Coolier - 新生・東方創想話

ぶっとばす!

2020/09/04 12:21:22
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 今日も今日とて、空をとぶ。

 ──衝撃波で空を飛ぶ。

 飛んでくる要石を避けると私の自慢の耳に掠る。少し避けるのを間違えたみたいだった。思わず舌打ちが出る。空飛ぶ藍様と私はその惨状を眺めている。主人とそのライバルの戯れに付き合わされていた。
「あっはは、紫待ちなさい!」
「やあよ、捕まえてみなさいな」
 庭が壊れていく。藍様と妖夢が頑張って作った庭が、要石で、スキマから出てくる弾幕で。素敵な庭が壊されてしまっている!
「……またか。紫様もお戯れをお止め下さいな」
 隣で一緒に飛んでいる藍様が呟いた。少しイラついたような声はどこか怖さを感じさせる。
「藍様、天子をぶっ叩いてもいいですかね」
「やめておけ。あんななりしてるが橙だと触れる事すら難しいだろう」
 藍様がどんどんイライラしているのが分かる。せっかくの庭を壊されて、さぞご立腹なのだと思う。
「そうですか。とりあえずお二人を止めませんか」
「もう知らん。好き勝手に壊しておけばいい」
 藍様の目が死んでいた。ずっと怒ることにも疲れたのだろうか。天子が紫様にちょっかいを出すのは日常茶飯事だった。輝針城に住んでいる時も、謹慎が解けて天界に帰っても、貧乏神を引っ付けても。懲りないやつだと思う。藍様の胃痛は消えないけれど。
 私は天子のことが気に入らない。紫様にちょっかいかけて、藍様が死にそうになってて。
「気に入らねえ……」
 本音がポロリと出てしまって慌てて口を閉じる。
「橙、なんか言ったか?」
「いいえ、何も」
 庭が壊れていく中、空から二人で黙って収まるまで見ていた。

