Coolier - 新生・東方創想話

冷え性の女

2005/12/26 09:17:41
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 師走と書いてえーりんダッシュと読む、幻想郷の十二月ももう終わりに近付いていた。
 そして年の終わりと同時に近付いてくる、一年一度の慕情咲き乱れる狂乱の宴。
 ちらちらと降る粉雪の粒が全て楔弾に変化してしまったかのような、幻想郷最悪にして最高の一日。

 だが、今年のクリスマスはいつもと違った。


 ──マジで大雪、五秒前。


 それがクリスマス前日、十二月二十四日付けの文々。新聞の天気予報欄に記された悲しい現実。
 その予報通り、クリスマス当日は泣く子も黙る超猛吹雪。
 幼き悪魔の住む紅い館も青竹の林立に紛れた咎人達の邸も、
魂彷徨う無縁の塚までもが牡丹雪の絨毯爆撃に晒された。
 いくらなんでも、ホワイトクリスマスにも程がある。
 何事もやり過ぎは良くないという事を如実に示すいい例だ。

 斯様に、白銀の悪魔の猛威はとどまる所を知らず。
 そんな日にノコノコ外に出てるようなスットコドッコイは居ないと思えば、おっとどっこい、これがまた。
 心を蝕む鈴蘭畑の、毒に塗れたあの子の事を忘れちゃ困る。


「コンパロッシュゥン! あーちくしょーこのやろーわっしょぉぉぃ!」


 白一面の景色の中に、もぞもぞ蠢く影ひとつ。
 もはや白無垢のウェディングドレスに身を包んだ花嫁すら裸足で逃げ出す勢いの
果てしなく広がる銀世界へとトランスフォームした鈴蘭畑のド真ん中で
ルネッサンスの息吹に満ちた、斬新さとアホさの溢れるくしゃみをぶっ放す彼女の名はメディスン・メランコリー。
 外見的には、何処からどう見ても特殊な嗜好を持った人々の恐るべき妄想のオカズにされかねない
どうにもこうにもペドペドしい美幼女なのだが、何と彼女の正体は人間ではなく人形。
 その可憐なツラ及び薬と鬱という現代社会の病理の集大成みたいな名前に騙されてはいけない。
 彼女はこれでも人間からの人形の完全解放を目的として日夜戦い続ける、
その名も超人、いや、人形血盟軍の小さなスイート大将軍というスーパードールなのである。


「ポワゾーン(殿……これ以上はお体に障ります、どうかご決断の程を!)」


 そしてメディスンの傍らでちょこまかと飛び回る、手乗りサイズのキュートな人形。
 人形血盟軍の誇り高き副将軍、その名もスーさん。
 本名は縦筋乃塊(たてすじのかたまり)、略してスーさん。
 本来スーさんとはメディスン流の鈴蘭の呼称なのだが、
初めて自分の仲間になってくれた彼女には、感謝の念もこめて
自分の命とも言える鈴蘭の毒と同じ名前をプレゼントしたという心温まる逸話がある。
 しかしどれだけ心が温まっても、鼻水よ凍れ家よ吹き飛べとばかりに荒れ狂う
この暴虐極まる大寒波の前ではまったくの無意味なのが辛い所だ。


「い、いいいいい嫌よ! だだだ誰が人間なんかの施しを受けるもんですかぁぁ!」

「ポワゾーン(しかし、このままでは我等の悲願である
人形解放を果せぬままに全滅してしまいまする!
殿のお力と才覚を信じぬ訳ではございませぬが、
本気で牙を剥いた自然に勝てる者などおりません!
やはりここは人間どもへの蟠りを今しばらく忘れていただき、
この吹雪が止むまで何処かの家に上げてもらうのが得策かと……)」


 見渡す限り鈴蘭しか咲いてないこんなフラットな大地では、吹雪は勿論微風すら防げない。
 そこでスーさんが捻り出したのは、人間を頼って適当な家に泊めてもらうというアイデアだった。
 適当な妖怪を探して助けてもらうという案もあったが、妖怪の中にはその日の気分や天気によって
寝床の変わる根無し草の様な奴もいる……というか全体で見ればむしろそちらの方が多いので、
そんな奴等をアテにするのはあまりにもハイリスクローリターンだという事で廃案となった。
 その点人間は十中八九雨風を凌ぐ為の家を持っているし、集団でコミュニティを形成して暮らす事が多いので
その中の一人に断られたらまた他の人間を当たるという、下手な鉄砲数撃ちゃ何とやらな作戦もやり易い。
 花の異変の後に知り合った永琳のところに行けば一番いいのだろうが、生憎この鈴蘭畑から永遠亭までは
あまりにも距離があり過ぎる。

