【このお話は、創想話20に在る『幻想大戦記 “EPISODE 2 妖夢”』の続きです。今更……。
登場人物の壊れがあったり、妙なパロディネタが多かったりなので、そういうのが嫌な方には御免なさい(汗)】
(告)
“パソコンをご使用になる時は、部屋を明るくして、出来るだけ遠くからご覧ください”
私、博麗 霊夢は、幻想郷の辺境に住む神社の巫女さん。
伊吹萃香という、幻想郷には居ない筈の鬼と名乗る少女と出会って、何かが変わってきました。
そんな中、永遠亭を取り仕切る薬師が、手勢を率いて紅魔館や白玉楼に攻め込んだという噂が流れ、何だか騒がしく
なってきて……。
♪宴会ぃ明けの―――腹の奥から――――ぁ
中身 溢れてぇーっくるよぉっうに―――
頭痛地ぃ獄はぁ―――――――始まったぁばかりぃ―――――……
誰もーぅ眠るー庭ー
朝の日を浴びてぇ 厠(トイレ)走れ――――――ぇっ
大袈裟ぁに下呂 大地ぃに胃液
背中をーぅさする手 ぶりぃ返ーす波
絶えー絶えーっのイブキ… 今ぁー、酔い醒めのおっ粥ぅ――――――♪
“三之巻 伊吹く鬼”
夜のそれとは、何処か感覚の違う闇。存在すら感じさせぬほど静かに、身動き一つすらしない大気。其処は、見渡す
限りの竹林だった。
けれども奇妙な事に、その何千、何万と在る竹の足元は、草木一本生えていない、と言うより、生えよう筈も無い、
剥き出しの岩肌の様な地面。
こんな所に根を張るとは、随分と気合の入った奴らね。そんな事を考えながら私は、色気の無い大地をじっと見据え
る。
――どれ位の時間が経ったのか。一刻以上の時が過ぎた様な気もするし、十を数える程の間も無かった様な気もする。
次第に、何かが見えてきた。地面の上ではなく、その下に。味気の無い岩の塊が、少しずつ氷か、硝子の様な透明度を
増していく感覚。その下に在る何かをよく見ようと、私は目を凝らした。
と、何者かの気配を察知し、私は振り向いた。少し離れた場所で、一人の白い人間がぎこちなく歩いているのが見て
取れた。
不思議だった。それは、「白い服を着た人間」ではなく、「白い人間」に見えた。いや、外観だけ取れば、どうにも
生き物には見えないし、かと言って妖とも思えない。どちらかと言えば人形の様な、そう、それはまるで白い人形の様
で、けれど、顔だけは真っ黒で鼻も口も無いのっぺらぼう。
そんな不思議なモノを、私は何故だか人間だと判った。顔だけ黒くてあとは白くて、だから、私はそれを『白い人間』
だと思った。
そしてそれは、私にとって不愉快なものではなかった。不愉快に思う者も居るのだろうが、私は別に嫌だと感じない。
そう思った。
何故ならそれが、余りにも現実離れした光景だったからだ。常世の空気を漂わせる中を、ゆっくりと歩く白い人の形。
どう考えても、現実にはあり得る筈の無い景色。お伽噺に出てくる異郷や仙境と、これは同じ類のものだ。私には、そう
感じられた。
ただ、その白い人間が、何故だかこの見事な竹林に気付いていない風であるのは、哀しいと思った。
彼が、その行く手に無数に在る青緑の柱にぶつかりそうになっても、まるで初めから其処には何も無かったかの様に
してそれを擦り抜けて行くのが、とてもとても哀しかった。
――何の脈絡も無く突然に、私の立つ処が変わる。
辺り一面の竹は完全に消え失せ、代わりにそびえ立つのは、生命を全く感じさせない無機質な幾つもの塔。
無遠慮に耳に飛び込んでくる、何とも形容のし難い非自然的な騒音。静かにしているのとはまた違う、ただ、動く事に
疲れただけの淀んだ空気。
其処には、大勢の人が居た。子供は、余り居なかった。
彼等は、沢山のお金を持っていた。彼等がそのお金で、「さっき」のを買おうとしているという事が、私には何となく
判った。
それを見て私は、少し辛くなった。
そして、私だってこうして辛いと思うのだから、「彼処」に居た人達は、私よりもっと心を痛めているのに違いない、
と思った。
「彼処に居た人達」というのが誰かは判らなかったが。取り敢えず、あの「白い人間」ではない気がする。
そこで、私は目が覚めた。
「……眠い」
何だか、変な夢を見ていた気がする。意味不明、理解不能の訳の判らない夢。まぁ、夢というものは、得てしてそう
いうものなんだけれど。理路整然とした夢があったなら、それはそれで面白味が無い。
とは言え、巫女である私が見た夢なのだから、これは若しかして、有り難い霊夢だったりするのかも知れない。
「有り難い霊夢」
口に出してみた。何だか、自分を拝み奉っているみたいで気恥ずかしい。
まぁ、夢の事は別にどうでも良いか。どうせ、暫くしたら綺麗さっぱりに忘れるのだろうし。夢なんてそんなものだ。
人の夢と書いて『儚』。いや別に、だから何って事も無いけれど。
……駄目だ。何だか頭の中が纏まらない。て言うか眠い。もう辰の頃は過ぎたか、お天道様は完全に登っている気持ち
の良い朝だけど、それでも眠いものは眠い。境内の掃除は昼迄に済ませれば良いし、ここはちょいと二度寝と洒落込も
う。なに大丈夫、時間はたっぷりあるのだ。のんびりのびのびでいけば良い。
そう考えて再び布団に潜った私の耳に、
「しょぉ○ぇ~ん~をぅ、外でぇするーならー♪
晴ぁれぇたーぁ日ぃーにー、胸をー張ぁってぇ―――♪」
清々しい朝の空気をぶち壊しにしてくれる最悪な歌声が響いてきた。
次第に近付いて来るその声に、私は一人思い当たる奴がいる。と言うか、朝っぱらからこんな下品な替え歌を楽しそう