 *

 藍様に頼まれた買い物をしに里に来ていた。今日の夜ご飯は簡単なものにするらしい。材料的に野菜炒めかな?なんてそんなことを思いながら鞄を持って歩く。手をひらひらと上げながら、八百屋のおっちゃんに声をかけた。
「や、大将久しぶり」
「お、橙ちゃんじゃねえか。今日は買い物か?」
「へへ、そうだよ。藍様に申し付けられたんだ。ここに書いてる野菜くれない?」
 紙を渡す。覚えられているのが恥ずかしくて顔をポリポリとかいてしまう。大将はとても良い笑顔で笑っていた。
「おう、いいぞ。お得意にしてもらってるしな。えーっと、キャベツときゅうりと……」
 渡した紙を持ちながら大将は店の奥に入っていった。私は暇だけど店の前に立って待っている。
 里の門の方から叫び声が聞こえる。待て、この泥棒!と叫んでいるのが聞こえた。なんだなんだとそっちを見るとボロ布を被った誰かが私にぶつかってきた。ドン!と飛ばされる。痛てぇな!
「前見ろ……って財布!」
 あの野郎財布をすりやがった。今日の夕食のお金入っているんだぞ!返せ!
「お前ふざけんな! 財布返しやがれ!」
 私はダッと駆け出していた。財布返せ!
「あっ、橙ちゃん買ったやつ!」
「大将、あとから取りに来る!」
 大将に叫んで私は本気で走り出す。
 ボロ布を着たそいつは里の裏路地へと逃げていく。私は見失わないように式を投げて貼り付けた。この里のどこにいても探知出来る優れものだ。地の底まで追いかけてやる。後ろにいた里人達はボロ布のやつを見失ったみたいだ。私は探知をしながら裏路地の奥まで入っていく。さすが裏路地、重く物々しい雰囲気を醸し出している。妖怪なんでこんなもの慣れているしむしろ出すほうだけど。ボロ布の奴がいる近くまで隠れて張り付くと声がした。
「チッ、しけてんな。これならこの里で強盗した意味ねえじゃねえか」
 なんだと。私のお金にか。バカにするならその喧嘩買ってやる。そーっと私はバレないように歩く。猫お得意の抜き足だ。ちょっとやそっとでバレはしない。
 後ろから飛びかかるようにボロ布を引き裂いた。
「誰だっ!」
 そいつは跳んで私から距離を取った。初めに見えたのは赤い瞳。そして黒と赤と白の混ざった髪。特徴的な矢印の服。
「はっ、鬼人正邪!?」
 私は大声で叫んでしまった。こんな奴が里にいるなんて思ってもみなかった。
「……誰だお前」
 くそ!覚えてないのかよ……って初対面だったか。
「私の名前は橙! 八雲の式の式だ、覚えとけ!」
 胸を貼って大きな声で叫んだ。少しでも覚えておけと思って。
「誰が覚えるかばーか。じゃあな、橙とやら」
「まちやがれ!」
 タンと地面を蹴って逃げようとした正邪に向かって引っ掻く。顔に直撃して、痛かったのか顔に手を当てながら体制を整えていた。
「喧嘩売る気か……いいだろう受けてやる」
「はん、お前が財布盗んだからだろ。返せその財布」
「やーだね、これはもう私のもんだ。返して欲しかったら奪い取れ」
 ああ、腹が立つ。体の力をフッと抜く。
「あ? やる気ないのか?」
 ガンつけるようにポケットに手を入れて近づいて来る。馬鹿め。
 ぐっと力を込めて顔面に渾身の右ストレートをお見舞する。右ストレートをする前に思い切り力を入れた時に、自慢の爪も全部バキバキに割れていた。痛くはないけれどこいつのためだけに割ってやるほど慈悲深いわけじゃない。
「ガッ!」
 そんな哀れな声とともに体がよろけて受け身も取れずに倒れてしまっている。なんと哀れなことか。つまらないの。
 さっさと落ちた財布を拾う。お金を確認する。大丈夫、まだ触られていなかった。ふう、良かった。
「てめえ……」
 正邪はゆらりと立ち上がっていた。ふっと口から血溜まりを出して告げる。
「てめえ、ボコボコにしてやる!」
 わっと、飛びかかってきた。スっと飛びかかる動作が全て見えて、当たらないように最低限の動作で避ける。猫の身体能力を舐めるな。
「気が変わった。めんどくさいけど正邪、あんたをボコボコにしてやるよ」
 割れた爪に力を入れる。割れたところから無理やり爪を生やす。シャキンと言うような刀みたいな、そんな生え方をする。ぐううう、痛いからあまりしたくないのだけれど。こいつを切り裂くためには必要だ!
「かかってこいやおらあああ!」
 正邪の叫び声と共に殴り合いが始まった。

 *

 裏路地にて。私たち二人は盛大にぶっ倒れていた。裏路地から見える青い空がとても綺麗だった。
 あれからどれだけ殴りあったのだろうか。右ストレートを出すわ、足蹴りするわ、腹を殴るわ。特にあいつの反転させる能力は鬱陶しかった。なんだあれ、視界がめちゃくちゃ気持ち悪かったぞ。そして、そこらじゅう血が飛んでいた。あー、これ藍様見たら怒るんだろうな。そんな気がする。

