今日も私、宇佐見蓮子はいつものカフェで、マエリベリー・ハーンとお茶をしていた。
「あなたを、イヤリングにしたら面白いかしら」
唐突な話題振りだ。振ってきた金髪の友人は何食わぬ顔で紅茶を啜っている。
「いきなりね」
「蓮子がわたしのイヤリングだったら、毎日、話聞いてくれるわよね?」
「話を聞くだけならさ、個体、宇佐見蓮子が貴女の耳にぶら下がる必要無いじゃない」
「もちろん、場所と時刻も聞くわよ?」
端末使いなよ……、なんて私達には無粋だろう。
「で? その流行のもとは?」
「これ」
近年ではお目にかかれないであろう、A6文庫本が机に置かれた。
「あー、『星新一、ひとにぎりの未来』ね。なるほど」
「そう。蓮子は話が早いわね」
「メリーが『はい』だけ言う日は来ない気がするのだけれど」
「むしろあなたが『はい』と話を聞いてほしいわね」
「それもなんか違わないかしら」
「……確かに。あなたの話も聞きたいものね。蓮子はどう? わたしのイヤリング付けてみたくない?」
「ふむ……」
とりあえず、眼球?
じぃっとメリーの瞳をのぞき込む。
「やだ蓮子わたしの目に釘付け? 乾杯しちゃう?」
ニコっと笑って、ティーカップを傾ける。
「はいはい、乾杯」
合わせてカップを傾ける。
年中話せる人間……と言って良いかはわからないが、そんな存在が居る生活も悪くはないだろう。
彼女の場合なら、朝はおはようではなく夢の話を垂れ流すだろうか。
延々と話を聞きながら朝食を食べ、仕事に行けば茶々を入れるだろうか。
それはとても――
「――馬鹿馬鹿しいわね。そんな想像」
結局のところ、私達の活動は私が遅れてやってきて、メリーか私の話で始まり、赴き体験する。
そういうものなのだから、お互いどちらかの何か一つ無くなってしまっても成り立たない。
永遠には続かないかもしれないが、これからも、大学を卒業しても続けていきたい。
「……それもそうよね」
彼女はよくわからない微笑みをたたえたままそう云い、瞼を閉じるとまた紅茶を啜った。
私も彼女に合わせて、目をつむりコーヒーを啜った。
その後、月日は経ち私たちは無事卒業した。
一ヶ月後、彼女が『イヤリング』になって私の元にやってきた。
手紙には短く、
『もっとあなたと夢をみたいの』
と添えられていた。
私は……。
「ねえ、朝よ蓮子」
耳元で声がする。
「うん、起きるわ」
体を起こすと、彼女の重みが耳に伝わる。
ずいぶん懐かしい夢を見たものだ。
「あのね蓮子――」
「わかってるわ。朝食食べながら聞くから少し待ってて……」
甘く急かす声を流しながら、リビングに向かう。
冷蔵庫を開けて適当に食材を見繕ってテーブルに並べる。
「待ちきれないのよ……! 早く聞いてほしいの」
おもちゃをねだるような声でメリーは云う。
「大丈夫。大学の時ほどは待たせないからさ」
「ほんとに?」
「ほんとよ。ほら」
準備が整った食卓を指す。
「じゃあ、早く座りましょう?」
「はいはい、さ、いいわよ」
「あのね――」
小鳥が朝さえずるように、今日も彼女は囁きかけてくる。
これが彼女の望んだ関係なのだろうか。
「ね、蓮子。行ってみたいでしょ?」
「あ、うん」
……聞いていなかった。けれども今となっては関係の無い話だ。
「じゃあ、仕事前に覗きましょ? ほら、わたしに触って?」
彼女に聞こえないようにため息をつき、言われるがままに『彼女の眼球』を手で包む。
「ね、みえるかしら?」
ごめんね、メリー。
もう、ビジョンは共有できないのよ。
「うん、見えるわ」
貴女と私の望みは、夢は、視点は明確な境界をもって区切られてしまっているから何も見えない。
私が小さくなった貴女をこの耳に飾ったあの日から、貴女と私の世界はズレてしまった。
もちろんそんなこと、彼女にはいえないけれど。
「それでね――」
私の様子も気にせず、彼女は語り続ける。
耳元で。
甘美であったはずの物語を。
そして私は答え続けるのだ。
「そうね」
「あなたを、イヤリングにしたら面白いかしら」
唐突な話題振りだ。振ってきた金髪の友人は何食わぬ顔で紅茶を啜っている。
「いきなりね」
「蓮子がわたしのイヤリングだったら、毎日、話聞いてくれるわよね?」
「話を聞くだけならさ、個体、宇佐見蓮子が貴女の耳にぶら下がる必要無いじゃない」
「もちろん、場所と時刻も聞くわよ?」
端末使いなよ……、なんて私達には無粋だろう。
「で? その流行のもとは?」
「これ」
近年ではお目にかかれないであろう、A6文庫本が机に置かれた。
「あー、『星新一、ひとにぎりの未来』ね。なるほど」
「そう。蓮子は話が早いわね」
「メリーが『はい』だけ言う日は来ない気がするのだけれど」
「むしろあなたが『はい』と話を聞いてほしいわね」
「それもなんか違わないかしら」
「……確かに。あなたの話も聞きたいものね。蓮子はどう? わたしのイヤリング付けてみたくない?」
「ふむ……」
とりあえず、眼球?
