水中探訪の折、わかさぎ姫は穴を見つけた。
それは霧の湖の底で口を開けており、自分を待ち構えているように見えた。だがもちろん、そんな事はない。
なんとなく気になったので、わかさぎ姫は穴に近づいてみることにした。特に危うげな感じはしなかったからだ。
だが、彼女の勘は外れた。いや、欺かれたというべきか。
彼女が穴に近づくと同時に、それは強烈に辺りを吸い込みはじめた。まるで、湖の水を全て飲み干そうとしているかのように。
「こんな、の...!」
最初こそ抗えていたわかさぎ姫だったのだが、増していく水の勢いに次第に敵わなくなっていく。
そして完全に水流に飲まれたあと、改めて穴に飲まれた。
「ゲホッ...」
飲んでしまっていた水を吐き出しながら、私は目覚めた。
まだ、喉の奥に水が溜まっている感じがする。だけどどれだけ咳き込んでも拭えないので、いっそ無視する事にした。
どうやら私は水面に浮かんでいたようだ。ぷかぷかと、晩秋の季節に散った枯れ葉のように。
「目を開けたぞ!」
そんな言葉が、上の方から投げ込まれた。
見上げてみると、何人もの人間が私にカメラを向けていた。
「...なんで?」
私が知るかぎりでは、カメラは天狗くらいしか持っていない。なのに何故、彼らはそれを持っているのだろうか。
「おーい、お前!話せるかー?」
いきなりお前と呼ぶあたり、相当に常識が無い連中のようだ。取材するのなら、最低限の礼儀を持って行うべきである。
「失礼な人達ねー!」
私は大声で返してやった。
「喋った!」
「人魚だ人魚!撮っとけ!」
バシャバシャと、機械音が響く。本当に何なのだ、この者達は。
「捕まえれるか?」
「尻尾がでかい、網いるな」
この言葉には、心底ゾッとした。
そして悟った。この人達は、私を碌に扱おうとしていない。
私は全速力でこの場を離れた。
「逃げた逃げた逃げた!」
「あっち行くなコレ。誰か回っとけ」
それから、私は流れに逆らうように泳ぎ続けた。そしたら、いつかは山に着くはずだから。
本当は少しでも情報を得たかったのだが、間違いなくそんな事は出来ない。下手すれば、いや下手を打たなくとも万歳楽だ。
「もー、誰か助けてよー!」
どうせ誰も居ないだろうと思って、私はここぞとばかりに叫んだ。
「待っててください!」
「...えっ?」
私の叫び声に、誰かが答えた。
ヂャプン、と着水音が聴こえた。さっき答えた人間だろうか、男の子がこちらに向かって泳いできている。
「待ってて...沈まないようにしててください!」
「おバカ!」
こんな急流で、しかも服を着たままで救助など出来るものか。
私は男の子へと急いだ。
なんとか、男の子を水際まで運んだ。泳ぎに自信があるとはいえ、人を抱えて泳ぐのは疲れた。
「...やっぱり、止まりかけてる」
男の子は、呼吸をしていなかった。
水中に居ると圧迫がしにくい。仕方なく半身を陸に出す。
人口呼吸をして、胸骨圧迫をする。ひたすら、これを繰り返す。まだ溺れて間もないから、助かる筈だ。
「ゲェホッ!」
「全部吐ききって!」
勢いなど無いに等しく、水を口から垂れ流す男の子。重要なのは、全部吐き出せるかどうかだ。
「はーっ...」
「呼吸が安定してきたね。もう大丈夫」
ぐったりする。私はだらしなく陸に半身を投げ出した。
見られてるけど、もういいや別に。
「えと...ありがとうございます!」
「お礼なんていいわ。それより、よく聞きなさい」
ずい、とせめ寄る。男の子は唖然としているが、これはどうしても言っておかなくてはならない。
「正義感があるのは立派よ。でも、冷静に考えて行動しなさい。共倒れになったらどうするの!」
「えっと...ごめんなさい」
落ち込む男の子。だが、彼は本当に死ぬところだったのだ。
どれだけ反省してもし足りないくらいのものだ。
「本当に、助かりました...あの、お名前は?」
「...わかさぎ姫」
それだけ言って、私は川に戻った。
今思い返してみれば、これではまるで人魚姫ではないか。冗談じゃない。泡と消えるつもりは無いぞ私は。
