夏の暑いある日。
「あー暑い……暑い……」
一輪はみっともなく影になっている縁側にて、だらけて寝転んでいた。ワシはそれを隣で見ているが見てられなくて声をかける。
『一輪、一輪。みっともないぞ』
ワシの声は一輪以外に聞こえないらしい。声が小さすぎる、なんて言われてもワシは頑張って声を出しているのだけれど。
「んあ〜雲山は暑くないの〜」
『暑くない。心頭滅却すれば火もまた涼しだ。一輪がだらしないだけだ』
ごろんと転がった一輪はだらしなく服をはだけさせていた。手を伸ばしてきっちりと服を着させる。一輪はいやいやと言いながら服を着ていた。
「あーあー、涼しくならないかなぁ」
『おすすめはしたくないが地底ならどうだろうか。少しはマシだろう』
「えー、あの湿気ばっかりのところ?きついよー」
『文句ばっかり言わない!』
ぽかっと軽く一輪の頭を小突く。あいた!っと頭を抱えていた。雲のような身体は自由に硬さを変えられる。透けることだって出来るし、ものを持つぐらいの硬さまで変えられるのだ。
「雲山酷いよー」
笑いながら一輪は言っている。あまり考えていなさそうな顔だった。
本殿の方から誰かが歩いていくる音がする。ひたひたと素足で歩くような音。村紗だろうか?そんなことを思いながら一輪を見ると立ち上がっている。足音に気がついたのが本殿の方の曲がり角を見つめていた。
「はあ……ッ!?」
うわあっとワシたちに驚いて飛び退いたのは星だった。暑そうにしていたのか胸もとをつまんでいた。
「なんだ星か。驚かせないでよ」
「それは私のセリフです! いるならいると言ってください!」
驚きすぎて言葉が強くなっていた。
『まあまあ落ち着け』
「雲山それ、聞こえてないから」
なぜワシの声が聞こえんのだ。伝えたいことすら伝わらないのは少し悲しいぞ?
「雲山はなんと?」
「落ち着きなさいってさ。まあ確かに私達も悪かったけど暑さでそんなに怒らなくていいじゃない」
『……一輪はだらしないがな』
キッと、一輪はワシの顔を睨んできた。一言余計だと伝えてくるのかのように。事実を言っただけなのに一輪は何か後ろめたいことでもあるのかの。
「本当に今日は暑いですね……こんな暑かったことってありましたっけ」
星はぼんやりとした顔で空を見ていた。
「さあ……外の世界よりマシなんじゃない? 私はずっと地底にいたから……外のことは知らないよ」
「地底は暑いのですか?」
「あそこはね……蒸し暑いのよ……」
二人が世間話のように話し始めてしまってワシを忘れているのかもしれなかった。話の世界を入り込んでしまっているので本殿の方にワシは飛んでいく。歩く足なぞ人を襲っている時以来付けていない。関係の無いことばかり思って、一輪と星を置いて本殿の方に行くと白蓮と響子が何か話していた。それを気になって近くを漂う。
「あら、雲山おはようございます」
「おはようございまーす!」
白蓮と響子はあいさつしてくれる。ワシは頭をぺこりと礼をした。
「雲山聞いてくれるかしら。響子ったらね里の子と仲良くなっているらしいのよ」
「ちょっと聖さん!あんまり言わないでくださいよー!」
キイィンと声が大きくなって響く。びっくりして耳を塞ぐ。
「響子、人と仲良くなるのは良いことです。だけれど、気をつけてくださいね」
「分かってるよー」
むすっとしたのか響子の尻尾が下がっていた。ポンと響子の頭に手を乗せて撫でてやる。
「えへへ、ありがとう雲山さん。もう少しあの子と仲良くなりたいなあ」
とても嬉しそうに、響子は笑った。
「おーい、雲山? どこー?」
一輪の声が本殿奥から聞こえた。響子と白蓮に手を振って一輪の元へ行く。
『どうした一輪』
「あ、戻ってきた。少し里に行こうかなって思ってさ」
『……酒を飲みに行くわけじゃないだろうな』
「そんなこと言わないでよー久しぶりに“入道屋さん”やりに行こうかなってさ」
おお、一輪がそんなこと言うとは。ワシはくしゃくしゃと一輪の頭を撫でた。
「ちょっと子供扱いしないでよ」
そう言いつつも少し嬉しそうな一輪。
『ワシから見ればいつでも子供じゃよ』
「もーまた年寄りぶってー……ほら行くよ雲山」
手を離されて歩きかける一輪の後ろをふわふわと浮いてついて行った。
*
