朝からずっと曇っていたのだが、とうとう昼ごろから雨が降り始めた。ざあざあと激しく鳴っている雨音を聞きながら昼食を終え、今は食休み。
開けた障子から外を見てみると、雨は当分降り止みそうにない事がわかる。私は何となく目を閉じて、雨音を聴くことに集中した。たしか、こんな修行があったはずだ。雨の音を聴き、静寂を感じ取れ、というもの。どうやら悟りは得れそうになかったので、私は瞼を上げた。
「水蜜、障子を閉めてくれませんか?」
「りょーかいです」
私は障子を閉める。すると、今まで見えていた雨は見えなくなり、雨音だけが響いてきた。その音を聴いていると、私は何だか無性に外に出たくなった。
「聖、傘はありますか?」
「たしか、ある筈ですが...こんな雨の日に散歩ですか?」
「私は雨が好きなんです」
ぱしゃり、ぱしゃりと、一歩踏み出すたびに水音がなる。あるはずの道は水に沈み、もはや自分でも何処を歩いているのか判らなくなってしまった。すこし視界を上に向けると、傘の端がフェードインする。
私は傘が好きだ。たいした理由はない。ただ、何となく好きだ。今こうして散歩しているのは、傘を差したかったからでもある。
そんなこんなで見知らぬ場所を開拓していると、不意に声がきこえた。
「あのー...すみませぇん...」
こんな感じの、弱々しい声だ。だが、何処から聞こえているのだろう。私は辺りを見渡した。
「すみませぇん...」
地面に空いた穴から、細い手が突き出されていた。手は私に見つかったことを感じたのか、語りかけてきた。
「すみませんが、引っ張り上げてもらえませんか?出られないんです」
どうやら、私が同族である事に気づいていないようだ。私は先を急いだ。
後ろから「すみませぇん...」という声が聞こえたが、無視しておいた。わざわざ誘ったということは、自分から追い掛けるような真似はしないだろう。
それより問題は、此処が何処なのか本格的に判らなくなった事だ。知らず知らずのうちにまったく土地勘が無い場所まで来てしまったのだ。
──まったく、面倒臭いなぁ。散歩なんてしなきゃよかった。
そんな考えが頭をよぎった。だが、どうも違和感がある。私はこんなに落ち込んだ考えをする者だっただろうか。
湧いて出たような奇妙なネガティブに、私は足を止めた。体をまさぐってみると、なにやら小さな虫がついているようだ。
「しっしっ」
追い払って、何度か深呼吸する。頭の中にあったネガティブは、消えてなくなっていた。どうやら、虫に憑かれていたようだ。
さて、いつもと同じ思考に戻ったところで、どうやって帰ろうか。考えていると、前の方からぴちゃぴちゃという足音が聞こえた。
「お迎えにきました」
見覚えのある小さな狸が、相応に小さな傘で迎えに来てくれた。
「こうも雨が降ると、妙な奴らが出るものです」
小さな狸はそんな事を言った。
「それは、マミゾウさんが?」
「はい。気を付けろ、と」
まぁ、それは言われなくとも判ってはいたが。
先導されながら歩くこと少し、寺に帰ってきた。到着するやいなや、小さな狸は姿を消した。
「おう、帰ってきたか」
マミゾウさんが迎えてくれた。私の帰りを待っていてくれたのだろうか、少し嬉しくなった。
「ええ、お陰様で」
「うん?何かしてやったかのう」
「何って、遣いの狸を」
「ふむ?儂はただ煙草を吸っていただけじゃが」
そう言って羅宇をくわえ、煙を吐くマミゾウさん。なんだか、狐につままれた気分だ。いや、駄洒落とかではなく。
私は何か読み取れないかと見つめてみたが、マミゾウさんは特に変わった様子は無かった。
「冷えたじゃろう。火にあたっておけ」
「はぁ」
なんだかよく判らないまま、散歩は終わった。傘に手応えを感じなくなり、見上げると、雨はあがっていた。
開けた障子から外を見てみると、雨は当分降り止みそうにない事がわかる。私は何となく目を閉じて、雨音を聴くことに集中した。たしか、こんな修行があったはずだ。雨の音を聴き、静寂を感じ取れ、というもの。どうやら悟りは得れそうになかったので、私は瞼を上げた。