に唄う迷惑な奴なんて、二人も三人も知り合いに居て欲しくはない。
……まぁ、その気になれば、一人で百万匹にもなれる厄介な奴なのだが。この声の主は。
「♪ぁそーれーがぁ、君のイブキ~ジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャン!」
最後の「ジャン!」と同時に、寝所の襖が勢いよく開け放たれた。其処から覗く鎮守の森の緑を背景に、明後日の方向
を向いたまま話し始めるのは、鹿の様な立派な角を二本、頭の上に生やした幼い少女。
「今欲しいんだよね……、君の力が」
「ね」の所で振り向き、同時に此方を指差す。
「紹介しよう」
言いながら自分の髪の毛を数本抜き、フッと息を吹き掛けた。
「私の相棒。ちびスイカ」
吹き飛んだ髪の毛は、西天大聖の逸話の如く、無数の小さな鬼に姿を変えてワラワラと飛んで来た。
「宜しくなッ!」
……新手の訪問販売かしら、これは? 取り敢えず、きゃいきゃい言いながら寄って来る小鬼達が鬱陶しいので、一匹
ずつ握り潰したり踏み潰したりしてみた。
「あー! ちょっと酷いじゃない、何するのよー!」
小さな同士達の無残な最期を見せ付けられて、身を乗り出して抗議をしてくる少女。現時点で幻想郷唯一の鬼、伊吹
萃香。顔を近くに寄せて来ている為、酒臭い息がもの凄い。容姿だけ見れば、まぁ、普通に可愛い女の子ともとれる
のに、そこから漂ってくるのは、その見た目からは想像も出来ない程の、きっついアルコール臭。
「あのねぇ……、文句を言いたいのはこっちの方よ。朝っぱらから神社で、あんな下品な歌を唄わない!」
「下品とは失礼ね。今の歌の、一体どこが下品だってのよ」
「伏字にしているつもりなんだろうけど、あの○の部分、何が入るのかバレバレじゃない」
「いやいや。実はあそこ、『べ』じゃなくて『ね』が入るのよ?」
「意味が判らない。と言うより、余計に卑猥な気がする」
「『しょぉ○ぇ~ん~“を”』じゃなくて、『しょぉ○ぇ~ん~“と”』にした方が通じ易いかな?」
「しなくていい! 晴れた日に胸を張って何をするつもりよ!」
「リ、リグルたん可愛いよ、かわぅいよリグルたんハァハァ……」
長くて硬い自身のナニをさすりながら、恍惚とした表情で息を荒げる幼女。
駄目だ。酔っ払い相手に何を言っても通じない。こういう手合いに、まともな会話を期待するだけ無駄か。適当にハイ
ハイ相槌を打ってやれば、それで充分ね。
「あ、足先がいいのよ足先が!
こう、クイっと内を向いてる辺りに、何か、内面的なMさ具合を感じると言いますか……」
「はいはい」
「あとはアレですよアレ! 腰よ腰ッ!
ずずずいっと前に出しちゃってもう、チミっ子のくせに自信満々なんだからぁ!」
「はいはい」
「……ちょっと霊夢、ちゃんと聞いてるぅ?」
「はいはい」
「本当~ぅ?」
「はいはい」
「……霊夢の腋って、マレーシア・ボルネオ島北部に咲いている世界最大の花みたいな匂いがして素敵よね」
「はいはい」
「……まだ歩けない幼児などが両手両膝で体を支え動く動作を何と言う?」
「はいはい」
「うっ、うおぉぉぉぉっ、どぉっ、毒電波がぁぁぁ~っ! 宇宙から、毒電波がぁぁぁ!
せっ、せんのぉ、洗脳されるっ!」
「はいはい」
「ハアシノ質問ミ答ベテコナゴユ」
「はいはい」
「……あ~、ちょっと、霊夢? 何、若しかして、これっていわゆる一つのシカトってヤツ?
“はじめの一歩”ならぬ“まじめの一歩”ってやつ?」
「はいはい」
「って、“まじめ”でどーすんのよ“まじめ”で! それを言うなら“いじめの一歩”でしょーがっ!」
「はいはい」
「あ、あー……、今のって、一応元ネタ有りだったんだけど、ちょっと判りづらかったかなぁ~……?」
「はいはい」
「…………あ……あ、うぅ~~……」
あ、少し涙目が入ってきた。流石にちょっとやり過ぎたかな。
「――いいよいいよ、いいですよーだ……。どーっせ私はイレギュラー、異端児ですよーっだ……。
だーれも私の事なんか構ってくれやしない……
あの宴会の時もそうよ。誰も私の存在にすら気付いちゃくれない。
まるで透明になったみたい。ぜんぶ、自分をすり抜けていく。そんなふうに感じてたのにさ……」
それはあんたが妖霧になってたせい、自業自得でしょうが。
そうツッコんでやりたい気もするけれど、そんな事をしたら、また調子に乗りそうなので放っておく。
……放っておきたい。
けれど、人の家の畳をぶちぶちと引き千切りながら、恨めしそうな目でいつまでも愚痴られるっていうのは、宴席で
なら、まぁこういう酔い方をする奴なんだ、と、仕方無しに受け容れる事も出来るだろうけれど、気持ちの良い朝っぱら
から二人きりでとなると、これはかなりきつい。正直、気分が鬱ぐ。
やれやれね。一体何しに来たんだか、こいつは。
……あぁ、そう言えばさっき、
「『私の力が欲しい』、みたいなこと言ってたわね。あれってどういう事?」
「……なぜか空(から)っぽになったみたい。ぜんぶ、無意味に思えてしまう。
そんなふうに、世界が見えてきたわよコンチクショー!」
せっかく人が話し掛けてあげたというのに、背中を向けて「酒! 飲まずにはいられないッ!」て感じの態度で返され
た。
「あのねぇ萃香――」
このままじゃ、いつまで経っても話が進まない。
正面に回り込み、その小さな口へ逆さに突き刺さった瓢箪を奪い取り、少し真面目な顔を作って話し掛けた。
「ちょっと、何するのよ!」
「――いい?
