星屑幻想~Feeling Heart~→~紫色の恋心 七色に煌く六花の雫~→本作品と続いております。
先に前二作品からお読みください。
Chapter8:決着
全身から力が抜けていく。
冷え切った空気がまとわりついて、身体がこわばっていく。
悪いなアリス……約束、守れそうにない。
きっとこの寒い中、待ち合わせ時間のずっと前から待っているだろうに……
落下していきながらわずかに唇が動くも、魔理沙のそんな思いは声にならず……
かはっ、と苦しげな息が、変わりに真っ白に吐き出されていった。
ヒュウゥゥゥ……という風を切る音だけが耳に入る。
それから、暗いはずの視界に広がっていくいくつもの光景。
ああ、まずいなこれは――口には出ないが、魔理沙はそう思わずにはいられなかった。
それは、俗に走馬灯と言われるものに違いなかったから。
魔界に本格的に進入して、最初に出会ったのがアリスだった。
もっとも、魅魔の教えを受けていた魔理沙にとって、特に負けるとも思えなかったのだが。
魔界人にとっては、人間に生意気と思われたことが、ひどく癇に障ったらしい。
それを見た魔理沙が意地悪をしないはずがない。
試してみる? ――そう言ってやったら、案の定乗ってきた。
わかりやすいな、と思った。
本人は一生懸命なんだろうけど、感情が表に出てきやすい。
きっと、幸せに育ったんだろうな。
家元と不仲の魔理沙にとって、そう思えることが、なんとなくうらやましかった。
魔界から戻ってしばらくすると、もう一度アリスが勝負を挑んできた。
懲りないやつだな。
軽く苦笑した。でも、心のどこかでは、うれしかったのかもしれない。
アリスは人間ではないけれど……でも、当時の魔理沙の周囲の中では、誰よりも人間らしい
ところがあったから。
うんと背伸びして、遠いところを目指して、目いっぱい手を伸ばして……
そんなヤツが、自分を追いかけてきたことが。
追いつけ、追い越せと一生懸命走ってきたことが。
もしかしたら、初めてなんじゃないかな、と思う。
いつも背中しか見えなかった霊夢とは違う――きっと、初めて真横に並んだひと。
それからまた時が流れて、魔法の森でばったり出くわしたときは内心驚いた。
でも、同じように驚いて呆けているアリスを見たら――どうしても、意地悪してやろう、って
魔理沙の中の蟲が疼いた。
それにしてもいつ見てもきらびやかな服装をしてる。魔女たるもの黒白が正装だ、を旨に
している自分とはまるで正反対だった。
自然に口から『七色馬鹿』って出てくると、見る見るうちにアリスの顔が真っ赤になっていった。
必死に冷静さを保とうとしているけども、怒っているのがはっきりとわかる。
ほんっとからかい甲斐があるな、と思わずにはいられなかった。
本人は隠そうとしているのに、見え見えなのがおかしくてしょうがなかったから。
こいつといたら、飽きないだろうな。
そんな言葉が一瞬、魔理沙の脳裏をよぎった。
いつもいつも良くまぁ顔をあわせればケンカをするものだと思う。
終わらない冬に春を探していたときも、つかめない妖霧の正体を突き止めようとしていたときも。
でもそのクセに……何かといえば魔理沙魔理沙ってうるさいし。
結局いつだって、そばにいる。
――私がいてほしいときは、いつも。
お互い素直じゃないから、すぐ突っかかるし、口を開けばケンカばかり。
時々鬱陶しいと思うこともある。
でも、あんなヤツ、なんて言ったって、終わってみればそばにいる。
出てくる言葉とは正反対に、そこにいてくれると落ち着いてくる。
いやむしろ……しっくりくる、というべきなのかもしれない。
霊夢とは違う。誰からも離れた霊夢は、誰とも織り交ざらない。
パチュリーでも違う。パチュリーにとって魔理沙は、閉ざされた世界においては決して
知りえない不思議な人。いうなれば、幼い少女の思い描く、憧れ。
アリスは――人間と妖怪、流れていく速度の違う存在同士でありながら、それでも魔理沙の
翔け抜けていく速さに精一杯あわせてついてきてくれる。
遠い所を目指したって、たどり着ける。二人でなら、きっと。
一人でいるよりもずっと広い世界を、二人で織り成していける。
あの輝きが、それを信じさせてくれたから。
いてほしいときにそばにいてくれた彼女がともに織り成してくれたあの煌きが。
それなのに今、私ときたら無様に落下中か。
自分からアリスを誘っておいて、それでいて約束も守れないんじゃ世話ないな。
しかも、パチュリーにひっぱたかれてサヨウナラか。我ながら情けないぜ
まあ、こんな大遅刻したんじゃ……ぷんすか腹立てて、もう帰っちゃったかな……寒いし。
いくらなんでもこんな雪が降りまくってる寒い夜に、馬鹿みたいに待ち続けてるわけが――――
(魔理沙…………)
キラリ。闇に光る白い輝き。零れ落ちる六花の雫。
――――本当に、そう思うのか?
アリスは絶対に待ち続けてる。
だってそうだろう? いつだって魔理沙魔理沙って、……人がいなきゃなーんにもできない
んだ、アイツは。
例えるなら……ひとりぼっちでふるえている、ウサギにも似ている。
強がりで、高慢で、だのに……ホントは、誰よりもさびしがりやで。
本当に帰っちゃうようなタマか? そんなわけない。
きっと待ってる……この雪の中、ひとりぼっちで、ずっと!
ひとりきりでふるえながら、今にも死んでしまいそうにさびしそうな顔をして!
アイツをこのままこごえさせていてどうする!
このまま、終われるはずがない!
逆さまになった天地。 ――私はまだ落下している。
風を切る音。 ――私はまだ耳が聞こえている。
勢いよく下から上に流れていく視界。 ――私にはまだ目が見えている。
止め、刺されてない。いや、『刺せなかった』のか。
できるはずがない。
今のパチュリーは……初めて抱いた想いの強さに振り回されて、それを御する術を知らないだけ。
心を支配している昏い炎の正体は……それは、魔理沙を好きという思いの、裏返し。
燃やし尽くせば尽くすほど、空っぽになっていくのはパチュリー自身。
このまま堕ちてしまえば、アリスはおろかパチュリーさえも泣かせてしまう。
だから、死んでしまえるはずがない。このまま、みんな泣かせてたまるか!
この手には……まだ、相棒がいる。
この私を幻想郷で最速にしてくれる、私だけの翼が。
――――呼んでる。
まだ飛べるから、思いっきり鞭をくれって。
ああ、行こうぜ。
待っててくれるひとがいる。そのひとのところへ行くために――
もう一度飛べ、恋の翼!!
地に堕ちていく流れ星が、逆さまに天へと翔け上る。
たくさんの星を雪の中に撒き散らしながら。
恋心の転じた昏い炎にパチュリーを燃やし尽くさせないために。
そして、待っていてくれると信じているアリスのところへ行くために!!
「そんな……まだ生きていた……の……?」
渦巻き立ち上るその流星を眼下に見、パチュリーの目が大きく見開かれ、その小柄な体が
小刻みに震える。
けれどそれは、驚きというよりは歓喜にも似ている。
第一、あの程度で魔理沙が死ぬなんて本当に思っていた?
どんな不可能だって可能にしてきた、太陽みたいに強く眩しい彼女が。
だったらいつもみたいにしっかり止めを刺せばよかったのに。
――本当に、それを望んでいたの?
「わたし、は……」
両の手で頭を抱え、激しく息を切らすパチュリー。小さな女の子がいやいやをするようにして
激しく首をふる。
「パチュリイィィィィィィ!!」
激しくその名前を叫んで翔け上ってくる魔理沙。
閉ざされた世界を照らす輝きを、その目に灯して。
さっきまではどんな形であれ、自分を見つめてくれればそれがうれしかった。
その一瞬だけ、昏い炎がふっと消えた。
でも今は――こわい。
「――――ッ!」
悲鳴にも近い叫び声をあげて、四方に光条を放つ。
空を薙ぎ払うその一閃を、魔理沙は螺旋を描くようにしてかわす。
そして一気に空を翔け上って――
二人は、すぐ間近に対峙した。
レーザーが来る。そう読んだパチュリーは高速で水玉を大量にばら撒く。
光線であるなら、水の弾幕によって歪められるからだ。そうすることで無力化できる。
だが、魔理沙の放ったのは無数の星型弾幕だった。
この近距離でぶつかり合う両者の弾幕。
炸裂する爆発にパチュリーは吹っ飛ばされる。
声にならない悲鳴。
痛みにつぶってしまいそうになる目を必死に開けて、迫り来る魔理沙を見つめる。
望んだとおり、パチュリーのことを見てくれているのに……なのに、怖い。
どうして、なんだろう……そう思う間もなく、恋の魔法使いは距離を詰めてくる。
その手を、ぐっと伸ばしてくる。
思わず、つかみそうになって……ふらふらと、手を伸ばして――
激しく、拒絶した。
瞬間、水と風が折り重なり、冷たい空気に晒されて氷の嵐となって魔理沙に襲い掛かる。
至近距離まで迫っていた魔理沙は、避ける間も無くその直撃を受ける。
まるで冬の山のような吹雪は、パチュリーの叫びそのもの。
流されていく魔理沙。奔流に押し流されながらも、胸に手を伸ばし、八卦炉を取り出す。
それをゆっくりと天へ向け、放つは特大の閃光。
立ち上る極大魔法。全てを吹き飛ばす無情の輝き。
嵐ごとき目じゃないその圧倒的なパワーに水の精霊も風の精霊もなすすべなく吹き飛ばされ
霧散して消え失せる。
余韻を残してりんと消える魔砲の光。嵐の吹き飛んだ後には何も残らず。
ただ、隙間を埋めていくかのように、再び白い雪が舞いめぐる。
二人の距離は20メートルほど。再び、間合いが開いた。
魔理沙は衣服のいたるところが弾幕によって破け、またサイレントセレナによるダメージも大きい。
しかしその一方――長時間の激しい戦闘を、しかも外で繰り広げてきたパチュリーもまた、
大きく息をついていた。限界が近かった。
お互いに後がない。決着は、もうすぐ目の前にある。
「もうよせ、パチュリー。これ以上やったらお前自身が危ないぞ」
「いやよ……だって、そうしたら貴女はアリスのところへ行くんでしょう? それは嫌。
おねがい、どこにもいかないで……」
「それはできない。私は……アリスを、待たせてるからな。行ってやらなきゃ。きっと、
さむさにこごえて、震えてるに違いない。あいつを、さびしがらせたくないんだ」
「そんなに……アリスのことがいいの? 私のそばにはいてくれないの? 私だって、こんなに
苦しいのに……貴女にいてほしいのに……!」
「ひとは二人のひとを同時には好きになれないよ。言ったろ? 私は――
アリスにとんでもない勘違いをしている。だから、アリスに恋をしているんだって」
パチュリーのかすれるようなその叫びを、だけれど魔理沙は静かにかわす。
まるで、突きつけられたナイフを、指でそっと押し戻していくかのように。
しん、と静まり返った。嵐の前の静けさのように、不気味なぐらいに。
――それはきっと
「…………してあげる」
「えっ?
――燃え盛る昏い太陽の予兆。
「消してあげる、私の全力で、この世界からも、私の記憶からも全て!!」
「なっ……!?」
それはあまりにも巨大な炎。日輪の力を顕現した、七曜最強の魔法。
放たれれば敵を焼き尽くすまで止まらない、パチュリーの最終奥義。
回避など考えるだけ無意味。そこに逃げ場などあるはずがない。
空間全てを埋め尽くす、まばゆいばかりの輝き。
魔理沙の頬を冷や汗が一筋伝う。
最悪の切り札を切ってこられた。逃れることも、避けることもかなわない。
手には彼女にとっての切り札がある。恋の魔砲を放つ、龍の口が。
全身全霊、最後の魔砲をぶっ放せば、あるいは貫けるかもしれない。
しかし、それを打てば、パチュリーは……
――――くいっ。
不意に、魔理沙の手が引っ張られた、ような気がした。
えっ、と声に出して、手元に視線を向ける。そこにあるのは、彼女の翼。
パチュリーと二人で改造した、魔理沙だけの翼。
一瞬驚いた魔理沙だったけれど、その顔はだんだんと緩んでいった。
――そっか、ありがとうな、相棒!
