注意して下さい!第四回人気投票の結果がバレます!
赤く朱く、とても紅い、其処は夜の支配者が治める館。
その周囲を飾るのは、申し訳程度の狭き大地であり、氷精の舞う広大な湖であった。
今日も今日とて元気に飛び回る氷精はさて置いて、その館……紅魔館の一室に、普段良く集まる面子が集まっていた……。
「………、さて」
低く重く唸るように言って、この館の主人は口にしていたカップを受け皿に戻した。
カチャ…と、小気味の良い音とは裏腹に、その場に居る面々から発せられる雰囲気が強張る。
「ついに、この時が来てしまったわね…」
「……っ」
次いで紡がれた言葉も低く、聞く者を圧倒していく。
珍しくこの場に顔を出した紅髪の少女、七曜の賢者…パチュリー・ノーレッジの付き人である小悪魔…リトルなど、思わず悲鳴が上がりそうになったくらいだ。頭と背を飾る悪魔の翼が震え縮こまり、本人の気持ちをいっそ見事に代弁している。
ここで、この一室……大広間に置かれた丸いテーブルに着く、其々の名を挙げておこう。
レミリア・スカーレット。…カップを受け皿に戻した彼女は、普段通りに頬杖を付いている。
フランドール・スカーレット。…姉であるレミリアの右手の席で、この雰囲気の中、きょとんとしている。
十六夜咲夜。…レミリアにして左斜め後ろに付き、静かに瞳を閉じている。
パチュリー・ノーレッジ。…レミリアから左手の席に着き、人の頭程もあろう書物に目を落としている。
リトル。…パチュリーの左手に在る席に着き、見ていて可哀そうな程に肩身を強張らせている。
博麗霊夢。…リトルの左手、丁度レミリアの対面に着き、幸せそうに玉露を味わっている。
アリス・マーガトロイド。…霊夢の左手に着き、すまし顔で紅茶を口にしている。
霧雨魔理沙。…アリスとフランドールの間に着き、この重い空気を楽しんでいる。
この大広間に集まった者は、これで全てである。
レミリアはその面々をすぅ…と見回し、
「咲夜」
静かに従者の名を呼んだ。
はい、と咲夜がそれに答え瞳を開くと、次の瞬間には、出された飲み物以外置かれていなかったテーブルの上、各面々の手元に一枚の紙が置かれていた。
「………」
そのたった一枚の紙を、誰もが複雑な表情で見つめる。
それは何が在ろうと揺らがぬ博麗の巫女、あの博麗霊夢でさえ例外で無く、如何なる時も不適な笑みを絶やさぬ魔法使い、霧雨魔理沙も例外では無かった。
レミリアは焦燥にも似た視線を、フランドールは勇むように、パチュリーは何時しか本からの興味を、リトルは更に怯え、霊夢は珍しく口を引き締め、アリスは膝の上の拳をきつく握り、魔理沙は俯くようにして帽子に表情を隠した。
「私もまだ、見ては居りません」
前で合わせた手に在るその紙を軽く上げ、変わらずレミリアの後ろに控える咲夜が言う。
その言葉を聞き受け、レミリアが大きく頷く。
「それじゃ、皆…」
レミリアのその言葉。
誰もの想いが一つになる…!
どうか……っ!!
そして、
「開いてっ!」
悲鳴にも似たレミリアの高い声に、弾かれたようにその紙…人気投票結果が捲られた。
「…、そんな…」
「ぁ…」
「………」
「……ふぅ」
「う」
「っ!?うそ…っ!」
「え…?」
「……」
喜怒哀楽。
其々が其々の表情を作り、一瞬後、
「…ぃよっっっっしゃあああああああああああっっっっっ!!!!!」
魔理沙が、霧雨魔理沙が、お気に入りの帽子を握り締めて椅子から立ち上がった。
勢いで椅子が倒れたが、そんな事は如何でも良い!
「やったぜっ、あははっ、やったぁ!」
見間違えじゃ無いよな!?と、魔理沙が再度その紙を覗き込み、変わらぬ結果に満円の笑みでそれを抱きしめた。
「魔理沙っ!」
「……あっ」
霊夢が鋭く声を上げ、それで魔理沙は正気に戻った。
…そう、自分に票が来る事で、他の皆を蹴落とす事にもなるのを、その時になって思い出したのだ。
「わ、悪い…。つい、思わず」
「やったぁぁぁっ!!見てっ魔理沙!あんたには届かなかったけど、二位よ!二位っ!」
「…は?え、…あ、…ぉ、おう!」
…が、霊夢は零れるような笑みと共に魔理沙に抱き付いた。
魔理沙の杞憂であったが、自覚してしまったら素直には喜べないな…と、恋色魔法使いは苦笑する。
しかし、前回に引き続いての一位。そしてこの霊夢の笑顔。
徐々に魔理沙の顔が花咲く。
「うん、やったな霊夢!けど、甘いぜ…、なんたって私はV2だぜ。エクストラを入れればⅤ3だ!」
「く…っ!でも、この健闘は無視出来るもんじゃあ無いわよねぇ…?」
「違いないや」
「あははっ」
そんな二人に近付くのは、霊夢に撥ねられ鬱になりかけていたアリスである。
常に清潔に保たれている紅魔館の床だから汚れこそ無いものの、転がった拍子に服が大分よれてしまっている。だがしかし、そんな過去は投票結果を一瞥するだけで彼岸の彼方にGo to Hellだ。
「二人とも、そんなに浮かれていると足元を掬われるんじゃなくて?」
「お、アリスも大健闘だったんだな」
「おめでとうアリス!」
「ま、まあ…、当然の結果じゃないかしら?」
「よく言うぜ。さっきまで、ずっと私のスカートを掴んでたのは何処のもがっ」
「まっ、魔理沙!」
アリスが慌てて魔理沙の口を塞いだ。
ふーん…と言った感じの霊夢のにやけ目に、アリスの顔が火を点けたように真っ赤に染まる。
潤む瞳に染まる頬。これならこの結果も間違いでは無いだろう。霊夢は笑顔を崩せず、そのままの表情で思った。
「ふふっ、……同情票じゃなくて?」
「わっ」
「きゃ」
「がーんっ!」
くすくすと笑って言ったのは、何時の間にやら近くに来ていた咲夜だった。