 とまあそういう訳で、スーさんが先程から人里に降りようと進言しているのだが。


「うぅ~……そ、そんなの……わ、わ、分かってるわよぅ……。
ふぇーっくしょぉぉん! う、うああ……さむむむむむむむむむむむ!
ああああ……すすすすスーさん…わわわわ私もう、眠い……の……」

「ポワゾーン(と、殿ぉ! お気を確かにぃぃ!)」


 早くご決断を! と迫るスーさんに対し、この期に及んでどうにも気乗りしない様子のメディスン。
 そんな彼女のはっきりしない態度を咎めるかのように、一層強く冷たい風が吹き
くしゃみと共にぶちまけた鼻水みたいな毒液が一瞬にして凍りつく。
 そのあまりの寒さに、いやこれは幾らなんでもあり得ないだろとツッコむ余裕も無く
もはや寒いを通り越して眠いの境地に片足を突っ込んでしまっている様だ。
 うすらぼんやりとした意識の中で、自殺すんな~自殺すんな~と囁く赤毛の死神のツラが浮かんでは消えた。
 うるさいわよこのきゃんダムデスサイズエロカスタム、二連装尾花沢スイカの妖怪変化は黙っててよと
心の中で幻覚と会話し始めた自身に気付き、いよいよもってこいつぁやべぇと心身ともに震え上がる。
 しかし斯様な緊急事態に際しても、人間からの人形の解放を看板に掲げている手前もあり、
人間に助けを求めるという事を、プライドや猜疑心その他諸々が邪魔して未だに了承できずにいた。


「ポワゾーン(もう負け戦でございます! この上殿がどうしても己の信念に殉ずると仰るのならば
不肖この縦筋乃塊、不敬の謗りを覚悟して殿を引き摺ってでも人里に連れて行きまする!!)」

「た、た、確かに今年はたっぷり毒を蓄えたからちょっと遠出も出来るし……
だだ第一、こ、ここここんな所で、く、く、くたばるつもりはないけど……
そそそ、そんな、い、いきなり人間の家を訪ねて行ったりして大丈夫なのべくしょーい!」


 そして何より、メディスンの一番の懸念は、自身の人間に対する確執よりも
むしろ自分を見た時の人間の反応にあった。
 こんな思わず笑ってしまう程に凄まじい吹雪の夜に、
年端も行かぬ幼女がいきなり訪ねて来たら驚くなと言う方が無理な話だ。
 驚かれるだけならまだいい。
 もしも何かのはずみで自分が人形である事がばれてしまったら。
 その先を想像すると、メディスンはどうしても二の足を踏んでしまうのだった。


「ポワゾーン(そこの所はご安心なされい!
幸い、今世間は”くりすます”という祭り事に浮かれておりまする。
浮かれ切った人間ども如きに、我等が後れを取る事は万が一にもありますまい。
今ならば敵方の偵察に加え、兵糧の奪取すら可能に御座います。
斯様な好機を逃すのは得策ではありませぬぞ、殿!)」

「あ、ああああああああ……そ、そう言えば……そうだったわねzzzz」

「ポワゾーン(殿ぉ────────────ッッ!!)」

「ハバババババババババババババ!」


 眠りの大海に沈みかけたメディスンの意識を引き戻す、スーさん渾身の往復ビンタ。
 専門家の間では、そのハンドスピードは秒間百八発に達するとの見方すらある。
 一体そのちっぽけな体の何処にそんな暴力的なまでのポテンシャルが秘められているのか。
 主君を、誰かを想う事により生まれる力の素晴らしさがひしひしと感じられる名シーンだ。


「ひゃももも……そ……そうね……どんな窮地に陥っても決して諦めずに
斬新な戦略と奇抜な発想で軍を勝利に導くのが真の大将軍ってものよね!
分かったわスーさん! 私もう迷わない! ナントカは決してまさかと言うな!
こうなったらもう何が何でも生き延びてみせるわよ!」

「ポワゾーン(おお! それでこそ! それでこそ殿で御座います!)」


 何はともあれ、スーさんの愛の鞭により、ようやくメディスンが覚醒した。
 今はまだ何としても死ぬ訳にはいかない。
 全ての人形を人間の心無い支配から解放するその日まで、私は生きねばならないのだ。
 メディスン・メランコリー齢七歳(外見年齢)、熱く燃える臥薪嘗胆の決意を胸に抱き、今こそまさに奮起の時。
 彼女達の伝説はここから始まる。
 如何なる逆境にもめげず、人形の解放を目指して全力で闘った英雄としての第一歩を……


