Coolier - 新生・東方創想話

ゆるみ

2020/07/15 22:13:08
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「あれ,赤蛮奇じゃない.まっ昼間からとは珍しいわね.」
暖簾から現れた顔をみたミスティアは相手を見ると怪訝な顔をした.
 「仕事がポシャったのよ」
そう言いながら不機嫌そうな顔をした赤蛮奇は小銭を出した.
「毎度.まだ料理は用意してないけど,いいかしら」
「構わないわ,取りあえず,あついのを」
そう言われると,小銭を懐に仕舞い込んだミスティアは熱燗の用意を始める.伸びた爪でありながら,慣れた様子でテキパキとこなしていく.徳利を取り出すとそれを沸かし終えた鍋で湯煎し始めた.そんな彼女を見ていた赤蛮奇は溜息をついた.
「しっかし,貴女,そんな指でよく楽器を弾けるわね」
「うん?そうかしら」
首を傾げながらミスティアは自分の指をマジマジと見つめる.
「ええ,そうよ.普通はそんな爪だと剥がれちゃうもの」
「へぇー,そうなんだ.私,案外適当に弾いているから気にしたことないわ」
「まぁ,確かにそうでしょうね」
一度、彼女とその友達の演奏を聞いたことがある赤蛮奇は妙に納得できた.彼女にとって確かにあれは真面に弾いているとは思えない物であった.まぁ、一部では人気があるようであったが・・.
「貴女は何か弾いたりするの」
出来上がった熱燗を受け渡しながらそう言うと,赤蛮奇は首を振った.
「いいえ,あんまり興味ないのよ」
そう言うと赤蛮奇は苦笑いをしながら熱燗に口をつけた.

「嘘はいかんよ,嘘は」
二人が声をした方へ視線をやると屋台の端の方で眼鏡をかけた女性が大きな杯で酒を飲んでいた.その女性の顔を見ると,途端に赤蛮奇は苦虫をつぶしたような顔になった.
「貴女,いたの」
「ああ,いたとも.なぁ女将さん」
女将さんと言われて少し恥ずかしそうな様子になりながらミスティアは頷いた.
「ええ,いたわね.赤蛮奇あなたが気付いていなかっただけよ」
「しまったわ,こいつには関わり合いたくないのよ」
「連れないことを言う,昔からの知り合いじゃろうに」
そういってその女性はカカカと笑った.
「赤蛮奇,貴女この人と知り合いなの?」
「ええ,二ツ岩マミゾウ,佐渡の化け狸の統領よ.碌でもない奴よ」
そうソッポを向いて答えると,マミゾウと呼ばれた女は首をすくめた.
「まあ,そういうなて.それにしても久しぶりじゃのう」
無言で熱燗を自分の御猪口に注ぐ赤蛮奇に対して,口角を怪しく上げながらマミゾウは席をそばまで寄せてきた.
「そうじゃ,女将さん.こいつはほんとは楽器が弾けるんじゃよ」
「そうなの?赤蛮奇」
「ああ,そうとも.それも大層な腕前の三味線弾きとして有名でな」「マミゾウ,いい加減にしなさい」
「はは,怒るなて.本当の事じゃろうに」
「・・.昔の話よ」
面白くなさそうにそっぽを向いてお猪口をグイッと一気に煽る赤蛮奇を,彼女とは対照的に笑みを浮かべながらマミゾウは見ていた.

「お主もこちらに来ておったとはな」
「私にしたら,貴女がこっちに来たことの方が驚きよ」
「まあな,旧友に泣きつかれてな.来てみれば案外住みよい場所じゃな,ここも」
「ふん,早速手広くやってるそうじゃない.巫女に睨まれないようにすることね」
忠告が少々,嫌味っぽく聞こえるのも仕方がない,彼女の声には確実に嘲笑が込められていた.だが,気にした様子もなく,マミゾウは首をすくめた.
「手遅れじゃよ,すでにもう睨まれてるわい」
「そうね,知ってる」
「なんじゃ,お主.性格は昔から変わっておらんの」
「ほっときなさい」