倒れたままの椅子を立て、両手を叩く仕草と共ににっこりと笑う。
「冗談よ。兎に角、四人ともおめでとう」
「四人?」
自分、魔理沙、アリスと数え、はて…と首を傾げる霊夢に、
「あら?私の分は祝ってくれないの?」
「自分のかい!」
珍しくテンションの高い霊夢の突込みを、咲夜は彼女らしい、咲き誇るような笑顔で応えた。
そんな二人のやり取りを愉しげに眺める魔理沙とアリス。そんな二人の魔女の元に、もう一人の魔女が歩み寄った。
「健闘…、と言う意味でなら、私もこっちに入れるわね」
今日も今日とてネグリジェを押し通す、もやしっ子パチュリーである。
普段肌身離さない本をテーブルに置き去りにする辺り、彼女の今までの態度も振舞っていた、と言った所なのだろう。
「ご歓迎致します、だぜ。パチュリー」
「ええ、お持て成しを期待するわ」
悪戯好きな笑みで魔理沙が言っても、パチュリーは気にする様子も無く薄く微笑む。
間違い無い。パチュリーは興味無さそうに振舞っていただけで、その実、かなり気にしていたのだろうと、魔理沙は確信した。
それは魔理沙と共に彼女を見ていた、アリスにも言える事だ。
「それじゃ、ここに居るのはベストテンって事ね」
アリスが可憐に笑ってみせると、その五人は互いに顔を見合わせて、
「「「「「皆、おめでとう!」」」」」
今出来る最高の笑顔で、互いの健闘を祝したのだった。
華が咲く。
彼女達の笑顔はどれも魅力的で、しかし一つとして同じではなく、けれど、想いを同じくした華だ。
その花束が、彼女達の居る一角を鮮やかに飾った。
そして、…光在る所に影は在る。
「ねえ…フラン…」
「なに?お姉様」
その影。悪魔のスカーレット姉妹、レミリアとフランドール。
「目…、目がね…、悪くなったみたいなの」
「うん」
「……(ひえぇぇぇぇぇ)」
ぽつり、ぽつりとレミリアが零す言葉は、どれもが重く凄惨だ。
何となく彼女達の間に来ていたリトルは、自分の判断を呪った。
レミリアの一言一言は、まるで呪詛のようで、聞いているだけで心と身体を縛り付けてくる。そして思った。
付き合って居られる妹様はとぉっても凄いんだぁ~、と。
「一は良い数字ね。トップだもの。…零も在るけれど、それは無と等しいから駄目」
「うん、私のにも在るよ」
「ええ、良い事よフラン。お互いにスカーレットを名乗る身、トップとは常に一であるけれど、時には好敵手となっても目指さなければいけないの」
「うん」
ふぅ…、と、そこで美しく溜息。
実際に溜息を吐きたいのはリトルの方だが、その場を逃げようとすると、
「…リトル、貴女何処へ行くつもり?」
「ひぇっ!?ちょ、ちょっと紅茶でもと思いまひてっ」
「我慢なさい」
「ひゃい…」
レミリアが静かに目を光らせるのだ。
正直に申し上げて逃げようものなら、きっと……いや絶対に、お得意の運命操作で、卑屈な人生を送る羽目になるだろう。
それならばまだ良い。どんな状況だろうと、生きていれば適応して、どんなに凄惨な人生だろうと小さな幸せが見付けられるかも知れない。だがもし、裏切り者には血の裁きを……、などと言われようものならば、目の前のスカーレット姉妹の玩具にされ、生とは程遠い道を歩く事になるかも知れないのだ。
だから、
「わ゛、わかりまひは…」
とても静かなその二人に挟まれるしか無かった。
「それでね、フラン、リトル」
混ぜられた。
「うん」
「ひゃいっ」
「言った通り、一は良い数字なのよ。でもね、可笑しな事に……二つ在るの」
「変だねー」
「へ、変ですね~」
「これじゃまるで、私が十一位みたいじゃない?可笑しいわねぇ」
その小さな唇に指を当てて、レミリアがくすくすと笑った。
「正しく十一位なんですよっっ!!!!」
…と、そうはっきり言えたらどんなに良いだろう。顔では必死に微笑みながら、リトルは心の中でさめざめと泣いた。
こんな時にあの人が居れば。
率先してこんな状況を取り成し、自ら好んで災厄を身に受け、そして誰も恨まずに自分の落ち度であったと己を見つめ直す。
そんな聖人君子のような人が、…え、…あれ?確かに、居た、……ような。…あれぇ?
「如何したのリトル。変な顔して」
「あ、いえ…。何だか、忘れてるものが在るような気がしたので…」
「忘れてるもの?…まあ良いわ、捨て置きなさい。思い出せないのなら、詮無き事でしょ」
「そう…ですよねぇ」
そして何事も無く話は進む。
「でもお姉様」
「なあに、フラン」
「私のに一は入ってるけど、それは十三位だからだよ?」
「(ひ~ん!)」
びしり、と、レミリアの動きが止まる。
無邪気にフラン。リトルの頭に、そんな言葉が思い浮かんだ。
フランドール・スカーレット。495年もの監禁生活を送る要因となった彼女の能力は、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力である。
で、壊した。
「(駄目!)お姉様のには一が二つだから十一位だよね。(やめて妹様!)一位は魔理沙だもん。(ちょ、それ以上は拙いですって!)さっすが魔理沙~、私を倒しちゃうだけある!(お願いだから気付いて下さいよ!)あ、オメデトウって言ってないや…。(お嬢様、震えてますって!)魔理沙のトコに行って来るねっ!」
「ふ…、ふふふ…」
「……(妹様ぁぁぁぁっ!!!!)」
リトルは気が付かない。走り去るフランドールが、口元に小さく笑みを浮かべていた事に。レミリアの小さな笑い声に集中していて、フランドールが、ごめんねー、と言った事に。
不安定な姉に、精神安定剤を提供するフランドールの心遣い。恐ろしい年月を地下室で孤独に過ごした彼女の見せた想い。なんと美しい姉妹愛だろうか…!