「でも後五分だけ寝かせてぇぇ」

「ポワゾーン(な、なりませぬ! ちょ、と、殿! お待ち下さい、殿!
眠ったら死にまするぞ、殿! 殿ォ────────────ッ!)」


……思いッ切り、踏み外した。



§ § §



 メディスンとスーさんが颯爽と鈴蘭畑を旅立ってから、約四半刻。
 止む気配など毛ほどもない吹雪の中で、彼女達はアホみたいに長い石段の前に立ち尽くしていた。


「こ、ここここんな所に神社があったんだ……し、知らなかったわ……」

「ポワゾーン(この灯篭には博麗神社と記されております)」

「博麗神社……って、ああ……ここが、あの……」


 博麗神社に住む紅白の巫女、博麗霊夢とは面識があるメディスンだが
当の博麗神社が何処にあるかまでは全くのノーチェックだった。
 何にしろ、知り合いが住んでいるとなれば話は早い。
 何度か風に煽られて吹き飛ばされそうになりながら、一歩ずつ石段を登っていく。
 境内に足を踏み入れるとすぐに社務所と離れが視界に飛び込んできた。


「あ……あれ? 見てよスーさん、この神社、鍵もかかってないし雨戸も閉まってないよ」

「ポワゾーン(なんと……無用心というか、どうにも無謀でありまするな)」


 しかし、そんなどうにも無用心な佇まいながら、結界でも張っているのか
 雨戸を閉めていないにも関わらず、障子が破れる様子もなければ戸が揺れ動く事すらない。
 何にしろ内部に侵入するまでの障害が減るという点で、戸締まりが甘いに越した事は無い。
 メディスンが膝まで積もった雪に足を取られながらも離れに近付き、戸に手を掛けようとして。


「霊夢、今日はクリスマスだぜ」

「知ってるわよ、そんなの。毎年の事じゃない」


「あっ……」


 障子を隔てた向こう側から聞こえてきた声に、思わず出した手を引っ込めてしまった。
 その声と共に、隣の部屋にでも居たのだろうか、蠢く影がもう一つ現れた。
 この声には聞き覚えがある。 
霊夢と同じく、花の異変の時に出会った霧雨魔理沙とかいう白黒の魔法使いだ。
 はたと思い及んで足元に視線を落とせば、メディスンの小さな足跡の他にもう一つ、うっすらとした足跡がある。
 これ程の勢いで雪が降っているのにも関わらず、足型の窪みが埋まりきっていない辺り
恐らくこの足跡が付いてから数分も立っていないのだろう。
 まさかこんな吹雪の夜に外に出る馬鹿がいるとは、と自分達の事を棚に上げて呆れ返る二体の毒人形。


「ポワゾーン(……先客がいる様で御座いますな)」

「そ、そそ、そんな事気にしてられないわ……せせせ背に腹は代えられないもの」


 そう、この際誰が馬鹿とか賢いとかそんな瑣末事はどうでもいい。
 今為すべきは、牙を剥く恐るべき自然の猛威から身を隠す家を手に入れる事。
 それ以外の何かに構っている余裕はないのだ。
 例え知り合いでも容赦はしない、もしも邪魔するようならころしてでも うばいとってやる、と
暗い決意を胸に秘めながら再び障子戸に手をかけ、そのまま豪快に開け放とうとして。


「それなら話は早い。プレゼントくれ」

「……いや、私もクリスマスの由来から何から事細かに知ってる訳じゃないから自信ないんだけどさ、
クリスマスにプレゼントを持ってくるのって巫女じゃなくてサンタクロースじゃなかったっけ?
第一サンタが来るのはいい子の所だけなんでしょ、少なくとも本泥棒なんかしない様な」

「はぁ? いい子ぉ? 数多の動植物の命を奪って
それでも尚イケシャーシャーと生きてる私たち人間がいい子ぉ?
は! 笑えない冗談だぜ! 棚上げ及び正当化にも程がある!
人間の尺度だけでいい悪いを計るなんて神様気取りかこの野郎!
分かるか!? 真の意味でのいい子なんかこの世の何処にも居ないんだよぉ!
ただ茫漠と生きてるだけで罪なんだよ、人間はなぁ! だからお前の清らかな愛え、
じゃなくて血でピンからキリまで原罪塗れの私を清めてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「何だかんだ言って結局今年もそこに落ち着くのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


 聖なる夜の帳の中から、闇を劈く慟哭二つ。
 障子の向うで、片方の影がもう片方に飛び掛かると同時に轟いたドンガラガッシャアンという爆音は
神の御子の誕生を祝う天使の吹き鳴らすラッパの如くに神秘的かつ荘厳な響きと、
黙示録に記された破壊の尖兵達の打ち鳴らす滅亡の足音の如き禍々しさを孕んでいた。