里に着き、寺子屋に行くと子供たちが一輪に寄ってきている。一輪はとても人気者でいつも満更でもなさそうにしているのがとても良いと思う。ワシは群がる子供たちを見ながら一輪より少し離れて浮いていると一人のおかっぱの女の子がやってきた。
どうした、と言いたかったけれど声は聞こえないのは知っている。どうしたと言うように手の平を出す。
「雲山さん、いつも優しそうでかっこいい……えと、だから……応援してます!」
キャーと高い声を出してパタパタと女の子達の輪をに入って行った。
かっこいい、か。嬉しいけれどそれを言われる程のものでは無いのだがな。まあ有難く受け取っておこうかな。少し照れてしまった。
「へえ、可愛い子に言われて満更でもないの雲山〜?」
隣からニヤニヤと顔を近づけてくるのは一輪。どうしてそんなに悪そうな顔をしているんだ。
『言われて悪い気はせんだろ?』
「確かそうだけどさぁ。親父の雲山がそんなこと言っていいのかしら〜」
『あのな……子供たちが見てるぞ』
急にワシに声をかけた一輪を見て子供たちはワシ達を凝視していた。
「おおっと、どうしたのかしら?」
「一輪姉ちゃん、雲山の声が聞こえるの?」
「雲山じいちゃん何か言ってたの?」
またわらわらと一輪に集まっているのを見てワシは笑った。
「コラ雲山、あんた見てないでなんかしなさいよー!」
知らんな。子供たちに付き合うのは一輪がすることだ。ワシはそこまでできる気はせん……
もみくちゃにされる一輪を見ながら軽くワシは笑っていた。
子供たちと遊んでお昼すぎには寺子屋を出ていって。里に出ていく。
「あーお腹空いたわ。どこかでなにか食べようかしら。雲山も着いてきてくれる?」
『何を言っているんだ。いつも着いてきているだろうに』
「あはは、ごめんごめん。少し聞きたくなっただけ」
……どうしたのだ。一輪。
ワシには分からぬことばかりだ。一輪に感服してずっと着いてきて。それでもまだ一輪のことは分からないことだらけだ。
歩き出したので追いかける。少し先の方に何か声がした。そちらを向くと一人の男の子が三人ほどの子供らに殴られているのを見た。一輪は何も言わずに走り出していた。
「コラ! お前たち、何してるんだ!」
怒った声。一輪は本気で怒っているようだった。
「うわっ、一輪の姉御だ! 逃げろ!」
リーダーらしき子供が大声を上げて逃げていった。他の下っぱの子供たちもちりじりに逃げていった。
何かを抱えた男の子は下を向いている。
「ちょっと大丈夫」
「一輪さん……? それと雲山さん……かな……」
黒髪の少しくせっ毛のある顔は、痛みに堪えたような表情。その子はえへへ、と笑ってそのままパタリと倒れてしまった。
「えっ、ちょっと!」
『一輪、少し落ち着け。息はしてる。よっこらしょっと』
ゆっくりとその子を持ち上げておんぶする。軽いから何かバサリと落ちた。
「……幻想郷縁起? なんで持ってるのかしら……」
『とりあえずそれ持って寺に戻ろう。この子を見てあげなきゃならん』
「分かってるわよ。早く帰りましょ」
足早にワシたちは寺へと帰った。
*
怪我した男の子を手当して布団に寝かせる。
「どうしたのです一輪、雲山。その子は……」
「何故かいじめられたんです。私が怒鳴ったら殴ってた子らは逃げて行って、その子は笑って倒れたんですよ」
「少しだけ寺にいてもらいましょうか。親がまた迎えに来てくれるでしょう」
白蓮と一輪は状況を話し合っているらしかった。この子をワシは見ていて、酷いものだと思った。殴られたとしても本気で殴られていて青いコブが出来ている。どうして殴られていたのか分からない、大切そうに抱えていた幻想郷縁起はその子の隣に置かれている。それと倒れる前にワシらの名前を呟いたことも聞いてもらわないといけないか。
「雲山、雲山。あなたはどう思います。この子は悪いと思いますか」
……なんのことでしょう。
「聖、雲山にはいきなり過ぎて分かりませんよ」
「ああ。この子は悪いことをして殴られていたんでしょうか」
ワシは顔を横に振る。そんなはずは無い。一対多で殴る方も悪いとワシは思う。
「そうですよね。何故でしょうね……」
白蓮は困ったような顔でその子を見ていた。
その子の様子を見ながら二人は他愛もない会話をしていた。
「うっ……」
『起きた! 起きたぞ!』
声が聞こえたので慌てて一輪を呼ぶ。
「本当! ねえ、大丈夫かしら!」
「落ち着きなさい。その子が起きるまでもう少し待ちなさいな」