「お前……強いな……」
「は、あんたこそ……」

 私の中の何かが弾け飛ぶ。
「だー、クソ、気に入らねえ……」
 口の悪さのスイッチが入る。あまり藍様から言うなって言われてるけど今ぐらいならいいよね。いるのは正邪だけだし。
「あん……? 気に入らないって私をか」
 どことなく怒気を孕んだ声がしたけれど私はそれに冷静に答える。
「違う違う……あんたじゃない奴。思い出したらむかむかしてきた」
 あの天人め。藍様の庭を壊しやがって……
「へえ、殴り合いする八雲の式の式が気に入らないやつなんているなんてな」
 感心したような声で答えるものだなら気になって正邪の方を見た。空を見ながら柔らかそうな顔で話していた。
「なんだよ、見んじゃねーよ」
 ぷいと私の見えない方に振り向いてしまった。独特の髪の色を見ながら話す。
「そういう気に入らないやつってあんたはどうする?」
「あ? 決まってるだろ。ぶっとばす。下克上してやるよ。私が勝つことは決まっている!」
 勢いよく手を振りかざして起き上がっている。私もそれを見て痛い体をのそりと起こした。
「いや、私に負けてんのに勝てるのかよ」
「は? お前とは引き分けだろ」
 あ、ふざけんじゃないぞ。
「お前が先に倒れてたろ」
「あんたが先だろ!」
 起き上がったところでまた喧嘩になろうとしていた。それがバカバカしくなって私は止める。
「あーとりあえず改めて自己紹介する。私は橙。とりあえずよろしく」
「お尋ね者だったやつによく自己紹介なんてするな。まあいいけどよ……私は知っての通りの鬼人正邪。アマノジャクだ!」
 ビシっと決めるものだから笑ってしまう。裏路地に私の高い笑い声が響く。
「おい、笑うんじゃねえ!」
 あははは、と私は大笑いする。ああ、勝つことを信じている正邪が本当に馬鹿らしくて。少し勇気を貰った。
「ははは! 正邪、あんた面白いな!」
「んだよ、叩くな痛い!」
 ばしばしと叩いて笑う。ああ、ほんとに面白い。
「なあ、ぶっ飛ばしたいやつがいるんだけどさ。手伝ってくんねえ?」
「は? なんで私に頼むんだ」
「正邪ならしてもらえるって思ったから」
 はあ?と疑問の顔をする正邪。私はよくわかるように説明する。
「私の気に入らないやつをぶっとばすから手伝ってくれ」
「出会ってすぐのやつにそんなこと普通言うか?」
「普通じゃないから言うんだよ」
「はあ」
 正邪はとても困惑した顔で私を見ていた。
「ま、まあいいけど」
 困惑しすぎていて面白い。私は空に指さして言う。
「あの気に入らない天人をぶっ飛ばしたいんだ!」
「天人……あの虹色のやつか?」
 正邪はそこで考えている。するとニヤリと悪い顔をして笑った。
「あっはは、まさかあの天人をぶっとばしたいって!」
 今度は正邪が大笑いしている。
「なんだよ、それが悪いってのかよ」
「違う、お前の無謀さに笑っただけさ。いいだろう、手伝ってやる! 私は強者に下克上するのが生き甲斐なのさ!」
 あははと正邪は笑い続けていた。

 *

 さてさて、書きたいのは果たし状。
 私は一度正邪を里に置いてきて、買い物を終わらせ、紫様の家に戻ってくる。
「ただいま〜」
 小声で入ると誰もいない。藍様も紫様も出払っているのだろうか。こんな顔で会うことなんて出来なかった。怒られそうだし。それが私の中の会いたくないということの大半を占めていた。
 買い物をしたものを机に置いてバッと家から飛び出す。さっさと会わずに逃げた方が得だと思った。

「おーい、正邪ー? マヨヒガ行くぞ」
 さっきの殴りあった裏路地に行くと正邪は倒れていた。
「は、はら……腹減った……」
 弱々しい声はとてもみっともなくて。まあご飯もろくに食べられてなかったからひったくりなんかしたのだろうし。
「あー、なんか買ってきてやるからそこで待ってろよ」
 私は走って何かを買いに行く。手ごろに食べられるものはおにぎりだろうか。鬼もどきの天邪鬼に鬼斬とはどうなのだろうか。まあいいか。死ぬわけじゃないし。
 里を走って惣菜屋さんに行く。
「おばちゃん、おにぎり二個くださいな」
「また、誰かと喧嘩したのかい? ほら持っていきな」
 おばちゃんはとても馴れ馴れしいけれど嫌いにはなれない人だった。お金を出しておにぎり二個を貰っていく。
「まいど、橙ちゃんも程々にしときなさいな」
「わーかってるよ、ありがとうね」
 またタッと走っていった。

