【いわゆる壊れ、かなぁ?というお話なのですし、パロネタも多くて、苦手な方には済みません(謝)
それと、一つ前の“伊吹く鬼”とは話的に全く無関係です】
パソコンを見るときは部屋を明るくして
画面に近づきすぎないようにしてください。
「真っ赤なおっ目めの~レイセンちゃ~ん~は~、 いつ~も皆の~笑~いも~の~♪
でもっそのっ年の~クッリスマスッのっ日~、薬師のおっ姉さんは~言いぃ~ま~し~た~♪
『暗い夜~道は~ぴかぴかの~、お前のお目め~役に立ぁつぅのよ~』♪
いつ~も泣ぁいて~た~レイセンちゃ~ん~は~、『今宵こ~そ~は~』と~喜びま~し~た~♪」
“ふたりはフジヤマMox Neet”
「こらこら、変な歌、唄わない! 私はロボットか何かじゃあないんだから」
「あら~? 『目から怪光線』て言うのは、今や萌えキャラ必須要素の一つよ?
喜びこそすれ、怒られる謂れは無いと思うんだけどなー」
竹林の奥の永遠亭。
月の光に輝くこの美しき屋敷の中、永遠を思わせる長い永いその廊下の只中で、二人の少女が喋り込んでいた。
楽しそうに歌を唄うのは、少し癖のある黒髪に、「如何にも兎」といった風体の白いふわふわの長い耳を生やす少女。
そして、彼女に文句をつけたもう一人は、僅かに紫がかった綺麗な長髪を腰の下までおろし、頭上には「それ手作り?」
と問いたくなりそうな、くしゃくしゃの耳?を冠している。
因幡 てゐと鈴仙・優曇華院・イナバ。この屋敷に住まう、地上の兎のリーダーと、月から来たただ一羽の兎。
「判ったわよ。そんなに文句を言うなら、お気に召す様な歌詞に変更してあげるわ。
真っ赤なおっパンツの~レイセンちゃ~ん~は~、 いつ~も皆の~笑~いも~の~♪」
「ちょ! ストップストップ! さっきより数段まずい事になってるって!
女の子として、いくらなんでも唄ったらいけない歌詞でしょうが、それはっ!」
「あらー、何を勘違いしているのかしらー?
私が歌っているのは『赤い色のパンツ』であって、『赤く染まったパンツ』ではないのよ?
レイセンってばエッチぃのね~」
「誰もそんな事、言ってないでしょう!?
ってか、今の科白もかなりNGだって! 恥ずかしい科白、禁止!」
「『おっ金っないっ日は~縞々の~、貴方のパンツ~役に立っつぅのよ~』♪」
「何の役に立てるつもり~!?」
永遠亭に於いては、最早日常茶飯事とも言える光景。つやつやの顔で満足げに微笑む地上の兎と、大きな声を出し過ぎ
て肩で息をする月の兎。
ただ一つ、普段と違うのは、レイセンの顔に、少し異常な迄の疲れの色が見える事。目の下には隈が浮かび、その綺麗
な髪も、その先端をよく見ればまともな手入れをされていない事が見て取れた。
「今日は随分と機嫌が悪いわねぇ。若しかして、あの日だから?」
「だからそーいうネタはやめなさい、って言ってるでしょっ!」
「私が言ってるのはー、『今日がクリスマスだ』って意味なんだけどー?」
「クリスマスは関係ねぇーだろ、クリスマスは! 永遠亭の文句なら師匠に言え!」と危うくブチ切れそうになった
レイセンだったが、しかし今日の場合、このてゐの指摘、当たらずも遠からずであったりするのであった。
「確かにねぇ、あいつら。
いくら目出度い日だからって、何で姫の敵であるあいつ等が、うちでのんびりしてるのかしら。ムカドタマ――ッ」
口ぶりの割には、余りムカついてもドタマに来てそうにもない何処か退屈そうな顔で、すぐ傍の「四季の間」を見詰
めるてゐ。永遠亭に無数に在る部屋の中で、所謂客間に相当するその部屋の隅には。
「やれやれ。やっと生き返ったようだな」
「――……っくそー、輝夜の奴……。今年中に、必ずあと二回、ぶっ殺す!」
心配そうな顔で膝枕をしている少女と、物騒な科白を吐きながら膝枕をされている少女。
膝枕をしているのは、水牛の様な角と獣の尻尾と言う、一目で人外であると判る少女、上白沢 慧音。今日は満月では
ないが、月の民の居城である永遠亭の中には満月光線が常に充満している為、こうして獣人の姿を成しているらしい。
その柔らかそうな膝の上で歯軋りをしているのが、不死の蓬莱人、藤原 妹紅。
「ぶっ殺す、ぶっ殺す!」と五月蝿い彼女を、何処かのイタリアンマフィアの暗殺者なら、「ママっ子」と罵るかも
知れないが、妹紅の場合、「ぶっ殺す」だとか「ぶっ殺した」だとか、そんな些細な言葉の違いなど関係無く、殺るとき
は殺る人だ。今のご時世、「殺す」という言葉に彼女ほど説得力を持たせられる人間は、やくざ者にもそうは居ないだろ
う。
実際、彼女に人を殺した回数を訊けば、「百回から先は覚えていない!」と答える。
尤も、「回数」ではなく「人数」を問われれば、その数は途端に小さなものとなるのだが。
「何よあいつ等。勝負が終わったんなら、とっとと帰れってカンジー?
チョベリバって言うかー、もうMK5よ、私」
外の世界ではとっくに幻想となった言葉を、間違ってもその雑言の対象者には聞こえない様、小さな声で話すてゐ。
その理由は、彼女が兎料理を美味しい物だとは思っていない、ただそれだけの事である。
「いや、まぁ……。あの二人は別に良いのよ。姫の客人、とも言える訳だし。一応」
不満そうに頬を膨らますてゐとは対照的に、レイセンは、件の二人に対しては、特に文句が有る訳でもない。
そもそも、クリスマスイブの今夜、彼女等二人を呼んだのは、他でもない、永遠亭の主、蓬莱山 輝夜なのだ。
今年の対戦成績が92殺92死のイーブンだった輝夜は、「クリスマスパーティーを開催する」という名目で妹紅を
誘き出し、奇襲をかけて見事、今年の勝ち越しをもぎ取ったのであった。
尤も、妹紅の方も、この誘いが罠であるのは重々に承知した上で館に来たのだから、奇襲と言うのは少し言葉が悪いの
かも知れない。
「それにしても、一年で93殺92死って……あの二人、二日に一度は殺し合ってるのね……」
月並みながら、「喧嘩するほど仲が良い」という言葉を思い浮かべるレイセン。
兎も角、妹紅を殺害して満足した輝夜は、「どうせなら本当にパーティーをしましょう?」という永琳の言葉を背に、
「ビバ=多重投票!」と叫びながら自室へと消えていった。
で、残された客人二人だが。
「今年は精霊達の動きがいやに活発で、今日も雪が凄いわ。一応は医者である身として、こんな日に負傷者を表に出す訳
にはいかないし、二人とも、良かったら今晩は泊まっていきなさい」
との事で、今に至るのである。
二人を呼んだのが主、留め置いたのが師匠、という事なのであれば、レイセンが文句を言う余地は何処にも無い。そも
そもレイセン自身が、この半獣と蓬莱人を別に嫌っている訳でもないのであるし。
「あの二人じゃないとすると……それじゃぁ、頭痛の種はあちらのほうかしら?」
そう言って、今度は何処か愉し気に顔を上げるてゐ。その視線の先、四季の間の真ん中で、床の間を背に胡坐をかいて
いる少女の姿。
「酒が呑める酒が呑める酒が呑めるぞ~~~~っ♪」
必死の愛想笑いを浮かべるイナバ達を両側にはべらせ、我が物顔で酒をかっくらい、豪勢な料理を貪るのは、その頭上
に慧音とはまた違った、ある意味、今日の日には相応しいとも言えそうな、とねりこの木の枝にも似た角を生やす幼女。
「きゃっ! やだもう、どこさわってるんですか。萃香さんのエッチぃ~(はぁと)」
「ええやないかえやないか! 別に減るもんでもなし!」
「ちょ、やめてくださ……ひゃっ!?」
「可愛い声出してもぅ~! ここか、ここがええのんか?」
「いや~ん(はぁと)」
使い慣れてもいない(はぁと)という語尾を連発する兎隊を見ながら、心の中で「ごめんね、ごめんね!」と謝るレイ
セン。
失われた鬼の力、伊吹萃香。
彼女がかつて巻き起こした宴会騒ぎの時には、永遠亭はまだ、月の使者の目をくらませる為、その姿を隠していた。
よって、永遠亭と萃香の間には、接点と言うものが余り無い。その彼女が何故、今ここに居るのか。
博麗神社に於いて、半ば居候の様な生活をしていた萃香であったのだが、寒さが厳しくなり、年の瀬も迫ったこの季
節、神社の経済状況は一年を通じて最も厳しくなるのである。そんな中で、朝から晩まで酒を呑んでばかりの萃香に対
する巫女の視線が、少しばかり命の危険を感じる程にまで冷たくなってきていた。
流石に少々、居づらくなってきた萃香は、神社を離れ、他の居候先を探す事にした。
先ず最初に思い付いたのがマヨヒガだったが、この時期、友人は冬眠に入ってしまっており、式が二人ではどうにも
寂しい。ちょくちょくと誰かが訪れる神社とは違い、マヨヒガに迷い込む者はそうそう居ない。それではどうも、賑やか
さに欠けて面白くない。
次に考えたのが、友人の友人の家である白玉楼だった。此処なら、騒霊や近所の雑霊も集めれば、かなり賑やかで愉し
そうである。
だが、白玉楼は食いしん坊お化けが主を務めている様な場所であり、食糧事情は常に芳しくなる事はないそうだし、
食べる物に関しては余り期待出来そうにない。自身の力で萃めても良いが、どうせなら端から食料にも恵まれている所の
方が、余計な力を使わず手間も省けて楽だ。
紅魔館なら、人も多いし食べ物も沢山ありそうだが、酒を呑むのに床に座ると怒られる、一々椅子に座らなければなら
ない洋館というものは、萃香にとっては好ましくない。
そこで白羽の矢が立ったのが、永遠亭と言う訳である。
「永遠亭なら、部屋がほぼ無限にある上に基本的に和室、その上、食料も一杯『い』るでしょう?」
門前で頭の上に雪を乗せながら、開口一番、満面の笑顔でこう言ってのけた萃香。
対応に出たレイセンも、萃香の言葉に在ったのが『い』ではなく『あ』であったのであれば、笑顔で「お引き取り下
さい」と言う事が出来たであろう。
だが、萃香が言ったのは『あ』ではなくて『い』。愛らしい幼女による笑顔の脅迫。幻想郷でなければ、まず味わえ
ない代物である。
主である輝夜は、
「私の部屋に勝手に立ち入りさえしなければ、別に構わないわ」
実質上、永遠亭を取り仕切っている永琳も、
「何て可愛らしい鬼なのかしら!」
と大喜び。
花の異変の時もそうだったけど、この人、意外と可愛いものに弱いなぁ。
そう思うレイセンだったが、主と師匠が許可し、しかも、大量のイナバ達を兎質に取られている以上、手荒な真似も
出来ない。それどころか、部下達に手を出させないために、率先してこの鬼の接待をする羽目になっていた。
侵略者萃香の出現によって、楽しかったレイセンの生活は一転、辛いものとなった。
萃香は永遠亭に居ついてすぐ、その庭の真下に源泉を萃め、鬼火「超高密度燐禍術」で地面を叩き割って即席の温泉を
製作。
その後は、綺麗どころのイナバ達をホステス代わりに、レイセン達が必死に調達してきた料理を味わいながら、飯・風
呂・寝るの三択に支配された生活を楽しんでいた。まるで、温泉旅館貸切で調子こいている脂ぎった社長の様である。い
や、より正確に言えば、温泉旅館に人質を取って立て籠もりながら遊興三昧の凶悪犯、と言う方が近いだろうか。
兎も角、そんな状況が続いて約一週間。心身ともに、レイセンは疲れ切っていた。
「あの二人が来た時は、若しかしたら事態が好転するかも、と思ったんだけどねぇ」
レイセンの期待は、しかし、目の前で火の鳥が舞おうが五色の光が弾丸となって降り注ごうが、宴会場でのベリー
ダンスやマジックショーを見ているかの如く、「面白い、面白い!」と大喜びで手を叩く酔っ払いの前では、余りにも
虚しいものでしかなかった。
「あーあ。今のこの状況を打ち砕く、何かこう、『ドッカーッン』な事でも、起きてくれないかしら……」
クリスマスと言うのは、「誰もが誰かを喜ばせたくなる日」だと言った人が居る。
だとすれば、誰かが、例えば神様なんかが、レイセンを喜ばせる為に、彼女の願いを聞き届けてくれたのだろうか。
溜め息を吐くレイセンの、そのすぐ脇の壁で、何かが軋む様な、小さな音がした。次の瞬間。
「うっきゃあああぁぁぁぁああ――――っ!?」
突如巻き起こる爆風。紙人形の様に吹き飛ばされるレイセンと、何気なく彼女を盾にして難を逃れるてゐ。
「Many――――ッ! 苦しみマ――――ァッスッッ!!」
壁にぶち開けられた大穴から聞こえる声。赤き衣を纏い、大きな袋を背負ったその者の名は――――――!