「今ならまだ……止められるわ。お願いだからあきらめて、魔理沙。もういやなの、
貴女のことを傷つけるのも、こんな風に胸が苦しいのも……!!」
パチュリーは、目にいっぱいの涙を含んで、消え入りそうに弱々しい声で呼びかける。
今にも決壊しそうな陽光の堤防を、想いの土嚢を積んで防ごうとしている。
想いが反転して、殺したいほど、消し去りたいほどに昏い炎が燃え上がったけれど……
でも、それは決して、本当の望みではないから……
けれど、それでも魔理沙は。
「忘れたのかパチュリー。私を止めることなんて誰にもできない。私を縛めることなんて
誰にもできやしない! だから私は行く、私の――大切なひとのところに」
決して、自分を曲げたりなんてしないから。
それがトリガー。引き裂くような叫び声がパチュリーの可憐な唇から響いて――
天の光が ――『日符
空ごと ―― ロイヤル
落ちてくる!! ―― フレア!!』
ひどくスローモーションで流れてくるその光景。
絶体絶命、逃れる術のない状況。
暗い雪の夜空を、昏く輝く焦熱の光が薙ぎ払う。
迫り来る無情の太陽を前に、魔理沙は右手に持った八卦炉を――
胸に、しまった。
今パチュリーにしてやらなければいけないのは、打ち抜くことじゃない。
それなら、打つべき手は切り札じゃない。
奥の手だ。
箒は言う。
私は貴女の翼。貴女を遮るものなんて何もない。
思うままに飛べ。それがどれだけ強大な力であろうとも真っ向正面から立ち向かって。
そして、待ってくれている人のところへ舞い降りよう。
できるはずさ。アイツに素敵な夢を魅せるために、強くなった今のお前なら。
太陽の光だって突き抜けられる。
だから、一緒に行こうぜ、相棒。 ――跨る箒に活を入れよう。
どこまでも、一瞬に煌く閃光のように! ――疾風怒濤、どこまでだって翔け抜けるために!
今、魔理沙は ――『彗星
夜空に煌く星になる!! ―― ブレイジングスター!!』
無数の星を撒き散らして、それはあまりにも眩しすぎる閃光。
誰をも魅了してやまない、その真っ直ぐな一閃。
雪の夜空に煌いた彗星が、迷うことなく昏い太陽めがけて飛び込んで、
――そして、飲み込まれた。
それを、呆然としながらパチュリーは見つめていた。
小刻みに震える身体。それは、自らのしたことを悔いる気持ち?
それもあるのかもしれない。パチュリーが、ほんとうに望んでいたことは……魔理沙を、
消してしまうことなんかじゃなかったから。
だけれど、今彼女を震わしている思いは、後悔なんかじゃない。
それは――おびえ。
例えるなら、しかられる直前の、幼い少女のような。
絶対無敵の、太陽の力――だった。それはとうの昔に、過去形にされてしまった。
目の前の、眩しいばかりの、本当の太陽を持った人間によって。
知っていた。
――空を埋め尽くす昏い太陽が揺らぐ。
こんなことで魔理沙を止められるはずがないって。
――揺らぎはやがて一点の黒点に変わる。
だからこわかった。
――黒点はやがて影を形作っていき。
会えなくなってしまうかもしれないこと。嫌われるんじゃないかって。
――その影は、どんどん色濃くなっていく。
「ぁ……ぁ……っ」震える声に含むのは、歓喜とおびえ。
――影はもう、はっきりと、人の形を作って。
「パチュリイイイイイイィィィィィィィィィィ!!!!」
まるで龍が天へと吼えるかのように響き渡る声とともに昏い太陽を突き抜ける。
何よりも強く、眩しく、そして真っ直ぐに、その疾風は怒涛のように押し寄せて。
ただ一筋、パチュリーのところへと翔け抜ける!!
「あ……あ……」
ただ呆然とそれを見つめて。その目は大きく見開かれ、口はわずかに開いたまま。
震えはやがて大きくなり、おびえに可憐な顔が歪んでいって……
「いやああああああああああああああああああああああっ!!!!」
張り裂けるような叫び声とともに、強い魔力が集束していく。
がむしゃらに、わけもわからず、子供が暴れるかのように。
「チッ、この……馬ッ鹿あああああああああああああああああああああ!!!!」
舌打ちして、叱り飛ばすようにして言う魔理沙。
怒ったようなその顔が、だけれど次の瞬間驚愕に染まる。
パチュリーが、激しく咳き込んでしまったから。
限界が来ていたのだ。もうすでに、こころも、からだも。
苦しそうに空中でうずくまるパチュリー。
しかし制御を離れた魔力は、怒り狂ってその力を変貌させていく。
術者に仇なす魔物となって。
「くっ……気合入れろブレイジングスター! 絶対に間に合わせろ!!」
強く思念という名の鞭を飛ばし、より一層速く箒を飛翔させる。
さよならするように、あきらめきった顔をしているパチュリーのところへと。
暴走した魔力が魔物の牙となって、術者を食いちぎる――――
その一瞬前に。
魔理沙の手が、パチュリーをしっかりと抱きとめた。
「え……!?」
「しっかりつかまってろ! ちょっとばっかし痛い思いさせちまうけど我慢してくれよ!」
片腕でパチュリーをつかみながら、魔理沙はスペルを展開する。
それはひとつではない。二つのスペルを、同時に。
同時詠唱開始。
森羅結界発動。優しい光の結界が二人を包み込む。
彗星術式解除、魔力の放出開始。切り離した魔力を、暴走した魔力にぶつける!
――散!
印を組み、箒に宿っていたまばゆいばかりの魔力を放出する。
間近でぶつかり合う二つの力。激しい爆発を生じて光となる。
その衝撃は魔理沙とパチュリーの二人を地上へ向けて一気に叩き落す。
声すら出さずひっしとしがみつくパチュリー。
苦々しく眼下の地表を見つめる魔理沙。
どんどん小さく、弱くなっていく森羅結界の輝き。
頼む、あと少しだけ持ってくれ――!
しかし思いに反して無情にも森羅結界の力は弱まっていき、小さくなっていく、が、
「な……に?」
ぽぅっ、とぼんやりした輝きが、結界を包んでいき――――
そして二人は、すさまじい爆煙をあげて、地面に叩きつけられた。
もくもくと立ち込める煙。
しばらくは雪ごとその空間を覆っていたが、やがて中から断ち割れていくように消えていく。
その中心に、二人の少女が転がっていた。
魔理沙が、パチュリーを抱きかかえるような格好で倒れていたのだ。
まるで夢を見ているような表情で、唇を震わしながらパチュリーはゆっくりと言葉をつむぐ。
「どう……して……。わたしは……あなたを、殺そうとしたのに……」
「痛ッ! ――できっこないよそんなこと。だって、パチュリーから感じていたのは、決して
憎しみみたいなものじゃなかったからな。
それに――私は、パチュリーのことを選んではやれないけど……傷つけたかったわけじゃ、
ないからさ……」
沈みがちに言うその言葉に、パチュリーは表情をはっとさせる。
潤んだ瞳は今にも雫が零れ落ちそうになって……目の前の魔理沙が、霞んで見えて。
お互いに言葉が続かない、そんな空間。
そこに気配が立ち込めた。
二人同時に視線を向ける。
その先にいるのは、
「小悪魔……」
紫色の魔女のすぐそばにいつも控えた、赤い髪の使い魔。
着てきたコートは脱いで片腕に下げ、もう片方の手で傘を、ひとつだけさしていた。
「行ってください、魔理沙さん。貴女には行くべきところがあるでしょう?」
「……ああ」
スッ、と立ち上がって、魔理沙は小悪魔のそばへと歩み寄っていく。
「さっき助けてくれたの、お前だったんだな……サンキュ」
「私はパチュリー様をお助けしただけ。ただそれだけですよ」
表情を一切変えることなく小悪魔は答える。魔理沙は肩をすくめて、そうか、とだけ短く言った。
それからパチュリーのほうを振り向いて、ごめんな、と言うと、再び箒に跨って、しんしんと
降り続ける雪の空に飛び去っていった。
それを見届けてから、小悪魔はゆっくりとパチュリーのそばへと近づいていく。
地面に突っ伏すようにしている主人のすぐ目の前に立つと、腕に下げたコートを傘を持ったまま
器用に広げて、そっと背中にかけていく。
そして、傘を傾けてパチュリーを包む。
濡れないように、風邪を引かないように。
「お風邪を召します、パチュリー様――」
バンッ!
乾いた音とともに、小悪魔の手から傘が跳ね飛ばされる。
地面を向いたまま、パチュリーが払いのけるようにして腕を振り払ったのだ。
小悪魔の表情が、一瞬だけとてつもなく悲しいものに変わる。でもそれは、本当に瞬く間に
浮かんでは消えて、すぐに表情を戻して、手から落ちた傘を拾う。
もう一度、そっと、傘を傾けてパチュリーを包み込む。
今度は言葉はなかった。
跳ね除けられることもなかった。
その代わり――
パチュリーが、ぎゅっ、としがみついてきた。
小悪魔の背中に腕を回して、強く、強く力を込めて、抱きしめていた。
痛いだろうに、それでも小悪魔は穏やかな表情をして、そっとパチュリーを抱きしめ返した。
柔らかで綺麗な長い髪をなでると、腕の中から嗚咽が漏れてくる。
泣いていた。気丈な彼女が、溜め込んでいた分、目いっぱい泣いた。
「しばらく……こうさせていて頂戴」
「お気の済むまで……私にこうしていられることが、慰めになるのなら……」
絶え間なく零れ落ちる涙を受け止めながら、小悪魔は暖かくパチュリーを包み込んでいた。
舞い降る雪に、同じ傘の下に二人、それはほんのりと、優しい空間を醸し出していた。
Finale:銀色の夢~StarlightMagic!! and Melty...~
聖夜を雪が白く染め上げている。
ホワイトクリスマス。それは幻想的な夢。
なのにその雪は今、七色を真っ白に埋め尽くして、凍りつかせようとしていた。
約束の時間なんてとうの昔に過ぎて、もう何年も前のことのように思える。
アリスの顔に生気はなかった。
虚ろな表情を浮かべて、ガラス玉のような目にはぼんやりと何かが映っている。
魔理沙と一緒にいた楽しかった思い出、とか。
――あったっけ、そんなの。
魔理沙の笑ってる、顔とか。
――きっとそれは、私に向けられたものじゃなかったのよ。
魔理沙が優しくしてくれたこと、とか。
――誰にだってしてあげることは、決して特別じゃない。
つめたい雪が、アリスからぬくもりを奪っていった。
心の中の、大切なあったかさを、すべて。
オルゴールは鳴り響かない。凍り付いて、動かなくなってしまっている。
夢、見てたのかな……
こごえた唇からは、言葉は出てこないけれど。
からっぽのアリスに、そんな想いが過ぎる。
もしも、全てが夢だったなら。
それはなんて滑稽な夢なんだろう。
偶然、出会って、思いっきり、きっと勘違いしてた。
ずっと、信じていた。
重なり合った偶然は、きっと運命みたいなものなんだ、って。
魔理沙が、それを信じさせてくれたのに。
ぜんぶ、性質の悪い冗談だったとしたら。
なんてひどい悪夢なんだろう。そんなひどい夢、早く覚めてほしい。
魔界で出会ったのも、それから追いかけていったことも、魔法の森で出会ったことも、
終わらない冬に春をめぐって出会ったことも、それから――
永夜に夢幻の、無限の光を織り成したことも。
全部夢なんだから、忘れちゃえ。おかあさん、はやく起こして……
でもあの笑顔が忘れられないから、何よりも眩しくて真っ直ぐな輝きがずっと離れないから。
そうじゃなかったら、どうしてこんなに惹かれたりするだろう。
忘れられるわけがない。夢だったなんて思いたくない!
信じていたい……来てくれるって。
つめたいよ……あたためてほしいよ……
かわいらしい唇が、ゆっくりと、今にも霞んでしまいそうな声で、大切なひとの名を呼ぶ。
「魔理沙――――!」
「呼んだか?」
――――えっ?