「おい、おにぎり買ってきてやったぞ、食え」
 私の手の中にあるおにぎりを見た途端正邪は地面を這いつくばってきて、おにぎりを奪い取った。無言で必死に食い始めた。食べ方が汚い。……まあ、しょうがないのかもしれないけれど。半泣きになっているのは見なかったことにした。
 ガツガツと早食いして食べ終わった正邪は地面に倒れ込んだ。
「ちょ、おい」
「ああー……まともに食えたのいつぶりだろ……」
 変に幸せそうな顔して寝転んでいた。おい、心配を返せ。
「おい、果たし状書きに行くから早く着いてこいよ!」
「おお、着いて行かねーから待ちやがれ」
「お前に指示されたくないがな」
 やいやいと言い飛ばしながら私は空に浮く。正邪が空に浮いたのを見計らって私は空を駆け出していた。
「待て……っ!」
はーん、着いてこいよ。どこまでも早く飛んでやるから。

 *

 さて、古びた家が連なると言ってもボロボロの家ばかりが並ぶマヨヒガまでやってきた。ここに住む猫達は正邪を見て少し警戒しているようだった。私のことはいつものように無視されていたけれど。そうして私の住んでいる家へと案内する。自分でどうにか直して住んでいるところだった。藍様と紫様の家はあの二人の家なのでそこの所は別れていたりする。ご飯は一緒に食べたりするけれど。
「ボロいけど住めるんなら上等だよな」
 正邪の一言目がそんな言葉だった。まあ確かにそうだけど。
「あんた野宿ばっかりだっけ」
「そうだが。お尋ね者が家に住めるわけないだろ」
 ごもっとも。屋根があって壁があって、雨風凌げる場所があるだけ上等だよね。お尋ね者からすれば。
「とりあえず上がって。必要なもの取ってくる」
「あいあい」
 ドスドスととても偉そうにするものだから腹が立つ。ここの主は私だぞ。囲炉裏の前にドスンとあぐらで座り込んでいた。それを見ながら私は棚の奥にあるはずの紙と筆とを取りに行く。筆は何だったかな、紫様から頂いた墨をすらなくても書けるなんでも使いやすい筆だった。ええと、紙はどこにあったかな……奥からガサゴソと取り出すと少し湿気っていてかびそうになっていた。
「……も少し綺麗なの無かったかな」
 正々堂々と宣戦布告するのに、さすがに汚いもので出すのは忍びない。何よりかっこよくない。また奥を探すと綺麗な紙が見つかった。たしかこれ、藍様から貰った良い紙だったかな……よし、これにしよう。
「おい正邪、持ってきた」
 寝かけていたのかハッと起きる正邪。眠いのか?
「墨はすらなくていいのか?」
 私の手の中にある筆を奪い取って観察してから放った言葉だった。
「うん。どういうわけか付けなくていいんだとさ。便利だろ」
「へえ、そんなものあるのか」
 関心していたようだった。私は机のある隣の部屋へと移動する。正邪は、それを見てこちらに来た。
「んで、何書くんだ?」
「何ってあの天人に宣戦布告するんだよ。それを書くんだ。さーなんて書こうかな」
 正邪が筆を奪い取って書き出しを考える。無難に貴殿との……でいいかな。
「ほら貸せ」
 考えているとまた筆を奪われ、私の座っているところに無理やり正邪は座ってきた。思わず退く。
「こういう時はこうだ!」
 紙を前にして正邪はすらすらと筆を動かした。