萃香、旅に出たなら、雨も降る、顔を上げなさい。
心が響いた鼓動を信じて、誰でもない自分の生き方で。ね?」
「!っ霊夢……」
何かを理解したかの様な表情で、はっと顔を上げる萃香。
腐っても鯛。こちとら、伊達に十余年神職やってるわけじゃないんだから。酒に溺れた子供を改悛させるくらいの事、
文字通り朝飯前よ。
「……さっぱりわけが判らない。『旅』って所からして意味不明だし。
何となくそれっぽい言葉を、適当に繋ぎ合わせただけでしょう、今の?」
「――冷静な御意見、有難う」
まぁ、あれね。説教で鬼を改心させるなんて芸当は、そもそも坊主の仕事って気もするし。巫女に出来なくとも、
そりゃ致し方無いわね。うん。
「で、話を戻すけれど。『私の力が欲しい』って――」
「ああ、それね。まぁ、額面通りの意味なんだけど……」
話し声のトーンが、ほんの少しだけ落ちた。どうやら、あまり面白可笑しそうな用件ではないみたい。
「……永遠亭による紅魔館・白玉楼侵攻の話は、霊夢も知っているわよね?」
「え? ああ、まぁ」
噂程度になら、だけれど。
「永遠亭を取り仕切る薬師が、手勢を率いて紅魔館や白玉楼に攻め込んだ」
ここ数日、神社周辺の木っ端な妖精や妖怪達の間で、持ち切りになっている話題だ。
まぁ、実際に、大きな力の変動みたいなものを感じたりだとか、戦いに関わった者の姿を見かけたりだとか、そういう
事は全く無かった為、正直なところ、単なる与太話だと思って気にも留めていなかったのだけれど。
とは言え、何かしら異常な事が起きているかも知れないというのに、何もせず惚けている、と見られるのも、博麗の者
としてどうかと思うし、今日明日にでも、紅魔館へ行って事の真偽を確かめておこうかな、程度には考えていた。それ
が――。
「――あんたがそんな顔でうちに来た、と言う事は、その噂、どうやら本当だったみたいね」
「『本当だったみたい』って、また随分と暢気ねぇ。
いつもだったら、ちょっとでも何かおかしな事が起きれば、頼まれなくっても飛んで来るくせに、今回はどうしたの?
これだけの大異変が起きてるっていうのにさ」
「大異変なの、今回の事って?」
「『なの?』って、っはぁー……。
幻想郷三大勢力の一つが、残りの二つに戦争を仕掛けたのよ? これが大異変じゃなくて何が大異変よ」
「ん~、そうかなぁ……。何と言うか、あんまり危機感とか、そういうのを感じないんだけれど。この件については」
「何で?」
「何で、って言われても……」
……なんとなく、としか答え様が無い。
神社周辺に未だ異常が及んでいないせい、というのもあるのだろうけれど……。
萃香の話が嘘ではないとして、だとすれば、今幻想郷で起きている事態がどれ程に大変な事なのか、理屈として考えれ
ば、頭では理解できる。
……理解はできる、のだけれど。
「危機感云々については、まぁ、別にいいけれど。
兎に角、永遠亭を止める為に、霊夢の力を私達、連合に貸して欲しいのよ!」
「それは別に構わないけど…………って、『連合』?」
聞き慣れない言葉に私の注意が逸れたほんの一瞬、それこそ一秒にも満たない、その瞬刻に、
「霊夢ううぅぅぅ――――――ッッ!!」
何の前触れも無く突然、壁をぶち抜く轟音と共に、弾丸の如き突進速度で背後に迫る大質量の魔力……!
「神技!」
振り向いて防御するだけの間は無い。背を向けたまま懐に忍ばせていたお札を取り出し、床に貼り付ける。
瞬間、足元に形成される四角の方陣。
「八方鬼縛陣っ!!」
方陣から、天に向けて吹き上がる光柱。攻防一体の光り輝く結界。
数ある博麗の結界術の中でも、方陣を用いるものとしては龍殺陣に次ぐ高位に在るこの術。
何処の鉄砲玉かは知らないけれど、そう易々と破れはしない!
「おー、お見事お見事」
能天気な観覧者の拍手をよそに、次第に薄れていく鬼縛の光。同時に背中で、特攻をかけてきた何者かが床に落ちる
音を聞いた。
「お見事お見事、でも霊夢……」
何処かで感じた事のある魔力、何処かで聞いた事のある声だった気がするけれど、永遠亭の刺客だったのかしら?
あの一瞬に、博麗の結界を破ってそのまま一気に私の背後まで迫る、そんな力技を使える様な者があの家に居たか
どうか、よく判らないけれど。
兎に角、何処の誰だか、顔を見てやろうと振り向いた私の瞳に映ったのは、
「でも霊夢……、
……それ、味方なんだけれど」
その小さな手に日傘をしっかりと握ったまま、黒焦げで目を回す紅い悪魔。
「あーあ、折角の貴重な戦力が、いきなり台無しだー」
「ちょっと萃香! こいつが味方って、だったらなんでいきなり攻g
「酷いわ霊夢ううぅぅぅ――――――ッッ!!」
人の話を遮って足元から響いてくる甲高い声。流石は吸血鬼。鬼縛陣をまともに喰らったというのに、大した生命力。
それにしても、寝起きの人間に全力で不意打ちかましてくれる様な悪魔に、何が悲しくて非道呼ばわりされなくちゃなら
ないのかしら、私。
「私はただ、家無き子レミィとなって放浪の旅の末に愛しき人と再会さぁ私の胸に飛び込んでおいでママあァ~ン!