幻聴を聞いたのかと思った。でも、ぱっと顔を上げて、その声のしたほうへ目を向ける。
そこに、黒白のサンタクロースがいた。
アリスだけの、恋の魔法をプレゼントしてくれる、魔砲使いが。
「それにしても、ほんといつもいつも魔理沙魔理沙って言うのな、お前。結局私がいなきゃ
なーんもできないんじゃないか」
「っるさいわねっ……こんなに……遅れてきたくせに……!」
目にいっぱい涙を含んで、でも出てくるのは結局、いつものように憎まれ口。
「お? さっきまで死にそうな顔してたのに、元気じゃないか。なんだ、演技だったのか」
「そんなわけないでしょっ……ほんとに、さむくて、こごえそうだったんだから……っ!」
噛み付くような言葉は、けれど語尾がかすれてしまう。
もう、ずっと心の中に秘めてきた気持ちを、抑えきれなかった。
凍えて萎縮してしまった足を、ふらふらと懸命に前に出して、駆け寄ろうとして。
でもその前に、魔理沙が駆け寄って、抱きしめてくれた。
「さむ……かったよ……魔理沙……!」
「遅れてごめんな……アリス……」
さむくて、つめたくて、ひとりぼっちでこごえていた少女は、やっとぬくもりを取り戻した。
ぽろぽろと零れ落ちる涙は、雪をも溶かすぐらいに、熱く濡れていて。
・
・
・
しんしんと降り続く白い雪。
絶え間なく、今も空いっぱいに広がっている。
静かな聖夜を冷たく彩るその妖精たち。
舞いめぐるそのふもとには、二人の少女がたたずんでいる。
ぴったりとくっついて、寄り添いあうようにして並んでいた。
「なあ、アリス」
「うん?」
「その、さむく……ないか?」
様子を伺うようにして訊く魔理沙に、アリスはいつになく素直に微笑んだ。
「さっきまでは、そりゃあさむかったけど……」
「けど?」
鸚鵡返しに聞き返すと、アリスははにかんで、けれどゆっくりと言葉を続ける。
「今は、魔理沙といるから……さむくないよ」
「――――」
あまりにも恥ずかしいことを素面で言われて、魔理沙は火がついたように顔を赤くしてしまう。
「お前……よくそんなこと素で言えるな」
「あは……あんたにいじわるしてやったのよ。遅れてきた罰」
「ちぇ、それじゃさっきの言葉は嘘なんだな?」
わざとぷぅっと頬を膨らますと、
「ううん、嘘じゃないよ……ほらっ」
じゃれあうようにして、抱きついてくる。
「わ、おい、よせって……!」
「あはは、魔理沙ってあったか――」
暖かいね、とそう言おうとして、アリスはやっと気付いた。
魔理沙の服が、いたるところ焼け焦げたり、切り裂かれたりしていることに。
「魔理沙……これ……」
「いい、何も言うな。私は……ちゃんと今、アリスのそばにいるから……」
しかしそれを制して、魔理沙はアリスの手をそっと握りしめた。
アリスは言葉を続けようとして、けれどゆっくりと口を閉ざしていくと、
「うん、そうだね……」
短く、それだけを言った。抱きしめる腕に、そっと力を込めて。
「もっと早くこれればよかったんだけどな……そうしたら、いろんなところにつれていって
やったり、おいしいものを食べに行ったりしたんだけどな……」
予定されていたはずの楽しい一日を思い、魔理沙は残念そうにして言う。
けれどアリスは、そっと首を左右に振った。
「私も、はじめはそう思っていたけど……でも今は、魔理沙がちゃんと来てくれたから、
こうしていられるだけでもいいかな、ってそう思ってるよ」
耳元で小さくささやきかけると、魔理沙は一瞬ぼうっとした顔をして。
それはすぐに穏やかな表情へと変わって、こくんとうなずいた。
何か言おうとして、唇が動くけれど……でも、何も出てこなかった。
きっと、そんなもの必要なかったから。
「そうだアリス。クリスマスプレゼント、まだ渡してなかったな」
思い出したように魔理沙が言う。
えっ、とアリスが口に出した時には、もうすでに立ち上がっていた。
「ちょっとここじゃプレゼントできないから、さ」
言いながら、相棒の箒を空に浮かべる。
そしてアリスに向かって優雅に一礼すると、
「ささ、後ろに乗ってくれお姫様」
と、言葉と仕草が妙にアンバランスになってしまった。
それが滑稽で、アリスは思わずぷっ、と吹きだした。
「貴女……言葉と動作が微妙に噛み合ってないわよ?」
「うるさいなぁ、これでいっぱいいっぱいなんだよ」
ぶすっと機嫌悪そうにしてそっぽを向くと、アリスはあははと笑い出した。
「それじゃ、お願いね――いじわるな、魔法使いさん」
「いじわるな、は余計だ」
こんなときにまで、お互いひねくれた言葉しか、出てこないけれど。
「わぁ……」
前から後ろに流れていく風に、アリスは思わずそんな声をあげた。
普段から空を飛んでいるわけだから、空を飛ぶこと自体は日常的なことであり、当たり前のこと
なのだけれど、今はとても新鮮なことに思えた。
「どうした、何か珍しいものでも見えたか?」
「ううん。でも考えてみたら私、魔理沙の後ろに乗せてもらうの、多分はじめてなんじゃ
ないかな、って。だから新鮮で」
「あー、そういやそうだったか?」
「そういう機会もなかったから。それに、自分で空を飛べるし。貴女には到底追いつけないけどね」
ちょっぴり自嘲をこめて言うと、魔理沙はハハッ、と軽く笑い飛ばした。
「そのときは、私がお前の腕を引っつかんででも横に並べてやるさ」
くるっと後ろを向いてにやりと笑った魔理沙に、アリスはどきりとしてしまう。
それも一瞬のことで、瞬きする間に、とても柔らかな笑顔を浮かべて、うん、とうなずいた。
箒に乗って見下ろした幻想郷は、いつもとはずっと違って見えた。
目まぐるしく移り行く景色は、自力で飛んでいるときには見られなかったもの。
冷たいとしか思わなかった風をこんなにも気持ちいいと感じるのは、自力で飛んでいる時には
思えなかったこと。
そして――すぐそばに在る、あたたかいもの。
「でも、どうしてプレゼントを渡すのにこんなところまで来る必要があるの? それとも、
私を後ろに乗せてドライブするのがプレゼントなのかしら」
「まさか。霧雨魔理沙のサンタクロースによるプレゼントはこれからだぜ。見てな、
見渡す限りの幻想郷、全部お前にくれてやるぜ!!」
勢いよく啖呵を切った魔理沙は、その手にスペルカードを取り出す。同時に二つ。
「右手より魔法のミルキーウェイ、左手より星屑幻想スターダストレヴァリエ。
星よ、星よ、二つの星めぐり合い、夜空に奇跡を起こせ! 汝は光の妖精。舞い踊り、星影を以て
世界を照らせ!!」
魔理沙の手から二つのスペルカードが切られ、くるくると宙に舞わせる。
二つのカードは砂が崩れ落ちるように光となり、その微細な粒のひとつひとつが星となりて
空いっぱいに広がっていく。
それはまるで、星屑が夜空に渦を巻いているかのように。
渦はどんどん大きくなっていって、やがて幻想郷の空を埋め尽くすぐらいに広がって、
「後は――頼むぜ、相棒。空から星降るとき、聖夜は色鮮やかに輝く――」
気合一発、お姫様を乗せて、魔法使いは箒を思いっきりかっ飛ばす!
「いっけええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
すさまじい勢いで星屑を撒き散らしながら、二人を乗せた箒は螺旋を描くようにさらに
高く高く舞い上がる。
その勢いに吹き飛ばされるようにして、夜空に渦を巻いていた星屑たちが、一斉に幻想郷中に
舞い散っていく。
そして、世界は銀色に染まる――――
・
・
・
――例えば、宵闇の妖怪のところに。
雪ではない、雪と夜空を照らしてきらきら光るそれを、幼子みたいに両手ですくい上げて。
その瞬間に、砂のようにくずれて消えていってしまうけれど。
「……そーなのかー……」
見つめながら、ルーミアは、少しだけさびしそうな顔をして。
――例えば、湖の妖精たちのところに。
「大妖精、星が、星が降ってきてるよ!」
見たこともない光景に、チルノははしゃぎまわっていた。
だけれど声をかけられている大妖精はといえば、そんなありえないはずの光景に唖然としていた。
妖精は自然現象の顕現。ゆえにこそ、決してあるはずのないものを見て、畏怖するのだけれど。
目の前で、こんなにもチルノが楽しそうに踊っているから。
こわばった顔がほぐれていって、笑顔が、こぼれた。
――例えば、門番のところに。
「すごい……きれい……」
聖夜だというのにいつもどおり勤めをこなしていた美鈴の頭上には、一面の銀世界と、そして
星空が広がっていた。
下手に屋内にいなかった分だけ、誰よりも早くその光景を目の当たりにすることができた。
空が光で埋め尽くされたそのときからもう、美鈴の目は釘付けにされていた。
「美鈴、ちょっといい?」
と、不意に後ろから声をかけられた。咲夜が、中から出てきていたのだ。
「お嬢様をお見かけしてない? さっきから見当たらないのだけど」
「いえ、特に外に出られた様子はないですよ?」
「そう……どこに行かれたのかしら。ああ、そうだ」
思い出したように言うと、咲夜はどこからともなく銀のティーポットと、それから紙コップを
取り出した。
「はい、差し入れ。ご苦労様ね、貴女も」
「あ、ありがとうございます。これもお勤めですから。咲夜さんも体を冷やさないうちに中に
戻ってくださいね」
言って、二人は別れた。
咲夜が中に戻っていくのを見届けてから、美鈴は湯気の立つ紅茶を飲んだ。じんわりと
中から温まっていく感覚が、勤めで冷え切った体にしみていった。
――例えば、紅い館の主従のところに。
「お嬢様、こちらにいらしたのですか」
レミリアを探していた咲夜が、テラスに出ている主に声をかけた。そばには妹様も一緒にいた。
外は一面降りしきる雪。そして一緒に、星が歌っている。
「外は冷えますゆえ、中へ。熱い紅茶をお入れしま――」
「いいわ、しばらくここにいる」
咲夜の言葉を制するように、レミリアは強く言った。振り向きもしないで。
はじめてみる雪と、そしてきらきら光る星たちにおおはしゃぎして、おねえさま! としきりに
呼びかけるフランをかまってやりながら、だけれど沈んだ顔をしていた。
「運命の赤い糸がひとつ、結ばれたのね……。咲夜、しばらくしたら、体を冷やした子たちが
帰ってくるわ。温かい湯と、それから食事を用意してあげて頂戴」
「は……かしこまりました」
主命を解せない顔をしながらも、一礼して咲夜は下がっていった。
その後も吸血姫の妹は楽しそうにはしゃぎまわり、姉のほうは数少ない友人を心配していた。
――例えば、冬の使者のところに。
しんしんと舞う雪が気持ちよくて、レティは空をくるくると踊っていた。
そんな折だ。空から星が降ってきたのは。
最初、光る雪かと思ってそっと手を伸ばしてすくいあげてみた。
でもそれは、とてもあたたかくて、けれど触れることかなわず星の砂と消えて。
雪に似て、なのに雪とは違う、その光。
それはきっと、人々の心に残り続けるだろう。
『冬の贈り物』として。
――例えば、式神たちのところに。
「藍さま、藍さま~!」
「どうした橙。そんなにあわてて」
いつになく興奮した様子の橙を、藍はいつもどおり落ち着いて迎える。
「外っ! お星様が、降ってきて!」
「星が? はは、今日は雪が降っているんだぞ、星なんて見えるはずが――」
軽く笑いながら、それでも急かされて仕様がない、と障子を開けて。
絶句した。
空一面、静かに降り続く雪を照らして、星がきらきらと輝いていたのだから。
永く生きてきた藍も初めての光景に思わず見とれ……けれどそれは、残念そうな顔に変わる。
「紫様にも……お見せしたかったな」
そんな言葉は、誰にも聞こえないぐらいに小さく。
「……藍さま?」
「いや、なんでもないよ橙。そう、綺麗だな……」
まだ幼い式神をそっと抱き寄せながら、八雲の式たちはその光景をずっと眺めていた。
――例えば、騒霊たちのところに。
「姉さん、見て見て! 雪が降ってるのに、星が、星が!」
窓に顔を張り付かせて、リリカは姉たちに言う。
「ほんと……雪と星が手を取り合って踊ってるみたいね……」
メルランもまた、きらきらした光景をぽぅっと見つめて言った。
ルナサも、しばらくは妹たちと一緒のじっと見入っていたけれど、やがて何か思い立ったのか、
急に立ち上がった。
「メルラン、リリカ。外に出るよ、二人とも準備しなさい。こんな素敵な踊り手が、夜空を
舞台に踊っているなら……私たちが楽曲を添えないでどうする?」
「そうね、姉さん。……でも、曲目はどうするの?」
「あるがままに演奏すればいいさ。その曲のタイトルはきっと……」
そこでルナサが言葉を区切ると、三姉妹そろってその曲のタイトルを考えていた。
やがて、三人同時に出てきた言葉は――
「「「星屑幻想組曲」」」
――例えば、冥界の主従のところに。
「幽々子様、これは……!?」
縁側で主人のそばに控えていた妖夢は、見たこともないその光景に驚いて緊張した面持ちでいた。
しかし幽々子のほうはといえば、あらあらと口に出したきりで、ただ静かに空を見上げていた。
「雅なものね……雪見酒に、まさか星見酒も楽しめるなんて」
優雅に扇で口元を覆いながら、誰に言うでもなしに言う。
と、唐突にもう片方の手に持っていたお猪口をすっと音もなく妖夢のほうへと差し出す。
「代わりを頂戴、妖夢。それから、こんなにも綺麗な景色を、楽しみもせず堅い顔をしているのは
ダメよ? あるがままに、目の前のものに感じ入りなさい」
「はぁ……」
良くわからない、といった顔で、妖夢は徳利を傾けて酒を注いだ。
亡霊の主従は、ずっと静かにたたずんで、空を見上げていた。
――例えば、妖蟲のところに。
蟲が息を潜めるような寒い季節なのに、くるくると、リグルは空を舞っていた。
同胞たちは今は土の中にあるはずなのに、まるで夏のように、あたり一面を飛び回っている
ように思えてならなかったから。
両手を広げて、自らも光を放ちながら、きらきらした夜空を飛び交う。
「季節外れの――バタフライストーム」
きらきらと、まぶしく光り輝いて。
――例えば、夜雀のところに。
「♪お~ほしさ~ま~き~らきら~、ゆ~き~よ~に~ひ~か~る~♪
……あれ、何か違う?」
気持ちよく歌いながらも何かズレに気付いたのか、ミスティアは顔をしかめてう~んと唸る。
でもやがて開き直ったのか、ぱっちりと目を開けて、歌う姿勢をとる。だって、
「ま、いいや。細かいことは気にしない!