「……」

「(……)」


 突如としてブチ撒けられた、どこぞの正体は幼女だという嫌疑をかけられている閻魔が聞いたら
説教する前に卒倒しそうな程に罪深い魔理沙の演説に手を引っ込めるどころか精神的に引いてしまった。


「ポワゾーン(……そう言えば聞いた事がありまする。
何でも毎年師走の二十五日になると、博麗の巫女に想いを寄せる者達が
何処からとも無く集まってきて、血で血を洗う対巫女暴行権争奪戦を繰り広げると)」

「うっわぁ……や、やっぱり人間も妖怪もダメね……これからは人形の時だ……くしゅん!」

「ポワゾーン(仰る通りに御座います)」

「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
愛情表現もここまで情熱的だと痛みすら覚えるぜベイビィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!」


 再び響いた爆音に二体が顔を上げると、「八方鬼縛陣!!」という
涙混じりのシャウトと共に、神社の屋根から飛び出した煌き輝く箒星。
 『恋愛は大いなる勘違い』という格言を完璧に体現した愛の言霊は、風の音に掻き消され。
 原理の不明な色とりどりの星屑をばら撒きながら、まるで春一番に吹き飛ばされる桜の様に
猛吹雪の醸し出す逆ダウンバースト的上昇気流に乗って闇夜に高く舞い上がり、
そのまま夢の彼方へ消し飛んでいった。


「……他のトコ、行こっか」

「ポワゾーン(……そう致しましょう)」


 風に紛れて聞こえ来るのは、さめざめ滂沱す巫女の声。
 今はただ、一人にしてあげよう。
 愛するが故に、見守る愛もあるのだから……。



§ § §



 ただでさえ暗い嵐の夜の、殊更に暗い魔法の森の奥。
 博麗神社を後にしたメディスン達は、道無き道をとぼとぼと歩いていた。
 

「ガタガタブルブルすすすスーさんは寒くないののののガタガタブルブル」

「ポワゾーン(はい……私は殿と違い、自律型としては不完全な故に
痛覚などは未だ備わりきっていないので御座いますので……)」

「はうう……いいなぁ、スーさん……うぅ、あんまり完全なのも考え物だわ……」

「ポワゾーン(! も、申し訳御座いませぬ!!
殿が身を切るが如し辛苦に耐えていらっしゃるというのに、
配下である私如きが分不相応に楽をしてしまって……!)」

「い、いや……そ、そ、そそそれはいいんだけど……さ、寒いぃぃぃ……」


 少しは寒さにも慣れてきたが、所詮は焼け石に水。
 結局、物凄く寒いという現実には何の変化も無いのと同じである。
 これが人間ならば運動したことによって多少は体が温まるのだろうが、
それこそ血も涙も無い人形にはそんな素敵なオマケを期待できる筈もない。
 そのくせ寒いとか熱いとかはしっかり感じるんだから何とも不便な体だ、と
いつもは誇りにしている己の自律っぷりをちょっぴり恨めしく思った、その次の瞬間。


「ポワゾーン(この森を抜ければ、人里はもう目と鼻の先で御座います)」

「ふ、ふぇ……あっ……ち、ちょっと待……ぽ、ぽ……
ポワゾネッシュセンチュリオォンどわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 込み上げるムズムズ感の奔流に流され、くしゃみ一閃、鼻水二閃。
 そしてその時歴史が動いた、ではなく事件が起きた。
 何と、事もあろうに鼻水っぽい毒液が地面に落ちるよりも早く
背後の木からなにやら正体不明の黒い物体が落下してきたのだ。
 まるで予想だにしない角度から襲い掛かる突然のサプライズイベントに
はしたない叫び声と共に飛び退き、その先にあった木に頭をぶつけて可憐に悶えるメディスン。


「ちょ、な、何よぉ、これぇ! 何!? 何の事件、これ!? え!? し、死体!」

「ポワゾーン(お、おお、落ち着いて下され、殿!
大将軍ともあろうお方ががその様に慌てていてどうなさるのでチュピパ!
はう、な、何という事! 動揺の余り無様にも舌を噛んでしまうとは
この縦筋乃塊一生の不覚!)」


 てんやわんやの大騒ぎ。
 雪中の強行軍に疲れた心と体には、この惨劇はあまりにもきつ過ぎた。
 外見年齢相応に慌てふためくメディスンと、何とか冷静を保とうとするも
結局無駄な抵抗に終わってしまうスーさん。
 