みたいな感動のシーンを織り成そうとしただけなのに、そんないたいけな幼女を一瞥もくれずにスペルで撃沈!?
霊夢の鬼! 悪魔! 人でなしっ!!」
人外で悪魔の吸血鬼に言われても、何かこう、どうにも心に響かないなぁ。
そもそも、人の胸に飛び込むのに、ガードもグレイズも不可の悪女緊急発進を使わないで欲しい。百歩譲って、ガード
可能のクレイドル。
「ああでも、吸血『鬼』である私を堕とすのに使った技が『鬼』を『縛』る『陣』、という事は……。
――なるほど、判ったわ霊夢。貴方の言いたい事が……。
跡が付くから、本当は縄って余り好きではないのだけれど、他ならぬ霊夢の頼みと言うのであればこの雪の様に白くて
且つ強く抱きしめれば壊れてしまいそうな程に繊細で美しい未成熟な青い果実を好きな様に貪っていいのよ――っ!?」
いや単に、方陣使用型の結界術が、対空・対突進の迎撃に秀でた術なので、護身のため常に懐に忍ばせていた、って
だけの話なんだけどね。
脳味噌の無い種族の思考の順路っていうのも、なかなかに面白い。……相手にしていて疲れるけれど。
「ちょっと待ったーっ!
純正の鬼である私を差し置いて、霊夢とドキワク緊縛プレイにいそしもうったぁー、そうは問屋が卸さないよ!」
「あ? 土民風情が、なに偉そうに横から口を挟んでくるのよ?」
胸のボタンを一つ二つと外しながら紅い霧を全身から発するレミリアと、無闇矢鱈に腋を強調しつつ口から炎を吐き
出す萃香。そっち方面に興味の有る者なら眼福ものな光景なんだろうけれど、そうでない人間にとっては、迷惑この上
ないだけで頭が痛い。
……そう言えば、そっち方面の専門家、今日はレミリアと一緒じゃないのね。
これってやっぱり、永遠亭が紅魔館に攻め込んだ、そのせいだったりするのかしら。今のレミリアの能天気な様子を
見る限り、あいつ、死んではいない様に思えるけれど。ただ単に、今は別行動をとっているだけか、或いは、永遠亭の襲
撃に際して離れ離れになったか。
「ねぇレミリア。あんたの所のメイドだけど……」
「あーぁあ。そんな子供と一緒になって、いつまで馬鹿をやっているつもりなのかしら、お姉さま」
レミリアの開けた穴からの声に、再び言葉を遮られた。と言うより、お姉様って真逆……。
「ちょっと、お姉様を馬鹿呼ばわりしない!」
「五百にも満たない小娘に、子供だなんて言われる筋合いは無いわよ!」
最高位の吸血鬼と天然の鬼に対して、臆面も無く馬鹿だの子供だのと言い放つ少女。
美しいブロンドを、左側だけ結い上げた独特の髪型。背中に生えるのは、色とりどりの宝石を成した木の枝の様な、奇
妙な形状の翼――――
「――――フランドール……」
「久しぶりねっ、霊夢!」
太陽の様な――吸血鬼にはおかしな形容詞かも知れないけれど――笑顔で私の胸に飛び込んでくるフランドール。
何と言うか、流石にちょっと吃驚した。レミリアは兎も角、この娘までが来るとは思わなかったから。
「あー! 何すんのよこの小娘ッ!」
「フラン! 貴方は魔理沙が好きなんでしょうッ!?」
「?魔理沙も大好きだけど、霊夢だって大好きよ」
邪気の無い――悪魔に対してこういう言い方は、若しかしたら失礼に当たるのかも知れないけれど――少女の言葉。年
上二人が言葉に詰まる程の、眩く純真な返答。流石、495年間箱入り娘だっただけの事はあるわね。
……それにしても、その箱入り娘が此処に来ているという事は、どうやら紅魔館が陥落したというのは、いよいよ間
違いの無い事実であるらしい。
――ああ、なるほど。さっき言っていた「連合」って言うのは……。
「萃香。あんたがさっき言ってたのって、あんたと紅魔館の連合って意m
「ねぇねぇ霊夢。お腹が空いたわ」
三度遮られる私の言葉。ああそうか。落とされたのは、紅魔館だけじゃなかったんだっけ。
それにしても、人の家に勝手に上がり込んで来て、家の主に出会って最初に出てくる言葉が「お腹が減った」って、
ねぇ……。冥界流の挨拶なのかしら。死人の考える事はよく判らない。
まぁ、死人の中でも、取り分け浮世離れしているんだけどね。このお嬢様は。
「あら、駄目よ幽々子。
自身の食い扶持すらまともに作れないこの貧乏巫女に、貴方の食欲を満足させるだけの物が用意できる筈ないじゃ
ない。あまり無理を言っては可哀想よ。
ねぇ?橙、貴方もそう思うでしょう?」
「あのー、紫様。あの巫女を庇ってあげたつもりなのかも知れませんけど、どう聞いてもただの悪態にしか聞こえません
よ? 今の言い方だと……」
亡霊嬢の後に続いて顔を出して来るのは、屋内にも関わらず当然の様に洋傘をクルクルと回している妖怪と、その式の
式である黒猫。橙(だいだい)なのに黒猫。橙なのに赤い服。まぁ、別に良いけれど。
……あれ? 妖夢に藍、あの二人は居ないんだ。
とは言え、なかなかに大層なメンツが集まってきたわね。
紅魔館の支配者スカーレット姉妹に、冥界の主である西行寺幽々子、そして、“幻想の境界”八雲紫。
「なるほどね。連合って言うのは、紅魔館と白玉楼、そしてマヨヒg
「あーっ、もうっ! 何であたいがこんな小汚いとこに来なきゃいけないのよ。
まったく、粘土頂戴ってのは、正にこの事ねっ!」
……「二度あることは三度ある」、とか、「三度目の正直」って言うのはよく聞くけれど、四度目の場合は一体なんて
言えば良いのかしらね。
「それを言うなら『捲土重来』だよ、チルノちゃん!
