「夜雀さん。ごちそうさまでした」
夕焼け小焼けの森の中。
屋台の長椅子から降りた大ちゃんが、小さなお辞儀を私にくれた。
「お粗末さま。また来てね」
「えー。もう帰っちゃうの?」
「ごめんねチルノちゃん。また明日も遊ぼうね」
「もちろん! 明日こそ決着をつけよう!」
「うん! それじゃ、バイバイ」
手を振りながら、大ちゃんは屋台から出て行った。
その姿が見えなくなっても氷精ちゃんは、少しの間、誰も居ない方を見続けていた。
ガキ大将にも、結構可愛いところがある。
「ところでさ。前々から気になってたんだけど」
「だろうね。あたいが何故こんなに強いのか、気になるのも当然」
「それは後々聞くとしてさ」
私が気になるのは、さっき帰った子の方だ。
「……大ちゃんって、何妖精?」
妖精ってのはつまり、自然現象が具現化した存在だ。
だからどの妖精にも、元となる現象がちゃんとある。
氷精ちゃんは、氷の妖精。
三人組の妖精は、光の妖精。
では。大ちゃんこと大妖精は、いったい何の自然なんだろう。
「氷精ちゃんは何だか知ってる?」
「んー、分かんない。聞いたこと無い」
「そっかー」
能力を使う所も見たこと無いな、そういえば。
あえて言うならテレポート……でもあれ、他の妖精も使うよな。分からん。
「なーにもしらない♪ 知ることかなーわずー♪」
「別に何でも良くない? 友達ならそれでさー」
「ほー、良いこと言うじゃん。そんな君には、余り物をおまけしてやろう」
「やったー!」
美味しそうに串焼きを頬張る氷精ちゃん。
……食事の要らない妖精的には、これも遊びの類いになるんかな。
「うーん。風とか水っぽい感じはある。植物もありえるな」
「大ちゃんに直接聞けば?」
「だってさー。あの子と会うこと少ないんだもん」
氷精ちゃんとはそこそこの頻度で会うのに、大ちゃんは中々会えない。
普段その2人で遊んでるんだから、もっと機会あるハズなんだけど。
「もしかして私、嫌われてる?」
「ミスティアは悪だからなー」
「なら水の妖精かな……私あっちで相当汚したもんなぁ」
何隻何人が沈んでいる事やら。
超絶美少女の美声に誘われたとはいえ、あんな難所で無茶する方が悪いん――。
「――待てよ?」
私があっちでローレライと呼ばれた理由は、『ローレライという名の岩場』に現れるから。
つまり、地名がそのまま私の名前になったワケだ。
大ちゃんも、実はそうなのでは?
何らかの自然現象の妖精が『大妖精』と呼ばれるようになったのでは無く。
誰も知らないだけで、本当は『大妖精という名の自然現象』が、この世に存在しているのでは……?
「なんてこった……私は、真実を知ってしまった……」
「どしたの」
「大ちゃんって一体どんなものなの!?」
「いま知ったって言ったじゃん」
待て、落ち着こう。
単に私が知らないだけかもしれない。大ちゃんは割と知られた自然の可能性がある。
自然に詳しい。もしくは、密接な関わりのある誰かの意見を聞きたい所ね。
「みすちー。来たよー」
そんな想いが通じたのか。
困惑する氷精ちゃんの背後に影が。
「来てくれたのね! 渡りに船!」
「うわっ。なになに、どうしたの」
リグルは蟲の妖怪だ。
自然と共に生きる蟲たち。間違いなく縁深い。何か知っているかもしれない。
「こいつ、さっきから何か変なの」
「ふうん。そうなんだ」
何だその反応は。いつもの事だし、みたいな態度はやめろ。
一大事だぞ。風雲急だぞ。世界の変革まった無しだぞ。
「リグル、単刀直入に聞くけど……大ちゃんという自然現象について知識は?」
「え? 大ちゃん、って。あの妖精の子だよね」
「そう。大ちゃんは個体の名前では無く、自然現象を指す名前である可能性が」
私は、私の考えをリグルに伝えた。
言葉で、身振りで、走り書きで。
私が主張を終えると、リグルはゆっくりと眼を閉じて、柔らかく微笑んだ。
「なるほどね。それで騒いでいたんだ」
やれやれ、と言わんばかりの口調で、長椅子に腰掛けるリグル。
この反応……まさか、知っているのか……?