最初こそ険悪な雰囲気であったが,二人の会話は進んでいく,相変わらず赤蛮奇の態度はそっけなかったが.すこしホッとした様子でミスティアは夕方からの営業に向けての準備を始めた.
「しかし,お主も巫女に痛い目にあわされたそうじゃの」
「・・.やっぱり知っているのね.あの時はどうかしていたのよ.あんなに浮かれるなんて」
「小槌の魔力じゃったな・・.まあ,仕方がなかろうよ,あれは」
そう言うと,マミゾウは煙管を取り出し,紫煙を燻らせた.
「・・.あんなに気がゆるむなんて,ほんとどうかしていたわ」
両手で口を覆いながら大きく息を吐き出す赤蛮奇の様子を面白そうにマミゾウは見ていた.横目でチラリとマミゾウが笑っていることを確認すると,赤蛮奇はまた大きく息を吐き出した.
「ほんと,貴女には会いたくなかったわ.何を言われるか,わかったものじゃないもの」
「じゃから言うておるじゃろ.あれは仕方がなかろうて」
慰めの言葉ではあったが,マミゾウの表情は心底楽しそうであった.
「まぁ,しかし.お主が意気揚々と巫女に喧嘩を売る所を見てみたかったのう」
よこで頭を押さえる赤蛮奇の背中を叩きつつ,マミゾウは笑い声をあげた.

「二人は長い知り合いなの?」
仕込み作業がひと段落ついたミスティアが疑問を投げかけた.
「そうじゃな・・.まあ,こいつが人間だったころを知ってはおるな」
その言葉に,あわや持っていた替えの徳利を落としそうになったミスティアであったが何とかこらえた.
「え,なに.赤蛮奇ってもとは人間だったの」
「・・」
「ああ,そうじゃ」
赤蛮奇は諦めた様子で黙って新しい徳利からお猪口に酒を注ぐ.
「へぇー,知らなかったわ.ね,ね,どんな人間だったの?どうしてこうなっちゃったの?」
身を乗り出して聞いてくるミスティアを片手で制するとマミゾウは煙管で一服を着いた.
「これこれ,女将さん.さすがにこれ以上はわしの口からは話せんて・・.わしだって怒られたくはないからのう」
マミゾウはそういってわざとらしく肩をすくめ怯える素振りをしてのける.仕方がないのでミスティアは今度は赤蛮奇の方に身を乗り出して詰め寄った.
「ね,ね,赤蛮奇.教えてよ」
「嫌よ」
にべもなく答える様子にも引き下がることもなくミスティアはせがむ.わりと好奇心に弱い彼女であった.
「いいじゃない.秘密にするわよ」
「貴女,口が軽そうね」
「うー,そんなことないわよ.あ,そうだ教えてくれたら酒代まけてあげるわよ.それもしばらくの間」
それを聞くと赤蛮奇は少し顎に手を当てて考え始めた.頭の中で算盤が弾かれる.
「・・・.そうね.半年間の酒代を負けてくれるならいいわよ.でも言い触らしたら承知しないわよ」
「ええ,約束するわよ.絶対に」
半年の酒代が割と大金であることにを理解せずウンウンと頭を上下に降る様子のミスティアに対して赤蛮奇は内心呆れていた.彼女の口の堅さをまったくもって信用したわけではなかったが,酒代の事を考えるといい話である.それに,確かに言い触らされるのは嫌だが,別にそれほど実害があるわけではなかった.もし言い触らされたら報復でミスティアをゆすればいいだけの話であった.
そう結論付けると赤蛮奇も煙管を取り出して紫煙を燻らせながら、どこか懐かしい目をして語り始めた
「そうね・・.あれは今から200年ぐらい前になるかしらね・・・」


 外はかんかん照りの中,部屋の一室では眼鏡をかけた男の側で女が三味線を弾いていた.男は初めこそ三味線の音を真剣に聞いていたようであったが,直に飽きてしまったのか,扇子で仰ぎながら欠伸を噛み殺す始末であった.そんな様子を横目で見た女は三味線を
弾く手を止めると,男に対して深々と頭を下げた.
「これは大変,申し訳ないことをいたしました」
「いきなりどうしたんだい」
「いえ,どうやらうちの早とちりで,旦那を退屈させてしもうて」

そう言うと女は顔を上げ,再び三味線を抱えた.もう一度しっかりと弦の調子を合わせると指を動かし始めた.弾いている曲も同じ,人も同じではあったが,先ほどまでとは確かに音色も違った.さらに歌声も先程とまでとは違い情がこもっていた.男も先ほどまでとは違い,目を閉じて聞きいっていた.