白蓮は落ち着いていた。慌てていたワシたちも少しだけ慌てるのをやめた。
「ううん……ここどこ……」
男の子はうっすら瞳を開けて問うた。
「ここは命蓮寺ですよ。あなたはここに運ばれて来たんですよ」
男の子はゆっくりと布団から起きる。ワシは慌てて揺れる体を支えた。
「ここ命蓮寺……なの。ありがとう雲山さん」
むむむ、どういう事なのか。
「いくつか質問しますがよろしいですか?」
白蓮はそう言って男の子に向いた。
「大丈夫です」
男の子は言葉を強くして言った。なんと強い子だろうか。
「あなたはいじめられていたと聞きました。それは何故ですか。答えたくないなら答えなくても大丈夫ですよ」
男の子は一つ息が詰まったかのようになっている。言葉もかけられず見ていることしか出来なかった。
「あいつら……僕が本を読んでたら女って言うんだ……だから反論したら殴ってきて……」
暗く俯いてしまった。本を読むだけで女の人?そんなはずないだろうに。一輪を見ろ、拳骨で殴り飛ばしているんだからそれを女の人と言えるのだろうか。否。殴ろうが女の人であって、本を読もうが男だと言えるだろうに。
ムズムズとして、ワシは男の子の頭を撫でてしまう。良い子だ、頑張ったなあ、と心を込めて。
「わ、わあ、何、なんなの」
男の子はわたわたとしているので撫でるのをやめた。
『お前さん良い子だなあ。どうしてこういう子が報われんのだ』
聞こえないのは分かっているけれどどうしても呟いてしまう。
「そうでしたか。知識をつけることはとても良い事です。それを無下にはできません。覚えておいて下さい、知識は武器になるということをね。分かりましたか?」
白蓮はそう言って男の子にウィンクした。
「ええっと、分かりました。ありがとうございます」
ぺこりと、その子は礼をしていた。
その後白蓮は用事があると言って出ていってしまった。
「檀家のことってあったかしら……雲山分かる?」
『いいや覚えてないが……』
特にそんなことは無かったような。個人的なものなのかもしれない。とりあえず気にしても仕方ないのかもしれないけれど。
「えっと……あの……一輪さん。少し聞いていいですか?」
恥ずかしそうに男の子は口を開いた。
「あ、そうだった名前……」
首を振るその子。幻想郷縁起を持って思い切り首を振っている。
「いいんです。名前はいいんです……あなた、でも呼んでください」
しかしそれじゃあいけないだろうに……
「教えたくないのね。分かったわ。聞かないけど質問って何かしら」
「よ、妖怪の退治の方法を教えて欲しいんです」
「えっ? 退治方法?」
驚いた一輪はポカンとしたような顔をしていた。
「一輪さんは雲山さんを退治したことあるんですよね。それ見て、いつか教えてもらいたかったんです」
どうしてそれを……って幻想郷縁起じゃないか。一輪が口を滑らせた話。ワシを退治した話。稗田のお嬢さんに話した内容は驚かれた。
「あー、あー……そっかあ。縁起読んでたら書いてるわね……退治かぁ」
うんうんと悩む一輪。退治したことは一輪にしか分からんし、ワシが教えられることも無い。むしろ退治された側なのだから。
「退治ねえ……妖怪退治ってのは相手の弱点を探すのよ。そうじゃないと人間は勝てないの」
「でも、弱点が分からない妖怪はどうすればいいんですか?」
「それはね、逃げるしかないのよ。私は今妖怪になっちゃったから参考にはならないかもしれないけどね。人間って弱いのよ。それを忘れちゃダメなの」
「そうなんですか?」
妖怪退治の何たるかを二人は話している。
「まあ、私は怖いもの知らずだったから。人間が消える丘に行きたくなっちゃったのよ。失敗すれば死ぬのにそれでも退治してみたかった。あ、でも無理に行くのはやめときなさいよ? 今の幻想郷で妖怪を退治するだなんてそんなこと博麗の巫女しかしないわよ」
「そうですか……」
しゅんとしている男の子。この子、どこか昔の一輪に似ていると思った。知識はあるのに無鉄砲、怖いもの知らずにどこか消えそうな雰囲気。ああ、なんと恐ろしいのだろうか。
「そうね……妖怪退治の真髄を一回だけ見せてあげる。雲山、またあの姿の入道になれる?」
……ん? 一輪今なんと言った。
『一輪?お前まさか……』
「そう。そのまさかよ」
まさか! 一輪お前さん、またワシを退治しようと言うのか。あの時はとてもとても人を殺めていてもうなりたくはないのだが。