じぃっとメリーの瞳をのぞき込む。
「やだ蓮子わたしの目に釘付け? 乾杯しちゃう?」
ニコっと笑って、ティーカップを傾ける。
「はいはい、乾杯」
合わせてカップを傾ける。
年中話せる人間……と言って良いかはわからないが、そんな存在が居る生活も悪くはないだろう。
彼女の場合なら、朝はおはようではなく夢の話を垂れ流すだろうか。
延々と話を聞きながら朝食を食べ、仕事に行けば茶々を入れるだろうか。
それはとても――
「――馬鹿馬鹿しいわね。そんな想像」
結局のところ、私達の活動は私が遅れてやってきて、メリーか私の話で始まり、赴き体験する。
そういうものなのだから、お互いどちらかの何か一つ無くなってしまっても成り立たない。
永遠には続かないかもしれないが、これからも、大学を卒業しても続けていきたい。
「……それもそうよね」
彼女はよくわからない微笑みをたたえたままそう云い、瞼を閉じるとまた紅茶を啜った。
私も彼女に合わせて、目をつむりコーヒーを啜った。
その後、月日は経ち私たちは無事卒業した。
一ヶ月後、彼女が『イヤリング』になって私の元にやってきた。
手紙には短く、
『もっとあなたと夢をみたいの』
と添えられていた。
私は……。
「ねえ、朝よ蓮子」
耳元で声がする。
「うん、起きるわ」
体を起こすと、彼女の重みが耳に伝わる。
ずいぶん懐かしい夢を見たものだ。
「あのね蓮子――」
「わかってるわ。朝食食べながら聞くから少し待ってて……」
甘く急かす声を流しながら、リビングに向かう。
冷蔵庫を開けて適当に食材を見繕ってテーブルに並べる。
「待ちきれないのよ……! 早く聞いてほしいの」
おもちゃをねだるような声でメリーは云う。
「大丈夫。大学の時ほどは待たせないからさ」
「ほんとに?」
「ほんとよ。ほら」
準備が整った食卓を指す。
「じゃあ、早く座りましょう?」
「はいはい、さ、いいわよ」
「あのね――」
小鳥が朝さえずるように、今日も彼女は囁きかけてくる。
これが彼女の望んだ関係なのだろうか。
「ね、蓮子。行ってみたいでしょ?」
「あ、うん」
……聞いていなかった。けれども今となっては関係の無い話だ。
「じゃあ、仕事前に覗きましょ? ほら、わたしに触って?」
彼女に聞こえないようにため息をつき、言われるがままに『彼女の眼球』を手で包む。
「ね、みえるかしら?」
ごめんね、メリー。
もう、ビジョンは共有できないのよ。
「うん、見えるわ」
貴女と私の望みは、夢は、視点は明確な境界をもって区切られてしまっているから何も見えない。
私が小さくなった貴女をこの耳に飾ったあの日から、貴女と私の世界はズレてしまった。
もちろんそんなこと、彼女にはいえないけれど。
「それでね――」
私の様子も気にせず、彼女は語り続ける。
耳元で。
甘美であったはずの物語を。
そして私は答え続けるのだ。
「そうね」
どこか哲学的で、歪んだ価値観が心地よい後味の悪さを楽しめました。素敵な作品でした。
星新一、良いですよね。
急展開に頭が追い付きませんでした、ヤバい世界でした
狂気を感じさせる作品で面白かったです。
テンポよくさらっと急転直下に水をぶっかけられたような気分になりました
最高です