(※このお話は、シリーズ『幻想郷年末諸事史』の4番目となっております。)
お茶も滴る素敵な巫女が、猫と狐を埋めている最中。
「―――何だったのかしら?」
「えーと……お茶が呼んでるって何でしょ?」
つい先程の出来事に、目を丸くしている二人組みが居た。
幻想郷における閻魔大王、四季映姫・ヤマザナドゥ。
余程のことが起こったのか、彼女とあろうものが机より身を乗り出し、前方の空間を未だ呆然と眺めている。
その隣に立つはサボタージュ常習死神・小野塚 小町。
手に抱えていたであろう資料は床に散乱し、されど驚きに身を竦めたまま、不動を保っていた。
此処は彼岸の末の地、天国か地獄か、魂達の行方を左右する地獄の沙汰の最前線。
映姫が総責任者を務める『幻想郷閻魔裁判所』―――全く持って面白みの無い名前だが。
「―――こほん!!あー、真に失礼しました、では―――」
ちなみに。
「―――判決・有罪。
これ以上の上告は無く、また、認める事も出来ません」
響き渡る木槌の音の示す通り、法廷中。それも判決の直前であった。
「―――これにて閉廷!!!」
4、割と新顔の話。
「はーっ……あの巫女は何事ですか!?」
閉廷となり、職務から暫しの解放を得た映姫の、休憩室に入っての開口一番。
談話用のテーブル席に音を立てて座り、頭を抱えていた。
「何があったかは知りませんが。まさか法廷内に乱入してくるなどと」
「そもそもどーやって入ってきたんでしょ?」
あたいも許可無く入れないのに、と真剣に思考しながら、対席に座る小町。
口は動かしつつも手も動かし、今回の法廷記録を綴っていく。こういう姿だけを見ると、有能な部下である。
法廷自体は極めて順調、あとは判決と相成るはずだった。
そこへ突然、
『らーららーらーらーー♪―――おや、説教魔とサボり魔』
腰から下が庭師の半分のようになった博麗の巫女が、突然乱入してきたのだ。
しかも続けて、
『あら?早速だけどお茶が私を呼んでるわー。それじゃねー。
―――あ、宴会やってるから全員居るけど、言伝ある?』
と、突然の事に混乱した映姫たちに、親しげに話し掛け、思わず出た映姫からの一言を受け取って
去っていったのであった。
「あ、そうだ、映姫様」
「……何です?」
デスクに肘を突き、何事かをぶつぶつと呟いていた映姫に、小町は確かめたくて仕方が無い疑問があった。
「―――本当に行くんですか?」
そう、乱入した霊夢に対して、映姫は混乱気味の頭で、しかしはっきりとこう応えていた。
『あ、あー……、あ、そうだ。―――私も行きます。到着は正午過ぎになると思います』
『りょーかい。―――やれやれ、早く宴席に戻らなきゃ。―――藍ぁーーーーーんッ!!!』
「ええ、そりゃ行きますよ」
一転して、ニコニコと笑う映姫。―――気持ち悪いなぁ、と小町は思った。
「嬉しいじゃないですか。―――今日は、閻魔にとっても休日、それも祭日ですよ?」
「は?」
厳密には午後からですが、と付け加えられた映姫の一言を、小町は聞き損ねた。
閻魔の休日。それも祭日の。挙句クリスマス。聞いたことが無い。
小町は考える。この数時間、珍しく小町の頭は思考を連続している。サボり魔らしからぬ行いである。
十二月二十四日。そして二十五日。西方のとある聖人の聖誕祭とその前夜―――閻魔とは全く接点が無い。
それを察し、笑顔のまま映姫が問う。
「ハードスケジュールが基本の閻魔の仕事に於いて、何故この日が休日になっているのか、解りますか?」
「うー……、―――すみません、解りません」
よろしい、と映姫は愛用の卒塔婆で手を打つ。やはり笑顔だ。
(映姫様……とてもお疲れなんだなぁ)
先程からの映姫の言動などから、小町はそう思うことにした。失礼千番である。
ならばそれを曇らせてはいけない、と精一杯の笑顔で、目元の涙を隠す。
そんな事にも構わず、映姫は楽しげに続ける。
「十二月二十四日。これは本来、西方の某教の記念日ですが、ここ東方でも
一般的な記念日として扱われ―――記念日ではあっても、休日というわけではありません」
ですが、と。
「きゃん!?」
「唐突ですが小町、サボり常習犯の貴女に、貴女にこそ問います」
―――唐突に、小町の鼻の前に卒塔婆を突きつける。
「四季映姫・ヤマザナドゥの名に於いて、絶対に怒らないと誓います。
―――だから、正直に答えて下さい」
一転して、真剣な眼差しを小町に向ける閻魔。
小町は知っている。つい先程まで、法廷内ではずっとこの目付きだった。
裁判沙汰のとき、この裁判長は対象を必ずこの眼差しで見つめてくる。
そして誰もが思うのだ―――閻魔に嘘は通用しない。
やっぱり怒ってたのかなぁ、と目尻の涙を表に漏らしつつ、頷くしかない死神。
「先ず確認します。普段サボってばかりですね?」
「は、はい。申し訳―――」
「それは後。―――悪く思っていますね?」
「そ、そうでなかったら堂々と休暇取りますって!」
「その休暇ですが。サボり常習の貴女が、有給を取れると思いますか?」
「思ってません!ホントに怒ってませんか!?」
「だから追求は後。―――今後、態度を改めろと言われて、確約できますか?」
「うぐ……確約は出来ません」
会話だけで聞くと、一見いつもの二人そのもの。
「よろしい。良くぞ正直に応えました。―――それを踏まえて本題です」
映姫は目を伏せ、次の問いを紡ぐ。
「それでも―――やはり祭日というのは、穏やかに過ごしたい、と思いますね?」
一瞬の沈黙。
「解答は?」
小町は、
「もっちろん!!」
反射的に、満面の素の笑顔で答えた。
(―――って何素で答えてるのあたいはーーー!!!!?)
