recollection [名]①(不可算名詞)記憶、想起
②(可算名詞)追憶、思い出
古明地こいしは目を覚ました。天と地の場所が入れ替わり、あらゆる色彩が溶けてはじけた場所にいた。もちろんここがどこかなどこいしには知る由もなかった。ただ吐き気を伴う頭痛を感じているだけである。しかしこの光景に懐かしさも感じていた。この色の溶けた景色ではなく、その前の、それが正常であった場合の景色にだ。自分はここにいたことがある。そんな確信が彼女のなかでうごめいていた。そして同時に、ここが今の自分にとっては最もかけ離れた場所であるとも感じていた。
しばらくすると視界がはっきりしてきた。まだ若干溶けてはいるものの、ここがどういう場所なのかは分かった。雨の降る石造りの通りに立っていた。時刻はすでに夕暮れであった。もしくは夜明けだろう。吐き気をこらえて辺りを見渡すと、道の脇に置いてある木箱に少女が座っているのを見つけた。こいしと同じくらいの背格好の少女だ。彼女に近寄ってみた。顔をうずめて肩を揺らしている。泣いているようだ。さらに近づく。腕には子猫を抱えていた。黒猫だ。未だにぼんやりする頭で、こいしはただ不吉だなとだけ思った。不吉なモノは嫌いだった。だから、こいしは子猫の首に手を伸ばし、そのまま絞め殺そうとした。だがこいしの手がのどに触れようとしたそのとき、さらに強い頭痛と吐き気がこいしを襲った。違う違うそうじゃない、そうしてはいけないと脳が悲鳴を上げながら激しくかぶりを振っていた。慌てて手を離すと、苦痛はその余韻だけを残して去っていった。こいしはしばらく様子を見ることにした。通りを挟んで少女の反対にある建物に寄りかかり、じっと見守っていた。五分くらいだったろうか。二十分かもしれない。あるいは三十秒。杖を持った老人が少女の前で立ち止まった。そして同じくらいの時間が流れたとき、老人は少女を連れて通りを歩いて行った。やがてめまいがやってきた。
老人が少女をどこに連れて行ったのかは分からない、もしくは思い出せないようだったが、目の前でその遺体が転がっているのだけは確かだった。周りの花が老人と同化し、やがてほとんど判別がつかなくなった。空は晴れ渡っており、そのこともあいまってか非常に気分が良かった。こいしはこの老人に見覚えはほとんどなかったが、懐かしさと憎しみはおぼえていた。気分爽快、という状態をこのとき知ることとなった。しかし数分も眺めていると流石に飽きてきた。そろそろ変化が欲しい。そう望んだとき、かの少女が再び姿を現した。もちろんこいしは驚いた。見覚えがあった。身に覚えがあった。どうやらこの少女はこいし自身だったらしい。こいしは花束を抱き上げすすり泣きをし、それを見たこいしはまた吐き気を覚えた。どちらのものとも分からぬ涙も出てきた。こいしは急に青空が憎らしくなってきた。太陽が憎らしくなってきた。こいしは目を閉じることでそれらを成敗した。消えた。これでこいしは安らかな眠りにつくことができるだろう。しかしどうしても姉の泣く声だけは気になった。遠くから響いてきているのに、頭の中から聞こえてくる。気づけば自身の喉にもあった。真っ暗なくせに耳だけは機能している。しかしこいしにはこれをどうすることもできなかった。結局助けてくれたのはめまいだった。
目の前には地獄が広がっていたが、快適さで言えば雨の日よりも良かった。頭痛は後ろの方に行った。前よりかは良いそうだ。机には姉がいた。上には猫がいた。外ではカラスが泣いていた。こいしは試しに型を叩いてみるが、反応は無かった。仕事に忙しいそうだ。少しムッとして首を絞めようとしたが、帰ってきたのはやはり吐き気と頭痛だった。前頭葉がもうよせと哀れな目で訴えていた。仕方がないので、外に出ることにした。そこも地下だった。少し荒れていた。一直線に、何かが通っていったようだ。道は向こうへと続いていた。東へ向かった。地上に出るとき、やはりめまいがこいしを包んだ。
紅白の少女が放った弾幕はすんでのところで相手を逃がした。とらえられたのは雪の結晶数個だけのようだった。柱の陰から様子を見る。相手は、少しばかり成長した少女だった。こいしだった。ふわりふわりと空中を歩き、気まぐれに攻撃する。紅白とこいし、それぞれの弾幕の色彩が互いに溶け込み、見事な調和を見せていた。美しかった。十分ほどして紅白の弾がこいしをとらえた。そのまま地に落ちてゆく。滑稽だった。同時にイラつきも覚えた。落ちた方へと歩いて行った。死んではいなかったが、意識は失っていた。こいしは手を伸ばしたが、やめた。結果は分かっているつもりだった。しばらく地面のこいしを見つめていた。しかし、吐き気はやって来た。強かった。めまいも顔を出した。こいしのうずくまる。似た者同士になってしまった。しかし拒否した。こいしは無理に立ち上がろうとした。めまいはよりいっそう激しくなり、やがてこいしを取りこんだ。
