プリズムリバー三姉妹は騒霊である。
右を向かせても左を向かせてもはたまたひっくり返してもそれ以外の事実は出て来ないしまた出て来ても困るのである。
騒霊、つまりポルターガイストは幽霊の一種だ。
だからこそ家の中で色々動かしせば勝手に浮いているように見えるし音を立てたりはたまたこいつらに関しては音楽を奏でても勝手に音が出ているように思える。
たまにノってきて歌を歌い始めた妙な人間が居たかと思ったらとんでもない音痴で思わず演奏を止めてしまった事もあるのだがそれはまた別の話。
ちっとはビビれよ。
その後その人間が隣の住人に向けて「演奏止めるなー!」と言っていたが隣とは200mも離れていた。
アホかお前。
閑話休題。
とにかくプリズムリバー三姉妹は幽霊でポルターガイストだから騒がしい霊なのだ。
そしてここ最近その騒がしい霊の三姉妹は幻想郷各地でライブを行っていた。
白玉楼から永遠亭から(帰りに迷った)紅魔館からスキマから(紫を起こしてしまって放り込まれた)兎に角色んなところでライブを行っているのである。
そして、まだライブをしていないところがあった。
人間の里、だ。
霊と言うからには勿論人間には見えない。
いやま、見えてる人間どももいるにはいるが腋だけ裕福で他は貧困してる紅白巫女とか今では食用キノコ界の権威とか呼ばれてる白黒の魔法使いとかつい先日『文々。新聞』でマゾが発覚した紅魔館の某メイド長とかなので特に問題はない。
あいつらは半分人間やめてるようなもんだから。
兎に角、普通の人間には見えないわけでライブをしたところで音しかわからないのだ。
霊力の高い者や霊感の優れた者には見えるだろうが、そこまで高い資質を持った人間はそう多くない。
まぁ、基本的に見えないからこそ夏にする肝試しという奴にも意味があるわけで。
「あー、つまりなんだ。お前たちはなんとか自分たちの存在を確認させたうえで明後日ここでライブをしたい、と」
昼の強い陽の光が差し込む多少ボロい庵で上白沢慧音は目を糸目にしながらそんな事を言った。
これこそがルナサの能力、あぁ、違ったっけか。
「そうそう。別に見えないままやってもそれはそれでいいんだけどね。やっぱり見えないと……」
まぁ、何もないところから楽器の音がすると普通人間は驚く。
こことて幻想郷。楽器が浮く程度の事は兎も角さすがに姿が見えないのであれば人間は驚くだろう。
こいつらもそんな事考えるようになったかうんうんと慧音は頷く、が、
「なんか詰まらないじゃない? せっかく私が騒いだげてるのに」
そう続いたメルランの言葉に慧音は再び糸目。
気づけばリリカはいないしルナサは茶を飲みながら終止糸目で様子を見ているし本当にお前ら人間の里でライブやる気あんのかと問いたくなってしまう。
「それにさー、他の人たち……うーん、人じゃないのもいるけどクリスマスとかそういうものに執着がないのよねぇ。
里の人間たちはほら、そういうイベントに執着してるじゃない? 異常なほど」
「……別に執着しているわけではないが」
執着よりは大切にしている、と言うべきだろう。
人間というのは基本的にそういうイベントを大事にする、というか異文化であろうとも楽しもうとする部分がある。
幻想郷内では彼女らの持っているような楽器はそう多くなく、演奏する者も少ない。
そういうイベントを、どういう形であれ賑やかな音楽で盛り上げてくれるというのならそれは歓迎すべきだろう。
……が、確かに見えないのは多少問題かもしれない。
外の世界には『すぴーかー』とか言う奴があって遠くの音を流せるらしい事を慧音は知っているが幻想郷ではそんな物はない。
魔法を使えば或いは、というか似たようなことが確実に出来るのだろうが、それはそれで人間を驚かす事には変わりあるまい。
それにメルランの言う姿が見えない、という点をそもそも改善する事が出来ない。
「……だからと言って、私も別にそんな方法を知っているわけじゃないぞ」
「えー、それじゃあ何のための知識人なのよぅ、歴史を食べて調べてみてよ」
「いや、確かに古来人間の作った道具には霊感のない者にも霊を見えるようにするものもあるが、あくまで個人にだけ影響を及ぼすもののようだし、ここにはないし」
ぶー、と何故か拗ねるメルラン。
おーぼーだ、おーぼーだ、かんけんらんよーだーとよく分からない事を言っている。
「まぁ、方法がないのなら仕方がない。大人しく帰らせて貰うわ」
そんなメルランをなだめる様にしながらそう言い、ルナサが立ち上がる。
続いてメルランも立ち上がり、慧音に礼をしたルナサよりも先に外へ出て行った。
それを追うようにしながらルナサも出て行こうとする。
「……ちょっといいか、ルナサ」