それ以前に、今の会話の流れで捲土重来が出てくるのは、ちょっとおかしいと思うんだけど……」
「何処かで覚えた難しそうな言葉を、格好良さそうだからって意味も判らず使っただけでしょう?
やれやれね、どうしてあんな馬鹿と私が同列扱いされなきゃならないんだか……」
「そーなのかー。ところで、この鳥は食べてもいい鳥類?」
「『八目~鰻あるぅ~』そぉのぉおいしさ~を~いぃつも~♪
はなさ~ずに抱きし~め~て~い~るぅ~、二度~と鳥くわ~ない~♪」
冷たいのが二人に蟲が一匹、何の為に生きてるのか不明なのが一体と鳥が一羽……又候大量に出てきたわねぇ。萃香達
と合わせて全部で十一。何かこう、色々と纏まりそうに無いわね、この大人数は。先行きが不安になってきた。
◆
「――――と言う訳で、これ迄の経緯については以上。
ちゃんと理解できたかな? 博麗紅魔館白玉楼マヨヒガ及びその他連合、略して連合の諸君!」
俄に寺子屋じみた様相を呈してきた部屋の中に、響き渡る萃香の声。結構な大声を張り出してはいるけれど、花見の宴
席と大差ない様な顔ぶれが萃まっているこの状況、皆が皆、好き勝手にあれやこれやと喋ったり騒いだりで、まともに話
を聞いていた者なんて殆ど居やしないだろう、といった具合。本件の当事者の一人であるレミリアまでもが、「夜まで
待っても、いいのよ」みたいな感じで、私の背にベッタリくっ付いて離れない。
まぁ、それは兎も角、萃香の話していた「これ迄の経緯」って言うのを纏めてみると……。
――――新月の真昼に奇襲をかけてきた永遠亭の軍勢INABAにより、咲夜達の健闘も虚しく紅魔館は陥落。その寸
前に脱出していたスカーレット姉妹は、新月が過ぎるや否や紅魔館に帰投するも、其処には既に永遠亭の姿は無し。
残っていたメイド達によれば、永遠亭の、と言うより、本件の黒幕であるらしい八意 永琳の目的は、咲夜、パチュリ
ー、及び他二名の少女達を捕らえる事であり、その目的を達成した後は、「白玉楼へ向かう」という言葉を残して、さっ
さと引き上げてしまったらしい。
で、館内に残されていた多くのメイド達なのだが、レミリア曰く、
「かなりのダメージを受けて、今療養中だわ」
との事。
実際のところ、怪我は然程たいしたものではない様なのだが、戦いに敗れて気絶している内に怪しげな薬でも投与され
たのか、まともに動ける者は皆無。館内一の知識人もその助手も居ない以上、元凶と思われる薬師をどうにかしない限り
は、メイド達は使い物にならない。だが、紅魔館襲撃の少し前から、永琳の術によるものか月兎の催眠によるものなの
か、永遠亭その物が竹林から姿を消しており、未だその消息は摑めていない。
仕方無しにレミリアとフランドールは、永琳の残した言葉を手がかりに冥界へと向かった。
一方、白玉楼の方も同日、幽々子の不在をつかれて襲撃を受けた。
マヨヒガに出向いていた幽々子が紫を伴って家に戻ってきた時には、留守を守っていた筈の妖夢の影は何処にも見え
ず、残されていたのは、広大な庭に深く刻み込まれた、大地を「切り裂く」程の斬撃の痕。
幽々子にはそれが、妖夢の全霊を懸けた一撃によるものだと理解できたそうだ。
「霊力の使い過ぎで普通なら死んでる所よ」
でも、死んではいない。半分しか。何となくだけれどもそう直感した幽々子は、さりとて妖夢を探す当てがある訳でも
無く、紫と二人、途方に暮れていた。
そこに合流したのがスカーレット姉妹。二人の話から紫は、白玉楼を襲って妖夢を攫ったのも永遠亭の仕業と判断、事
の次第を萃香に話し、その能力を使って仲魔を萃めさせ、反攻に出る事にした。
その拠点として目出度く選ばれたのが、我が博麗神社だった、と。
「モノローグにかこつけた、さり気ない前回迄の粗筋ありがとう。
と言う訳で連合の諸君、ここ迄で何か質問はある?」
「……ちょっと、いいかしら?」
ここ迄の話を聞いた限りでは、今回の件とは一番関連の薄そうな萃香の言葉に対し、事件の被害者とも言えるレミリア
が、私の背を離れてゆっくりと立ち上がる。
「何? 何を訊きたいの?」
「そうじゃなくて……。
何でお前みたいな小鬼風情が、この私を差し置いて、まるでリーダーの様な顔をして場を仕切っているのかしら?
それにね、『連合』というのも何? まったく、何の捻りも無いないじゃないか。お前の知性の程が窺い知れるわね」
「……んじゃ何よ。あんたなら、何か良いネーミングが有るとでも?」
「“紅き吸血姫と、その傍らに寄り添う巫女『あなたがいるから、歩きだせる明日へ。どんなときも怖れないで』
そして愉快な下僕共『The people with no name』”」
……長いなぁ。途中に入っているセリフ?には、一体、何の意味があるのかしら。
「略して、“曙!紅魔塾~お姉様どいてソイツ壊せない~”って言うのはどう?」
「あら、悪くないわねフラン」
「おいこら馬鹿姉妹。何なのよそれ? 全然、略じゃあないし。
いいのよ、連合で。悪の枢軸やら人類の敵と戦うのは、数十年の昔からコズミック時代の遙か未来まで、『連合』だ
って相場が決まってるの。
『連合VS.INABA』ほら、しっくりくるでしょうが!」
レミリアのネーミングセンスも訳が判らないけれど、萃香の理屈も全くもって理解不能。
まあ、実年齢高めな三人による子供の喧嘩は放っておいて、一つ二つ、気になる事があるんだけど……。
「あのs
「ちょっと!
