永遠亭に向けてみんなと一緒に歩いているが、なんだか体がだるい気がする。飛行機に乗って墜落したり、森をさまよったり、幻想食いと戦ったりで力を使い過ぎたのだろうか?
「ユカリ、何だか顔色悪いよ」 チルノが気遣ってくれた。
「うん、ちょっと疲れてね」
「言いたかないが……」 とにとりが鈴仙をちらり。
「にとり、そんなわけないはず……だよ」
「うう、もし私のせいだったらごめんなさい。せっかく助けてくれたのに……。私っていつもそうだ、誰かと引き換えに自分だけ……」
トラウマモードの鈴仙を止めたい。
「だぁーっそういうのは良いから、私を誰だと思っているの? 力も体も縮んだけど、これでも大妖怪の端く……」
胸を張ろうとしたが、そのまま意識がすぅーっとフェードアウト……。
「やべえ、ユカリ! しっかりしろ」
「揺さぶっちゃダメです、河城さん手を貸して下さい」
「わかった。ここは専門家に従う」
必死なみんなの顔が映った。ごめん。
私は白い石ころだらけの場所にいた。そよ風が吹いていて、あちこちに卒塔婆が差されていて、色とりどりの風車がからからと音を立てて回っている。少し離れた所に川が流れている。三途の川。私、とうとう死んじゃった。
結局、幻想郷がどうなったのかは分からず、記憶も戻らずじまいだった。未練はないと言えば嘘になる。霊夢、藍、橙、幽々子に妖夢、そして私の生涯最後に出来た親友チルノ、近しい人々はどうなってしまったのだろう。しっかり生き抜いて欲しい。私が行けるのはここまで。仕方がない、時間切れなのだ。
「やっぱ地獄行きかなあ」
幻想郷のためとはいえ、とても褒められない事もしてきたんだ私。でも最後の局面だけは覚えていない。どうにもならない事を考えながら歩いていると、あたりから子ども達の声が聞こえてきて、私の心をいくらか解きほぐしてくれた。見ると幼くして死んだ子ども達が石を悲しそうに、ではなく、楽しそうに積んでいる。
「よーし、自己新記録達成」
「どうだこの絶妙なバランス」
「すごい、私もこれやるー」
積み方にはいろいろなやり方があり、まるで競っているみたいだった。
良く見ると、石を積まず携帯ゲーム機で遊んでいる子もいた。さらに、水切りをして遊んでいる子もいた。言われているほどひどい目にあっているわけではなくて安心したが、少しは真面目にやれよ、と心の中で突っ込みを入れる。
「珍しい方が来ましたね」 水子達のリーダーらしき女性がいた。
「私は戎瓔花(えびすえいか)この辺りで水子達が寂しくないように面倒を見ております」
とても可憐で、IME変換に苦労しそうな名前。
「私は八雲紫、幻想郷で賢者を気取っていましたけれど、いろいろあった末、とうとうこの有様です」
瓔花は楽しそうに石積みをしている水子達を見渡した。やたらテンションの上がっている子がいて、その子は高さ冥界最高記録に挑戦だと息巻いている。
「ご存じの通り、こうやって親より先に亡くなってしまった罪を償っているのです」
前々からこれには思う所がある。
「正直、亡くなる理由はいろいろでしょうに、これだけで罪だというのは疑問に思っています、正直」
「そうです。でも私ごときにこの理を変える事はできません。でも楽しくすることはできます。いつか地蔵菩薩様に救済されるその時まで」
それにしても、一番高い石の塔は子どもの背丈ほどある。ある程度石を積んでもそのたびに鬼がやってきて蹴り崩され、またやり直しになってしまうはずだが……。
「お気づきですか、積んだ石を蹴りに来るはずの鬼が一向に現れないのです。死神も来ません。多分去年からでしょうか」
これも異変の影響だろうか。そして、子ども達の死因はおそらく、異変による混乱が大きいのだろう。私は一体この異変に関わったのかそうでないのか、前者だとしたら何ができ、何をするべきだったのだろうか。
「このままじゃ、子ども達の努力は実るけど、報われることも無い、か」