………決して巻き込まれるのが嫌な訳では無い。筈。
「ふふ、ふふふふ…………、ふぅ…」
「………(終わ、った)」
ちょっと離れた場所で華やかに談笑する皆が、今はとても遠くに見えた。
魔理沙!うわっと、フランか。うん、魔理沙オメデトウ!ははは、ありがとなフラン。えへへー。でも、ちょっと発音が怪しかったな。え…、そう?そうねぇ…、フラン、私の後に続いて言ってみなさい。うん解った。お・め・で・と・う。オ・め・で・ト・ウ。うーん、ちょっと硬いなぁ…。難しいよ霊夢ぅ…。難しく無いってば。ははは、でもちゃんと気持ちは伝わってきたぜ。ホント!?
嗚呼…、なんて心洗われる会話なんだろう…。
リトルがは遠くを眺めながら、叶えられなかった願い、夢に、終止符を打つ覚悟を決めた…。
パチュリー様、先立つ不幸をお許し下さい。
「リトル、私は何位か言ってみなさい」
「…えーと(知ってるくせに!)」
リトルはレミリアの方を見ず、心の中で突っ込んだ。
そして、最後にパチュリーの笑顔を思い描こうとして、
がはぁ…ッ!
「吐血かよっ!!」
「ひっ!?」
笑顔さえ浮かべられなかった自分の思考回路に激しい突っ込みを叩き込みつつ、必死にって、あれ、ひっ!?って何?
思わずして聞こえた小さな声に、視線を向けると、
「どっ、リトル…、どうしたのよぅ…っ」
へたれみりあ。
きゅーん…!と、リトルの心が締め付けられた。
「この感覚は……、へたれみりあ!」
フランドールも混ざり、更に賑やかになった談笑の中、急に真顔になった咲夜がそんな事を叫んだ。
「知っているのか咲夜!?…じゃなくって、何それ」
霊夢が小首を傾げつつ返すと、一同は頷いてから答えた。
「「「「「前回の霊夢」」」」」
「へたれいむとか言うな!…はっ、私は何を…」
「まあ、詰まる所そう言う事だ」
魔理沙がそう締めて、キッと其方を向く。
それに釣られるようにして、霊咲アリパチュフランも身構えた。
「うぅ…、ぜんかいは、はちいだったのに、おちた…。かえいづかで、でなかったから…?」
「平仮名言語暴走特急ッッ!」
「落ち着けメイド長!意味解らん!」
顔の下半分を抑えながら、咲夜が「息を荒げた。其処を見られたら、最早私は瀟洒で無くなるだろう。だから見せぬ!誰にも悟らせぬ!そしてよろけぬ!絶対にだ!倒れる時は前向けにっ、それが瀟洒な従者の在り方だっ!」
「いや、口にしてるから」
呆れつつも、アリスが皆の思いを代表する。
「お嬢様っ、貴女の咲夜が今お慰め致しますっ!」
「無視!?」
ハンカチーフで目尻を押さえ、アリスが力無く椅子に掛ける。
勿論そんな事は如何でも良いとばかりに咲夜は走り出した。愛するレミリアの元へ、光に速さをもって駆け寄ろうとして、
「大丈夫ですってお嬢様!私なんて二十九位ですよっ、今回はちょっと、時期が悪かっただけです!新作が出た後だったら絶対に上がってました!」
「ほんと?りとる、ほんと?」
「ええ、絶対ですっ!」
本来であれば自分が居ただろう場所に何食わぬ顔で鎮座なされる憎いアンチクショウの姿を見て、ぎぎぎと動きを止めた。
胸の前で両手を握り、絶対です!なんて言うリトル。そんな彼女にお嬢様は何度も何度も不安そうに聞き返す。リトルがにっこりと笑って、ホントです!と返す。そこで漸くお嬢様が笑顔を浮かべる。お嬢様の笑顔。蕾のように幼くも薔薇のように妖艶なその笑顔は私に向けられる筈だったのに、何で違うのに向けられている?そう、それはお嬢様の目の前に私が居ないからだ。私が居なくてあの子悪魔が居るからだ。時間を止めてでも隣に行けば良かっ…て駄目だ駄目だッ!そんな事をしたらお嬢様を驚かせてしまう。潤む瞳も素敵だが嫌われてしまったら私はもう生きて行けない。じゃあ如何しろと?考えろ、考えろっ、考えろっ!十六夜咲夜ッ!!私は何だ?お前は何だ!?完全で瀟洒な従者だろうっ!?ならばあの笑顔を自分に向ける為の完全で緻密で冷静で大胆な策を挙げて魅せろっ!!十六夜咲夜ッッ!!!!