名前なんかどうでもいいんだけどさ。それ以前にそもそも、何で、何で私達が戦わなければならないのよ?」
またもや遮られた私の言葉。今度は蟲によって。これで何度目? 五度目だっけ?
「リグル、それは、VS.シリーズだからだ! うおぉ!」
萃香の答は、まぁ、答としての体を全く成していない訳で。酔っ払いの言葉なんて、得てしてそういうもの。
「そうじゃなくてさぁ。
今回の事は、永遠亭と紅魔館・白玉楼の間の話でしょう? 何で無関係な私達までが駆り出されるのかって、そういう
事よ」
あら、頭の中身が小さい蟲のわりに、随分とまともな意見。
「何故かって? 簡単な事よ」
「あ~か~つ~~きの~♪」とか唄い出している萃香に代わって応えるのは、幼い子供を諭す母の様に穏やかな顔で、
にっこりと優雅な微笑を見せるレミリア。
「――――『これ』、刺さったりしたら、とても痛そうだろう?」
その小さな手の中に、不釣り合いな程の大きさの紅い光槍を具現化させつつ。、
「お前達が私の下僕となる理由なんて、それで充分じゃない」
レミリアの言葉の前に、蒼ざめた顔で黙りこくる蟲。
これがチルノあたりだったら、「何よそれ、訳わかんない!」とか言って食って掛かりもしそうだけれど、⑨よりは頭
の良さそうな彼女は、どうやら、自分の立場をすんなりと理解できてしまったらしい。可哀想に。
まぁ、それは兎も角として。
「ちょっと、訊きたい事が有るんだけれど」
「何、霊夢?」
手中の得物をかき消して、くるりと此方に顔を向けるレミリア。
「いやちょっと、確認しておきたい事があるんだけれど……。
藍はどうして居ないの? 今の話には出てこなかったんだけど、彼女は、永遠亭に攫われたわけじゃぁないの?」
紅魔館が襲われて咲夜達が連れ去られ、白玉楼が攻められて妖夢が拐かされた。
であれば、今この場に藍が居ないのも、同じ様にマヨヒガが襲撃されて、と考えるのが普通だろう。
でも、先程の説明の中に、そんな話は出てこなかった。ならば、彼女は今どこに?
「あの子はねぇ、今はちょっと、お出かけ中よ」
屋内であるというのにも関わらず、未だに日傘を開いたままで、藍の主である紫が応えた。
「お出かけ中? この非常時に?」
「あら霊夢。今が非常時だっていう自覚、あったのね?」
「いや、まぁ」
少し意地悪な笑みを返す紫を一瞥しつつ、少し間の抜けた、曖昧な返事をした。
正直な事を言ってしまえば、未だに「非常時」だという認識は無かったりする。
あれだけの話を聞いた以上、今のこの状態が一体どういうものなのか、判ってはいるつもりなんだけど。
「何か企み事があるみたいよ、藍は。それで、ちょっとお出かけ中」
「企み事って……そんな、あんたじゃあるまいし」
「似てるのよ。彼女は私に。だから、企み事の一つや二つ、普通にするわよ」
「自身が『企み事をする様な妖怪だ』、という点は否定しないのね。
……て言うか、本当の所は、あんたがまた何か企んでて、それで何処かに使いに出されているとか、そんなとこ
でしょ?」
「大当たり。流石に鋭いわね。
でも、せっかく話を盛り上げようと思って、わざわざ含蓄のある言い回しをしたって言うのに、そんなにあっさりと返
されるのも、それはそれで寂しいわねぇ」
大きく溜め息を吐きながら、非難の目で此方を見てくる。「含蓄」という言葉の使い方が少しおかしい気もするけれ
ど、どうせ判っていてやってるんだろうし、ツッコミをいれても喜ばせるだけでしょうね。
余計な事は言わずに、話を進める事を優先しよう。
「訊きたい事はもう一つ。
さっきの話の中で、永遠亭自体が消えている、みたいな事を言っていたけど、それについてはどうするの?
永琳を懲らしめるにしても、その居場所が判らなければ、どうしようもないじゃない」
「そうなのよねぇ。どうしましょ」
まるで他人事の様な紫の返事。
あ、でも、襲われたのは紅魔館と白玉楼だけなんだから、「まるで」「様な」じゃなくて、本当に他人事な訳だ。
尤も、こいつの場合、例え自分が当事者になったとしても、今の様なやる気の無さそうな態度で通すんだろうな、と
いう気はする。
「『どうしましょ』じゃないわよ!