「みすちー。いい? 良く聞いて?」
「耳の穴、かっぽじり済みよ」
「じゃあ言うけど……今日はもう屋台閉めて、暖かくして寝た方が良いよ」
「過労とかじゃ無いからね?」
目つきと声音が妙に優しいんですけど。
いや今日の私は、むしろかなり調子良いから。
なんなら単独ゲリラライブを検討した位だぞ。
「チルノ。今日はもう駄目みたいだから、片付け手伝ってくれる?」
「しゃーないなー。こんど花蜜ジュース作ってよね」
「扱いが完全に病人じゃんか」
「ミスティア。お前は駄目なヤツだから座ってていいぞ」
「それ、私の体調を気遣ってるんだよね? 子供特有のド直球じゃないよね?」
クソッ。このままだと、残念なヤツのまま今日が終わってしまう。
誰か、誰かこないか。この状況を打破する起死回生の存在が……!
「こんばんわー」
来た。驚くべき事に、二度も機会が訪れた。
宙に漂う黒い球体。それが解けて流れ、現れたのは見知った顔。
「よく来た宵闇ちゃん!」
彼女は妖精では無いけれど……光の妖精が居るんだし、闇だって自然現象だろう。
もしかしたら、何か知っているかもしれない。
「ルーミアごめん。片付け、手伝ってくれるかな」
「花蜜ジュース貰えるぞ!」
「あちゃー。よく来たね、ってそういう事かー」
「それは違う! 私はあんたを待っていた!」
その華奢な肩をがっしと掴む。
逃げないだろうけど、逃がすものか。
「おお。喰われる側って結構新鮮かもー」
「食材としてじゃなくて! 私分かったんだよ! 大ちゃんの事が!」
「え? 大ちゃん?」
「この世界には、大ちゃんという自然現象が存在していて! それは未だ知られて無くて!」
私は話した。隠された現象を。
私は話した。世界の裏側を。
身を振り、手を振り、腰を振り。
改めて紙に書いて説明し、目を見開いて熱弁を振るい。
そして。全てを語り終えた私は叫んだ。
「宵闇ちゃんはどう思う!? 何か知ってる!?」
彼女はいつもの暢気顔が嘘のように、真剣な表情をしている。
やはり、知っているのか?
その小さな口が開き、私へ向けて、答えを紡いだ。
「脳みそまで閉店したのか?」
「辛辣ッ!」
いま本気で馬鹿にしたぞこいつ。
この後『ついでにそのまま命も閉じろよ』とか言いそうな顔してるぞ。
「そーなのかーって言いなさいよ……! 十八番だろうがよ……!」
「やだよ……私だって最低限のラインってモノがあるし……」
「抵触しちゃった?」
「ブチ抜いて闇の底だよ」
うーん……何だか冷静になってきた。
大ちゃんは名前か通称だろ。私は馬鹿か?
私の説が正しければ。例えば氷精ちゃんはチルノじゃなくて、氷とか凍結って個人名になるだろうが。
リグルごめん。私、駄目だったわ。
「店長さん? 大丈夫ー?」
「いや、うん。なんか落ち着いてきた」
危なかった。この話を余所でしなくて本当に良かった。
もし話してたら入水モノだ。
「まあでも、気持ちは分かるよー。実は私、本人に聞いたことあってさー」
「え、聞いたの!? 先に言ってよそういうの!」
「だって聞かれなかったし?」
「宵闇ちゃん……ホントそういうとこクソッタレよね……」
「照れるわー」
「照り焼くぞこの野郎」
まあ。それでも私の痴態は拭えないんだけど。
いやそれよりも真相だ! 答えを聞こう!
