クリスマスに、アリスの家が大破した。
いや、これでは何がなんだか解らないので、もう少し突っ込んだ解説をしよう。
少し時間を戻すとだ、私は数十分程前まで、倒壊したあのアリスの家の中にいたんだ。
アリスの家の中の、そうだな……別の場所か?
何の事かさっぱり解らないだろう。
多分、私も解ってない。
落ち着いてみよう、あそこで一体何があったのか。
・
・
・
数十分前
そこの床面は黒くて固かった。床と靴がぶつかり合うと、乾いた音が響くくらいのな。
はるか彼方に小さく何かの建物がが見える以外、限りなく平坦な場所。
コトン、コトン、コトン……と、そんな固い足音を立てながら、ひたすら歩いていた。
黒装束に身を包んだ人、つまり、私こと霧雨魔理沙が疑問を抱えて歩いていた。
「なぜ私がこんなところにいるんだ?」
辺りは一切無音であり、私自身が立てる足音と服の衣擦れ以外に聞こえる音は無い。
もちろん私の問いに応える誰かの人影も、ない。
「私はなぜ何の目的も無く一人でいるのか。まず現状を知る必要があるが、それにどれだけの意味が……」
聞き方次第では哲学的とも取れる独り言を呟き、誰も聞く事が無いと思い当たると、寂しさだけが募る。
独り言は好きではない。かと言って、この状況では独り言以外にする事もない。
数日前
ふとした事を疑問に思った私が、アリスに手紙を出した事がある。
「なあ、クリスマスの夜になると、何でみんなしてケーキを食うんだ?」
と、至極まっとうな疑問だった。
おっと待ってくれ。
ここで聞きたいのは、「そんな当たり前なことを聞いてどうする」とか「なんなく」なんて、ありふれた解答じゃない。
普段疑問とも思わない事を疑問に感じて、再度考え直す事はとても重要だ。
これは、古臭い習慣にとらわれる事無く、常に新しい事に目を向ける私にとって、呼吸と同じように必要な事なんだ。
誓って言うが、意味不明な疑問を投げつけて、混乱する彼女を想像して楽しむのが目的ではない。
そんな趣味を持つのは、むしろアリスの方だ。という訳で、後は時が流れるに任せて、そのまま放置していた。
昨晩
そんな手紙を出した事もすっかり忘れた頃、上海人形が一通の手紙を持ってきた。
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お誘い状
霧雨 魔理沙様
アリス・マーガトロイド
前略
来る12月24日、我が家にて古来より伝わる儀式を執り行う予定です。
参加者は私とパチュリー・レッノージ及び貴女の予定で、内容は当日までのお楽しみ。
儀式に使用する道具一式は当方にて用意しますので、身軽な服装にてお越しください。
貴女も一端の魔女としてこの儀式に参加し、より一層精進されることを望みます。
草々
追伸
本当は貴女みたいな人間なんかに声かけたくはなかったんだけどね、
他に参加する筈の魔女が突然参加できなく なっちゃったから仕方って訳。
つまり今回は特別って事よ! 特別!!
貴女のくだらない疑問の回答も用意したから、感謝するように。
と言うより、何であんな事を自分で調べないのか激しく疑問です!
あと、儀式用の道具は一切持ち込み禁止! 手ぶらで来なさい!
貴女の持ってきた怪しげな薬が原因で、この前の実験みたく大爆発を起こしたりしたくないし、
みんなの服が突然灰になって素っ裸になっちゃったりなんて、もうごめんなの。
ともかく、何かがあって儀式を台無しにされたくは無いので。
特に魔法の森のキノコなんて持って来たら絶対許さないからね! 以上!
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「古より伝わる儀式?」
激しく妖しい代物だな。
と言うか、当日答を出す?
私の疑問はオマケ扱いだと言うのか!
普遍的な存在を無視して、魔女足り得ないのはお前の方だろう。
等とけなしてみたが、アリス本人がいないこの場所でケチをつけても空しいだけだ。
それにだ……この儀式に参加するメリットは何だろうか?
サバトか、生贄を使った類感魔術か、何を行うかは知らないが……
「いやな予感がする」
この手紙は見なかったことにして、破り捨て……ないで、もう一度眺めてみる。
見れば見るほど、普通の手紙だった。何かの魔法が施されているわけでもない。
アリスが考えた答えは、この儀式にあるって言うのか?