 一曲終わると女は弾く手を止めて,また深々と頭を下げた.男はまだ,目を開けることなく余韻を楽しんでいた.
「ふむ・・・.大した腕前だね」
「お恥ずかしい限り、堪忍してください」
「顔を上げなよ.確かに最初とは大違いだ」

そう言われると,女は顔を上げた.赤色の着物を着た彼女は赤と名乗る芸者であった. まだまだ若く,少女と言っても差し支えのない身なりではあるが一人前の芸者であった.

「そう言えば先ほど勘違いしたと言っていたが・・」
「旦那さん意地悪言わんといてください」
そう言って気まずそうに頭を掻く赤に男はニヤリと笑った.
「ああ,なるほど.そう言う事か.僕を君を体目当てで呼んだ物好きの腎張野郎とでも思ったのかい」
恥ずかしさと申し訳なさで頬を赤くし小さく頷く赤に男は今度こそ大笑いした.
「やはり,そう言ったやつは多いんだろうね.まあ,男っていうのは手に入りにくい物ほど欲しがるからね」

赤はあくまで芸者であり,遊女ではなかった.
芸者は芸は売るが,体を売らず
この言葉が建前だけのものであることは世間の常識であったが,赤は頑として一線を越えることはなかった.だが,先ほどの男が言ったように,そういう評判が立てばたつほど体目当ての客は増え続けてしまう.だから、赤が始め,この旦那をそういった連中と思ってしまうのも無理がない話ではあった.だから最初は手の抜いた三味線を見せてしまったのだ.赤にしても自分の三味線の腕が解る客を相手にしたいのだ.

「そう言えば,旦那のお国はどちらで」
「ああ,佐渡で金貸しをしていてね」
「あらまあ、そんな遠いとこから」
「馴染みの商人から面白い芸者がいると聞いてね.一度見てみたいと思ったんだ」
佐渡の街と言えば一時期の勢いはないとはいえ,金山銀山を有する天領だ.その街の金貸しともなると,この男も豪商の一人なのかもしれない.
「まあ,噂通りで,足を運んだかいがあったよ」
そう、男はほめ称えるが、赤は口角少し上げると静かに首を振った.
「嘘はあきません」
「ほう,そう言うと」
「うちの三味線の腕前はうちが一番よおわかってます.」
それを聞くと眼鏡の底の男の目が怪しく光った.
「つまり,噂程の腕前ではないと?」
すました顔でものおじすることなく、赤は頷いた.
「ええ,旦那さんならおわかりでしょう?」
「うーんどうだか・・・」
「とぼけなさらんでもいいのに」
そう言うと三度,赤は三味線を構え弾き始めた.
先ほどまでより,さらに真剣な様子で男は耳を傾ける.そして一曲終わると合点がいったように何度も頷いた.
「ああ、確かに噂で言われているように当代一の三味線というわけではない.それよりも唄の方が得意なんじゃないかな?君は」
赤はにっこり笑うとまた大きく頭を下げた.見込み通りの客であったことがこの上なく嬉しかったのだ.
「流石、旦那さんは良くわかられる.感服いたします.うちごときの腕前を披露するなど、おそれおおいことで」
わざとらしく、そういう赤に男はため息をついた.そして持っていた扇子で額を抑える.
「しかし君は案外いい性格をしているね.いつもこうやって客を試しているのかい?」
男の問いに赤は悪びれもなく首をすくめた.
「さあ?どうでしょう.でも噂はあてにはならないのが常と申します」
赤の噂という言葉に男の目は再びメガネの底で怪しく光った.
「ほう、噂か.そういえばもう一つ面白い噂を聞いたんだけどね」
「どんな噂でしょう?」
「いや、君が客と寝ないのは実はろくろ首だからだ.という噂をだね.客と寝るとそれがばれるんじゃないかって噂さ」
赤はそれを聞くとわざとらしく赤は着物の袖で顔を隠しオヨヨと泣くそぶりをした.さも傷ついたような声で話始める.
「男の方というのは案外小さいものですね・・.遊女を見れば猫のようだといい、思い通りにならない芸者を見ればろくろ首だと・・・」
わざとらしい涙声の訴えに男は苦笑する.
「芸者に袖にされた当てつけか・・.災難だったね」
男がそういうと赤は頷いた.
「やはり、旦那は話が分かります.そうだ、とっておきの怪談がありますんやけど.きっと旦那さんは気に行ってくれはると思います」
「怪談か、それはいいな.ちょうど暑い季節だしね」
男が扇子をパチンと鳴らすと赤は話し始めた.

