茨木華扇は、滅多に人が来ない山中深くに住処を持つ。そこに理由があるとすれば、やはり仙人だからという事になるだろう。あるいは、厄介を呼び込まれないように。
だが、見つからない隠れ家など存在しないのだ。華扇は、それをよく知っていた。
「...訪問者」
誰かが侵入してきたのに気づいた時、何となくそう感じた。悪意などまるで無く、ただ見つけたから訪れたかのような雰囲気だったからだ。
だが、そんな軽さで此処に入れるような者がいるだろうか。いつぞやの天人くずれ位のものだが。
「あら、初めまして」
「...初めまして」
果たして、来客は竜宮の使いであった。なぜか、四本足の生えた将棋盤を持っていた。
来客は物腰柔らかく、仕草一つにも上品さが漂う。あの天人くずれに付き添う事もあると聞き、なんとも災難だろうと思ったのだが。
「いえ、そんな事はありませんよ」
どうやら本心からそう思っているような返答だった。
「確かに、彼女は傲慢です。しかし、それだけです」
彼女はそこで一旦句切り、お茶を飲んだ。おいしい、とほころんだ笑みを浮かべた。
「彼女は他人を気遣い、受け入れる事が出来ます。お解りに?」
「ええ」
それは何となく、解る。あれは邪気が無いではないが、無邪気と言えるような者だ。少し常識は無いが。
「そんな彼女だからこそ、私も付き合ってあげています」
「...ところで、その将棋盤は?」
私はずっと気になっていた事を訊いた。なぜ彼女はこれを持って此処に来たのか。まさかお土産とでも言うつもりだろうか。
「これですか。将棋というものを覚えたので、是非お手合わせ願おうと」
「私と、ですか?」
こくりと、彼女は深く頷いた。何が何だか、よく解らなかった。一つだけ解ったのは、どうもこの人は私と将棋を指しに来たらしい事だ。といっても、私は決して将棋が得意というわけではないのだが。
「参りました」
結果は、私の勝ちだった。
私が特段強かったわけではない。むしろ、下手な手を指していたと思う。それ以上に、彼女が弱かったのだ。
「ふふふ、やはり勝てませんでした。仙人様はお強いのですね」
「あ、ありがとうございます...」
なんと答えればいいのか解らなかった。どうもこの人と話していると、解らない事が多い。
「まだまだ精進しなければなりませんね」
「...あまり悔しくなさそうですね?」
負けたというのに、朗らかな笑みを浮かべたままの女性。勝負の結果に執着していない感じだ。
「貴女様と指していて、楽しかったので。私はそれで充分です」
「...なるほど」
本当に、敵わない人だ。いきなり将棋を指しに来て、負けたというのに楽しかったと笑っている。
天人とは、こういう者か。どうやら、私が思っていた以上に遠い存在だったようだ。
だが、見つからない隠れ家など存在しないのだ。華扇は、それをよく知っていた。
「...訪問者」
誰かが侵入してきたのに気づいた時、何となくそう感じた。悪意などまるで無く、ただ見つけたから訪れたかのような雰囲気だったからだ。
だが、そんな軽さで此処に入れるような者がいるだろうか。いつぞやの天人くずれ位のものだが。
「あら、初めまして」
「...初めまして」
果たして、来客は竜宮の使いであった。なぜか、四本足の生えた将棋盤を持っていた。
来客は物腰柔らかく、仕草一つにも上品さが漂う。あの天人くずれに付き添う事もあると聞き、なんとも災難だろうと思ったのだが。
「いえ、そんな事はありませんよ」
どうやら本心からそう思っているような返答だった。
「確かに、彼女は傲慢です。しかし、それだけです」
彼女はそこで一旦句切り、お茶を飲んだ。おいしい、とほころんだ笑みを浮かべた。
「彼女は他人を気遣い、受け入れる事が出来ます。お解りに?」
「ええ」
それは何となく、解る。あれは邪気が無いではないが、無邪気と言えるような者だ。少し常識は無いが。
「そんな彼女だからこそ、私も付き合ってあげています」
「...ところで、その将棋盤は?」
私はずっと気になっていた事を訊いた。なぜ彼女はこれを持って此処に来たのか。まさかお土産とでも言うつもりだろうか。
「これですか。将棋というものを覚えたので、是非お手合わせ願おうと」
「私と、ですか?」
こくりと、彼女は深く頷いた。何が何だか、よく解らなかった。一つだけ解ったのは、どうもこの人は私と将棋を指しに来たらしい事だ。といっても、私は決して将棋が得意というわけではないのだが。
「参りました」
結果は、私の勝ちだった。
私が特段強かったわけではない。むしろ、下手な手を指していたと思う。それ以上に、彼女が弱かったのだ。
「ふふふ、やはり勝てませんでした。仙人様はお強いのですね」
「あ、ありがとうございます...」
なんと答えればいいのか解らなかった。どうもこの人と話していると、解らない事が多い。
「まだまだ精進しなければなりませんね」
「...あまり悔しくなさそうですね?」
負けたというのに、朗らかな笑みを浮かべたままの女性。勝負の結果に執着していない感じだ。
「貴女様と指していて、楽しかったので。私はそれで充分です」
「...なるほど」
本当に、敵わない人だ。いきなり将棋を指しに来て、負けたというのに楽しかったと笑っている。
天人とは、こういう者か。どうやら、私が思っていた以上に遠い存在だったようだ。