「レミリア・スカーレット!?」
驚愕に見開かれる狂気の瞳。
レミリアだけではない。その友人である魔女も、そして、門番である紅い髪の……。
「……って貴方、何、その格好?」
「見ないで! 今のこんな私を見ないでぇ――っ!」
思わずツッコミを入れるレイセンと、泣きながら顔を隠す門番、紅 美鈴。
他の二人の格好は、白いふわふわの付いた赤い帽子に赤い服、そして、その小さな身体にはちょっと不釣合いに思える
程の大きな袋、と、イブの夜にケーキ屋の前に居ても全く違和感の無い、「如何にも」といった出で立ちである。
が、残りの一人は、頭には二本の木の枝、鼻には道化師が付ける様な赤い玉を輝かせ、四つん這いになってその首には
輪っか、そこから伸びる鎖の先端は主の手の中に握られている。イブの夜だとかこのご時世だとか、そういったものに
全く関係無く、外に出たなら確実に捕まって然るべき所に送られそうな格好だ。
「真っ赤なお髪のトナカイさんも知らないなんて。
やれやれ、幻想郷に来て日の浅いだけあって、見事に常識知らずな兎ね」
呆れた顔でレイセンを見下す吸血鬼。レイセンの常識から言えば、トナカイさんの真っ赤なのは鼻だった筈だが、どう
も幻想郷では違うらしい。そう言えばてゐも、目とか何だとかで、鼻とは言わなかったし。
「トナカイは、まぁ、兎も角として……。
貴方達、こんな事して、一体どういうつもりなの? 今日がどんな日か、判っていてやってるのかしら!?」
月の兎であるレイセンは、勿論、基督教を信じている訳ではないし、そもそも、幻想郷は日本である。
それでも、クリスマスという日が、とても愉しくて暖かいもの、だという認識はあったし、その習慣が好きであった。
「勿論……判ってるわよ」
羽を大きく広げ、その魔眼でレイセンを威圧する様に睨みつけるレミリア。悪魔の羽を背負った美しく幼い少女の
サンタクロースという、悪夢の様に幻想的で背徳に満ちた光景。
「……今日はあれでしょ?
サタン・クロースとか言う、返り血で真っ赤に染まった服を着た老人が、『Many苦しみマス!』と叫びながら、
夜中に煙突から家に侵入して、まだ眠っていない悪い子を袋に詰めて持ち去るの。翌朝、何も知らない母親が部屋を見る
と、其処に残されているのは、片っ方だけの靴下のみ……。
何て素敵な行事でしょう! 悪魔であるこの私に、これほど相応しいものは無いわっ!」
「何、その昔どっかで聞いた事ある様な科白の混じってる猟奇的な都市伝説っ!?
ぶっちゃけあり得ないでしょ、それ!!」
「そんな事ないわよ。ねぇ、パチェ?」
レイセンのツッコミを受けた吸血鬼は、その小さな頬を紅く膨らまし、隣に居る眠そうな友人に話を振る。
「そうね。私が最近手に入れたこの本には……。
『苦李素桝(くりすます)…
現在、西洋の行事として広く認識されているクリスマスだが、その起源が実は中国にあった、という事を知る者は
少ない。
紀元前二百二十年頃、秦の始皇帝に仕えていた武官、金九北(ジン・クーベイ)は、兵士たちの鍛錬の為、年に一
回、十二月二十四日の夜に行われた大規模な試合の、初代の優勝者である。
その試合とは、白装束に身を包んだ二人の男達が、互いの返り血でその服が紅く染め上げられるまで戦うという、
非常に熾烈なものであった。武器の使用も許可されていたが、その武器は各人が背負う袋の中に入れておかねば
ならず、その袋が破れた者は失格となる。その為、兵士達は、槍や剣といった大きな得物よりも、鉄の玉や小さな
刃物等を多用し、それを袋から取り出しては相手に投げつけていたという。
勝者は、敗者の足を足首から切り落とし、それを袋に入れて戦わねばならない。つまり、戦闘に勝利すればする
程、荷物が大きく、戦いには不利になるのだ。
中国拳法の長い歴史に於いても、これ程に凄惨で過酷な武道会は他に例が無い。これが苦李素桝である。
秦の崩壊と共に廃止された苦李素桝だが、その後も、名前と、袋から出した物を相手に与える、という点を残し、
また、足首を切り落とす行為は、靴下の中に物を入れる、という様に変化し、庶民の間に広まった。
因みに、クリスマスの際によく唄われる『ジングルベル』とは、金九北を称える歌が元となっている、という事は
言うまでも無いだろう』とあったわ。
そうでしょう? ねぇ、美鈴」
「……え? ちょ、何でそこで私に話を振ってくるんですか!?」
「いやほら、あなた、中国っぽいし拳法やってるし」
適当ではないかも知れないがある意味判り易くもある理由で、いきなり話に巻き込まれる美鈴。そんな彼女を。
「貴様……歴史を司る私の前で、よくもそんな巫山戯た事が言えたものだな……!」
何事かと部屋から顔を出した内の片方が、怖い顔をして睨みつける。
「何で私が怒られるんですかぁーっ!」
泣きながら逃げ出そうとする美鈴だが、主にその先を握られている首輪わのせいで、その場から離れる事も出来ない。
「ま、下らない話はどーでも良いわ!
今日は永遠亭の皆に素敵なプレゼントがあるのよ!」
やけにハイテンションなお嬢様が、背中の袋から、一つの小さな物体を取り出した。
「……何それ。黒い……毛玉?」
ポケットに手を突っ込んだまま、目を細くしてその物体を見詰める妹紅。これで煙草の一本でもくわえていれば完璧で
ある。
「これは、私が魔法で創り上げた擬似生命体よ。
単体では何の力も無いけれど、他の物体と融合する事によって、凶悪で凶暴な怪物へと変化させるわ」
「と言う訳で、行け! ○ケンナーッ!!」
友人による解説が終わると同時に、手にした物体を投げつけるレミリア。
咄嗟に身構えるレイセン、慧音、妹紅。取り敢えずレイセンの後ろに隠れるてゐ。
「…………って、何? 何も起きないじゃない」
少し落胆の色を含んだ妹紅の声。
投げ付けられた黒毛玉は、しかし、何の変化も起こさずに廊下の上を転がった。
「あっれー? おかしいな、パチェ」
「誤作動かしら? 待っててレミィ今調べてみるから」
首を傾げるレミリアと、本を覗き込んでぶつぶつと小声で喋りだすパチュリー。
「ねぇ、お二人共~。
失敗なら失敗でいいじゃないですか~。こんな事、もう止めましょうよぅ。
咲夜さんだって、今回はついて来てくれなかったし……。きっと、こんな事をしたらいけない、って思ってたからです
よ~」
「五月蝿い!
最近、その辺の妖精やら下っ端妖怪共やらが、私の事を何て噂しているのか、判っているの!?
『レミリア、最近、丸くなったって。主に顔が』。
許せるかしら、こんな言葉!?
あんな雑魚共に舐められない為には、もっと『悪魔』らしい事をやって、私の怖ろしさを幻想郷中の者に再認識させ
なければならないのよっ!!」
「顔が丸くなったのは、別にお嬢様に限らない気が……」
従者の進言なんかには、毛の頭ほども耳を貸す気の無い我侭お嬢様。
そんなレミリアを前に、黒毛玉の不発で緊張の解けたレイセンが大きく息を漏らす。
「美鈴の言う通り、お願いだからさっさとおうちに帰ってよ……。
こっちは、萃香だけでも大迷惑だ、って言うのに……」
その瞬間だった。
「メ・イ・ワ・ク」
足元から、人が発するものとはちょっと思えない程の、奇妙な声が聞こえた。何事かと目を遣るレイセン。
「……ひっ!?」
思わず叫び声を上げた。
目に映ったのは、先程の毛玉。。だが、その身体はまるでいが栗の様に裂け、そこから、不気味な一つの目玉が覗いて
いた。楽園の最高裁判長が見たのなら『ヤマザナドゥだぞ、偉いんだぞっ!』と泣きながらがくがく震えてカーテンの
後ろに隠れそうな程に、トラウマな光景。
「メ・イ・ワ・ク。メ・イ・ワ・ク。ス・イ・カ・ハ、メ・イ・ワ・ク……」
壊れた機械の様に、同じ言葉をただ繰り返すのみの毛玉。その不気味な物体を。
「おぉー! 酒の肴に、生海胆とは気が利くわね~。いっただっきまーっすッ♪」
「食べたぁ~~~~!?」
一口で飲み込む酔っ払い幼女
絶句するレイセンを尻目に、美味しそうに顎を動かす萃香。
目玉が有って、その上言葉を喋る海胆なんてものが存在する訳が無いし、仮に在ったとしても、殻ごとばりばり貪ると
いうのは、大よそ人の形をしている生物がやるべき事では無い。
アルコールというものが脳に与える影響の怖ろしさに、何も言えず立ちすくむレイセン。
「くっはあぁ~っ! 美味しかったぁ~~…………って、あ。あ? あれれれ???」
満足そうに大口を開けた萃香の体が、次の瞬間、突然に硬直する。直後。
「な、な、な、な、ななななぁ~~~~!!??」
その身体がみるみる巨大化していく。驚きの声を上げている事からも判る様に、それは、萃香自身の意思によるもの
ではなかった。
永遠亭の天井を突き破り、そこでやっと巨大化が止まる。
「あー、えっと……大丈夫?」
遙か上方にある顔に向かって、心配そうに声をかけるレイセン。そんな彼女に向かって、萃香は答えた。
「……っざけんなあぁッッ!!」
燃え盛る灼熱の業火と共に。
「わきゃあ!」
間一髪、身を躱すレイセン。
「心配してあげたのに、何よそ…………の?」
そこで彼女は異変に気付いた。
萃香のその巨大な目からは、黒目が失われている。額には、漫画に出てきそうな位に判り易く浮かび上がった青筋。
「……あぁ、なるほど。失敗の原因が判ったわ、レミィ。
あの毛玉、本来は星型にするべきだったのよ」
「あれ? でも、何だか成功してるみたいだけど」
「球状にした場合はね、『迷惑』という言葉をキーワ-ドにして発動する様に、性質が変化するみたい」
今一緊張感に欠ける元凶達を他所に、しんしんと雪の降る天に向かって、怒りの雄叫びを上げる萃香。
「いくら此処が輝夜の城とは言え、この様な無法を放って置く訳にもいかん!