ばかばかしい、付き合ってられないぜ。あいつの思惑に乗ってたまるか。
こんな物に参加するなら、家に引きこもっていた方が健康的だ。
「しかし、何だ……」
実は、24日は暇だ。
霊夢はあれでも一応巫女であるためクリスマスを祝う習慣はない。
なので、(外が寒くて皆が集まり辛い)この時期は毎年暇を持て余す。
忘年会とて、そう何度もあるわけでもないし、その殆どは12月始めに終わってしまう。
「ま、暇つぶしくらいにはなるかな?」
消去法で当日の過ごし方を考えると、取り立てて断る理由が出てこない。
ならば、と軽く考えてアリスの家に向かう事にしたのだ。
とは言え、何も持たないでお尋ねするのも悪いだろう。
「せっかくだから、この前手に入れた『アレ』でも持って行くか」
大きさも手ごろだし、その儀式とやらにも邪魔にならずにすむ。
パーティージョークとしては丁度良いだろうと、小さい箱に『アレ』を入れて、ポケットに放り込んだ。
この時私は、この程度の心構えで、後のことは気軽に考えていたのだ。
未来の事は予測できなくても、ある程度の予防はすべきだったのかもしれない。
いや、自分の腕を過信していたのかもしれない。
何かがあっても、絶対に対応できる……と。
・
・
・
儀式の前に奇妙な飲み物が出された時点で、怪しむべきだったかもしれない。
今までにも、儀式の前に向精神薬は服用した事はあった。
しかし、何かの薬を利用するのは、精神面を意図的に変化させる為なのだが、
この面子ならこんなものに頼る事無く、魔法を行使できる筈だった。
しかし、雰囲気に飲まれて口にした真っ赤な飲み物は、ワインで割られて密かに苦く……そのまま意識が飛んだ。
「なぜ私がこんなところにいるんだ?」
……そして、気が付いたら先程の状態となっていたのだ。
「さてはアリスの奴、何かしくじったな」
ここは素人目で見ても人工的な物だと解る。
あまりにも平坦過ぎる平坦な大地に、それ以外の何も無い平野。
恐らく儀式に何かの手違いがあり、この奇妙な場所に飛ばされたのだろう、私はそう直感した。
「アリスに貸しだな」
この時点での私は余裕しゃくしゃくで、むしろこの状況を楽しんでいる。
当然、これから先に起こる事態を予測する事は出来ても、知る由は無い。
コトン、コトン、コトン、コトン……
と、足音だけがうるさい。
「やれやれ、一体どれだけ歩かせるつもりなんだ?」
歩き続けて十数分間、変化が無い景色に愚痴の一つも出したくなる。
「何と言うかこう、無駄な事をしている気がするな……」
普段の切れの良さがいまいち振るえない。意識の歯切れが悪いとでも言うべきか。
上手く表現できないが、意識と肉体の間にフィルターがあって、ぼんやりした意識になる。
例えるなら、寝起きの状態が一番近いのかもしれない。
そんなモヤモヤとした気持ちを抱えながらだらだらと歩いていると、時間を浪費している事に苛立ちを覚え始める。
「何だ私は……何をやっているのやら」
そうだ、何も歩く必要は無かった筈だ。空を飛べばいいのだ。
こんな当たり前の事がすぐに頭に浮かんでこない、どうも今日は不調らしい。
「さて、さっさと一っ飛び……」
するために腰に手を当て、いつもそこにあるはずの箒が無いことに気が付いた。
「ありゃりゃ、どこかに忘れちまったか?」
いつもの又に当る感覚が無いと、どこか寂しいが無いものは仕方が無い、箒無しで飛ぶことにした。
軽く地面を蹴り、そのまま体を宙に投げ出し……そのままストンと地面に落ちた。
「???」
空が飛べない。
あの魔力が体を包む感覚が無く、空を、宙を舞うことが出来ない。
何かの間違いかと思い、もう一回地面を蹴ってみた。
今度は少しだけ魔力が働いて、一瞬体が浮かび上がったが、やはりそのまま地面に落ちてしまう。
「魔力が……?」
魔力が殆ど湧き上がって来ない、体の中から湧き上がってこない。
