木張りの廊下に音が響く。
それはコツコツと軽い音。二人分の歩行音。
狭い廊下を誰かが歩いているだけの、何気ない音だった。
硝子越し見える陽は、その姿を地平に沈めていて。
全てが赤く染まったように彼女は錯覚していた。
硝子を嵌め込む窓枠も、軋んでたわむ木の床も、壁に張られた落書きも。
もちろん自分も。そして前を行く彼女も。
「……赤だね」
「あー?」
「白黒でもなくて、赤白でもなくて、赤一色」
「それは困るな。赤ネタ被りで襲われそうだ、知り合いの姉妹に」
「私、そんなことはしないよ?」
「お前らとどっちがマシかな。お前は忘れてくれる分、あいつらよりはマシかもな」
と言って、すぐに沈黙が帰って来る。
それでもいいけどね、と彼女は思う。お家のステンドグラスと寺子屋の硝子張りじゃ月とスッポンだけど、それでもこの雰囲気は嫌いじゃない、と。
「……ありがとね、魔理沙」
「何がだ、こいし」
「今日誘ってくれて」
「お礼を言うなら神様にでも言うんだな」
「神様、神様」
お空に力をくれた神様に祈ろうとしたけれど。
そういえば、そんな神様のことなんて、とっくの昔に頭の中から消えていたのだった。
二人が歩いているのは、普段ならば立ち入ることのできない場所だった。
寺子屋。人間の里の中央部。妖怪なんてものは存在しないはずの、人間の領域。
そのような場所に訪れたのは、しかし妖怪の時間と呼ばれる逢魔が時だった。
……誰そ彼、か。
「誰だっていいのにね。どうせ、すれ違った相手のことなんてすぐに忘れちゃうんだから」
「黄昏の語源の話か? 道を歩いていると、向こうからやって来る相手の姿がはっきりしない。そこで私はこう言った。誰そ、彼」
「そうそう。どうせどうでもいいと思ってるんだから、無視しちゃえばいいのよ」
「まあまあそう言うな。誰しも興味が続くかはその時次第だぜ」
そう軽く言って、彼女は歩みを落とさない。
「でもさ、今日の目的だって、結局は皆が忘れちゃうことが原因でしょ」
「どうだろうな。幻想は忘れられると力を失うが、さて」
二人がここにいる理由は簡単だった。寺子屋から魔理沙に妖怪退治の依頼があったのだ。
曰く、厠から女の子の笑い声がする、と。
所詮は声だけのこけおどし。気にすることもないと助言した魔理沙であったが、子ども心は合理では動かなかったようだ。
とにかく子どもたちが怖がって仕方がなく、中には何日も休んでいる子もいる。だからせめて、原因だけでも解明してほしい。
魔理沙への依頼は、おおよそそのような内容であるらしい。
らしいというのは、こいしも魔理沙から伝え聞いた話でしかないからだ。
そもそも、
「どうして私を連れてきたの? 魔理沙一人で十分じゃないの?」
「ふむ。実のところ原因が何かは見当が付いていてな。折角人間が出払っているならとお前を誘ったまでだ」
「ふうん?」
よくわからない。魔理沙からは、自分がいることの必要性は返ってこなかった。さっきから二人で腕を組んで歩いていることと何か関係はあるのだろうか。
もっとも、それを嫌と思っていない自分がいるのも確かなのだけど。
「でも、一緒に厠に行くなんてへんなの」
「聞いた話だが、外の世界の奴らは友達と一緒に用を足しに行くらしいぞ」
「……友達?」
「よくわからんよな。ま、今回の怪異は恐らく外の世界が発祥だろうから、私もそれに倣っているわけだが」
「そ、そうなんだ」
友達。それに倣う。
その意味をしっかりと理解する前に、
「ほら、着いた」
「あ」
いつの間にか、厠の前に着いていた。
毎日欠かさず掃除がされていようとも、どうしても汚れと暗さを想起させる学校の嫌われもの。
生活に必要にもかかわらず、嫌っている人の多いこと多いこと。
……必要とされている分、私達よりマシかもね。
「何してるんだ。行くぞ」
「あー、引っ張らないでー」
こちらがそんなことを考えているとは知りもせず、魔理沙が気軽に厠へ入っていく。
廊下に射す西日は、その赤さを増して治まらない。
「結局のところ、こいしの言う通りでな」
「うん」
「消えそうなんだ、七不思議が。というか消えた」