紫、あんたの能力なら、永遠亭が何処に隠れてたって、簡単に見付けられるんでしょう?」
紫に食って掛かるレミリア。
今回の件で一番腹を立てているのでろう彼女にとって、その態度はどうにも気に入らないらしい。同じく被害者であり
ながら、暢気にお茶をすすっている幽々子とは対照的ね。
実年齢こそ高くても中身は子供だから、永遠亭によって紅魔館が、自分が虚仮にされたのが、我慢ならないのだろう。
ある意味、従者想いの良い奴、といった感じにも見えるわね。そう考えると、幽々子みたくのんびりし過ぎているの
も、それはそれで、ちょっと薄情かな、と思えなくもないけど、あれはまぁ、妖夢を信頼しているから、大丈夫だと信じ
ているから、という事なのだろう。
「『簡単に見付けられるんでしょう』って、人を未来の世界の便利なロボットみたいに言わないでよ。
……そりゃまぁ、私の能力を応用すれば、例え永遠亭が、永琳の空間操術によって異次元空間に逃避していたとして
も、見付け出す事は可能だけれど」
「だったら早く探しなさいよ!」
「ちょっと待ちなさい。
あのね、確かに『見付けられる』とは言ったけれど、それは、可能か不可能かどちらか、と問われれば可能、という
だけの事であって、決して『簡単』な事じゃないの。
例えば貴方。貴方はその背中に生やしている羽で、幻想郷中のどんな所にだって行く事が『出来る』わよね」
「?当然じゃない。それがどうしたって言うの」
「それじゃあ訊くけれど、『幻想郷の何処かに針が一本落ちているので、それを見付けて来い』と言われたら、どう、
見付けられる? 手掛かりは、『幻想郷の何処か』というだけよ」
「無理に決まってるじゃない、そんな事。その針が異常に大きいとか、離れていてもはっきりと判る位の霊力を垂れ流し
ているとか、そういう事でもない限り」
「でしょう?
それと同じ事よ。私が、簡単には永遠亭を探し出せない理由も」
紫の言葉に対して、不満そうに口を尖らせるレミリア。
それでも、一応はその言い分に納得したのか、それ以上は何も文句を言わずに黙り込んだ。
流石、見た目でも実年齢でも年上なだけはあるわね。あの我侭お嬢様を、見事に抑え込んでしまった。
尤も、今の話って、要は「一生懸命頑張れば出来なくもないけど、疲れるし面倒だからやりたくない」って言っている
だけな気もするんだけれど。
「さて、と」
取り敢えず、訊きたい事は訊き終えたし、そろそろ出掛ける準備でもしましょうか。
そう考えて、私はゆっくりと腰を上げた。行き先については、まぁ、いつも通り適当に飛んでいれば、その内たどり
着けるだろうし。
宴席じみた空気を醸し出している寝所の、その端にある箪笥に足を向け、中に在るアミュレットとパスウェイジョン
ニードルを取り出す。
「あれ? 何、その針みたいなの」
珍しい物を見る様な目で、リグルが覗き込んできた。ああ、そう言えば、この間の永夜異変の時には霊符の装備しか
持って行かなかったから、針を見るのは初めてな訳だ。
「こっちかぁ、こっちか? じゃあ、その時の、状況次第だ。
と、そういう事よね、霊夢?」
横から口を挟んでくる萃香。
彼女の言う通り、アミュレットは威力は低いけれども追尾性能が有る、針は攻撃範囲が狭いけれど攻撃力が高い、と
いった風に、この二つははっきりと用途が分かれている。
アミュレットの方が、「いちいち右行ったり左行ったり動かないで済むから楽」という理由で多用していたけれど、今
回の件はどうやら結構に厄介な事となりそうだし、久しぶりに両方とも持って行くとしよう。
本音を言えば、「未だにどうにもやる気が出ない」わけなんだけれども、準備だけはしっかりとしておくに越した事は
無い。
そんな事を考えながら箪笥の中を漁っていた、その時。
「……?」
何かを感じた。
「何か」って何か? 自分でもよく判らないけど、何と言うか、こう、違和感?は違う気もするし……。
兎に角、何だか嫌な予感みたいなものがした。
「流石は霊夢。貴方は気付いたみたいね?」
何処か楽しげな声を聞き、その発せられた方に振り返る。
目に映ったのは、普段通りの胡散臭い笑みを顔に貼り付けた紫と、その後ろで、未だに不満を隠しもしない表情で座り
込んでいるレミリア、そして……。
「!っ、レミリアッ!!」
叫び声を上げると同時に私は、取り出したばかりのアミュレットを彼女に向かって投げ付けた。
「なっ!?」
帽子の上に両手を乗せ、咄嗟に身を屈めるレミリア。その頭上を二枚のアミュレットがかすめて行く。
「ちょっと霊夢!
こんな真昼間大勢の目が在る中でそんないきなり『カラマーゾフの兄弟』なプレイは流石に私も恥ずかしいわよ!?」
「誰が『貧しき人々』の作者よ! それを言うなら、ドスメティックなプレイでしょ!?
って、そんな判りにくい冗談を言ってる場合じゃなくて、レミリア、うしろうしろッ!」
「?何よ」
少し位置の乱れた帽子を整えながら後ろを振り向く。其処には――。
「こいつッ!?」
肩を抑えてうずくまる小さな少女の姿。その足元に落ちているのは、刃渡りの短い、けれども、肉厚の刃を持つ
ナイフ。
見た事の無い顔だけれども、彼女の頭上に生えている二本の長い耳が、その正体を雄弁に語っていた。
「きゃあっ!?」「うわわわ!」「何? 何っ!?」
氷精やら蟲やらの慌てふためく声に顔を上げる。
「あー。こりゃ、また……」
思わず、間の抜けた声が口から漏れてしまった。
侵入していたのは、レミリアを襲った一羽だけではなかった様だ。
いつの間にやら、この狭い部屋の中に、十羽程の呼ばれざる客が追加されていた。
「何よこいつら! 全然気配を感じなかった!?」
珍しく狼狽する萃香。
低位の妖怪や妖精なら兎も角、鬼である萃香や吸血鬼のレミリアにさえ感づかれる事なく、ここまで潜り込んで来る
とはね。目の前の兎達は、感じられる霊力からして、木っ端の兵隊としか思えない程度のものだというのに。
そう言えば、紅魔館が襲撃された際、敵は結界を素通りしていた、みたいな話だったけれど、これもそれと関係のある
事なのかしら。
「……飛んで火に入るなんとやら、ってところね。こちらから出向く手間が省けたわ」
言いながら、静かに宙へと浮き上がるレミリア。そして、その真下に出現する紅い魔方陣。
「この私を虚仮にした報い、その身を以て償うといいわ!」
――ちょっと待って。これって……。
「まずいっ! 全員この場から離れて!」
萃香の怒号が奔る。レミリアとの対戦経験の有る彼女は、今まさに発動されようとしているこのスペルがどういうもの
なのか、判っているのだ。
紅魔館の様な広い所なら兎も角、こんな狭い場所で使われたなら、間違い無く部屋ごと吹き飛ばされる。若しそんな
事になったら…………!