「で、何だったの。あの子の出自」
「いや、それがさー。聞いた途端にスッって真顔になって、凄い勢いで逃げ出しちゃってー」
「えっ。な、なんで?」
「分かんない。私も追わなかったし」
なんてこった。むしろ謎が増えてしまった。
「「……大ちゃんって何?」」
こうなると、俄然真相を知りたくなる。
やっぱり、本人から聞くのが一番だけど。見つかるかなぁ。
駄目なら最悪、あそこで聞こう。
▽
あれから一週間後の夜。
私は、人里に潜入している。
灯の消えた町の外れ。そこに、目的の場所がある。
ハクタクの家だ。
「ごめんください」
「こんな時間にどなた……ミスティア? さてはお礼参りか?」
「違うって。違うから首を鳴らすの止めて」
私は昔のやらかしで、人里を出禁にされている。
と言っても、ハクタクが勝手に決めた事なんだけど。でも私は、それに大人しく従っている。
里の中で見つかると煩いし。あの頭突きを喰らって、何度も生き残る自信も無いし。
「どうしても、あんたに聞きたい事があってさ」
「私に? 分かった。上がりなさい」
小さくて、物が多いのに、しっかり片付いているハクタクの家。
入るのは果たしていつ振りだろう。
「大した物は無いが」
何とお茶を出してくれた。里ごと出禁の妖怪にだ。
律儀というか、何というか。
「ありがと」
「礼は言えるようになったか。成長だな。先生嬉しいぞ」
「誰が先生よ。そんな事より。私が聞きたいのは……大妖精のこと」
「チルノとよく一緒にいる妖精か」
流石に知ってるか。
私は恥を忍んで、ここまでの経緯と、知りたいことを説明した。
「……要するに、大妖精は何者なのか。それを知りたいんだな?」
「うん。直接聞こうと一週間探し回ったのにさぁ。全っ然見つかんないの。他のヤツも、誰も知らないし」
「随分と頑張ったな」
「骨折りだったけどね。あんたなら知ってそうだと思ってさ」
なるほど、と呟いて。ハクタクがお茶を一口飲む。
「あえて出禁の場に来るほどだ。よっぽど知りたいんだな」
「そうよ。里の外れとはいえ、来るの大変だったんだから」
「うんうん。知を追い求めるその姿勢は、とても大事だぞ」
「そういうのはいいからさぁ。早く教えてよ」
「相変わらず不良だな。まったく」
元々綺麗な正座を、更に正すハクタク。
思わず私も、座り直す。
風の音もしない、人里外れの夜。
歴史の半獣が、私をまっすぐ見据えて言った。
「いいかミスティア。お前は多くの可能性を秘めている」
んっ?
「例えばいつの日か、誰もが畏怖する大妖怪に……お前にはそういう、良き未来を目指す権利がある」
なになに。
「だから、その、なんだ……今日はお茶だけ飲んで帰りなさい」
ハクタクがだんまり決め込んだ!?
「やだやだ、やめて。マジで怖いんだけど、冗談だよね? そうだよね?」
「このまま何も聞かずに帰れば、お前のを修正せずに済む。だから、な?」
「お前のを修正って何ッ!?」
うん。そうだよね。
余計な詮索は、もう止めよう。
チルノだって、友達ならそれで良いと言っていた。
大妖精は、たまに遊びに来てくれる、可愛くて優しい妖精の子。それでいいじゃないか。
別に怖いからとか、そういう訳ではないから。
いや、あの、本当に。
▽
「氷精ちゃん。あんたの友達はアブない女だったよ……」
「そらそうよ。大ちゃんは凄いからね。例えば、湖のそばに半分崩れた祠があるじゃん?」
「えっ。あの辺には、そんなもの無いはずだけど……?」
「あれだってさ、大ちゃんが近づいた時だけ崩れた側から……あ、これはナイショだった」
「頼むからナイショにしといて……これ以上謎を増やすな……!」
夕焼け小焼けの森の中。
屋台の長椅子から降りた大ちゃんが、小さなお辞儀を私にくれた。
「お粗末さま。また来てね」
「えー。もう帰っちゃうの?」