「お嬢様…っ!!」
全ての視線がその声に呼び寄せられる。
切なさに寄せられた眉。自然と浮かんだ涙。完全な瀟洒の殻を突き破り、咲夜の心が、思いが、今…、
「私は…!」
「うそつき…」
木端微塵にマイハートブレイク♪
「うそつき、うそつき!さくやのうそつき!あの、えんかいさわぎのよる、わたしのすかーとのなかに、からだごとあたまをつっこんで、さくやのせかい~とかいって、わたしのこぶしでしずむまえに、あなたは、いったじゃない!こうやって、おじょうさまのもつ、すべてのすかーとのうちがわのしわをかぞえるまで、さくやはおそばにいますって!かぞえきるまえにしんじゃうわね、っていったわたしに、だからしぬまでそばにいるんですよって、いったじゃない!」
「お、おじょうさま…っ」
んな事してたんかい…。と、言うまでも無いのだが、誰もが思った。
先程までは気の良い美人なお姉さんと向けられていた視線が、今では大分褪めている。
「あ……」
咲夜はその言葉の前に、身を、引いてしまった。
瀟洒な仮面が、崩れる瞬間。
「さ、咲夜は……、」
「お、おい、メイド長…?」
「不出来な娘ですぅぅぅぅぅ!!!」
わっと両手で顔を覆って駆け出す。
そんな彼女の向かう先には、………フランドール。
「妹様ご寵愛を~~~~っっ!!!」
「「「「「節操無ぇな、おいっ!!」」」」」
「わーっ!?こっちくるなぁ!!」
レーヴァテインで吹っ飛ばされて、咲夜は場外に飛ばされたのだった。
「ちっ、こうなったら私が…!」
「魔理沙…」
「…パチュリー?」
見かねた魔理沙が前に出ようとして、動かない大図書館パチュリー・ノーレッジに止められる。
「ここは、彼女の親友である私に…任せてくれないかしら?」
「…そうか、…そうだったな。頼むぜ、パチュリー」
「頼まれたわ」
勇み、顔を上げた彼女に掛けられる、声。
「パチュリー…」
「アリス?」
薄く微笑んで、アリスは言った。
「魔理沙との事…、まだ決着は付いて無いんだからね?」
「ふふ…、解っているわ」
居心地悪そうに遠くを見る魔理沙を眺めながら、席に戻って冷めた玉露を飲みつつ霊夢は思う。…なんだこの展開は、と。
パチュリーはレミリアの少し手前で立ち止まり、
「ねえレミィ。少しだけ話しを」
「…ぱちぇ、へたにさをつけられるよりも、くるしいことって、あるよね…」
「………」
くるりと方向転換をし、アリスの隣の席、魔理沙が座っていたそれに腰掛けると、アリスの近くにそれを寄せた。
アリスに、ふっと微笑むとテーブルに突っ伏して、言う。
「無理」
「「「「早っ!!!!」」」」
霊夢、魔理沙、フラン、リトルが突っ伏した大図書館に突っ込んだ。
何故か、アリスはパチュリーと共に突っ伏していた。おそらく、貰い鬱だろう。
「く…っ、困ったぜ。かと言って、トップになっちまった私じゃ」
「…わたしが、かとうないきもののきもちをわからないのといっしょで、まりさには、わたしのきもちはわからないよ…」
「って事になるだろうし、って言うかなったし。レミリアが大好きな霊夢も、今回は文句無しの好成績だから」
「れいむだいすきよ!でも、つきはなすこともれんあいのてくだなの!ゆるしてっ!」
「あー、はいはい。好きになさい」
「やっぱり、れいむはわたしのことをわかってるわね!」
「って事になるだろうし、って言うか随分な差だなぁおい!レミリアを捨ててこっちに走ったフランじゃ以ての外だしな」
「バレてる!?」
「また、かんきんかなぁ…うふふふ」
「お、お姉様っ落ち着いて…!」
「リトルじゃキャラ薄いし…」
「うわーんっ!!」
成す術が無い。
もう駄目なのか…?本当にもう、何も出来ないのか…?
残された道は、ただただ己の無力を呪う事だけなのか!?
決して諦めない恋色魔法使い霧雨魔理沙が、あの、全てを楽しみ、飲み込んでしまう霧雨魔理沙が絶望に包まれる。
魔理沙の身体から力が抜けていく。
頭が下がって俯き、腕が力無く垂れ下がる。
「くっ…」
そしてついに、魔理沙の足から力が抜ける。
膝を着いちまうな…と、霧雨魔理沙は自嘲気味に唇を歪めたその時だった!
「お嬢様!!」
バン!と、瀟洒な振る舞いなどかなぐり捨てて、咲夜が大広間に戻ってきた。
今更何の心算だ。何が出来る。もう、全ては終わってしまったのだ。
その視線を一身に受けながらも、咲夜は敢えてそれに身を捧げた。
もう何も出来ない?全ては終わってしまっている?
違うっ!まだ終わっていないっ!!
私達には、彼女が残っているのだッ!!
温度の無い視線を跳ね返し、咲夜が一歩、隣に逸れる。
「あれ?もう話し合いは終わったんですか?」
「「「「「!!!!」」」」」
そうだ、彼女が居た。
何故忘れていたのだろうか?
彼女は何時だって、そう、何時だって顔を合わせていたのに…!
彼女は何時だって笑っていた。太陽のような笑顔で、何時だって皆を包んでいてくれたじゃないか!
針を撃ち込まれようとも、魔砲で焦げようとも、ナイフで刺されようとも、レーザーに焼かれようとも、何時だって微笑んでいたじゃないかっ!
儚さに涙が零れそうになる。
何故!その存在の有難さは、危機に直面した時にしか気が付かないのか!?
二つの破壊の鉄球で門を守り、チャームポイントは某国の民族衣装っぽいの。
紅魔館の、トラブル&ストレス緩和材。
そう、彼女は、彼女の名前は…!