もう色々と終わりかもしれない―――と小町が思った時。
「―――正直なのは良い事です。休暇をあげましょう」
「は?」
映姫は満足げな笑みを浮かべ、卒塔婆を引いた。
「―――って、休暇ですかっ!?」
「ええ、それも『暇を出す』とか『永遠の休暇』とかの殺伐としたものではありません。
四季映姫の名に於いて、保証しますよ」
彼女が自分の名に於いて、と言う時、その言葉は真の意味で絶対。
つまりはドッキリでも何でも無く、本当に小町に休暇を出すといっている。
小町がサボタージュ常習であることを承知で、である。
そんなものを聞いたものだから、
「……小町、何ですかその表情は?」
「映姫様―――今まで申し訳ありませんでした」
「え―――きゃあ!?」
小町は、急に映姫に抱きついて、
「御免なさい映姫様ぁ……もぉ、もーー二度とサボりませんからっ、どうか、どうか一歩踏み止まって…
思い留まって下さ―――ぅわーーーーーんえーーーきさまーーーーー!!!」
泣き出し始めた。
「ち、ちょっと小町、何を―――」
「はッ!!?まさか左遷ですか!?それとも弾劾裁判!!?或いは何処か患いましたかッ!!?
あたいのっ!!あたいのせ―――」
咽び泣き、縋りつくように自責を始める小町。
どうも、映姫側に今生の別れの兆しがあったのかという思考に達したらしい。
「はあ―――言いたい事も色々ですが―――」
縋りつかれた映姫は、溜め息と共に卒塔婆を振る。
「ドサクサ紛れに失礼な事を連呼しないで下さいッ!!!」
「はぉうっ」
何処かから卒塔婆が飛来し、絶妙な角度で小町の側頭部を打ち抜いた。
死角からの打撃に、側転気味のヘッドスライディングを観光する小町。
「ぐがはっ!?あ、嗚呼ッ!!?良かった、いつもの映姫様だ!?」
そして壁に激突し、だが何事も無かったように起き上がる。嬉しそうに。
部下のある意味失礼な反応に、
「……そんなに違いますか……」
と上司は額に卒塔婆を当てて項垂れる。
「その様子だと、今の私は、貴女から見て、相当普段とは違う言動をしているようですね」
「え、あ、失礼ですが、ホントに変ですよ!?」
「面と向かって言われると、少し堪えますね……。
―――まあ良いでしょう、実際浮かれているのかもしれません」
咳払いをして、気を持ち直す映姫。
話は戻る。
「先程言いましたね?折角の祭日、出来る事なら休みたい、と」
「そりゃー、一応お祭りですから」
友人知人、家族といった親しい者達と集い、一夜の宴を過ごす。
幻想郷でも、それは共通の認識。
「ではここで気が付いてください。―――そもそも、幻想郷に祭日といえる行事はいくつあります?」
「そんなの、大晦日から三箇日―――」
言われ、丁寧に指折り数えていく小町。
「節分雛祭り他節句と―――あれ?」
途中まで数えて、何かに気付いた。
部下の聡明さに微笑み、しかし映姫は答えを待つ。
実は、数自体は問題ではない。
そう。これらは。
「外の世界のものですよね?―――幻想となってないのに」
幻想郷の祝祭日は、未だ幻想郷が隔絶されなかった頃の名残ではあるが、それ自体は現在の外界でも
形こそ変化しているものの、確かに有効であり、それを口実に休日や宴席などを定めている。
「ええ、更にその過ごし方の典型も、違和感無く我々の中にあります」
つまり。と映姫は卒塔婆で手を打ち、一息。
「それを遵守する、或いはさせる為の基準が存在するのですよ」
「そんな決まり事、誰が決め――――あ!!」
簡単である。幻想郷における『規則』を司るものなど、数える程も無い。
「正解ですよ。外界から持ち込まれた祝祭日の扱いは、当時の博麗と、我々閻魔が定めたのだそうです」
「へー!」
そりゃ初耳です、と感心顔の小町に、
「真偽はわかりませんが」
「は?」
苦笑を返し、部屋の四隅を歩いて回り始める映姫。
「そのときは私も貴女も、幻想郷の管轄ではありませんでしたし、資料もありません。
私はただ、引継ぎの際に聞いただけです」
「資料が無い?」
有り得ない。否、あってはならない事である。
厳格な閻魔の務めにあって、過去の資料が無いなど。
「ただ、行事に関して、幻想郷全体が準拠している現状があるのは確かです。
何より、特に否定する理由も証拠もありません。
よって調査するものも無く、ただ踏襲しているわけです」
納得はいきませんが、と足を止めて映姫は振り返り、眉根を寄せる。
「幻想郷の不思議って奴でさねー」
不思議な事もあるもんだ、と手を組み唸る上司と部下であった。
「あ、待ってください?まだ本題の説明が」
「ええ、これらを踏まえれば、より解りやすいと思ったので」
映姫の卒塔婆が、天井を指す。まるで人差し指のように。
「そして小町、二十四日―――クリスマス・イブとその翌日の本祭、何をすべきだと思いますか?」
「うーん……」
僅かに考える素振りを見せた後、
「たとえば、『隣人を愛せ』?」
某教の基本原則を、小町は解答に選んだ。
その解答に、映姫は大変満足した―――が、敢えて溜め息。
「やれば出来る子なのに、どうして普段はこうも……」
「そんな失敬な、あたいだってやるときゃやりますよ?」
「解っています。―――先程のお返しです」
反論できなくなった小町を尻目に、話は結論へと続く。
「そんなクリスマスですから、外の世界では、家族サービスの日としても有名です。
―――最近は、その光景は幻想となりつつあるそうですが」
何処か感慨深げな映姫の目線に、
「物悲しい話で―――」
小町は同意しかけ―――気付いた。
「そうか!物悲しいから、だからせめて幻想郷では―――」
「今日は実に聡明で、喜ばしい事です」
その解答は、映姫に引き継がれる。
「家族ないし友人、知人。または逆に、新たな出会いの為に。
悲しみを癒し、喜びを確かめ、明日を祈るために。
世界全てに対する縁と、その縁に恵まれた幸いを。
そして、それらの主観である自身を祝い、労う―――。
それが、幻想郷のクリスマスの形だそうです」
だから、と映姫は微笑む。
「クリスマスは知人と過ごせ。穏やかに―――それが、閻魔でさえも遵守すべき善行です」
よって貴女も休暇―――と卒塔婆を小町へ向ける。
その小町もまた、楽しそうに笑う。
「知人―――で、あたいですか?」
「ええ、早速やってもらう事もありますし」
笑みを崩さないままの映姫の一言に、不穏さを感じ、身構える。
「は?残業は勘弁ですよ!!?」
しかし、映姫は
「違いますッ!!!」
『全力で』否定した。
いいですか?と卒塔婆を小町に向ける閻魔。
その瞳には、普段とは違う気迫が灯っていた。
「巫女の様子から察するに、宴会はいま丁度中盤!!