♪き~ら~き~ら~ひ~か~る~、お~そ~ら~の~ほ~し~よ~♪」
こんなにも空が綺麗なのだから――歌わないでいられるわけが、ないじゃない。
――例えば、白沢と蓬莱人のところに。
「慧音、空が……夜なのに、こんなに明るい……」
竹林のあばら家に差し込む光に、妹紅は恍惚とした様子でつぶやいた。
それは慧音とて同じ。今まで見たことのないようなその煌く夜空を見上げて、まるで食い入る
ようにじっと見つめている。
声すら出さないでいる彼女の様子をいぶかしんで、妹紅がその顔を覗き込んだ。
「……慧音?」
「あ、ああ、すまん。こんな空、初めてみたからな……。歴史に残すために、しっかりと
刻んでおいてるんだ」
「そっか。でもね……」
言いながら妹紅は、ふわりと慧音を抱き寄せた。
「今だけは、記録よりも……記憶に残そうよ、二人で」
耳元でささやかれるそんな言葉に、一瞬慧音は目を丸くするけれど。
それ以上は言葉に出さず、二人は身を寄せ合って。
――例えば、永遠の主従のところに。
「師匠、師匠!」
ばたばたと、駆け足で鈴仙は廊下を走っていた。
廊下に出て空を見上げていた永琳を見つけると、急ブレーキをかける。
「騒々しいわねウドンゲ。少しは落ち着いたらどうなの」
「これが落ち着いてられますか! 雪が降ってるのに、空に星が……!」
「ええ、綺麗ね。だから貴女も、少し落ち着いて眺めてみたらどう?」
皆まで言わせず、制するようにして言う。呼吸を落ち着かせて、鈴仙はそのそばに座ろうして。
べちゃっ、という音がして、それから広がっていく冷たい感覚。
わなわなと震える鈴仙は振り向くと、その先に主犯であるてゐの姿を捉えた。
「てゐ、待ちなさい!」
結局落ち着くことなく、またドタバタと駆け出していく。
横目に見ながら、永琳はあきれたようにため息をついた。
「あらあら、賑やかね」
不意にころころと笑いながら、輝夜が歩み寄ってきた。
「これは姫、お見苦しいところを」
永琳は姿勢を正してそれを出迎えるが、輝夜は小さく首を振る。
「いいのよ、別に。それよりも、またとないような美しい景色が目の前に広がってるじゃない。
私たちは、それを楽しみましょう。……雪夜に星空を呼ぶなんて難題、思いつきもしなかったわ」
「そうですね……でも、すでに実現してしまった以上、難題ではありませんよ」
「あら、確かにそうね」
言って、永遠を生きる二人はおかしそうに笑いあった。
そして二人の見つめる景色は、あまりにも短い一瞬に煌く、星の輝き。
――例えば、天狗のところに。
「これは……」
窓に映る見たこともない光景に、文はじっと食い入るように見入っていた。
が、突然ぱっと身を翻すと、愛用の机に向かってペンを走らせる。
そこにあったのは書きかけの原稿。だけれどもう、今は用がない。
明日の一面トップは、これで決まり。
『星屑幻想、星と雪が織り成す光のカーテンが幻想郷の聖夜を鮮やかに彩る!』
――例えば、生ける人形のところに。
「そらが……ひかってる……」
まだ生まれて間もない人形の妖怪は、夜なのに光り輝く空を見上げていた。
最初は傍らの人形と一緒にはしゃぎまわっていたけれど、だんだんと勢いをなくして、
やがて止まってしまう。
「スーさんにも……見せたかったのにな」
ぽつりとつぶやいて下を向く。鈴蘭畑であったものは、今は一面の雪に覆われていた。
それでもあきらめきれないのか、さくさくと両手で雪をかきだしていって。
「――――ぁ」
雪の下に、枯れたはずの鈴蘭が一輪、残っていた。
そこに星が一筋、舞い降りていく。
――例えば、四季の花を司るもののところに。
雪月花、という言葉がある。
月夜を雪と花が彩るその光景は、この国で昔から愛されてきた。
なら星は?
舞い降る六花の雫が星の光を照り返したなら。
「…………いいのかしらね、そんな瑣末なこと」
おかしそうに笑って、幽香は踊るようにして辺りを見回す。
そうだ、今は存分に楽しもう。今まで見たことのない花が咲き誇るこの一瞬を。
そこかしこには、雪の華と、光の織り成す華が咲いていた。花を司る彼女にさえ咲かせること
のできない、奇跡の花が。
――例えば、閻魔と死神のところに。
「お疲れ様です、映姫様」
小町がお茶を持って執務室に入ってきた。それを受け取った映姫は短くありがとう、と言った。
「こんな日まで精が出ますね、ほんと……」
「仕方がありません、勤めですからね」
「まあそうなんですけど。でもたまには、外、見てみませんか?」
言いながら小町は、カーテンの閉まった部屋の窓を開け放つ。
少し暗かった部屋が、急に明るくなっていく。
「これは――」
「雪見、でも一緒に星まで楽しめるなんてこと、そうめったにあるもんじゃないですよ。
こんな日ぐらい……ゆっくりしませんか」
そう言って席を勧める小町は、いつの間にか酒とグラスを二つ、用意していた。
本当、こういうことばっかり手際がいいんだから。映姫はそう思わずにはいられなかったけれど。
「そうね……いただこうかしら」
いつになく表情を緩めて、映姫はグラスに小町の注ぐ酒を受けた。
そして響く、静かな乾杯の音。
――例えば、博麗の巫女のところに。
「これは……魔理沙の仕業ね」
縁側に座って、霊夢はじっとしんしんと舞い降る星と雪を見つめていた。
雪夜に星空を煌かせるなんてそんなとんでもない発想をして、しかもそれを実行できるぐらいの
魔力を持ち合わせているのなんて、幻想郷広しといえども魔理沙しかいない。
手にした湯飲みの熱いお茶を飲んで内側から温まりながら、ほぅっ、と息をつく。
「粋なことするじゃないの、アイツも」
そっと手を伸ばして、舞い降る妖精のような星と雪をすくいあげる。
雪は霊夢の手で溶けて、星は砂のようにさらさらと光の粒になっていってしまうけれど。
――そして、紫色の魔女のところにも。
「パチュリー様、これは……」
星と雪でいっぱいになったあたり一面を見回して、あっけにとられたようにして小悪魔が言う。
同じ傘の下で、しっかりと主人を包み込んで。
じっ…と見とれていたパチュリーだったけれど、やがてその顔を儚げにしてうつむかせて。
「魔理沙……」
瞑った目から、雫が一筋零れ落ちて。
それは流れ星のように、パチュリーの頬を伝う。
小悪魔は複雑そうに表情を変える。それを表すかのように、主人を抱く手にこめる力を強くした。
・
・
・
その日、幻想郷の大地が輝いた。
森も、山も、川も、谷も、その全てをクリスマスツリーにして、星たちは優しく降り立っていく。
舞い降る星は大きな大きなツリーのイルミネーションとなって光り輝く。
そして、しんしんと雪は降り続ける。
ゆらゆらと、静かに舞い降りていき、そして星影に出会う。
六花の雫はそれを照り返して、夜空を銀色に輝かせる。
聖夜の幻想郷にまぶしいぐらいに煌いて。
星空と雪。決して一緒に在ることのできないその二つの煌きが、冷たく澄んだ夜空にワルツを
踊り、織り成すは銀色の夢。
「すごい……。幻想郷が……輝いてる……!!」
「へへ、どうだすごいだろ。どんなプレゼントもなんかしっくりこなかったからさ。
それに、どうせなら……とびっきりスケールの大きいプレゼントを、したかったんだ」
自慢げに、でもちょっぴり恥ずかしそうにして、魔理沙が胸を張った。
大成功のプレゼント。ずっとずっと、アリスに会えなくても、がんばって準備した甲斐があった。
そんな想いがうれしくて。
アリスが向けた笑顔は、新雪よりも無垢な、満面の笑顔。
思わず魔理沙がときめいてしまうぐらい、可憐で。
「気に入ってもらえたなら、その……うれしい、ぜ?」
顔が赤くなって真正面を向けなくなって、それがおかしくて、アリスはくすっと笑った。
「何あがっちゃってるのよ、もう。そうだ……私からも、プレゼントをお返ししないとね。
魔理沙がこんな素敵なプレゼントをしてくれたんだから、とびっきりのを贈ってあげないと」
口元に手を当ててうーんと考え込むアリス。その視線は銀色に輝く空へと向けられている。
やがてこれと決めたのか、表情がぱぁっと冴え渡り、印を組み、呪文を紡ぐ。
「光よ、光よ、遥けき空にかかる虹の煌きとなりて、大空にカーテンを引け」
アリスの手にほのかな光が生まれ、それはゆっくりと空へと上っていく。
光はどんどんと、見えなくなるまで高く高く舞い上がっていって――
空に、光の織り成す虹色のカーテンが懸かる。
見渡す限りの空一面に、幾重にも織り成しては消え、消えては生まれる虹の煌き。
「これは……夜空に、虹が……!!」
「極寒の地に懸かる光のカーテン――オーロラを模してみたのよ。極光、とも言うのだけどね。
でもこれは、私一人じゃできない魔法よ。魔理沙が先に、星を降らしてくれたから……。
言うなればこの魔法は、私と貴女で織り成した、二人の魔法よ」
アリスの言葉が、魔理沙に響く。
二人で織り成した魔法。その言葉には、覚えがあるから。
とびっきりの勘違いをするきっかけ。それを信じていたのは、私だけじゃなかったんだ……
不意にアリスが箒から離れて、ふわりと宙に浮かんだ。
そのやわらかい仕草は、妖精のように。
「魔理沙……踊ろう?」
振り向いて手を伸ばして、誘いかける。
突然のことに一瞬戸惑いを見せる魔理沙だけれど、すぐににこりと笑うと、
「お受けするぜ、お姫様」
その手を、しっかりと握り締めた。
伝わってくるぬくもりに、アリスは微笑む。
「ありがとう……恋の、魔法使いさん」
虹のカーテンを天幕に。
星が彩る幻想郷を舞台に。
そして、舞い降る雪を花に添えて。
アリスが踊る。
ずっと、その隣を一緒に飛んでみたいと思っていたひとのそばで。
魔理沙が舞う。
遠いところへ向けて、無限の世界を織り成していけると信じさせてくれた人のそばで。
触れ合うようにしては離れ、離れてはまた寄り添うようにして宙に遊ぶ。
あのオルゴールそのままに。
七色の女の子と、黒白の女の子が、聖夜を舞台に舞いめぐる。
奇跡が起こるような、そんな星空の下で……魔理沙とアリスは、同じ道を、飛翔(ある)いて。
魔理沙がアリスの手をつかむ。
その手をすっと引き寄せると、箒の後ろに乗せる。
「魔理沙……来てくれるって、信じてたよ」
「私も……アリスが、待っててくれてるって、信じてた」
寄り添いあう二人。
だけれど不意に……ぷいっとアリスは顔を背けた。
「でも、魔理沙は約束の時間に思いっきり遅れてくるし。体の芯から手足の先も、それに……
心まで、雪に埋もれてこごえてしまいそうになったわ。それでも……待ってたんだからね」
「あー、だからそれは悪かったって。仕方なかったんだよ」
「言い訳はいいわ。でも、ちゃんと来てくれたから――――」
そむけた顔を正面に向ける。
不機嫌そうな顔は一瞬にして消え、そこにあるのは、いたずらっぽい微笑み。
「キスしてくれたら、許してあげる」
「なっ!?」
完全な不意打ちを喰らってもろに驚いた魔理沙だけれど。
すぐ目の前には、目を閉じてじっと待っているアリスがいて。
ため息ひとつついて、しょうがないな、と肩を抱き寄せて――――
空に光る星たちに抱かれながら。
舞い降る雪の冷たさを、二人寄り添いあって暖めあいながら。
これからも二人の光は、まぶしいぐらいに煌いて、無限の世界を織り成していくだろう。
オルゴールの音色は鳴り響く。
夜は長い。まだきっと、始まったばかりだから。
さあ、聖夜に舞い踊れ――――星屑幻想。
~Fin~
先に前二作品からお読みください。
Chapter8:決着
全身から力が抜けていく。
冷え切った空気がまとわりついて、身体がこわばっていく。
悪いなアリス……約束、守れそうにない。
きっとこの寒い中、待ち合わせ時間のずっと前から待っているだろうに……
落下していきながらわずかに唇が動くも、魔理沙のそんな思いは声にならず……
かはっ、と苦しげな息が、変わりに真っ白に吐き出されていった。
ヒュウゥゥゥ……という風を切る音だけが耳に入る。
それから、暗いはずの視界に広がっていくいくつもの光景。
ああ、まずいなこれは――口には出ないが、魔理沙はそう思わずにはいられなかった。
それは、俗に走馬灯と言われるものに違いなかったから。
魔界に本格的に進入して、最初に出会ったのがアリスだった。
もっとも、魅魔の教えを受けていた魔理沙にとって、特に負けるとも思えなかったのだが。
魔界人にとっては、人間に生意気と思われたことが、ひどく癇に障ったらしい。
それを見た魔理沙が意地悪をしないはずがない。
試してみる? ――そう言ってやったら、案の定乗ってきた。
わかりやすいな、と思った。
本人は一生懸命なんだろうけど、感情が表に出てきやすい。
きっと、幸せに育ったんだろうな。
家元と不仲の魔理沙にとって、そう思えることが、なんとなくうらやましかった。
魔界から戻ってしばらくすると、もう一度アリスが勝負を挑んできた。
懲りないやつだな。
軽く苦笑した。でも、心のどこかでは、うれしかったのかもしれない。
アリスは人間ではないけれど……でも、当時の魔理沙の周囲の中では、誰よりも人間らしい
ところがあったから。
うんと背伸びして、遠いところを目指して、目いっぱい手を伸ばして……
そんなヤツが、自分を追いかけてきたことが。
追いつけ、追い越せと一生懸命走ってきたことが。
もしかしたら、初めてなんじゃないかな、と思う。
いつも背中しか見えなかった霊夢とは違う――きっと、初めて真横に並んだひと。
それからまた時が流れて、魔法の森でばったり出くわしたときは内心驚いた。
でも、同じように驚いて呆けているアリスを見たら――どうしても、意地悪してやろう、って
魔理沙の中の蟲が疼いた。
それにしてもいつ見てもきらびやかな服装をしてる。魔女たるもの黒白が正装だ、を旨に
している自分とはまるで正反対だった。
自然に口から『七色馬鹿』って出てくると、見る見るうちにアリスの顔が真っ赤になっていった。
必死に冷静さを保とうとしているけども、怒っているのがはっきりとわかる。
ほんっとからかい甲斐があるな、と思わずにはいられなかった。
本人は隠そうとしているのに、見え見えなのがおかしくてしょうがなかったから。
こいつといたら、飽きないだろうな。
そんな言葉が一瞬、魔理沙の脳裏をよぎった。
いつもいつも良くまぁ顔をあわせればケンカをするものだと思う。
終わらない冬に春を探していたときも、つかめない妖霧の正体を突き止めようとしていたときも。
でもそのクセに……何かといえば魔理沙魔理沙ってうるさいし。
結局いつだって、そばにいる。
――私がいてほしいときは、いつも。
お互い素直じゃないから、すぐ突っかかるし、口を開けばケンカばかり。
時々鬱陶しいと思うこともある。
でも、あんなヤツ、なんて言ったって、終わってみればそばにいる。
出てくる言葉とは正反対に、そこにいてくれると落ち着いてくる。
いやむしろ……しっくりくる、というべきなのかもしれない。
霊夢とは違う。誰からも離れた霊夢は、誰とも織り交ざらない。
パチュリーでも違う。パチュリーにとって魔理沙は、閉ざされた世界においては決して
知りえない不思議な人。いうなれば、幼い少女の思い描く、憧れ。
アリスは――人間と妖怪、流れていく速度の違う存在同士でありながら、それでも魔理沙の
翔け抜けていく速さに精一杯あわせてついてきてくれる。
遠い所を目指したって、たどり着ける。二人でなら、きっと。
一人でいるよりもずっと広い世界を、二人で織り成していける。
あの輝きが、それを信じさせてくれたから。
いてほしいときにそばにいてくれた彼女がともに織り成してくれたあの煌きが。
それなのに今、私ときたら無様に落下中か。
自分からアリスを誘っておいて、それでいて約束も守れないんじゃ世話ないな。
しかも、パチュリーにひっぱたかれてサヨウナラか。我ながら情けないぜ
まあ、こんな大遅刻したんじゃ……ぷんすか腹立てて、もう帰っちゃったかな……寒いし。
いくらなんでもこんな雪が降りまくってる寒い夜に、馬鹿みたいに待ち続けてるわけが――――
(魔理沙…………)
キラリ。闇に光る白い輝き。零れ落ちる六花の雫。
――――本当に、そう思うのか?