助太刀するぞ、月の兎!」
「私もやるわよ、慧音」
「妹紅は下がっていろ。輝夜との闘いの傷、まだ完全には回復していないだろう?」
颯爽と鬼の眼前に立ちはだかる慧音と、不服そうな顔をしながらも、取り敢えずは後ろに退く妹紅。
「私は、大急ぎで姫と永琳様を呼んできますね」
「うん! お願いね、てゐ!」
大急ぎで走り去る素兎を見ながら、一羽を除いたその場の全てが「脱兎」という言葉を思い浮かべた。
素直に受け取っているのは、付き合いが長い筈のレイセンのみ。
これだけの大騒ぎに、わざわざ永琳達を呼びつけに行く事も無いだろう。それも、一般のイナバよりかなり高い能力を
持つてゐが。
この非常時にあって、そういう事を考えないのが、レイセンの良い所でもある。
「っざけんなぁ――ッ!」
咆哮を上げる鬼の前、自分の家族を守る為、カードを高く掲げ宣言する。
「行くわよっ!」
◆
「確か……ここら辺の筈なんだけどなぁ。ねぇ、スーさん?」
雪が降り積もる竹林の中で、不安そうな声で呟く少女。
正確には、少女をかたどった人の形。
彼女、“小さなスイートポイズン”メディスン・メランコリーは、最近知り合ったある人間?から招待された、クリス
マスパーティーの会場へと向かっている最中だった。
招待状に同封されていた地図によれば、会場は竹林の中に在るらしい。だが、成長の早い竹は、竹林そのものの姿を
変える。よほど慣れた者でも道に迷うのだから、住処である丘から殆ど出た事の無いメディスンがどうなるかなど、言う
までもない。
「寒……くはないけど、やっぱり、こう、しんしんと雪の降る寂しい竹林なんかに居ると、流石に気が鬱ぐなぁ……。
やっぱり、外に出ないで大人しくしていれば良かったかな?」
とは言え、帰り道も判らない。どうしたものかと思案するメディスン。すると。
「……何、あれ?」
竹林の奥、今居る場所からかなり離れた所で、何かの光が見えた。
一瞬、知り合いから聞いた昔話を思い出したりもしたが、よく見ればそれは、火の手が上がっている、それによるもの
の様だった。
好奇心に駆られてメディスンは、その炎のもとへと歩を向けた。
◆
「すみません、師匠~」
全身ぼろぼろで廊下の床に横たわったまま、情けない声を上げるレイセン。
「あらあら。大丈夫、ウドンゲ?」
応える師匠は、心配そうな顔をしてこそいれど、その間延びした声のせいで、どうにも緊張が感じられない。
「普通じゃないですよ、あいつ。私や白沢の攻撃をまともに受けても、ひるみすらしないんですぅ……」
「あらあら、まぁまぁ」
時間無制限ミッシングパープル状態の萃香を前に、レイセンや慧音の攻撃は通用しない。見かねた妹紅が傷をおして参
戦したが、それでも動きを止めるので精一杯だった。
一般のイナバ達は、レイセンの支持によって、原子怪獣に襲われた都民の如く大慌てで非難していた。
因みに、てゐの姿は何処にも見当たらない。
そうした圧倒的不利の状況で、「困ったわねぇ」と、余り困っていそうにもない表情で頬に手を当てる永琳。そんな彼
女に。
「あら? やっと出てきたわね、永琳。貴方のお望み通り、クリスマスパーティーに馳せ参じてやったわよ!」
鬼の肩の上から、幼い吸血鬼の甲高い声が飛ぶ。
「お望み通りって……何それ?」
「あ? 弟子のくせに何も聞いていないのかい?
今日、私が此処に来たのは、永琳から招待状を貰ったからなのよ」
思いもかけないレミリアの言葉。慌てて師に向き直るレイセン。
「どういう事ですか、師匠!?」
「誤解よ、ウドンゲ。
私はただ、咲夜宛に、『困った事になっているから手助けに来て』って言う手紙を出しただけよ?」
「困った事って、萃香の事ですか? それだって、師匠があいつの居候を認めちゃったせいでしょーがっ!」
「まぁまぁ、ちょっとは落ち着いて、ウドンゲ?」
「これが落ち着けますか!
あの悪魔の家に、『困った事になってます』なんて手紙を出そーものなら、大喜びで追い討ちかましてくれるに決
まってるじゃないですか?」
普通ならば悪口とも取れるレイセンの言葉を、誉め言葉と受け取って嬉しそうな顔をする紅い悪魔。
「あらあら、落ち着いてってば、ウドンゲ。
ほら、まぁ、可愛らしい娘が増えて、パーティーが賑やかになったと思えば、ね?」
「ね?じゃありませんっ!」
「あらあら……」
「あらあら禁止!」
「まぁまぁ……」
「まぁまぁも禁止っ!」
「あらあら、まぁまぁ……」
困った風な笑顔で後退る師匠と、それを追い立てる弟子。平時なら微笑ましいとも取れる光景だが、今のこの状況では
遊んでいるようにしか見えない。
「何遊んでいるのよ、永琳にイナバ!」
そんな二人に、主の叱責が飛んだ。凛とした声。
「ったく、今は追い込みで忙しい、って言うのに騒々しい……」
だがその姿は、髪はぼさぼさ目の下には隈、皺の付いた服もそのままに、長いスカートの端をずるずると引き摺って
いた。
「申し訳ありません、姫!」
「丁度良い所に、姫!」
輝夜の登場に対し、頭を垂れて不備を詫びるペットと、嬉しそうにして手を叩く位置の従者。
「丁度良い……って、何ですか、師匠?」
「いいから。ウドンゲ、お前は今すぐ戦闘に復帰して、白沢の援護に行きなさい」
そう言って弟子に薬の入った瓶を渡す。受け取ったウドンゲは、「了解!」と一言、すぐに薬を飲み干して飛び去っ
た。
「実はその薬は……」
と、下らない冗談を言おうとしてたのに、あっさりとスルーされる永琳。勿論、レイセンに渡したのは普通の回復薬だ
が、そこで嘘を言って慌てる弟子を愉しむ、その目論見が外れて少し残念そうに溜め息を吐く。
「まぁ、いいわ……。それより……。
……妹紅! この場はウドンゲと白沢に任せて、貴方は此方にいらっしゃい!」
「何よ! 今はそれどころじゃないわ!」
「いいから! 秘策が有るのよ、秘策が!」
永琳の叫びに、渋々と降りてくる妹紅。正直な所、先ほど慧音にも指摘されたとおり、傷の回復が未だ完全ではない
為、このままでは余り役に立てそうもない。そういう考えもあった。
「で、秘策って何よ?」
「ちょっと手を貸して頂戴。右手でお願いね」
「?」
訳も判らずに差し出された、その白く細い腕に向かって、
「えい(はぁと)」
何の前置きも無しに注射針を突き立てる保健医。
「な、いきなり何するのよ?」
妹紅が騒いでいる内にも、怪しげな真っ黒い液体が、容赦無くその身体に注ぎ込まれる。
「不老不死なんだから、文句言わないの!
さ、次は姫の番です。姫は、左手をお願いしますね」
妹紅の臀部を軽くはたき、そして今度は主に向かって、白い液体の入った注射器を取り出す。
「副作用があったりなんかは……しないわよねぇ?」
「ご安心ください、姫。先程の黒い方はどうか知りませんが、こちらの白い方は、ちゃんと副作用が無い事を確認済み
ですから」
訝し気な輝夜に対し、満面の笑顔でその豊かな胸を叩く永琳。後ろでギャーギャー言っている人間の事は、取り敢えず
は放って置く。
「判ったわ。でも、あんまり痛くしないでね……」
「ご安心ください。この私の技術(テクニック)、姫も充分ご存知の筈でしょう?
では、いきますよ」
「つッ! あ、ああ、白く濁った液体が、私の中に注ぎ込まれて……!
やあぁ! 何だか身体が熱いわぁっ!!」
「恥ずかしい科白、禁止っ!」
名前の通り紅く染まった顔で、堪らすにツッコミを入れる妹紅。
「今の場合、『エッチなのはいけないと思います!』の方が良くない?」と、心の中でツッコミ返しをする輝夜。
「よし、っと。これで準備は完了」
主の腕から注射器を離し、ふぅっ、と一息を吐く永琳。そんな彼女に輝夜が問い掛ける
「で、一体今の薬は何なの?」
「今のはですね……永遠亭が危機に陥った時の為に作っておいた、一種のドーピング剤です。
これによってお二人の力は、普段よりも大幅に上昇するのですよ」
「?そーかぁ。輝夜も私も、特に変化があったようには思えないんだけど?」
割って入った蓬莱人に対して、まだ先があるのよ、と、話を続ける。
「この薬の力を解放するには、ちょっとした儀式――と言う程のものでもないけれど、ある決められた動作と言葉を必要
とするのです。
という訳で、お二人とも、少し耳を貸していただけます?」
「ちゃんと後で返してよ? 結構痛いんだから」
そう言って妹紅の耳に手をかける輝夜。
『面白くない冗談、禁止』と言って、輝夜の顔面に炎の拳を叩き込む妹紅。
仲の良い二人を見て微笑んでから、永琳は二人に向かって何かを耳打ちした。
「な、なんだって――――ッッ!!」
戦闘中のレイセンと慧音が、思わず動きを止める程の絶叫。
「どうしたんだ、妹紅!?」
駆け寄って来る慧音を、「だ、大丈夫。いいから、慧音はあっちをお願い」と慌てて制止してから、穏やかに笑って
いる薬師に向き直る。
「私と輝夜は、不倶戴天の敵同士よ!? それがなんで、そんな事ッ!!」
「あら、私は別に構わないわよ? こういうのも、偶には面白いし」
「流石は姫、広い心をお持ちです」
宇宙人の思考回路はよく判らない。そう吐き捨てる妹紅だったが。
「でも、良いのかしら?
……このままだと、その不倶戴天の敵が、何処の馬の骨とも判らぬ部外者によって倒されてしまうのだけれど?」
輝夜には聞こえない様、小さな声で耳打ちされた言葉に、苦虫を噛み潰した様な顔で固まる。
「……そっちのお姫さんは、ちょくちょく、自分以外の刺客を差し向けてくれたりするけどね」
「そうね。でも、それは姫の話。
貴方の方は、そんな手を使った事、今迄で一度も無かったと思うけれど?」
永琳は微笑みながら、心の中で考える。
(あなたの次のセリフは……)
「判ったわ! 仕方無い! 輝夜を殺すのは私だけの楽しみなんだからねっ!」
(という)
永琳の想像と、一言一句違わぬ妹紅の言葉。策士の業、ここに完成。
「それじゃぁ輝夜。いくわよ。右手を貸して!」
「やれやれ、仕方無いいわね。ちゃんt
「同じネタ禁止! とっとと右手を出す!」
「風流を解さない人ねぇ。一応は、元貴族のくせに……」
ぶつくさ言いながらも、右手を差し出す輝夜。その掌を掴む妹紅の左手。
「「○ュエルオーロラ○ェーブ!!」」
二人の声が合わさった瞬間、その足元から、虹の様な光が吹き上げた。
「綺麗……」
レイセンの口から声が漏れた。
七色の光の奔流。絶望的戦況下にあって彼女は、その眩い光を目にし、「希望」という言葉を思い出した気がした。
次第に細くなる光の渦。その真っ只中に降り立つ、二人の少女のシルエット……!
「蓬莱の使者、フジブラック!」「蓬莱の使者、フジホワイト!」
「「ふたりは、フジヤマっ!!」」
その名の通りの黒い衣装に身を包んだ妹紅と、対照的な純白の衣装を纏う輝夜。二人の指が、巨大化した萃香を指し
示す。
「闇の力の僕たちよ!」「ちゃっちゃとおうちに帰りなさい!」
一糸乱れぬ見事なポーズ。時が止まったかの様な沈黙が、場を支配した。
「って、なんじゃこりゃ――――っ!?」
静寂を破ったのは、殉職した何処かの刑事の如き妹紅の叫び声。
「ちょっと永琳! 何よ、この格好!?」
「お気に召さなかった?」
「お気に……って…………。
…………今の流れで行ったら、どう考えても変身するでしょうが、普通!
何で、色だけが変わって服装は元のままなのよーっ!」
その名の通りの黒い衣装に身を包んだ妹紅だったが、格好自体は何も変化はしていなかった。
輝夜も同じく、手抜き漫画の様にただ色が落ちて白くなっていたのだが、元々の形状のせいで、遠目に見ればドレスの
様に見えなくも無い。
ところが妹紅は、普段の格好からしてもんぺ穿きという、女の子としては少々野暮ったい服装。それが真っ黒に染まっ
たせいで、その威圧感というか、違和感は並ならなくなってしまっている。ある意味、面白さレッドゾーン。
「あらなぁに? 妹紅ってば、フリフリな姿にでも変身したかったのかしら? 意外と乙女チックね~」
「うるるさぁーい!」
意地悪な笑みを浮かべる輝夜と、呂律の回っていない口で反論する妹紅。
「っざけんなぁ!」
そんな二人の頭上に、小さな舟ほどもありそうな、巨大な足が落ちてきた。
咄嗟に左右に散る妹紅ことブラックと、輝夜ことホワイト。轟音と共に、一瞬前まで二人の立っていた場所が粉々に
砕け散る。
「それで永琳! 能力強化って、具体的に何がパワーアップしたのかしら!」
「主に身体能力の面で、服用前とは比較にならないほど強化されています!」
輝夜の問いに応える永琳。それを聞いてブラックは、
「いいじゃない! 嫌いじゃないわよ、こういうのもっ!」
嬉しそうにその両の拳をぶつけ合わせた。その目の前に、
「っざけんなぁ!」
咆哮と共に、自身の身長以上の拳が迫った。それを、
「だあぁ!」
両手を交差させ、真正面から受け止める。
「うっ……おおうりゃぁぁああ――――ッ!!」
気合一閃、萃香の拳を蹴り上げた。
「っざけんなぁ!」
蹴られた部分をもう一方の手で押さえながら、今度はその巨大な右足でブラックを蹴り返そうとする萃香。
「危ない、ブラック!」
割って入るホワイト。その身体に、猛スピードで萃香の足先が追突した。その刹那。
「っざけんなぁ!?」
重力と言うものを忘れさせるほど綺麗に、萃香の巨体が宙を舞った。
「……礼は言わないわよ」
「あら酷い」
「…………さんきゅ、ホワイト」
「………………ごめん、そっちの方が、むしろ気味が悪くて嫌だわ」
軽口を叩き合う二人。その姿を見て、レイセンは、先程見えた「希望」が、更に強く光り輝いているのを感じた。
だが。
「っざけんなぁ!」
大地を揺らしながら置き上がる巨体。そこには、まともなダメージは見て取れない。
「無駄無駄ーァッ!