「雲山、ごめんね。この子のために私は何かしてあげたい。けど人間の時に退治した事あるのって雲山しかいないのよ」
『しかし、ワシは……』
「ねえ、雲山は私に退治された後、なんて言った?」
……退治された時は昨日のように思い出される。ああ、お前さんには敵わないぞ、一輪。
『よかろう。この一度きりだぞ。お前さんの挑戦状を受け付けよう。恐らくワシは消えはせんが、終わったあとは数日使い物にはならんがそれでもいいのか?』
「いいよ。そうなったら私が守ってあげるもの」
一輪はにっこりと笑ってそう言った。敵わんの……
「よし、決まり。今から外出れる? 一度きりの舞台見せてあげるわ」
「えっ、なにかするんですか?」
「いいから。一回しか見せないからね。ほら行くよ」
一輪は男の子の手を引いて外に出る。本殿の前にワシたちは集まる。
『じゃあ行くぞ。お叱りは二人で受けるからな』
「げえ。忘れてたけど仕方ないね。いいよ雲山、行って!」
その声を聞いて徐々に巨大化していく。周りの雲を集めて、体を大きくしていく。高さ三十メートルは優に超え、雲に差し掛かる。久しぶりに生やした体と足は新鮮で命蓮寺の本殿前に、足を着いた。
一輪の青い髪と男の子の黒の髪が見える。上を向きそうな男の子を一輪は抑えていた。命蓮寺の仲間が出てくるのが見えた。里の方から騒ぎ出したのが聞こえた。
『おおおおおお……』
声が響く。見越し入道としての妖怪の本質を思い出す。
さあ、一輪、お前が、ワシを倒すのだ。
~*~
雲山の大きな足が見える。上を向こうとした男の子を抑える。
「ちょっと上が気になるだろうけど向いちゃダメよ」
見越し入道は上を向いてはいけないから。
「じゃあこれから、一度きりのことをするわ。私が叫んだら空を見上げなさい。それだけでいいの」
「わ、分かりました」
あの時の私は本当に無鉄砲で。それでも妖怪退治をしたくて。興味本位だったけれど。
──さあ! 行くわよ! 雲山!
~*~
──さあ! 来い! 一輪! あの時の再現を!
青い髪が揺れる。大声が聞こえる。
「見越し入道! 見越したり!」
その声を聞いた途端ワシの体は弾ける。体の内中から崩れるかのような感覚の中、上を向いた一輪の顔と目が合う。
──一輪は笑っていた。とても楽しそうに、勝気な少女。大男の前にして笑うその姿、とても凛々しくて。
──そう、ワシはその一輪の笑顔に感服したのだ。一生かけてついて行ってやろうと。その笑顔を守りたいと。
……ああ、ワシはここまで来てよかった。
空から落ちるかのように体が縮む中、ワシの意識は黒くなっていった。
~*~
「うわぁ……凄い!」
「雲山ー! 雲山! 大丈夫ー!?」
私は脇目を振らずまるで落ちてくる雲山の元に行った。私がすると言ったけれどこの言葉は雲山には効きすぎるだろうから。
小さくなった雲山は顔だけになっていて。私の拳大ぐらいの大きさで意識を失っていた。男の子はびっくりして腰を抜かしていた。
「ちょっと貴女達何をしているの!」
寺の門の前に駆けつけた聖が言った。
「えっと……」
言い訳を考えてなかった。聖の慌てようだと博麗の巫女も飛んで来そう……
「雲山は大丈夫なのかしら! いきなり弾けるものだから!」
「あ、それなら大丈夫だと思います……気絶してるだけだと思うので」
手のひらの中にいる雲山を見せる。ほっとしたような顔の聖。ああよかっ……
「あんた達何してるってのよ! 入道がいきなり大きくなるだなんて!」
霊夢さんの怒鳴り声が聞こえた。あ、詰んだ。
私は怒鳴られることが確定して頭の中が真っ白になった。倒れている雲山は幸せそうな顔をしていた。
~*~
目が覚めると一輪は博麗の巫女に怒鳴られていて。ワシも怒鳴られた。だけれどとても嬉しくて。笑ってしまう。またそれを怒鳴られてしまって、一輪と顔を合わせてくすくす笑ってしまっていた。
「コラっ!」
巫女はまた怒鳴っていた。
入道雲は見越されるもの。いつか消えるべきもの。それでもワシは、感服した一輪を守り続ける。
いつか退治されたあとの言葉はワシは思い出す。
『感服した! お前さん度胸あるな! ついて行ってやろう!』
「あー暑い……暑い……」
一輪はみっともなく影になっている縁側にて、だらけて寝転んでいた。ワシはそれを隣で見ているが見てられなくて声をかける。