「う、うう……」

「おわぁぁぁぁぁぁ! しゃ、喋った!?
い、生きてるの……って、あ、あんたいつかの新聞記者!?」


 よくよく見れば茂みの中から落っこちて来たのは死体ではなく、
遠隔操作で自由自在に飛ばせそうな不気味なフォルムの靴がチャームポイントの
伝統の幻想パパラッチ、射命丸文。
 このクソ寒い師走の夜に性懲りもせず短いスカートを華麗に穿きこなして
カモシカなど文字通り足元にも及ばぬほど美しい生足を放り出している辺り、
存外にナルシストもしくは露出狂なのかしらん? という疑念が沸き立つのを抑えきれない。


「な、何やってるのよ、し、しっかりしなさいよ!」

「あの、その、ゆ、ゆゆ、夕刊の配達にで、で、ででで出ましたら
は、はは、ははははははは半刻もしない内にこの猛吹雪ででで」

「は、配達って……!」


 仕事熱心にも程がある。
 ちなみにこの場合の「仕事熱心」には、「アホ」という
ルビがふられる事は改めて論ずるまでも無いだろう。
 しかし、文の凄絶な生き様を目の当たりにしたメディスンは深く感動していた。
 一つの目標に向かってひたすら邁進し、それを成し遂げる為には命の危険も厭わない。
 人形解放という大義をその胸に抱くメディスンにとって、今の文の姿は
どれだけ勇ましい英雄や勇者でも及びも付かない理想の体現なのだ。
 それを命知らずだとか猪武者だとか罵る者もいるだろうが、笑わば笑え。
 自分貫いて倒れるなら本望さ、自分捨てちゃって生きてるヤツラよりはマシ。
 胸の奥から込み上げる、くしゃみとは違うめくるめく感覚に襲われたメディスンが
「私も涙の出る装置が欲しい」と思った事は言うまでも無い。


「わ、私が死んだら……どうか、文々。新聞を……よろしく……お願……い……しま……」

「超いらねぇ……じゃなくて、な、何馬鹿な事言ってるのよ! しっかりしてよ!
こ、こんな時にそんなネコの、じゃなくてタチの悪い冗談言うなんて感心しないわよ!」


 ぼんやりと、しかし確実に開かれていた筈の文の瞼が力無く閉じられていく。
 焔の如くに赤く輝く瞳が見えなくなっていく様は、まさに風前の灯火の最後の揺らめきにも似て。


「フ……わ、我が記者人生に……い、一片の悔い……無……し……」

「ちょ……待……!」


 その言葉を最後に、文の体からすうと力が抜け。
 もうメディスンがどれだけ呼びかけようとも、肩を揺さぶろうとも、下着の中をまさぐろうとも。
 以前はあんなにも紅く艶かしく湿っていた筈の、今はどす黒い紫に変色した唇が開く事は無かった。


「パ、パパラッチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!」


 切なく悲しい少女の叫びが、魔法の森に木霊する。

 もはや彼女に出来る事は、ただ自分の無力さを嘆きながら
尊敬に値する強敵(とも)の亡骸を、草葉の陰に隠してやる事だけだった。

 ああ、さくさくと、雪を踏む音が遠ざかっていく……。

 ちなみにこの後、やれやれ、新聞配達ってのも難儀な仕事だねぇ、とか
ああ萃香さん助けに来てくれたんですねありがとうございます、とか
いやぶっちゃけこの寒さって私が幻想郷の暖気を集めたせいだからさぁ、
ホントもうこの服腋丸出しだから寒くてかなわないよアッハハブベラバッシャア、とか
テメーか! いくら何でも寒すぎると思ったらテメーのせいか!
許さん! 天狗の全力とくと見やがれこのアル中幼女がぁ!とか、
そんな感じの朗らかな笑い声が夜空に響いたが、
それらが哀しみの淵に沈むメディスンの耳に届く事は無かった。

 これがかの有名な、世間一般で言う所の「知らぬが仏」という奴である。



§ § §



 古人曰く、無より転じて生を拾う。
 その言葉とは何の関係もないが、文の益荒男ぶりに満ち溢れる生き様に胸を打たれたメディスンは
もはやこんな吹雪など児戯にも等しいと言わんばかりの勢いで、一心不乱に魔法の森を突き進んだ。


「ここは……」


 そしてその結果、見事に人家を見つける事が出来た。
 眼前に佇む、シンプルな中にも上品さを感じさせるその家は、窓から暖かな橙色の光を漏れさせている。
 ここに住む者の人となりを表しているのだろうか、その光はまるで春の日差しの様に柔らかい。