今行かねば『友人知人と親睦を深める』と言うのは難しくなります!
それでは善行に反しますし―――第一、山場を逃しては愉しみも半減ですッ!!!!」
何処ぞの庭師の決め台詞の如く、裁判所全体を揺るがさんばかりの、凄まじい力説。
今日の閻魔は一味違うらしい。―――やはり疲れていたのかもしれない。
「同感でありますッ!マム!」
サボタージュの泰斗も、もはや咎めるものは皆無なのだから、気分も軽く、つい乗ってしまう。
「そこで小町」
「イエス、マム。―――何なりと」
立ち上がっての敬礼。
今のこの二人の信頼は、弾幕結界であっても断絶できまい。
「準備は終えてあります。貴女の力で、私を会場まで送り届けて下さい。『適当に』」
「イエス、マム。『適当に』―――『最速且つ最短』で向かいやしょう」
―――軍用語に於いて、『適当』は『全力』とほぼ同意であると、注記しておく。
一方、閻魔と死神が間も無く三途を漕ぎ出そうしていた頃。
「ま、一応言っておくわ、ありがと」
陰陽玉をひとしきり叩き込んで満足したのか、お茶巫女は茣蓙の上に鎮座し、新たなお茶を啜っていた。
「色々と過剰な反撃の後に言われてもな……まあ、非があるのはこちらだしな」
「ごめんなさーい……」
隣には、鼻の上に張った湿布をさする狐と、頭に無数のたんこぶを作った猫が居た。
「それにしても、今年は富みに凄いな」
狐が指したのは、現状の宴会の光景。
魔法少女たちが色々と終了した光景を展開し、白玉楼の亡霊嬢は酒乱と化し、門番二人はどつき漫才。
永遠亭の面々と蓬莱人、紅魔館の姉妹らは和やかに談笑。
そして空には公開処刑弾幕ショーが展開し、それらをまとめて肴とする天狗と子鬼。
「新参者とか増えたしね」
当たり前といえば当たり前、と変わらぬ態度で語る巫女。なかなかに赴き深い、貴重な姿である。
「おかげで騒がしい話よ。―――あーもー、私も呑もっと。始めておいて良いわよ」
早々に茶を腹に収めて、神酒を品定めに社内へと帰る。
「でも藍様ー?」
「ん?」
自分の湯呑の温度を確認しつつ、猫は上目遣いで主人に問う。
「みーんな変じゃない?」
「そうだな―――うむ、一言で言うなら『らしくない』だな」
特に永遠亭、と主人は湯呑みを傾け、
「そうだ、らしくないといえば、だ。―――霊夢」
「ん?」
何かに気付き、狐は霊夢を呼び止め、
「紫様から冬眠前に預けられていた―――今日になったら、渡せとな」
懐から、やや大きめの封筒を取り出した。
「紫から?予約制の言伝なんて、ホントらしくないわね」
どれ、と封を切り、中の便箋に目を通す。
『この文章を読んでいる頃は、メリークリスマス♪と挨拶すれば丁度良いかもしれないわね。
ともあれ、ご機嫌いかがかしら?そちらではおそらく、いつものように宴会と相成っているでしょうけど、
残念ながら私は今ごろ一人夢の中。だって、冬は寒くて寒くてしょうがないんですもの。
しかし、何もしないで居るのも詰まらなかったので、こちらでいくつか趣向を凝らさせて頂きました。
そのうちの一つとして、私からささやかなクリスマスプレゼントを用意し、この手紙と共に藍に預けました。
気に入っていただけると幸いですわ。―――それでは眠くなってきましたので、また次の春に。
親愛なる博麗の巫女へ(はぁと) 八雲 紫』
「プレゼント?」
「包みの中だそうだ。一体なんだろうな」
「まともなのは期待しないわ―――っと、引っ掛かってた」
出てきたのは、クリスマス用のラッピングがされた、葉書大の何か。
「クリスマスカード?な訳無いわよね」
その正体を確かめるために、霊夢は包みを解いていく。
両側の式神二人は、期待と不安を胸にそれを見つめる。
やがて、最後の包装が剥がされ、出てきたのは――――。
「【式神『八雲藍+』】?」
紫のスペルカード。
藍と橙を同時操作するための律令が組み込まれたものだ。
「なんだってこんなもの渡したのかしら?」
その意図が全く解らず、霊夢はカードをひらひらと返す。
基本的にスペルカードは個人専用。
他人のスペルカードを持っていたとしても、神道や魔法など、規格が異なるため使用できない。
使用するためには、規格の変換を行うか、効果だけを見て複製するしかない。
そしてそのどちらも困難であり、盗作上等の魔砲使いでさえ、相応の労力を払っている。
「私は頼まれただけだからな―――む、霊夢、封筒にまだ何か入っているぞ?」
「あら、まだ入ってたの」
面倒くさげに封筒を振るって、中のものを振るい落とす。
「ほれほれとっとと落ちて来ーい―――っと、出た出た―――ん?」
振るい落とされたのは、一枚の紙片。
霊夢はそれを拾い上げ――――――声を失った。
『年末年始、宴会会場の設置と撤収に追われる巫女さんを想い、
手伝いとしてうちの式神とその式を寄越します。
様々な弊害を防止するために、わざわざスペルも特注しました。―――苦労したのよ?