『一輪、一輪。みっともないぞ』
ワシの声は一輪以外に聞こえないらしい。声が小さすぎる、なんて言われてもワシは頑張って声を出しているのだけれど。
「んあ〜雲山は暑くないの〜」
『暑くない。心頭滅却すれば火もまた涼しだ。一輪がだらしないだけだ』
ごろんと転がった一輪はだらしなく服をはだけさせていた。手を伸ばしてきっちりと服を着させる。一輪はいやいやと言いながら服を着ていた。
「あーあー、涼しくならないかなぁ」
『おすすめはしたくないが地底ならどうだろうか。少しはマシだろう』
「えー、あの湿気ばっかりのところ?きついよー」
『文句ばっかり言わない!』
ぽかっと軽く一輪の頭を小突く。あいた!っと頭を抱えていた。雲のような身体は自由に硬さを変えられる。透けることだって出来るし、ものを持つぐらいの硬さまで変えられるのだ。
「雲山酷いよー」
笑いながら一輪は言っている。あまり考えていなさそうな顔だった。
本殿の方から誰かが歩いていくる音がする。ひたひたと素足で歩くような音。村紗だろうか?そんなことを思いながら一輪を見ると立ち上がっている。足音に気がついたのが本殿の方の曲がり角を見つめていた。
「はあ……ッ!?」
うわあっとワシたちに驚いて飛び退いたのは星だった。暑そうにしていたのか胸もとをつまんでいた。
「なんだ星か。驚かせないでよ」
「それは私のセリフです! いるならいると言ってください!」
驚きすぎて言葉が強くなっていた。
『まあまあ落ち着け』
「雲山それ、聞こえてないから」
なぜワシの声が聞こえんのだ。伝えたいことすら伝わらないのは少し悲しいぞ?
「雲山はなんと?」
「落ち着きなさいってさ。まあ確かに私達も悪かったけど暑さでそんなに怒らなくていいじゃない」
『……一輪はだらしないがな』
キッと、一輪はワシの顔を睨んできた。一言余計だと伝えてくるのかのように。事実を言っただけなのに一輪は何か後ろめたいことでもあるのかの。
「本当に今日は暑いですね……こんな暑かったことってありましたっけ」
星はぼんやりとした顔で空を見ていた。
「さあ……外の世界よりマシなんじゃない? 私はずっと地底にいたから……外のことは知らないよ」
「地底は暑いのですか?」
「あそこはね……蒸し暑いのよ……」
二人が世間話のように話し始めてしまってワシを忘れているのかもしれなかった。話の世界を入り込んでしまっているので本殿の方にワシは飛んでいく。歩く足なぞ人を襲っている時以来付けていない。関係の無いことばかり思って、一輪と星を置いて本殿の方に行くと白蓮と響子が何か話していた。それを気になって近くを漂う。
「あら、雲山おはようございます」
「おはようございまーす!」
白蓮と響子はあいさつしてくれる。ワシは頭をぺこりと礼をした。
「雲山聞いてくれるかしら。響子ったらね里の子と仲良くなっているらしいのよ」
「ちょっと聖さん!あんまり言わないでくださいよー!」
キイィンと声が大きくなって響く。びっくりして耳を塞ぐ。
「響子、人と仲良くなるのは良いことです。だけれど、気をつけてくださいね」
「分かってるよー」
むすっとしたのか響子の尻尾が下がっていた。ポンと響子の頭に手を乗せて撫でてやる。
「えへへ、ありがとう雲山さん。もう少しあの子と仲良くなりたいなあ」
とても嬉しそうに、響子は笑った。
「おーい、雲山? どこー?」
一輪の声が本殿奥から聞こえた。響子と白蓮に手を振って一輪の元へ行く。
『どうした一輪』
「あ、戻ってきた。少し里に行こうかなって思ってさ」
『……酒を飲みに行くわけじゃないだろうな』
「そんなこと言わないでよー久しぶりに“入道屋さん”やりに行こうかなってさ」
おお、一輪がそんなこと言うとは。ワシはくしゃくしゃと一輪の頭を撫でた。
「ちょっと子供扱いしないでよ」
そう言いつつも少し嬉しそうな一輪。
『ワシから見ればいつでも子供じゃよ』
「もーまた年寄りぶってー……ほら行くよ雲山」
手を離されて歩きかける一輪の後ろをふわふわと浮いてついて行った。
*
里に着き、寺子屋に行くと子供たちが一輪に寄ってきている。一輪はとても人気者でいつも満更でもなさそうにしているのがとても良いと思う。ワシは群がる子供たちを見ながら一輪より少し離れて浮いていると一人のおかっぱの女の子がやってきた。