 だが、ようやく人の住んでいそうな家を見つけたというのに、メディスンの表情は固かった。


「ポワゾーン(どうなさいました、殿? 何か御懸念がお有りなので……)」

「前、永琳に聞いたのよ。魔法の森に永琳の薬を常用してる”人形師”が住んでる、って」

「ポワゾーン(人形師……で御座いますか。ふむ、それは捨て置けませぬな)」

「そうよ、スーさん……人形師なんてのは一番注意すべき相手だわ。
ここは注意深く行かないと、どんな悪魔が飛び出してくるか分からないわよ」


 抜き足差し足忍び足で、光を零れさす窓に近付いていく。
 もしもこの家に住んでいるのがその人形師だとしたら、今まで以上に気を引き締めて行かねばなるまい。
 万が一人形を乱暴に扱うような不届き者だったら、そのまま有無を言わさず毒殺してくれよう。
 人形師の家ならば、さぞかし沢山の人形──同志達──が捕まっている事だろう。
 その同志達を救出すると共に、ここを我等が人形血盟軍の秘密基地にするのだ。

 いつでも「スーさんやっちまいな!」と、戦闘開始の号砲をぶっ放せるように身構えつつ、
窓からこっそり家の中を覗く。

 そして、次の瞬間。
 己が目に飛び込んで来た光景に、メディスンは自身の正気を疑った。
 


──


 人形、人形、人形、人形。

 棚の中にも机の上にも、何処も彼処も人形だらけ。
 そしてその不気味ささえ感じさせる、ある種異様なシチュエーションの中に
ぽつりと佇む一人の少女。


「ああ、こらこら、上海。今日は休んでいなさいって言ったでしょう?」


 傍らを飛び回る人形に優しく声をかけ、頭を撫でる。
 上海と呼ばれた赤い服の人形が、とろける様な笑みを浮べた。


「ほら、仏蘭西もオルレアンも、いいから座って休みなさい。
今日は特別な日なんだから、私が全部やるわ」


 角度的に、少女の顔はメディスンが覗いているからは見えない。
 精一杯背伸びをしても、辛うじて後姿が掠めて見える位だ。
 肩に届くか届かないか位の金髪が、ランプの光を受けて美しく煌いている。
人間なのか妖怪なのかはハッキリしないが、魔法使いである事は確かな様だ。
自分の様に完全に自律している人形とならともかく、そうではない人形と会話するなど
それなりの魔力を持った者か、怪しい薬か何かで幻覚を見ている者にしか出来ない芸当である。


「さあ皆、出ておいで……そう、いい子ね」


 テーブルの上に置かれた本を、ととんと指で二度弾く。
 それだけで部屋中の人形が動き出し、わらわらと少女の周りに集まってきた。
 中には自律していないどころか明らかに壊れかけの人形も混ざっている。
 そんな不完全な状態の人形をこうも簡単に操る辺り、少女の人形師としての技量の高さが見て取れる。

 と、自分を見詰める人形達の視線から逃げるかのように、少女がぷいと後ろを向いた。


「皆……今年一年、本当によく頑張ってくれたわ。
今年はもう、ほとんど年がら年中碌でもない事があったから
色々と無茶をさせちゃったみたいで、本当にごめんね」


 気恥ずかしいのか、人形達に背を向けたまま優しい声音で語り掛ける少女。
 主の言葉に、人形達は「そんな事はない」とでも言うかのようにふるふるとかぶりを振っている。
 その人形達の表情には一片の曇りも無い。
 ──心から。
 そんな言葉がよく似合う、まるで人間と見紛うばかりの生き生きとした表情。
 しかしメディスンには、どうして人形達がそんな顔をしているのか、全く理解出来なかった。


「今年も沢山の子を壊しちゃったけど……その子達の事は、絶対に忘れないわ。
それが貴方達の姉妹になる筈だった子達の”命”を奪った私に出来る、せめてもの償い」


 そもそもよく見えない上に背を向けているので、少女の表情は全く読み取れない。
 ただ、窓ガラス越しのくぐもったその声は、少しだけ震えている様にも聞こえた。


「そして……こうして私に”遣”われてくれる皆に、一つだけ言いたいの」


 言いながら、少女がくるりと振り返った。
 それでようやくメディスンの視界に、少女の顔が飛び込んでくる。
 その眦の端に、宝石の様な煌きが掠め見えた途端。

 メディスンの視界が、ぼんやりと滲んだ。


「生まれてきてくれて、ありがとう──」



──



「あ……あ……?」


 メディスンは、自分の耳に飛び込んで来た言葉が信じられなかった。
 人形である自分が、ついぞ誰にも言われた事の無い『ありがとう』という言葉。
 人形師の少女は確かにそう言った。
 使役するだけの、ただ道具として使い駄目になったら廃棄する、
ただそれだけの、単なる使い勝手のいい道具である筈の人形達に、
母親の様な優しい笑みを浮かべ、生まれてきてくれてありがとう、と──