「「「「「「「「門国っ!」」」」」」」」
「もんごっ…!?ってなんですかっ、もんごくって何処ですかっ!何で私を見るんですかぁっ!!」
何時の間にかレミリアの傍に居た咲夜が、頬を擽る草原の風のようにそっと…彼女の耳に告げる。
「彼女が元凶です」
悲鳴と破壊音のシンフォニーを聞きながら、霊夢は思った。
この玉露、貰って帰ろっと。
赤く朱く、とても紅い、其処は夜の支配者が治める館。
その周囲を飾るのは、申し訳程度の狭き大地であり、氷精の舞う広大な湖であった。
今日も今日とて元気に飛び回る氷精はさて置いて、その館……紅魔館の一室に、普段良く集まる面子が集まっていた……。
「………、さて」
低く重く唸るように言って、この館の主人は口にしていたカップを受け皿に戻した。
カチャ…と、小気味の良い音とは裏腹に、その場に居る面々から発せられる雰囲気が強張る。
「ついに、この時が来てしまったわね…」
「……っ」
次いで紡がれた言葉も低く、聞く者を圧倒していく。
珍しくこの場に顔を出した紅髪の少女、七曜の賢者…パチュリー・ノーレッジの付き人である小悪魔…リトルなど、思わず悲鳴が上がりそうになったくらいだ。頭と背を飾る悪魔の翼が震え縮こまり、本人の気持ちをいっそ見事に代弁している。
ここで、この一室……大広間に置かれた丸いテーブルに着く、其々の名を挙げておこう。
レミリア・スカーレット。…カップを受け皿に戻した彼女は、普段通りに頬杖を付いている。
フランドール・スカーレット。…姉であるレミリアの右手の席で、この雰囲気の中、きょとんとしている。
十六夜咲夜。…レミリアにして左斜め後ろに付き、静かに瞳を閉じている。
パチュリー・ノーレッジ。…レミリアから左手の席に着き、人の頭程もあろう書物に目を落としている。
リトル。…パチュリーの左手に在る席に着き、見ていて可哀そうな程に肩身を強張らせている。
博麗霊夢。…リトルの左手、丁度レミリアの対面に着き、幸せそうに玉露を味わっている。
アリス・マーガトロイド。…霊夢の左手に着き、すまし顔で紅茶を口にしている。
霧雨魔理沙。…アリスとフランドールの間に着き、この重い空気を楽しんでいる。
この大広間に集まった者は、これで全てである。
レミリアはその面々をすぅ…と見回し、
「咲夜」
静かに従者の名を呼んだ。
はい、と咲夜がそれに答え瞳を開くと、次の瞬間には、出された飲み物以外置かれていなかったテーブルの上、各面々の手元に一枚の紙が置かれていた。
「………」
そのたった一枚の紙を、誰もが複雑な表情で見つめる。
それは何が在ろうと揺らがぬ博麗の巫女、あの博麗霊夢でさえ例外で無く、如何なる時も不適な笑みを絶やさぬ魔法使い、霧雨魔理沙も例外では無かった。
レミリアは焦燥にも似た視線を、フランドールは勇むように、パチュリーは何時しか本からの興味を、リトルは更に怯え、霊夢は珍しく口を引き締め、アリスは膝の上の拳をきつく握り、魔理沙は俯くようにして帽子に表情を隠した。
「私もまだ、見ては居りません」
前で合わせた手に在るその紙を軽く上げ、変わらずレミリアの後ろに控える咲夜が言う。
その言葉を聞き受け、レミリアが大きく頷く。
「それじゃ、皆…」
レミリアのその言葉。
誰もの想いが一つになる…!
どうか……っ!!
そして、
「開いてっ!」
悲鳴にも似たレミリアの高い声に、弾かれたようにその紙…人気投票結果が捲られた。
「…、そんな…」
「ぁ…」
「………」
「……ふぅ」
「う」
「っ!?うそ…っ!」
「え…?」
「……」
喜怒哀楽。
其々が其々の表情を作り、一瞬後、
「…ぃよっっっっしゃあああああああああああっっっっっ!!!!!」
魔理沙が、霧雨魔理沙が、お気に入りの帽子を握り締めて椅子から立ち上がった。
勢いで椅子が倒れたが、そんな事は如何でも良い!
「やったぜっ、あははっ、やったぁ!」
見間違えじゃ無いよな!?と、魔理沙が再度その紙を覗き込み、変わらぬ結果に満円の笑みでそれを抱きしめた。
「魔理沙っ!」
「……あっ」
霊夢が鋭く声を上げ、それで魔理沙は正気に戻った。
…そう、自分に票が来る事で、他の皆を蹴落とす事にもなるのを、その時になって思い出したのだ。
「わ、悪い…。つい、思わず」
「やったぁぁぁっ!!見てっ魔理沙!あんたには届かなかったけど、二位よ!二位っ!」
「…は?え、…あ、…ぉ、おう!」
…が、霊夢は零れるような笑みと共に魔理沙に抱き付いた。
魔理沙の杞憂であったが、自覚してしまったら素直には喜べないな…と、恋色魔法使いは苦笑する。
しかし、前回に引き続いての一位。そしてこの霊夢の笑顔。
徐々に魔理沙の顔が花咲く。
「うん、やったな霊夢!けど、甘いぜ…、なんたって私はV2だぜ。エクストラを入れればⅤ3だ!」
「く…っ!でも、この健闘は無視出来るもんじゃあ無いわよねぇ…?」
「違いないや」
「あははっ」
そんな二人に近付くのは、霊夢に撥ねられ鬱になりかけていたアリスである。
常に清潔に保たれている紅魔館の床だから汚れこそ無いものの、転がった拍子に服が大分よれてしまっている。だがしかし、そんな過去は投票結果を一瞥するだけで彼岸の彼方にGo to Hellだ。
「二人とも、そんなに浮かれていると足元を掬われるんじゃなくて?」
「お、アリスも大健闘だったんだな」
「おめでとうアリス!」
「ま、まあ…、当然の結果じゃないかしら?」
「よく言うぜ。さっきまで、ずっと私のスカートを掴んでたのは何処のもがっ」
「まっ、魔理沙!」
アリスが慌てて魔理沙の口を塞いだ。
ふーん…と言った感じの霊夢のにやけ目に、アリスの顔が火を点けたように真っ赤に染まる。
潤む瞳に染まる頬。これならこの結果も間違いでは無いだろう。霊夢は笑顔を崩せず、そのままの表情で思った。
「ふふっ、……同情票じゃなくて?」
