「椛!」
バサっと烏天狗の黒い翼を折りたたんで、射命丸文は岩肌に着地する。
彼女の目的は、部下でありそこそこ仲の良い犬走椛。
彼女もまた天狗であり、優れた千里眼を持つ。
「あれが見えますか? あれ、なんですか?」
文の指差した先には、隊列を組んで飛ぶ何か。
季節が春であることを考えると、まず雁などの渡り鳥ではないだろうし、それにとんでもない音がする。
「さっきからとてもうるさくて、私も気になってたんですよ。見たらですね、おっきな鉄の鳥なんですよ」
「鉄の鳥ぃ?」
文は目を細める。
バロバロバロと耳障りな音を発して飛ぶあの鳥達は、一体どこから来たのだろうか。
文は椛程の千里眼を持ち合わせていないので、詳しく見ることは出来なかった。
「……椛、どんな形だったかわかりますか?」
「えーっと……こんな感じです」
椛は両手を広げてピッと立つ。
「……ふざけてるんですか?」
「本当にこんな形なんですよぉ!」
幻想郷には高さの制限がある。
結界の外を飛んでいる鳥などは幻想郷の中から見つけることができるが、ちょうどマジックミラーの様に向こうからは見えていないのである。
「ふむぅ……これはいいネタになりそうですねぇ!」
「また……あんまり危なっかしい事はやめてくださいよ?」
「椛は心配しすぎよ! じゃ、お仕事頑張って」
飄々と去っていく文。
その途中、出来るだけ高く飛んで、鉄の鳥の群れを写真に収めた。
◇
次の日の文々。新聞の見出しはこうだった。
『怪鉄鳥、幻想郷ノ空ヲ舞ウ』
人里に配られた新聞を見て、人々は「昨日のアレは鉄の鳥だったのか」「異変だろうか」などと談義する。
文は久々に手応えを感じることができて、かなり満悦の様子。
「人みたいな形をした鉄の鳥ぃ? アンタまた鬼の宴会に付き合わされてたんじゃない?」
「チッチッチ。今回はちゃーんと裏付けがあるんですよ」
文を茶化すはたて。
はたてもまた幻想郷のブン屋であり、今回の件では文にトップニュースを持っていかれたのが割と悔しかった様だ。
「にしても、アレは何なんでしょうかねぇ」
「博麗の巫女曰く、幻想郷に危害を加えそうにも無いから異変じゃないんだってさ。でもあんなのが飛んでるなんて無かったわよね? 外の世界でも異変って起きるものなのかしら」
「さぁ……妖怪もいませんし、人間同士で異変を起こすなんて考えられませんねぇ」
本当に考えれば考えるほど不思議な出来事であったと思う。
なんであんなものが飛ぶ様になったのか?
◇
「見ろ、鉄鳥だ」
「本当だ、とても不気味だな」
しばらくした夜、夜空には月明かりに照らされた幾つかの点が散らばっていた。
しかしそれは一定の形を保ったまま、同じ速度で西へ向かっている。
バロバロバロというあの音は、子供達の眠りを妨げてしまったようだ。
「文、あや!」
「んんくぅ……?」
記事を書いている最中に寝落ちしていた文だったが、机の前の窓にはたてが貼り付いている。
「なんですかぁ? せっかくいい気分で寝ていたというのに……」
「鉄鳥よ!あの鉄鳥!」
「よ、夜にですかぁ?」
バタムと窓を開けると、あのバロバロという音が部屋に充満する。
「どこに行くのかしら……あ?」
「あ、あ、あ」
鉄鳥から、枝垂柳の様に光の線が飛び出した。
ヒゥゥゥゥという花火の様な音が聞こえて来る。
幾筋にも岐れて落ちていく輝きに目を奪われ、その美しさには言葉を奪われる。
どこにあの光は落ちたのだろうか。
落ちた光はどこに溜まったのだろうか。
幻想郷の山の端は、一晩中美しく光り輝いていた。
「あは、あはははは! 鉄鳥のフンは光り輝く柳の枝でしたよ! はたて! あんな奇怪な生き物は初めて見ましたよ!」
「すごく綺麗だったわね……また来るかしら」
「さぁ……今までずーっと生きてきて初めて見ましたからねぇ……もしかしたらもう二度と見られないかもしれませんね」
鉄鳥は、この後も5回、光のフンを垂れていった。
◇
季節を跨ぎ夏になった。
今年の幻想郷は少し変だ。
夏なのに、春よりも花の数が多いのだ。
おびただしい数の花、花、花。
文は、少し前に冥界へ出向いた。
花とは、外界の魂。
博麗大結界の緩みから、外の世界の魂がこちらに染み出してきているのだ。
冥界には、花と同じ数の蝶、蝶、蝶。
「もう二度と……見ることがなければいいのに」
真実を悟った文は、静かにその取材記録の全てを仕舞い込む。
----------------------------------------------------------------------------------------
一体なぜ?
何故そんなことをするの?
私たちのいない世界は平和でしょう?
そうやって傷つけあって、あなたたちの人生はこの花や蝶よりも良いものだったの?
戦の時代は終わったんじゃなかったの?