この萃香は、一瞬にして全ての妖怪を超越したのよ!」
如何にも「吸血鬼らしい」叫びを上げるレミリア。その声に応えて、萃香がそのスカートの下から、人の背程もある
カードを取り出した。そこに書かれる「鬼火」の文字を目にし、慧音の体に悪寒が走った。
「真逆、あの状態でスペルカードが使えるとは……。
……まずい! 止めるんだ妹紅! あの体であのスペルが発動されれば――――!!」
その叫びも虚しく、大地に向かって振り下ろされる破壊の鉄槌。
地面に亀裂が走り、永遠亭の建物が崩れてゆく。
更にはその亀裂から、無数の鬼火が、いや、鬼火と言うには余りに大き過ぎる火の玉が噴き出してくる。
「うわっ!」「きゃあぁ!?」
「慧音!」「イナバ!」
火球を避けきれず、火だるまになりながら地面へと落ちていく慧音とレイセン。
「あの二人は私が! それよりも、お二人共、気をつけて!」
負傷者に向かってすぐさま走り出した薬師の姿に安堵の息を吐く間も無く、フジヤマの二人に鬼が襲い掛かる。
炎の塊に阻まれてまともに動けない二人を、容赦無く萃香は攻め立てる。
「どうするの、ブラック! このままじゃ、若しかしたら本当にマズいわよ!?」
「くっそ! せめてあいつの動きを止められたなら……」
防戦一方の状況、このままでは、遠からず二人も落とされるだろう。
「絶望――――に身をよじれィ、虫けらどもォオオ――ッ!!」
吸血鬼と言うよりは、むしろ屍生人じみた科白を上げるレミリア。彼女の勝利は、最早確実なものとなった。
……だが!
「ざっ、けん……なぁ?」
突如、その動きを緩める萃香。その周囲には、いつの間にか紫の霧が立ち込めていた。
「……んっ……うぅ、師匠……」
「良かった。目が覚めたみたいね、ウドンゲ」
「はい……。それより、この匂い、これって若しかして……」
「ええ、そうよ。来てくれたみたい、あの子が」
膝上の弟子の言葉に応えて永琳が見詰める先、雪景色の竹林を背景に佇むブロンドの人形。
「何が何だかよく判らないけど……どうやら知り合いのピンチみたいだし、スーさん、やっちまいな!」
メディスンの声に応じて、その濃さを増すパープル・ヘイズ。萃香の動きが、ネジが切れる寸前の時計の様にぎこち
なくなってきた。
「今です!」
そう叫んで永琳が、二枚のカードをフジヤマの二人に投げ付けた。
「これって……他人のスペルのパクリじゃない」
「良いんじゃないの、ブラック? このスペル自体が、そもそも模倣品らしいし」
そう言って、ホワイトの掌がブラックの右手を掴んだ。判ったわよ、と少し照れくさそうにいうブラック。
二枚のカードが、天に向かって掲げられた。
「ファイナルスパーク!」「マスタースパーク!」
それぞれのカードから発せられた、二本の光の柱が天を衝いた。
「フジヤマの美しき恋心が!」「邪悪な心を打ち砕く!」
大地が揺れ、大気が震える。二本のレーザーによる歯車的恋心の小宇宙! 結構ノンキしていたレミリアも、世界その
ものがゆれる様な迫力にはビビッた!
「「ファイナル! マスタースパア――クッッ!!」」
萃香に向けられた掌は、しかし、一瞬だけ後方に引かれ。
「「マックス――――ッッ!!!!」」
次の瞬間、極大の光の渦が、萃香を飲み込んだ。
「ッッザケンナアアアァァァアアア――――――――!!!!」
断末魔の咆哮が、竹林の奥深くに響いた。そして。
「ごめんな」「ごめんな」「ごめんな」「ごめんな」「ごめんな」「ごめんな」「ごめんな」「ごめんな」…………。
無数の小鬼達が、蜘蛛の子を散らした様になって逃げていった。
「くっ! 今日のところは引き分けにしておいてあげるわ!」
非常に正しい捨て科白を残して、吸血鬼とその友人は姿を消した。
「勝っ……たぁ~~――」
緊張感が解けたのか、力無くその場に崩れ込むブラックこと妹紅。
そんな彼女に、白い手が差し伸べられた。
「あ、……ありが、とぅ……」
「どういたしまして。お礼を言いたいのは、私も同じよ。有難う」
目を逸らしながらも、はっきりと感謝の言葉を口にする妹紅と、笑顔でそれに応えるホワイトこと輝夜。
「貴方もよ、そこのお人形さん! 助けてくれて有難う!」
そう言って振り向く輝夜。目の前には、初対面の人間に対してどうすれば良いのか判らず、気まずそうな顔で俯いて
いるメディスン。
「わ……私は、その、別に……成り行きで、って言うか……あの…………」
違う。言いたい事はそんなんじゃない。
けれども、他人と触れ合う機会に恵まれていなかったメディスンは、こんな時に、何を話せば良いのか判らない。
なりたいのに。若し出来るのならば、目の前のこの少女達とも、あの兎や薬師の様に……。
「あ……」
頭の上に感じた、優しい感触。顔を上げたメディスンの目の前には、穏やかに微笑む黒い長髪の少女。
「お名前は?」
小さな子供に対する様に、優しく、穏やかに話しかける輝夜。
「わ、私はね、メディスン、メディスン・メランコリーって言うの!」
「そう、いいお名前ね」
そうして輝夜は、少女の小さな頭に手を載せたまま言った。
「メディスン……。
お友達に、なりましょう」
「それってAI○のパクリじゃん」
瓦礫の陰に隠れて、幸運の素兎は一羽、呟いた。
「――今回の件は、まぁ、済まなかったわね」
永遠亭に造られた温泉の中で、顎の下まで湯に浸かりながら、あまり申し訳無さそうにも思えない態度で謝罪する銀髪
の少女。胸は、湯に隠れていてよく見えない。
「子供の悪戯だもの。そんなに怒る気は無いわ。
幸い、大した怪我人は出なかったし、建物の方も、貴方のお蔭で元通りになったんだからね」
浴槽の縁に腰掛けて応えるのは、その長い髪を解いている為、ぱっと見ただけでは誰だか判別しにくいが、湯煙に
巻かれながらもその美しいプロポ-ションを隠せていない永遠亭の薬師、八意 永琳。
彼女の姿を、もう一人の少女、十六夜 咲夜は、決して直視しようとはしない。
また、永琳の目がある内は、湯船から肩を出そうとしない。
レミリアの巻き起こした騒動のしばらく後、咲夜はレミリアとパチュリーの二人を連れて、永遠亭まで謝罪に訪れた。
元凶の二人は全く反省の素振りを見せなかったが、兎も角咲夜は、その力を使い、永琳と協力して屋敷を再建した。
その際に力を使いすぎたせいで疲労した咲夜は、永琳の厚意により、今晩は永遠亭に泊めてもらう事となった。
レミリアも「咲夜が帰らないなら私も帰らない」と言って、友人やついさっき迄の敵達と一緒になって、大広間で
楽しく騒いでいる。
「本当、良い所よね、幻想郷は……」
そう漏らした永琳の言葉に、何よそれいきなり、などと応えつつも、心の中では、確かにそれもそうね、と同意する
咲夜。
しんしんと天から降る雪。それを文字通り温かく迎える、風呂から立ち上る湯気。
「ところで……」
顎を湯に浸したまま、咲夜が切り出す。
「何?」
「パチュリー様が手に入れた、例の本だけどね」
「それがどうしたの?」
「古道具屋で手に入れたらしいんだけど、さっき店主に確認してみたら――――」
謝罪と屋敷の再建。それだけが、咲夜が永遠亭を訪れた理由ではなかった。
永琳を相手に、どうしても確認しておきたい事が咲夜には有った。
「――――その本を持ち込んだのって、妖怪兎だったそうよ」
「あらあら」
「それと、うちの近所の妖怪達の間に広まっていた噂、あれも、数匹を締め上げたら、『広めるように言ったのは兎だ』
って教えてくれたわ」
「まあまあ、凄いのね。短時間の内に、そこまで調べられるなんて」
「お嬢様達が出かけた直後から調べていましたからね」
「てゐの仕業かしら? 何を企んでいるのかしらねぇ、あの子」
湯気の立ち上る永遠亭の庭に、静かに降り積もっていく白い雪。
「……今回の件は全て、貴方が仕組んだんでしょう?」
「あらあら、まあまあ」
「手下を使って準備を整え、お嬢様達に怪しい知識を吹き込んだり、プライドを刺激したりした。
その上であんな手紙を私に送り付ける。貴方の目論見通り、お嬢様は喜び勇んで永遠亭にちょっかいを出した」
「貴方って……メイドを辞めて、探偵にでもなった方が良いのじゃないかしら?
いえ、探偵よりはむしろ……占い師の方が合ってるか。根拠も無しに、なんでもずばずばと断定する辺り」
「普通の占い師は、断定なんて基本的にしないわよ。普通は。
それよりも、永琳。ごまかさないで。こんな馬鹿騒ぎを起こした、その目的は何?」
雪が降る。ただただ静かに、雪が降る。
「『お互いピンチを乗り越えるたび、強く、深くなる』」
「……は?」
「昔の人の言葉よ。貴方はまだ若いから、知らないのも仕方ないけれど」
「ツッコミたい事は色々有るけど……それが、貴方があんな事をした理由?」
「はてさてふむー?」
「そんな事をしなくても。あの二人、元々殺し合うほどに仲が良いでしょうに」
「殺し哀・宇宙?」
「哀・宇宙は付かせません!」
「軽い冗談に、そんな目くじら立てて怒らなくても……。
――まぁ、姫も彼女も不老不死なんだから、そういう関係も有りなのだろうけどねぇ……」
「……随分と優しいのね。不死の蓬莱人とは思えないくらいに」
そう言って、湯で顔を洗う咲夜。彼女の目が閉じられたその一瞬に、永琳は、ほんの僅かに哀しそうな、申し訳無さ
そうな表情を覗かせた。
再び目を開けた咲夜の目には、いつもと変わらぬ穏やかな微笑み。
「あとはあれか。あの人形の事も?」
「さてはてむふー」
「似た様な境遇らしいし、確かに気は合うかも。
それに、かたや生死を離れた存在、かたや本来は生命を持つ筈でなかった存在――いや、今でも『生命』が有るのか
どうかは判らないけど――兎に角、そういった意味でも、普通の生き物よりは近しいものなのかも知れないし」
そう言って咲夜は、遮る物の無い夜空を見上げた。
「……ごめんなさいね」
「あら、罪を認めたのかしら? と言う事は、次に来るのは自殺だったかしら」
「止めてくれる?」
「止めないわ。お好きなだけどうぞ。
まぁ、貴方じゃなければ止めるんだけどもね」
「意地悪ぅ……」
「可愛らしく言っても無駄よ。て言うか、歳を考えなさい」
「あら酷い。
……やっぱり、怒ってるのかしら? 今回の事……」
永琳の方は見ずに空に顔を向けたまま、咲夜の口から白い息が漏れた。
「っはあぁ~。
別に……怒ってはいないわよ」
「本当?」
「本当。ま、今日と言う日に免じて、ね。
貴方のプレゼント、あのお姫様もまんざらじゃぁなさそうだったし」
「……有難う」
「どういたしまして」
雪が降る。雪が降る。聖なる夜に雪が降る。
浮世の穢れを真白にそめて、ただただ静かに雪が降る。
――――今夜は、クリスマスイブ――――
それと、一つ前の“伊吹く鬼”とは話的に全く無関係です】
パソコンを見るときは部屋を明るくして
画面に近づきすぎないようにしてください。
「真っ赤なおっ目めの~レイセンちゃ~ん~は~、 いつ~も皆の~笑~いも~の~♪
でもっそのっ年の~クッリスマスッのっ日~、薬師のおっ姉さんは~言いぃ~ま~し~た~♪
『暗い夜~道は~ぴかぴかの~、お前のお目め~役に立ぁつぅのよ~』♪
いつ~も泣ぁいて~た~レイセンちゃ~ん~は~、『今宵こ~そ~は~』と~喜びま~し~た~♪」
“ふたりはフジヤマMox Neet”
「こらこら、変な歌、唄わない! 私はロボットか何かじゃあないんだから」
「あら~? 『目から怪光線』て言うのは、今や萌えキャラ必須要素の一つよ?