「このままだと永遠に、です。ただ唯一の希望があるとすれば、あれを……」
と瓔花は三途の川を指さす。川岸からいくらか離れた水辺に、一隻の木造船が座礁していた。
「あれは、聖輦船。命蓮寺の」
「詳しい謂れは存じませんが、あの船が水子達を救おうと飛んできたようなのです。しかしあの場に落ちたきり動きませんし、誰も出てこないのです」
船にたどり着ければ再起動させる方法があるかも知れない。でも渡し舟は存在せず、泳ごうとしても三途の川では特別な船以外沈んでしまい、巨大な古代魚や首長竜に食べられてしまうという。
「なら飛べよ、と思いましたね」 瓔花がちょっと笑う。
「私も飛べますが、三途の川の上に行くと落ちてしまいます。牛鬼の牛崎という子がおりまして、その子に頼めば彼女と親しい首長竜に乗せてもらえるのですが……」
「その子もいないのですね」
「ええ、どうしたらいいのか」
楽しそうに競う子ども達をよそに、私と彼女は考え込んでしまう。その時、聖輦船の周囲の空を何かが漂っているのが見えた。それは青や赤、緑や桃色の漫画的なUFOの形をした物体で、中にはこの近くにゆったり浮かんでいるものもあった。
「私、ちょっと試してみる」
私は一番手近なUFOに飛び乗り、次のUFOに飛び移るのに成功した。よっしゃ! 歩いて旅をしたり戦ったりして分かったけど、私って意外と妖力抜きのフィジカル面でも行けるみたい。いや普通の人間基準ではどうか分からないけどさ。
「おい、あのお姉さん、浮かんでいる奴に飛び乗って船まで行くつもりらしいよ」
子ども達がざわついて、石を積む手を止めてこちらを見ている。応援してくれているのかな? ちょっとうれしい。軽く手を振って次のUFOを見定める、あれだ。規則的に左右に動いている、タイミングを見計らってジャンプ、成功。すでに下は川だ。
「この調子で聖輦船に。意外とちょろいもんよ」
眼の前に大きめのUFOが浮かんでいる。ここで少し休めそう。そう思って飛び乗ったとたん、UFOがくるりと裏返った。
「え!?」
私はなすすべもなく三途の川へ真っ逆さま。
「八雲さん!」
「お姉さんが落ちた!」
じたばたしても体が浮かない。容赦なく呼気が肺から逃げていく、苦しい。これが最期か。首長竜が私を見つけて迫ってくる。窒息が先か、こいつに喰われるのが先か? これこそ絶望というものだ。私は観念して目を閉じた。
「あれ?」
だが、そのどちらも起こらなかった。気が付くと私は首長竜の頭上に乗せられ、そのまま川岸まで運ばれていた。
「誰とは存じないけど、ありがとう」 首長竜は何も反応せず、私を降ろしてまた川の向こうに去っていった。
失敗だったのに、まるで英雄の凱旋のごとく子ども達が集まってくる。
「うわあ、お姉ちゃんすごい」
「あれに飛び乗るなんて考えられなかったよ」
「また挑戦するの?」
「お姉さんも石積みやらない?」
「ああ、ナンパしようとしてる~」
モテ期到来、という解釈でいいのか? ちょっと照れるね~。
「ああ、閏美。まだ存在していたですね」 瓔花が感慨深げに川を見ていた。
「うるみ? 貴方が言っていた牛鬼の子ですか」
「はい、あの首長竜は彼女、牛崎潤美に懐いている子達の一員です。この子が無事なら、きっと潤美もどこかで」
「では、この世界も、まだ終わり切ってはいない?」
「きっと」
死んだのに、何だかやる気がみなぎってきた。諦めるのは早い。
よっしゃあ再挑戦、と気合を入れたのもつかの間、何度も首長竜のお世話になり、心が折れた。
声援を送ってくれた瓔花と子ども達も、ダメだこりゃという雰囲気に支配されていく。
「う~ん、これは無理そうだ」
「八雲さんでも荷が重かったようですね」
聞こえるように言わないで。
そもそもこの首長竜、味方するなら直接船に連れて行けば5分で終わる話だろ。それとも自力でたどり着くべしという何者かの啓示なのか?