「耳障りなピアノ、眼付きの悪い肖像画、足の固そうなランナー、ただの音」
「ああ、既に私の中からそいつらは消えてしまってるんだ」
「そういえば私も、いつからか電話がかけられなくなってしまったわ」
七不思議。メリーさんの電話。それは都市伝説異変がもたらした、幻想郷にすらないはずのフォークロア。
強すぎる力の残滓で幻想郷に顕れ続けてきた御伽噺は、しかしその姿を消しつつあった。
「でも、もう一つあったよね。一番強いの」
「そうだな。学校の七不思議において最大の花形、人気者の怪異がな」
「私も魔理沙に厠へ連れ込まれて暴力を振るわれたよね、懐かしいー」
「……誤解を招く言い方をするな。あれはごっこ遊びだぜ」
魔理沙が半目を向けてくるが、事実なのだから仕方がない。それに、悪い気はしていないのだからいいじゃないかと思う。
「話を戻すが、つまりここにいるのが――彼女ってわけだ」
「彼女……トイレの花子さんね」
「よく覚えてたな」
「魔理沙の使っていたオカルトだもん、覚えてるよ」
と言ったものの、彼女がどんな怪異だったかは記憶にない。なんとなく沢山の手に掴まれて、体中をもみくちゃにされたくらいの覚えしかなかった。
「でも、なんで花子さんがここに?」
「既に力のほとんどを失っているからな。自分の居場所を探して辿りついたんだろう。少しは力を増せるからな」
「でも、もう消えちゃうんでしょ?」
「だろうな」
「忘れ去られて?」
「そうだな」
「――そっか」
なんとなく、胸が重くなったような気がした。
自分に感情なんてないはずなのに。
どうせすぐに忘れてしまうんだから、気にすることなんてないはずなのに。
それなのに、どうしてか、胸の重さはいつまでも残り続けていた。
「なあこいし、花子さんを呼んでくれないか?」
「……どうやって?」
「奥から二番目の扉をノックして、花子さん遊びましょって言うだけだ」
魔理沙がやればいいのに、と言おうと思った。
だけど、
「――――」
どうしてか身体が動いて、魔理沙から聞いた通りの場所に立つ。
扉の向こうに気配はない。人も、妖怪も、幽霊もなにもかも。何もないという気配があるだけだった。
おそる、おそる、右手を上げる。袖の中から右手を出して、指を少しだけ握る。
一拍だけ間をおいて、ゆっくりと拳をスナップした。
コン、コン。
――はあーい。
そんな声を、耳にしたような気がした。
気のせいだなと、そう思った。
「……はーなこさん。遊びましょ」
言われた通り、彼女を呼ぶ。
きっと呼んだ先には誰もいない。
それでもこいしは、
「――これからも、ずっとずっと、遊ぼうね――」
返事はなかった。どうしてかこいしは、もう厠から声が聞こえることは無いのだろうと思った。
「……ねえ、魔理沙」
「なんだ?」
「魔理沙は、花子さんのこと、忘れちゃうの?」
「覚えてるさ、たぶんな」
魔理沙の口調は、いつも通りおどけていた。
いつの間にか厠の中は暗くなっていて、相手の顔もわからない。だから魔理沙がどんな表情を浮かべているのかわからなくて、
「ねえ、ねえ魔理沙。その――」
「なあこいし。私と帽子の取り替えっこしたこと、覚えてるか?」
「え?」
虚を突かれて、思わず疑問した。
それでも魔理沙は黙ってこちらの答えを待っていて。
「……覚えてるよ」
「どうだった?」
「重かった。でも可愛くって、思っていたよりもふわふわしていたわ」
「私のスレイブになった時は?」
「自分の身体が自分じゃなくなるなんていつものことだけど、魔理沙なら嫌じゃなかった」
「最初に神社で会った時」
「覚えてる。お姉ちゃんやお空からの評判は最悪だったのに」
「だったのに?」
「きれいで、楽しかった」
そうだ、全て覚えている。
地上の人間に興味を持ったことも。
初めて眼を閉じたことを後悔したことも。
二人で帽子を取り替えて笑いあったことも、
マスターとスレイブの関係で弾幕ごっこをしたことも。
それだけじゃない。魔理沙との思い出以外も、記憶に残っている。
「さっきお前、私に一人で十分じゃないのかって聞いたよな」