『比那名居天子殿 果たし状
貴殿との決闘を申し込む。一ヶ月後の今日に輝針城の前にて待つ』

 達筆でほへーと声が出た。
「こんなもんでいいだろ。乾いたら適当に輝針城の所に置いてきてやるよ」
 えっ、そこまでしてくれるのか。あっという間に書かれてしまって私の書く間もなかった。なかなか正邪すごいじゃないか。
「お前すごいな……」
「はん、嬉しくないね」
 天邪鬼がまた言っているようだった。なんか嬉しくなって正邪の頭を撫でてみる。
「おい、やめろ!頭を触るな!」
「お前すげぇなぁ」
 わしゃわしゃと髪の毛が乱れるまで頭を触ってやった。

 *

 正邪に着いてくるなと言われてマヨヒガで待機をする。無理やり巻き込んだのに正邪は色々と乗ってくれる。ありがたいことなのだけれど、どうしてなのだろうか。聞いても教えてはくれやしないし、殴られるだけというのはわかる。まあ、してくれる通りにすればいいか。
 そんなことをボーと思っていた。空を見ていると正邪が帰ってくる。
「おい、渡してきてやったぞ」
「早いな」
「まあ、渡すといっても廊下にほっぽりだしてやったがな。針妙丸なら気がつくだろ」
それでいいのか。
「んで、一ヶ月間何するんだ」
 私は頭をがしがし掻きながら聞いた。果たし状に一ヶ月後と書かれていたのだから。
「何って……ぶっとばすための準備さ。そのぐらいいるだろ? 」
「正邪、お前頭いいな。せっかくだから連携も訓練したりしない?」
「は、やだよ」
「紫様に差し出してもいいけど」
「お前なぁ! わーかったよやってやるよ」
 不服そうな正邪を見てニヤニヤと私は笑っていた。

 ~*~

 一ヶ月の訓練は難航を極めた。何しろ正邪に連携のれの字も無かったからだ。連携を取ろうと叫ぶと正邪と言い合いになって喧嘩になった。また殴り合いをしてマヨイガに帰ると時々来ている藍様に怒られたりした。ちくしょう、全部正邪のせいだ。
 それと正邪は遊びで私の視界を反転にしてきたりしてきて散々だった。

「ほらよっ!」
 ぐるんと回る視界。そして動くとどちらへ行くのか分からなくなる体。吐きそうになる。
「てめえふざけんじゃねえぞ!」
 叫びながら私は吐きかけていた。
「けけけ、お前が引っかかるのが悪いんだろ」
 天人ぶっとばす前にお前ぶっとばすぞ。そうしてまた喧嘩になった。