気づくとすでに石積み大会が再開されていた。私はぼんやりと体育座りで彼岸を見つめながら、これからどうなるんだろうなあとか、あっちに知り合いはいるんだろうか。などと物思いにふける。川のせせらぎと風の音、子ども達の声だけが聞こえてくる。
「お姉ちゃん、もう諦めちゃうの」 私を石積みに誘った男の子が尋ねる。
「ううん、ちょっと疲れただけ」
「じゃあ、石積みやろうよ。結構面白いよ」
この懐いてくる男の子は嫌いじゃない。そして物は試し、という事で前代未聞の大人の石積みスタート! 藍が見たら何て言うかしら。
「あっ、崩れた」
「急がず、一個づつ様子を見て積んでいかなきゃダメだよ」
結構奥が深い。この場で石積みチャンプを目指す死後もいいかも知れない。なんて思えて来る。近くで携帯ゲームに熱中している子も何人かいた。
「ああ、なぜかああいうゲームもここに流れてきて、それが好きな子もいるみたい。私は閻魔様に、ゲームも石積み扱いにしては、と打診しています」
ゲームが石積みなら、鬼が勝手にセーブデータを消したりするのか。うわ、想像しただけでしんどい。それはそうと、何となく子どもの一人がしているゲームをのぞいてみると、内容はよくある横スクロールアクションで、キャラを操作していろいろな地形を乗り越えてゴールを目指すらしい。そして私は画面を見て何かを感じた。もしかして……。
「お願い、ちょっとこのゲーム機貸して」
無理を言って貸してもらい、ゲーム画面とUFOの群れを交互に見てみる。すると、ゲームの障害物の位置とUFOの位置が一致しているみたいだ。とすると、私が失敗した場所だけでなく、まだ見ぬUFO配置も分かるという事。ぶうぶう文句言うその子に謝りながら急いでその位置を記憶に焼き付ける。
「石積み、飽きちゃったのかよ」
「そうじゃないの、もしかしたら今度こそあの船に行けるかも知れないの」
回転するUFOの上で定期的にジャンプしながら別のUFOが降りてくるのを待ち、飛び乗る。成功だ。次に飛び乗ったUFOは数秒で水面に落下してしまうが、水面近くに浮かんでいたUFOに移れば問題ない。
「今度はいけるぞ」
「がんばって」
次に前後に進むUFOが複数あって、そこを超えると最後の難関がある。いくつものUFOがその場に出現したり消えたりを繰り返している。私は覚えた出現位置とタイミングでテンポよくジャンプ。飛んだ瞬間に足元のUFOが消え、何もない空間に出現したUFOに着地、スリリング! そして船まであと少し、という所で出現タイミングを忘れて落下。
「ああ、畜生」 キャラに見合わない声を出してしまう。
すでに待機していた首長竜が私を連れていく。ああ、また岸からやり直しか、心が折れるわ。今日はもう寝よう。と思ったが、首長竜は親切にも中間地点のUFOに私を降ろしてくれた。ある程度進むと落ちても途中からやり直せるらしい。
「行ける、行けるぞ」
「落ち着いて、絶対大丈夫」
そして再び増えた声援に励まされ、ついに船の甲板に着地。
「うおおお」
「やったあああ」
「お姉ちゃんすげえ」
「八雲さん、やりましたね」
みんなに手を振った後、早速甲板を調べてみる。床が傾いていて歩きにくい事この上ない。人の気配はしない。しかし、何かが足元に落ちていた。
「なんだろ、これ? たしか牛鬼が持っているという……」
石で作った赤子の像だ。これは、確か牛鬼の持ち物。何かが石の赤子の下に挟まっているのでどけてみると、そこで妖精サイズの牛鬼が気絶していた。おそらくこの子が瓔花の言っていた牛鬼、牛崎潤美だろう。
「むぎゅう」
そうか、彼女は私みたいに体が縮んだ時、運悪く赤子の像に自分が……。
妖力を分けてやろうと手をかざすと、彼女の腕が私を制した。
「私は良いから、妖力を、あの船に。大丈夫だから」
「本当にいいの?」
「赤ちゃんをどけてくれただけで自然に何とかなるから、お願い 」
私は彼女を抱きかかえ、船の中心部らしき場所を探した。操舵室を見つけると、操作卓と舵輪がある。動力、のようなものがあるとしたら、そのスイッチは……これ?