「ポワゾーン(と、と、殿……!? そ、それは……ッッ!?)」

「え……?」


 信じがたい現実を目の当たりにし、そのあまりの衝撃に
半ば幽体離脱に近い心持でいたメディスンは、
スーさんの驚愕に満ちた声で現実に引き戻されると同時に、
知らず知らずの内に頬を伝っている熱い何かに気付いた。

 一も二も無く、目元に手をやってみる。

 指先に感じる、熱く、そしてとめどなく零れ落ちる不思議な雫。
 心に湧いた、抑え切れない感情の波が奔流となって溢れ出して来たかのような
 その雫の名は──


「な、涙………………ッ!?」


 そう、心の雫、その名は涙。
 そしてその涙を生み出す、心の奥底で優しく息づく
 遙か原始の海が湛えていた命のスープにも似た不思議な感情の名は──


「あ、愛………………ッ!!」


 そう、心の命、その名は愛。
 少女の愛により生み出された、心からのありがとうの一言に、
 メディスンの毒がよく分からない化学反応を起こしてスパークしたのだ。
 どんな美辞麗句もあの一言の前では霞んで消える。

 メディスンの心に渦巻く、未だかつて無い未知の感覚。

 ……あんな人形師が居るなんて、思いもしなかった。


「ああ………………ねぇ、スーさん」

「ポワゾーン(………………はい)」

「人間も……捨てたものじゃないわね」

「ポワゾーン(……そうで御座りまするな)」


 ……だが、自分は自分の選択を後悔していない。
 この胸に滾る人形解放への想いは、こんな吹雪で掻き消えるほどちっぽけじゃない。


 光に背を向け、踵を返す。
 ザスザスと力強く雪を踏み締めて歩いていくと、スーさんがひらひらと付いてくる。


 道を誤ったつもりは無い。
 抱く志を曲げるつもりは無い。
 人間に迎合するつもりは無い。

 ああ、それでも、だが、しかし。


 或いは自分達も、あの様な主にめぐり逢えていれば。


「ちぇっ、いいなぁ、友情ってヤツも……は、は、はくちゅん!」

「ポワゾーン(い……いや、私は信じておりまする!
殿がK・K・D《コンパロ・コンパロ・毒よ集まれ》でこれから逆襲することを──っ!)」

「スーさん……よぉーし! いくわよ、スーさん! 私達の戦いはまだまだ続くんだからね!」

「ポワゾーン(御意!!)」


 二体、駆けて行く。
 暗い闇の向こう側、曙光指す栄光のフィールドを目指して。

 ……願わくば、あの人形師とその僕たちの笑顔が、永久に絶えぬ様に。
 雪と風が吹き付けるのに構わず、空を見上げた。
 雪は止まないけど、ほんの一瞬だけ雲が晴れたような気がして。
 隙間から覗いた月は雪花に霞んで、まるで幼子を抱く母の様に微笑んでいるような……



 ……そんな気がした。






「──────────────────ところで皆、ちょっと聞いてくれるかしら?
今日、魔理沙達をまんまと出し抜いて霊夢に夜這いならぬ朝這いをかけたはいいんだけど……
だ、だ、だけどまぁたァ!! ふられちゃったのぉぉぉぉぉぉォォォォォォおおおおおおオオオオオオ!
あァ、あァ! さ、寒い! 寒いよ! 心が寒いよ! ああん、寒いよぉ! 寒いよぉ霊夢ぅ!
ああああああ! 寒い寒いのどうしてぇぇぇぇぇぇええええええっえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
折角クリスマスプレゼントに綺麗に塗れた爪を持っていってあげたのにィィィィィィイイイイッィィィィィィ!!
ねえ聞いてるの上海蓬莱京オルレアン仏蘭西和蘭西蔵そしてグランギニョォォォォォォォォォォォォル!!」

「シャンハーイ(きょ、京人形──ッ!? ちょ、ま、マスター! や、やめて下さい!
京人形は三日前に棚から落ちて左膝蓋部を破損しているのです! そ、そんなに振り回したら
傷が開いて治りが遅くってああ! し、衝撃でフラスコに満たされた怪しげな薬品が落下し
事もあろうに床にぶちまけられた謎の液体から炎が発生して爆薬を仕込んだ人形達に引火したァ──ッ!!)」

「ホラーイ(フ、心配はない……マスターはただ理想と現実の乖離に戸惑い、己を見失っているだけの話だ。
妖怪や人間の様に、生まれてから死ぬまで他者との関わりの中で生きていく者にとっては
さして珍しい事ではない。これは誰もが経験するアウフヘーヴェン、言わば大人への第一歩。
アンタだって一刻も早く私に抱いて欲しいのにそれが叶わず毎日一人遊びに興じているのだろう?
いやすまなかった、可愛いアンタの為にとテクを磨いていたらつい本来の目的を忘れてしまったよ。ハハハ)」