どうした、と言いたかったけれど声は聞こえないのは知っている。どうしたと言うように手の平を出す。
「雲山さん、いつも優しそうでかっこいい……えと、だから……応援してます!」
キャーと高い声を出してパタパタと女の子達の輪をに入って行った。
かっこいい、か。嬉しいけれどそれを言われる程のものでは無いのだがな。まあ有難く受け取っておこうかな。少し照れてしまった。
「へえ、可愛い子に言われて満更でもないの雲山〜?」
隣からニヤニヤと顔を近づけてくるのは一輪。どうしてそんなに悪そうな顔をしているんだ。
『言われて悪い気はせんだろ?』
「確かそうだけどさぁ。親父の雲山がそんなこと言っていいのかしら〜」
『あのな……子供たちが見てるぞ』
急にワシに声をかけた一輪を見て子供たちはワシ達を凝視していた。
「おおっと、どうしたのかしら?」
「一輪姉ちゃん、雲山の声が聞こえるの?」
「雲山じいちゃん何か言ってたの?」
またわらわらと一輪に集まっているのを見てワシは笑った。
「コラ雲山、あんた見てないでなんかしなさいよー!」
知らんな。子供たちに付き合うのは一輪がすることだ。ワシはそこまでできる気はせん……
もみくちゃにされる一輪を見ながら軽くワシは笑っていた。
子供たちと遊んでお昼すぎには寺子屋を出ていって。里に出ていく。
「あーお腹空いたわ。どこかでなにか食べようかしら。雲山も着いてきてくれる?」
『何を言っているんだ。いつも着いてきているだろうに』
「あはは、ごめんごめん。少し聞きたくなっただけ」
……どうしたのだ。一輪。
ワシには分からぬことばかりだ。一輪に感服してずっと着いてきて。それでもまだ一輪のことは分からないことだらけだ。
歩き出したので追いかける。少し先の方に何か声がした。そちらを向くと一人の男の子が三人ほどの子供らに殴られているのを見た。一輪は何も言わずに走り出していた。
「コラ! お前たち、何してるんだ!」
怒った声。一輪は本気で怒っているようだった。
「うわっ、一輪の姉御だ! 逃げろ!」
リーダーらしき子供が大声を上げて逃げていった。他の下っぱの子供たちもちりじりに逃げていった。
何かを抱えた男の子は下を向いている。
「ちょっと大丈夫」
「一輪さん……? それと雲山さん……かな……」
黒髪の少しくせっ毛のある顔は、痛みに堪えたような表情。その子はえへへ、と笑ってそのままパタリと倒れてしまった。
「えっ、ちょっと!」
『一輪、少し落ち着け。息はしてる。よっこらしょっと』
ゆっくりとその子を持ち上げておんぶする。軽いから何かバサリと落ちた。
「……幻想郷縁起? なんで持ってるのかしら……」
『とりあえずそれ持って寺に戻ろう。この子を見てあげなきゃならん』
「分かってるわよ。早く帰りましょ」
足早にワシたちは寺へと帰った。
*
怪我した男の子を手当して布団に寝かせる。
「どうしたのです一輪、雲山。その子は……」
「何故かいじめられたんです。私が怒鳴ったら殴ってた子らは逃げて行って、その子は笑って倒れたんですよ」
「少しだけ寺にいてもらいましょうか。親がまた迎えに来てくれるでしょう」
白蓮と一輪は状況を話し合っているらしかった。この子をワシは見ていて、酷いものだと思った。殴られたとしても本気で殴られていて青いコブが出来ている。どうして殴られていたのか分からない、大切そうに抱えていた幻想郷縁起はその子の隣に置かれている。それと倒れる前にワシらの名前を呟いたことも聞いてもらわないといけないか。
「雲山、雲山。あなたはどう思います。この子は悪いと思いますか」
……なんのことでしょう。
「聖、雲山にはいきなり過ぎて分かりませんよ」
「ああ。この子は悪いことをして殴られていたんでしょうか」
ワシは顔を横に振る。そんなはずは無い。一対多で殴る方も悪いとワシは思う。
「そうですよね。何故でしょうね……」
白蓮は困ったような顔でその子を見ていた。
その子の様子を見ながら二人は他愛もない会話をしていた。
「うっ……」
『起きた! 起きたぞ!』
声が聞こえたので慌てて一輪を呼ぶ。
「本当! ねえ、大丈夫かしら!」
「落ち着きなさい。その子が起きるまでもう少し待ちなさいな」
白蓮は落ち着いていた。慌てていたワシたちも少しだけ慌てるのをやめた。
「ううん……ここどこ……」
男の子はうっすら瞳を開けて問うた。
「ここは命蓮寺ですよ。あなたはここに運ばれて来たんですよ」