アリスは絶対に待ち続けてる。
だってそうだろう? いつだって魔理沙魔理沙って、……人がいなきゃなーんにもできない
んだ、アイツは。
例えるなら……ひとりぼっちでふるえている、ウサギにも似ている。
強がりで、高慢で、だのに……ホントは、誰よりもさびしがりやで。
本当に帰っちゃうようなタマか? そんなわけない。
きっと待ってる……この雪の中、ひとりぼっちで、ずっと!
ひとりきりでふるえながら、今にも死んでしまいそうにさびしそうな顔をして!
アイツをこのままこごえさせていてどうする!
このまま、終われるはずがない!
逆さまになった天地。 ――私はまだ落下している。
風を切る音。 ――私はまだ耳が聞こえている。
勢いよく下から上に流れていく視界。 ――私にはまだ目が見えている。
止め、刺されてない。いや、『刺せなかった』のか。
できるはずがない。
今のパチュリーは……初めて抱いた想いの強さに振り回されて、それを御する術を知らないだけ。
心を支配している昏い炎の正体は……それは、魔理沙を好きという思いの、裏返し。
燃やし尽くせば尽くすほど、空っぽになっていくのはパチュリー自身。
このまま堕ちてしまえば、アリスはおろかパチュリーさえも泣かせてしまう。
だから、死んでしまえるはずがない。このまま、みんな泣かせてたまるか!
この手には……まだ、相棒がいる。
この私を幻想郷で最速にしてくれる、私だけの翼が。
――――呼んでる。
まだ飛べるから、思いっきり鞭をくれって。
ああ、行こうぜ。
待っててくれるひとがいる。そのひとのところへ行くために――
もう一度飛べ、恋の翼!!
地に堕ちていく流れ星が、逆さまに天へと翔け上る。
たくさんの星を雪の中に撒き散らしながら。
恋心の転じた昏い炎にパチュリーを燃やし尽くさせないために。
そして、待っていてくれると信じているアリスのところへ行くために!!
「そんな……まだ生きていた……の……?」
渦巻き立ち上るその流星を眼下に見、パチュリーの目が大きく見開かれ、その小柄な体が
小刻みに震える。
けれどそれは、驚きというよりは歓喜にも似ている。
第一、あの程度で魔理沙が死ぬなんて本当に思っていた?
どんな不可能だって可能にしてきた、太陽みたいに強く眩しい彼女が。
だったらいつもみたいにしっかり止めを刺せばよかったのに。
――本当に、それを望んでいたの?
「わたし、は……」
両の手で頭を抱え、激しく息を切らすパチュリー。小さな女の子がいやいやをするようにして
激しく首をふる。
「パチュリイィィィィィィ!!」
激しくその名前を叫んで翔け上ってくる魔理沙。
閉ざされた世界を照らす輝きを、その目に灯して。
さっきまではどんな形であれ、自分を見つめてくれればそれがうれしかった。
その一瞬だけ、昏い炎がふっと消えた。
でも今は――こわい。
「――――ッ!」
悲鳴にも近い叫び声をあげて、四方に光条を放つ。
空を薙ぎ払うその一閃を、魔理沙は螺旋を描くようにしてかわす。
そして一気に空を翔け上って――
二人は、すぐ間近に対峙した。
レーザーが来る。そう読んだパチュリーは高速で水玉を大量にばら撒く。
光線であるなら、水の弾幕によって歪められるからだ。そうすることで無力化できる。
だが、魔理沙の放ったのは無数の星型弾幕だった。
この近距離でぶつかり合う両者の弾幕。
炸裂する爆発にパチュリーは吹っ飛ばされる。
声にならない悲鳴。
痛みにつぶってしまいそうになる目を必死に開けて、迫り来る魔理沙を見つめる。
望んだとおり、パチュリーのことを見てくれているのに……なのに、怖い。
どうして、なんだろう……そう思う間もなく、恋の魔法使いは距離を詰めてくる。
その手を、ぐっと伸ばしてくる。
思わず、つかみそうになって……ふらふらと、手を伸ばして――
激しく、拒絶した。
瞬間、水と風が折り重なり、冷たい空気に晒されて氷の嵐となって魔理沙に襲い掛かる。
至近距離まで迫っていた魔理沙は、避ける間も無くその直撃を受ける。
まるで冬の山のような吹雪は、パチュリーの叫びそのもの。
流されていく魔理沙。奔流に押し流されながらも、胸に手を伸ばし、八卦炉を取り出す。
それをゆっくりと天へ向け、放つは特大の閃光。
立ち上る極大魔法。全てを吹き飛ばす無情の輝き。
嵐ごとき目じゃないその圧倒的なパワーに水の精霊も風の精霊もなすすべなく吹き飛ばされ
霧散して消え失せる。
余韻を残してりんと消える魔砲の光。嵐の吹き飛んだ後には何も残らず。
ただ、隙間を埋めていくかのように、再び白い雪が舞いめぐる。
二人の距離は20メートルほど。再び、間合いが開いた。
魔理沙は衣服のいたるところが弾幕によって破け、またサイレントセレナによるダメージも大きい。
しかしその一方――長時間の激しい戦闘を、しかも外で繰り広げてきたパチュリーもまた、
大きく息をついていた。限界が近かった。
お互いに後がない。決着は、もうすぐ目の前にある。
「もうよせ、パチュリー。これ以上やったらお前自身が危ないぞ」
「いやよ……だって、そうしたら貴女はアリスのところへ行くんでしょう? それは嫌。
おねがい、どこにもいかないで……」
「それはできない。私は……アリスを、待たせてるからな。行ってやらなきゃ。きっと、
さむさにこごえて、震えてるに違いない。あいつを、さびしがらせたくないんだ」
「そんなに……アリスのことがいいの? 私のそばにはいてくれないの? 私だって、こんなに
苦しいのに……貴女にいてほしいのに……!」
「ひとは二人のひとを同時には好きになれないよ。言ったろ? 私は――
アリスにとんでもない勘違いをしている。だから、アリスに恋をしているんだって」
パチュリーのかすれるようなその叫びを、だけれど魔理沙は静かにかわす。
まるで、突きつけられたナイフを、指でそっと押し戻していくかのように。
しん、と静まり返った。嵐の前の静けさのように、不気味なぐらいに。
――それはきっと
「…………してあげる」
「えっ?
――燃え盛る昏い太陽の予兆。
「消してあげる、私の全力で、この世界からも、私の記憶からも全て!!」
「なっ……!?」
それはあまりにも巨大な炎。日輪の力を顕現した、七曜最強の魔法。
放たれれば敵を焼き尽くすまで止まらない、パチュリーの最終奥義。
回避など考えるだけ無意味。そこに逃げ場などあるはずがない。
空間全てを埋め尽くす、まばゆいばかりの輝き。
魔理沙の頬を冷や汗が一筋伝う。
最悪の切り札を切ってこられた。逃れることも、避けることもかなわない。
手には彼女にとっての切り札がある。恋の魔砲を放つ、龍の口が。
全身全霊、最後の魔砲をぶっ放せば、あるいは貫けるかもしれない。
しかし、それを打てば、パチュリーは……
――――くいっ。
不意に、魔理沙の手が引っ張られた、ような気がした。
えっ、と声に出して、手元に視線を向ける。そこにあるのは、彼女の翼。
パチュリーと二人で改造した、魔理沙だけの翼。
一瞬驚いた魔理沙だったけれど、その顔はだんだんと緩んでいった。
――そっか、ありがとうな、相棒!
「今ならまだ……止められるわ。お願いだからあきらめて、魔理沙。もういやなの、
貴女のことを傷つけるのも、こんな風に胸が苦しいのも……!!」
パチュリーは、目にいっぱいの涙を含んで、消え入りそうに弱々しい声で呼びかける。
今にも決壊しそうな陽光の堤防を、想いの土嚢を積んで防ごうとしている。
想いが反転して、殺したいほど、消し去りたいほどに昏い炎が燃え上がったけれど……
でも、それは決して、本当の望みではないから……
けれど、それでも魔理沙は。
「忘れたのかパチュリー。私を止めることなんて誰にもできない。私を縛めることなんて
誰にもできやしない! だから私は行く、私の――大切なひとのところに」
決して、自分を曲げたりなんてしないから。
それがトリガー。引き裂くような叫び声がパチュリーの可憐な唇から響いて――
天の光が ――『日符
空ごと ―― ロイヤル
落ちてくる!! ―― フレア!!』
ひどくスローモーションで流れてくるその光景。
絶体絶命、逃れる術のない状況。
暗い雪の夜空を、昏く輝く焦熱の光が薙ぎ払う。
迫り来る無情の太陽を前に、魔理沙は右手に持った八卦炉を――
胸に、しまった。
今パチュリーにしてやらなければいけないのは、打ち抜くことじゃない。
それなら、打つべき手は切り札じゃない。
奥の手だ。
箒は言う。
私は貴女の翼。貴女を遮るものなんて何もない。
思うままに飛べ。それがどれだけ強大な力であろうとも真っ向正面から立ち向かって。
そして、待ってくれている人のところへ舞い降りよう。
できるはずさ。アイツに素敵な夢を魅せるために、強くなった今のお前なら。
太陽の光だって突き抜けられる。
だから、一緒に行こうぜ、相棒。 ――跨る箒に活を入れよう。
どこまでも、一瞬に煌く閃光のように! ――疾風怒濤、どこまでだって翔け抜けるために!