試しに指先から星を出そうとして念を凝らしてみたが、コンペイトウにも劣る星屑が数粒しか出て来ただけだった。
「さっきから妙にだるいし、あの薬の所為か? それともこの場所の影響か?」
その問いに答えるものは、やはりいない、ただ疑問が空しく響くだけだ。
「……仕方ない、少々ダルイが歩くか」
魔力が使用できずに、空を飛ぶことも出来ない。
その事を理解して、現状と認識する事で、自分を無理矢理納得させた。
その時の私の表情は、ストレスがたまって不満タラタラだっただろう。
・
・
・
十数分後
「で、これは一体何だ」
建物の壁をコンコンと叩いてみると、地面同様乾いた音がする。
壁から屋根まで全てが茶色、屋根の上には粉雪か何かが積もった様に白い物で覆われている。
扉は一つだけで、窓ははめ殺しで外から押しても開かない。
一見すれば、建物自体は何も異常が無い普通の建物に見える。
少しサイズが小さい事を除けば、ごくありふれた西洋建築の建物だろう。
しかし、窓から中を覗くと、これは家としては機能していない事がわかる。
「家具が無い」
家の中は無人。それどころか、机に椅子や、絨毯に明かりを含め・調度品すら何一つ存在しない。
それどころか、床すらないので、家としての体を成していない。
ただ、柱と板を貼り付けただけの、箱に見える。と言うより箱だ。
「とりゃ」
何気に窓ガラスを叩いたら、恐ろしく脆かったらしく、あっさりと割れてしまった。
ドアを開けようとノブを捻ったら、砕ける音がして、根元から取れてしまった。
これでは、家としては機能しない。
「……誰が何を考えて、この家を『こんな物』にしたんだ?」
壁の一部を手で摘むと、パキリと音を立てて壁の一部が剥がれる。
木でも無ければ土を固めた代物でもなく、その素材を手で握ると砕けた。
それは、茶色いビスケットだった。
「……なんでお菓子の家がここにある?」
窓ガラスは砂糖を伸ばした飴、屋根に積もった粉状のものはパウダーシュガー。
どう贔屓目に見てもお菓子の家にしか見えない、少々飾り気が少ないがそれはどうみてもお菓子の家だった。
「ああもうっ! 今日は訳の分からない事ばかりだ!」
この場所の不可解さ・魔力が使えない・存在理由が不明確なお菓子の家。
突きつけられた状況が全く理解できないもどかしさに苛立ち、やり場のない感情をぶつける物が無いのかと辺りを見回す。
そんなものは何も無いので、とりあえずお菓子の家の裏手に回ってみたら、見慣れた人影がある。
紫色の髪、寝巻き姿で片手にはいつもの本、後姿でもすぐにパチュリーだと見て取れる。
見知った姿を見つけて安心したのか、
「ようっ! こんな所にいたのか」
と、少々大げさな動作でパチュリーの肩をざらりと叩いた。
……ざらりと?
人肌に触れた感触ではない。なんだこの、固められた砂のような感触は?
それに、肩を叩かれても何の反応も無い。普段の彼女なら慌てて振り向くか、ビックリして飛び上がるなりする筈なのに。
「パチュ?」
もう一度肩に触ってみた。やはり堅く、ざらざらした感覚が伝わってくる。
「……」
暫く待ってみても一向に動く気配も無いので、思い切ってこちらに向けてみる。
それはパチュリーではなく、人どころか魔女でもない、いや、生物ですらない。
「何の冗談だ……」
パチュリーの形をした砂糖菓子だった。
「何の冗談なんだよ!」
しかし、等身大砂糖菓子からの返答は無い。
考えるまでも無く当然の事だが、それでもパチュリー砂糖菓子に詰め寄った。
その際に帽子の端が当たってしまい、パチュリー砂糖菓子が倒れた。
ごとん。
「…………」
乾いた音がする。
頭が現状に付いていかない。
何故パチュリーが砂糖菓子なのか?
これはパチュリーなのか?
それとも誰かが作った悪趣味な感覚による、阿呆な産物なのか?