喜びこそすれ、怒られる謂れは無いと思うんだけどなー」
竹林の奥の永遠亭。
月の光に輝くこの美しき屋敷の中、永遠を思わせる長い永いその廊下の只中で、二人の少女が喋り込んでいた。
楽しそうに歌を唄うのは、少し癖のある黒髪に、「如何にも兎」といった風体の白いふわふわの長い耳を生やす少女。
そして、彼女に文句をつけたもう一人は、僅かに紫がかった綺麗な長髪を腰の下までおろし、頭上には「それ手作り?」
と問いたくなりそうな、くしゃくしゃの耳?を冠している。
因幡 てゐと鈴仙・優曇華院・イナバ。この屋敷に住まう、地上の兎のリーダーと、月から来たただ一羽の兎。
「判ったわよ。そんなに文句を言うなら、お気に召す様な歌詞に変更してあげるわ。
真っ赤なおっパンツの~レイセンちゃ~ん~は~、 いつ~も皆の~笑~いも~の~♪」
「ちょ! ストップストップ! さっきより数段まずい事になってるって!
女の子として、いくらなんでも唄ったらいけない歌詞でしょうが、それはっ!」
「あらー、何を勘違いしているのかしらー?
私が歌っているのは『赤い色のパンツ』であって、『赤く染まったパンツ』ではないのよ?
レイセンってばエッチぃのね~」
「誰もそんな事、言ってないでしょう!?
ってか、今の科白もかなりNGだって! 恥ずかしい科白、禁止!」
「『おっ金っないっ日は~縞々の~、貴方のパンツ~役に立っつぅのよ~』♪」
「何の役に立てるつもり~!?」
永遠亭に於いては、最早日常茶飯事とも言える光景。つやつやの顔で満足げに微笑む地上の兎と、大きな声を出し過ぎ
て肩で息をする月の兎。
ただ一つ、普段と違うのは、レイセンの顔に、少し異常な迄の疲れの色が見える事。目の下には隈が浮かび、その綺麗
な髪も、その先端をよく見ればまともな手入れをされていない事が見て取れた。
「今日は随分と機嫌が悪いわねぇ。若しかして、あの日だから?」
「だからそーいうネタはやめなさい、って言ってるでしょっ!」
「私が言ってるのはー、『今日がクリスマスだ』って意味なんだけどー?」
「クリスマスは関係ねぇーだろ、クリスマスは! 永遠亭の文句なら師匠に言え!」と危うくブチ切れそうになった
レイセンだったが、しかし今日の場合、このてゐの指摘、当たらずも遠からずであったりするのであった。
「確かにねぇ、あいつら。
いくら目出度い日だからって、何で姫の敵であるあいつ等が、うちでのんびりしてるのかしら。ムカドタマ――ッ」
口ぶりの割には、余りムカついてもドタマに来てそうにもない何処か退屈そうな顔で、すぐ傍の「四季の間」を見詰
めるてゐ。永遠亭に無数に在る部屋の中で、所謂客間に相当するその部屋の隅には。
「やれやれ。やっと生き返ったようだな」
「――……っくそー、輝夜の奴……。今年中に、必ずあと二回、ぶっ殺す!」
心配そうな顔で膝枕をしている少女と、物騒な科白を吐きながら膝枕をされている少女。
膝枕をしているのは、水牛の様な角と獣の尻尾と言う、一目で人外であると判る少女、上白沢 慧音。今日は満月では
ないが、月の民の居城である永遠亭の中には満月光線が常に充満している為、こうして獣人の姿を成しているらしい。
その柔らかそうな膝の上で歯軋りをしているのが、不死の蓬莱人、藤原 妹紅。
「ぶっ殺す、ぶっ殺す!」と五月蝿い彼女を、何処かのイタリアンマフィアの暗殺者なら、「ママっ子」と罵るかも
知れないが、妹紅の場合、「ぶっ殺す」だとか「ぶっ殺した」だとか、そんな些細な言葉の違いなど関係無く、殺るとき
は殺る人だ。今のご時世、「殺す」という言葉に彼女ほど説得力を持たせられる人間は、やくざ者にもそうは居ないだろ
う。
実際、彼女に人を殺した回数を訊けば、「百回から先は覚えていない!」と答える。
尤も、「回数」ではなく「人数」を問われれば、その数は途端に小さなものとなるのだが。
「何よあいつ等。勝負が終わったんなら、とっとと帰れってカンジー?
チョベリバって言うかー、もうMK5よ、私」
外の世界ではとっくに幻想となった言葉を、間違ってもその雑言の対象者には聞こえない様、小さな声で話すてゐ。
その理由は、彼女が兎料理を美味しい物だとは思っていない、ただそれだけの事である。
「いや、まぁ……。あの二人は別に良いのよ。姫の客人、とも言える訳だし。一応」
不満そうに頬を膨らますてゐとは対照的に、レイセンは、件の二人に対しては、特に文句が有る訳でもない。
そもそも、クリスマスイブの今夜、彼女等二人を呼んだのは、他でもない、永遠亭の主、蓬莱山 輝夜なのだ。
今年の対戦成績が92殺92死のイーブンだった輝夜は、「クリスマスパーティーを開催する」という名目で妹紅を
誘き出し、奇襲をかけて見事、今年の勝ち越しをもぎ取ったのであった。
尤も、妹紅の方も、この誘いが罠であるのは重々に承知した上で館に来たのだから、奇襲と言うのは少し言葉が悪いの
かも知れない。
「それにしても、一年で93殺92死って……あの二人、二日に一度は殺し合ってるのね……」
月並みながら、「喧嘩するほど仲が良い」という言葉を思い浮かべるレイセン。
兎も角、妹紅を殺害して満足した輝夜は、「どうせなら本当にパーティーをしましょう?」という永琳の言葉を背に、
「ビバ=多重投票!」と叫びながら自室へと消えていった。
で、残された客人二人だが。
「今年は精霊達の動きがいやに活発で、今日も雪が凄いわ。一応は医者である身として、こんな日に負傷者を表に出す訳
にはいかないし、二人とも、良かったら今晩は泊まっていきなさい」
との事で、今に至るのである。
二人を呼んだのが主、留め置いたのが師匠、という事なのであれば、レイセンが文句を言う余地は何処にも無い。そも
そもレイセン自身が、この半獣と蓬莱人を別に嫌っている訳でもないのであるし。
「あの二人じゃないとすると……それじゃぁ、頭痛の種はあちらのほうかしら?」
そう言って、今度は何処か愉し気に顔を上げるてゐ。その視線の先、四季の間の真ん中で、床の間を背に胡坐をかいて
いる少女の姿。
「酒が呑める酒が呑める酒が呑めるぞ~~~~っ♪」
必死の愛想笑いを浮かべるイナバ達を両側にはべらせ、我が物顔で酒をかっくらい、豪勢な料理を貪るのは、その頭上
に慧音とはまた違った、ある意味、今日の日には相応しいとも言えそうな、とねりこの木の枝にも似た角を生やす幼女。
「きゃっ! やだもう、どこさわってるんですか。萃香さんのエッチぃ~(はぁと)」
「ええやないかえやないか! 別に減るもんでもなし!」
「ちょ、やめてくださ……ひゃっ!?」
「可愛い声出してもぅ~! ここか、ここがええのんか?」
「いや~ん(はぁと)」
使い慣れてもいない(はぁと)という語尾を連発する兎隊を見ながら、心の中で「ごめんね、ごめんね!」と謝るレイ
セン。
失われた鬼の力、伊吹萃香。
彼女がかつて巻き起こした宴会騒ぎの時には、永遠亭はまだ、月の使者の目をくらませる為、その姿を隠していた。
よって、永遠亭と萃香の間には、接点と言うものが余り無い。その彼女が何故、今ここに居るのか。
博麗神社に於いて、半ば居候の様な生活をしていた萃香であったのだが、寒さが厳しくなり、年の瀬も迫ったこの季
節、神社の経済状況は一年を通じて最も厳しくなるのである。そんな中で、朝から晩まで酒を呑んでばかりの萃香に対
する巫女の視線が、少しばかり命の危険を感じる程にまで冷たくなってきていた。
流石に少々、居づらくなってきた萃香は、神社を離れ、他の居候先を探す事にした。
先ず最初に思い付いたのがマヨヒガだったが、この時期、友人は冬眠に入ってしまっており、式が二人ではどうにも
寂しい。ちょくちょくと誰かが訪れる神社とは違い、マヨヒガに迷い込む者はそうそう居ない。それではどうも、賑やか
さに欠けて面白くない。
次に考えたのが、友人の友人の家である白玉楼だった。此処なら、騒霊や近所の雑霊も集めれば、かなり賑やかで愉し
そうである。
だが、白玉楼は食いしん坊お化けが主を務めている様な場所であり、食糧事情は常に芳しくなる事はないそうだし、
食べる物に関しては余り期待出来そうにない。自身の力で萃めても良いが、どうせなら端から食料にも恵まれている所の
方が、余計な力を使わず手間も省けて楽だ。
紅魔館なら、人も多いし食べ物も沢山ありそうだが、酒を呑むのに床に座ると怒られる、一々椅子に座らなければなら
ない洋館というものは、萃香にとっては好ましくない。
そこで白羽の矢が立ったのが、永遠亭と言う訳である。
「永遠亭なら、部屋がほぼ無限にある上に基本的に和室、その上、食料も一杯『い』るでしょう?」
門前で頭の上に雪を乗せながら、開口一番、満面の笑顔でこう言ってのけた萃香。
対応に出たレイセンも、萃香の言葉に在ったのが『い』ではなく『あ』であったのであれば、笑顔で「お引き取り下
さい」と言う事が出来たであろう。
だが、萃香が言ったのは『あ』ではなくて『い』。愛らしい幼女による笑顔の脅迫。幻想郷でなければ、まず味わえ
ない代物である。
主である輝夜は、
「私の部屋に勝手に立ち入りさえしなければ、別に構わないわ」
実質上、永遠亭を取り仕切っている永琳も、
「何て可愛らしい鬼なのかしら!」
と大喜び。
花の異変の時もそうだったけど、この人、意外と可愛いものに弱いなぁ。
そう思うレイセンだったが、主と師匠が許可し、しかも、大量のイナバ達を兎質に取られている以上、手荒な真似も
出来ない。それどころか、部下達に手を出させないために、率先してこの鬼の接待をする羽目になっていた。
侵略者萃香の出現によって、楽しかったレイセンの生活は一転、辛いものとなった。
萃香は永遠亭に居ついてすぐ、その庭の真下に源泉を萃め、鬼火「超高密度燐禍術」で地面を叩き割って即席の温泉を
製作。
その後は、綺麗どころのイナバ達をホステス代わりに、レイセン達が必死に調達してきた料理を味わいながら、飯・風
呂・寝るの三択に支配された生活を楽しんでいた。まるで、温泉旅館貸切で調子こいている脂ぎった社長の様である。い
や、より正確に言えば、温泉旅館に人質を取って立て籠もりながら遊興三昧の凶悪犯、と言う方が近いだろうか。
兎も角、そんな状況が続いて約一週間。心身ともに、レイセンは疲れ切っていた。
「あの二人が来た時は、若しかしたら事態が好転するかも、と思ったんだけどねぇ」
レイセンの期待は、しかし、目の前で火の鳥が舞おうが五色の光が弾丸となって降り注ごうが、宴会場でのベリー
ダンスやマジックショーを見ているかの如く、「面白い、面白い!」と大喜びで手を叩く酔っ払いの前では、余りにも
虚しいものでしかなかった。
「あーあ。今のこの状況を打ち砕く、何かこう、『ドッカーッン』な事でも、起きてくれないかしら……」
クリスマスと言うのは、「誰もが誰かを喜ばせたくなる日」だと言った人が居る。
だとすれば、誰かが、例えば神様なんかが、レイセンを喜ばせる為に、彼女の願いを聞き届けてくれたのだろうか。
溜め息を吐くレイセンの、そのすぐ脇の壁で、何かが軋む様な、小さな音がした。次の瞬間。
「うっきゃあああぁぁぁぁああ――――っ!?」
突如巻き起こる爆風。紙人形の様に吹き飛ばされるレイセンと、何気なく彼女を盾にして難を逃れるてゐ。
「Many――――ッ! 苦しみマ――――ァッスッッ!!」
壁にぶち開けられた大穴から聞こえる声。赤き衣を纏い、大きな袋を背負ったその者の名は――――――!