―あるところに、母と娘が二人で暮らしていました.ええ、娘の年齢はまだ十二程度でした.母もまだ若くとても美しい女性でありました.それだけではありません、教養もあり、唄もうまいと非の打ちようのない女性でありました.しかしながら母の教育は厳しく、娘は小さいうちから三味線や、歌などを躾けられました.少しでも気を抜くと、パチンと後ろから首をたたかれて『こら、気をゆるめてはいけません』とね.
不思議とこの親子、お金には困った様子がないのです.母は働いているわけでもないのに.一度不思議に思った娘は母にそのことを訪ねてみました.するとただ母は悲しそうに首を振るだけで訳は話さないのです.

さて、いつの日からか母に言い寄る男がいました.男は娘にもよくしてくれました.しまいには娘はその男と母が結婚してくれればいいのにとすら思っていました.しかしながら母はその男に素っ気ない態度しかとりません.腹に据えかねた娘は母に詰め寄ります.
「どうしてあの男に冷たくするのですか」
「あなたにはわからないのですか?男というものに気をゆるめてはいけません.きっと後ろから寝首を掻かれてしまいます」
取り付く島もありませんでした.それでも娘は何とか母と男をくっつけようとしました.そしてある雨の日、買い物の帰りわざと傘を忘れて男に家まで送ってもらうことにしたのです.
母はいい顔をしませんでしたが、娘を送ってもらった手前、男を土砂降りの中返すわけにもいかず、その晩泊めてしまったのです.
きっと二人が話せば母だってその男がいい人だとわかってもらえるはずそう娘は思っていたのです.
その晩、何か争う音がし娘は起きました.母の部屋からの音でした.何かを言い争う音もします.娘は恐る恐る母の部屋の障子を少しあけました.なんとそこでは男が鉈を手に母を脅していたのです.ええ、男は初めから不思議といい暮らしをしている親子の財産が狙いだったのです.
「さあ、言え.どこに金を隠している」
だが、母はおびえることなく男を嘲笑します.
「お前みたいなものに言うものですか」
男は母の首に鉈を押し当てます.
「おい、いい加減にしろ.死にてぇのか」
だが、それでも母は笑います.
「馬鹿だねぇ、ほんと.さっさと切ればいいじゃない.切れるものならね」
そういわれた男はついにそのまま鉈を母の首へと叩きつけました.
娘は悲鳴を上げてしまいます.
咄嗟に男は振り返ると、障子を勢いよくあけて娘の髪をつかみます.
「おい、お前なら知っているんじゃないか?あいつみたいになりたくなかったら言いやがれ」
しかしながら、娘はそんなこと知りません.ただ、泣き叫ぶ娘に男は鉈を振り下ろそうとしました.娘は目をつぶります.しかしながら一向に鉈は降りてきません.恐る恐る娘が目を開けると、そこでは母が男の喉元に喰いついていました.そしてそのまま娘に話しかけます.
「馬鹿だねぇ.あんた.男相手に気が緩むとこうなるんだよ」
男は何が起きたのかわかっていません.娘だってわかっていません.だって母は首だけになって男に襲い掛かっていたのですから.
娘は男よりも首だけになってしゃべりかけてくる母に恐怖しました.話すのをやめると母の歯はだんだん男ののどに食い込んでいきます.そいてついに男は血を大量に掃くとその場に倒れてしまいました.男の吐いた血をもろにかぶってしまった娘は半狂乱になってその場を後にしました.どう走ったかもわかりません.ただ、雨の中、はだしで走ってたどり着いた先は近所の川でした.そしてそこでがくがくと一人震えていました.寒さからではありません.一晩中震えていました.雨が止み、日が昇ってきてもまだ震えていました.ようやく震えが止まったころにはすでに正午ぐらいでありました.恐る恐る自分の家に向かい娘は歩き始めした.
家にドロドロの足のまま上がろうとすると、後ろから声がしました.
「こら、どこに行ってたの.ちゃんと足をふきなさい」
恐る恐る振り返るとそこにはちゃんと母がいました.首もちゃんとつながっています.
悪い夢を見たんだと安堵したのもつかの間、母は娘の耳元に口を寄せると小さい声で言いました.
「気を緩めてはいけませんよ.さもないと首が落ちてしましいます.きっと貴女もね」
ぎょっとして母の方を見ると母は首に手ぬぐいを巻いていました.そしてそれをさっと取ります.
ええ、母の首の付け根には普通ではない、あざがありました.いえ、それはよく見ると継ぎ目だったのです.娘は自分の首を恐る恐る触りました.そんな娘に母は悲しそうに微笑みます.
「貴女はまだ大丈夫よ.ええ、でも気をゆるめてはいけませんよ」
そういうと手ぬぐいを首にまき直し、へたり込む娘をのこし母は家の中へと入っていきました.