パチュリーだとしたら、砂糖菓子に問い詰める必要があったのか?
実は、何かの新しいドッキリか何かか?
そもそも、今私が見ている目の前のこれは現実なのか?
それともどこぞの蝶の夢なのか?
意味を成す言葉と意味を成さない言葉が頭の中で浮かんでは消え、
無秩序に組みあがろうとしてはバラバラになって砕け、元の無秩序に戻って思考の闇に消えていく。
「やばいやばい!」
これはパニック状態の前兆だ! 両手で頬をパシパシパシパシ、薄れた気合を引き戻す。
大きく息を吸い込みすうはあすうはあと深呼吸。
「よーし、とりあえずこの人形をどうするか……」
「ひゃうっ!」
せっかく落ち着きを見せた思考が、奇妙な声で中断された。
「……アリス?」
聞き覚えがある奇妙な声。
振り返るとそこには金髪に青い服、アリスが何かの光に包まれていた。
「アリス!」
呼びかけても何の反応も無い。
「畜生!」
私が駆け寄った頃には、光が自分から離れて地面に吸い込まれていった。
しかし、光が去った後もアリスは突っ立ったまま動かない。
「……アリス?」
間違いなくアリス本人だ。が、動かない。
声をかけても動かないので、頬を突付いてみた。しかし動かない。
目の前で手を振っても、揺すっても、体のあちこちを握ってもぴくりとも動かない。
体格にメリハリがあって羨ましかった。胸とか。
「どうしたよ……さっきの光に何かされたか?」
返答は無く、パキリ、と足元から何かの音がした。
パキリ、パキパキピキピキッ!
水が凍る時に似ている音がアリスの足元から聞こえてくる。
「?」
長いスカートを捲り上げてみた瞬間、私の表情はどんな物だったのだろう。
多分、驚愕とも恐怖とも取れる奇妙な代物になった筈だ。
アリスが以外にも派手な下着を着ていた事に驚愕した訳ではなく、そのくせ不釣合いな可愛らしい靴下を履いていた事に驚いている訳でもない。
アリスの足が足首から順に砂糖菓子に変化していった。
パキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキッ!
足から腰へ、胸、肩、腕、頭の順に、次々とやわらかい体が服までもが砂糖菓子へと置き換わって行く……。
パキン
私が見てる間に、彼女は全身が、それこそ髪の先までが砂糖菓子へと変化してしまった。
そこにあったモノは、アリス等身大の砂糖菓子だった。
「………………」
私は硬直していた、と言うかせざるを得ない。
私も砂糖菓子になったのではない。が、緊張と思考の停止でカチコチに硬直して、動けなかった。
「……つまり……パチュリーもアリスも、あの光のせいでこんな人形になったと」
きっかり10秒後、自分に言い聞かせるように呟いた。
「で、一体あれは何だ?」
呟きながら組んで悩んだ左腕が光っていた。
さっきアリスを包んでいた光が、音も無く私の隣までやって来ていたのだ。
「うわ……うわあぁぁぁあぁあぁああああっ!」
つい叫んでしまい、光を振りほどいて走り出す私。
とりあえず目に付く遮蔽物といえば、そこのお菓子の家しかない。
窓ガラスを突き破って中に飛び込んだ。
光は家の中には入ってこようとはせず、そのまま伏せていると、数分後にはどこかに行ってしまった。
・
・
・
状況は最悪だ。
「しかしどうする? このままここに篭っていても何も解決しないぜ……」
又独り言、一人で話す以上は独り言になるのは当たり前であると思うが、何か喋らないと、不安でどうにかなりそうだ。
『魔理沙ってば、まだ変わっていないの?』
『しょうがないわね、ちょっと手を貸してあげるか』
聞き慣れた声が、物凄いボリュームで響く。
空間自体をを揺るがしているというか、巨人が喋っていると言うか。
とにかく、異様なほどの大きな声がする。
「パ……パチュ? それにアリスも? 2人ともどこにいるんだよ!?」
その時、不安でたまらなくなった私は、迂闊にも窓から顔を出した。
まだ、さっきの光がうろついているのかもしれないのに!
