹いた。
メリーが吹いた。
「何、蓮子。もしかしてずっとそれが言いたかったの? 最初から決まってたんでしょ? それなのに何でラーメン屋なんかに行ってるのかしら?」
「メリーが連れてかれたんじゃない!」
あーもう、全部バレテーラ!
顔が熱いのは、きっとラーメンのせいだ。そうに違いない。
「馬鹿ねぇ。最初からそう言えばいいのに」
「うっさい。じゃあメリーの希望通り、ラーメン屋で良いわよ! 毎日ラーメン食べてぶくぶくに太ればいいのよ!」
「うーん、確かに、毎日ラーメンというのも、それはそれで魅力的なんだけど……そもそも私、秘封倶楽部の拠点第一希望はラーメン屋なんかじゃないわよ」
「ええっ!? じゃあラーメン屋に連れてこられた意味は!?」
「だってラーメン好きだし。蓮子とラーメン食べたかったんだもの」
「えぇ……じゃあどこが第一希望なのよ……」
私の問いに、メリーはたたっとステップするように私の元へ一歩踏み込む。すぐ目の前に彼女の顔が来て心臓が跳ねる。そして、彼女は私を真っすぐ見て、自信満々の笑顔で答える。
「それはもちろん、蓮子の部屋が唯一の第一希望に決まってるじゃない」
メリーが私の手を取りぎゅっと握る。メリーの手の柔らかさにドキリとするが、同時に色気の欠片もない豚骨の匂いが漂ってきてどうにも変な気分になる。
「ちょっとメリー、豚骨臭いわよ」
「蓮子もだから、お互い様ね」
「……やれやれ。うちで、紅茶くらい飲んだら少しはましになるんじゃない? 紅茶には消臭効果があるらしいから」
「ふふっ、それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」
メリーの手を、離れてしまわないようにぎゅっと握り返す。
その手の温かさを、この掌全体で感じるために。
「メリー」
「何、蓮子?」
私は、彼女の名前を呼ぶ。
それに対し、楽しそうに私の名前を、彼女が返す。
私は、彼女へ一歩踏み込むことが出来たのだろうか。自分でもよく分からないが、けれど今は、この少しだけ変わった距離感が心地良い。
一歩踏み込んだことで、また違う味わいをメリーは見せてくれた。それはまるで、今日食べた、トッピングによって様々な顔を見せてくれて、それでいて豚骨であるという大事な部分は絶対に変わらないラーメンのような……ううん、やめやめ。そんなグルメ漫画みたいに今日食べた料理と絡めて色々こねくり回して考えるのは、私の性分じゃない。
今は、この新しいメリーとの距離、ただそれだけを楽しみたいのだ。
二人のとなりでラーメン食べたい
結局仲が良い二人も良かったです
あとラーメンの下りでお腹がすく。
結局はいちゃいちゃしてる二人いいですね……。
2人のいちゃいちゃと豪快な飯テロ描写が色々混ざってて面白かったです。
豚骨ラーメンをすする描写が丁寧すぎて笑えて来ました
お腹すいてきたじゃないですか
反骨精神にあふれた素晴らしい話でした
それでもちゃんとすぐ百合百合しい流れに持って行かれる流れも完璧でした。紫が出て来たのは口を尖らせかけましたがそんなの些事です些事。最初の喫茶店のオシャレの中にあるどこか俗っぽい日常風景も、替え玉を注文するのがめっちゃ早いメリーさんも、顔が熱いのが全部ラーメンのせいなのも、全部面白かったです。
ご馳走様でした!!シメの白米注文します!!
すばらしい