その日も夜遅くまで仕事が続き、ベッドにもぐったのは日付が変わる頃だった。いっそ泥になってしまおうと思って眠りについたのだが。
「ん......」
なにやら物音が部屋の中でするので、目が覚めてしまった。枕元に置いていた腕時計で時刻を確かめると、二時にならないくらいだ。ひどく重い瞼をむりやり開き、半身を起こした。
「これも大きい...もっと奥ね」
城主の妹が、自室のクローゼットを漁っているのが辛うじて見えた。自らの体にメイド服を重ね、ぴったりのサイズを測っている。
「フラン様、何を...なされて...」
言葉を吐く途中で、あくびが出てきてしまった。噛み殺そうとしていたが、抑えきれなかったのだ。
「あら咲夜、お早う。メイド服を借りてもいいかしら?」
「ええ、構いませんが...起こしてくれても良かったのに」
「大した用事でもないのに、そんな事しないわ」
そう言って、またメイド服が引き出された。
クローゼットの奥から小さなメイド服を引っ張り出す。自分が幼かった時に着ていた物で、処分しようと思っていたのだが、忙しくて先延ばしにしていた。こんな形で役立つとは思ってもみなかった。
「これでいいの?」
「よくお似合いですよ」
「あら、私ってば給仕の服が似合うのね」
「そう言い換える事も可能ですね」
背中の部分に鋏をいれて、翼を出せる穴を開けた。どうせ捨てる予定だったので、大胆に切ってある。
「それじゃ、行くわよ」
「どちらに?」
「あいつの部屋に決まっているでしょう」
どうやら城主の部屋に行くようだ。着替えさせてすぐ寝ようとしていたのだが、そういう訳にもいかないようだった。付き添う形で部屋を出る。
城主の妹はかなり機嫌がいいようだ。手の中にある何かを、お気に入りの玩具かのように転がしている。それは小さく、黒い色をしている。また、機械的なものに見えた。
「フラン様、それは?」
「盗聴機」
「何処でお拾いに?」
「退屈だったから作ったの」
退屈だったから作った。その一言は盗聴機という存在とはかなり離れているように思えた。うまく言葉が飲み込めなかったが、そんな事もあるだろうと考え直す。
「フラン様、それをどうされるおつもりで?」
「ウォーターゲートに決まってるでしょう?」
まぁ、盗聴機の用途など一つしかない。そのうちに、城主の部屋の扉が見えてきた。
「いないわね」
「その様ですね」
部屋の中は真っ暗だった。棺桶の蓋は床に落とされ、中身は空だった。図書館か、または屋上にでも行ったのだろう。
その隙にと、盗聴機はベッドの近くの壁に埋め込まれた。魔法でも使ったのか、跡などは一切無かった。少なくとも、見るだけでは此処に盗聴機があると気づけないだろう。
「帰るわよ」
「心得ました」
風にあおられたカーテンの隙間から、太陽光が射しこんだ。私はそれを顔に感じて、本日二度目の覚醒を迎えた。いちおう、業務に支障が出ないくらいには眠れただろう。私はメイド服に着替えた。
「咲夜、ちょっと訊きたいのだけれど」
「何でしょうか?」
「昨日...いえ今日の夜、私の部屋から見覚えの無いメイドが出てきたの。何か知らないかしら?」
私は悟られぬように動揺した。まさか、見られていたのか。だが、まだそれがフラン様だと決まったわけではない。
しかしもし全てが筒抜けなのだとしたら、ごまかす事は適わない。くだらない嘘だと一瞬で看破されるだろう。
「いいえ、知りませんね」
「そう」
お嬢様はそれだけ答えて、紅茶を啜った。
――コンコン、コンコン
城主の部屋から音が鳴っている。硬質な音だ。
――コンコン、コンコン
壁をノックしているかのような音だ。どこからも寸分違わず同じ音が鳴っている。
――コンコン、タンタン
ベッド付近の壁から、違う音が鳴った。壁越しに異物があるような、何かが壁に付いているかのような音だ。
――さてはここか。
にやり、と彼女は笑みを浮かべた。そして幼き城主は、その場所に自らの口を近づけ――
その声が受信機越しに聴こえた時、妹もまた笑みを浮かべた。それだけに止まらず、喜びを全身で示すかのように飛び跳ねた。
しばらく跳躍し、そしてそれが落ち着いたあと、彼女はベッドに跳び乗った。枕の近くの石壁に、口を近づけ――
「ん......」
