空が逆さまになっている。浮いているはずの雲は視界の底に溜まり、木が空から生えていた。まぁ、私の顔が逆さまになっているだけなのだが。
「行儀が悪いわ、魔理沙」
「すまんって」
私は椅子に凭れていた体を起こした。前には湯気のあがっている紅茶がある。さらに机の中央には色んな種類のお茶菓子があった。
「アリス、これ何だ?」
「カシスのタルト」
濃い紫の目立つそのタルトは、じつに華やかな香りと味がした。渋めの紅茶とぴったりあって、美味い。それ以外にも味はあるようで、どうやらお茶会は楽しくなりそうだ。
「成美、お前も食っていいんだぞ?」
「貴女が言うことではないけれどね」
それじゃあ、と言って別の味のタルトを手に取る成美。食べると同時に顔をほころばせ、じつに美味そうに咀嚼している。そんなに美味いのかと、私も食べてみた。
胡麻の香りがかすかにする、南瓜のタルトだ。しっとりとした、濃い甘さが感じられる。これもまた完全に紅茶と調和し、人形遣いの技巧には脱帽するばかりだ。
「あら、タム・オ・シャンタね」
話すのも忘れてタルトを食べていると、新たな招待客が来た。
「これは紅茶だぜ?」
「知ってる」
幽々子が隣の席に座った。相変わらず鼻が利く奴だと思った。まさか森の奥のお茶会にまで参加しにくるとは。
「はい、紅茶」
「あら、ありがとう」
アリスが淹れたての紅茶を渡す。幽々子は熱々のそれに少しだけ口をつけ、ソーサーに置いた。それからすぐに南瓜のタルトを手に取り、頬張った。
「流石アリスね、美味しいわー」
落ちてしまうと言わんばかりに頬に手を当て、タルトを味わう幽々子。ぱくぱくと、瞬く間にタルトが小さくなっていく。最後の一欠けらも口に放り込まれ、幽々子はさらにカシスのタルトを手に取った。
「なぁ幽々子、ここは魔女達のお話会なんだが」
このままではタルトが無くなってしまうと危惧し、手を止めようと話かけた。すると幽々子はカシスのタルトを食べ終え、口を開いた。
「あら、私もお話くらい出来るわよ」
ぺろり、と口の周りの破片を舐め取る幽々子。どうやらちゃんと話の種は持ってきていたようだ。
「じゃあ、どうせだしお話してもいいかしら?」
「おお、構わんぞ。いいよな?」
「構わないと言う前に確認しなさい」
じゃあ、お話させてもらおうかしら。
でもその前に、一つ質問するわね。貴女たちから見て、私は死んでるように見える?
…そうね、確かに私は死んでるものね。そう映るのは当然だわ。でも、私は物を食べるし、体だって温かいわ。触ってみる?あら、いいの?
まぁなんにせよ、私は今生きているの。矛盾してるかしら?
例えば、そこのお地蔵さん。貴女だって生きているわよね?そうやってお菓子を食べているんだから。でも、その姿になる前はただの石仏だったでしょう?
つまりね、生と死の境界なんて、かなりあやふやなものなの。私みたいに生きる死体もいるし、もの食うお地蔵さんもいる。あら、勝手に引き合いに出してごめんなさい。都合が良かったものだから。
それで、一回紫に訊いてみたの。生と死の境界はどうなっているのか。そしたらね、「そこに境界は無いわ。生と死は連続しているの」なーんて言うのよ。
なんだか変な話よね。だって、「生きる」と「死ぬ」はどう見ても違うものじゃない。でも、繋がっている。
幽々子は案外上手なモノマネを交えながら、つらつらと話す。今の所、どんな趣の話なのか理解できてない。最後にどう落ち着くのか少し楽しみにしながら、話の続きを聞いた。
だからね、「生きる」も「死ぬ」も違うように見えて実は同じようなものなの。それこそ、簡単に彷徨えるくらいに。だから、生きている事は死んでいるのと同じ。というのは、少し飛躍しすぎかしら?
さて、もう一つ質問。「生きる」と「死ぬ」の違いって何かしら?足が無くなる、なんてものじゃなくて。
なるほど、なるほど。そんな考えもあるのね。…私?そうねぇ、私はそこに違いは無いと思っているわ。それこそ、この蝶のように。大丈夫、触っても死にはしないから。あぁ、飛んでっちゃった。
え?蝶のよう、とはどういう意味か?大した意味は無いのだけどねぇ。
芋虫が葉を這っていても、それを蝶だと言う者はいないでしょう。でも、それは確かに蝶なのよ。人間ったら、本質はまるで変わっていないのに、そこに区切りをつけるのよね。
さっきの話と似ていると思わない?変わっていないけど変わっている、といった所とか。見た目と本質なんて、一致しないものね。
どうやら、そこで話は終わったようだった。幽々子は話し疲れたのか、紅茶を一息に飲んで椅子に凭れた。
結局、何が言いたかったんだ?よく解らん。一応、最後にまとめのようなものを言ったが、そんな事を言いたいわけじゃないのは判る。
単なる死生観の話だったとして、それだけなのか。幽々子が言う事は、常に真理を突いている。今までの付き合いで、それはよく知っている。
——え?