詳しい説明は、本人に聞いてちょうだいな』
「えーと、何これ?ドッキリ?幻覚?ありえるわね、Phantasmだけに」
「霊夢ー、どーしたの?」
霊夢は目を疑い、何度も目を瞬かせ、頬を抓り、しまいには自分の頭に陰陽玉を落とし―――
「ごぉおおおおおおおおおお……ッ」
「何をやっているんだ?霊夢」
―――悶絶したので、夢ではないらしい―――現実である事を確認する。
すると、変化があったのは、星の出た視界だけではなく。
「あれ?藍様、スペルカードが―――」
霊夢の手の中のスペルカードも、その内容が書き換わっていった。
【博麗式『天狐猫又の契約(本年度版)―年末年始限定出張サービス―』】
「私も愛してるわーーーーーーーッ!!!!紫ーーーーーーーーーッ!!!!!
もー最高ッ!!いままでつれなくして御免なさいねー♪
今度からお酒でも何でも持っていくからッ!!
いやむしろ噛り付くぐらいなら許しちゃうッ(はぁと)!!!!」
この上なく恍惚な表情で、博麗の巫女がシャウト。
スペルカードと手紙に、交互に接吻をするのも忘れていない。お約束である。
その表情のあまりのカミングアウト振りたるや、宴会が静まり返り、全員の目線が集中したほどである。
「あーストップ今の無し、私とした事が取り乱したわ―――齧られるのは割に合わないわやっぱ」
赤っ恥全開の表情で、カミングアウト終了。微妙にずれている気がするが。
「はいそこ待ちなさーい」
逃げ出そうとする狐と猫の尾を、踏んづけて止めるのは、無論忘れてなど居ない。
さすがは隙間妖怪の施術の結晶、自律型式神。ある程度の反抗は可能のようだ。相手が悪いが。
―――遠くで、カメラのファインダーが切られ――――
「藍」
試し撃ちとばかりに、霊夢はスペルを発動。
強制力の強い勅令を藍に飛ばす。
「御意。―――『仙狐思念』」
何処か機械的な声とともに、藍は勅令に従った。
「あれ?ボタンが硬く―――」
見事、スペルは効果を発揮。
藍は霊夢の意図、『最速でブン屋のカメラを無効化せよ。物は試しにブン屋には直接被害の一切を出すな』
を完了。
結果として、スイッチを動作不能にされ、困惑する鴉天狗の姿があった。
「橙」
「は。―――『飛翔韋駄天』」
「へ―――あ゛ーーー!!!!?伊吹瓢がッ!!?」
続けて念を放ってみた橙も『萃香の瓢箪を掠め取って来い。なるだけ気付かれないように』を履行。
先程まで、萃香の手にあった瓢箪は、霊夢の隣に移動した橙の手にあった。
「「って突然何をッ!!!?」」
勅令から解放され、我に返った式二人のつっこみが炸裂するが、霊夢はそれを無視。
「いやー。あいつ、こんなに有能な式使ってたんだ―――こりゃ良いもの貰ったわ」
屈託無い微笑みを浮かべる巫女さん。
―――何とかに刃物とは言うが、この場合はむしろ、鬼に金棒―――
その光景を見ていた全員、正気を保っているものは皆違わず、同じ事を考えていた。
(藍様ぁ……私たち、どーなっちゃうんですかぁ?)