 二人で喧嘩三昧の一ヶ月だったがまだ連携は取れるようにはなってきたんだろう。そう思っていると直ぐに時間は訪れてしまった。

 *

「待ってたわよ天邪鬼」
 逆さ城の輝針城の前で不遜にも要石の上で立っているのは天人、比那名居天子その人だった。
「待ち焦がれたぜ、なあ橙」
 正邪、お前がそんなこと言うなんて。私は思わず笑顔になってしまう。
「ああ! それと一つ言っておきたいんだけど果たし状を書いたのはこいつだけど書くと言い出したのは私だからな。そこの所は間違えないでよ」
 正邪を指さしながら言う。言ったことに対して豆鉄砲を食らったハトのようにポカンとしている天人。少しの間静かになってあはははと大笑いし始めた。
「あはははは! まさか紫のところの式が私に果たし状なんて! 面白い、いいわよ二人でかかってきても。私が勝ってやるから」
「は! お前をボコボコにするために来たんだ!勝ってやる!」
 手を握りしめた。いつでも殴れるように、私が勝つために。
笑い倒す天人は楽しそうな笑顔を見せながら叫んだ。
「かかってこないならこちらから行ってやるよ!」
 大ぶりの右ストレートが飛んでくる。私は動きを見て避けた。チ、と右頬にかすり傷が出来たけれど特に気にしない。まだまだこれからだ。
 私は天人の前を陣取り、後ろを飛ぶ正邪に目を向ける。ニタリと笑っている正邪の何たる良い笑顔だこと。思わず私も笑って、爪を折った。天人を殴り飛ばすために、気に入らないものをこの手でぶっとばすために。
「おらっ」
 こちらも右ストレートを入れようとした瞬間に天人は私の手を取り、蹴りを入れてこようとする。体を捻って攻撃を通させた。舌打ちをする天人。するとそこに後ろから正邪の蹴りが天人の背中に入った。
「おらあっ、どうだ!」
 正邪は高笑いしながら天人と距離を取る。私もまた離れて様子を見ていた。
「ふふ、ふふふ……蹴り入れたのは認めるわ。だけどこれは避けられる?」
 そう笑って正邪の方向に回し蹴り上段を顔面に向けて放っていた。正邪は身構えていたものの、地面の方向に吹っ飛んでいた。
 ザッと私はまた殴りに行く。しかしそれはするりと躱されてしまった。このやろうふざけるな。殴り飛ばさなければ気が済まないのに!
「あら、この程度? つまらないわね。紫の方が楽しいわ」
 その言葉を聞いて私の奥の頭が、プチっと何かが切れた音がした。
「天人、てめえ!いつもいつも加減にしろ! 紫様と遊ぶのはどうでもいい。だけど藍様に迷惑をかけるな! 自分以外のものも省みろ! だからお前は気に入らないんだ!」

 スペルカード宣言。鬼符「青鬼赤鬼」

 弾幕を展開する。青の大玉と、赤の大玉を天人に向かって打ち下ろす。そこから青赤の小玉を展開し、天人に向かって飛んでいく。それをすいすいと避けられてしまうのでどうしてもむかつく。当たれよ。被弾してしまえ!

「は! 本性を表したか。所詮そんなことだと思ったわ。果たし状なんて荒々しい気性のやつしか書かない。それに私は生憎恨まれるのは慣れてるの。さあ、ボコボコにしてあげましょう」
 天人は悪い顔をしながら緋想の剣を出していた。私は一つ笑う。ふ、遅いぞ正邪。
「後ろが、がら空きだぞ?」
 私ばかりに意識を向けていた天人は後ろを振り返るのが遅れた。天人は殴られた顔を伏せながら私の後ろへ回る。弾幕をばらまく。それは見切ってるんだよ。
 次に顔を隠しながら天人は剣を使い突きを打ってきた。ヒョイと踊るかのように緋想の剣の上に乗る。ふふ、楽しいなあ。
「あんたぁ!」
 それがキレる合図だったのだろう。ト、剣から足を浮かし、斬撃を避けた。また、距離を取る。
 フッと口の中から血を出す天人。笑っている、楽しんでいる。天人を見ながら正邪と背中合わせになった。
「次、アレをしろよ」
「お前に指図される筋合いはないがなぁ!」
 正邪が叫ぶ。タンッと私たちは背中合わせから飛び上がった。それを見た天人は剣を構えて正邪に切りかかろうとしていた。

 正邪は笑っていた。とても楽しそうに、悪い顔をしながら。

 スペルカード、逆符「リバースヒエラルキー」

「これで倒れろぉお!」
「うっ、何よこれ!逆転か!」
 天人は展開されたスペルカードをグレイズしながら避けていく。弾幕を展開しながら正邪は舌打ちをしていた。
天人は避けきってしまい、正邪に切りかかった。避けられてしまった正邪は動けずに斬撃を食らってしまったのだ。そのまま地上へと落ちていった。
「せいじゃあーーー!!」
 てめえふざけんじゃねえぞ。ぶっとばす!
「は、あとは橙、お前だけだな!」
 私は緋想の剣に当たらないように避けながら弾幕を放っていく。隙を感じさせない剣さばきで近寄ることが出来なかった。
「クソ……近寄れねぇ……」
 体力をどんどん持っていかれる。動きが鈍くなってしまう。逃げあぐねていると、唐突に空が光った。

 スペルカード、小槌「お前が大きくなあれ」

 私の体が変わっていく。身長が、体格が変わっていく。
 な!? なんだこれは!

