Coolier - 新生・東方創想話

多重古明地症候群

2020/10/10 00:05:04
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 階段を下る足音で目を覚ました。棺桶から起き上がると同時、扉が開いてこいしが頭を覗かせた。

「いえーいフランちゃん起きてるー? 私はねーすっごく寝てる! ゆめみごこち! あはははは!」

 赤ら顔だった。

 また面倒なことになってるな、と私が思うのと同時に、こいしは頭を殴りつけられて昏倒した。後ろに立っていたのはまたもやこいしで、そちらは酔ってはいないようだった。酩酊した方のこいしは煙の如くにするすると、殴りつけた方のこいしに吸い込まれて消えていった。残ったこいしは申し訳なさげに言った。

「ごめんねフランちゃん、ちょっと酔った勢いで記憶を飛ばしちゃって。……なにか変なこと言ってなかった?」
「安心して頂戴、こいしは常日頃から変よ」

 私の言葉に、こいしはひどく困ったような顔をした。





 階段を下る足音で目を覚ました。棺桶から起き上がると同時、扉が開いてこいしが頭を覗かせた。
 珍しく暗い表情だったので温かい紅茶を勧めると、少ししてから堰を切ったようにこいしは喚き散らかしだした。

「誰もかれもさー瞳を開け心を閉ざすなそっちの方が幸せになれるって口を揃えて言ってきてさー! どれだけ私が苦しんだ末に瞳を閉じることにしたのか欠片も分かってない癖に! 無責任にも程があるのよ!」
「大変ねえ」
「うん……ありがとね……」こいしは机に突っ伏して言う。「私のことをちゃんと真剣に見てくれるのは、フランちゃんぐらいだよ……」

 常に比べてこいしは随分と饒舌だったし、情緒不安定だったし、何より感情的だった。喜怒哀の八割を欠損したような常のこいしからは考えられない姿だった。雑な相槌を打ちながらも違和感を持って私が館の中を探ると、小走りの速度で私の部屋に向かっている影を感知した。

「今日もね……お姉ちゃんたら酷いのよ……私が朝起きて食堂に顔を出したらさ……つく」
「ちぇすとーーー!!!」

 こいしの言葉を遮るように音を立てて扉が開け放たれると、奇怪な雄叫びを上げながらもう一人こいしが部屋へと飛び込み情緒不安定な方のこいしの頭を回し蹴りにて刈り取った。刈り取られたこいしの様子を一瞥すらせずに、刈り取ったこいしはそのまま流れるように土下座の体勢へ移行した。

「ほんっとにごめん! いやさ、さっきの私めちゃくちゃめんどくさかったでしょ。ああいうの私は全く気にしてないんだけど、フランちゃんは多分いやな気持ちになったと思うの。だから、ごめんね?」
「……いや、別に」

「あ、そう? それなら良かったわー」
「……」

 定型句であることを微塵も疑わないのに僅かばかりに呆れたが、けれどそれでこそこいしである、という節はなくもない。つまりはいつも通りの変人ぶりだ、ということである。

「それより、今のは何だったのよ」
「うーん、抑圧の発露というか、解離性障害……だから、二重人格? みたいな」
「……へえ?」

 つまるところ。幻想郷で二重人格とは、分身のことを指すらしい。




「冗談はともかく」
「なんのはなし?」
「こっちの話よ」
「そっちのはなしかー」

 などと軽口を挟みはしたが。

 こいしの分身の暴走も、流石に三度目ともなると呆れるよりも疑問が勝る。幼児退行したこいしの分体に半日ばかり抱き着かれ続けて凝った身体をほぐしつつ、あれは一体なんなのかと問う私に向かって、あーね、と頷いてこいしは言った。

「ほら、私はどっちかっていうと精神寄りだから」
「伝わるように話して頂戴」
「えー難しいこと言わないでよーフランちゃんのいじわるー」

 とは言いながらも律儀に言葉を探すあたりがこいしの美徳だと私は思うし、そう言わないと言動の雑に過ぎるところがこいしの欠点なのだとも思う。

「んー、だからね。私は特に身体より精神の側に比重があるから、精神の諸々がそのまま身体に返って来やすいの」
「ああ。だから、二重人格ってわけ」
「そうそう。なにかしらあって人格ばらけたらそのまま身体もばらけるし、記憶も物理的に飛んじゃうのよね」