「うん」
「十分だったさ。だけど簡単に消えてしまったオカルトのことを考えたら、こいしのことが浮かんでな」
「……うん」
忘れる。記憶からいなくなる。幻想郷の中ですら忘れられる。
何も考えていなくて、何も覚えていられない悟り妖怪。
泡沫の都市伝説。
その二つに、何の違いがあるだろうか。
でも魔理沙は、
「私は、こいしのことを、忘れたくない」
「――――」
「それを伝えたくて、一緒に来てもらったんだ」
声が聞こえた。気のせいじゃない、確かな声が。
「……ほんとうに?」
――本当だ。
「私のことを、忘れないの?」
――できるだけそうするつもりだぜ。
声が聞こえる。鼓膜は震えていないのに、どうしてか心に声が響いた。
山の上で出会った普通の人。なのにその時どうしてか、眼を閉じたことを後悔した。
そんなこと有り得ないと思っていたのに。人の心を読んでもなんにも良いことはないと思っていたのに。
今はただ、
「魔理沙、これからも――私と遊んでくれる?」
――――。
聴いた声は、こいしの思った通りの答えだった。
真っ暗闇の部屋の中で、それでも魔理沙のことがわかる。
魔理沙、魔理沙、霧雨魔理沙。
星と恋の魔法使い。
一緒に星と恋の魔法を使ったことは、きれいな思い出として残っている。
これから先も、ずっとずっと、そんな思い出を残していけるならば。
「ぁ――」
思わず子どもみたいに抱き付いて、ぎゅっと身体を抱きしめた。
花子さんには悪いけれど、
……もう少しだけ、ここにいさせてね。
そう思ったことは、きっと魔理沙にも伝わるだろうなとこいしは思った。
それはコツコツと軽い音。二人分の歩行音。
狭い廊下を誰かが歩いているだけの、何気ない音だった。
硝子越し見える陽は、その姿を地平に沈めていて。
全てが赤く染まったように彼女は錯覚していた。
硝子を嵌め込む窓枠も、軋んでたわむ木の床も、壁に張られた落書きも。
もちろん自分も。そして前を行く彼女も。
「……赤だね」
「あー?」
「白黒でもなくて、赤白でもなくて、赤一色」
「それは困るな。赤ネタ被りで襲われそうだ、知り合いの姉妹に」
「私、そんなことはしないよ?」
「お前らとどっちがマシかな。お前は忘れてくれる分、あいつらよりはマシかもな」
と言って、すぐに沈黙が帰って来る。
それでもいいけどね、と彼女は思う。お家のステンドグラスと寺子屋の硝子張りじゃ月とスッポンだけど、それでもこの雰囲気は嫌いじゃない、と。
「……ありがとね、魔理沙」
「何がだ、こいし」
「今日誘ってくれて」
「お礼を言うなら神様にでも言うんだな」
「神様、神様」
お空に力をくれた神様に祈ろうとしたけれど。
そういえば、そんな神様のことなんて、とっくの昔に頭の中から消えていたのだった。
二人が歩いているのは、普段ならば立ち入ることのできない場所だった。
寺子屋。人間の里の中央部。妖怪なんてものは存在しないはずの、人間の領域。
そのような場所に訪れたのは、しかし妖怪の時間と呼ばれる逢魔が時だった。
……誰そ彼、か。
「誰だっていいのにね。どうせ、すれ違った相手のことなんてすぐに忘れちゃうんだから」
「黄昏の語源の話か? 道を歩いていると、向こうからやって来る相手の姿がはっきりしない。そこで私はこう言った。誰そ、彼」
「そうそう。どうせどうでもいいと思ってるんだから、無視しちゃえばいいのよ」
「まあまあそう言うな。誰しも興味が続くかはその時次第だぜ」
そう軽く言って、彼女は歩みを落とさない。
「でもさ、今日の目的だって、結局は皆が忘れちゃうことが原因でしょ」
「どうだろうな。幻想は忘れられると力を失うが、さて」
二人がここにいる理由は簡単だった。寺子屋から魔理沙に妖怪退治の依頼があったのだ。
曰く、厠から女の子の笑い声がする、と。
所詮は声だけのこけおどし。気にすることもないと助言した魔理沙であったが、子ども心は合理では動かなかったようだ。
とにかく子どもたちが怖がって仕方がなく、中には何日も休んでいる子もいる。だからせめて、原因だけでも解明してほしい。