「わっ」
「きゃ」
「がーんっ!」
くすくすと笑って言ったのは、何時の間にやら近くに来ていた咲夜だった。
倒れたままの椅子を立て、両手を叩く仕草と共ににっこりと笑う。
「冗談よ。兎に角、四人ともおめでとう」
「四人?」
自分、魔理沙、アリスと数え、はて…と首を傾げる霊夢に、
「あら?私の分は祝ってくれないの?」
「自分のかい!」
珍しくテンションの高い霊夢の突込みを、咲夜は彼女らしい、咲き誇るような笑顔で応えた。
そんな二人のやり取りを愉しげに眺める魔理沙とアリス。そんな二人の魔女の元に、もう一人の魔女が歩み寄った。
「健闘…、と言う意味でなら、私もこっちに入れるわね」
今日も今日とてネグリジェを押し通す、もやしっ子パチュリーである。
普段肌身離さない本をテーブルに置き去りにする辺り、彼女の今までの態度も振舞っていた、と言った所なのだろう。
「ご歓迎致します、だぜ。パチュリー」
「ええ、お持て成しを期待するわ」
悪戯好きな笑みで魔理沙が言っても、パチュリーは気にする様子も無く薄く微笑む。
間違い無い。パチュリーは興味無さそうに振舞っていただけで、その実、かなり気にしていたのだろうと、魔理沙は確信した。
それは魔理沙と共に彼女を見ていた、アリスにも言える事だ。
「それじゃ、ここに居るのはベストテンって事ね」
アリスが可憐に笑ってみせると、その五人は互いに顔を見合わせて、
「「「「「皆、おめでとう!」」」」」
今出来る最高の笑顔で、互いの健闘を祝したのだった。
華が咲く。
彼女達の笑顔はどれも魅力的で、しかし一つとして同じではなく、けれど、想いを同じくした華だ。
その花束が、彼女達の居る一角を鮮やかに飾った。
そして、…光在る所に影は在る。
「ねえ…フラン…」
「なに?お姉様」
その影。悪魔のスカーレット姉妹、レミリアとフランドール。
「目…、目がね…、悪くなったみたいなの」
「うん」
「……(ひえぇぇぇぇぇ)」
ぽつり、ぽつりとレミリアが零す言葉は、どれもが重く凄惨だ。
何となく彼女達の間に来ていたリトルは、自分の判断を呪った。
レミリアの一言一言は、まるで呪詛のようで、聞いているだけで心と身体を縛り付けてくる。そして思った。
付き合って居られる妹様はとぉっても凄いんだぁ~、と。
「一は良い数字ね。トップだもの。…零も在るけれど、それは無と等しいから駄目」
「うん、私のにも在るよ」
「ええ、良い事よフラン。お互いにスカーレットを名乗る身、トップとは常に一であるけれど、時には好敵手となっても目指さなければいけないの」
「うん」
ふぅ…、と、そこで美しく溜息。
実際に溜息を吐きたいのはリトルの方だが、その場を逃げようとすると、
「…リトル、貴女何処へ行くつもり?」
「ひぇっ!?ちょ、ちょっと紅茶でもと思いまひてっ」
「我慢なさい」
「ひゃい…」
レミリアが静かに目を光らせるのだ。
正直に申し上げて逃げようものなら、きっと……いや絶対に、お得意の運命操作で、卑屈な人生を送る羽目になるだろう。
それならばまだ良い。どんな状況だろうと、生きていれば適応して、どんなに凄惨な人生だろうと小さな幸せが見付けられるかも知れない。だがもし、裏切り者には血の裁きを……、などと言われようものならば、目の前のスカーレット姉妹の玩具にされ、生とは程遠い道を歩く事になるかも知れないのだ。
だから、
「わ゛、わかりまひは…」
とても静かなその二人に挟まれるしか無かった。
「それでね、フラン、リトル」
混ぜられた。
「うん」
「ひゃいっ」
「言った通り、一は良い数字なのよ。でもね、可笑しな事に……二つ在るの」
「変だねー」
「へ、変ですね~」
「これじゃまるで、私が十一位みたいじゃない?可笑しいわねぇ」
その小さな唇に指を当てて、レミリアがくすくすと笑った。
「正しく十一位なんですよっっ!!!!」
…と、そうはっきり言えたらどんなに良いだろう。顔では必死に微笑みながら、リトルは心の中でさめざめと泣いた。
こんな時にあの人が居れば。
率先してこんな状況を取り成し、自ら好んで災厄を身に受け、そして誰も恨まずに自分の落ち度であったと己を見つめ直す。
そんな聖人君子のような人が、…え、…あれ?確かに、居た、……ような。…あれぇ?
「如何したのリトル。変な顔して」
「あ、いえ…。何だか、忘れてるものが在るような気がしたので…」
「忘れてるもの?…まあ良いわ、捨て置きなさい。思い出せないのなら、詮無き事でしょ」
「そう…ですよねぇ」
そして何事も無く話は進む。
「でもお姉様」
「なあに、フラン」
「私のに一は入ってるけど、それは十三位だからだよ?」
「(ひ~ん!)」
びしり、と、レミリアの動きが止まる。
無邪気にフラン。リトルの頭に、そんな言葉が思い浮かんだ。
フランドール・スカーレット。495年もの監禁生活を送る要因となった彼女の能力は、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力である。
で、壊した。
「(駄目!)お姉様のには一が二つだから十一位だよね。(やめて妹様!)一位は魔理沙だもん。(ちょ、それ以上は拙いですって!)さっすが魔理沙~、私を倒しちゃうだけある!(お願いだから気付いて下さいよ!)あ、オメデトウって言ってないや…。(お嬢様、震えてますって!)魔理沙のトコに行って来るねっ!」
「ふ…、ふふふ…」
「……(妹様ぁぁぁぁっ!!!!)」
リトルは気が付かない。走り去るフランドールが、口元に小さく笑みを浮かべていた事に。レミリアの小さな笑い声に集中していて、フランドールが、ごめんねー、と言った事に。
不安定な姉に、精神安定剤を提供するフランドールの心遣い。恐ろしい年月を地下室で孤独に過ごした彼女の見せた想い。なんと美しい姉妹愛だろうか…!