「ごめんねチルノちゃん。また明日も遊ぼうね」
「もちろん! 明日こそ決着をつけよう!」
「うん! それじゃ、バイバイ」
手を振りながら、大ちゃんは屋台から出て行った。
その姿が見えなくなっても氷精ちゃんは、少しの間、誰も居ない方を見続けていた。
ガキ大将にも、結構可愛いところがある。
「ところでさ。前々から気になってたんだけど」
「だろうね。あたいが何故こんなに強いのか、気になるのも当然」
「それは後々聞くとしてさ」
私が気になるのは、さっき帰った子の方だ。
「……大ちゃんって、何妖精?」
妖精ってのはつまり、自然現象が具現化した存在だ。
だからどの妖精にも、元となる現象がちゃんとある。
氷精ちゃんは、氷の妖精。
三人組の妖精は、光の妖精。
では。大ちゃんこと大妖精は、いったい何の自然なんだろう。
「氷精ちゃんは何だか知ってる?」
「んー、分かんない。聞いたこと無い」
「そっかー」
能力を使う所も見たこと無いな、そういえば。
あえて言うならテレポート……でもあれ、他の妖精も使うよな。分からん。
「なーにもしらない♪ 知ることかなーわずー♪」
「別に何でも良くない? 友達ならそれでさー」
「ほー、良いこと言うじゃん。そんな君には、余り物をおまけしてやろう」
「やったー!」
美味しそうに串焼きを頬張る氷精ちゃん。
……食事の要らない妖精的には、これも遊びの類いになるんかな。
「うーん。風とか水っぽい感じはある。植物もありえるな」
「大ちゃんに直接聞けば?」
「だってさー。あの子と会うこと少ないんだもん」
氷精ちゃんとはそこそこの頻度で会うのに、大ちゃんは中々会えない。
普段その2人で遊んでるんだから、もっと機会あるハズなんだけど。
「もしかして私、嫌われてる?」
「ミスティアは悪だからなー」
「なら水の妖精かな……私あっちで相当汚したもんなぁ」
何隻何人が沈んでいる事やら。
超絶美少女の美声に誘われたとはいえ、あんな難所で無茶する方が悪いん――。
「――待てよ?」
私があっちでローレライと呼ばれた理由は、『ローレライという名の岩場』に現れるから。
つまり、地名がそのまま私の名前になったワケだ。
大ちゃんも、実はそうなのでは?
何らかの自然現象の妖精が『大妖精』と呼ばれるようになったのでは無く。
誰も知らないだけで、本当は『大妖精という名の自然現象』が、この世に存在しているのでは……?
「なんてこった……私は、真実を知ってしまった……」
「どしたの」
「大ちゃんって一体どんなものなの!?」
「いま知ったって言ったじゃん」
待て、落ち着こう。
単に私が知らないだけかもしれない。大ちゃんは割と知られた自然の可能性がある。
自然に詳しい。もしくは、密接な関わりのある誰かの意見を聞きたい所ね。
「みすちー。来たよー」
そんな想いが通じたのか。
困惑する氷精ちゃんの背後に影が。
「来てくれたのね! 渡りに船!」
「うわっ。なになに、どうしたの」
リグルは蟲の妖怪だ。
自然と共に生きる蟲たち。間違いなく縁深い。何か知っているかもしれない。
「こいつ、さっきから何か変なの」
「ふうん。そうなんだ」
何だその反応は。いつもの事だし、みたいな態度はやめろ。
一大事だぞ。風雲急だぞ。世界の変革まった無しだぞ。
「リグル、単刀直入に聞くけど……大ちゃんという自然現象について知識は?」
「え? 大ちゃん、って。あの妖精の子だよね」
「そう。大ちゃんは個体の名前では無く、自然現象を指す名前である可能性が」
私は、私の考えをリグルに伝えた。
言葉で、身振りで、走り書きで。
私が主張を終えると、リグルはゆっくりと眼を閉じて、柔らかく微笑んだ。
「なるほどね。それで騒いでいたんだ」
やれやれ、と言わんばかりの口調で、長椅子に腰掛けるリグル。
この反応……まさか、知っているのか……?