魔理沙への依頼は、おおよそそのような内容であるらしい。
らしいというのは、こいしも魔理沙から伝え聞いた話でしかないからだ。
そもそも、
「どうして私を連れてきたの? 魔理沙一人で十分じゃないの?」
「ふむ。実のところ原因が何かは見当が付いていてな。折角人間が出払っているならとお前を誘ったまでだ」
「ふうん?」
よくわからない。魔理沙からは、自分がいることの必要性は返ってこなかった。さっきから二人で腕を組んで歩いていることと何か関係はあるのだろうか。
もっとも、それを嫌と思っていない自分がいるのも確かなのだけど。
「でも、一緒に厠に行くなんてへんなの」
「聞いた話だが、外の世界の奴らは友達と一緒に用を足しに行くらしいぞ」
「……友達?」
「よくわからんよな。ま、今回の怪異は恐らく外の世界が発祥だろうから、私もそれに倣っているわけだが」
「そ、そうなんだ」
友達。それに倣う。
その意味をしっかりと理解する前に、
「ほら、着いた」
「あ」
いつの間にか、厠の前に着いていた。
毎日欠かさず掃除がされていようとも、どうしても汚れと暗さを想起させる学校の嫌われもの。
生活に必要にもかかわらず、嫌っている人の多いこと多いこと。
……必要とされている分、私達よりマシかもね。
「何してるんだ。行くぞ」
「あー、引っ張らないでー」
こちらがそんなことを考えているとは知りもせず、魔理沙が気軽に厠へ入っていく。
廊下に射す西日は、その赤さを増して治まらない。
「結局のところ、こいしの言う通りでな」
「うん」
「消えそうなんだ、七不思議が。というか消えた」
「耳障りなピアノ、眼付きの悪い肖像画、足の固そうなランナー、ただの音」
「ああ、既に私の中からそいつらは消えてしまってるんだ」
「そういえば私も、いつからか電話がかけられなくなってしまったわ」
七不思議。メリーさんの電話。それは都市伝説異変がもたらした、幻想郷にすらないはずのフォークロア。
強すぎる力の残滓で幻想郷に顕れ続けてきた御伽噺は、しかしその姿を消しつつあった。
「でも、もう一つあったよね。一番強いの」
「そうだな。学校の七不思議において最大の花形、人気者の怪異がな」
「私も魔理沙に厠へ連れ込まれて暴力を振るわれたよね、懐かしいー」
「……誤解を招く言い方をするな。あれはごっこ遊びだぜ」
魔理沙が半目を向けてくるが、事実なのだから仕方がない。それに、悪い気はしていないのだからいいじゃないかと思う。
「話を戻すが、つまりここにいるのが――彼女ってわけだ」
「彼女……トイレの花子さんね」
「よく覚えてたな」
「魔理沙の使っていたオカルトだもん、覚えてるよ」
と言ったものの、彼女がどんな怪異だったかは記憶にない。なんとなく沢山の手に掴まれて、体中をもみくちゃにされたくらいの覚えしかなかった。
「でも、なんで花子さんがここに?」
「既に力のほとんどを失っているからな。自分の居場所を探して辿りついたんだろう。少しは力を増せるからな」
「でも、もう消えちゃうんでしょ?」
「だろうな」
「忘れ去られて?」
「そうだな」
「――そっか」
なんとなく、胸が重くなったような気がした。
自分に感情なんてないはずなのに。
どうせすぐに忘れてしまうんだから、気にすることなんてないはずなのに。
それなのに、どうしてか、胸の重さはいつまでも残り続けていた。
「なあこいし、花子さんを呼んでくれないか?」
「……どうやって?」
「奥から二番目の扉をノックして、花子さん遊びましょって言うだけだ」
魔理沙がやればいいのに、と言おうと思った。
だけど、
「――――」
どうしてか身体が動いて、魔理沙から聞いた通りの場所に立つ。
扉の向こうに気配はない。人も、妖怪も、幽霊もなにもかも。何もないという気配があるだけだった。
おそる、おそる、右手を上げる。袖の中から右手を出して、指を少しだけ握る。
一拍だけ間をおいて、ゆっくりと拳をスナップした。
コン、コン。
――はあーい。
そんな声を、耳にしたような気がした。
気のせいだなと、そう思った。