しかし、そこに居たのは私に向かって手を伸ばすパチュリーの砂糖菓子だった。
「なんだよ……おどかすない」
あまりにも異常事態が続いて神経が麻痺していた所為か、砂糖菓子が自分で動く事が異常であると言う認識ができなかった。
「あ……」
異常を異常と認識出来た時には、すでにパチュリー砂糖菓子が堅い手で私の肩をしっかりと掴んでいて、
「あぎゃあっ!」
もう、恥も外見も無い。
この場から逃げさせろ! 心の中で叫びながら振り上げた私の左手は、やはり砂糖菓子だった。
「ふぎゃぁぁぁぁ!!」
私の体が! 腕が!
さっきの光か、光の所為か! 腕が砂糖になってる!
もう沢山だ! と、足で蹴りつけて逃げようとした所を、やはり誰かが掴んで動きを封じた。
「ギニヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
私の足を掴んでいたのは、やはり砂糖菓子のアリスだった。
『サア、マリサ……アナタモオカシニナリナサイ』
砂糖菓子が、不気味な口を利く。
「いやだあああああぁぁぁぁぁ!」
誰がなってたまるか! ていうか、お前らなんだよ!
『アキラメガワルイワヨ、ムダナテイコウハヨシテ、キヲラクニシナサイ』
「心からお断る! だから離せ!」
やめろ! やめてくれ!
体全体で否定する私の努力をあざ笑うかのように、砂糖菓子がしっかりと手足を拘束する。
そして、そこに先ほどの光がゆっくりとした速度でやってきた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
魔法! 出ろ!
なんで、何でもいいから出ろ!!
「マスター! スパーーーク!」
非常手段として使った、スペルカード無しで起動されるそれは……。
ぼふう
と、気の抜けた音を立てて、地面に小さい孔を空けるだけで終わった。
地面に向かって魔法撃ってどうする私! ていうか、焦りすぎ!
吹き飛ばされた地面の一部が跳ね上がり、私の顔を汚す。
「ぐへっ! 甘い!」
これは、地面じゃない!
茶色い色は、チョコレート。その下の狐色のスポンジ層に、生クリームが跳ね返って、白く汚れた。
「け、ケーキが!? 地面がケーキで!?」
すると、私が今までいた所は、ケーキの上だったのか?
しかし、それ以上の思考は許されなかった。
人を砂糖菓子にする光が、私を包み始めたのだ。
力が、魔力が抜けていく。
既に口が聞ける状態じゃなくて、私は自分の足が、手が、砂糖菓子になっていくのを見守る事しか出来なかった。
「(ああ……た……す……け……)」
その思考を最後に、意識が途絶した。
☆
★
☆
★
「あ……れ……?」
意識が戻ったその場所は、元の部屋だった。
「はい、お疲れ様」
パチュリーがおしぼりを渡してくれる、どうやらかなり汗をかいていたらしい。
「え……と?」
むぎゅう
丁度良い位置にいたので、パチュリーの胸を揉んでみる。
「あっ! そんな……魔理沙、積極的」
「砂糖菓子じゃないな……柔らかい」
「ちょっと! そこでなに盛ってるの!」
ああ、ちゃんとアリスもいたか。
「安心しな、お前さんのも揉んでやる」
むぎゅぎゅ
「ピヤァァァァァァ!?」
「うむ、柔らかい」
「ま、魔理沙が目の前で瞬時に浮気を……!」
いや、そうじゃなくて、二人が砂糖菓子かどうかを確かめたんだ。
結論は、こうだ。
「パチュの方が少しデカイ。但しさわり心地は互角」
じゃなくて、
「二人とも戻れたんだな」
・
・
・
「プッ」
「クスクスクス……」
?