(紫様……あなたの考えている事は、全く理解しがたいものです……)
式二人はこれからの自分の運命を憂い、冬眠中の本来の主に嘆いた。
「―――なんて、ね。
ご苦労さま。藍、思念解いてあげて。橙も返却」
「「へ?」」
「片付けは手伝わせるけど、それ以外はまず使わないわよ、さ」
困惑しながらも、藍は思念を解除し、橙も瓢箪を返す。
それは先程のものと違い、強制力の弱い、本人の自主性に任せたものであった。
「あ、ごめーん、迷惑掛けたわねー。気にせずどうぞー」
さらに遠巻きの面々に謝罪。
このとき、全員が思った事は一つ。
「何があった?霊夢らしくないぞ?」
「何かへーん」
巫女の日頃の行い、推して知るべし、である。
「あんたら失礼ねー……。良いじゃない、別に」
どこかいつもと違う素敵な巫女さんは、ただ一口、神酒を口にして、
「クリスマスの宴会は、みんな楽しく。そう聞いてるのよ」
従来比三割増の素敵な笑みを披露し、より周囲を煙に巻くのであった。
お茶も滴る素敵な巫女が、猫と狐を埋めている最中。
「―――何だったのかしら?」
「えーと……お茶が呼んでるって何でしょ?」
つい先程の出来事に、目を丸くしている二人組みが居た。
幻想郷における閻魔大王、四季映姫・ヤマザナドゥ。
余程のことが起こったのか、彼女とあろうものが机より身を乗り出し、前方の空間を未だ呆然と眺めている。
その隣に立つはサボタージュ常習死神・小野塚 小町。
手に抱えていたであろう資料は床に散乱し、されど驚きに身を竦めたまま、不動を保っていた。
此処は彼岸の末の地、天国か地獄か、魂達の行方を左右する地獄の沙汰の最前線。
映姫が総責任者を務める『幻想郷閻魔裁判所』―――全く持って面白みの無い名前だが。
「―――こほん!!あー、真に失礼しました、では―――」
ちなみに。
「―――判決・有罪。
これ以上の上告は無く、また、認める事も出来ません」
響き渡る木槌の音の示す通り、法廷中。それも判決の直前であった。
「―――これにて閉廷!!!」
4、割と新顔の話。
「はーっ……あの巫女は何事ですか!?」
閉廷となり、職務から暫しの解放を得た映姫の、休憩室に入っての開口一番。
談話用のテーブル席に音を立てて座り、頭を抱えていた。
「何があったかは知りませんが。まさか法廷内に乱入してくるなどと」
「そもそもどーやって入ってきたんでしょ?」
あたいも許可無く入れないのに、と真剣に思考しながら、対席に座る小町。
口は動かしつつも手も動かし、今回の法廷記録を綴っていく。こういう姿だけを見ると、有能な部下である。
法廷自体は極めて順調、あとは判決と相成るはずだった。
そこへ突然、
『らーららーらーらーー♪―――おや、説教魔とサボり魔』
腰から下が庭師の半分のようになった博麗の巫女が、突然乱入してきたのだ。
しかも続けて、
『あら?早速だけどお茶が私を呼んでるわー。それじゃねー。
―――あ、宴会やってるから全員居るけど、言伝ある?』
と、突然の事に混乱した映姫たちに、親しげに話し掛け、思わず出た映姫からの一言を受け取って
去っていったのであった。
「あ、そうだ、映姫様」
「……何です?」
デスクに肘を突き、何事かをぶつぶつと呟いていた映姫に、小町は確かめたくて仕方が無い疑問があった。
「―――本当に行くんですか?」
そう、乱入した霊夢に対して、映姫は混乱気味の頭で、しかしはっきりとこう応えていた。
『あ、あー……、あ、そうだ。―――私も行きます。到着は正午過ぎになると思います』
『りょーかい。―――やれやれ、早く宴席に戻らなきゃ。―――藍ぁーーーーーんッ!!!』
「ええ、そりゃ行きますよ」
一転して、ニコニコと笑う映姫。―――気持ち悪いなぁ、と小町は思った。
「嬉しいじゃないですか。―――今日は、閻魔にとっても休日、それも祭日ですよ?」
「は?」
厳密には午後からですが、と付け加えられた映姫の一言を、小町は聞き損ねた。
閻魔の休日。それも祭日の。挙句クリスマス。聞いたことが無い。
小町は考える。この数時間、珍しく小町の頭は思考を連続している。サボり魔らしからぬ行いである。
十二月二十四日。そして二十五日。西方のとある聖人の聖誕祭とその前夜―――閻魔とは全く接点が無い。
それを察し、笑顔のまま映姫が問う。
「ハードスケジュールが基本の閻魔の仕事に於いて、何故この日が休日になっているのか、解りますか?」
「うー……、―――すみません、解りません」
よろしい、と映姫は愛用の卒塔婆で手を打つ。やはり笑顔だ。
(映姫様……とてもお疲れなんだなぁ)
先程からの映姫の言動などから、小町はそう思うことにした。失礼千番である。
ならばそれを曇らせてはいけない、と精一杯の笑顔で、目元の涙を隠す。
そんな事にも構わず、映姫は楽しげに続ける。
「十二月二十四日。これは本来、西方の某教の記念日ですが、ここ東方でも
一般的な記念日として扱われ―――記念日ではあっても、休日というわけではありません」
ですが、と。
「きゃん!?」
「唐突ですが小町、サボり常習犯の貴女に、貴女にこそ問います」
―――唐突に、小町の鼻の前に卒塔婆を突きつける。
「四季映姫・ヤマザナドゥの名に於いて、絶対に怒らないと誓います。
―――だから、正直に答えて下さい」
一転して、真剣な眼差しを小町に向ける閻魔。
小町は知っている。つい先程まで、法廷内ではずっとこの目付きだった。
裁判沙汰のとき、この裁判長は対象を必ずこの眼差しで見つめてくる。
そして誰もが思うのだ―――閻魔に嘘は通用しない。
やっぱり怒ってたのかなぁ、と目尻の涙を表に漏らしつつ、頷くしかない死神。
「先ず確認します。普段サボってばかりですね?」
「は、はい。申し訳―――」
「それは後。―――悪く思っていますね?」
「そ、そうでなかったら堂々と休暇取りますって!」
「その休暇ですが。サボり常習の貴女が、有給を取れると思いますか?」
「思ってません!ホントに怒ってませんか!?」
「だから追求は後。―――今後、態度を改めろと言われて、確約できますか?」
「うぐ……確約は出来ません」
会話だけで聞くと、一見いつもの二人そのもの。
「よろしい。良くぞ正直に応えました。―――それを踏まえて本題です」
映姫は目を伏せ、次の問いを紡ぐ。
「それでも―――やはり祭日というのは、穏やかに過ごしたい、と思いますね?」
一瞬の沈黙。
「解答は?」
小町は、
「もっちろん!!」
反射的に、満面の素の笑顔で答えた。
(―――って何素で答えてるのあたいはーーー!!!!?)