「ベタ過ぎるし! 設計者誰よ!」
操作卓の中央に手形のような刻印がある。
「はいはい、ここに手を置いて妖力をこめればいいんでしょう」
と思ったらその通りだった。急に船中に低い音が鳴り響き、ごごんという音とともに座礁していた船の床が水平になった。
「やった、これであの子たちを次の輪廻に連れてってあげられるよ」
牛崎潤美が喜ぶ。聖輦船はひとりでに宙に浮き、元来た川岸を目指してふわふわと進んでいく。私を船に導き、同時にさんざん苦しめてくれたUFOたちが護衛するように船についてきている。岸に着くと、タラップのようなものが勝手に降り、水子達を乗せていった。
最後に、瓔花と潤美、そして私が残る。
「牛鬼さんは死者じゃないから乗らないとして、瓔花、貴方も来る?」
彼女は寂しそうな笑顔で首を振った。
「いいえ、次にここに来る子達の世話をしたいのです。それが私の望みです」
「そう、私が言うのもおかしいけど、みんなをよろしくね」
「任せてください」
そして、ついに私も彼岸に逝く時が来た。
二人にお礼を言って聖輦船に乗る。子ども達は私の同行を喜んでくれる。きっと来世は同じ場所じゃないだろうけど、それまでの間よろしくね。
船が再び動き出し、彼岸を目指す。現世が遠ざかる。これが補陀落渡海という奴だろうか。生前のいろいろな光景を思い出し、涙があふれてくる。そして、ああ、行く先に光が見える。あたたかな気持ちが心を満たしていく。でも船がそこに至る寸前、突如冷たい風が吹いた。
「この冷たい風は何?」
「何言ってんのお姉ちゃん、とても暖かい風だよ」
「なんだかお母さんの中にいるみたい」
「全然寒くないよ」
この子達は感じてない。なら一体?
「じゃあ、私だけに冷たい風が」
突風というより、不可視の冷たい手が私を掴んだようにも思えた。子ども達の行き先と正反対の方向へ引っ張られていく。
「おねえちゃんが!」
みんなが手を伸ばし、私も手を伸ばす。しかし私がその手を掴むことはなかった。
優しい世界が「こっちにお前の居場所無いから」と言っているのか?
恐ろしい世界が「こっちこそお前にふさわしい」と言っているのか?
私はやはり罪深いのか?
眼下で瓔花と潤美が驚いた顔で、どこかに運ばれていく私を見上げていた。やがてさっきとは感触の違う光が私を包みこみ、そして……。
「ユカリ! やっと目が覚めた!」
顔をくしゃくしゃにしたチルノがそこにいた。
ひんやりとした手が、私の額に当てられていた。
「ユカリ、何だか顔色悪いよ」 チルノが気遣ってくれた。
「うん、ちょっと疲れてね」
「言いたかないが……」 とにとりが鈴仙をちらり。
「にとり、そんなわけないはず……だよ」
「うう、もし私のせいだったらごめんなさい。せっかく助けてくれたのに……。私っていつもそうだ、誰かと引き換えに自分だけ……」
トラウマモードの鈴仙を止めたい。
「だぁーっそういうのは良いから、私を誰だと思っているの? 力も体も縮んだけど、これでも大妖怪の端く……」
胸を張ろうとしたが、そのまま意識がすぅーっとフェードアウト……。
「やべえ、ユカリ! しっかりしろ」
「揺さぶっちゃダメです、河城さん手を貸して下さい」
「わかった。ここは専門家に従う」
必死なみんなの顔が映った。ごめん。
私は白い石ころだらけの場所にいた。そよ風が吹いていて、あちこちに卒塔婆が差されていて、色とりどりの風車がからからと音を立てて回っている。少し離れた所に川が流れている。三途の川。私、とうとう死んじゃった。
結局、幻想郷がどうなったのかは分からず、記憶も戻らずじまいだった。未練はないと言えば嘘になる。霊夢、藍、橙、幽々子に妖夢、そして私の生涯最後に出来た親友チルノ、近しい人々はどうなってしまったのだろう。しっかり生き抜いて欲しい。私が行けるのはここまで。仕方がない、時間切れなのだ。
「やっぱ地獄行きかなあ」
幻想郷のためとはいえ、とても褒められない事もしてきたんだ私。でも最後の局面だけは覚えていない。どうにもならない事を考えながら歩いていると、あたりから子ども達の声が聞こえてきて、私の心をいくらか解きほぐしてくれた。見ると幼くして死んだ子ども達が石を悲しそうに、ではなく、楽しそうに積んでいる。