そこまで話し終えると赤はにっこりと男に微笑んだ.男はたいして怖くなかったのか少し不満げな顔になっていた.
「如何だったでしょう」
「ふむ・・.成程、先ほど君をろくろ首といったことに対する当てつけかな」
「ふふ・・.どうでしょう」
「さて、その娘はどうなったんだい」
そういわれると待っていましたとばかりに、赤は口元を隠し怪しく微笑んだ.
「その娘はそれから家を後にし、芸者になったそうですよ」
男の頬に冷たい汗が一滴流れた.
「体を売らない、変わり者の芸者として噂になっているらしいですよ.だって気が緩むとあかんからね」
そういうと赤はクスクスわらった.
「おいおい、さっきの話はもしかして・・」
「いやですわ、旦那さん.これはあくまで怪談です.ええ、ろくろ首なんていやしません」
そう言って少しだけ襟元を緩める.確かに白くきれいな首筋にはあざすらなかった.
「もしかして、君がろくろ首という噂が立ったのは・・」
「ふふ、この話をすると気味悪がりはるんですよ」
男はあきれた様子で息を吐いた.
「いい性格をしているよ、ほんと」
「でも楽しんでいただけたでしょう」
「ああ、怪談というのは好きだからね」

 そうしているうちに寺の鐘の音が聞こえてきた.男は立ち上がると帰りの支度を始めた.赤も再び着物の襟を占めると深々と頭をさげる.
「旦那、いってらっしゃいませ.そしてまたのお帰りを御待ちしております」
「ああ、近いうちにまた来るよ.それまで気が緩まないようにしときなよ」
男がそういうと赤はまた泣くそぶりをして見せる.
「意地悪言わんといてください.うちはろくろ首とは違います」
穂を膨らましてそういう赤に男は笑って部屋を後にした.


 店をでた男は人通りのない通りに入ると煙管で一服をつく.
煙を大きく一息吐くと.そこにはすでに男の姿はなかった.代わりに女性の姿があった.
「先ほどの芸者.赤とかいったな.ろくろ首の芸者がいるという噂を聞いて来てみたが・・・」
怪しい笑みを浮かべると女は通りの人ごみの中へと消えていった.


 それから、数日後の出来事だった.偶の休みに赤が街へ遊びに出ていると、橋の上で羅御宇屋( 煙管の掃除に携わった人々、身を持ち崩した人がなることが多かった)とすれ違った.
「おっちゃん、一つ頼んでいいかしら?」
そう元気よく声を出して呼び止めると、男は大きな道具箱を地面に下ろしこちらを振り返った.
「あら、あんた・・」
頬かむりをしていたが、男の顔に見覚えがあった.
「この前の旦那・・」
素っ頓狂な声を出しそうになって慌てて自分の口を押える.男は苦笑いしながら口に人差し指を当てた.
 二人は橋の欄干によりながら小声で話す.
「なにしてはんの、羅宇屋の真似事なんて」
「いやはや、一日でこの様でね」
そういってきているぼろを見せびらかせる男に冷たい視線をよこした.どうやらいこの数日で身を崩したといいたいようであった.だが、赤は首を横に振った.
「嘘はわかります.だてに芸者やってません」
「はは、まいったな.まあ、煙管をだしなよ.真似事でも腕は確かだよ」
話をそらされた気がするが煙管を渡すと男は確かに、器用な手で煙管の金具をばらしていく.
「竹も新しくするかい」
「ええ、お願いします」
橋の欄干にもたれながら赤は男の手元をみていた.やはり、これまた器用な手で竹の細工をしていく男に赤は声をかけた.
「二日や三日ではそんなにうまいことできやしません、やっぱり旦那さんただもの違いますね」
「そうかね?こんなものなれればすぐにできるさ」
「すぐにってどれくらいですの」
「100年かな・・」
男の答えに赤はため息をついた.明らかにまじめに答える様子のない男にあきれたのだ.

「さあ、できたよ」
手渡された煙管は文句のない出来であった.相場より少し多い額を渡そうとすると男は首をふった.
「いりはれへんの」
「ああ、そのかわり少し教えてほしいことがあってね」
男はそういうと汚れた手を払って立ち上がった.


