人里の一角に、とある花屋がある。
此所にナズーリンがやって来た理由としては、墓前に供える花を買ってきてくれ、という住職からの頼みであった。
本来なら、頼みごとは何かと理由をつけて断る彼女なのだが、今回の御使いに関しては断るのも無作法に思えた。
「私は、花については門外漢なのだが」
そうして、射るような陽光の下、ナズーリンは目的にしていた花屋へと到着した。
「失礼する」
別に扉を開けて入るような店でもないのだが、一応はそう言っておいた。
そして鉢植えの乗せてある棚に寄ると、まだ幼い少女の姿があった。少女は花に間近に顔を近づけ、匂いを嗅いでいるようだ。
さすがに店員ではないだろうと思い、店を見渡す。しかし、店内には他に人影はなかった。
──どんな物がいいのか、聞こうとしていたのだが。
ふと思い直した。
「君は、何をしている?」
「...ああ、お客様ですか?」
たった今気づいたかのような反応をする少女。お客様という言い方から、やはり店員であったらしい。
「客が見えていないようだが、まぁいい。私は墓に供える花を探しているんだ」
「あ、少々お待ちください。もうすぐ、お父さんが帰ってくると思うので」
これには、流石に面食らった。この少女は店員ではないのか?
「ちょっと待て。君は選んでくれないのか?」
「はい。私、盲目なので」
少女のあっさりとした告白に、絶句する。なるほど、道理でまるで反応が無かった訳だ。
「まことに申し訳ありませんでした」
「...あぁいや、此方こそ失礼を。何かお詫びでも出来たらいいのだが」
「...それじゃあ、少しお話を聞いてもらえませんか?」
──花の香りか。
少女の話を聞き終わった直後、店主が戻ってきた。そして、滞りなく花を買えたわけだが。
聖に花を手渡した後も、ずっと引っ掛かるものが胸中にある。それは当然、少女のことだ。
「見らずに、花を楽しむ」
発せられる香りだけが、彼女の中の花なのだ。別に何とかしてやろうなど、思ってもいない。
だが。
偶々見つけた花を渡すくらい、してやってもいい筈だ。私は、ダウジングロッドを手に持った。
行き先は、ダウジングロッドの指す方向。
だが、それは瞬く間に移り変わっていく。それもその筈である。少女は、何も探してはいなかったのだから。
結局は、私自身が何かを探さなくてはならないのだ。
「いくら何でも、揺れすぎだ」
一度、地面に足を着ける。行き先が全く定まらない。
探すのは、少女にとって必要な花だ。それで探せないか。
喜んでくれるかは別として。
ダウジングロッドは、とある方向を指した。
「...やはり、此処か」
眼下に広がる向日葵を見る。既にダウジングロッドは役目を終え、何も示してはいない。二本が二本とも、あらぬ方向を向いている。
──どうするべきか。
此処に私が探していた、少女が必要とする花があるのだ。
だが、どうして手に入れようか。かの花の妖怪のテリトリーだというのに。
「...一体、どの花のことだ」
向日葵をかき分けながら、奥へと入っていった。慎重に、静謐に。
だが、私の隠密術など何の役にも立たなかった。勿論判ってはいたのだが。
「鼠風情が、何の用件かしら?」
「...何も」
花が、奇妙な模様を描く。それは私達を取り囲み、闘技場の壁のように聳え立つ。
──おかしいな。私は、こんなに阿呆だったか?
目を覚ますと、花の妖怪の姿は消えていた。
身体を確かめると、傷こそ多いが程度は浅い。何とか立ち上がれそうだ。
軋みを無視して起き上がる。花は、どれだ。
捻曲がったダウジングロッドを持つと、一つの花を指した。
「...これか?」
それは、何の香りもない、取り立てて美しいとも思えないような花だった。
「これが、私の探し物か」
命すら懸けてようやっと入手したのが、美しくもない花とは。とんだお笑い草だ。
私は、それを丁寧に手折った。
花屋に行くと、少女が数日前に他界していた事を知らされた。
私が花を探している間に病状が悪化し、呆気なく息を引き取ったのだと。
ふらりと、花屋を出ていく。葬儀はもう、終わってしまっている。
涙は出なかった。それはそうだろう。
ただ、数日前に会話した少女が死んだ事を知らされただけだ。
「そんな名前だったんだな、君は」
寺が管理している墓地の中に、ひっそりと佇む墓がある。
よく磨かれた石で、必要以上に光っている。最近に作られたものだと、容易に察せた。
私は大して美しくもない花を手向けて、その場を去った。
此所にナズーリンがやって来た理由としては、墓前に供える花を買ってきてくれ、という住職からの頼みであった。
本来なら、頼みごとは何かと理由をつけて断る彼女なのだが、今回の御使いに関しては断るのも無作法に思えた。
「私は、花については門外漢なのだが」
そうして、射るような陽光の下、ナズーリンは目的にしていた花屋へと到着した。
「失礼する」
別に扉を開けて入るような店でもないのだが、一応はそう言っておいた。
そして鉢植えの乗せてある棚に寄ると、まだ幼い少女の姿があった。少女は花に間近に顔を近づけ、匂いを嗅いでいるようだ。
さすがに店員ではないだろうと思い、店を見渡す。しかし、店内には他に人影はなかった。
──どんな物がいいのか、聞こうとしていたのだが。
ふと思い直した。
「君は、何をしている?」
「...ああ、お客様ですか?」
たった今気づいたかのような反応をする少女。お客様という言い方から、やはり店員であったらしい。
「客が見えていないようだが、まぁいい。私は墓に供える花を探しているんだ」
「あ、少々お待ちください。もうすぐ、お父さんが帰ってくると思うので」
これには、流石に面食らった。この少女は店員ではないのか?