「レミリア・スカーレット!?」
驚愕に見開かれる狂気の瞳。
レミリアだけではない。その友人である魔女も、そして、門番である紅い髪の……。
「……って貴方、何、その格好?」
「見ないで! 今のこんな私を見ないでぇ――っ!」
思わずツッコミを入れるレイセンと、泣きながら顔を隠す門番、紅 美鈴。
他の二人の格好は、白いふわふわの付いた赤い帽子に赤い服、そして、その小さな身体にはちょっと不釣合いに思える
程の大きな袋、と、イブの夜にケーキ屋の前に居ても全く違和感の無い、「如何にも」といった出で立ちである。
が、残りの一人は、頭には二本の木の枝、鼻には道化師が付ける様な赤い玉を輝かせ、四つん這いになってその首には
輪っか、そこから伸びる鎖の先端は主の手の中に握られている。イブの夜だとかこのご時世だとか、そういったものに
全く関係無く、外に出たなら確実に捕まって然るべき所に送られそうな格好だ。
「真っ赤なお髪のトナカイさんも知らないなんて。
やれやれ、幻想郷に来て日の浅いだけあって、見事に常識知らずな兎ね」
呆れた顔でレイセンを見下す吸血鬼。レイセンの常識から言えば、トナカイさんの真っ赤なのは鼻だった筈だが、どう
も幻想郷では違うらしい。そう言えばてゐも、目とか何だとかで、鼻とは言わなかったし。
「トナカイは、まぁ、兎も角として……。
貴方達、こんな事して、一体どういうつもりなの? 今日がどんな日か、判っていてやってるのかしら!?」
月の兎であるレイセンは、勿論、基督教を信じている訳ではないし、そもそも、幻想郷は日本である。
それでも、クリスマスという日が、とても愉しくて暖かいもの、だという認識はあったし、その習慣が好きであった。
「勿論……判ってるわよ」
羽を大きく広げ、その魔眼でレイセンを威圧する様に睨みつけるレミリア。悪魔の羽を背負った美しく幼い少女の
サンタクロースという、悪夢の様に幻想的で背徳に満ちた光景。
「……今日はあれでしょ?
サタン・クロースとか言う、返り血で真っ赤に染まった服を着た老人が、『Many苦しみマス!』と叫びながら、
夜中に煙突から家に侵入して、まだ眠っていない悪い子を袋に詰めて持ち去るの。翌朝、何も知らない母親が部屋を見る
と、其処に残されているのは、片っ方だけの靴下のみ……。
何て素敵な行事でしょう! 悪魔であるこの私に、これほど相応しいものは無いわっ!」
「何、その昔どっかで聞いた事ある様な科白の混じってる猟奇的な都市伝説っ!?
ぶっちゃけあり得ないでしょ、それ!!」
「そんな事ないわよ。ねぇ、パチェ?」
レイセンのツッコミを受けた吸血鬼は、その小さな頬を紅く膨らまし、隣に居る眠そうな友人に話を振る。
「そうね。私が最近手に入れたこの本には……。
『苦李素桝(くりすます)…
現在、西洋の行事として広く認識されているクリスマスだが、その起源が実は中国にあった、という事を知る者は
少ない。
紀元前二百二十年頃、秦の始皇帝に仕えていた武官、金九北(ジン・クーベイ)は、兵士たちの鍛錬の為、年に一
回、十二月二十四日の夜に行われた大規模な試合の、初代の優勝者である。
その試合とは、白装束に身を包んだ二人の男達が、互いの返り血でその服が紅く染め上げられるまで戦うという、
非常に熾烈なものであった。武器の使用も許可されていたが、その武器は各人が背負う袋の中に入れておかねば
ならず、その袋が破れた者は失格となる。その為、兵士達は、槍や剣といった大きな得物よりも、鉄の玉や小さな
刃物等を多用し、それを袋から取り出しては相手に投げつけていたという。
勝者は、敗者の足を足首から切り落とし、それを袋に入れて戦わねばならない。つまり、戦闘に勝利すればする
程、荷物が大きく、戦いには不利になるのだ。
中国拳法の長い歴史に於いても、これ程に凄惨で過酷な武道会は他に例が無い。これが苦李素桝である。
秦の崩壊と共に廃止された苦李素桝だが、その後も、名前と、袋から出した物を相手に与える、という点を残し、
また、足首を切り落とす行為は、靴下の中に物を入れる、という様に変化し、庶民の間に広まった。
因みに、クリスマスの際によく唄われる『ジングルベル』とは、金九北を称える歌が元となっている、という事は
言うまでも無いだろう』とあったわ。
そうでしょう? ねぇ、美鈴」
「……え? ちょ、何でそこで私に話を振ってくるんですか!?」
「いやほら、あなた、中国っぽいし拳法やってるし」
適当ではないかも知れないがある意味判り易くもある理由で、いきなり話に巻き込まれる美鈴。そんな彼女を。
「貴様……歴史を司る私の前で、よくもそんな巫山戯た事が言えたものだな……!」
何事かと部屋から顔を出した内の片方が、怖い顔をして睨みつける。
「何で私が怒られるんですかぁーっ!」
泣きながら逃げ出そうとする美鈴だが、主にその先を握られている首輪わのせいで、その場から離れる事も出来ない。
「ま、下らない話はどーでも良いわ!
今日は永遠亭の皆に素敵なプレゼントがあるのよ!」
やけにハイテンションなお嬢様が、背中の袋から、一つの小さな物体を取り出した。
「……何それ。黒い……毛玉?」
ポケットに手を突っ込んだまま、目を細くしてその物体を見詰める妹紅。これで煙草の一本でもくわえていれば完璧で
ある。
「これは、私が魔法で創り上げた擬似生命体よ。
単体では何の力も無いけれど、他の物体と融合する事によって、凶悪で凶暴な怪物へと変化させるわ」
「と言う訳で、行け! ○ケンナーッ!!」
友人による解説が終わると同時に、手にした物体を投げつけるレミリア。
咄嗟に身構えるレイセン、慧音、妹紅。取り敢えずレイセンの後ろに隠れるてゐ。
「…………って、何? 何も起きないじゃない」
少し落胆の色を含んだ妹紅の声。
投げ付けられた黒毛玉は、しかし、何の変化も起こさずに廊下の上を転がった。
「あっれー? おかしいな、パチェ」
「誤作動かしら? 待っててレミィ今調べてみるから」
首を傾げるレミリアと、本を覗き込んでぶつぶつと小声で喋りだすパチュリー。
「ねぇ、お二人共~。
失敗なら失敗でいいじゃないですか~。こんな事、もう止めましょうよぅ。
咲夜さんだって、今回はついて来てくれなかったし……。きっと、こんな事をしたらいけない、って思ってたからです
よ~」
「五月蝿い!
最近、その辺の妖精やら下っ端妖怪共やらが、私の事を何て噂しているのか、判っているの!?
『レミリア、最近、丸くなったって。主に顔が』。
許せるかしら、こんな言葉!?
あんな雑魚共に舐められない為には、もっと『悪魔』らしい事をやって、私の怖ろしさを幻想郷中の者に再認識させ
なければならないのよっ!!」
「顔が丸くなったのは、別にお嬢様に限らない気が……」
従者の進言なんかには、毛の頭ほども耳を貸す気の無い我侭お嬢様。
そんなレミリアを前に、黒毛玉の不発で緊張の解けたレイセンが大きく息を漏らす。
「美鈴の言う通り、お願いだからさっさとおうちに帰ってよ……。
こっちは、萃香だけでも大迷惑だ、って言うのに……」
その瞬間だった。
「メ・イ・ワ・ク」
足元から、人が発するものとはちょっと思えない程の、奇妙な声が聞こえた。何事かと目を遣るレイセン。
「……ひっ!?」
思わず叫び声を上げた。
目に映ったのは、先程の毛玉。。だが、その身体はまるでいが栗の様に裂け、そこから、不気味な一つの目玉が覗いて
いた。楽園の最高裁判長が見たのなら『ヤマザナドゥだぞ、偉いんだぞっ!』と泣きながらがくがく震えてカーテンの
後ろに隠れそうな程に、トラウマな光景。
「メ・イ・ワ・ク。メ・イ・ワ・ク。ス・イ・カ・ハ、メ・イ・ワ・ク……」
壊れた機械の様に、同じ言葉をただ繰り返すのみの毛玉。その不気味な物体を。
「おぉー! 酒の肴に、生海胆とは気が利くわね~。いっただっきまーっすッ♪」
「食べたぁ~~~~!?」
一口で飲み込む酔っ払い幼女
絶句するレイセンを尻目に、美味しそうに顎を動かす萃香。
目玉が有って、その上言葉を喋る海胆なんてものが存在する訳が無いし、仮に在ったとしても、殻ごとばりばり貪ると
いうのは、大よそ人の形をしている生物がやるべき事では無い。
アルコールというものが脳に与える影響の怖ろしさに、何も言えず立ちすくむレイセン。
「くっはあぁ~っ! 美味しかったぁ~~…………って、あ。あ? あれれれ???」
満足そうに大口を開けた萃香の体が、次の瞬間、突然に硬直する。直後。
「な、な、な、な、ななななぁ~~~~!!??」
その身体がみるみる巨大化していく。驚きの声を上げている事からも判る様に、それは、萃香自身の意思によるもの
ではなかった。
永遠亭の天井を突き破り、そこでやっと巨大化が止まる。
「あー、えっと……大丈夫?」
遙か上方にある顔に向かって、心配そうに声をかけるレイセン。そんな彼女に向かって、萃香は答えた。
「……っざけんなあぁッッ!!」
燃え盛る灼熱の業火と共に。
「わきゃあ!」
間一髪、身を躱すレイセン。
「心配してあげたのに、何よそ…………の?」
そこで彼女は異変に気付いた。
萃香のその巨大な目からは、黒目が失われている。額には、漫画に出てきそうな位に判り易く浮かび上がった青筋。
「……あぁ、なるほど。失敗の原因が判ったわ、レミィ。
あの毛玉、本来は星型にするべきだったのよ」
「あれ? でも、何だか成功してるみたいだけど」
「球状にした場合はね、『迷惑』という言葉をキーワ-ドにして発動する様に、性質が変化するみたい」
今一緊張感に欠ける元凶達を他所に、しんしんと雪の降る天に向かって、怒りの雄叫びを上げる萃香。
「いくら此処が輝夜の城とは言え、この様な無法を放って置く訳にもいかん!
助太刀するぞ、月の兎!」
「私もやるわよ、慧音」
「妹紅は下がっていろ。輝夜との闘いの傷、まだ完全には回復していないだろう?」
颯爽と鬼の眼前に立ちはだかる慧音と、不服そうな顔をしながらも、取り敢えずは後ろに退く妹紅。
「私は、大急ぎで姫と永琳様を呼んできますね」
「うん! お願いね、てゐ!」
大急ぎで走り去る素兎を見ながら、一羽を除いたその場の全てが「脱兎」という言葉を思い浮かべた。
素直に受け取っているのは、付き合いが長い筈のレイセンのみ。
これだけの大騒ぎに、わざわざ永琳達を呼びつけに行く事も無いだろう。それも、一般のイナバよりかなり高い能力を
持つてゐが。
この非常時にあって、そういう事を考えないのが、レイセンの良い所でもある。
「っざけんなぁ――ッ!」
咆哮を上げる鬼の前、自分の家族を守る為、カードを高く掲げ宣言する。
「行くわよっ!」
◆
「確か……ここら辺の筈なんだけどなぁ。ねぇ、スーさん?」
雪が降り積もる竹林の中で、不安そうな声で呟く少女。
正確には、少女をかたどった人の形。
彼女、“小さなスイートポイズン”メディスン・メランコリーは、最近知り合ったある人間?から招待された、クリス
マスパーティーの会場へと向かっている最中だった。
招待状に同封されていた地図によれば、会場は竹林の中に在るらしい。だが、成長の早い竹は、竹林そのものの姿を
変える。よほど慣れた者でも道に迷うのだから、住処である丘から殆ど出た事の無いメディスンがどうなるかなど、言う
までもない。
「寒……くはないけど、やっぱり、こう、しんしんと雪の降る寂しい竹林なんかに居ると、流石に気が鬱ぐなぁ……。
やっぱり、外に出ないで大人しくしていれば良かったかな?」
とは言え、帰り道も判らない。どうしたものかと思案するメディスン。すると。
「……何、あれ?」
竹林の奥、今居る場所からかなり離れた所で、何かの光が見えた。
一瞬、知り合いから聞いた昔話を思い出したりもしたが、よく見ればそれは、火の手が上がっている、それによるもの
の様だった。
好奇心に駆られてメディスンは、その炎のもとへと歩を向けた。
◆
「すみません、師匠~」
全身ぼろぼろで廊下の床に横たわったまま、情けない声を上げるレイセン。
「あらあら。大丈夫、ウドンゲ?」
応える師匠は、心配そうな顔をしてこそいれど、その間延びした声のせいで、どうにも緊張が感じられない。
「普通じゃないですよ、あいつ。私や白沢の攻撃をまともに受けても、ひるみすらしないんですぅ……」
「あらあら、まぁまぁ」
時間無制限ミッシングパープル状態の萃香を前に、レイセンや慧音の攻撃は通用しない。見かねた妹紅が傷をおして参
戦したが、それでも動きを止めるので精一杯だった。
一般のイナバ達は、レイセンの支持によって、原子怪獣に襲われた都民の如く大慌てで非難していた。
因みに、てゐの姿は何処にも見当たらない。
そうした圧倒的不利の状況で、「困ったわねぇ」と、余り困っていそうにもない表情で頬に手を当てる永琳。そんな彼
女に。
「あら? やっと出てきたわね、永琳。貴方のお望み通り、クリスマスパーティーに馳せ参じてやったわよ!」
鬼の肩の上から、幼い吸血鬼の甲高い声が飛ぶ。
「お望み通りって……何それ?」
「あ? 弟子のくせに何も聞いていないのかい?