「よーし、自己新記録達成」
「どうだこの絶妙なバランス」
「すごい、私もこれやるー」
積み方にはいろいろなやり方があり、まるで競っているみたいだった。
良く見ると、石を積まず携帯ゲーム機で遊んでいる子もいた。さらに、水切りをして遊んでいる子もいた。言われているほどひどい目にあっているわけではなくて安心したが、少しは真面目にやれよ、と心の中で突っ込みを入れる。
「珍しい方が来ましたね」 水子達のリーダーらしき女性がいた。
「私は戎瓔花(えびすえいか)この辺りで水子達が寂しくないように面倒を見ております」
とても可憐で、IME変換に苦労しそうな名前。
「私は八雲紫、幻想郷で賢者を気取っていましたけれど、いろいろあった末、とうとうこの有様です」
瓔花は楽しそうに石積みをしている水子達を見渡した。やたらテンションの上がっている子がいて、その子は高さ冥界最高記録に挑戦だと息巻いている。
「ご存じの通り、こうやって親より先に亡くなってしまった罪を償っているのです」
前々からこれには思う所がある。
「正直、亡くなる理由はいろいろでしょうに、これだけで罪だというのは疑問に思っています、正直」
「そうです。でも私ごときにこの理を変える事はできません。でも楽しくすることはできます。いつか地蔵菩薩様に救済されるその時まで」
それにしても、一番高い石の塔は子どもの背丈ほどある。ある程度石を積んでもそのたびに鬼がやってきて蹴り崩され、またやり直しになってしまうはずだが……。
「お気づきですか、積んだ石を蹴りに来るはずの鬼が一向に現れないのです。死神も来ません。多分去年からでしょうか」
これも異変の影響だろうか。そして、子ども達の死因はおそらく、異変による混乱が大きいのだろう。私は一体この異変に関わったのかそうでないのか、前者だとしたら何ができ、何をするべきだったのだろうか。
「このままじゃ、子ども達の努力は実るけど、報われることも無い、か」
「このままだと永遠に、です。ただ唯一の希望があるとすれば、あれを……」
と瓔花は三途の川を指さす。川岸からいくらか離れた水辺に、一隻の木造船が座礁していた。
「あれは、聖輦船。命蓮寺の」
「詳しい謂れは存じませんが、あの船が水子達を救おうと飛んできたようなのです。しかしあの場に落ちたきり動きませんし、誰も出てこないのです」
船にたどり着ければ再起動させる方法があるかも知れない。でも渡し舟は存在せず、泳ごうとしても三途の川では特別な船以外沈んでしまい、巨大な古代魚や首長竜に食べられてしまうという。
「なら飛べよ、と思いましたね」 瓔花がちょっと笑う。
「私も飛べますが、三途の川の上に行くと落ちてしまいます。牛鬼の牛崎という子がおりまして、その子に頼めば彼女と親しい首長竜に乗せてもらえるのですが……」
「その子もいないのですね」
「ええ、どうしたらいいのか」
楽しそうに競う子ども達をよそに、私と彼女は考え込んでしまう。その時、聖輦船の周囲の空を何かが漂っているのが見えた。それは青や赤、緑や桃色の漫画的なUFOの形をした物体で、中にはこの近くにゆったり浮かんでいるものもあった。
「私、ちょっと試してみる」
私は一番手近なUFOに飛び乗り、次のUFOに飛び移るのに成功した。よっしゃ! 歩いて旅をしたり戦ったりして分かったけど、私って意外と妖力抜きのフィジカル面でも行けるみたい。いや普通の人間基準ではどうか分からないけどさ。
「おい、あのお姉さん、浮かんでいる奴に飛び乗って船まで行くつもりらしいよ」
子ども達がざわついて、石を積む手を止めてこちらを見ている。応援してくれているのかな? ちょっとうれしい。軽く手を振って次のUFOを見定める、あれだ。規則的に左右に動いている、タイミングを見計らってジャンプ、成功。すでに下は川だ。
「この調子で聖輦船に。意外とちょろいもんよ」
眼の前に大きめのUFOが浮かんでいる。ここで少し休めそう。そう思って飛び乗ったとたん、UFOがくるりと裏返った。
「え!?」
私はなすすべもなく三途の川へ真っ逆さま。
「八雲さん!」