取り敢えず、帰る方法を見つけなければ。
それは霧の湖の底で口を開けており、自分を待ち構えているように見えた。だがもちろん、そんな事はない。
なんとなく気になったので、わかさぎ姫は穴に近づいてみることにした。特に危うげな感じはしなかったからだ。
だが、彼女の勘は外れた。いや、欺かれたというべきか。
彼女が穴に近づくと同時に、それは強烈に辺りを吸い込みはじめた。まるで、湖の水を全て飲み干そうとしているかのように。
「こんな、の...!」
最初こそ抗えていたわかさぎ姫だったのだが、増していく水の勢いに次第に敵わなくなっていく。
そして完全に水流に飲まれたあと、改めて穴に飲まれた。
「ゲホッ...」
飲んでしまっていた水を吐き出しながら、私は目覚めた。
まだ、喉の奥に水が溜まっている感じがする。だけどどれだけ咳き込んでも拭えないので、いっそ無視する事にした。
どうやら私は水面に浮かんでいたようだ。ぷかぷかと、晩秋の季節に散った枯れ葉のように。
「目を開けたぞ!」
そんな言葉が、上の方から投げ込まれた。
見上げてみると、何人もの人間が私にカメラを向けていた。
「...なんで?」
私が知るかぎりでは、カメラは天狗くらいしか持っていない。なのに何故、彼らはそれを持っているのだろうか。
「おーい、お前!話せるかー?」
いきなりお前と呼ぶあたり、相当に常識が無い連中のようだ。取材するのなら、最低限の礼儀を持って行うべきである。
「失礼な人達ねー!」
私は大声で返してやった。
「喋った!」
「人魚だ人魚!撮っとけ!」
バシャバシャと、機械音が響く。本当に何なのだ、この者達は。
「捕まえれるか?」
「尻尾がでかい、網いるな」
この言葉には、心底ゾッとした。
そして悟った。この人達は、私を碌に扱おうとしていない。
私は全速力でこの場を離れた。
「逃げた逃げた逃げた!」
「あっち行くなコレ。誰か回っとけ」
それから、私は流れに逆らうように泳ぎ続けた。そしたら、いつかは山に着くはずだから。
本当は少しでも情報を得たかったのだが、間違いなくそんな事は出来ない。下手すれば、いや下手を打たなくとも万歳楽だ。
「もー、誰か助けてよー!」
どうせ誰も居ないだろうと思って、私はここぞとばかりに叫んだ。
「待っててください!」
「...えっ?」
私の叫び声に、誰かが答えた。
ヂャプン、と着水音が聴こえた。さっき答えた人間だろうか、男の子がこちらに向かって泳いできている。
「待ってて...沈まないようにしててください!」
「おバカ!」
こんな急流で、しかも服を着たままで救助など出来るものか。
私は男の子へと急いだ。
なんとか、男の子を水際まで運んだ。泳ぎに自信があるとはいえ、人を抱えて泳ぐのは疲れた。
「...やっぱり、止まりかけてる」
男の子は、呼吸をしていなかった。
水中に居ると圧迫がしにくい。仕方なく半身を陸に出す。
人口呼吸をして、胸骨圧迫をする。ひたすら、これを繰り返す。まだ溺れて間もないから、助かる筈だ。
「ゲェホッ!」
「全部吐ききって!」
勢いなど無いに等しく、水を口から垂れ流す男の子。重要なのは、全部吐き出せるかどうかだ。
「はーっ...」
「呼吸が安定してきたね。もう大丈夫」
ぐったりする。私はだらしなく陸に半身を投げ出した。
見られてるけど、もういいや別に。
「えと...ありがとうございます!」
「お礼なんていいわ。それより、よく聞きなさい」
ずい、とせめ寄る。男の子は唖然としているが、これはどうしても言っておかなくてはならない。
「正義感があるのは立派よ。でも、冷静に考えて行動しなさい。共倒れになったらどうするの!」
「えっと...ごめんなさい」
落ち込む男の子。だが、彼は本当に死ぬところだったのだ。
どれだけ反省してもし足りないくらいのものだ。
「本当に、助かりました...あの、お名前は?」
「...わかさぎ姫」
それだけ言って、私は川に戻った。
今思い返してみれば、これではまるで人魚姫ではないか。冗談じゃない。泡と消えるつもりは無いぞ私は。
取り敢えず、帰る方法を見つけなければ。