「ちょっと待て。君は選んでくれないのか?」
「はい。私、盲目なので」
少女のあっさりとした告白に、絶句する。なるほど、道理でまるで反応が無かった訳だ。
「まことに申し訳ありませんでした」
「...あぁいや、此方こそ失礼を。何かお詫びでも出来たらいいのだが」
「...それじゃあ、少しお話を聞いてもらえませんか?」
──花の香りか。
少女の話を聞き終わった直後、店主が戻ってきた。そして、滞りなく花を買えたわけだが。
聖に花を手渡した後も、ずっと引っ掛かるものが胸中にある。それは当然、少女のことだ。
「見らずに、花を楽しむ」
発せられる香りだけが、彼女の中の花なのだ。別に何とかしてやろうなど、思ってもいない。
だが。
偶々見つけた花を渡すくらい、してやってもいい筈だ。私は、ダウジングロッドを手に持った。
行き先は、ダウジングロッドの指す方向。
だが、それは瞬く間に移り変わっていく。それもその筈である。少女は、何も探してはいなかったのだから。
結局は、私自身が何かを探さなくてはならないのだ。
「いくら何でも、揺れすぎだ」
一度、地面に足を着ける。行き先が全く定まらない。
探すのは、少女にとって必要な花だ。それで探せないか。
喜んでくれるかは別として。
ダウジングロッドは、とある方向を指した。
「...やはり、此処か」
眼下に広がる向日葵を見る。既にダウジングロッドは役目を終え、何も示してはいない。二本が二本とも、あらぬ方向を向いている。
──どうするべきか。
此処に私が探していた、少女が必要とする花があるのだ。
だが、どうして手に入れようか。かの花の妖怪のテリトリーだというのに。
「...一体、どの花のことだ」
向日葵をかき分けながら、奥へと入っていった。慎重に、静謐に。
だが、私の隠密術など何の役にも立たなかった。勿論判ってはいたのだが。
「鼠風情が、何の用件かしら?」
「...何も」
花が、奇妙な模様を描く。それは私達を取り囲み、闘技場の壁のように聳え立つ。
──おかしいな。私は、こんなに阿呆だったか?
目を覚ますと、花の妖怪の姿は消えていた。
身体を確かめると、傷こそ多いが程度は浅い。何とか立ち上がれそうだ。
軋みを無視して起き上がる。花は、どれだ。
捻曲がったダウジングロッドを持つと、一つの花を指した。
「...これか?」
それは、何の香りもない、取り立てて美しいとも思えないような花だった。
「これが、私の探し物か」
命すら懸けてようやっと入手したのが、美しくもない花とは。とんだお笑い草だ。
私は、それを丁寧に手折った。
花屋に行くと、少女が数日前に他界していた事を知らされた。
私が花を探している間に病状が悪化し、呆気なく息を引き取ったのだと。
ふらりと、花屋を出ていく。葬儀はもう、終わってしまっている。
涙は出なかった。それはそうだろう。
ただ、数日前に会話した少女が死んだ事を知らされただけだ。
「そんな名前だったんだな、君は」
寺が管理している墓地の中に、ひっそりと佇む墓がある。
よく磨かれた石で、必要以上に光っている。最近に作られたものだと、容易に察せた。
私は大して美しくもない花を手向けて、その場を去った。
なので、どうか胸を張ってこの作品のことを誇ってほしいのです。私はもっと作者様の作品を見たいと思いました。ですが、作者様がもしこの作品を誇れないのであれば、この感想すらも張りぼてということに他ならないと思うのです。
重ねて述べます、とてもよい作品でした。どうか胸を張っていただけると嬉しく思います。ご馳走様でした。