なにやら物音が部屋の中でするので、目が覚めてしまった。枕元に置いていた腕時計で時刻を確かめると、二時にならないくらいだ。ひどく重い瞼をむりやり開き、半身を起こした。
「これも大きい...もっと奥ね」
城主の妹が、自室のクローゼットを漁っているのが辛うじて見えた。自らの体にメイド服を重ね、ぴったりのサイズを測っている。
「フラン様、何を...なされて...」
言葉を吐く途中で、あくびが出てきてしまった。噛み殺そうとしていたが、抑えきれなかったのだ。
「あら咲夜、お早う。メイド服を借りてもいいかしら?」
「ええ、構いませんが...起こしてくれても良かったのに」
「大した用事でもないのに、そんな事しないわ」
そう言って、またメイド服が引き出された。
クローゼットの奥から小さなメイド服を引っ張り出す。自分が幼かった時に着ていた物で、処分しようと思っていたのだが、忙しくて先延ばしにしていた。こんな形で役立つとは思ってもみなかった。
「これでいいの?」
「よくお似合いですよ」
「あら、私ってば給仕の服が似合うのね」
「そう言い換える事も可能ですね」
背中の部分に鋏をいれて、翼を出せる穴を開けた。どうせ捨てる予定だったので、大胆に切ってある。
「それじゃ、行くわよ」
「どちらに?」
「あいつの部屋に決まっているでしょう」
どうやら城主の部屋に行くようだ。着替えさせてすぐ寝ようとしていたのだが、そういう訳にもいかないようだった。付き添う形で部屋を出る。
城主の妹はかなり機嫌がいいようだ。手の中にある何かを、お気に入りの玩具かのように転がしている。それは小さく、黒い色をしている。また、機械的なものに見えた。
「フラン様、それは?」
「盗聴機」
「何処でお拾いに?」
「退屈だったから作ったの」
退屈だったから作った。その一言は盗聴機という存在とはかなり離れているように思えた。うまく言葉が飲み込めなかったが、そんな事もあるだろうと考え直す。
「フラン様、それをどうされるおつもりで?」
「ウォーターゲートに決まってるでしょう?」
まぁ、盗聴機の用途など一つしかない。そのうちに、城主の部屋の扉が見えてきた。
「いないわね」
「その様ですね」
部屋の中は真っ暗だった。棺桶の蓋は床に落とされ、中身は空だった。図書館か、または屋上にでも行ったのだろう。
その隙にと、盗聴機はベッドの近くの壁に埋め込まれた。魔法でも使ったのか、跡などは一切無かった。少なくとも、見るだけでは此処に盗聴機があると気づけないだろう。
「帰るわよ」
「心得ました」
風にあおられたカーテンの隙間から、太陽光が射しこんだ。私はそれを顔に感じて、本日二度目の覚醒を迎えた。いちおう、業務に支障が出ないくらいには眠れただろう。私はメイド服に着替えた。
「咲夜、ちょっと訊きたいのだけれど」
「何でしょうか?」
「昨日...いえ今日の夜、私の部屋から見覚えの無いメイドが出てきたの。何か知らないかしら?」
私は悟られぬように動揺した。まさか、見られていたのか。だが、まだそれがフラン様だと決まったわけではない。
しかしもし全てが筒抜けなのだとしたら、ごまかす事は適わない。くだらない嘘だと一瞬で看破されるだろう。
「いいえ、知りませんね」
「そう」
お嬢様はそれだけ答えて、紅茶を啜った。
――コンコン、コンコン
城主の部屋から音が鳴っている。硬質な音だ。
――コンコン、コンコン
壁をノックしているかのような音だ。どこからも寸分違わず同じ音が鳴っている。
――コンコン、タンタン
ベッド付近の壁から、違う音が鳴った。壁越しに異物があるような、何かが壁に付いているかのような音だ。
――さてはここか。
にやり、と彼女は笑みを浮かべた。そして幼き城主は、その場所に自らの口を近づけ――
その声が受信機越しに聴こえた時、妹もまた笑みを浮かべた。それだけに止まらず、喜びを全身で示すかのように飛び跳ねた。
しばらく跳躍し、そしてそれが落ち着いたあと、彼女はベッドに跳び乗った。枕の近くの石壁に、口を近づけ――
お互い分かっててやってるのが信頼の証なのかなって思いました。
レミリアがノリのいいお姉ちゃんしててよかったです
会話劇の浮かれ具合や、シチュエーションの可愛らしさ等、短い部分に詰め込めるだけ詰め込んだこの熱量が良い感じ…。