「大きな身請けの話?旦那どこでそれを聞きはったん」
「まあ、いろいろとね、でもその反応から見るにあるのは確かなんだね」
そういって念を押してくる男に赤は面白くなさそうにそっぽを向いた.
 
あの橋で、少しの間、赤を待たせると、男はすぐにこの前の身なりのいい商人のすがたで現れた.誰もついさっきまでこの男が羅宇屋をしていたなんて信じられないだろう.あっけにとられつつも赤は男と茶屋に向かった.
 
饅頭を口に運びながら赤は男の話を聞く.
「いや、その身請けするのが、縁が深い商人の知り合いでね.どんなものか知りたくてね」
「せやけど、どうして羅宇屋の格好を?」
「羅宇屋の格好だと、遊女から話を聞きやすいからね」
成程、確かに男の言うように、煙管をよく使う遊女は確かに頻繁に羅宇屋のお世話になる.だが、この男は妙に慣れていたのが怪しすぎるが.だが、それを問い詰める気には赤はならなかった.
「隠してもしゃあないし、はっきり言いますと旦那さんの話はほんとです.騒ぎにならんよう、外にはいってないはずやねんけどね.まあ、その用意でみんな忙しいせいで、うちの仕事もさっぱりやね」
「ほう、それまたどうして」
「この前みたいにうち呼ぶのわりと金かかります.普段うちを呼んでくれる方々も今はその遊女に首ったけというわけやね」
「彼らは知っているんだね、その遊女が身請けすることを」
「せやね、身請けする前に一度は会いたいらしいです.うちにはようわからんけどね」
「ほう?そうかい」
「だって、会っても虚しくなるだけ違いますん」
「ふむ・・」
「まあ、うちはよおわからんけどね」
「なんだ、言い寄ってくる相手は多いんだろ」
「信じてもらえへんやろうけど、うち、人を好きになったことないねん」
「それはまた・・」
「言い寄ってくる中にはいい客もいてはるけど・・どうもそういった気持にはならへんね」
自虐風にそういって赤は笑った.そしてふと気が付いたようにあたりを見渡す・
「そういえば、旦那が言ってた遊女に会いはるならここにいればいいです」
「ここにかい?一体・・」
男の言葉が終わらないうちに通りの騒ぎが大きくなる.男が怪訝そうにそっちをみると、幾人かの着飾った遊女が通りを進んできていた.
「先頭です」
そう、赤がいうと、男はほほーと息を漏らした.
「成程、大した別嬪さんじゃないか」
真剣な眼差しで彼女を見つめる男に赤蛮奇は冷めた声をかけた.
「で、どうですの」
「おお、いかんいかん.すっかり見惚れていたよ.で彼女はどうなんだい」
「流石は太夫といった所です.海千山千の強者」
「へぇ、詳しいんだね.あったことあるのかい」
「まぁ、これでも何度か前座で呼ばれたことがあります.ああ、それから後ろをついているのが、天神( 遊女では太夫のしたの位)」
「おお、これもすごい別嬪さんだね」
「ふふ、旦那さん、気をつけなあかんよ.あの天神、うちが知る中で一番の性悪女やからね」
そういってにっこり笑う赤に男は声を潜めた.
「そんなになのか」
「ええ、彼女はうちよりも三味線も上手やし、器量もいい.でもいっつも人気があるのはあの太夫やね.それが続いてひねくれてしまったんやろね.あれは太夫の器にはなれんよ」
そういうと赤は首をふった..
「ここだけの話やけど、うちほんとはあの太夫とよう話すんやで.せやからあの天神、うちまで目の敵にしとるんよ.そのくせいっつも媚びてくるねん、腹の底はうちと太夫の共倒れを狙ってるんやろうけど」
そういうとフフと笑っい赤は立ちあがた.
「悪いけど旦那さん、ご馳走になりました.くれぐれもさっきの話は秘密です」
「ああ、また、機会があれば」
だが、赤は首を振った.
「いいえ、旦那さん.これが最後です.この前は言わんかったけど、うちこの街出るんです」
「いきなりどうして」
「言い寄ってくる男がおるんよ.浪人崩れの幇間( 男の芸人)やねんけどまあ、悪い人ではないんやけど・・」
「ほう、証文金
そういって自分の首を叩くふりをした.
「まあ、それと、あの太夫いなくなったら、次はあの天神が太夫になってしまうやろ?それは嫌です」
それだけ言い残すと赤は男を残して店を後にしてしまった.