「橙、避けろぉぉー!」
 正邪の大きな声が聞こえた。もうわけが分からなくて反応が出来なくなっていた。

 スペルカード、要石「天地開闢プレス」

 天人が高速で飛んだと思ったらどこからか持ってきた要石を私の大きくなった体に当たったと思う。その後の意識はもう無かった。

 ~*~

「グッ……ううう、体が……っ!?」
 私は意識が上がったと思ったら倒れていた。起き上がろうとしても無理だった。
「あ、起き上がらない方がいいわよ。あんた骨折れてるはずだから」
 天人の声が聞こえた。……そう言えば起き上がろうとした所はベットだったな。あれ、ここは……
「永遠亭よ。あんた覚えてないの?」
「覚えてる、かよ……お前にぶっ飛ばされた後、記憶無いんだから……いっつ……」
 どうして起きて直ぐにこいつの顔を見ないといけないんだ。

「お、やっと起きたか橙」
 部屋の入り口に立つのは正邪だった。お尋ね者が永遠亭にいるのが笑えてしまった。
「橙、てめえなんで笑うんだ!」
「あはは、ガハッ、痛っ、お前がお尋ね者なのに、ここにいるからだよ!」
 あはははと私の笑い声が響く。体が痛くて、泣きそうだったけれどなんか清々した。

「橙、橙! やっと起きたか!」
 バタバタと入ってきたのは藍様だった。私のベットの近くまで来て心配そうな顔をしていた。
「藍様……すみませんでした。勝手なことして」
「お前が無事ならそれでいいんだ。だが罰はまた与えるからな。式として自覚がなかったということなのだから」
 ひー、何させられるのか。怖いな……
「がははは、橙、お前罰あるのかよ!」
「正邪うるさい!」
 正邪の笑い声が永遠亭の病室に響いていた。

 *

 私は博麗神社の隅で結界の修復をしていた。藍様の罰によってたくさんの仕事を振り分けられた。私が全て悪かったし、自業自得なのだけれど。
 天人、いいや天子とは退院してから打ち解けた。私が勝手に好いていなかっただけで仲良くはなれそうだった。あの不遜な態度だけはどうしても嫌だけど。それを見た紫様は笑っていた。あの笑顔にどんな意味があるかは分からないけどそれはそれとして私も嬉しかった。
 そう言えばあの後、正邪と会っていない。永遠亭を退院する頃にはいつの間にか消えていて、消息不明になっていた。

 ……おっと、仕事に集中しなければ。結界の揺らぎが大きくなってしまってはいけないのだ。
 そう思って集中する。それでも思い出されるのは正邪だった。あの意地悪そうな顔、天邪鬼なあいつ。恋愛感情とかそういつのじゃなくて、とてもとても居心地のよい友人かな。そんな奴になれるような気がする。
 さ、もう一息、という所で誰かの気配を感じた。霊夢かな……と後ろを振り向くのびっくりする人物だった。
「よお」
 見えたのは赤い瞳。そして黒と赤と白の混ざった髪。特徴的な矢印の服。
「正邪……お前どこいってたんだよ」
 あははと笑いながら聞いてみる。
「ちょっと輝針城にな。針妙丸を問い詰めてきた」
「どうして?」
「あいつ、いきなりスペルカード使ったろ? しかも外野が。それに対して文句つけてきたんだ。まあ、逃げる前に天人に捕まって軟禁されたがな」
 何それ気になる。
「なんき……」
「おおっと、話の続きだが。針妙丸が言うには見てられなかったから手出ししたのだとさ。そんなこと知るかよ、せっかくの橙の果たし状がよ、台無しじゃねえか」
 正邪は石を蹴った。
「いやまあ、大丈夫だけど。ぶっとばすっていう目的は達成されてるから」
「お前がそれでいいならいいけどよ」