「みすちー。いい? 良く聞いて?」
「耳の穴、かっぽじり済みよ」
「じゃあ言うけど……今日はもう屋台閉めて、暖かくして寝た方が良いよ」
「過労とかじゃ無いからね?」
目つきと声音が妙に優しいんですけど。
いや今日の私は、むしろかなり調子良いから。
なんなら単独ゲリラライブを検討した位だぞ。
「チルノ。今日はもう駄目みたいだから、片付け手伝ってくれる?」
「しゃーないなー。こんど花蜜ジュース作ってよね」
「扱いが完全に病人じゃんか」
「ミスティア。お前は駄目なヤツだから座ってていいぞ」
「それ、私の体調を気遣ってるんだよね? 子供特有のド直球じゃないよね?」
クソッ。このままだと、残念なヤツのまま今日が終わってしまう。
誰か、誰かこないか。この状況を打破する起死回生の存在が……!
「こんばんわー」
来た。驚くべき事に、二度も機会が訪れた。
宙に漂う黒い球体。それが解けて流れ、現れたのは見知った顔。
「よく来た宵闇ちゃん!」
彼女は妖精では無いけれど……光の妖精が居るんだし、闇だって自然現象だろう。
もしかしたら、何か知っているかもしれない。
「ルーミアごめん。片付け、手伝ってくれるかな」
「花蜜ジュース貰えるぞ!」
「あちゃー。よく来たね、ってそういう事かー」
「それは違う! 私はあんたを待っていた!」
その華奢な肩をがっしと掴む。
逃げないだろうけど、逃がすものか。
「おお。喰われる側って結構新鮮かもー」
「食材としてじゃなくて! 私分かったんだよ! 大ちゃんの事が!」
「え? 大ちゃん?」
「この世界には、大ちゃんという自然現象が存在していて! それは未だ知られて無くて!」
私は話した。隠された現象を。
私は話した。世界の裏側を。
身を振り、手を振り、腰を振り。
改めて紙に書いて説明し、目を見開いて熱弁を振るい。
そして。全てを語り終えた私は叫んだ。
「宵闇ちゃんはどう思う!? 何か知ってる!?」
彼女はいつもの暢気顔が嘘のように、真剣な表情をしている。
やはり、知っているのか?
その小さな口が開き、私へ向けて、答えを紡いだ。
「脳みそまで閉店したのか?」
「辛辣ッ!」
いま本気で馬鹿にしたぞこいつ。
この後『ついでにそのまま命も閉じろよ』とか言いそうな顔してるぞ。
「そーなのかーって言いなさいよ……! 十八番だろうがよ……!」
「やだよ……私だって最低限のラインってモノがあるし……」
「抵触しちゃった?」
「ブチ抜いて闇の底だよ」
うーん……何だか冷静になってきた。
大ちゃんは名前か通称だろ。私は馬鹿か?
私の説が正しければ。例えば氷精ちゃんはチルノじゃなくて、氷とか凍結って個人名になるだろうが。
リグルごめん。私、駄目だったわ。
「店長さん? 大丈夫ー?」
「いや、うん。なんか落ち着いてきた」
危なかった。この話を余所でしなくて本当に良かった。
もし話してたら入水モノだ。
「まあでも、気持ちは分かるよー。実は私、本人に聞いたことあってさー」
「え、聞いたの!? 先に言ってよそういうの!」
「だって聞かれなかったし?」
「宵闇ちゃん……ホントそういうとこクソッタレよね……」
「照れるわー」
「照り焼くぞこの野郎」
まあ。それでも私の痴態は拭えないんだけど。
いやそれよりも真相だ! 答えを聞こう!