「引っかかった引っかかった~!」
「実験大成功! ね!」
「おいおいおいおい、私を置いて、何喜んでるんだお前ら!」
「あの表情見た? 魔理沙があんな引きつっててさ♪」
「ホント、写真機を用意しておけば良かった♪」
「お、お、い。お前ら!」
二人はこっちを見ながら、私をネタに爆笑を続ける。
私が顔を真っ赤にしながらスペルカードを取り出しても状況は変わらなかったが、パチュリーがようやく説明してくれた。
「あん、ごめんごめん」
でも、笑いながらだが。
「はーい♪ じゃあ、今日の種明かしと行きましょうか」
笑いながらアリスが指差した代物は、私たちに比べて、小さくて茶色くて丸いものだった。
「……チョコケーキ?」
そこにあったのは、飾り気の無いチョコケーキだった。
スポンジの土台にチョコを被せ、その上に飾りの小さいお菓子の家。
その上には、クリスマスケーキに良く乗っかっているサンタの人形のような砂糖菓子。
その数きっかり3体、姿形が私たちにそっくり。
「……」
段々読めてきた。
「魔理沙っては、怪しむだけで全然核心に近づかないんだもん」
「しょうがないから、最後には手を加えちゃったわよ」
ずっと茶色い大地だと思っていたのは、このケーキのコーティング。
3体の人形が互いに絡み合っているのは、私が暴れた所為。
私の砂糖菓子人形の前が穿り返されているのは、最後の抵抗の所為なのだろう。
「で、これは何なんだ?」
「じゃあ、最初に数日前の疑問からお答えしましょうか」
汗もすっかり引いてちょっと肌寒くなってきたので、暖炉に火をくべる。
上海人形が持って来た紅茶が、暖かくて心地良い。
「クリスマスケーキを食べる理由だけどね、あれは元々魔術儀式の一種だったの」
「ほう?」
「これは、私の精霊魔法にも深く関わってくるから、一緒に説明するね」
珍しく、パチュリーも饒舌になっている。 さっきの爆笑で、テンションが高くなったのか?
「クリスマスケーキの原型ってのはね、保存が利くフルーツを固めた代物なの」
「それは知ってる、調理したものを袋に入れて吊るして干すんだろ?」
「そう、それを外に干すのは、一つは乾燥させるため。もう一つは……」
「太陽と風等の外界に存在する物を取り込むため……?」
「なんだ、解ってるじゃない」
「まあ、長時間日光や風とかの自然に晒されたモノを魔法媒体に仕立て上げる事は良くある話しじゃないか。で、その後は?」
「食べる」
ストレートだなオイ。
「それが原始的な魔法なのよ。あとは、冬の収穫量が少ない時の食料保存の意味合いも合ったのね。今は全然違う形だけど」
「それを、聖なる日の夜に食えば……か」
とりあえず、聖夜の夜にケーキを食う理由は解った。
紅茶を啜ると、ふわりと良い香りが体を包む。
普段は緑茶だけど、たまに飲む紅茶も捨て難い。
「でだ、さっきの場所と、この悪趣味な人形付きのケーキは?」
これもなんとなく予想は付くが、一応聞こうか。
あそこまで驚かされたのは久しぶりなので、真相を聞かないことには引っ込みが付かない。
「これは、その改造版」
「説明プリーズ」
「あせらないの。つまりクリスマスケーキは、それ自体が魔力を吸収しやすいの。それに目をつけたのが、今回の儀式」
「なんか、魔力を吸い取られるみたいだったが?」
「そう、今回はそれが目的なの」
「おい!」
冗談きついぞ! 私はお前らと違って、無限に魔力があるわけじゃない!
「吸い取るのは一部だけ、それをみんなで分けるの」
「分ける?」
「そう、ごく一部だけをケーキに移して、混ぜるの。そして……」
「それを皆で分けて食べる。そうすることによって、参加者全員の魔力が混ざった物が摂取できる訳ね」
「するってーとだ……」
私が月火水木金土日なレーザーが使えるようになったり、アリススパークが発射されたり、パチュが7色に輝いたり……。
「多分、あなたが考えてるような程では無いって」
苦笑しながら続けるアリス。
「ちょっと魔力に『渇』を入れるのね。違う魔力は、体の中で反発すると共に、新しい刺激になるの。
凝り固まった魔力をほぐすには丁度いいのよ」
「……はぁ」
それって、何だ。
体の爆薬貯蓄庫の中に、火を入れて遊ぶのと同義じゃないか。
こいつらの考え方は、よーわからん。というか……
「まあ、なんだ。何であんな悪趣味なシュチュエーションにしたんだ? よりによって、意識を飛ばすなんて」
「そりゃあねえ……」
「ふだんから、人の家の物を持っていくわ、本は返さないわで……」
「あー解った解った。今度返すぜ、今度」
「面白かったし」
「お前等は、だろうが……まあいいか」
さて、そろそろ話にも飽きてきた頃、上海人形と蓬莱人形がケーキを切って来た。
「じゃあ、皆で食べましょう」
「ちょっと待ってよ、お祈り済ませてから」
「珍しく信心深いな、私は仏教徒だ」
「この前はどこかのドルイドだって言わなかったっけ?」
「信仰心は自由だぜ」
そう、ここまでは曲がりになりも順調だったんだよな。
皆で祈りを捧げて、静かにしている時も順調だった。
食べる直前に、パチュリーがナプキンを付けて、アリスが上海と蓬莱の分のケーキを切って分けてあげている時も順調だった。
ただ、何かが心の中に引っかかっていたんだ。
このケーキ、本当に口にして良いのか?