今日、私が此処に来たのは、永琳から招待状を貰ったからなのよ」
思いもかけないレミリアの言葉。慌てて師に向き直るレイセン。
「どういう事ですか、師匠!?」
「誤解よ、ウドンゲ。
私はただ、咲夜宛に、『困った事になっているから手助けに来て』って言う手紙を出しただけよ?」
「困った事って、萃香の事ですか? それだって、師匠があいつの居候を認めちゃったせいでしょーがっ!」
「まぁまぁ、ちょっとは落ち着いて、ウドンゲ?」
「これが落ち着けますか!
あの悪魔の家に、『困った事になってます』なんて手紙を出そーものなら、大喜びで追い討ちかましてくれるに決
まってるじゃないですか?」
普通ならば悪口とも取れるレイセンの言葉を、誉め言葉と受け取って嬉しそうな顔をする紅い悪魔。
「あらあら、落ち着いてってば、ウドンゲ。
ほら、まぁ、可愛らしい娘が増えて、パーティーが賑やかになったと思えば、ね?」
「ね?じゃありませんっ!」
「あらあら……」
「あらあら禁止!」
「まぁまぁ……」
「まぁまぁも禁止っ!」
「あらあら、まぁまぁ……」
困った風な笑顔で後退る師匠と、それを追い立てる弟子。平時なら微笑ましいとも取れる光景だが、今のこの状況では
遊んでいるようにしか見えない。
「何遊んでいるのよ、永琳にイナバ!」
そんな二人に、主の叱責が飛んだ。凛とした声。
「ったく、今は追い込みで忙しい、って言うのに騒々しい……」
だがその姿は、髪はぼさぼさ目の下には隈、皺の付いた服もそのままに、長いスカートの端をずるずると引き摺って
いた。
「申し訳ありません、姫!」
「丁度良い所に、姫!」
輝夜の登場に対し、頭を垂れて不備を詫びるペットと、嬉しそうにして手を叩く位置の従者。
「丁度良い……って、何ですか、師匠?」
「いいから。ウドンゲ、お前は今すぐ戦闘に復帰して、白沢の援護に行きなさい」
そう言って弟子に薬の入った瓶を渡す。受け取ったウドンゲは、「了解!」と一言、すぐに薬を飲み干して飛び去っ
た。
「実はその薬は……」
と、下らない冗談を言おうとしてたのに、あっさりとスルーされる永琳。勿論、レイセンに渡したのは普通の回復薬だ
が、そこで嘘を言って慌てる弟子を愉しむ、その目論見が外れて少し残念そうに溜め息を吐く。
「まぁ、いいわ……。それより……。
……妹紅! この場はウドンゲと白沢に任せて、貴方は此方にいらっしゃい!」
「何よ! 今はそれどころじゃないわ!」
「いいから! 秘策が有るのよ、秘策が!」
永琳の叫びに、渋々と降りてくる妹紅。正直な所、先ほど慧音にも指摘されたとおり、傷の回復が未だ完全ではない
為、このままでは余り役に立てそうもない。そういう考えもあった。
「で、秘策って何よ?」
「ちょっと手を貸して頂戴。右手でお願いね」
「?」
訳も判らずに差し出された、その白く細い腕に向かって、
「えい(はぁと)」
何の前置きも無しに注射針を突き立てる保健医。
「な、いきなり何するのよ?」
妹紅が騒いでいる内にも、怪しげな真っ黒い液体が、容赦無くその身体に注ぎ込まれる。
「不老不死なんだから、文句言わないの!
さ、次は姫の番です。姫は、左手をお願いしますね」
妹紅の臀部を軽くはたき、そして今度は主に向かって、白い液体の入った注射器を取り出す。
「副作用があったりなんかは……しないわよねぇ?」
「ご安心ください、姫。先程の黒い方はどうか知りませんが、こちらの白い方は、ちゃんと副作用が無い事を確認済み
ですから」
訝し気な輝夜に対し、満面の笑顔でその豊かな胸を叩く永琳。後ろでギャーギャー言っている人間の事は、取り敢えず
は放って置く。
「判ったわ。でも、あんまり痛くしないでね……」
「ご安心ください。この私の技術(テクニック)、姫も充分ご存知の筈でしょう?
では、いきますよ」
「つッ! あ、ああ、白く濁った液体が、私の中に注ぎ込まれて……!
やあぁ! 何だか身体が熱いわぁっ!!」
「恥ずかしい科白、禁止っ!」
名前の通り紅く染まった顔で、堪らすにツッコミを入れる妹紅。
「今の場合、『エッチなのはいけないと思います!』の方が良くない?」と、心の中でツッコミ返しをする輝夜。
「よし、っと。これで準備は完了」
主の腕から注射器を離し、ふぅっ、と一息を吐く永琳。そんな彼女に輝夜が問い掛ける
「で、一体今の薬は何なの?」
「今のはですね……永遠亭が危機に陥った時の為に作っておいた、一種のドーピング剤です。
これによってお二人の力は、普段よりも大幅に上昇するのですよ」
「?そーかぁ。輝夜も私も、特に変化があったようには思えないんだけど?」
割って入った蓬莱人に対して、まだ先があるのよ、と、話を続ける。
「この薬の力を解放するには、ちょっとした儀式――と言う程のものでもないけれど、ある決められた動作と言葉を必要
とするのです。
という訳で、お二人とも、少し耳を貸していただけます?」
「ちゃんと後で返してよ? 結構痛いんだから」
そう言って妹紅の耳に手をかける輝夜。
『面白くない冗談、禁止』と言って、輝夜の顔面に炎の拳を叩き込む妹紅。
仲の良い二人を見て微笑んでから、永琳は二人に向かって何かを耳打ちした。
「な、なんだって――――ッッ!!」
戦闘中のレイセンと慧音が、思わず動きを止める程の絶叫。
「どうしたんだ、妹紅!?」
駆け寄って来る慧音を、「だ、大丈夫。いいから、慧音はあっちをお願い」と慌てて制止してから、穏やかに笑って
いる薬師に向き直る。
「私と輝夜は、不倶戴天の敵同士よ!? それがなんで、そんな事ッ!!」
「あら、私は別に構わないわよ? こういうのも、偶には面白いし」
「流石は姫、広い心をお持ちです」
宇宙人の思考回路はよく判らない。そう吐き捨てる妹紅だったが。
「でも、良いのかしら?
……このままだと、その不倶戴天の敵が、何処の馬の骨とも判らぬ部外者によって倒されてしまうのだけれど?」
輝夜には聞こえない様、小さな声で耳打ちされた言葉に、苦虫を噛み潰した様な顔で固まる。
「……そっちのお姫さんは、ちょくちょく、自分以外の刺客を差し向けてくれたりするけどね」
「そうね。でも、それは姫の話。
貴方の方は、そんな手を使った事、今迄で一度も無かったと思うけれど?」
永琳は微笑みながら、心の中で考える。
(あなたの次のセリフは……)
「判ったわ! 仕方無い! 輝夜を殺すのは私だけの楽しみなんだからねっ!」
(という)
永琳の想像と、一言一句違わぬ妹紅の言葉。策士の業、ここに完成。
「それじゃぁ輝夜。いくわよ。右手を貸して!」
「やれやれ、仕方無いいわね。ちゃんt
「同じネタ禁止! とっとと右手を出す!」
「風流を解さない人ねぇ。一応は、元貴族のくせに……」
ぶつくさ言いながらも、右手を差し出す輝夜。その掌を掴む妹紅の左手。
「「○ュエルオーロラ○ェーブ!!」」
二人の声が合わさった瞬間、その足元から、虹の様な光が吹き上げた。
「綺麗……」
レイセンの口から声が漏れた。
七色の光の奔流。絶望的戦況下にあって彼女は、その眩い光を目にし、「希望」という言葉を思い出した気がした。
次第に細くなる光の渦。その真っ只中に降り立つ、二人の少女のシルエット……!
「蓬莱の使者、フジブラック!」「蓬莱の使者、フジホワイト!」
「「ふたりは、フジヤマっ!!」」
その名の通りの黒い衣装に身を包んだ妹紅と、対照的な純白の衣装を纏う輝夜。二人の指が、巨大化した萃香を指し
示す。
「闇の力の僕たちよ!」「ちゃっちゃとおうちに帰りなさい!」
一糸乱れぬ見事なポーズ。時が止まったかの様な沈黙が、場を支配した。
「って、なんじゃこりゃ――――っ!?」
静寂を破ったのは、殉職した何処かの刑事の如き妹紅の叫び声。
「ちょっと永琳! 何よ、この格好!?」
「お気に召さなかった?」
「お気に……って…………。
…………今の流れで行ったら、どう考えても変身するでしょうが、普通!
何で、色だけが変わって服装は元のままなのよーっ!」
その名の通りの黒い衣装に身を包んだ妹紅だったが、格好自体は何も変化はしていなかった。
輝夜も同じく、手抜き漫画の様にただ色が落ちて白くなっていたのだが、元々の形状のせいで、遠目に見ればドレスの
様に見えなくも無い。
ところが妹紅は、普段の格好からしてもんぺ穿きという、女の子としては少々野暮ったい服装。それが真っ黒に染まっ
たせいで、その威圧感というか、違和感は並ならなくなってしまっている。ある意味、面白さレッドゾーン。
「あらなぁに? 妹紅ってば、フリフリな姿にでも変身したかったのかしら? 意外と乙女チックね~」
「うるるさぁーい!」
意地悪な笑みを浮かべる輝夜と、呂律の回っていない口で反論する妹紅。
「っざけんなぁ!」
そんな二人の頭上に、小さな舟ほどもありそうな、巨大な足が落ちてきた。
咄嗟に左右に散る妹紅ことブラックと、輝夜ことホワイト。轟音と共に、一瞬前まで二人の立っていた場所が粉々に
砕け散る。
「それで永琳! 能力強化って、具体的に何がパワーアップしたのかしら!」
「主に身体能力の面で、服用前とは比較にならないほど強化されています!」
輝夜の問いに応える永琳。それを聞いてブラックは、
「いいじゃない! 嫌いじゃないわよ、こういうのもっ!」
嬉しそうにその両の拳をぶつけ合わせた。その目の前に、
「っざけんなぁ!」
咆哮と共に、自身の身長以上の拳が迫った。それを、
「だあぁ!」
両手を交差させ、真正面から受け止める。
「うっ……おおうりゃぁぁああ――――ッ!!」
気合一閃、萃香の拳を蹴り上げた。
「っざけんなぁ!」
蹴られた部分をもう一方の手で押さえながら、今度はその巨大な右足でブラックを蹴り返そうとする萃香。
「危ない、ブラック!」
割って入るホワイト。その身体に、猛スピードで萃香の足先が追突した。その刹那。
「っざけんなぁ!?」
重力と言うものを忘れさせるほど綺麗に、萃香の巨体が宙を舞った。
「……礼は言わないわよ」
「あら酷い」
「…………さんきゅ、ホワイト」
「………………ごめん、そっちの方が、むしろ気味が悪くて嫌だわ」
軽口を叩き合う二人。その姿を見て、レイセンは、先程見えた「希望」が、更に強く光り輝いているのを感じた。
だが。
「っざけんなぁ!」
大地を揺らしながら置き上がる巨体。そこには、まともなダメージは見て取れない。
「無駄無駄ーァッ!
