この世は砂漠だ。こんな文面は後から後付けすれば何とでも高尚な意味や哲学を持たせられるだろうけれど、生憎今の私にそんな余裕はない。
だって、本当に砂漠だから。私の脇には背の高いサボテンが生えており、三百六十度どこを見回しても砂ばかりで、足元も砂。辛うじて上空は太陽がじりじりと照っているが、それが今は憎らしい。
私は額に汗を浮かせながら、ただただ無為に歩を進めていた。自分がどこに向かっているのか、そもそも何故こんなところに居るのかすら分からない。境界を越えた先は砂漠でしたなんて、今まで無かったのに。
たまらず私はその場に仰向けに倒れ込む。服が砂で汚れるなんて、もはや気にしなかった。
見上げる先の、天に輝く太陽の霞む白が妬ましい。太陽はカラスだ、なんて言い伝えもどこかにあったはずだが、それならカラスらしく黒い影を落として欲しい。
いや、むしろ黒いカラスだからこそ白く輝いているのかも知れない。太陽の力を持ったカラスが、それはもう天真爛漫に光を放っているのだ。黒には白が映え、白には黒が映えるから、それが楽しくて仕方ないのだろう。
そう思うと段々と太陽の真ん中ではしゃぐカラスが見えてきた。きっと、お調子者の気があるだろう。
そんなことばかり考えていると、脇のサボテンも別のものに見えてくる。今、私がもっとも欲しいもの、水を持った商人だ。但し、商人というより好事家の面が強い、一癖ある商人。
サボテンは中に水分を蓄えている。だからこそ、こんな砂漠でも何食わぬ顔で生えている。この時点で物好きだ。でも、もし私がそれを欲しがれば、山ほど生えた棘がそれを拒む。最初から売るつもりなんてない。
だから、欲しければそれこそ強奪でもしないといけない。きっと、そうなれば殆ど無抵抗に話は終わる。何せこの商人は動けないし、守りはするが争いは好まないタイプだろう。攻撃はしない棘の在り方に性格が出ている。
そう思うと、こっちも別の者に見えてくる。辺鄙な場所で日がな一日のんびりと過ごし、時折現れる私のような客の相手をして、それを糧にまたのんびりする。
もう、そろそろ本格的に駄目かも知れない。私は、カラスと商人に見送られて終わってしまう運命なのか。
あのカラスが卵でも落とせば、私の体で目玉焼きでも作れるかも知れない。そうなれば、このサボテンと交渉して、水と交換してもらうのに。こんな砂漠で目玉焼きは貴重だから、きっと欲しがるはずだ。
何か無いか。でも、ここから動く気力はもう無い。ならばと、足元の砂をざくざくと掘る。すると、何か固いものに当たって、慌ててそれを掘り起こす。
出てきた。小さくて白くて、丸い。卵みたいだ。私はそれを割ってみようと何度か叩くが、ヒビ一つ入らない。というより、やたらと固い。そもそも割れるのかすら不明だ。
しばらく私はそれを無心で叩いていたが、段々とこれに体力を使うのが馬鹿らしくなって、それをぽいと放り投げた。
それは綺麗な放物線を描きながら、思った以上に遠くまで飛んでいくと、ガツン、と何かにぶつかった。
砂に埋まった岩でもあったかな、そう思い少し体を逸らしてそちらに目をやった瞬間、その飛んで行った方から、強い光が起こった。
もしかして、あれは危ないものだったのか。それこそ、爆弾のような。それがたまたま不発弾として埋まって、それが今ので起動してしまったのか。
逃げなければ。でも、私は逃げることが出来ない。起きようとしても、さっきので体力が尽きたのか体が動かない。ああ、もう駄目だ。今にも、弾ける。
ピーーーーー!!!