そこで、慧音が呼び止めた。
「……何?」
「いやなに、少し気になった事があってな」
*
妹2人にそのへんの夜雀でも捕まえて適当に遊んでなさいと言い残し、ルナサは慧音の待つ庵へと戻った。
「……それで? 気になった事っていうのは?」
座り、用意されていた緑茶を一口啜ってからルナサが訊ねる。
大した事ではないだろう、などと思いながら。
「何故、人間の里でライブなんてものをしようと思ったんだ?」
「メルランが言っていたでしょう? まだ、していないからよ」
「……普通、幽霊というものは人に接しようとはしても進んで楽しませようとはしないからな。
見える人間が相手なら兎も角して、わざわざ見えない人間にそんな事をしようとするのが少し引っ掛かったんだ。
人間には見えないのが詰まらない、とメルランは言ったが。なら相手にしなければいいだけの話だ」
「……あなたには、隠しても意味はなさそうね」
そう言い、ルナサは苦笑。
まったくこれだからハクタクと言う奴は、と思う。
尤も今の慧音は人間であるが。
「妹をね……レイラを見つけられないかと思って。少なくとも私は、だけど」
「成る程な。だからあなたが2人にこの話を持ちかけたのか?」
「いいえ。長女だからと言ってそんな事を独断では決めない。全員の意見が一致した上で、人間の里でもライブをやらないか、という事になったの」
もしかするとメルランとリリカも同じような考えかもしれない、とルナサは続ける。
2人とも音楽を奏でなくとも無駄に騒がしい性格をしておいて、……だからこそ、そういう事は隠すと思っているから。
「死んだ人間の魂は……輪廻の輪に乗って数百年後にはまた生を受ける。
そろそろ次の生を得ているかもしれないが、前世の事を覚えている人間は極稀だ。
……それこそ霊の見える人間のさらに数千……いや、数万分の一程度しか居ないだろう」
「そんな事はわかってる。ただ私が……或いは私たちが、なのかも知れないけれど。レイラに会いたい、それだけよ」
少なくとも冥界、白玉楼のあたりではレイラの霊を見ることはなかった。
それならば輪廻の輪から外れたりしている事はまずないだろう。
……何より、レイラは満足そうな顔をして、ルナサたちの前で息を引き取った。
この世や、他に何か感情的な未練があるはずがない。
だから、探してみたいと思う。
それが最近冥界から広く範囲を広げ、ライブを頻繁に行っている理由でもある。
「幻影として生み出された騒霊がそこまで1人の人間を想うのも、不思議なものだな」
「そうかもしれないわね。でも私たちはあの子の、姉たちに対する強い想いから生まれた。
それを考慮すれば、私たちがあの子の事を大切に想うのも不思議ではないでしょう?」
「……それもそうか」
「それで、時期的にも合わせてみたの。明後日……聖夜の夜なら、何かが起こるかもしれないし」
そう言って苦笑する。
生命を持たない、それどころか持った事のない霊がそんなものに期待する事に対する、苦笑。
「……それは、他の2人も同じ気持ちか?」
「さっきも言ったけど、多分……」
慧音が、ルナサをじっと見つめる。
まるで、真意を問うかのように。
だからルナサは。
「いえ……ここは絶対に、と言っておきましょうか。そこまで考えていなくても、想いが強い事は間違いではないし」
「……そういう事なら。出来る限り協力しよう。
ひとつだけ、多くの人間たちが霊を見れるようにすることの出来る方法がある。
……余り頼み事はしたくないような奴に頼まなければならないが、対価はあなたたちが支払うのであれば」
……誰かは、わかった。
ルナサも少しは考え、しかし最後の手段にしようとしていた相手だ。
結局こうなるのか、と思い目を閉じて溜め息。
「協力しよう、と言っておいて対価は私たちが払うのね?」
「……今頃寝こけている奴を引っ張り出すだけでも、かなり重労働だぞ」
そう言った慧音に対しそれもそうか、とルナサは返し、慧音と同じタイミングでまた溜め息を吐いた。
*
夜の闇の中、火と魔法の光で照らされたステージがある。
そしてそのステージの前にある人間の集団から数十メートル離れた位置に、上白沢慧音は居た。
「……しかし、まさかお前が協力してくれるとは思わなかったな」
「あら? 私も美しい姉妹愛を足蹴になんてしないわよ。何せ、人情の厚い妖怪だから」
そう言ってくすくす笑った妖怪、八雲紫に対し言ってろ、と吐き捨てるように言うと、慧音はステージの方に目を移す。
「そんな対応もないんじゃなくて? 折角寝ていたところを起きて来てあげたんだから。
それに、あなたがこんな事に協力するのも、意外と言えば意外に思えるのだけど」