もう色々と終わりかもしれない―――と小町が思った時。
「―――正直なのは良い事です。休暇をあげましょう」
「は?」
映姫は満足げな笑みを浮かべ、卒塔婆を引いた。
「―――って、休暇ですかっ!?」
「ええ、それも『暇を出す』とか『永遠の休暇』とかの殺伐としたものではありません。
四季映姫の名に於いて、保証しますよ」
彼女が自分の名に於いて、と言う時、その言葉は真の意味で絶対。
つまりはドッキリでも何でも無く、本当に小町に休暇を出すといっている。
小町がサボタージュ常習であることを承知で、である。
そんなものを聞いたものだから、
「……小町、何ですかその表情は?」
「映姫様―――今まで申し訳ありませんでした」
「え―――きゃあ!?」
小町は、急に映姫に抱きついて、
「御免なさい映姫様ぁ……もぉ、もーー二度とサボりませんからっ、どうか、どうか一歩踏み止まって…
思い留まって下さ―――ぅわーーーーーんえーーーきさまーーーーー!!!」
泣き出し始めた。
「ち、ちょっと小町、何を―――」
「はッ!!?まさか左遷ですか!?それとも弾劾裁判!!?或いは何処か患いましたかッ!!?
あたいのっ!!あたいのせ―――」
咽び泣き、縋りつくように自責を始める小町。
どうも、映姫側に今生の別れの兆しがあったのかという思考に達したらしい。
「はあ―――言いたい事も色々ですが―――」
縋りつかれた映姫は、溜め息と共に卒塔婆を振る。
「ドサクサ紛れに失礼な事を連呼しないで下さいッ!!!」
「はぉうっ」
何処かから卒塔婆が飛来し、絶妙な角度で小町の側頭部を打ち抜いた。
死角からの打撃に、側転気味のヘッドスライディングを観光する小町。
「ぐがはっ!?あ、嗚呼ッ!!?良かった、いつもの映姫様だ!?」
そして壁に激突し、だが何事も無かったように起き上がる。嬉しそうに。
部下のある意味失礼な反応に、
「……そんなに違いますか……」
と上司は額に卒塔婆を当てて項垂れる。
「その様子だと、今の私は、貴女から見て、相当普段とは違う言動をしているようですね」
「え、あ、失礼ですが、ホントに変ですよ!?」
「面と向かって言われると、少し堪えますね……。
―――まあ良いでしょう、実際浮かれているのかもしれません」
咳払いをして、気を持ち直す映姫。
話は戻る。
「先程言いましたね?折角の祭日、出来る事なら休みたい、と」
「そりゃー、一応お祭りですから」
友人知人、家族といった親しい者達と集い、一夜の宴を過ごす。
幻想郷でも、それは共通の認識。
「ではここで気が付いてください。―――そもそも、幻想郷に祭日といえる行事はいくつあります?」
「そんなの、大晦日から三箇日―――」
言われ、丁寧に指折り数えていく小町。
「節分雛祭り他節句と―――あれ?」
途中まで数えて、何かに気付いた。
部下の聡明さに微笑み、しかし映姫は答えを待つ。
実は、数自体は問題ではない。
そう。これらは。
「外の世界のものですよね?―――幻想となってないのに」
幻想郷の祝祭日は、未だ幻想郷が隔絶されなかった頃の名残ではあるが、それ自体は現在の外界でも
形こそ変化しているものの、確かに有効であり、それを口実に休日や宴席などを定めている。
「ええ、更にその過ごし方の典型も、違和感無く我々の中にあります」
つまり。と映姫は卒塔婆で手を打ち、一息。
「それを遵守する、或いはさせる為の基準が存在するのですよ」
「そんな決まり事、誰が決め――――あ!!」
簡単である。幻想郷における『規則』を司るものなど、数える程も無い。
「正解ですよ。外界から持ち込まれた祝祭日の扱いは、当時の博麗と、我々閻魔が定めたのだそうです」
「へー!」
そりゃ初耳です、と感心顔の小町に、
「真偽はわかりませんが」
「は?」
苦笑を返し、部屋の四隅を歩いて回り始める映姫。
「そのときは私も貴女も、幻想郷の管轄ではありませんでしたし、資料もありません。
私はただ、引継ぎの際に聞いただけです」
「資料が無い?」
有り得ない。否、あってはならない事である。
厳格な閻魔の務めにあって、過去の資料が無いなど。
「ただ、行事に関して、幻想郷全体が準拠している現状があるのは確かです。
何より、特に否定する理由も証拠もありません。
よって調査するものも無く、ただ踏襲しているわけです」
納得はいきませんが、と足を止めて映姫は振り返り、眉根を寄せる。
「幻想郷の不思議って奴でさねー」
不思議な事もあるもんだ、と手を組み唸る上司と部下であった。
「あ、待ってください?まだ本題の説明が」
「ええ、これらを踏まえれば、より解りやすいと思ったので」
映姫の卒塔婆が、天井を指す。まるで人差し指のように。
「そして小町、二十四日―――クリスマス・イブとその翌日の本祭、何をすべきだと思いますか?」
「うーん……」
僅かに考える素振りを見せた後、
「たとえば、『隣人を愛せ』?」
某教の基本原則を、小町は解答に選んだ。
その解答に、映姫は大変満足した―――が、敢えて溜め息。
「やれば出来る子なのに、どうして普段はこうも……」
「そんな失敬な、あたいだってやるときゃやりますよ?」
「解っています。―――先程のお返しです」
反論できなくなった小町を尻目に、話は結論へと続く。
「そんなクリスマスですから、外の世界では、家族サービスの日としても有名です。
―――最近は、その光景は幻想となりつつあるそうですが」
何処か感慨深げな映姫の目線に、
「物悲しい話で―――」
小町は同意しかけ―――気付いた。
「そうか!物悲しいから、だからせめて幻想郷では―――」
「今日は実に聡明で、喜ばしい事です」
その解答は、映姫に引き継がれる。
「家族ないし友人、知人。または逆に、新たな出会いの為に。
悲しみを癒し、喜びを確かめ、明日を祈るために。
世界全てに対する縁と、その縁に恵まれた幸いを。
そして、それらの主観である自身を祝い、労う―――。
それが、幻想郷のクリスマスの形だそうです」
だから、と映姫は微笑む。
「クリスマスは知人と過ごせ。穏やかに―――それが、閻魔でさえも遵守すべき善行です」
よって貴女も休暇―――と卒塔婆を小町へ向ける。
その小町もまた、楽しそうに笑う。
「知人―――で、あたいですか?」
「ええ、早速やってもらう事もありますし」
笑みを崩さないままの映姫の一言に、不穏さを感じ、身構える。
「は?残業は勘弁ですよ!!?」
しかし、映姫は
「違いますッ!!!」
『全力で』否定した。
いいですか?と卒塔婆を小町に向ける閻魔。
その瞳には、普段とは違う気迫が灯っていた。
「巫女の様子から察するに、宴会はいま丁度中盤!!