「水蜜、障子を閉めてくれませんか?」
「りょーかいです」
私は障子を閉める。すると、今まで見えていた雨は見えなくなり、雨音だけが響いてきた。その音を聴いていると、私は何だか無性に外に出たくなった。
「聖、傘はありますか?」
「たしか、ある筈ですが...こんな雨の日に散歩ですか?」
「私は雨が好きなんです」
ぱしゃり、ぱしゃりと、一歩踏み出すたびに水音がなる。あるはずの道は水に沈み、もはや自分でも何処を歩いているのか判らなくなってしまった。すこし視界を上に向けると、傘の端がフェードインする。
私は傘が好きだ。たいした理由はない。ただ、何となく好きだ。今こうして散歩しているのは、傘を差したかったからでもある。
そんなこんなで見知らぬ場所を開拓していると、不意に声がきこえた。
「あのー...すみませぇん...」
こんな感じの、弱々しい声だ。だが、何処から聞こえているのだろう。私は辺りを見渡した。
「すみませぇん...」
地面に空いた穴から、細い手が突き出されていた。手は私に見つかったことを感じたのか、語りかけてきた。
「すみませんが、引っ張り上げてもらえませんか?出られないんです」
どうやら、私が同族である事に気づいていないようだ。私は先を急いだ。
後ろから「すみませぇん...」という声が聞こえたが、無視しておいた。わざわざ誘ったということは、自分から追い掛けるような真似はしないだろう。
それより問題は、此処が何処なのか本格的に判らなくなった事だ。知らず知らずのうちにまったく土地勘が無い場所まで来てしまったのだ。
──まったく、面倒臭いなぁ。散歩なんてしなきゃよかった。
そんな考えが頭をよぎった。だが、どうも違和感がある。私はこんなに落ち込んだ考えをする者だっただろうか。
湧いて出たような奇妙なネガティブに、私は足を止めた。体をまさぐってみると、なにやら小さな虫がついているようだ。
「しっしっ」
追い払って、何度か深呼吸する。頭の中にあったネガティブは、消えてなくなっていた。どうやら、虫に憑かれていたようだ。
さて、いつもと同じ思考に戻ったところで、どうやって帰ろうか。考えていると、前の方からぴちゃぴちゃという足音が聞こえた。
「お迎えにきました」
見覚えのある小さな狸が、相応に小さな傘で迎えに来てくれた。
「こうも雨が降ると、妙な奴らが出るものです」
小さな狸はそんな事を言った。
「それは、マミゾウさんが?」
「はい。気を付けろ、と」
まぁ、それは言われなくとも判ってはいたが。
先導されながら歩くこと少し、寺に帰ってきた。到着するやいなや、小さな狸は姿を消した。
「おう、帰ってきたか」
マミゾウさんが迎えてくれた。私の帰りを待っていてくれたのだろうか、少し嬉しくなった。
「ええ、お陰様で」
「うん?何かしてやったかのう」
「何って、遣いの狸を」
「ふむ?儂はただ煙草を吸っていただけじゃが」
そう言って羅宇をくわえ、煙を吐くマミゾウさん。なんだか、狐につままれた気分だ。いや、駄洒落とかではなく。
私は何か読み取れないかと見つめてみたが、マミゾウさんは特に変わった様子は無かった。
「冷えたじゃろう。火にあたっておけ」
「はぁ」
なんだかよく判らないまま、散歩は終わった。傘に手応えを感じなくなり、見上げると、雨はあがっていた。
そのふわふわとした非日常感が短い中に現れていてまさに奇妙な散歩といったお話でした
謎の声はいったい何者
想像以上に奇妙な散歩でした
ちょろっと出てくる小さな怪異たちがいい雰囲気を醸し出していたと思います
曇天の鬱蒼とした感じとは裏腹に雨への楽しそうな気持ちも抱かせてくれる、雨の夜中に読むにはピッタリな作品だったかもしれません。
やっぱりマミゾウさんはそういう感じだ…。うむ…。
心情描写も丁寧で綺麗な作品で良かったです。