「で、何だったの。あの子の出自」
「いや、それがさー。聞いた途端にスッって真顔になって、凄い勢いで逃げ出しちゃってー」
「えっ。な、なんで?」
「分かんない。私も追わなかったし」
なんてこった。むしろ謎が増えてしまった。
「「……大ちゃんって何?」」
こうなると、俄然真相を知りたくなる。
やっぱり、本人から聞くのが一番だけど。見つかるかなぁ。
駄目なら最悪、あそこで聞こう。
▽
あれから一週間後の夜。
私は、人里に潜入している。
灯の消えた町の外れ。そこに、目的の場所がある。
ハクタクの家だ。
「ごめんください」
「こんな時間にどなた……ミスティア? さてはお礼参りか?」
「違うって。違うから首を鳴らすの止めて」
私は昔のやらかしで、人里を出禁にされている。
と言っても、ハクタクが勝手に決めた事なんだけど。でも私は、それに大人しく従っている。
里の中で見つかると煩いし。あの頭突きを喰らって、何度も生き残る自信も無いし。
「どうしても、あんたに聞きたい事があってさ」
「私に? 分かった。上がりなさい」
小さくて、物が多いのに、しっかり片付いているハクタクの家。
入るのは果たしていつ振りだろう。
「大した物は無いが」
何とお茶を出してくれた。里ごと出禁の妖怪にだ。
律儀というか、何というか。
「ありがと」
「礼は言えるようになったか。成長だな。先生嬉しいぞ」
「誰が先生よ。そんな事より。私が聞きたいのは……大妖精のこと」
「チルノとよく一緒にいる妖精か」
流石に知ってるか。
私は恥を忍んで、ここまでの経緯と、知りたいことを説明した。
「……要するに、大妖精は何者なのか。それを知りたいんだな?」
「うん。直接聞こうと一週間探し回ったのにさぁ。全っ然見つかんないの。他のヤツも、誰も知らないし」
「随分と頑張ったな」
「骨折りだったけどね。あんたなら知ってそうだと思ってさ」
なるほど、と呟いて。ハクタクがお茶を一口飲む。
「あえて出禁の場に来るほどだ。よっぽど知りたいんだな」
「そうよ。里の外れとはいえ、来るの大変だったんだから」
「うんうん。知を追い求めるその姿勢は、とても大事だぞ」
「そういうのはいいからさぁ。早く教えてよ」
「相変わらず不良だな。まったく」
元々綺麗な正座を、更に正すハクタク。
思わず私も、座り直す。
風の音もしない、人里外れの夜。
歴史の半獣が、私をまっすぐ見据えて言った。
「いいかミスティア。お前は多くの可能性を秘めている」
んっ?
「例えばいつの日か、誰もが畏怖する大妖怪に……お前にはそういう、良き未来を目指す権利がある」
なになに。
「だから、その、なんだ……今日はお茶だけ飲んで帰りなさい」
ハクタクがだんまり決め込んだ!?
「やだやだ、やめて。マジで怖いんだけど、冗談だよね? そうだよね?」
「このまま何も聞かずに帰れば、お前のを修正せずに済む。だから、な?」
「お前のを修正って何ッ!?」
うん。そうだよね。
余計な詮索は、もう止めよう。
チルノだって、友達ならそれで良いと言っていた。
大妖精は、たまに遊びに来てくれる、可愛くて優しい妖精の子。それでいいじゃないか。
別に怖いからとか、そういう訳ではないから。
いや、あの、本当に。
▽
「氷精ちゃん。あんたの友達はアブない女だったよ……」
「そらそうよ。大ちゃんは凄いからね。例えば、湖のそばに半分崩れた祠があるじゃん?」
「えっ。あの辺には、そんなもの無いはずだけど……?」
「あれだってさ、大ちゃんが近づいた時だけ崩れた側から……あ、これはナイショだった」
「頼むからナイショにしといて……これ以上謎を増やすな……!」
謎の女、大妖精。きっと大ちゃんの謎はこれからも増え続けるんだ
みすちーの暴走ぶりが大変愉快で楽しめました。よかったです。
空回りしまくっているミスティアも周りの反応も最高でした
可愛いバカルテットのやり取りがとても面白かったです。
ミスティアへのキレのある生暖かい罵倒にしても、慧音が気を使っているこの分からなさにしても、分からないという事実を続け様に投げられて理解せざるを得ない、そもそも何をここで言おうとしているのか分からない、ただただ怖いのかよく分からない感情が湧いてきました。
大ちゃんは不思議。ご馳走様でした…?
謎が謎を呼んでとても面白かったです。
ほぼ出てこないのに存在感がありすぎる大妖精が
終始謎なままなのも好きな終わり方でした