今行かねば『友人知人と親睦を深める』と言うのは難しくなります!
それでは善行に反しますし―――第一、山場を逃しては愉しみも半減ですッ!!!!」
何処ぞの庭師の決め台詞の如く、裁判所全体を揺るがさんばかりの、凄まじい力説。
今日の閻魔は一味違うらしい。―――やはり疲れていたのかもしれない。
「同感でありますッ!マム!」
サボタージュの泰斗も、もはや咎めるものは皆無なのだから、気分も軽く、つい乗ってしまう。
「そこで小町」
「イエス、マム。―――何なりと」
立ち上がっての敬礼。
今のこの二人の信頼は、弾幕結界であっても断絶できまい。
「準備は終えてあります。貴女の力で、私を会場まで送り届けて下さい。『適当に』」
「イエス、マム。『適当に』―――『最速且つ最短』で向かいやしょう」
―――軍用語に於いて、『適当』は『全力』とほぼ同意であると、注記しておく。
一方、閻魔と死神が間も無く三途を漕ぎ出そうしていた頃。
「ま、一応言っておくわ、ありがと」
陰陽玉をひとしきり叩き込んで満足したのか、お茶巫女は茣蓙の上に鎮座し、新たなお茶を啜っていた。
「色々と過剰な反撃の後に言われてもな……まあ、非があるのはこちらだしな」
「ごめんなさーい……」
隣には、鼻の上に張った湿布をさする狐と、頭に無数のたんこぶを作った猫が居た。
「それにしても、今年は富みに凄いな」
狐が指したのは、現状の宴会の光景。
魔法少女たちが色々と終了した光景を展開し、白玉楼の亡霊嬢は酒乱と化し、門番二人はどつき漫才。
永遠亭の面々と蓬莱人、紅魔館の姉妹らは和やかに談笑。
そして空には公開処刑弾幕ショーが展開し、それらをまとめて肴とする天狗と子鬼。
「新参者とか増えたしね」
当たり前といえば当たり前、と変わらぬ態度で語る巫女。なかなかに赴き深い、貴重な姿である。
「おかげで騒がしい話よ。―――あーもー、私も呑もっと。始めておいて良いわよ」
早々に茶を腹に収めて、神酒を品定めに社内へと帰る。
「でも藍様ー?」
「ん?」
自分の湯呑の温度を確認しつつ、猫は上目遣いで主人に問う。
「みーんな変じゃない?」
「そうだな―――うむ、一言で言うなら『らしくない』だな」
特に永遠亭、と主人は湯呑みを傾け、
「そうだ、らしくないといえば、だ。―――霊夢」
「ん?」
何かに気付き、狐は霊夢を呼び止め、
「紫様から冬眠前に預けられていた―――今日になったら、渡せとな」
懐から、やや大きめの封筒を取り出した。
「紫から?予約制の言伝なんて、ホントらしくないわね」
どれ、と封を切り、中の便箋に目を通す。
『この文章を読んでいる頃は、メリークリスマス♪と挨拶すれば丁度良いかもしれないわね。
ともあれ、ご機嫌いかがかしら?そちらではおそらく、いつものように宴会と相成っているでしょうけど、
残念ながら私は今ごろ一人夢の中。だって、冬は寒くて寒くてしょうがないんですもの。
しかし、何もしないで居るのも詰まらなかったので、こちらでいくつか趣向を凝らさせて頂きました。
そのうちの一つとして、私からささやかなクリスマスプレゼントを用意し、この手紙と共に藍に預けました。
気に入っていただけると幸いですわ。―――それでは眠くなってきましたので、また次の春に。
親愛なる博麗の巫女へ(はぁと) 八雲 紫』
「プレゼント?」
「包みの中だそうだ。一体なんだろうな」
「まともなのは期待しないわ―――っと、引っ掛かってた」
出てきたのは、クリスマス用のラッピングがされた、葉書大の何か。
「クリスマスカード?な訳無いわよね」
その正体を確かめるために、霊夢は包みを解いていく。
両側の式神二人は、期待と不安を胸にそれを見つめる。
やがて、最後の包装が剥がされ、出てきたのは――――。
「【式神『八雲藍+』】?」
紫のスペルカード。
藍と橙を同時操作するための律令が組み込まれたものだ。
「なんだってこんなもの渡したのかしら?」
その意図が全く解らず、霊夢はカードをひらひらと返す。
基本的にスペルカードは個人専用。
他人のスペルカードを持っていたとしても、神道や魔法など、規格が異なるため使用できない。
使用するためには、規格の変換を行うか、効果だけを見て複製するしかない。
そしてそのどちらも困難であり、盗作上等の魔砲使いでさえ、相応の労力を払っている。
「私は頼まれただけだからな―――む、霊夢、封筒にまだ何か入っているぞ?」
「あら、まだ入ってたの」
面倒くさげに封筒を振るって、中のものを振るい落とす。
「ほれほれとっとと落ちて来ーい―――っと、出た出た―――ん?」
振るい落とされたのは、一枚の紙片。
霊夢はそれを拾い上げ――――――声を失った。
『年末年始、宴会会場の設置と撤収に追われる巫女さんを想い、
手伝いとしてうちの式神とその式を寄越します。
様々な弊害を防止するために、わざわざスペルも特注しました。―――苦労したのよ?