「シャンハーイ(いや、身に覚えが無いよ! 全く無いよ! 完膚無きまでに無いよ!)」

「ホラーイ(結論としては私達に優しいマスターも人形を爆弾代わりに放り投げるマスターも、
どちらが本性という事はなく、両方とも紛う方無きマスターという存在そのものであるという事だな。
人の一面だけを見てその人の全てを分かった様な気になってしまうのは大変危険なのだ。おしまい)」

「シャンハーイ(まとめに入ってんじゃねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!)」



[ Deadly Merry X'mas ! ]


クリスマスに滑り込みアウト(馬鹿)

そもそも書き始めたのが
昨日(24日)の午後十時と言うのが無謀だったみたいです
下っぱ
http://www7a.biglobe.ne.jp/~snmh/
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コメント



0.4360簡易評価
1.80まんぼう削除
なぬ、昨日の午後十時に書き始めてコレですか。
本気で凄いですな。見習いたいですよ。

個人的には文と萃香の話がツボでしたw
2.70名前が無い程度の能力削除
そういやメディスンは家とか無さそうですよねえ。
公式ではメディスンとの接点の無かったアリスですが、普通に良いお話でした。
その分オチが取って付けた感じというか、蛇足っぽく感じちゃいました。
3.70おやつ削除
こういうとき、自分の語呂の無さに凹む。
もう、なんと言うか、面白かったですGJ
7.80名前が無い程度の能力削除
クリスマス型SS全部読んでから寝ようと思ったら
トドメにコレw
きゃんダム吹いたw
9.90Izumi削除
言いたいことや思ったことは言葉に出来ないほど。
ただ、一つだけに絞れというならば……、
いやー、やっぱり上海人形は可愛いなぁ(とりあえず待て)
13.80凪羅削除
いやはや、相も変わらず色々な意味で素敵でした(笑
アリスのまともな面が上海人形、ぶっ飛んだ面を蓬莱人形がそれぞれ受け持ってるんじゃないかとちょっと思ったそんなオチ。
15.90名無しな程度の名前削除
いやいや……盛大に笑えました
ポワゾネッシュセンチュリオォンに吹いたw
22.100削除
「ポワゾーン」でどうやって舌噛んでるんだwww
23.無評価ぐい井戸・御簾田削除
ホラーイ…なんだかなあ
24.80ぐい井戸・御簾田削除
ぐあ…またやっちった
28.90人形使い削除
いつもながら貴方の考える人形の鳴き声?は素晴らしい。
33.100名前が無い程度の能力削除
文が萃香にマウントポジションw
34.100都市制圧型ボン太君削除
<自分貫いて倒れるなら~
RUSSIAN ROULETTE吹いたw
35.80名前が無い程度の能力削除
>師走と書いてえーりんダッシュと読む
去年に引き続き、12月は永琳師匠がダッシュしまくりですかw
あと、スーさんは武士だったんですね・・・。
40.100名前が無い程度の能力削除
何と言いますか色々ともう、ステキ。
41.100まっぴー削除
あんた最高の馬鹿だろ(これ以上ない褒め言葉

…………(某ヘキサゴンの出題者のごとく笑いで喋れない)
48.90名前が無い程度の能力削除
これはメディが無想転生に目覚めるお話ですか!?
「あ、愛・・・」に思いっきり吹きましたw
57.100名無しの一人削除
いや、非常に笑わせて頂きました。

>うるさいわよこのきゃんダムデスサイズエロカスタム
やべぇ、普通に納得してしまった・・・
61.無評価律灰削除
初っ端のクシャミで既にグロッキー。まさに機械付き戦闘マシーン(ぇ
62.90律灰削除
スンマセン、点数忘れました
66.100名前が無い程度の能力削除
バカヤロー!思いっきりわらったじゃないかwww
いや。もういいもの読ませてもらいました。アリスがアリス。
68.90名前が無い程度の能力削除
ドサクサに紛れてとんでもないことをしているメディに吹いた
72.80BP削除
ポワゾーンて・・・w スーさん渋いなぁ
80.70吟砂削除
あけましておめでとうございます。
あい変わらずなステキフィールド全開ですねw
しかし、去年のえ~りんダッシュから一年ですか・・・
笑うと同時に、早いなぁと感じます。

>パ、パパラッチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!
どうみても褒め言葉じゃありません、本当にありがとうございました。
いあ、笑わせていただきましたw
84.90名前が溶解削除
最後はどう考えても天国の階段を上ったようにしか読めません
本当に面白い作品をありがとうございました
109.80自転車で流鏑馬削除
あなたの上海蓬莱が好きすぎて困る