「……はーなこさん。遊びましょ」
言われた通り、彼女を呼ぶ。
きっと呼んだ先には誰もいない。
それでもこいしは、
「――これからも、ずっとずっと、遊ぼうね――」
返事はなかった。どうしてかこいしは、もう厠から声が聞こえることは無いのだろうと思った。
「……ねえ、魔理沙」
「なんだ?」
「魔理沙は、花子さんのこと、忘れちゃうの?」
「覚えてるさ、たぶんな」
魔理沙の口調は、いつも通りおどけていた。
いつの間にか厠の中は暗くなっていて、相手の顔もわからない。だから魔理沙がどんな表情を浮かべているのかわからなくて、
「ねえ、ねえ魔理沙。その――」
「なあこいし。私と帽子の取り替えっこしたこと、覚えてるか?」
「え?」
虚を突かれて、思わず疑問した。
それでも魔理沙は黙ってこちらの答えを待っていて。
「……覚えてるよ」
「どうだった?」
「重かった。でも可愛くって、思っていたよりもふわふわしていたわ」
「私のスレイブになった時は?」
「自分の身体が自分じゃなくなるなんていつものことだけど、魔理沙なら嫌じゃなかった」
「最初に神社で会った時」
「覚えてる。お姉ちゃんやお空からの評判は最悪だったのに」
「だったのに?」
「きれいで、楽しかった」
そうだ、全て覚えている。
地上の人間に興味を持ったことも。
初めて眼を閉じたことを後悔したことも。
二人で帽子を取り替えて笑いあったことも、
マスターとスレイブの関係で弾幕ごっこをしたことも。
それだけじゃない。魔理沙との思い出以外も、記憶に残っている。
「さっきお前、私に一人で十分じゃないのかって聞いたよな」
「うん」
「十分だったさ。だけど簡単に消えてしまったオカルトのことを考えたら、こいしのことが浮かんでな」
「……うん」
忘れる。記憶からいなくなる。幻想郷の中ですら忘れられる。
何も考えていなくて、何も覚えていられない悟り妖怪。
泡沫の都市伝説。
その二つに、何の違いがあるだろうか。
でも魔理沙は、
「私は、こいしのことを、忘れたくない」
「――――」
「それを伝えたくて、一緒に来てもらったんだ」
声が聞こえた。気のせいじゃない、確かな声が。
「……ほんとうに?」
――本当だ。
「私のことを、忘れないの?」
――できるだけそうするつもりだぜ。
声が聞こえる。鼓膜は震えていないのに、どうしてか心に声が響いた。
山の上で出会った普通の人。なのにその時どうしてか、眼を閉じたことを後悔した。
そんなこと有り得ないと思っていたのに。人の心を読んでもなんにも良いことはないと思っていたのに。
今はただ、
「魔理沙、これからも――私と遊んでくれる?」
――――。
聴いた声は、こいしの思った通りの答えだった。
真っ暗闇の部屋の中で、それでも魔理沙のことがわかる。
魔理沙、魔理沙、霧雨魔理沙。
星と恋の魔法使い。
一緒に星と恋の魔法を使ったことは、きれいな思い出として残っている。
これから先も、ずっとずっと、そんな思い出を残していけるならば。
「ぁ――」
思わず子どもみたいに抱き付いて、ぎゅっと身体を抱きしめた。
花子さんには悪いけれど、
……もう少しだけ、ここにいさせてね。
そう思ったことは、きっと魔理沙にも伝わるだろうなとこいしは思った。
忘却を筋に組み立てた会話劇で、特に魔理沙の台詞回しが好きです。”誰しも興味が続くかはその時次第”と言ったのがラストを踏まえると趣深くてお腹いっぱい。ご馳走様でした。
まり
こいまりは地の底を駆ける流星
ただの人間で魔法使いの魔理沙が、たぶん自分よりずっと年上で、たぶん自分が老いて果てた後も生き続ける妖怪であるこいしにこういう話をするってのがとにかく切ない。
素晴らしいお話でした。
こいしのことを忘れたくない、この魔理沙の言葉がとても心に残りました。
凄くよかったです。
子供らしく、純粋で、少女で居続ける魔理沙にこいしは救われたのでしょうか。
どこかしんみりしつつも爽やかで、素敵な作品でした。
儚さを称えた二人が素敵でした
魔理沙とこいしの関係性いいですよね……。素敵なお話ありがとうございました。