………決して巻き込まれるのが嫌な訳では無い。筈。
「ふふ、ふふふふ…………、ふぅ…」
「………(終わ、った)」
ちょっと離れた場所で華やかに談笑する皆が、今はとても遠くに見えた。
魔理沙!うわっと、フランか。うん、魔理沙オメデトウ!ははは、ありがとなフラン。えへへー。でも、ちょっと発音が怪しかったな。え…、そう?そうねぇ…、フラン、私の後に続いて言ってみなさい。うん解った。お・め・で・と・う。オ・め・で・ト・ウ。うーん、ちょっと硬いなぁ…。難しいよ霊夢ぅ…。難しく無いってば。ははは、でもちゃんと気持ちは伝わってきたぜ。ホント!?
嗚呼…、なんて心洗われる会話なんだろう…。
リトルがは遠くを眺めながら、叶えられなかった願い、夢に、終止符を打つ覚悟を決めた…。
パチュリー様、先立つ不幸をお許し下さい。
「リトル、私は何位か言ってみなさい」
「…えーと(知ってるくせに!)」
リトルはレミリアの方を見ず、心の中で突っ込んだ。
そして、最後にパチュリーの笑顔を思い描こうとして、
がはぁ…ッ!
「吐血かよっ!!」
「ひっ!?」
笑顔さえ浮かべられなかった自分の思考回路に激しい突っ込みを叩き込みつつ、必死にって、あれ、ひっ!?って何?
思わずして聞こえた小さな声に、視線を向けると、
「どっ、リトル…、どうしたのよぅ…っ」
へたれみりあ。
きゅーん…!と、リトルの心が締め付けられた。
「この感覚は……、へたれみりあ!」
フランドールも混ざり、更に賑やかになった談笑の中、急に真顔になった咲夜がそんな事を叫んだ。
「知っているのか咲夜!?…じゃなくって、何それ」
霊夢が小首を傾げつつ返すと、一同は頷いてから答えた。
「「「「「前回の霊夢」」」」」
「へたれいむとか言うな!…はっ、私は何を…」
「まあ、詰まる所そう言う事だ」
魔理沙がそう締めて、キッと其方を向く。
それに釣られるようにして、霊咲アリパチュフランも身構えた。
「うぅ…、ぜんかいは、はちいだったのに、おちた…。かえいづかで、でなかったから…?」
「平仮名言語暴走特急ッッ!」
「落ち着けメイド長!意味解らん!」
顔の下半分を抑えながら、咲夜が「息を荒げた。其処を見られたら、最早私は瀟洒で無くなるだろう。だから見せぬ!誰にも悟らせぬ!そしてよろけぬ!絶対にだ!倒れる時は前向けにっ、それが瀟洒な従者の在り方だっ!」
「いや、口にしてるから」
呆れつつも、アリスが皆の思いを代表する。
「お嬢様っ、貴女の咲夜が今お慰め致しますっ!」
「無視!?」
ハンカチーフで目尻を押さえ、アリスが力無く椅子に掛ける。
勿論そんな事は如何でも良いとばかりに咲夜は走り出した。愛するレミリアの元へ、光に速さをもって駆け寄ろうとして、
「大丈夫ですってお嬢様!私なんて二十九位ですよっ、今回はちょっと、時期が悪かっただけです!新作が出た後だったら絶対に上がってました!」
「ほんと?りとる、ほんと?」
「ええ、絶対ですっ!」
本来であれば自分が居ただろう場所に何食わぬ顔で鎮座なされる憎いアンチクショウの姿を見て、ぎぎぎと動きを止めた。
胸の前で両手を握り、絶対です!なんて言うリトル。そんな彼女にお嬢様は何度も何度も不安そうに聞き返す。リトルがにっこりと笑って、ホントです!と返す。そこで漸くお嬢様が笑顔を浮かべる。お嬢様の笑顔。蕾のように幼くも薔薇のように妖艶なその笑顔は私に向けられる筈だったのに、何で違うのに向けられている?そう、それはお嬢様の目の前に私が居ないからだ。私が居なくてあの子悪魔が居るからだ。時間を止めてでも隣に行けば良かっ…て駄目だ駄目だッ!そんな事をしたらお嬢様を驚かせてしまう。潤む瞳も素敵だが嫌われてしまったら私はもう生きて行けない。じゃあ如何しろと?考えろ、考えろっ、考えろっ!十六夜咲夜ッ!!私は何だ?お前は何だ!?完全で瀟洒な従者だろうっ!?ならばあの笑顔を自分に向ける為の完全で緻密で冷静で大胆な策を挙げて魅せろっ!!十六夜咲夜ッッ!!!!