もうあまり考えないことにする。
1945/8/26
----------------------------------------------------------------------------------------
日記にはそれだけを書いた。
「いいネタないかなー……」
鼻と上唇の間に外来品の万年筆を挟んで、うちわでパタパタとあおぐ。
「なんか……ひんやりした妖精とか……」
「異変とか……」
薫風が花の匂いを運んで、文の髪を撫でた。
バサっと烏天狗の黒い翼を折りたたんで、射命丸文は岩肌に着地する。
彼女の目的は、部下でありそこそこ仲の良い犬走椛。
彼女もまた天狗であり、優れた千里眼を持つ。
「あれが見えますか? あれ、なんですか?」
文の指差した先には、隊列を組んで飛ぶ何か。
季節が春であることを考えると、まず雁などの渡り鳥ではないだろうし、それにとんでもない音がする。
「さっきからとてもうるさくて、私も気になってたんですよ。見たらですね、おっきな鉄の鳥なんですよ」
「鉄の鳥ぃ?」
文は目を細める。
バロバロバロと耳障りな音を発して飛ぶあの鳥達は、一体どこから来たのだろうか。
文は椛程の千里眼を持ち合わせていないので、詳しく見ることは出来なかった。
「……椛、どんな形だったかわかりますか?」
「えーっと……こんな感じです」
椛は両手を広げてピッと立つ。
「……ふざけてるんですか?」
「本当にこんな形なんですよぉ!」
幻想郷には高さの制限がある。
結界の外を飛んでいる鳥などは幻想郷の中から見つけることができるが、ちょうどマジックミラーの様に向こうからは見えていないのである。
「ふむぅ……これはいいネタになりそうですねぇ!」
「また……あんまり危なっかしい事はやめてくださいよ?」
「椛は心配しすぎよ! じゃ、お仕事頑張って」
飄々と去っていく文。
その途中、出来るだけ高く飛んで、鉄の鳥の群れを写真に収めた。
◇
次の日の文々。新聞の見出しはこうだった。
『怪鉄鳥、幻想郷ノ空ヲ舞ウ』
人里に配られた新聞を見て、人々は「昨日のアレは鉄の鳥だったのか」「異変だろうか」などと談義する。
文は久々に手応えを感じることができて、かなり満悦の様子。
「人みたいな形をした鉄の鳥ぃ? アンタまた鬼の宴会に付き合わされてたんじゃない?」
「チッチッチ。今回はちゃーんと裏付けがあるんですよ」
文を茶化すはたて。
はたてもまた幻想郷のブン屋であり、今回の件では文にトップニュースを持っていかれたのが割と悔しかった様だ。
「にしても、アレは何なんでしょうかねぇ」
「博麗の巫女曰く、幻想郷に危害を加えそうにも無いから異変じゃないんだってさ。でもあんなのが飛んでるなんて無かったわよね? 外の世界でも異変って起きるものなのかしら」
「さぁ……妖怪もいませんし、人間同士で異変を起こすなんて考えられませんねぇ」
本当に考えれば考えるほど不思議な出来事であったと思う。
なんであんなものが飛ぶ様になったのか?
◇
「見ろ、鉄鳥だ」
「本当だ、とても不気味だな」
しばらくした夜、夜空には月明かりに照らされた幾つかの点が散らばっていた。
しかしそれは一定の形を保ったまま、同じ速度で西へ向かっている。
バロバロバロというあの音は、子供達の眠りを妨げてしまったようだ。
「文、あや!」
「んんくぅ……?」
記事を書いている最中に寝落ちしていた文だったが、机の前の窓にはたてが貼り付いている。
「なんですかぁ? せっかくいい気分で寝ていたというのに……」
「鉄鳥よ!あの鉄鳥!」
「よ、夜にですかぁ?」
バタムと窓を開けると、あのバロバロという音が部屋に充満する。
「どこに行くのかしら……あ?」
「あ、あ、あ」
鉄鳥から、枝垂柳の様に光の線が飛び出した。
ヒゥゥゥゥという花火の様な音が聞こえて来る。
幾筋にも岐れて落ちていく輝きに目を奪われ、その美しさには言葉を奪われる。
どこにあの光は落ちたのだろうか。
落ちた光はどこに溜まったのだろうか。
幻想郷の山の端は、一晩中美しく光り輝いていた。
「あは、あはははは! 鉄鳥のフンは光り輝く柳の枝でしたよ! はたて! あんな奇怪な生き物は初めて見ましたよ!」
「すごく綺麗だったわね……また来るかしら」
「さぁ……今までずーっと生きてきて初めて見ましたからねぇ……もしかしたらもう二度と見られないかもしれませんね」
鉄鳥は、この後も5回、光のフンを垂れていった。
◇
季節を跨ぎ夏になった。
今年の幻想郷は少し変だ。
夏なのに、春よりも花の数が多いのだ。
おびただしい数の花、花、花。
文は、少し前に冥界へ出向いた。
花とは、外界の魂。
博麗大結界の緩みから、外の世界の魂がこちらに染み出してきているのだ。
冥界には、花と同じ数の蝶、蝶、蝶。
「もう二度と……見ることがなければいいのに」
真実を悟った文は、静かにその取材記録の全てを仕舞い込む。
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一体なぜ?
何故そんなことをするの?
私たちのいない世界は平和でしょう?
そうやって傷つけあって、あなたたちの人生はこの花や蝶よりも良いものだったの?
戦の時代は終わったんじゃなかったの?
もうあまり考えないことにする。
1945/8/26
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日記にはそれだけを書いた。
「いいネタないかなー……」
鼻と上唇の間に外来品の万年筆を挟んで、うちわでパタパタとあおぐ。
「なんか……ひんやりした妖精とか……」
「異変とか……」
薫風が花の匂いを運んで、文の髪を撫でた。
人の愚かさと儚さを十分に発揮している作品でした。
本来なら新聞では第何季みたいな幻想郷特有の暦を使っていた気もしますが、逆にそうしていないからこそ分かるって感じがしたのもありました。
文の期待と興奮に微笑ましく思ってからの、落差。文の胸中にいろいろと想像を膨らませてしまう言葉選びが素敵でした。素晴らしい作品をありがとうございます。