 
 赤が部屋に戻ると文が扉に挟まっていた.
ため息をつきつつ、それを読むが、想像通り先ほど話した幇間からの恋文であった.たいしてうまくもない歌までついていた.流石に赤も困った顔になってしまう.
「こんなんもろうてもうちどないすればいいの」
そう独り言をこぼしてしまった.相手のことは嫌いでもなかったが特に好きでもなかった.ただ、よく話す相手で、この街にきて右も左もわからない赤に色々教えてくれた相手ではあった.
夜になり、世話になった置き屋の主人に挨拶をする.かなり驚かれ、引き留められもしたが、元は流れの芸者、証文金もないので向こうも無理に止めることはしなかった.荷物を担ぎ、足早に進む.まだ、ぎりぎりこの時間なら門は空いているはずであった.人通りの少ない橋を渡ろうとすると、そこに人影が見えた.
「あら、貴方は」
「赤さん・・」
人影は文をよこしてきていた、幇間であった.どうやら、彼は赤が街を出ることを察してここで待っていたようだ.赤はその相手の気持ちは素直にうれしかった.また何も言わずに出ていこうとしたことが申し訳なく思えてきた.男の方を向くことができず反対の方を向いてしまう.もし、ここで何か言われたら赤は断る自信はなかった.だがその時、脳裏に昔よく言われた言葉が浮かんだ.
気を緩めたらいけませんよ
首を振り、意を決して男の方を振り返った.
「悪いけどうち・・・」
赤がそれを言い終えることはなかった.男は赤が振り返るや否や首へ切りかかってきたのだ.

( ああ、気が緩みすぎよ.刀を持っていることに気が付かないなんて・・)
そう思いながら赤は自分の頭が胴体から離れていくのを感じた.
 橋の上をゴロゴロ転がる生首をみて、男は大きく息を吐いた.
「これで、俺は太夫と・・・.やっと太夫と」
どこか血走った目でそうぶつぶつ言いっていたが、遠くの方で提灯が灯った.慌てた様子で男はどこかへと去っていた.


提灯が近づいて来て橋の上に転がる赤の生首に使づいてきた.
その提灯の主はかがみこむとにやりとわらった.
「おーーい.気分はどうじゃ」
生首だけの赤は目をぱちくりとした.
「旦那さんじゃないの」
「そうとも、で、どんな気分じゃ?死んだ・・いや死にぞこなった気分は」
この間と旦那のしゃべり方はまるで違っていた.
「うちなんでしゃべれるん?」
「自分で言ってたろうに・・.気が緩むといけないんじゃろう」
そういってフォフォフォと笑う相手をぼんやりと赤は見上げていた.
「そっか、うち気ゆるんどったんや.あの人のこと好きやったんやろうかな・・どうやろ旦那さん」
「それはわしにもわからん.それはそうと、あの怪談、実話だったんじゃろう?」
「気付いてっはったん?」
「もちろんじゃとも・・.成程なぁ.お主は人を好きになることを恐れていたんじゃろうに・・」
生首だけになった赤の頬に涙が一筋流れた.
「これこれ、泣くではない.せっかく生きながらえてしまったのじゃからな」
それを聞くと、呆けた目で赤は旦那を見つめる.
「うちこんなんになってしもうてんで・・」
「なに、妖怪も捨てたもんじゃないぞ.それはそうとお主は嵌めた相手に仕返ししたくはないかの?」
「・・」
「誰が黒幕かわかるかの?わしの見立てではのぉ」
「天神よ」」
「フフ、そうか、太夫ではないのかの?あの男はそう呟いておったがの」
だが、生首だけになった赤はキッとした目で旦那をにらんだ.
「いや、うちにはわかります.あの太夫ならうちのこと、殺そうと思ったとしてもこんな手つかいません」
「成程、わしの見立ても天神じゃな.ふむ・・もう一度聞くがお主、仕返ししたくはないかの」
答える代わりに、赤の生首は宙を舞う.それに合わせるように頭を失った体も起き上がる.自分の生首を両手で持つとゆっくりともとあった位置に生首を合わせる.不思議なもので、生まれつきそうであったかのようによどみなくその動作は行われる.