こいしの死体は言われた通りエントランスに飾られた。自ら進んでそこにいた。そこからの眺めをこいしは気に入った。人の流れを見るのは楽しかった。自分が外に居ることに満足していたし、同時に不満も感じていた。しばらくすると不機嫌そうな顔をしたさとりがこいしを引っ張り出し、肩を揺さぶった。まだこっちに居なさい。めまいがこいしをすくい上げた。
目を覚ました。木の床の上で寝ていた。辺りを見ると沢山の本や実験道具、怪しい薬剤が目に入った。白黒黄色の魔法使いの家だろう。手には干からびたキノコが握られていた。そして横を見ると、吐しゃ物が散らばっていた。彼女には申し訳ないことをした。だが原因と言えばこのキノコだ。こいしは罪悪感を捨てた。帰路についた。地底は夜だった。つまり地霊殿は夜だった。机には姉がいた。こいしは姉の前に立ち、おやすみのキスをせがんだ。反応は無かった。首を絞めようと手を伸ばした。しかし期待は外れた。吐き気はもうやってこなかった。こいしは一人取り残された。仕方なくエントランスに向かったが、そこにはもうこいしの居場所はなかった。満員だった。こいしは西にある自室へ向かい、ベッドへ身を投げた。
石造りの橋から数十メートルほど落下し、こいしは川に沈んだ。身体のあちこちが痛かったが、それでも心地よかった。やがて川の水がこいしの中に入っていき、奥へ奥へと進んでいった。それと同時に、こいしは温もりを覚えた。めまいが優しくこいしを抱擁し、ゆりかごとなった。こいしは下へ下へと降りて行った。めまいがそれを助けた。エントランスよりも、ぴったりとはまる場所だった。こいしは尋ねた。ここにいてもいいの?めまいは少し考え、それからこいしをさらに深いところへ引きずり込んだ。こいしの喜びは今絶頂にあった。数え切れない(しかし一つの)幸福が体中を這いずり回った。しかし、すぐにこいしは上から降りてきた別のめまいに引き上げられた。こいしはなんとかその場にとどまろうとしたが、結局無駄だった。頭上に真っ白な明かりが迫っていた。
こいしは目を覚ました。上ではさとりが眠っていた。突然涙があふれてきたが、こいしにはその理由が分からなかった。ゆっくりと起き上がり、意識がはっきりとするのを待った。それからめまいは既にいなくなったと気づいた。目を閉じてみたが、めまいは帰ってこなかった。ベッドから出たこいしは落ちていた帽子を拾い上げて被り、外に出た。
地底は未だに夜だった。
②(可算名詞)追憶、思い出
古明地こいしは目を覚ました。天と地の場所が入れ替わり、あらゆる色彩が溶けてはじけた場所にいた。もちろんここがどこかなどこいしには知る由もなかった。ただ吐き気を伴う頭痛を感じているだけである。しかしこの光景に懐かしさも感じていた。この色の溶けた景色ではなく、その前の、それが正常であった場合の景色にだ。自分はここにいたことがある。そんな確信が彼女のなかでうごめいていた。そして同時に、ここが今の自分にとっては最もかけ離れた場所であるとも感じていた。
しばらくすると視界がはっきりしてきた。まだ若干溶けてはいるものの、ここがどういう場所なのかは分かった。雨の降る石造りの通りに立っていた。時刻はすでに夕暮れであった。もしくは夜明けだろう。吐き気をこらえて辺りを見渡すと、道の脇に置いてある木箱に少女が座っているのを見つけた。こいしと同じくらいの背格好の少女だ。彼女に近寄ってみた。顔をうずめて肩を揺らしている。泣いているようだ。さらに近づく。腕には子猫を抱えていた。黒猫だ。未だにぼんやりする頭で、こいしはただ不吉だなとだけ思った。不吉なモノは嫌いだった。だから、こいしは子猫の首に手を伸ばし、そのまま絞め殺そうとした。だがこいしの手がのどに触れようとしたそのとき、さらに強い頭痛と吐き気がこいしを襲った。違う違うそうじゃない、そうしてはいけないと脳が悲鳴を上げながら激しくかぶりを振っていた。慌てて手を離すと、苦痛はその余韻だけを残して去っていった。こいしはしばらく様子を見ることにした。通りを挟んで少女の反対にある建物に寄りかかり、じっと見守っていた。五分くらいだったろうか。二十分かもしれない。あるいは三十秒。杖を持った老人が少女の前で立ち止まった。そして同じくらいの時間が流れたとき、老人は少女を連れて通りを歩いて行った。やがてめまいがやってきた。