この萃香は、一瞬にして全ての妖怪を超越したのよ!」
如何にも「吸血鬼らしい」叫びを上げるレミリア。その声に応えて、萃香がそのスカートの下から、人の背程もある
カードを取り出した。そこに書かれる「鬼火」の文字を目にし、慧音の体に悪寒が走った。
「真逆、あの状態でスペルカードが使えるとは……。
……まずい! 止めるんだ妹紅! あの体であのスペルが発動されれば――――!!」
その叫びも虚しく、大地に向かって振り下ろされる破壊の鉄槌。
地面に亀裂が走り、永遠亭の建物が崩れてゆく。
更にはその亀裂から、無数の鬼火が、いや、鬼火と言うには余りに大き過ぎる火の玉が噴き出してくる。
「うわっ!」「きゃあぁ!?」
「慧音!」「イナバ!」
火球を避けきれず、火だるまになりながら地面へと落ちていく慧音とレイセン。
「あの二人は私が! それよりも、お二人共、気をつけて!」
負傷者に向かってすぐさま走り出した薬師の姿に安堵の息を吐く間も無く、フジヤマの二人に鬼が襲い掛かる。
炎の塊に阻まれてまともに動けない二人を、容赦無く萃香は攻め立てる。
「どうするの、ブラック! このままじゃ、若しかしたら本当にマズいわよ!?」
「くっそ! せめてあいつの動きを止められたなら……」
防戦一方の状況、このままでは、遠からず二人も落とされるだろう。
「絶望――――に身をよじれィ、虫けらどもォオオ――ッ!!」
吸血鬼と言うよりは、むしろ屍生人じみた科白を上げるレミリア。彼女の勝利は、最早確実なものとなった。
……だが!
「ざっ、けん……なぁ?」
突如、その動きを緩める萃香。その周囲には、いつの間にか紫の霧が立ち込めていた。
「……んっ……うぅ、師匠……」
「良かった。目が覚めたみたいね、ウドンゲ」
「はい……。それより、この匂い、これって若しかして……」
「ええ、そうよ。来てくれたみたい、あの子が」
膝上の弟子の言葉に応えて永琳が見詰める先、雪景色の竹林を背景に佇むブロンドの人形。
「何が何だかよく判らないけど……どうやら知り合いのピンチみたいだし、スーさん、やっちまいな!」
メディスンの声に応じて、その濃さを増すパープル・ヘイズ。萃香の動きが、ネジが切れる寸前の時計の様にぎこち
なくなってきた。
「今です!」
そう叫んで永琳が、二枚のカードをフジヤマの二人に投げ付けた。
「これって……他人のスペルのパクリじゃない」
「良いんじゃないの、ブラック? このスペル自体が、そもそも模倣品らしいし」
そう言って、ホワイトの掌がブラックの右手を掴んだ。判ったわよ、と少し照れくさそうにいうブラック。
二枚のカードが、天に向かって掲げられた。
「ファイナルスパーク!」「マスタースパーク!」
それぞれのカードから発せられた、二本の光の柱が天を衝いた。
「フジヤマの美しき恋心が!」「邪悪な心を打ち砕く!」
大地が揺れ、大気が震える。二本のレーザーによる歯車的恋心の小宇宙! 結構ノンキしていたレミリアも、世界その
ものがゆれる様な迫力にはビビッた!
「「ファイナル! マスタースパア――クッッ!!」」
萃香に向けられた掌は、しかし、一瞬だけ後方に引かれ。
「「マックス――――ッッ!!!!」」
次の瞬間、極大の光の渦が、萃香を飲み込んだ。
「ッッザケンナアアアァァァアアア――――――――!!!!」
断末魔の咆哮が、竹林の奥深くに響いた。そして。
「ごめんな」「ごめんな」「ごめんな」「ごめんな」「ごめんな」「ごめんな」「ごめんな」「ごめんな」…………。
無数の小鬼達が、蜘蛛の子を散らした様になって逃げていった。
「くっ! 今日のところは引き分けにしておいてあげるわ!」
非常に正しい捨て科白を残して、吸血鬼とその友人は姿を消した。
「勝っ……たぁ~~――」
緊張感が解けたのか、力無くその場に崩れ込むブラックこと妹紅。
そんな彼女に、白い手が差し伸べられた。
「あ、……ありが、とぅ……」
「どういたしまして。お礼を言いたいのは、私も同じよ。有難う」
目を逸らしながらも、はっきりと感謝の言葉を口にする妹紅と、笑顔でそれに応えるホワイトこと輝夜。
「貴方もよ、そこのお人形さん! 助けてくれて有難う!」
そう言って振り向く輝夜。目の前には、初対面の人間に対してどうすれば良いのか判らず、気まずそうな顔で俯いて
いるメディスン。
「わ……私は、その、別に……成り行きで、って言うか……あの…………」
違う。言いたい事はそんなんじゃない。
けれども、他人と触れ合う機会に恵まれていなかったメディスンは、こんな時に、何を話せば良いのか判らない。
なりたいのに。若し出来るのならば、目の前のこの少女達とも、あの兎や薬師の様に……。
「あ……」
頭の上に感じた、優しい感触。顔を上げたメディスンの目の前には、穏やかに微笑む黒い長髪の少女。
「お名前は?」
小さな子供に対する様に、優しく、穏やかに話しかける輝夜。
「わ、私はね、メディスン、メディスン・メランコリーって言うの!」
「そう、いいお名前ね」
そうして輝夜は、少女の小さな頭に手を載せたまま言った。
「メディスン……。
お友達に、なりましょう」
「それってAI○のパクリじゃん」
瓦礫の陰に隠れて、幸運の素兎は一羽、呟いた。
「――今回の件は、まぁ、済まなかったわね」
永遠亭に造られた温泉の中で、顎の下まで湯に浸かりながら、あまり申し訳無さそうにも思えない態度で謝罪する銀髪
の少女。胸は、湯に隠れていてよく見えない。
「子供の悪戯だもの。そんなに怒る気は無いわ。
幸い、大した怪我人は出なかったし、建物の方も、貴方のお蔭で元通りになったんだからね」
浴槽の縁に腰掛けて応えるのは、その長い髪を解いている為、ぱっと見ただけでは誰だか判別しにくいが、湯煙に
巻かれながらもその美しいプロポ-ションを隠せていない永遠亭の薬師、八意 永琳。
彼女の姿を、もう一人の少女、十六夜 咲夜は、決して直視しようとはしない。
また、永琳の目がある内は、湯船から肩を出そうとしない。
レミリアの巻き起こした騒動のしばらく後、咲夜はレミリアとパチュリーの二人を連れて、永遠亭まで謝罪に訪れた。
元凶の二人は全く反省の素振りを見せなかったが、兎も角咲夜は、その力を使い、永琳と協力して屋敷を再建した。
その際に力を使いすぎたせいで疲労した咲夜は、永琳の厚意により、今晩は永遠亭に泊めてもらう事となった。
レミリアも「咲夜が帰らないなら私も帰らない」と言って、友人やついさっき迄の敵達と一緒になって、大広間で
楽しく騒いでいる。
「本当、良い所よね、幻想郷は……」
そう漏らした永琳の言葉に、何よそれいきなり、などと応えつつも、心の中では、確かにそれもそうね、と同意する
咲夜。
しんしんと天から降る雪。それを文字通り温かく迎える、風呂から立ち上る湯気。
「ところで……」
顎を湯に浸したまま、咲夜が切り出す。
「何?」
「パチュリー様が手に入れた、例の本だけどね」
「それがどうしたの?」
「古道具屋で手に入れたらしいんだけど、さっき店主に確認してみたら――――」
謝罪と屋敷の再建。それだけが、咲夜が永遠亭を訪れた理由ではなかった。
永琳を相手に、どうしても確認しておきたい事が咲夜には有った。
「――――その本を持ち込んだのって、妖怪兎だったそうよ」
「あらあら」
「それと、うちの近所の妖怪達の間に広まっていた噂、あれも、数匹を締め上げたら、『広めるように言ったのは兎だ』
って教えてくれたわ」
「まあまあ、凄いのね。短時間の内に、そこまで調べられるなんて」
「お嬢様達が出かけた直後から調べていましたからね」
「てゐの仕業かしら? 何を企んでいるのかしらねぇ、あの子」
湯気の立ち上る永遠亭の庭に、静かに降り積もっていく白い雪。
「……今回の件は全て、貴方が仕組んだんでしょう?」
「あらあら、まあまあ」
「手下を使って準備を整え、お嬢様達に怪しい知識を吹き込んだり、プライドを刺激したりした。
その上であんな手紙を私に送り付ける。貴方の目論見通り、お嬢様は喜び勇んで永遠亭にちょっかいを出した」
「貴方って……メイドを辞めて、探偵にでもなった方が良いのじゃないかしら?
いえ、探偵よりはむしろ……占い師の方が合ってるか。根拠も無しに、なんでもずばずばと断定する辺り」
「普通の占い師は、断定なんて基本的にしないわよ。普通は。
それよりも、永琳。ごまかさないで。こんな馬鹿騒ぎを起こした、その目的は何?」
雪が降る。ただただ静かに、雪が降る。
「『お互いピンチを乗り越えるたび、強く、深くなる』」
「……は?」
「昔の人の言葉よ。貴方はまだ若いから、知らないのも仕方ないけれど」
「ツッコミたい事は色々有るけど……それが、貴方があんな事をした理由?」
「はてさてふむー?」
「そんな事をしなくても。あの二人、元々殺し合うほどに仲が良いでしょうに」
「殺し哀・宇宙?」
「哀・宇宙は付かせません!」
「軽い冗談に、そんな目くじら立てて怒らなくても……。
――まぁ、姫も彼女も不老不死なんだから、そういう関係も有りなのだろうけどねぇ……」
「……随分と優しいのね。不死の蓬莱人とは思えないくらいに」
そう言って、湯で顔を洗う咲夜。彼女の目が閉じられたその一瞬に、永琳は、ほんの僅かに哀しそうな、申し訳無さ
そうな表情を覗かせた。
再び目を開けた咲夜の目には、いつもと変わらぬ穏やかな微笑み。
「あとはあれか。あの人形の事も?」
「さてはてむふー」
「似た様な境遇らしいし、確かに気は合うかも。
それに、かたや生死を離れた存在、かたや本来は生命を持つ筈でなかった存在――いや、今でも『生命』が有るのか
どうかは判らないけど――兎に角、そういった意味でも、普通の生き物よりは近しいものなのかも知れないし」
そう言って咲夜は、遮る物の無い夜空を見上げた。
「……ごめんなさいね」
「あら、罪を認めたのかしら? と言う事は、次に来るのは自殺だったかしら」
「止めてくれる?」
「止めないわ。お好きなだけどうぞ。
まぁ、貴方じゃなければ止めるんだけどもね」
「意地悪ぅ……」
「可愛らしく言っても無駄よ。て言うか、歳を考えなさい」
「あら酷い。
……やっぱり、怒ってるのかしら? 今回の事……」
永琳の方は見ずに空に顔を向けたまま、咲夜の口から白い息が漏れた。
「っはあぁ~。
別に……怒ってはいないわよ」
「本当?」
「本当。ま、今日と言う日に免じて、ね。
貴方のプレゼント、あのお姫様もまんざらじゃぁなさそうだったし」
「……有難う」
「どういたしまして」
雪が降る。雪が降る。聖なる夜に雪が降る。
浮世の穢れを真白にそめて、ただただ静かに雪が降る。
――――今夜は、クリスマスイブ――――
まぁ、美鈴スレ住人にしか通じなさそうですけど。
ごめん中国、素で忘れてた。
小さい頃に大好きで、玩具も持ってました。超無敵合体は、まぁ、腕が大き過ぎたり頭が長かったりでしたが……。
当時としては珍しく(でもないか?)、CDも持っていました。今でもOP・EDは歌えますよ、ええ。
>鱸さま
実は、自分も忘れていました。殆どお話に絡まない役所でしたし……。
書き終えた後に「そー言えば」と気付いて、慌てて後書きに入れたという次第です。対不起。
>ぐい井戸・御簾田さま
自分はまだ持っていないのですが、文花帖、面白いみたいですね。
『究極の無業者(アルティミット・ニィト)カグヤの誕生だッーっ』!
そして、このお話を読んで下さった全ての方に、感謝、感激ですっ!!