詳しい説明は、本人に聞いてちょうだいな』
「えーと、何これ?ドッキリ?幻覚?ありえるわね、Phantasmだけに」
「霊夢ー、どーしたの?」
霊夢は目を疑い、何度も目を瞬かせ、頬を抓り、しまいには自分の頭に陰陽玉を落とし―――
「ごぉおおおおおおおおおお……ッ」
「何をやっているんだ?霊夢」
―――悶絶したので、夢ではないらしい―――現実である事を確認する。
すると、変化があったのは、星の出た視界だけではなく。
「あれ?藍様、スペルカードが―――」
霊夢の手の中のスペルカードも、その内容が書き換わっていった。
【博麗式『天狐猫又の契約(本年度版)―年末年始限定出張サービス―』】
「私も愛してるわーーーーーーーッ!!!!紫ーーーーーーーーーッ!!!!!
もー最高ッ!!いままでつれなくして御免なさいねー♪
今度からお酒でも何でも持っていくからッ!!
いやむしろ噛り付くぐらいなら許しちゃうッ(はぁと)!!!!」
この上なく恍惚な表情で、博麗の巫女がシャウト。
スペルカードと手紙に、交互に接吻をするのも忘れていない。お約束である。
その表情のあまりのカミングアウト振りたるや、宴会が静まり返り、全員の目線が集中したほどである。
「あーストップ今の無し、私とした事が取り乱したわ―――齧られるのは割に合わないわやっぱ」
赤っ恥全開の表情で、カミングアウト終了。微妙にずれている気がするが。
「はいそこ待ちなさーい」
逃げ出そうとする狐と猫の尾を、踏んづけて止めるのは、無論忘れてなど居ない。
さすがは隙間妖怪の施術の結晶、自律型式神。ある程度の反抗は可能のようだ。相手が悪いが。
―――遠くで、カメラのファインダーが切られ――――
「藍」
試し撃ちとばかりに、霊夢はスペルを発動。
強制力の強い勅令を藍に飛ばす。
「御意。―――『仙狐思念』」
何処か機械的な声とともに、藍は勅令に従った。
「あれ?ボタンが硬く―――」
見事、スペルは効果を発揮。
藍は霊夢の意図、『最速でブン屋のカメラを無効化せよ。物は試しにブン屋には直接被害の一切を出すな』
を完了。
結果として、スイッチを動作不能にされ、困惑する鴉天狗の姿があった。
「橙」
「は。―――『飛翔韋駄天』」
「へ―――あ゛ーーー!!!!?伊吹瓢がッ!!?」
続けて念を放ってみた橙も『萃香の瓢箪を掠め取って来い。なるだけ気付かれないように』を履行。
先程まで、萃香の手にあった瓢箪は、霊夢の隣に移動した橙の手にあった。
「「って突然何をッ!!!?」」
勅令から解放され、我に返った式二人のつっこみが炸裂するが、霊夢はそれを無視。
「いやー。あいつ、こんなに有能な式使ってたんだ―――こりゃ良いもの貰ったわ」
屈託無い微笑みを浮かべる巫女さん。
―――何とかに刃物とは言うが、この場合はむしろ、鬼に金棒―――
その光景を見ていた全員、正気を保っているものは皆違わず、同じ事を考えていた。
(藍様ぁ……私たち、どーなっちゃうんですかぁ?)
(紫様……あなたの考えている事は、全く理解しがたいものです……)
式二人はこれからの自分の運命を憂い、冬眠中の本来の主に嘆いた。
「―――なんて、ね。
ご苦労さま。藍、思念解いてあげて。橙も返却」
「「へ?」」
「片付けは手伝わせるけど、それ以外はまず使わないわよ、さ」
困惑しながらも、藍は思念を解除し、橙も瓢箪を返す。
それは先程のものと違い、強制力の弱い、本人の自主性に任せたものであった。
「あ、ごめーん、迷惑掛けたわねー。気にせずどうぞー」
さらに遠巻きの面々に謝罪。
このとき、全員が思った事は一つ。
「何があった?霊夢らしくないぞ?」
「何かへーん」
巫女の日頃の行い、推して知るべし、である。
「あんたら失礼ねー……。良いじゃない、別に」
どこかいつもと違う素敵な巫女さんは、ただ一口、神酒を口にして、
「クリスマスの宴会は、みんな楽しく。そう聞いてるのよ」
従来比三割増の素敵な笑みを披露し、より周囲を煙に巻くのであった。