老人が少女をどこに連れて行ったのかは分からない、もしくは思い出せないようだったが、目の前でその遺体が転がっているのだけは確かだった。周りの花が老人と同化し、やがてほとんど判別がつかなくなった。空は晴れ渡っており、そのこともあいまってか非常に気分が良かった。こいしはこの老人に見覚えはほとんどなかったが、懐かしさと憎しみはおぼえていた。気分爽快、という状態をこのとき知ることとなった。しかし数分も眺めていると流石に飽きてきた。そろそろ変化が欲しい。そう望んだとき、かの少女が再び姿を現した。もちろんこいしは驚いた。見覚えがあった。身に覚えがあった。どうやらこの少女はこいし自身だったらしい。こいしは花束を抱き上げすすり泣きをし、それを見たこいしはまた吐き気を覚えた。どちらのものとも分からぬ涙も出てきた。こいしは急に青空が憎らしくなってきた。太陽が憎らしくなってきた。こいしは目を閉じることでそれらを成敗した。消えた。これでこいしは安らかな眠りにつくことができるだろう。しかしどうしても姉の泣く声だけは気になった。遠くから響いてきているのに、頭の中から聞こえてくる。気づけば自身の喉にもあった。真っ暗なくせに耳だけは機能している。しかしこいしにはこれをどうすることもできなかった。結局助けてくれたのはめまいだった。
目の前には地獄が広がっていたが、快適さで言えば雨の日よりも良かった。頭痛は後ろの方に行った。前よりかは良いそうだ。机には姉がいた。上には猫がいた。外ではカラスが泣いていた。こいしは試しに型を叩いてみるが、反応は無かった。仕事に忙しいそうだ。少しムッとして首を絞めようとしたが、帰ってきたのはやはり吐き気と頭痛だった。前頭葉がもうよせと哀れな目で訴えていた。仕方がないので、外に出ることにした。そこも地下だった。少し荒れていた。一直線に、何かが通っていったようだ。道は向こうへと続いていた。東へ向かった。地上に出るとき、やはりめまいがこいしを包んだ。
紅白の少女が放った弾幕はすんでのところで相手を逃がした。とらえられたのは雪の結晶数個だけのようだった。柱の陰から様子を見る。相手は、少しばかり成長した少女だった。こいしだった。ふわりふわりと空中を歩き、気まぐれに攻撃する。紅白とこいし、それぞれの弾幕の色彩が互いに溶け込み、見事な調和を見せていた。美しかった。十分ほどして紅白の弾がこいしをとらえた。そのまま地に落ちてゆく。滑稽だった。同時にイラつきも覚えた。落ちた方へと歩いて行った。死んではいなかったが、意識は失っていた。こいしは手を伸ばしたが、やめた。結果は分かっているつもりだった。しばらく地面のこいしを見つめていた。しかし、吐き気はやって来た。強かった。めまいも顔を出した。こいしのうずくまる。似た者同士になってしまった。しかし拒否した。こいしは無理に立ち上がろうとした。めまいはよりいっそう激しくなり、やがてこいしを取りこんだ。
こいしの死体は言われた通りエントランスに飾られた。自ら進んでそこにいた。そこからの眺めをこいしは気に入った。人の流れを見るのは楽しかった。自分が外に居ることに満足していたし、同時に不満も感じていた。しばらくすると不機嫌そうな顔をしたさとりがこいしを引っ張り出し、肩を揺さぶった。まだこっちに居なさい。めまいがこいしをすくい上げた。
目を覚ました。木の床の上で寝ていた。辺りを見ると沢山の本や実験道具、怪しい薬剤が目に入った。白黒黄色の魔法使いの家だろう。手には干からびたキノコが握られていた。そして横を見ると、吐しゃ物が散らばっていた。彼女には申し訳ないことをした。だが原因と言えばこのキノコだ。こいしは罪悪感を捨てた。帰路についた。地底は夜だった。つまり地霊殿は夜だった。机には姉がいた。こいしは姉の前に立ち、おやすみのキスをせがんだ。反応は無かった。首を絞めようと手を伸ばした。しかし期待は外れた。吐き気はもうやってこなかった。こいしは一人取り残された。仕方なくエントランスに向かったが、そこにはもうこいしの居場所はなかった。満員だった。こいしは西にある自室へ向かい、ベッドへ身を投げた。
石造りの橋から数十メートルほど落下し、こいしは川に沈んだ。身体のあちこちが痛かったが、それでも心地よかった。やがて川の水がこいしの中に入っていき、奥へ奥へと進んでいった。それと同時に、こいしは温もりを覚えた。めまいが優しくこいしを抱擁し、ゆりかごとなった。こいしは下へ下へと降りて行った。めまいがそれを助けた。エントランスよりも、ぴったりとはまる場所だった。こいしは尋ねた。ここにいてもいいの?めまいは少し考え、それからこいしをさらに深いところへ引きずり込んだ。こいしの喜びは今絶頂にあった。数え切れない(しかし一つの)幸福が体中を這いずり回った。しかし、すぐにこいしは上から降りてきた別のめまいに引き上げられた。こいしはなんとかその場にとどまろうとしたが、結局無駄だった。頭上に真っ白な明かりが迫っていた。
こいしは目を覚ました。上ではさとりが眠っていた。突然涙があふれてきたが、こいしにはその理由が分からなかった。ゆっくりと起き上がり、意識がはっきりとするのを待った。それからめまいは既にいなくなったと気づいた。目を閉じてみたが、めまいは帰ってこなかった。ベッドから出たこいしは落ちていた帽子を拾い上げて被り、外に出た。
地底は未だに夜だった。
とても素敵な雰囲気でした。