今、魔理沙は ――『彗星
夜空に煌く星になる!! ―― ブレイジングスター!!』
無数の星を撒き散らして、それはあまりにも眩しすぎる閃光。
誰をも魅了してやまない、その真っ直ぐな一閃。
雪の夜空に煌いた彗星が、迷うことなく昏い太陽めがけて飛び込んで、
――そして、飲み込まれた。
それを、呆然としながらパチュリーは見つめていた。
小刻みに震える身体。それは、自らのしたことを悔いる気持ち?
それもあるのかもしれない。パチュリーが、ほんとうに望んでいたことは……魔理沙を、
消してしまうことなんかじゃなかったから。
だけれど、今彼女を震わしている思いは、後悔なんかじゃない。
それは――おびえ。
例えるなら、しかられる直前の、幼い少女のような。
絶対無敵の、太陽の力――だった。それはとうの昔に、過去形にされてしまった。
目の前の、眩しいばかりの、本当の太陽を持った人間によって。
知っていた。
――空を埋め尽くす昏い太陽が揺らぐ。
こんなことで魔理沙を止められるはずがないって。
――揺らぎはやがて一点の黒点に変わる。
だからこわかった。
――黒点はやがて影を形作っていき。
会えなくなってしまうかもしれないこと。嫌われるんじゃないかって。
――その影は、どんどん色濃くなっていく。
「ぁ……ぁ……っ」震える声に含むのは、歓喜とおびえ。
――影はもう、はっきりと、人の形を作って。
「パチュリイイイイイイィィィィィィィィィィ!!!!」
まるで龍が天へと吼えるかのように響き渡る声とともに昏い太陽を突き抜ける。
何よりも強く、眩しく、そして真っ直ぐに、その疾風は怒涛のように押し寄せて。
ただ一筋、パチュリーのところへと翔け抜ける!!
「あ……あ……」
ただ呆然とそれを見つめて。その目は大きく見開かれ、口はわずかに開いたまま。
震えはやがて大きくなり、おびえに可憐な顔が歪んでいって……
「いやああああああああああああああああああああああっ!!!!」
張り裂けるような叫び声とともに、強い魔力が集束していく。
がむしゃらに、わけもわからず、子供が暴れるかのように。
「チッ、この……馬ッ鹿あああああああああああああああああああああ!!!!」
舌打ちして、叱り飛ばすようにして言う魔理沙。
怒ったようなその顔が、だけれど次の瞬間驚愕に染まる。
パチュリーが、激しく咳き込んでしまったから。
限界が来ていたのだ。もうすでに、こころも、からだも。
苦しそうに空中でうずくまるパチュリー。
しかし制御を離れた魔力は、怒り狂ってその力を変貌させていく。
術者に仇なす魔物となって。
「くっ……気合入れろブレイジングスター! 絶対に間に合わせろ!!」
強く思念という名の鞭を飛ばし、より一層速く箒を飛翔させる。
さよならするように、あきらめきった顔をしているパチュリーのところへと。
暴走した魔力が魔物の牙となって、術者を食いちぎる――――
その一瞬前に。
魔理沙の手が、パチュリーをしっかりと抱きとめた。
「え……!?」
「しっかりつかまってろ! ちょっとばっかし痛い思いさせちまうけど我慢してくれよ!」
片腕でパチュリーをつかみながら、魔理沙はスペルを展開する。
それはひとつではない。二つのスペルを、同時に。
同時詠唱開始。
森羅結界発動。優しい光の結界が二人を包み込む。
彗星術式解除、魔力の放出開始。切り離した魔力を、暴走した魔力にぶつける!
――散!
印を組み、箒に宿っていたまばゆいばかりの魔力を放出する。
間近でぶつかり合う二つの力。激しい爆発を生じて光となる。
その衝撃は魔理沙とパチュリーの二人を地上へ向けて一気に叩き落す。
声すら出さずひっしとしがみつくパチュリー。
苦々しく眼下の地表を見つめる魔理沙。
どんどん小さく、弱くなっていく森羅結界の輝き。
頼む、あと少しだけ持ってくれ――!
しかし思いに反して無情にも森羅結界の力は弱まっていき、小さくなっていく、が、
「な……に?」
ぽぅっ、とぼんやりした輝きが、結界を包んでいき――――
そして二人は、すさまじい爆煙をあげて、地面に叩きつけられた。
もくもくと立ち込める煙。
しばらくは雪ごとその空間を覆っていたが、やがて中から断ち割れていくように消えていく。
その中心に、二人の少女が転がっていた。
魔理沙が、パチュリーを抱きかかえるような格好で倒れていたのだ。
まるで夢を見ているような表情で、唇を震わしながらパチュリーはゆっくりと言葉をつむぐ。
「どう……して……。わたしは……あなたを、殺そうとしたのに……」
「痛ッ! ――できっこないよそんなこと。だって、パチュリーから感じていたのは、決して
憎しみみたいなものじゃなかったからな。
それに――私は、パチュリーのことを選んではやれないけど……傷つけたかったわけじゃ、
ないからさ……」
沈みがちに言うその言葉に、パチュリーは表情をはっとさせる。
潤んだ瞳は今にも雫が零れ落ちそうになって……目の前の魔理沙が、霞んで見えて。
お互いに言葉が続かない、そんな空間。
そこに気配が立ち込めた。
二人同時に視線を向ける。
その先にいるのは、
「小悪魔……」
紫色の魔女のすぐそばにいつも控えた、赤い髪の使い魔。
着てきたコートは脱いで片腕に下げ、もう片方の手で傘を、ひとつだけさしていた。
「行ってください、魔理沙さん。貴女には行くべきところがあるでしょう?」
「……ああ」
スッ、と立ち上がって、魔理沙は小悪魔のそばへと歩み寄っていく。
「さっき助けてくれたの、お前だったんだな……サンキュ」
「私はパチュリー様をお助けしただけ。ただそれだけですよ」
表情を一切変えることなく小悪魔は答える。魔理沙は肩をすくめて、そうか、とだけ短く言った。
それからパチュリーのほうを振り向いて、ごめんな、と言うと、再び箒に跨って、しんしんと
降り続ける雪の空に飛び去っていった。
それを見届けてから、小悪魔はゆっくりとパチュリーのそばへと近づいていく。
地面に突っ伏すようにしている主人のすぐ目の前に立つと、腕に下げたコートを傘を持ったまま
器用に広げて、そっと背中にかけていく。
そして、傘を傾けてパチュリーを包む。
濡れないように、風邪を引かないように。
「お風邪を召します、パチュリー様――」
バンッ!
乾いた音とともに、小悪魔の手から傘が跳ね飛ばされる。
地面を向いたまま、パチュリーが払いのけるようにして腕を振り払ったのだ。
小悪魔の表情が、一瞬だけとてつもなく悲しいものに変わる。でもそれは、本当に瞬く間に
浮かんでは消えて、すぐに表情を戻して、手から落ちた傘を拾う。
もう一度、そっと、傘を傾けてパチュリーを包み込む。
今度は言葉はなかった。
跳ね除けられることもなかった。
その代わり――
パチュリーが、ぎゅっ、としがみついてきた。
小悪魔の背中に腕を回して、強く、強く力を込めて、抱きしめていた。
痛いだろうに、それでも小悪魔は穏やかな表情をして、そっとパチュリーを抱きしめ返した。
柔らかで綺麗な長い髪をなでると、腕の中から嗚咽が漏れてくる。
泣いていた。気丈な彼女が、溜め込んでいた分、目いっぱい泣いた。
「しばらく……こうさせていて頂戴」
「お気の済むまで……私にこうしていられることが、慰めになるのなら……」
絶え間なく零れ落ちる涙を受け止めながら、小悪魔は暖かくパチュリーを包み込んでいた。
舞い降る雪に、同じ傘の下に二人、それはほんのりと、優しい空間を醸し出していた。
Finale:銀色の夢~StarlightMagic!! and Melty...~
聖夜を雪が白く染め上げている。
ホワイトクリスマス。それは幻想的な夢。
なのにその雪は今、七色を真っ白に埋め尽くして、凍りつかせようとしていた。
約束の時間なんてとうの昔に過ぎて、もう何年も前のことのように思える。
アリスの顔に生気はなかった。
虚ろな表情を浮かべて、ガラス玉のような目にはぼんやりと何かが映っている。
魔理沙と一緒にいた楽しかった思い出、とか。
――あったっけ、そんなの。
魔理沙の笑ってる、顔とか。
――きっとそれは、私に向けられたものじゃなかったのよ。
魔理沙が優しくしてくれたこと、とか。
――誰にだってしてあげることは、決して特別じゃない。
つめたい雪が、アリスからぬくもりを奪っていった。
心の中の、大切なあったかさを、すべて。
オルゴールは鳴り響かない。凍り付いて、動かなくなってしまっている。
夢、見てたのかな……
こごえた唇からは、言葉は出てこないけれど。
からっぽのアリスに、そんな想いが過ぎる。
もしも、全てが夢だったなら。
それはなんて滑稽な夢なんだろう。
偶然、出会って、思いっきり、きっと勘違いしてた。
ずっと、信じていた。
重なり合った偶然は、きっと運命みたいなものなんだ、って。
魔理沙が、それを信じさせてくれたのに。
ぜんぶ、性質の悪い冗談だったとしたら。
なんてひどい悪夢なんだろう。そんなひどい夢、早く覚めてほしい。
魔界で出会ったのも、それから追いかけていったことも、魔法の森で出会ったことも、
終わらない冬に春をめぐって出会ったことも、それから――
永夜に夢幻の、無限の光を織り成したことも。
全部夢なんだから、忘れちゃえ。おかあさん、はやく起こして……
でもあの笑顔が忘れられないから、何よりも眩しくて真っ直ぐな輝きがずっと離れないから。
そうじゃなかったら、どうしてこんなに惹かれたりするだろう。
忘れられるわけがない。夢だったなんて思いたくない!
信じていたい……来てくれるって。
つめたいよ……あたためてほしいよ……
かわいらしい唇が、ゆっくりと、今にも霞んでしまいそうな声で、大切なひとの名を呼ぶ。
「魔理沙――――!」
「呼んだか?」
――――えっ?