「ほほう、大したもんじゃの」
「うちがすることは決めました.で、旦那は一体何者なんです」
「おお、まだいってはおらんかったの」
そういうと男はどろんと煙に包まれた.すると男の姿は消え、代わりに大きなしっぽの生えた女がそこにはいた.
「佐渡の大狸、二ツ岩マミゾウとはわしのことじゃよ」

そのあとは、話はトントン拍子に進んだ.赤にとどいていた恋文も天神が偽造したものであった.どうやら、太夫に惚れている幇間をだまして赤を殺させ、その罪を太夫になすりつけるつもりであった.しかしながら、マミゾウの協力もあって天神は厳しく詰問されることとなった.幇間から赤を殺したと聞いていた天神の目の前に赤が現れた時の取り乱しようといえばすさまじいものであったら.ついにすべてが明らかになり、縄をかけられる羽目になったときには実に男三人掛かりで押さえつける必要があったと巷では噂になっていた.


 「ま、こんな感じよ、私の話は」
そういうと赤蛮奇は残っていたお酒を徳利ごと一気に飲み干してしまった.
「へぇー、でも想像できないな・・・」
「何がよ」
「いや、貴方がさ、うちとかみたいなしゃべり方していたなんて」
それを聞くと横で聞いていたマミゾウは飲んでいた酒を吹き出してしまった.
「そうじゃろ、わしが一番驚いたものそこじゃてな・・」
赤蛮奇は少し恥ずかしそうに頬を染めると、ソッポを向いた.
「悪かったわね.でもそんなことどうでもいいじゃない」
「そうね、でも気になったんだけど、赤蛮奇のお母さんはどうなったの?」
それを聞くと赤蛮奇は少し悲しそうに笑った、
「実は私、あの日の後すぐに家を飛び出してしまったの.母のことが怖くてたまらなかったのよ・・」
「そっか・・」
「でも、一度だけ家に戻ったことがあるの.妖怪になってしまってからだけどね・・.でも誰もいなかったわ・・.近所の人に聞くといつの間にか消えてしまったそうよ」
「じゃあ、生きているかもしれないじゃん」
「ふふ、ありがと」
そういうと新しい徳利からお猪口にまた酒を注いだ.
稚拙な作品ですが読んでいただきありがとうございます.一度、身内同士の中だけで書いていた作品のなかで一番黒歴史となっている作品がこの作品です.確かその時のお題は幻想郷に来るまでの昔橋をくじでひいたキャラで書いてみようというお題だっとおもいます・・.
 さて、やはり、ろくろ首と言えば芸者!のイメージがあるのは私だけでしょうか?すこしでも楽しんでいただけたら幸いです
七草粥
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気に引きこまれて面白かったです
2.100終身削除
色々な職業の人達の兼ね合いとか少し物騒な感じとか蛮奇妙が三味線持って普通に暮らしていた頃の世相が丁寧に細かくよく伝わってくるような感じで雰囲気や描き方がとても良いなと思いました 相手の出方次第で態度を変えるようなしたたかな感じとか仕返しのやり方があざやかだったりとか蛮奇がいい性格していて面白かったです
3.100サク_ウマ削除
昔話を読んだ気分になりました。たいへん良かったです。
5.100名前が無い程度の能力削除
「気のゆるみ」で人間からろくろ首になるというのが、まさに捜神記における飛頭蛮の一族のようで、人間と妖怪の境界のあり方としてもとてもしっくり来ました
過去の風俗や文物についてもさりげなくしっかりと描かれていてその時代の空気感を感じることが出来ました
蛮奇の過去編と言われたとき、いつも思い出す一作になりそうです
6.100モブ削除
これはすごい。面白かったです。本当に。ご馳走様でした。
7.100こしょ削除
なんだかその時代に本当にひたれたみたいな気がしてすごくよかったです
8.100名前が無い程度の能力削除
奇妙で粋なキャラたちの掛け合いが面白かったです。
9.100Actadust削除
どこか文学作品じみた、含蓄ある素敵な作品でした。
身近に潜む恐怖もまた、妖怪の本文でありこれも人間と妖怪の在り方なんですね。
10.100めそふらん削除
時代に基づいた怪異の恐ろしさの表現がすごく良かったです。
気が緩む事でろくろ首になるという発想も斬新で面白かったなぁと思いました。
読み易く、かつ次の展開が気になるような作品でした。良かったです。
11.100クソザコナメクジ削除
面白かったです。
12.100南条削除
面白かったです
芸者たちの愛憎模様が妙にすっきり書かれていてよかったです