 それはまた、随分に難儀であるというか、滑稽というか。
 言葉選びに悩む私に、でもね、とこいしは続けて言った。

「そうは言っても、妖怪だったら誰だって、そうなる素養は持っているのよ? ヒトガタを使うひととかは、特に」
「……いや、ないでしょ」

 一瞬言葉に詰まったのは、こいしの瞳に僅かばかり気圧されたからだ。
 きっと、その筈だ。



 目が覚めると、私を見下ろす三対六つの瞳があった。
 さては寝惚けてフォーオブアカインドを使ってしまったか、などと思ったがそれにしては様子がおかしい。
 私がぼんやり見つめていると、三体のヒトガタは互いに目配せし合い、ややあって、そのうちの一つが口を開いた。


「ねえ、私――」


 私は即座に、三つの頭を握り潰した。
こいしちゃんはこういう性質あると面白いよね第二段
サク_ウマ
https://twitter.com/sakuuma_ROMer
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コメント



0.200簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.100転箸 笑削除
無意識の妖怪なのに精神の方が重いのは面白いですね
3.100保冷剤削除
たいへんたいへん! わたしが、ええ~~!? ふたりいる!? ってのはまあファンアートではおなじみのやつなんですが。こちらの幻想少女はやることが極端でとてもよいですね
4.100終身削除
一人一人普段は外側に出てこないように抑えられていてそこに居るのに居ないようになっているんだとしたら何というかとても闇が深いですね… でもこのまとまりの無さが普段の一人に詰め込まれてから動いているのもそれはそれで納得がいくような気もしました
6.100めそふらん削除
お前も増えるのかこいしーっ!!!
良いですね、どんどん分身して歯止めが効かなくなって欲しいですよ!
フランちゃんの分身が暴走するところも見たいですね!!!
7.90大豆まめ削除
精神分裂病こいしちゃん(物理)
東方においては誰も彼も簡単に分身とかし始めますし、こいしちゃんが増えてもいっこうに構わん!
妖怪って確かに精神的な存在ですしとりわけこいしちゃんは存在における精神的なものの締める割合が大きいっていうのは妙な納得感がありました
9.100名前が無い程度の能力削除
どんなことが起こったとしても、大体「こいしだからしょうがない」で納得できてしまうからずるい。こいしちゃんったらお茶目さん。
物理的に記憶が飛ぶこともあるというなら、物理的に記憶が戻ってくることも日常茶飯事なのかも知れませんね。
10.100ヘンプ削除
おお、最後……巻き込まれたフランドールはいかに。
こいしの不安定さがとても良かったです。面白かったです!
11.100名前が無い程度の能力削除
おおってなりますね
12.80名前が無い程度の能力削除
一人くらい持っていっても・・・ばれへんか
フランちゃん一人称の時のサクウマさんの文章は信用できる
14.100水十九石削除
あばばばばばばばばばばばば
確かに乖離した人格なのか、でもなんか全部同じ人格で同じ思考回路で、こいしちゃんだと全員自由気まま勝手に動くのかもしれないけどフランちゃんだったら異口同音も無く口を揃えてそう言ってしまうのか、そもそも乖離性人格障害では無いまさに多重古明地症候群…?制御の効かない夢の中で必死に藻掻きながら読んでいた様な気がします。
ブッ飛んだこいしちゃんの輝くような複数の笑顔が目に浮かぶようでした。ご馳走様でした。
15.100南条削除
面白かったです
分裂したこいしもまたこいしの一部なんでしょうし、こいしもいろいろなものを抱えて生きているんだなと思いました
16.100Actadust削除
古明地こいしは二人いる!
ぶっ飛んでいるの面白かったです。こいしちゃん蹴り飛ばすこいしちゃん可愛いね。
17.100ムック削除
なるほど、確かにこいしちゃんという存在の性質を考えると、こんなことが起こるのも充分に考えられ、納得できるといいますか。
ところで、この症候群の「被害者」はフランだけなんでしょうか。他に広がっていたらそれはそれは怖い。
あと、分体を吸収していた1番マトモなこいしちゃんが「本体」とは限らないですよね……?
18.100モブ削除
真面目に、精神に重きを置く妖怪は分裂する要素があるのではないかと考えさせられる話でした。面白かったです。ご馳走様でした。
19.100名前が無い程度の能力削除
「誰もかれもさー」の台詞にぐっときました。瞳開いた後はとても辛そう。