男の子はゆっくりと布団から起きる。ワシは慌てて揺れる体を支えた。
「ここ命蓮寺……なの。ありがとう雲山さん」
むむむ、どういう事なのか。
「いくつか質問しますがよろしいですか?」
白蓮はそう言って男の子に向いた。
「大丈夫です」
男の子は言葉を強くして言った。なんと強い子だろうか。
「あなたはいじめられていたと聞きました。それは何故ですか。答えたくないなら答えなくても大丈夫ですよ」
男の子は一つ息が詰まったかのようになっている。言葉もかけられず見ていることしか出来なかった。
「あいつら……僕が本を読んでたら女って言うんだ……だから反論したら殴ってきて……」
暗く俯いてしまった。本を読むだけで女の人?そんなはずないだろうに。一輪を見ろ、拳骨で殴り飛ばしているんだからそれを女の人と言えるのだろうか。否。殴ろうが女の人であって、本を読もうが男だと言えるだろうに。
ムズムズとして、ワシは男の子の頭を撫でてしまう。良い子だ、頑張ったなあ、と心を込めて。
「わ、わあ、何、なんなの」
男の子はわたわたとしているので撫でるのをやめた。
『お前さん良い子だなあ。どうしてこういう子が報われんのだ』
聞こえないのは分かっているけれどどうしても呟いてしまう。
「そうでしたか。知識をつけることはとても良い事です。それを無下にはできません。覚えておいて下さい、知識は武器になるということをね。分かりましたか?」
白蓮はそう言って男の子にウィンクした。
「ええっと、分かりました。ありがとうございます」
ぺこりと、その子は礼をしていた。
その後白蓮は用事があると言って出ていってしまった。
「檀家のことってあったかしら……雲山分かる?」
『いいや覚えてないが……』
特にそんなことは無かったような。個人的なものなのかもしれない。とりあえず気にしても仕方ないのかもしれないけれど。
「えっと……あの……一輪さん。少し聞いていいですか?」
恥ずかしそうに男の子は口を開いた。
「あ、そうだった名前……」
首を振るその子。幻想郷縁起を持って思い切り首を振っている。
「いいんです。名前はいいんです……あなた、でも呼んでください」
しかしそれじゃあいけないだろうに……
「教えたくないのね。分かったわ。聞かないけど質問って何かしら」
「よ、妖怪の退治の方法を教えて欲しいんです」
「えっ? 退治方法?」
驚いた一輪はポカンとしたような顔をしていた。
「一輪さんは雲山さんを退治したことあるんですよね。それ見て、いつか教えてもらいたかったんです」
どうしてそれを……って幻想郷縁起じゃないか。一輪が口を滑らせた話。ワシを退治した話。稗田のお嬢さんに話した内容は驚かれた。
「あー、あー……そっかあ。縁起読んでたら書いてるわね……退治かぁ」
うんうんと悩む一輪。退治したことは一輪にしか分からんし、ワシが教えられることも無い。むしろ退治された側なのだから。
「退治ねえ……妖怪退治ってのは相手の弱点を探すのよ。そうじゃないと人間は勝てないの」
「でも、弱点が分からない妖怪はどうすればいいんですか?」
「それはね、逃げるしかないのよ。私は今妖怪になっちゃったから参考にはならないかもしれないけどね。人間って弱いのよ。それを忘れちゃダメなの」
「そうなんですか?」
妖怪退治の何たるかを二人は話している。
「まあ、私は怖いもの知らずだったから。人間が消える丘に行きたくなっちゃったのよ。失敗すれば死ぬのにそれでも退治してみたかった。あ、でも無理に行くのはやめときなさいよ? 今の幻想郷で妖怪を退治するだなんてそんなこと博麗の巫女しかしないわよ」
「そうですか……」
しゅんとしている男の子。この子、どこか昔の一輪に似ていると思った。知識はあるのに無鉄砲、怖いもの知らずにどこか消えそうな雰囲気。ああ、なんと恐ろしいのだろうか。
「そうね……妖怪退治の真髄を一回だけ見せてあげる。雲山、またあの姿の入道になれる?」
……ん? 一輪今なんと言った。
『一輪?お前まさか……』
「そう。そのまさかよ」
まさか! 一輪お前さん、またワシを退治しようと言うのか。あの時はとてもとても人を殺めていてもうなりたくはないのだが。
「雲山、ごめんね。この子のために私は何かしてあげたい。けど人間の時に退治した事あるのって雲山しかいないのよ」
『しかし、ワシは……』