まさか、そんな事を言ってたのか?自分が出した答ながら、驚く。冷や汗が一筋、体を伝った。どうやら成美も私と同じ答に辿り着いたようで、すこし顔が白くなっている。
私と成美は気持ちを落ち着かせるために、紅茶を飲んだ。
「…甘くないな」
「…ええ、甘くない」
「行儀が悪いわ、魔理沙」
「すまんって」
私は椅子に凭れていた体を起こした。前には湯気のあがっている紅茶がある。さらに机の中央には色んな種類のお茶菓子があった。
「アリス、これ何だ?」
「カシスのタルト」
濃い紫の目立つそのタルトは、じつに華やかな香りと味がした。渋めの紅茶とぴったりあって、美味い。それ以外にも味はあるようで、どうやらお茶会は楽しくなりそうだ。
「成美、お前も食っていいんだぞ?」
「貴女が言うことではないけれどね」
それじゃあ、と言って別の味のタルトを手に取る成美。食べると同時に顔をほころばせ、じつに美味そうに咀嚼している。そんなに美味いのかと、私も食べてみた。
胡麻の香りがかすかにする、南瓜のタルトだ。しっとりとした、濃い甘さが感じられる。これもまた完全に紅茶と調和し、人形遣いの技巧には脱帽するばかりだ。
「あら、タム・オ・シャンタね」
話すのも忘れてタルトを食べていると、新たな招待客が来た。
「これは紅茶だぜ?」
「知ってる」
幽々子が隣の席に座った。相変わらず鼻が利く奴だと思った。まさか森の奥のお茶会にまで参加しにくるとは。
「はい、紅茶」
「あら、ありがとう」
アリスが淹れたての紅茶を渡す。幽々子は熱々のそれに少しだけ口をつけ、ソーサーに置いた。それからすぐに南瓜のタルトを手に取り、頬張った。
「流石アリスね、美味しいわー」
落ちてしまうと言わんばかりに頬に手を当て、タルトを味わう幽々子。ぱくぱくと、瞬く間にタルトが小さくなっていく。最後の一欠けらも口に放り込まれ、幽々子はさらにカシスのタルトを手に取った。
「なぁ幽々子、ここは魔女達のお話会なんだが」
このままではタルトが無くなってしまうと危惧し、手を止めようと話かけた。すると幽々子はカシスのタルトを食べ終え、口を開いた。
「あら、私もお話くらい出来るわよ」
ぺろり、と口の周りの破片を舐め取る幽々子。どうやらちゃんと話の種は持ってきていたようだ。
「じゃあ、どうせだしお話してもいいかしら?」
「おお、構わんぞ。いいよな?」
「構わないと言う前に確認しなさい」
じゃあ、お話させてもらおうかしら。
でもその前に、一つ質問するわね。貴女たちから見て、私は死んでるように見える?
…そうね、確かに私は死んでるものね。そう映るのは当然だわ。でも、私は物を食べるし、体だって温かいわ。触ってみる?あら、いいの?
まぁなんにせよ、私は今生きているの。矛盾してるかしら?
例えば、そこのお地蔵さん。貴女だって生きているわよね?そうやってお菓子を食べているんだから。でも、その姿になる前はただの石仏だったでしょう?
つまりね、生と死の境界なんて、かなりあやふやなものなの。私みたいに生きる死体もいるし、もの食うお地蔵さんもいる。あら、勝手に引き合いに出してごめんなさい。都合が良かったものだから。
それで、一回紫に訊いてみたの。生と死の境界はどうなっているのか。そしたらね、「そこに境界は無いわ。生と死は連続しているの」なーんて言うのよ。
なんだか変な話よね。だって、「生きる」と「死ぬ」はどう見ても違うものじゃない。でも、繋がっている。
幽々子は案外上手なモノマネを交えながら、つらつらと話す。今の所、どんな趣の話なのか理解できてない。最後にどう落ち着くのか少し楽しみにしながら、話の続きを聞いた。
だからね、「生きる」も「死ぬ」も違うように見えて実は同じようなものなの。それこそ、簡単に彷徨えるくらいに。だから、生きている事は死んでいるのと同じ。というのは、少し飛躍しすぎかしら?
さて、もう一つ質問。「生きる」と「死ぬ」の違いって何かしら?足が無くなる、なんてものじゃなくて。
なるほど、なるほど。そんな考えもあるのね。…私?そうねぇ、私はそこに違いは無いと思っているわ。それこそ、この蝶のように。大丈夫、触っても死にはしないから。あぁ、飛んでっちゃった。
え?蝶のよう、とはどういう意味か?大した意味は無いのだけどねぇ。
芋虫が葉を這っていても、それを蝶だと言う者はいないでしょう。でも、それは確かに蝶なのよ。人間ったら、本質はまるで変わっていないのに、そこに区切りをつけるのよね。
さっきの話と似ていると思わない?変わっていないけど変わっている、といった所とか。見た目と本質なんて、一致しないものね。
どうやら、そこで話は終わったようだった。幽々子は話し疲れたのか、紅茶を一息に飲んで椅子に凭れた。
結局、何が言いたかったんだ?よく解らん。一応、最後にまとめのようなものを言ったが、そんな事を言いたいわけじゃないのは判る。
単なる死生観の話だったとして、それだけなのか。幽々子が言う事は、常に真理を突いている。今までの付き合いで、それはよく知っている。
——え?
まさか、そんな事を言ってたのか?自分が出した答ながら、驚く。冷や汗が一筋、体を伝った。どうやら成美も私と同じ答に辿り着いたようで、すこし顔が白くなっている。
私と成美は気持ちを落ち着かせるために、紅茶を飲んだ。
「…甘くないな」
「…ええ、甘くない」