「……そうだな。何となく、見ていると協力したくなったんだ」
慧音が、そしてプリズムリバー三姉妹が頼み、紫がやったこと。
ここに集まった人間たちの”見えるものと見えないもの”の境界を、霊を見る事が出来るようになる程度に弄ったのだ。
地に足さえつけていれば、見た目には人間がそこにいると誰もが思えるだろう。
まぁ、この幻想郷。人里に置いてでも空を飛んだり楽器を浮かせたりする程度どうでもないような気がするが。
「支払う対価が何になるかが気にはなっていたようだが、3人とも礼を言っておいてくれと言っていたよ」
「どういたしまして……ま、対価はじっくり考えると後で直接伝えようかしらね」
そう言うと、紫もステージの方を見る。
ルナサ、メルラン、リリカが既にその上に立ち、自らの扱う楽器に手をかけていた。
……流れ出す曲は。
「……清しこの夜か」
*
ヴァイオリン、トランペット、キーボード。
ただでさえアンバランスな組み合わせ、それで普段は見事な騒楽を生み出す3人が、今は静かな曲を奏でている。
相変わらずのアンバランスな組み合わせが生み出す静かな曲は、不思議と優しさで溢れている。
聖なる夜の、聖歌。
ここに、レイラが居るとは限らない。
人間の里だから、居る可能性が他に比べれば高いというだけ。
幻想郷ではなく、外の世界で新たな生を受けているかもしれない。
そもそも居たところで、別の人間となり得ているのだからわかりはしない、けれど、わかるような気はしていた。
……3人とも、だ。
だから、クリスマスにいつも4人で歌っていた曲を、奏でていたメロディを。
――もしここに居なくても、どこかにいるレイラに届いてくれたのなら。
ルナサは……否、三姉妹はそう思いながら音を奏でる。
*
『清しこの夜』の後の曲は、全て騒がしい曲だった。
クリスマスによく流れる曲や自分たちの作った曲を、とにかく騒がしい音で、けれど気持ちを込めて流す。
聖歌の後は、ただ楽しむ事を優先した。楽しませる事を優先した。
「……初めて、あの三姉妹の奏でる音楽をまともに聴いたのだけど」
「ん?」
「いい曲ね、それこそ今回の対価にふさわしいほど、いい曲だわ」
目を閉じて笑いながら、紫がそう呟いた。
人間たちが鳴らす拍手、この演奏会の最後の音楽の中で。
*
全ての曲が、終わった。
拍手が沸き起こる。
普段あまり気にも留めない人間たち。
その拍手を、今はただ素直に嬉しく感じる。
誰かを楽しませる事、誰かを喜ばせる事。
そうしていれば、レイラも微笑むような気がして、全てが嬉しく思えてくる。
「こら、こんな人ごみの中で走らないの! ちょっと!?」
喧騒の中から、よりいっそう大きな声がした。
子供を叱る、親の声。
1人の、まだ10歳にもならないであろう少女が3人のところに、ステージによじ登り、駆けて来る。
「お姉ちゃんたち、演奏、凄くよかったよ!」
3人の前に立ち少女が笑顔で、そう感想を述べた。
そして、笑顔のまま手を差し出す。
……境界を弄って見えるようにはなっているものの、触れられるわけではない。
きっと触れることが出来ず、その冷たさに手を引くことだろう。
……けれど、ルナサは、メルランは、リリカは。
自然に、手を差し出していた。
握手というよりは、4つの手を重ねるように、
「えへへ、お姉ちゃんたちの手、あったかいね」
触れられた。少女の手が温かい。
少女が自分たちの手を温かいと言った。
「姉さん……」
リリカが、震える声で。
「あぁ……」
「うん……うんっ」
そのリリカに、ルナサとメルランは頷く。
そう、もしかしたら違うのかもしれない。
……レイラに、会えた。そんな思いは幻想なのかも知れない。
けれど、触れた手の温もりだけは間違いなく本物だった。
「ありがとう、お嬢さん」
「ありがとね、楽しんでくれたんだね」
「……また、いつか、聴かせてあげるっ」
ルナサ、メルラン、リリカの順に、少女にしっかりと、感謝を。
「うん。次、楽しみにしてるね!」
少女は最後にそう言うと、ステージから下りて母親の元へと戻った。
聖夜の夜は、更けていく。
人間の里での最初のライブは、聖夜のライブは、静かにその幕を閉じていく。
礼をして、言葉で感謝を表した後、3人はステージを下りて行く。
あの少女のような、笑顔を貰えたのが嬉しかったから。
こんなにたくさんの人々に喜んでもらえるのが、楽しんで貰えるのが嬉しかったから。
もっともっと色んな場所で音楽を奏でようと。
たまにはあのスキマ妖怪に頼んで、人間の里でもまたやろうと。
そんな話をしながら、3人はステージを下りて行く。
ルナサの喋り方は私もかなり悩んだことがあります。
これからもお互い頑張りましょう。