「ねえ、雲山は私に退治された後、なんて言った?」
……退治された時は昨日のように思い出される。ああ、お前さんには敵わないぞ、一輪。
『よかろう。この一度きりだぞ。お前さんの挑戦状を受け付けよう。恐らくワシは消えはせんが、終わったあとは数日使い物にはならんがそれでもいいのか?』
「いいよ。そうなったら私が守ってあげるもの」
一輪はにっこりと笑ってそう言った。敵わんの……
「よし、決まり。今から外出れる? 一度きりの舞台見せてあげるわ」
「えっ、なにかするんですか?」
「いいから。一回しか見せないからね。ほら行くよ」
一輪は男の子の手を引いて外に出る。本殿の前にワシたちは集まる。
『じゃあ行くぞ。お叱りは二人で受けるからな』
「げえ。忘れてたけど仕方ないね。いいよ雲山、行って!」
その声を聞いて徐々に巨大化していく。周りの雲を集めて、体を大きくしていく。高さ三十メートルは優に超え、雲に差し掛かる。久しぶりに生やした体と足は新鮮で命蓮寺の本殿前に、足を着いた。
一輪の青い髪と男の子の黒の髪が見える。上を向きそうな男の子を一輪は抑えていた。命蓮寺の仲間が出てくるのが見えた。里の方から騒ぎ出したのが聞こえた。
『おおおおおお……』
声が響く。見越し入道としての妖怪の本質を思い出す。
さあ、一輪、お前が、ワシを倒すのだ。
~*~
雲山の大きな足が見える。上を向こうとした男の子を抑える。
「ちょっと上が気になるだろうけど向いちゃダメよ」
見越し入道は上を向いてはいけないから。
「じゃあこれから、一度きりのことをするわ。私が叫んだら空を見上げなさい。それだけでいいの」
「わ、分かりました」
あの時の私は本当に無鉄砲で。それでも妖怪退治をしたくて。興味本位だったけれど。
──さあ! 行くわよ! 雲山!
~*~
──さあ! 来い! 一輪! あの時の再現を!
青い髪が揺れる。大声が聞こえる。
「見越し入道! 見越したり!」
その声を聞いた途端ワシの体は弾ける。体の内中から崩れるかのような感覚の中、上を向いた一輪の顔と目が合う。
──一輪は笑っていた。とても楽しそうに、勝気な少女。大男の前にして笑うその姿、とても凛々しくて。
──そう、ワシはその一輪の笑顔に感服したのだ。一生かけてついて行ってやろうと。その笑顔を守りたいと。
……ああ、ワシはここまで来てよかった。
空から落ちるかのように体が縮む中、ワシの意識は黒くなっていった。
~*~
「うわぁ……凄い!」
「雲山ー! 雲山! 大丈夫ー!?」
私は脇目を振らずまるで落ちてくる雲山の元に行った。私がすると言ったけれどこの言葉は雲山には効きすぎるだろうから。
小さくなった雲山は顔だけになっていて。私の拳大ぐらいの大きさで意識を失っていた。男の子はびっくりして腰を抜かしていた。
「ちょっと貴女達何をしているの!」
寺の門の前に駆けつけた聖が言った。
「えっと……」
言い訳を考えてなかった。聖の慌てようだと博麗の巫女も飛んで来そう……
「雲山は大丈夫なのかしら! いきなり弾けるものだから!」
「あ、それなら大丈夫だと思います……気絶してるだけだと思うので」
手のひらの中にいる雲山を見せる。ほっとしたような顔の聖。ああよかっ……
「あんた達何してるってのよ! 入道がいきなり大きくなるだなんて!」
霊夢さんの怒鳴り声が聞こえた。あ、詰んだ。
私は怒鳴られることが確定して頭の中が真っ白になった。倒れている雲山は幸せそうな顔をしていた。
~*~
目が覚めると一輪は博麗の巫女に怒鳴られていて。ワシも怒鳴られた。だけれどとても嬉しくて。笑ってしまう。またそれを怒鳴られてしまって、一輪と顔を合わせてくすくす笑ってしまっていた。
「コラっ!」
巫女はまた怒鳴っていた。
入道雲は見越されるもの。いつか消えるべきもの。それでもワシは、感服した一輪を守り続ける。
いつか退治されたあとの言葉はワシは思い出す。
『感服した! お前さん度胸あるな! ついて行ってやろう!』
里の男の子の為に行った雲山退治も男の子の為だけではなく2人が楽しみながらやっているようで良かったです。
妖怪が精神面で負けることもあれば、それを利用して人間だって強くなることもある。一輪と雲山のハツラツで相性ピッタリな会話が素敵な作品でした。
一輪と雲山のナイスコンビが光っていました
やはりこのコンビは素敵ですね。