 がちゃーんと神社の方から何かが割れる音が聞こえる。

 ……え?
「やっべ、割っちまった! 逃げるぞ橙!」

「誰よ窓ガラス割ったのは! 逃げるんじゃない!」
 霊夢の怒鳴り声が聞こえてきた。あっ、やっべえ、これはダメ。
 あははっと私たちは笑いながら神社を走って逃げていった。鬼巫女が追いかけてくるけど何故か出ていたのは笑いだけだった。

「あははっ、楽しいなあ!」
「橙、お前能天気だな! 鬼巫女来てんぞ!」

 ダッと私たちは逃げるように走っていった。
書け麻雀に負けて「橙」と「正邪」で書きました!
めちゃくちゃ苦しかったけどとても楽しかったです!

……某氏に届け!
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コメント



0.140簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100Atras削除
原作の原作準拠の橙たすかります
3.100サク_ウマ削除
草でしょ
やさぐれ橙がいい味出してました。良かったです
4.100めそふらん削除
拳は最高のコミュニケーションであった!!
正邪が何だかんだいって橙の名前覚えたりとか協力したりとか凄い可愛かったです。
橙のなんだこのちぇんは感が凄まじい。
ほんとに橙がかっこよかったです…
5.100熱燗ロック削除
やさぐれ小僧の橙という新しい解釈が生まれた瞬間である。
6.100南条削除
途方もなく素晴らしかったです
なんて素敵な橙正でしょう
連携なんてできないなんて言いながら本番ではしっかり息が揃っているところが熱かったです
橙の怒りが大切な人のためにあるところが特によかったです
いつの間にかフラっと消えたと思ったらフラっと戻ってくる正邪も正邪らしくて最高でした
悪友橙正は幻想郷を照らす希望です
すべての橙正にありがとう
7.100夏後冬前削除
作者様の新たな一面を見た気がして非常に良かったです。こういう雑草魂むき出しの奴もハマるんだなぁ、と。シンプルに面白かったです。
9.90名前が無い程度の能力削除
ゆかてんはいいぞ、おまえはなかなかわかっているな
10.100Actadust削除
喧嘩しながらも少しずつ、それでもしっかりと友情を深めていく二人が素敵でした。バトルもよかったです。素敵でした。
11.100名前が無い程度の能力削除
ちぇんすれてるなー
拳で語り合ったり少年漫画でよかったです
12.100名前が無い程度の能力削除
仲よく喧嘩しな
13.100終身削除
荒っぽいけど藍の苦労になっている天子を倒そうとしたり人里の人達とも打ち解けていたり根は真っ直ぐそうな橙が意外な長所が分かる場面があったりして最悪な出会いから息ぴったりになるまでのやり取りが面白かったです 絶対馴れ合いにならなそうなドライな関係いいですね
14.100牛丼ねこ削除
最高でしょ……!!
15.100名前が無い程度の能力削除
ぶっとばされました。橙正のらしさが存分に出ていて、ひねくれているのにストレートな内容で、面白かったです
16.100水十九石削除
らしさを感じて止まない会話劇の波に押し寄されました…。
特にお調子者さがふんだんに出ている正邪が良かったです。
ぽろっと出てくるゆかてん要素に、軽く和解している橙と天子等、それだけで後日談の成立しそうな面白さも各所にあって彼女たちの今後が楽しみです。ありがとうございました。
17.100電柱.削除
砂埃の香りがする熱い話でした。これは好きな正邪
19.100名前が無い程度の能力削除
ド真っすぐな話で熱くて良かったです
野性味のある橙と正邪の取り合わせも思った以上に相性が良くて楽しかったです
21.100こしょ削除
この橙が荒々しくて強い相手に向かっていくのがよかったです
22.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです