「さむ~」
思わず手を擦り合わせるほどの寒さ。もう冬に入って二月近いというだけあって、人間でなくても朝晩はそれなりに寒いらしい。呼吸するたびに出る吐息だって目に見えて真っ白だ。こんな日は誰だって外での仕事はしたくない。
「う~ん、暖炉が恋しいなぁ」
さっきからぼやいているのは紅魔館門番隊隊長・紅美鈴。メイド長による日勤組への朝礼の後、朝の見回りを終えて、つい今しがた門の前に戻ったところだ。
「隊長ぉ~!」
「あら?」
あまりに寒いので一旦門番隊用の見張り小屋に戻ろうとしていた美鈴が振り返ると、そこには駆け寄ってくるメイドの姿があった。門番隊所属、すなわち美鈴の部下に当たるメイドの一人だ。
「メイド長からの言伝ですよ」
「咲夜さんから?」
「はい」
咲夜の言葉をしっかりと美鈴に伝える伝言役。
「ふぅん。分かった。ありがとね」
「じゃあ私は伝言が完了したことをメイド長に報告してきます」
そう言うと、伝言メイドは館内へと駆け戻って行った。
その姿を見送って、美鈴は再び小屋に入ろうとするが……
「あぁもう……、寒いってのにぃ……」
見つけてしまった。厄介なものを。災いの元を。湖の上空に浮かぶ影を……。またしても暖かい暖炉はお預けだ。
そして影は次第に大きくなり、その姿がはっきり分かるようになったかと思うと、
「うわあぁぁん! 覚えてなさいよぉぉ!!」
―――ボチャン……
叫びと共に湖へ落ちた。
まさに今迎え撃とうとしていた美鈴は、影の意外な正体にポカンとするばかり。
「チ……チルノちゃん?」
そう、湖から顔を出してケホケホとむせているのは湖の氷精・チルノだった。
「……大丈夫?」
「あぁ、美鈴。ありがと……、あたいならへーきだよ」
そう言いながら陸地に上がるチルノはずぶ濡れ。本人は氷精なだけあって何とも無いのだろうが、見ている方は寒い。
「“覚えてなさいよぉ!”って一体どうしたの?」
「どうしたもこうしたも無いよ! 見た事も無い奴がいきなり突っ込んできて、どーんって!」
「なるほど、それで吹っ飛ばされたって訳ね……。私はてっきりあの黒いのが来たのかと思ったよ」
「来ちゃ悪いか」
「悪いと言うか何て言うか……って、お前いつの間に!」
噂をすれば何とやら。やっぱりその黒いの、もとい霧雨魔理沙も来ていた訳で。
「あー! さっきあたいを吹っ飛ばした奴! あんた誰よ! 名を名乗れぇ!」
「おお? ついに人の顔も憶えられなくなったか?」
「な……何をー!」
「まぁ……そんなモコモコな格好してたらパッと見じゃあ分からないのも無理ない気もするけど……」
「んん、そうか?」
いつもの帽子に顔の下半分までをも覆うぐるぐるマフラー、耳あてに二重の手袋、更に上着として毛布のような分厚いコートという完全な防寒装備。チルノが見た事の無い奴と言うのも頷けるような出で立ちだ。
「ほら、私だよ私」
魔理沙はマフラーを少しずらし、顔が見えるようにしてやる。
「あー! あんたあの黒白! そんなカッコしてるから分からなかったじゃない!!」
「私は寒いのが苦手なんでな。考えられる限りの防寒対策をしたつもりだ。さっきのもその一つと言えるかな」
「ちょっとー、それとあたいを吹き飛ばしたのとがどう関係あるのよ」
「寒いから早く着きたかった。だから目の前に何があろうと全速前進ってな。つまりはお前の運が悪かったって事だ」
「何か納得いかない……」
そこまでの二人のやり取りを苦笑しながら見ていた美鈴。しかし、また一つ何かが近づいてくるのを感じ取った。
「ムッ……、また何者かの気配が……」
「お、やっと来たか」
魔理沙はそれが誰だか知っている様子。
「魔理沙―! ちょっとは待ちなさいよ! こっちはこの子達を連れてるんだから」
「遅いぜ」
「無茶言わないで」
三人の目の前に降り立ったのは、大量の人形を連れたアリス・マーガトロイド。先行く魔理沙を必死に追いかけたのか、少し息が上がっている。
「うわ、人形がたくさん……」
「ムム、今日は二人して襲撃か!?」
「違うわよ。今日は正式なお客としてきたのよ。お客というか手伝いなんだけど」
「ああ、アリスの言う通りだ。咲夜から聞いてないのか?」
言われて思い出すは先程の伝言。内容は“今日は客が二人来るから来たら通せ”というものだ。
「何だ、お客ってお前達の事だったのか。問答無用で仕掛けなくて良かったよ」
「そりゃ賢明な判断だな。もし仕掛けてたら私たちにボコボコにされた後、咲夜に更にボコボコにされるところだったと思うぞ」
「う……」
「まあ、そういう事だから通してもらうわね?」
「……分かったよ」
咲夜の指示とあらば仕方ない。ここはおとなしく引き下がる美鈴。
魔理沙とアリスが館内に入って行くのを見送りながら、ふと最後にチルノが呟く。
「確か“ボコボコにする”のって、“向日葵にする”って言うんだっけ?」
「向日葵に? チルノちゃん、それ誰から聞いたの?」
「うーん……、忘れちゃった」
見張り小屋に入り、ようやく暖炉の恩恵に与ることができた美鈴。濡れてしまった服を乾かす為、チルノも一緒に小屋の中だ。
「あれ? 隊長、この時間の見張りは隊長じゃなかったんですか?」
「私だよ~。だけど寒いんだもん。ちょっと暖まってから~」
「メイド長に言い付けちゃいますよ~」
「こ……紅茶いれたげるからそれだけは勘弁して~」
小屋の中では手の空いている門番メイド達が、チェスをしたり編み物をしたりと思い思いの事をしながら暖をとっていた。チルノはというと、代えの服が無いので出来るだけ暖炉に近づいて、濡れた服を着たまま乾かしている。本人が寒くないなら自然乾燥でも良さそうだが、服が張り付くのはやっぱり気持ち悪いらしい。
「冗談ですよ隊長。外寒いですもんねぇ……分かりますよ。あ、でもみんなの紅茶はお願いしますね」
「えー、冗談なんじゃないの?」
「隊長がいれてくれるって言ったんじゃないですか。はい、紅茶飲みたい人ー?」
まるで今のやり取りを聞いていたかの如く、周りではすぐに「はーい」と言う返事と共にほぼ全員が手を挙げていた。
「もう……しょうがないなぁ」
渋々給湯室に向かう美鈴。
しばらくすると、香りの良い紅茶が入った人数分のカップとクッキーを持って戻って来た。
「じゃあ紅茶とクッキー、ここに置いておくね。はい、これチルノちゃんの分。ちゃんと冷ましてあるよ。お砂糖多めでね」
「ありがとー美鈴」
チルノにカップを手渡し、自分も暖炉近くのイスに腰掛ける。
「あ~、やっぱり暖炉はいいなァ。暖まるぅ」
「あたいはあんまり好きじゃないな暖炉って……」
「チルノちゃん、あんまり近づくと溶けちゃうよ?」
「だから嫌い。あたいはどちらかって言うと寒いほうが好き」
「氷の妖精だもんね。あぁ、寒いといえばさ、最近これだけの寒さなのにレティを見ないよねぇ?」
「……」
その名が出た途端、チルノの表情が急に暗くなる。まずいことを聞いちゃったかなと美鈴がオロオロしていると、チルノは手に持っていたカップをおもむろにテーブルに戻し、そのまま小さな窓の側までゆっくりと歩み寄っていった。
「いつもだったらね、もうとっくに会えてるはずなの」
窓越しに見える湖にどこかもの悲しげな視線を投げかけるチルノ。足元には、まだ乾ききっていない服からの水滴が滴っている。
「だけど、今年はまだ“レティが来た”っていう噂話すら聞かないんだ……」
チルノにとって、レティはどんな存在なんだろう。美鈴が見つめるチルノの横顔はまだ暗いままだ。一年中冷気を振り撒きながら飛び回る事の出来るチルノに対して、レティは冬の間しかその姿を現さない。会いたいのに会えないという事の辛さに押し潰されてしまいそうな脆さ。美鈴はそういったものを今のチルノから感じ取っていた。
「そ……そうだチルノちゃん、よかったら今夜もう一度ここに来ない?」
「どうして?」
「それは来てからのお楽しみって事でさ」
「うん……、いいよ。どうせする事無いし」
突然の誘いに少し戸惑いながら、チルノは控え目に答える。
「じゃあ決まりっ」
その答えを聞いて、パンッと体の前で手を打つ美鈴。そして、「あっ」と何かに気付くと、残っていたカップの中身を一気に飲み干した。
「ゴメンねチルノちゃん、私そろそろ見張りに出なきゃ……。夕方になったらここで待ってるね」
「うん、分かった」
「じゃあまた後で」
そう言うと、美鈴は再び寒さの中へと出ていく。
「あたいもそろそろ行こうかな……」
濡れていた服も大分乾き、体に張り付く事ももうほとんど無い。紅茶を空にし、クッキーを一つつまむと、チルノもまた、冷たい外気の中へと飛び立っていった。
「ん……このクッキー、美味しい……」
午後。チルノは山の中の蓮池にいた。
何をする訳でもなく、ただ岸部に座ってぼうっとしている。ここ最近、ここに座って溜息交じりに池を眺める事が多くなっているのだ。
「あ~ぁ、何だかなぁ……」
「わくわく」
「……」
「わくわく……」
「隠れてないで出てきなさいよ……」
「そうですか? では遠慮なく」
そんなチルノの前にひょいと現れたのは幻想プン屋・射命丸文。愛用の手帳を広げ、利き手でペンをクルクル~と回している。
「今日はカエルを凍らせないんですか?」
「カエルは冬眠中じゃない」
「おっと、そうでした。貴女がここにいるとつい大蝦蟇を連想してしまうもので……」
そう言うと文はペンを挟んで手帳を閉じ、チルノの隣に腰を下ろした。
「して、今日はどうしてここに? また死について思うところが……でしょうか」
「ん、別にただボーっとしてただけなんだけど……、言うなら出会いと別れについて……かな」
「出会いと別れ……。これまた貴女にしては珍しい事を考えてますね」
「……何か馬鹿にしてない?」
「いえいえ、そんな事無いですよ? でも、どうしてそのような事を?」
「ちょっとね……」
「待ち人……ですか?」
「人じゃあないけど……まあ、ね」
ふむ、と顎に手をやる文。
「カエル……?」
「違うわよ……」
「大蝦蟇……?」
「凍らすわよ?」
「いやだなぁ、冗談ですってば」
僅かに冷気を強めるチルノを慌てて抑える。
そして、沈黙……。
池をぼんやり眺めるチルノ。そんな彼女を見て、文はおもむろに口を開く。
「出会い……別れ……、そして待ち人……。待つ事しか出来ないというのは確かに辛いですよね。」
「……」
「でも会えない時が長ければ長いほど、会えた時の喜びは大きい。私はそう思います」
「会えた時……」
チルノはそう答えるものの、視線は池に向けたまま……。だが、しばらくすると何やら思いついたような表情でスッと立ち上がった。
「そうね、会えた時ね」
「どうしました?」
「ちょっとね。でもありがとう」
「はぁ……」
「あたい、用事を思いついたから行くね」
「そ、そうですか……」
その急な機嫌の変化にポカンとしている文をその場に残し、チルノは再び湖の方へと向かっていった。
「……まさに妖精らしい感情変化ですね……」
チルノが再び紅魔館の見張り小屋にやってきたのは夕方過ぎだった。夕方過ぎといっても、さすがに日の短い冬なだけあって既にかなり暗い。
「美鈴は小屋の中かな?」
小屋からは暖かそうな明かりが漏れている。窓からひょいと顔を覗かせると、そこには何人かの門番隊と、美鈴の姿があった。美鈴は外から戻ったばかりなのか、暖炉の前で寒い寒い言いながら縮こまっている。やはり寒さはそれなりに苦手なようだ。
―――コンコン
「はーい」
入り口の方に回って扉をノックすると、出てきたのはその美鈴だった。
「あ、チルノちゃん。いらっしゃい」
「夜にはちょっと早いけど来ちゃった」
「大丈夫大丈夫。じゃあ、行こうか」
「へ……、どこへ?」
美鈴は残っている門番メイド達に後を任せると、キョトンとしているチルノの手を引いて紅魔館の正門へと向かって行く。
「ちょ、ちょっと……美鈴?」
「さ、入って入って」
正門を抜け、館内へ。するとそこで待っていたのは、チルノを更に驚かせる光景だった。
煌びやかに飾り付けられた壁、夜空を模した天井、そして何処からか漂ってくる美味しそうな料理の匂い。とてもそこがエントランスホールだとは思えないような、まるで別世界と言ってもいい空間が広がっていた。
「す……、すごい……」
「どう? 驚いた?」
「驚いたってもんじゃあ……。で、でもどうして?」
「今日は12月24日。何の日でしょう?」
「あ……」
ハッとするチルノを見てクスッと笑いながら、美鈴は彼女を奥へと促す。
「ここ何年かやってるけど、最初の発案は咲夜さんなんだよ」
「あいつが?」
「まだこんなもんじゃないよ。行こ?」
「う、うん」
ちょうどその時、右手方向に延びる廊下の向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「そーら、どっけどけぇ! 轢いちまうぞぉ!」
声の主は箒に乗った魔理沙。箒の房と掲げた片手から小さな星をばら撒きながら、“ぴゅるるる……”といった効果音でも付きそうな勢いでこちらにやって来る。
彼女は二人の前まで来ると急停止。さすがに館内では今朝見たような防寒装備は着けていないようだ。
「あれ、もしかして準備まだ終わってなかった?」
「いや、会場のほうはもう完璧だぜ。アリスも準備できたみたいだし、後は私がこうやって廊下を飛び回るだけだ」
「ならよかった。もうお客さんを一人連れてきちゃったもんでね」
そう言って、美鈴はチルノに視線を向ける。
「ははは、気が早いな。まあ、もう大丈夫だと思うぜ? 手の空いた奴らは騒ぎ始めてるみたいだからな……」
「そうか、ありがとう。私達は一足先に行ってるよ」
「ああ。じゃあまた後でな。そーら、どっけどけぇ!」
魔理沙は再びもの凄い勢いで去っていく。彼女とその箒からばら撒かれる小さな星達は、壁や天井に触れると同時に綺麗な修飾に姿を変えていた。
「ここだよ、チルノちゃん」
「うっわー……」
会場となっていたのはメイド達の大食堂だった。普段置いてあるテーブルや椅子はそのほとんどか片付けられ、広くスペースが取られたその場所にはたくさんのメイド達が集まっている。ここも壁や天井に様々な修飾が施してあり、それらは先程のエントランスホール以上の美しさ。漂っていた料理のいい匂いも、どうやらここからのものだったようだ。魔理沙の言った通り、そこでは既に宴が始まっていて、何人かメイドは既に酔いつぶれている。その中には今日のシフトが無かった門番メイドの姿もちらほらと……。そんな彼女らを見て苦笑しながらチルノと美鈴は食堂の中へと入っていく。
「まずは何か食べようか。チルノちゃんは何にする?」
「じゃあねぇ、うーんと、うーんと……」
立食バイキング形式になっている料理と飲み物を前に、それぞれ好きな物を取り分けていく二人。
「何・故、貴女がここにいるのかしら?」
瞬間、美鈴が凍ったように固まった。ちなみにチルノの所為ではない。
美鈴が錆び付いた人形の様に振り返ると、そこにいたのはメイド長・咲夜。右手に銀の刃をちらつかせている。
「さささ咲夜さん!? どどどどうして……?」
「あら……、すごい慌て様ね……」
「だだだだって今日は……! えええぇぇ!?」
「め、美鈴?」
心配そうなチルノ。危うく美鈴が取り落としそうになる料理を支えてやる。
「落ち着きなさい、美鈴。冗談よ」
「…………へ……」
涙目。
「まったく……、今日の朝礼で言った事忘れたの?」
「お、覚えてますよぉ! だから余計に焦ったじゃないですかぁ!」
「今日の勤務は夕方で終わり。それ以降は各自パーティを楽しむ事。そう言ったはずなんだけどねぇ」
「冗談にしたってたち悪すぎですよ咲夜さん……。思いっきり背筋凍ったじゃないですか……」
「あ、あたいのせいじゃないわよ?」
「ふふふ、まさかそこまで驚くとは思わなかったわよ」
いつの間にか、咲夜の右手にはナイフではなく小柄なワイングラスが握られていた。
「じゃあ、私はちょっとお嬢様の所に行ってくるわね。今日みたいなのはそうある事じゃないんだから貴女もしっかり楽しみなさいよ?」
そう言うと、咲夜はひらひらと手を振りながら廊下へ出て行った。
「あ゛―、びっくりした……」
「だ、大丈夫?」
「ありがと、チルノちゃん……あはは……」
あれから時計の長針が3周し、日も完全に沈んだ夜。パーティはまだまだ始まって半分ほど。その頃には、定番のパーティゲームやプチ弾幕ごっこ、有志メイドによる演奏会など様々なイベントがあちこちで盛り上がりを見せ始めていた。そんな中、二人は何人かのメイド達とお喋りしながら料理を平らげた後、部屋の一角に設けられた談話スペースに陣取っていた。途中で戻ってきた魔理沙と、彼女に引っ張られるようにしていたアリスも一緒だ。
「それにしても盛り上がってるなぁ。私らの宴会以上だぜ」
「ほんと凄いわね。ここのパーティとかっていつもこんなに盛り上がるの?」
「いや、ここまで盛り上がるのは正直珍しいよ。これでも館の外から呼んだのはお前達二人とチルノちゃんだけなんだぞ?」
「え、じゃああたい達以外はみんなここのメイドなの?」
「そういう事になるわね。だとしたら凄い人数だわ……。私の所の人形達とどっちが多いかしら」
「おいおい、変な想像させるなよ。お前の家にこれと同じ数の人形がズラッとあったら不気味で勝手に入りづらくなるじゃないか」
「その前に勝手に入らないでよ……」
「細かい事は気にするなって。そういえばレミリアとかパチュリーの姿が見えないようだが?」
「ああ、それなら単純な事だよ。お嬢様はただ興味が無いって事らしいし、パチュリー様もそれと同じ。小悪魔ちゃんは多分パチュリー様が行かないから一緒に図書館にいるんじゃないかな」
「なるほどな。パチュリーが参加しないから私に飾り付け役が回ってきた訳か……。するってーと咲夜がいないのもレミリアがここに来ないからか?」
「咲夜ならさっきまであたい達と一緒だったよ。ね? 美鈴」
「お……思い出させないでぇ……」
「涙出てるわよ……。何かあったの?」
「あはは……、気にしないであげた方がいいかも……」
チルノが美鈴の背中をよしよしと撫でてやっていると、紅茶のカップを口に運んでいた魔理沙が壁に掛かる大時計に目をやりながらアリスに声をかけた。
「なぁアリス、そろそろいい時間なんじゃないか?」
言われてアリスも時計を見る。
「そうね……。じゃあちょっと行ってくるわ」
「ん、どこ行くの?」
「ちょっとね。そのうちいい事が起こるわよ?」
「んー。じゃあ楽しみにしてるよ」
「魔理沙も手伝ってくれない?」
「ああ、いいぜ」
そう言って魔理沙とアリスの二人はその場をあとにした。が、二人が戻ってきたのはそれからものの20分程度が過ぎた後だった。
「おや、随分早かったな」
「そりゃあ朝から準備していたもの。今のは最後のチェックに行ってきただけよ」
「何のチェック?」
「それはお楽しみだぜ、チルノ」
「むー、気になるぁ……」
「まあ、もうちょっとの辛抱だ。お、アリス、あそこでダンスやってるぞ。行ってこようぜ」
「ダ、ダンス!? わ、私は……」
「いいじゃないかたまには」
「で、でも……」
「ほら、行こうぜ。私がリードしてやる。分かんないけど」
「ええ? 大丈夫なのぉ?」
さっきまで演奏会をしていた有志メイド音楽隊がダンスミュージックを奏で始めたのを見つけた魔理沙は、半ば嫌がるアリスを引き連れ人ごみの中へ消えていった。と同時に、チルノの視界には食堂の入り口からたくさんの人形達がぞろぞろと入ってくるのが映っていた。
「ん? あれはアリスの人形達?」
「ふふ、お楽しみが来たようだよ。チルノちゃん」
人形達の姿は、雪を思わせる白いふさふさの付いた赤の服にそれとお揃いの帽子。いわゆるサンタ服というやつである。自分達の倍近い大きさの袋をギュッと掴み、それでいて軽やかに飛んでいる。それぞれが思い思いの向きに飛んで行く中、一体の人形がこちらにやって来た。テーブルに静かに着地し、持っていた袋をゴソゴソさせていたかと思うと、中から二つの小袋を取り出して二人に渡した。
「あ、これってもしかしてプレゼント?」
「そうだよ、チルノちゃん。ここにいる誰かからのクリスマスプレゼントさ」
「へえ~、ありがとう」
チルノがお礼を言うと、人形は嬉しそうに去って行った。次の相手の下へと向かったのだろう。
「開けてもいいかな?」
「うん、どうぞ」
袋の中からは、綺麗にラッピングされたクッキーが出てきた。
「うわぁ、美味しそ~。美鈴のは何?」
「ちょっと待ってて」
美鈴の袋からは毛糸のマフラーが出てきた。
「おお、マフラーだ」
「よかったねぇ、美鈴。これで少し暖炉から離れられるじゃん」
「あ、手紙が入ってる。なになに……『風邪を引かないように。 十六夜咲夜』……。このマフラー、咲夜さんの手作り!? ひゃ~、咲夜さんありがとうございます」
「あたいのは誰が作ってくれたのかな?」
早速ラッピングをほどき、クッキーを一つ口に放り込むチルノ。
「うーん、美味しい」
だが、二つ目をつまもうとしてその手を止める。
「どうしたのチルノちゃん?」
「これ……昼間食べたのと同じ味……。あ……もしかしてこのクッキーって美鈴が作ったクッキー?」
「へへ、当たりぃ」
「すっごく美味しいよ。ありがとう!」
「よかった。こっちこそありがとう」
それから二人は、パーティゲームに参加したり魔理沙達と一緒にダンスをしたりと思う存分パーティを満喫した。途中、パーティの噂を聞きつけたフランドールがプチ弾幕ごっこに乱入、それに続いて魔理沙も乱入、更に続いてチルノも乱入するものの返り討ちといった事や、同じくフランドールに追い掛け回されていた人形達をアリスが必死に救出するという出来事があったが、何にせよ、楽しい時間はすぐ過ぎる。気付いてみればもう開始から6時間は経っていた。
「あー……、疲れたけど楽しかった」
再び談話スペースに腰を下ろす。
「楽しんでもらえたならよかったよ。ほら、今朝チルノちゃん何だか暗い顔してたからさ」
「そっか、それであたいを誘ってくれたんだね……。ありがとう、美鈴」
「どういたしまして。あ……」
「……?」
突然、美鈴が数少ない窓の外を指差す。そこには白いものがちらほらと……。
「雪だ……」
どちらとも無く呟く。
……と、これまた突然、チルノがガバッっと立ち上がった。
「チルノちゃん?」
「もしかして……」
そう呟いたかと思うと、チルノは廊下へと駆け出して行った。
「チルノちゃーん!?」
外は昼間よりかなり冷え込んでいた。湖の水も凍る寸前だ。雪は少し前から降っていたらしく、地面も見張り小屋もうっすらと白くなっている。
チルノは、飛び出してきてすぐ辺りを見回す。しかし、そこには誰もいなかった。
「はぁ……はぁ……、やっぱり……いないのかな……」
慌てていたためか、食堂からここまで飛ばずに走ってきたので息がすっかり上がってしまっていた。チルノの吐息でさえ、呼吸をするたびに白くなって流れて行く。
「まさか……、今年は会えないなんて事無いよね……?」
肩を落とし、湖に背を向ける。
しんしんと降り続ける雪は、この紅い館でさえも白く染め上げてしまうのだろう……。
そう思いながら紅魔館を見上げた時だった。
「あれは……」
館の一番高い所、その屋根の上。間違いなく人型の影が見えた。屋根の上に腰掛け、遠くを見守るようなその姿……。
チルノの顔が驚きと喜びでいっぱいになる。直後には、地を蹴って飛び立っていた。
「レティーー!」
その声に応えるかのように影は立ち上がり、諸手を広げる。
チルノはその間に飛び込んだ。瞬間、優しく抱きとめられる感触。彼女を抱きとめたのは紛れも無い、レティ・ホワイトロックだった。
「レティのばかぁ……遅いじゃないのよ……」
「ごめんなさい、チルノ。今年は少し遅くなってしまったわね」
レティはすすり泣くチルノの頭を優しく撫でてやる。
「そうだ、チルノ、あれを見てもらえるかしら?」
チルノは顔を起こし、レティの示す方向を見る。
「……!」
チルノは息を呑んだ。見渡す限りの白銀世界。月明かりを反射して、そのどこもがキラキラと輝いている。そこへ新たに降る雪もまた然り。
「きれい……」
「遅くなったお詫びも兼ねて、私からのクリスマスプレゼントよ」
暫くの間、チルノはこの美しい景色に見入っていた。月と雪とが織り成す光の幻想。この美しさを言葉にするには、一言だけでは到底足りない。チルノ自身、それは分かっていた。けれども、どんな言葉を並べたってこの美しさは表現できない。そんな気がしてならなかった。
「あ……、レティ」
「うん?」
「これ、あたいからもプレゼント」
そう言ってチルノが手の中に呼び出したのは一輪の氷の花。見事に形作られた、透き通るような花だった。
「これね、レティに会えた時にあたいがどれだけ嬉しいかを表現しようとして作ったの。貰ってくれるかな?」
「ええ、もちろん。綺麗ねぇ」
「へへ、レティの寒気ならその花も冬中は大丈夫だよ」
「ふふ、ありがとう、チルノ」
「レティもね」
チルノは再びレティに飛びつく。
レティもそんなチルノを再び優しく受け止める……。
「よかったね、チルノちゃん……」
「ふふふ、まるで親子か姉妹みたいね」
「あれ、咲夜さんいつの間に?」
「あら、貴女があの子を追って飛び出して来た時からいたわよ。でも、あの子も幸せね。こんなに月が綺麗な日に待ち人と会えたんだから……」
「そうですね。まさにチルノちゃんにとって“かけがえのないプレゼント”。あの子しか知らない大切な贈りもの。その気持ち、大切にしてくれるといいですね」
「ふふ……、貴女もそのマフラー、大切にしてね」
「あ……は、はい」
月夜の空では氷精が、地上ではマフラー少女が、それぞれの大切な気持ちを胸に秘め、暖かな笑顔をいつまでも振りまいていた。
GJ!