「お姉さんが落ちた!」
じたばたしても体が浮かない。容赦なく呼気が肺から逃げていく、苦しい。これが最期か。首長竜が私を見つけて迫ってくる。窒息が先か、こいつに喰われるのが先か? これこそ絶望というものだ。私は観念して目を閉じた。
「あれ?」
だが、そのどちらも起こらなかった。気が付くと私は首長竜の頭上に乗せられ、そのまま川岸まで運ばれていた。
「誰とは存じないけど、ありがとう」 首長竜は何も反応せず、私を降ろしてまた川の向こうに去っていった。
失敗だったのに、まるで英雄の凱旋のごとく子ども達が集まってくる。
「うわあ、お姉ちゃんすごい」
「あれに飛び乗るなんて考えられなかったよ」
「また挑戦するの?」
「お姉さんも石積みやらない?」
「ああ、ナンパしようとしてる~」
モテ期到来、という解釈でいいのか? ちょっと照れるね~。
「ああ、閏美。まだ存在していたですね」 瓔花が感慨深げに川を見ていた。
「うるみ? 貴方が言っていた牛鬼の子ですか」
「はい、あの首長竜は彼女、牛崎潤美に懐いている子達の一員です。この子が無事なら、きっと潤美もどこかで」
「では、この世界も、まだ終わり切ってはいない?」
「きっと」
死んだのに、何だかやる気がみなぎってきた。諦めるのは早い。
よっしゃあ再挑戦、と気合を入れたのもつかの間、何度も首長竜のお世話になり、心が折れた。
声援を送ってくれた瓔花と子ども達も、ダメだこりゃという雰囲気に支配されていく。
「う~ん、これは無理そうだ」
「八雲さんでも荷が重かったようですね」
聞こえるように言わないで。
そもそもこの首長竜、味方するなら直接船に連れて行けば5分で終わる話だろ。それとも自力でたどり着くべしという何者かの啓示なのか?
気づくとすでに石積み大会が再開されていた。私はぼんやりと体育座りで彼岸を見つめながら、これからどうなるんだろうなあとか、あっちに知り合いはいるんだろうか。などと物思いにふける。川のせせらぎと風の音、子ども達の声だけが聞こえてくる。
「お姉ちゃん、もう諦めちゃうの」 私を石積みに誘った男の子が尋ねる。
「ううん、ちょっと疲れただけ」
「じゃあ、石積みやろうよ。結構面白いよ」
この懐いてくる男の子は嫌いじゃない。そして物は試し、という事で前代未聞の大人の石積みスタート! 藍が見たら何て言うかしら。
「あっ、崩れた」
「急がず、一個づつ様子を見て積んでいかなきゃダメだよ」
結構奥が深い。この場で石積みチャンプを目指す死後もいいかも知れない。なんて思えて来る。近くで携帯ゲームに熱中している子も何人かいた。
「ああ、なぜかああいうゲームもここに流れてきて、それが好きな子もいるみたい。私は閻魔様に、ゲームも石積み扱いにしては、と打診しています」
ゲームが石積みなら、鬼が勝手にセーブデータを消したりするのか。うわ、想像しただけでしんどい。それはそうと、何となく子どもの一人がしているゲームをのぞいてみると、内容はよくある横スクロールアクションで、キャラを操作していろいろな地形を乗り越えてゴールを目指すらしい。そして私は画面を見て何かを感じた。もしかして……。
「お願い、ちょっとこのゲーム機貸して」
無理を言って貸してもらい、ゲーム画面とUFOの群れを交互に見てみる。すると、ゲームの障害物の位置とUFOの位置が一致しているみたいだ。とすると、私が失敗した場所だけでなく、まだ見ぬUFO配置も分かるという事。ぶうぶう文句言うその子に謝りながら急いでその位置を記憶に焼き付ける。
「石積み、飽きちゃったのかよ」
「そうじゃないの、もしかしたら今度こそあの船に行けるかも知れないの」
回転するUFOの上で定期的にジャンプしながら別のUFOが降りてくるのを待ち、飛び乗る。成功だ。次に飛び乗ったUFOは数秒で水面に落下してしまうが、水面近くに浮かんでいたUFOに移れば問題ない。
「今度はいけるぞ」
「がんばって」
次に前後に進むUFOが複数あって、そこを超えると最後の難関がある。いくつものUFOがその場に出現したり消えたりを繰り返している。私は覚えた出現位置とタイミングでテンポよくジャンプ。飛んだ瞬間に足元のUFOが消え、何もない空間に出現したUFOに着地、スリリング! そして船まであと少し、という所で出現タイミングを忘れて落下。