「きゃあっ!」
爆弾の音にしてはやたら甲高い、耳をつんざくような音に私は思わず跳ね上がった。
「あ、起きた。おはよう、メリー」
「……何、それ」
「これ? ホイッスル、笛、そして今は目覚まし」
「目覚まし……?」
目の前の蓮子と流れで少しだけ話してから、私は今の自分の状況を確認する。ここは私の自室で、砂漠じゃなかった。汗がじっとりと体中を覆っている。頬に残る、机に長く突っ伏していた感覚。
「……あ、寝てたんだ、私」
「みたいだね。でも、クーラーはちゃんと付けないと、今年の夏は危ないよ……って、これタイマー設定になったままで切れてるじゃん。よく私が来るまで暑さで起きなかったね」
段々と思い出してきた。今日は朝から蓮子と出かける予定があったのに、蓮子から遅れるって連絡があって、ならどうしようかとぼんやり考えてたら昨日夜更かししたこともあってか、そのまま……。
クーラーのタイマーを見ると、私が覚えている時刻を過ぎてすぐに切れてしまったようだ。だから、あんな夢を見るんだ。
「で、どうだった? この目覚まし。たまにはこういう原始的な音もいいでしょ」
「……私の耳はもっと優しい電子音に慣れてるの。だから、有りか無しかなら、無し」
「あら残念。ま、これは今日の探索の万が一用だからね。体力がないと声上げるのも辛いっていうし」
そして、蓮子はホイッスルを首にかけ直すと、手に持っていた水の浮いた缶をこんと置いて、白く丸い何かを私に渡す。
「はい。遅れたお詫びに、さっき買ってきたお茶と、私の朝ご飯分けてあげる」
「……不発弾?」
思わず、先の夢からそう言うと、蓮子はふふっと笑った。
「ああ、なるほど。面白い表現かも」
「え?」
「ほら、こうしても……」
「ひゃっ……」
蓮子は、私の手からそれを預かると、机の角になかなか強めに叩き付けた。思わず、小さな悲鳴が漏れる。そんなことをすれば、それは割れて弾けてしまう。
だが、それはそうはならず、外側の白がぱりぱりと何枚か剥がれただけだった。
「ぐちゃっと割れないもんね。さ、後は自分で剥いてね」
そして、蓮子はそれを私に手渡す。
その白いものの内側は、真っ白でつるつるで、ぷるっとしている。ああ、なるほど。普通のものを爆弾と評するなら、これは確かに不発弾だ。
「ゆで卵、ね……」
だって、本当に砂漠だから。私の脇には背の高いサボテンが生えており、三百六十度どこを見回しても砂ばかりで、足元も砂。辛うじて上空は太陽がじりじりと照っているが、それが今は憎らしい。
私は額に汗を浮かせながら、ただただ無為に歩を進めていた。自分がどこに向かっているのか、そもそも何故こんなところに居るのかすら分からない。境界を越えた先は砂漠でしたなんて、今まで無かったのに。
たまらず私はその場に仰向けに倒れ込む。服が砂で汚れるなんて、もはや気にしなかった。
見上げる先の、天に輝く太陽の霞む白が妬ましい。太陽はカラスだ、なんて言い伝えもどこかにあったはずだが、それならカラスらしく黒い影を落として欲しい。
いや、むしろ黒いカラスだからこそ白く輝いているのかも知れない。太陽の力を持ったカラスが、それはもう天真爛漫に光を放っているのだ。黒には白が映え、白には黒が映えるから、それが楽しくて仕方ないのだろう。
そう思うと段々と太陽の真ん中ではしゃぐカラスが見えてきた。きっと、お調子者の気があるだろう。
そんなことばかり考えていると、脇のサボテンも別のものに見えてくる。今、私がもっとも欲しいもの、水を持った商人だ。但し、商人というより好事家の面が強い、一癖ある商人。
サボテンは中に水分を蓄えている。だからこそ、こんな砂漠でも何食わぬ顔で生えている。この時点で物好きだ。でも、もし私がそれを欲しがれば、山ほど生えた棘がそれを拒む。最初から売るつもりなんてない。
だから、欲しければそれこそ強奪でもしないといけない。きっと、そうなれば殆ど無抵抗に話は終わる。何せこの商人は動けないし、守りはするが争いは好まないタイプだろう。攻撃はしない棘の在り方に性格が出ている。