「お嬢様…っ!!」
全ての視線がその声に呼び寄せられる。
切なさに寄せられた眉。自然と浮かんだ涙。完全な瀟洒の殻を突き破り、咲夜の心が、思いが、今…、
「私は…!」
「うそつき…」
木端微塵にマイハートブレイク♪
「うそつき、うそつき!さくやのうそつき!あの、えんかいさわぎのよる、わたしのすかーとのなかに、からだごとあたまをつっこんで、さくやのせかい~とかいって、わたしのこぶしでしずむまえに、あなたは、いったじゃない!こうやって、おじょうさまのもつ、すべてのすかーとのうちがわのしわをかぞえるまで、さくやはおそばにいますって!かぞえきるまえにしんじゃうわね、っていったわたしに、だからしぬまでそばにいるんですよって、いったじゃない!」
「お、おじょうさま…っ」
んな事してたんかい…。と、言うまでも無いのだが、誰もが思った。
先程までは気の良い美人なお姉さんと向けられていた視線が、今では大分褪めている。
「あ……」
咲夜はその言葉の前に、身を、引いてしまった。
瀟洒な仮面が、崩れる瞬間。
「さ、咲夜は……、」
「お、おい、メイド長…?」
「不出来な娘ですぅぅぅぅぅ!!!」
わっと両手で顔を覆って駆け出す。
そんな彼女の向かう先には、………フランドール。
「妹様ご寵愛を~~~~っっ!!!」
「「「「「節操無ぇな、おいっ!!」」」」」
「わーっ!?こっちくるなぁ!!」
レーヴァテインで吹っ飛ばされて、咲夜は場外に飛ばされたのだった。
「ちっ、こうなったら私が…!」
「魔理沙…」
「…パチュリー?」
見かねた魔理沙が前に出ようとして、動かない大図書館パチュリー・ノーレッジに止められる。
「ここは、彼女の親友である私に…任せてくれないかしら?」
「…そうか、…そうだったな。頼むぜ、パチュリー」
「頼まれたわ」
勇み、顔を上げた彼女に掛けられる、声。
「パチュリー…」
「アリス?」
薄く微笑んで、アリスは言った。
「魔理沙との事…、まだ決着は付いて無いんだからね?」
「ふふ…、解っているわ」
居心地悪そうに遠くを見る魔理沙を眺めながら、席に戻って冷めた玉露を飲みつつ霊夢は思う。…なんだこの展開は、と。
パチュリーはレミリアの少し手前で立ち止まり、
「ねえレミィ。少しだけ話しを」
「…ぱちぇ、へたにさをつけられるよりも、くるしいことって、あるよね…」
「………」
くるりと方向転換をし、アリスの隣の席、魔理沙が座っていたそれに腰掛けると、アリスの近くにそれを寄せた。
アリスに、ふっと微笑むとテーブルに突っ伏して、言う。
「無理」
「「「「早っ!!!!」」」」
霊夢、魔理沙、フラン、リトルが突っ伏した大図書館に突っ込んだ。
何故か、アリスはパチュリーと共に突っ伏していた。おそらく、貰い鬱だろう。
「く…っ、困ったぜ。かと言って、トップになっちまった私じゃ」
「…わたしが、かとうないきもののきもちをわからないのといっしょで、まりさには、わたしのきもちはわからないよ…」
「って事になるだろうし、って言うかなったし。レミリアが大好きな霊夢も、今回は文句無しの好成績だから」
「れいむだいすきよ!でも、つきはなすこともれんあいのてくだなの!ゆるしてっ!」
「あー、はいはい。好きになさい」
「やっぱり、れいむはわたしのことをわかってるわね!」
「って事になるだろうし、って言うか随分な差だなぁおい!レミリアを捨ててこっちに走ったフランじゃ以ての外だしな」
「バレてる!?」
「また、かんきんかなぁ…うふふふ」
「お、お姉様っ落ち着いて…!」
「リトルじゃキャラ薄いし…」
「うわーんっ!!」
成す術が無い。
もう駄目なのか…?本当にもう、何も出来ないのか…?
残された道は、ただただ己の無力を呪う事だけなのか!?
決して諦めない恋色魔法使い霧雨魔理沙が、あの、全てを楽しみ、飲み込んでしまう霧雨魔理沙が絶望に包まれる。
魔理沙の身体から力が抜けていく。
頭が下がって俯き、腕が力無く垂れ下がる。
「くっ…」
そしてついに、魔理沙の足から力が抜ける。
膝を着いちまうな…と、霧雨魔理沙は自嘲気味に唇を歪めたその時だった!
「お嬢様!!」
バン!と、瀟洒な振る舞いなどかなぐり捨てて、咲夜が大広間に戻ってきた。
今更何の心算だ。何が出来る。もう、全ては終わってしまったのだ。
その視線を一身に受けながらも、咲夜は敢えてそれに身を捧げた。
もう何も出来ない?全ては終わってしまっている?
違うっ!まだ終わっていないっ!!
私達には、彼女が残っているのだッ!!
温度の無い視線を跳ね返し、咲夜が一歩、隣に逸れる。
「あれ?もう話し合いは終わったんですか?」
「「「「「!!!!」」」」」
そうだ、彼女が居た。
何故忘れていたのだろうか?
彼女は何時だって、そう、何時だって顔を合わせていたのに…!
彼女は何時だって笑っていた。太陽のような笑顔で、何時だって皆を包んでいてくれたじゃないか!
針を撃ち込まれようとも、魔砲で焦げようとも、ナイフで刺されようとも、レーザーに焼かれようとも、何時だって微笑んでいたじゃないかっ!
儚さに涙が零れそうになる。
何故!その存在の有難さは、危機に直面した時にしか気が付かないのか!?
二つの破壊の鉄球で門を守り、チャームポイントは某国の民族衣装っぽいの。
紅魔館の、トラブル&ストレス緩和材。
そう、彼女は、彼女の名前は…!
「「「「「「「「門国っ!」」」」」」」」
「もんごっ…!?ってなんですかっ、もんごくって何処ですかっ!何で私を見るんですかぁっ!!」
何時の間にかレミリアの傍に居た咲夜が、頬を擽る草原の風のようにそっと…彼女の耳に告げる。
「彼女が元凶です」
悲鳴と破壊音のシンフォニーを聞きながら、霊夢は思った。
この玉露、貰って帰ろっと。
門国・・・流行るかもねぇ
自分でも吃驚なのです、が…、美鈴以外のコメントが無いですね…(汗
ちょっとはっちゃけてしまった感が在りますが、次回はシリアス、と言うか…まあ、その、自分のフェチっぽい作品になります。あはは…。
ぐい井戸・御簾田さんのコメント通り、門番で中国だからこうなってしまったのですが、そんな彼女も、今後凛々しい姿を見せると思います。手酷く弄った後、優しく戯んであげるかも知れません。サディストで、すいません!
ちなみに素で美鈴忘れてたのは秘密ですw
門国気の毒にw