「ああ、畜生」 キャラに見合わない声を出してしまう。
すでに待機していた首長竜が私を連れていく。ああ、また岸からやり直しか、心が折れるわ。今日はもう寝よう。と思ったが、首長竜は親切にも中間地点のUFOに私を降ろしてくれた。ある程度進むと落ちても途中からやり直せるらしい。
「行ける、行けるぞ」
「落ち着いて、絶対大丈夫」
そして再び増えた声援に励まされ、ついに船の甲板に着地。
「うおおお」
「やったあああ」
「お姉ちゃんすげえ」
「八雲さん、やりましたね」
みんなに手を振った後、早速甲板を調べてみる。床が傾いていて歩きにくい事この上ない。人の気配はしない。しかし、何かが足元に落ちていた。
「なんだろ、これ? たしか牛鬼が持っているという……」
石で作った赤子の像だ。これは、確か牛鬼の持ち物。何かが石の赤子の下に挟まっているのでどけてみると、そこで妖精サイズの牛鬼が気絶していた。おそらくこの子が瓔花の言っていた牛鬼、牛崎潤美だろう。
「むぎゅう」
そうか、彼女は私みたいに体が縮んだ時、運悪く赤子の像に自分が……。
妖力を分けてやろうと手をかざすと、彼女の腕が私を制した。
「私は良いから、妖力を、あの船に。大丈夫だから」
「本当にいいの?」
「赤ちゃんをどけてくれただけで自然に何とかなるから、お願い 」
私は彼女を抱きかかえ、船の中心部らしき場所を探した。操舵室を見つけると、操作卓と舵輪がある。動力、のようなものがあるとしたら、そのスイッチは……これ?
「ベタ過ぎるし! 設計者誰よ!」
操作卓の中央に手形のような刻印がある。
「はいはい、ここに手を置いて妖力をこめればいいんでしょう」
と思ったらその通りだった。急に船中に低い音が鳴り響き、ごごんという音とともに座礁していた船の床が水平になった。
「やった、これであの子たちを次の輪廻に連れてってあげられるよ」
牛崎潤美が喜ぶ。聖輦船はひとりでに宙に浮き、元来た川岸を目指してふわふわと進んでいく。私を船に導き、同時にさんざん苦しめてくれたUFOたちが護衛するように船についてきている。岸に着くと、タラップのようなものが勝手に降り、水子達を乗せていった。
最後に、瓔花と潤美、そして私が残る。
「牛鬼さんは死者じゃないから乗らないとして、瓔花、貴方も来る?」
彼女は寂しそうな笑顔で首を振った。
「いいえ、次にここに来る子達の世話をしたいのです。それが私の望みです」
「そう、私が言うのもおかしいけど、みんなをよろしくね」
「任せてください」
そして、ついに私も彼岸に逝く時が来た。
二人にお礼を言って聖輦船に乗る。子ども達は私の同行を喜んでくれる。きっと来世は同じ場所じゃないだろうけど、それまでの間よろしくね。
船が再び動き出し、彼岸を目指す。現世が遠ざかる。これが補陀落渡海という奴だろうか。生前のいろいろな光景を思い出し、涙があふれてくる。そして、ああ、行く先に光が見える。あたたかな気持ちが心を満たしていく。でも船がそこに至る寸前、突如冷たい風が吹いた。
「この冷たい風は何?」
「何言ってんのお姉ちゃん、とても暖かい風だよ」
「なんだかお母さんの中にいるみたい」
「全然寒くないよ」
この子達は感じてない。なら一体?
「じゃあ、私だけに冷たい風が」
突風というより、不可視の冷たい手が私を掴んだようにも思えた。子ども達の行き先と正反対の方向へ引っ張られていく。
「おねえちゃんが!」
みんなが手を伸ばし、私も手を伸ばす。しかし私がその手を掴むことはなかった。
優しい世界が「こっちにお前の居場所無いから」と言っているのか?
恐ろしい世界が「こっちこそお前にふさわしい」と言っているのか?
私はやはり罪深いのか?
眼下で瓔花と潤美が驚いた顔で、どこかに運ばれていく私を見上げていた。やがてさっきとは感触の違う光が私を包みこみ、そして……。
「ユカリ! やっと目が覚めた!」
顔をくしゃくしゃにしたチルノがそこにいた。
ひんやりとした手が、私の額に当てられていた。