そう思うと、こっちも別の者に見えてくる。辺鄙な場所で日がな一日のんびりと過ごし、時折現れる私のような客の相手をして、それを糧にまたのんびりする。
もう、そろそろ本格的に駄目かも知れない。私は、カラスと商人に見送られて終わってしまう運命なのか。
あのカラスが卵でも落とせば、私の体で目玉焼きでも作れるかも知れない。そうなれば、このサボテンと交渉して、水と交換してもらうのに。こんな砂漠で目玉焼きは貴重だから、きっと欲しがるはずだ。
何か無いか。でも、ここから動く気力はもう無い。ならばと、足元の砂をざくざくと掘る。すると、何か固いものに当たって、慌ててそれを掘り起こす。
出てきた。小さくて白くて、丸い。卵みたいだ。私はそれを割ってみようと何度か叩くが、ヒビ一つ入らない。というより、やたらと固い。そもそも割れるのかすら不明だ。
しばらく私はそれを無心で叩いていたが、段々とこれに体力を使うのが馬鹿らしくなって、それをぽいと放り投げた。
それは綺麗な放物線を描きながら、思った以上に遠くまで飛んでいくと、ガツン、と何かにぶつかった。
砂に埋まった岩でもあったかな、そう思い少し体を逸らしてそちらに目をやった瞬間、その飛んで行った方から、強い光が起こった。
もしかして、あれは危ないものだったのか。それこそ、爆弾のような。それがたまたま不発弾として埋まって、それが今ので起動してしまったのか。
逃げなければ。でも、私は逃げることが出来ない。起きようとしても、さっきので体力が尽きたのか体が動かない。ああ、もう駄目だ。今にも、弾ける。
ピーーーーー!!!
「きゃあっ!」
爆弾の音にしてはやたら甲高い、耳をつんざくような音に私は思わず跳ね上がった。
「あ、起きた。おはよう、メリー」
「……何、それ」
「これ? ホイッスル、笛、そして今は目覚まし」
「目覚まし……?」
目の前の蓮子と流れで少しだけ話してから、私は今の自分の状況を確認する。ここは私の自室で、砂漠じゃなかった。汗がじっとりと体中を覆っている。頬に残る、机に長く突っ伏していた感覚。
「……あ、寝てたんだ、私」
「みたいだね。でも、クーラーはちゃんと付けないと、今年の夏は危ないよ……って、これタイマー設定になったままで切れてるじゃん。よく私が来るまで暑さで起きなかったね」
段々と思い出してきた。今日は朝から蓮子と出かける予定があったのに、蓮子から遅れるって連絡があって、ならどうしようかとぼんやり考えてたら昨日夜更かししたこともあってか、そのまま……。
クーラーのタイマーを見ると、私が覚えている時刻を過ぎてすぐに切れてしまったようだ。だから、あんな夢を見るんだ。
「で、どうだった? この目覚まし。たまにはこういう原始的な音もいいでしょ」
「……私の耳はもっと優しい電子音に慣れてるの。だから、有りか無しかなら、無し」
「あら残念。ま、これは今日の探索の万が一用だからね。体力がないと声上げるのも辛いっていうし」
そして、蓮子はホイッスルを首にかけ直すと、手に持っていた水の浮いた缶をこんと置いて、白く丸い何かを私に渡す。
「はい。遅れたお詫びに、さっき買ってきたお茶と、私の朝ご飯分けてあげる」
「……不発弾?」
思わず、先の夢からそう言うと、蓮子はふふっと笑った。
「ああ、なるほど。面白い表現かも」
「え?」
「ほら、こうしても……」
「ひゃっ……」
蓮子は、私の手からそれを預かると、机の角になかなか強めに叩き付けた。思わず、小さな悲鳴が漏れる。そんなことをすれば、それは割れて弾けてしまう。
だが、それはそうはならず、外側の白がぱりぱりと何枚か剥がれただけだった。
「ぐちゃっと割れないもんね。さ、後は自分で剥いてね」
そして、蓮子はそれを私に手渡す。
その白いものの内側は、真っ白でつるつるで、ぷるっとしている。ああ、なるほど。普通のものを爆弾と評するなら、これは確かに不発弾だ。
「ゆで卵、ね……」
短時間でこの文章量とクオリティ、感服です。モチーフも全部使いきってるし…。サクッと読めてちゃんと美味しい掌編でした。
一時間で書けるものかこれ?
砂漠で苦しむメリーもよかったですし、「不発弾」の解釈も面白かったです