いやな予感がする、それも、とびきりの奴だ。
「……」
このケーキは、私たちの魔力をほんのちょっと吸い取っているんだよな。
って事は、私やこの部屋に影響する物があれば、その魔力も吸い取る筈だ。
だから、この部屋には魔方陣を構成する物以外の魔力を持った物体は無い。
私のポケットに入った『アレ』こと、「呪われたブルーダイヤ」意外は。
……
ほんのパーティージョークとして、持ってきたつもりだったんだ。
こんなレアな代物なら、アリスも羨ましがるだろうし、パチュも見直すだろう。
そんなつもりで持ってきたんだ。
つまりだ、これを食うとだ。
こいつの呪われた魔力を吸収したケーキを食うと言う事は。
「みんな食うな!」
その言葉と同時だった。
アリスが口からビームを吐き出したのは。
パチュが七色のビーム状シルフィホルンを展開したのは。
上海人形と蓬莱人形が見る見るうちに巨大化したのは。
『ジャンバーーーーイ!!』
『ボーラーーーーイ!!』
人形達が絶叫とも唸り声とも付かない声をあげて、アリスのビームが家の柱をなぎ倒し、
パチュの七色ビーム竜巻で家が破壊される直前、私はとっさの判断で窓ガラスをブチ破って脱出した。
後の事は良く解らない。
爆風と共に飛ばされてきたガレキで頭を打って、気を失ってしまったのだ。
☆
★
☆
★
霧雨魔理沙 記
「深いそして暗く寒い夜空の中、崩れ・破壊されたアリスの家が敷地一面に散らばっていた。
その瓦礫の間では、まるで神に助け を求めるかのように、僅かな隙間から空へ向かって手を差し伸べ、
動かない彼女達が埋まっているのみである。
天はこの凄惨 な光景に見かねたのか、先ほどより降り始めた慈悲深い雪は、
私の目の前から、この地獄の光景をしだいに覆い隠していった」
私は、手帳にそう記すと、おもむろにその残骸に手を伸ばした。
私の箒が見つからない、恐らくこの残骸の下だ。
こんな場所にいても、空しいだけだ。早く家に帰ろう。
痛む体を引きずり、ガレキを一辺のけたその時だった。
『ジャンバーーーーーイ!』
巨大化した上海人形が、ガレキを吹き飛ばしながら立ち上がった。
こいつは、家の下敷きになったぐらいでは、何ら障害も無く活動できるのだろう。なんと言う耐久性だ。
不意を付かれた私は、なすすべも無くこの暴走した人形に掴まれ、持ち上げられた。
ああ、人形の口が開き、私を飲みこもうとしている。
空を飛んで逃げようと思ったが、生憎箒はアリス家の中だ。
最早抵抗するだけの魔力も無く、そして私は、手足をばたつかせてみるも、空しく食べれるのだろう。
さようなら皆さん、さようn
*数日後、3名は様子を見に来た博麗霊夢によって奇跡的に救出された。
何があったのかを聞き出そうとしたが、彼女達は堅く口を閉ざしたまま何も語ろうとしなかった。
面白く読ませていただきました。個人的には最後のオチはいらなかったんじゃ
ないかな、と思ってみたり。普通にほのぼのでもよかったかもしれません。
ガレキを一辺のけたその時だった。:一辺→一片
アリススパークも手から出る
そう考えていた時期が私にもありました