幻聴を聞いたのかと思った。でも、ぱっと顔を上げて、その声のしたほうへ目を向ける。
そこに、黒白のサンタクロースがいた。
アリスだけの、恋の魔法をプレゼントしてくれる、魔砲使いが。
「それにしても、ほんといつもいつも魔理沙魔理沙って言うのな、お前。結局私がいなきゃ
なーんもできないんじゃないか」
「っるさいわねっ……こんなに……遅れてきたくせに……!」
目にいっぱい涙を含んで、でも出てくるのは結局、いつものように憎まれ口。
「お? さっきまで死にそうな顔してたのに、元気じゃないか。なんだ、演技だったのか」
「そんなわけないでしょっ……ほんとに、さむくて、こごえそうだったんだから……っ!」
噛み付くような言葉は、けれど語尾がかすれてしまう。
もう、ずっと心の中に秘めてきた気持ちを、抑えきれなかった。
凍えて萎縮してしまった足を、ふらふらと懸命に前に出して、駆け寄ろうとして。
でもその前に、魔理沙が駆け寄って、抱きしめてくれた。
「さむ……かったよ……魔理沙……!」
「遅れてごめんな……アリス……」
さむくて、つめたくて、ひとりぼっちでこごえていた少女は、やっとぬくもりを取り戻した。
ぽろぽろと零れ落ちる涙は、雪をも溶かすぐらいに、熱く濡れていて。
・
・
・
しんしんと降り続く白い雪。
絶え間なく、今も空いっぱいに広がっている。
静かな聖夜を冷たく彩るその妖精たち。
舞いめぐるそのふもとには、二人の少女がたたずんでいる。
ぴったりとくっついて、寄り添いあうようにして並んでいた。
「なあ、アリス」
「うん?」
「その、さむく……ないか?」
様子を伺うようにして訊く魔理沙に、アリスはいつになく素直に微笑んだ。
「さっきまでは、そりゃあさむかったけど……」
「けど?」
鸚鵡返しに聞き返すと、アリスははにかんで、けれどゆっくりと言葉を続ける。
「今は、魔理沙といるから……さむくないよ」
「――――」
あまりにも恥ずかしいことを素面で言われて、魔理沙は火がついたように顔を赤くしてしまう。
「お前……よくそんなこと素で言えるな」
「あは……あんたにいじわるしてやったのよ。遅れてきた罰」
「ちぇ、それじゃさっきの言葉は嘘なんだな?」
わざとぷぅっと頬を膨らますと、
「ううん、嘘じゃないよ……ほらっ」
じゃれあうようにして、抱きついてくる。
「わ、おい、よせって……!」
「あはは、魔理沙ってあったか――」
暖かいね、とそう言おうとして、アリスはやっと気付いた。
魔理沙の服が、いたるところ焼け焦げたり、切り裂かれたりしていることに。
「魔理沙……これ……」
「いい、何も言うな。私は……ちゃんと今、アリスのそばにいるから……」
しかしそれを制して、魔理沙はアリスの手をそっと握りしめた。
アリスは言葉を続けようとして、けれどゆっくりと口を閉ざしていくと、
「うん、そうだね……」
短く、それだけを言った。抱きしめる腕に、そっと力を込めて。
「もっと早くこれればよかったんだけどな……そうしたら、いろんなところにつれていって
やったり、おいしいものを食べに行ったりしたんだけどな……」
予定されていたはずの楽しい一日を思い、魔理沙は残念そうにして言う。
けれどアリスは、そっと首を左右に振った。
「私も、はじめはそう思っていたけど……でも今は、魔理沙がちゃんと来てくれたから、
こうしていられるだけでもいいかな、ってそう思ってるよ」
耳元で小さくささやきかけると、魔理沙は一瞬ぼうっとした顔をして。
それはすぐに穏やかな表情へと変わって、こくんとうなずいた。
何か言おうとして、唇が動くけれど……でも、何も出てこなかった。
きっと、そんなもの必要なかったから。
「そうだアリス。クリスマスプレゼント、まだ渡してなかったな」
思い出したように魔理沙が言う。
えっ、とアリスが口に出した時には、もうすでに立ち上がっていた。
「ちょっとここじゃプレゼントできないから、さ」
言いながら、相棒の箒を空に浮かべる。
そしてアリスに向かって優雅に一礼すると、
「ささ、後ろに乗ってくれお姫様」
と、言葉と仕草が妙にアンバランスになってしまった。
それが滑稽で、アリスは思わずぷっ、と吹きだした。
「貴女……言葉と動作が微妙に噛み合ってないわよ?」
「うるさいなぁ、これでいっぱいいっぱいなんだよ」
ぶすっと機嫌悪そうにしてそっぽを向くと、アリスはあははと笑い出した。
「それじゃ、お願いね――いじわるな、魔法使いさん」
「いじわるな、は余計だ」
こんなときにまで、お互いひねくれた言葉しか、出てこないけれど。
「わぁ……」
前から後ろに流れていく風に、アリスは思わずそんな声をあげた。
普段から空を飛んでいるわけだから、空を飛ぶこと自体は日常的なことであり、当たり前のこと
なのだけれど、今はとても新鮮なことに思えた。
「どうした、何か珍しいものでも見えたか?」
「ううん。でも考えてみたら私、魔理沙の後ろに乗せてもらうの、多分はじめてなんじゃ
ないかな、って。だから新鮮で」
「あー、そういやそうだったか?」
「そういう機会もなかったから。それに、自分で空を飛べるし。貴女には到底追いつけないけどね」
ちょっぴり自嘲をこめて言うと、魔理沙はハハッ、と軽く笑い飛ばした。
「そのときは、私がお前の腕を引っつかんででも横に並べてやるさ」
くるっと後ろを向いてにやりと笑った魔理沙に、アリスはどきりとしてしまう。
それも一瞬のことで、瞬きする間に、とても柔らかな笑顔を浮かべて、うん、とうなずいた。
箒に乗って見下ろした幻想郷は、いつもとはずっと違って見えた。
目まぐるしく移り行く景色は、自力で飛んでいるときには見られなかったもの。
冷たいとしか思わなかった風をこんなにも気持ちいいと感じるのは、自力で飛んでいる時には
思えなかったこと。
そして――すぐそばに在る、あたたかいもの。
「でも、どうしてプレゼントを渡すのにこんなところまで来る必要があるの? それとも、
私を後ろに乗せてドライブするのがプレゼントなのかしら」
「まさか。霧雨魔理沙のサンタクロースによるプレゼントはこれからだぜ。見てな、
見渡す限りの幻想郷、全部お前にくれてやるぜ!!」
勢いよく啖呵を切った魔理沙は、その手にスペルカードを取り出す。同時に二つ。
「右手より魔法のミルキーウェイ、左手より星屑幻想スターダストレヴァリエ。
星よ、星よ、二つの星めぐり合い、夜空に奇跡を起こせ! 汝は光の妖精。舞い踊り、星影を以て
世界を照らせ!!」
魔理沙の手から二つのスペルカードが切られ、くるくると宙に舞わせる。
二つのカードは砂が崩れ落ちるように光となり、その微細な粒のひとつひとつが星となりて
空いっぱいに広がっていく。
それはまるで、星屑が夜空に渦を巻いているかのように。
渦はどんどん大きくなっていって、やがて幻想郷の空を埋め尽くすぐらいに広がって、
「後は――頼むぜ、相棒。空から星降るとき、聖夜は色鮮やかに輝く――」
気合一発、お姫様を乗せて、魔法使いは箒を思いっきりかっ飛ばす!
「いっけええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
すさまじい勢いで星屑を撒き散らしながら、二人を乗せた箒は螺旋を描くようにさらに
高く高く舞い上がる。
その勢いに吹き飛ばされるようにして、夜空に渦を巻いていた星屑たちが、一斉に幻想郷中に
舞い散っていく。
そして、世界は銀色に染まる――――
・
・
・
――例えば、宵闇の妖怪のところに。
雪ではない、雪と夜空を照らしてきらきら光るそれを、幼子みたいに両手ですくい上げて。
その瞬間に、砂のようにくずれて消えていってしまうけれど。
「……そーなのかー……」
見つめながら、ルーミアは、少しだけさびしそうな顔をして。
――例えば、湖の妖精たちのところに。
「大妖精、星が、星が降ってきてるよ!」
見たこともない光景に、チルノははしゃぎまわっていた。
だけれど声をかけられている大妖精はといえば、そんなありえないはずの光景に唖然としていた。
妖精は自然現象の顕現。ゆえにこそ、決してあるはずのないものを見て、畏怖するのだけれど。
目の前で、こんなにもチルノが楽しそうに踊っているから。
こわばった顔がほぐれていって、笑顔が、こぼれた。
――例えば、門番のところに。
「すごい……きれい……」
聖夜だというのにいつもどおり勤めをこなしていた美鈴の頭上には、一面の銀世界と、そして
星空が広がっていた。
下手に屋内にいなかった分だけ、誰よりも早くその光景を目の当たりにすることができた。
空が光で埋め尽くされたそのときからもう、美鈴の目は釘付けにされていた。
「美鈴、ちょっといい?」
と、不意に後ろから声をかけられた。咲夜が、中から出てきていたのだ。
「お嬢様をお見かけしてない? さっきから見当たらないのだけど」
「いえ、特に外に出られた様子はないですよ?」
「そう……どこに行かれたのかしら。ああ、そうだ」
思い出したように言うと、咲夜はどこからともなく銀のティーポットと、それから紙コップを
取り出した。
「はい、差し入れ。ご苦労様ね、貴女も」
「あ、ありがとうございます。これもお勤めですから。咲夜さんも体を冷やさないうちに中に
戻ってくださいね」
言って、二人は別れた。
咲夜が中に戻っていくのを見届けてから、美鈴は湯気の立つ紅茶を飲んだ。じんわりと
中から温まっていく感覚が、勤めで冷え切った体にしみていった。
――例えば、紅い館の主従のところに。
「お嬢様、こちらにいらしたのですか」
レミリアを探していた咲夜が、テラスに出ている主に声をかけた。そばには妹様も一緒にいた。
外は一面降りしきる雪。そして一緒に、星が歌っている。
「外は冷えますゆえ、中へ。熱い紅茶をお入れしま――」
「いいわ、しばらくここにいる」
咲夜の言葉を制するように、レミリアは強く言った。振り向きもしないで。
はじめてみる雪と、そしてきらきら光る星たちにおおはしゃぎして、おねえさま! としきりに
呼びかけるフランをかまってやりながら、だけれど沈んだ顔をしていた。
「運命の赤い糸がひとつ、結ばれたのね……。咲夜、しばらくしたら、体を冷やした子たちが
帰ってくるわ。温かい湯と、それから食事を用意してあげて頂戴」
「は……かしこまりました」
主命を解せない顔をしながらも、一礼して咲夜は下がっていった。
その後も吸血姫の妹は楽しそうにはしゃぎまわり、姉のほうは数少ない友人を心配していた。
――例えば、冬の使者のところに。
しんしんと舞う雪が気持ちよくて、レティは空をくるくると踊っていた。
そんな折だ。空から星が降ってきたのは。
最初、光る雪かと思ってそっと手を伸ばしてすくいあげてみた。
でもそれは、とてもあたたかくて、けれど触れることかなわず星の砂と消えて。
雪に似て、なのに雪とは違う、その光。
それはきっと、人々の心に残り続けるだろう。
『冬の贈り物』として。
――例えば、式神たちのところに。
「藍さま、藍さま~!」
「どうした橙。そんなにあわてて」
いつになく興奮した様子の橙を、藍はいつもどおり落ち着いて迎える。
「外っ! お星様が、降ってきて!」
「星が? はは、今日は雪が降っているんだぞ、星なんて見えるはずが――」
軽く笑いながら、それでも急かされて仕様がない、と障子を開けて。
絶句した。
空一面、静かに降り続く雪を照らして、星がきらきらと輝いていたのだから。
永く生きてきた藍も初めての光景に思わず見とれ……けれどそれは、残念そうな顔に変わる。
「紫様にも……お見せしたかったな」
そんな言葉は、誰にも聞こえないぐらいに小さく。
「……藍さま?」
「いや、なんでもないよ橙。そう、綺麗だな……」
まだ幼い式神をそっと抱き寄せながら、八雲の式たちはその光景をずっと眺めていた。
――例えば、騒霊たちのところに。
「姉さん、見て見て! 雪が降ってるのに、星が、星が!」
窓に顔を張り付かせて、リリカは姉たちに言う。
「ほんと……雪と星が手を取り合って踊ってるみたいね……」
メルランもまた、きらきらした光景をぽぅっと見つめて言った。
ルナサも、しばらくは妹たちと一緒のじっと見入っていたけれど、やがて何か思い立ったのか、
急に立ち上がった。
「メルラン、リリカ。外に出るよ、二人とも準備しなさい。こんな素敵な踊り手が、夜空を
舞台に踊っているなら……私たちが楽曲を添えないでどうする?」
「そうね、姉さん。……でも、曲目はどうするの?」
「あるがままに演奏すればいいさ。その曲のタイトルはきっと……」
そこでルナサが言葉を区切ると、三姉妹そろってその曲のタイトルを考えていた。
やがて、三人同時に出てきた言葉は――
「「「星屑幻想組曲」」」
――例えば、冥界の主従のところに。
「幽々子様、これは……!?」
縁側で主人のそばに控えていた妖夢は、見たこともないその光景に驚いて緊張した面持ちでいた。
しかし幽々子のほうはといえば、あらあらと口に出したきりで、ただ静かに空を見上げていた。
「雅なものね……雪見酒に、まさか星見酒も楽しめるなんて」
優雅に扇で口元を覆いながら、誰に言うでもなしに言う。
と、唐突にもう片方の手に持っていたお猪口をすっと音もなく妖夢のほうへと差し出す。
「代わりを頂戴、妖夢。それから、こんなにも綺麗な景色を、楽しみもせず堅い顔をしているのは
ダメよ? あるがままに、目の前のものに感じ入りなさい」
「はぁ……」
良くわからない、といった顔で、妖夢は徳利を傾けて酒を注いだ。
亡霊の主従は、ずっと静かにたたずんで、空を見上げていた。
――例えば、妖蟲のところに。
蟲が息を潜めるような寒い季節なのに、くるくると、リグルは空を舞っていた。
同胞たちは今は土の中にあるはずなのに、まるで夏のように、あたり一面を飛び回っている
ように思えてならなかったから。
両手を広げて、自らも光を放ちながら、きらきらした夜空を飛び交う。
「季節外れの――バタフライストーム」
きらきらと、まぶしく光り輝いて。
――例えば、夜雀のところに。
「♪お~ほしさ~ま~き~らきら~、ゆ~き~よ~に~ひ~か~る~♪
……あれ、何か違う?」
気持ちよく歌いながらも何かズレに気付いたのか、ミスティアは顔をしかめてう~んと唸る。
でもやがて開き直ったのか、ぱっちりと目を開けて、歌う姿勢をとる。だって、
「ま、いいや。細かいことは気にしない!
♪き~ら~き~ら~ひ~か~る~、お~そ~ら~の~ほ~し~よ~♪」
こんなにも空が綺麗なのだから――歌わないでいられるわけが、ないじゃない。
――例えば、白沢と蓬莱人のところに。
「慧音、空が……夜なのに、こんなに明るい……」
竹林のあばら家に差し込む光に、妹紅は恍惚とした様子でつぶやいた。
それは慧音とて同じ。今まで見たことのないようなその煌く夜空を見上げて、まるで食い入る
ようにじっと見つめている。
声すら出さないでいる彼女の様子をいぶかしんで、妹紅がその顔を覗き込んだ。
「……慧音?」
「あ、ああ、すまん。こんな空、初めてみたからな……。歴史に残すために、しっかりと
刻んでおいてるんだ」
「そっか。でもね……」
言いながら妹紅は、ふわりと慧音を抱き寄せた。
「今だけは、記録よりも……記憶に残そうよ、二人で」
耳元でささやかれるそんな言葉に、一瞬慧音は目を丸くするけれど。
それ以上は言葉に出さず、二人は身を寄せ合って。
――例えば、永遠の主従のところに。
「師匠、師匠!」
ばたばたと、駆け足で鈴仙は廊下を走っていた。
廊下に出て空を見上げていた永琳を見つけると、急ブレーキをかける。
「騒々しいわねウドンゲ。少しは落ち着いたらどうなの」
「これが落ち着いてられますか! 雪が降ってるのに、空に星が……!」
「ええ、綺麗ね。だから貴女も、少し落ち着いて眺めてみたらどう?」
皆まで言わせず、制するようにして言う。呼吸を落ち着かせて、鈴仙はそのそばに座ろうして。
べちゃっ、という音がして、それから広がっていく冷たい感覚。
わなわなと震える鈴仙は振り向くと、その先に主犯であるてゐの姿を捉えた。
「てゐ、待ちなさい!」
結局落ち着くことなく、またドタバタと駆け出していく。
横目に見ながら、永琳はあきれたようにため息をついた。
「あらあら、賑やかね」
不意にころころと笑いながら、輝夜が歩み寄ってきた。
「これは姫、お見苦しいところを」
永琳は姿勢を正してそれを出迎えるが、輝夜は小さく首を振る。
「いいのよ、別に。それよりも、またとないような美しい景色が目の前に広がってるじゃない。
私たちは、それを楽しみましょう。……雪夜に星空を呼ぶなんて難題、思いつきもしなかったわ」
「そうですね……でも、すでに実現してしまった以上、難題ではありませんよ」
「あら、確かにそうね」
言って、永遠を生きる二人はおかしそうに笑いあった。
そして二人の見つめる景色は、あまりにも短い一瞬に煌く、星の輝き。
――例えば、天狗のところに。
「これは……」
窓に映る見たこともない光景に、文はじっと食い入るように見入っていた。
が、突然ぱっと身を翻すと、愛用の机に向かってペンを走らせる。
そこにあったのは書きかけの原稿。だけれどもう、今は用がない。
明日の一面トップは、これで決まり。
『星屑幻想、星と雪が織り成す光のカーテンが幻想郷の聖夜を鮮やかに彩る!』
――例えば、生ける人形のところに。
「そらが……ひかってる……」
まだ生まれて間もない人形の妖怪は、夜なのに光り輝く空を見上げていた。
最初は傍らの人形と一緒にはしゃぎまわっていたけれど、だんだんと勢いをなくして、
やがて止まってしまう。
「スーさんにも……見せたかったのにな」
ぽつりとつぶやいて下を向く。鈴蘭畑であったものは、今は一面の雪に覆われていた。
それでもあきらめきれないのか、さくさくと両手で雪をかきだしていって。
「――――ぁ」
雪の下に、枯れたはずの鈴蘭が一輪、残っていた。
そこに星が一筋、舞い降りていく。
――例えば、四季の花を司るもののところに。
雪月花、という言葉がある。
月夜を雪と花が彩るその光景は、この国で昔から愛されてきた。
なら星は?
舞い降る六花の雫が星の光を照り返したなら。
「…………いいのかしらね、そんな瑣末なこと」
おかしそうに笑って、幽香は踊るようにして辺りを見回す。
そうだ、今は存分に楽しもう。今まで見たことのない花が咲き誇るこの一瞬を。
そこかしこには、雪の華と、光の織り成す華が咲いていた。花を司る彼女にさえ咲かせること
のできない、奇跡の花が。
――例えば、閻魔と死神のところに。
「お疲れ様です、映姫様」
小町がお茶を持って執務室に入ってきた。それを受け取った映姫は短くありがとう、と言った。
「こんな日まで精が出ますね、ほんと……」
「仕方がありません、勤めですからね」
「まあそうなんですけど。でもたまには、外、見てみませんか?」
言いながら小町は、カーテンの閉まった部屋の窓を開け放つ。
少し暗かった部屋が、急に明るくなっていく。
「これは――」
「雪見、でも一緒に星まで楽しめるなんてこと、そうめったにあるもんじゃないですよ。
こんな日ぐらい……ゆっくりしませんか」
そう言って席を勧める小町は、いつの間にか酒とグラスを二つ、用意していた。
本当、こういうことばっかり手際がいいんだから。映姫はそう思わずにはいられなかったけれど。
「そうね……いただこうかしら」
いつになく表情を緩めて、映姫はグラスに小町の注ぐ酒を受けた。
そして響く、静かな乾杯の音。
――例えば、博麗の巫女のところに。
「これは……魔理沙の仕業ね」
縁側に座って、霊夢はじっとしんしんと舞い降る星と雪を見つめていた。
雪夜に星空を煌かせるなんてそんなとんでもない発想をして、しかもそれを実行できるぐらいの
魔力を持ち合わせているのなんて、幻想郷広しといえども魔理沙しかいない。
手にした湯飲みの熱いお茶を飲んで内側から温まりながら、ほぅっ、と息をつく。
「粋なことするじゃないの、アイツも」
そっと手を伸ばして、舞い降る妖精のような星と雪をすくいあげる。
雪は霊夢の手で溶けて、星は砂のようにさらさらと光の粒になっていってしまうけれど。
――そして、紫色の魔女のところにも。
「パチュリー様、これは……」
星と雪でいっぱいになったあたり一面を見回して、あっけにとられたようにして小悪魔が言う。
同じ傘の下で、しっかりと主人を包み込んで。
じっ…と見とれていたパチュリーだったけれど、やがてその顔を儚げにしてうつむかせて。
「魔理沙……」
瞑った目から、雫が一筋零れ落ちて。
それは流れ星のように、パチュリーの頬を伝う。
小悪魔は複雑そうに表情を変える。それを表すかのように、主人を抱く手にこめる力を強くした。
・
・
・
その日、幻想郷の大地が輝いた。
森も、山も、川も、谷も、その全てをクリスマスツリーにして、星たちは優しく降り立っていく。
舞い降る星は大きな大きなツリーのイルミネーションとなって光り輝く。
そして、しんしんと雪は降り続ける。
ゆらゆらと、静かに舞い降りていき、そして星影に出会う。
六花の雫はそれを照り返して、夜空を銀色に輝かせる。
聖夜の幻想郷にまぶしいぐらいに煌いて。
星空と雪。決して一緒に在ることのできないその二つの煌きが、冷たく澄んだ夜空にワルツを
踊り、織り成すは銀色の夢。
「すごい……。幻想郷が……輝いてる……!!」
「へへ、どうだすごいだろ。どんなプレゼントもなんかしっくりこなかったからさ。
それに、どうせなら……とびっきりスケールの大きいプレゼントを、したかったんだ」
自慢げに、でもちょっぴり恥ずかしそうにして、魔理沙が胸を張った。
大成功のプレゼント。ずっとずっと、アリスに会えなくても、がんばって準備した甲斐があった。
そんな想いがうれしくて。
アリスが向けた笑顔は、新雪よりも無垢な、満面の笑顔。
思わず魔理沙がときめいてしまうぐらい、可憐で。
「気に入ってもらえたなら、その……うれしい、ぜ?」
顔が赤くなって真正面を向けなくなって、それがおかしくて、アリスはくすっと笑った。
「何あがっちゃってるのよ、もう。そうだ……私からも、プレゼントをお返ししないとね。
魔理沙がこんな素敵なプレゼントをしてくれたんだから、とびっきりのを贈ってあげないと」
口元に手を当ててうーんと考え込むアリス。その視線は銀色に輝く空へと向けられている。
やがてこれと決めたのか、表情がぱぁっと冴え渡り、印を組み、呪文を紡ぐ。
「光よ、光よ、遥けき空にかかる虹の煌きとなりて、大空にカーテンを引け」
アリスの手にほのかな光が生まれ、それはゆっくりと空へと上っていく。
光はどんどんと、見えなくなるまで高く高く舞い上がっていって――
空に、光の織り成す虹色のカーテンが懸かる。
見渡す限りの空一面に、幾重にも織り成しては消え、消えては生まれる虹の煌き。
「これは……夜空に、虹が……!!」
「極寒の地に懸かる光のカーテン――オーロラを模してみたのよ。極光、とも言うのだけどね。
でもこれは、私一人じゃできない魔法よ。魔理沙が先に、星を降らしてくれたから……。
言うなればこの魔法は、私と貴女で織り成した、二人の魔法よ」
アリスの言葉が、魔理沙に響く。
二人で織り成した魔法。その言葉には、覚えがあるから。
とびっきりの勘違いをするきっかけ。それを信じていたのは、私だけじゃなかったんだ……
不意にアリスが箒から離れて、ふわりと宙に浮かんだ。
そのやわらかい仕草は、妖精のように。
「魔理沙……踊ろう?」
振り向いて手を伸ばして、誘いかける。
突然のことに一瞬戸惑いを見せる魔理沙だけれど、すぐににこりと笑うと、
「お受けするぜ、お姫様」
その手を、しっかりと握り締めた。
伝わってくるぬくもりに、アリスは微笑む。
「ありがとう……恋の、魔法使いさん」
虹のカーテンを天幕に。
星が彩る幻想郷を舞台に。
そして、舞い降る雪を花に添えて。
アリスが踊る。
ずっと、その隣を一緒に飛んでみたいと思っていたひとのそばで。
魔理沙が舞う。
遠いところへ向けて、無限の世界を織り成していけると信じさせてくれた人のそばで。
触れ合うようにしては離れ、離れてはまた寄り添うようにして宙に遊ぶ。
あのオルゴールそのままに。
七色の女の子と、黒白の女の子が、聖夜を舞台に舞いめぐる。
奇跡が起こるような、そんな星空の下で……魔理沙とアリスは、同じ道を、飛翔(ある)いて。
魔理沙がアリスの手をつかむ。
その手をすっと引き寄せると、箒の後ろに乗せる。
「魔理沙……来てくれるって、信じてたよ」
「私も……アリスが、待っててくれてるって、信じてた」
寄り添いあう二人。
だけれど不意に……ぷいっとアリスは顔を背けた。
「でも、魔理沙は約束の時間に思いっきり遅れてくるし。体の芯から手足の先も、それに……
心まで、雪に埋もれてこごえてしまいそうになったわ。それでも……待ってたんだからね」
「あー、だからそれは悪かったって。仕方なかったんだよ」
「言い訳はいいわ。でも、ちゃんと来てくれたから――――」
そむけた顔を正面に向ける。
不機嫌そうな顔は一瞬にして消え、そこにあるのは、いたずらっぽい微笑み。
「キスしてくれたら、許してあげる」
「なっ!?」
完全な不意打ちを喰らってもろに驚いた魔理沙だけれど。
すぐ目の前には、目を閉じてじっと待っているアリスがいて。
ため息ひとつついて、しょうがないな、と肩を抱き寄せて――――
空に光る星たちに抱かれながら。
舞い降る雪の冷たさを、二人寄り添いあって暖めあいながら。
これからも二人の光は、まぶしいぐらいに煌いて、無限の世界を織り成していくだろう。
オルゴールの音色は鳴り響く。
夜は長い。まだきっと、始まったばかりだから。
さあ、聖夜に舞い踊れ――――星屑幻想。
~Fin~
何度も何度も言ってるように、オイラの穢れた心にゃこの優しき物語は
眩しすぎる。
だけど、それでも、だとしても!
心動かされたから、俺の負け!
眩しい物語をありがとうございました!
幻想郷の皆を美しく見せたユメに素敵な一時を感じさせられました。
……星屑幻想組曲が幻聴させられて良い感じです。
正直このアリスのような甘さはかなり苦手なんですが、それでも十分惹かせられました。
戦闘シーン、心理描写……。
とにかく良いお話でした。
パッチュさんも小悪魔がついていれば大丈夫でしょうきっと。
アリスと魔理沙のお二人の幸せをここに祈らせていただきます。
GJでした。
恋は直球ストレート。下らない変化球など必要なし、というところでしょうか。
ブレイジングスターは強烈ですよね、うん。
辿り着いた先は月でもあり花でもある、と取らせて頂きました。
この欲張りめ!(何)
でも……ごめんなさい、物凄く無粋な突っ込みしちゃいます。
二時半に家を出て、十分の道のりの途中で交戦開始。サイレントセレナ発動前に、約束時間を三十分超過。この時点で五十分経過。
その後撃墜されて……落下中に復帰できたので気絶時間はノーカウント。そこからロイヤルフレア発動後まで戦い続けて、
休憩も入れずに駆けつけ、アリスの元にたどり着けたのは夜。さすがに四時ぐらいでは夜とは言えないので、六時以降と考えるとして。
空中戦では物陰で一息付く事も出来ませんし……会話時間を考慮したとしても、戦い続けるにはちょっと長時間過ぎるかも?
実はパチュリーは時間稼ぎの為に、咲夜さんのカードを拝借して、竜宮城な結界を張っていた? なんて妄想してしまいました~。
ハァハァ・・・・
まさに星屑幻想。最近曇ってばかりの空にもいっちょ頼みます。
GJでした。
直球もここまでくれば素晴らしいですね。
粋な二人と作者様に最大限の感謝を・・・・・
涙が沢山出てくる。
感想がうまく言えなくてこの一言しか書けない自分が恨めしい