「やめなさい、レミリア!」
制止の声は、しかし、彼女の耳には届かない。駄目だ。完全に頭に血が上っているみたい。
「符の参『ヘルカタストロフィ』!!」
魔方陣に蓄積された大出力の魔力が、光の柱となって吹き上がった。防御も回避も不能の大技。私の部屋も粉々に消し
飛んでゆく。
レミリアの馬鹿! 今は昼間よ!? こんな事したら、あんたやフランは…………。
「レミリア――――っ!」
叫び声も虚しく、爆風によって私の身体は外へと弾き出された。庭に敷き詰められた玉砂利の上に、思い切り腰を打ち
付ける。
「くっ、つぅー……」
仰向けになって見上げる空。其処には、燦々と照り輝く太陽が……。
「――あれ?」
……無い?
代わりに見えるのは、暗い夜空に煌く数多の星々。
今はまだ、午の刻にもなってない様な時間帯の筈なんだけど…………あぁ、そうか。
「紫、あんたが昼と夜の境界を弄ってくれたのね。……有難う」
仰向けになったまま、近くに居るであろう紫に礼を言う。
「あら、珍しいわね。貴方から『有難う』なんて言葉が出てくるとは。
でも残念。これは、私の仕業じゃないわよ」
地面からニョッと生えてきた生首が、言いながら空の一点を顔を向ける。
よっと掛け声一つ、身を起こした私は、紫の示した方角を見遣る。
「あぁ、なるほど」
見えたのは、いつぞやと同じ、異様な大きさの満月。
あの月が本物なのか幻影なのか、それは判らないけれど、確かにこれは紫の仕業じゃぁないわね。
そう言えば、空だけではなく、風の動きも常のそれとは違っている。存在すら感じさせぬほど静かに、身動き一つすら
しない大気。これも、あの異変の時、あいつらと対面したあの時と同じ感じだわ。
〝汚らわしい年増を、幼女を、すべて壊してしまいましょう〟
突如、声が聞こえた。ううん、聞こえた、と言うよりむしろ、頭の中に直接鳴り響く様な、そんな感覚。
狂気を含んだその声は、「月の頭脳」と呼ばれた女性のもの。
……それにしても、何だか今の言葉。随分と不穏な単語が聞こえた気がしたんだけれども。
ここ迄は、ある程度は真面目な話の流れだったとも思えるのに、どうにもおかしな方向にずれていきそうな予感が
する。
〝この幻想郷をキレイにしてしまわなければ。
そうね。その後は……地上一杯にステキなハーレムを作りましょう〟
次の瞬間、月の光の中から、一つの影が姿を現した。と同時に、その影の周囲に、先程の兎達が集結する。レミリアの
スペルを至近距離で受けた筈なのに、その衣服に汚れの一つすら見当たらない。
「我らはINABA。神に愛されし者達」
兎達に囲まれて、静かに地上へと降り立つ少女。
銀色の髪。赤いマフラー。その背景に在る月は、いつの間にか、満月から少しだけ欠けた十六夜の姿。
「咲夜……」
怒りなのか、悲しみなのか、落胆なのか。感情の読み取れない声を発するレミリア。
「どういう事なのかしら、これは?
今のその咲夜の立つ位置。それだとまるで、咲夜があいつの元についた、とも思えてしまうのだけれど?」
レミリアの言葉に、しかし、咲夜は応えない。
「……まぁ、良いわ。
どうやら無事だったみたいだし、さっさと私の元に帰って来なさい」
「…………」
「どうしたの? 私の言う事が聞こえないのかしら?」
「…………」
「咲夜?」
「…………申し訳、ございません」
レミリアから目を逸らし、蚊の鳴く様な小さな声で、けれどもはっきりと、咲夜は答えた。
「……理由は?」
先程迄とは違う、明らかに怒気の籠めらた問い。それに対して咲夜は、再びその口を塞ぐ。
「あの薬師との間で、何かあったの?」
咲夜は答えない。
レミリアも、それ以上は何も問おうとしない。
十六夜の月が照らす境内を、重苦しい沈黙が包み込む。普段は喧しい萃香も、流石にこの雰囲気の中では声も出せず
に、ただ静かに固まっている。
「ねぇねぇ……」
その沈黙を破ったのは。
「咲夜お姉ちゃん。どうしたの? あんな奴、早くやっつけちゃおうよ」
咲夜を取り囲んでいる兎の一羽が出した、鼻につくような甘ったるい声。
「咲夜姉ぇや~。早く終わらせて、おうちに帰ろうよ~」
「そうです! 早く帰って、咲夜姉チャマとデートするですっ!」
「あら、何を言っているのかしら? 咲夜お姉様は、私とデートに行くのよ。そうでしょう、お姉様?」
「ふふ。姉くんは人気者だな」
一羽が喋り出したのをきっかけに、残りの兎達も堰を切った様に騒ぎ始めた。その中心にあって、だらしなく口元を
緩ませながら、「困ったなぁ」なんてありきたりな科白をほざいているメイド。
なるほど。これが、咲夜が永遠亭の側に居る理由、ってトコなのかしら?
「咲夜……何なのかしら、そいつらは」
「ご、誤解ですお嬢様!
私は決して、そんなやましくて羨ましくてぶっちゃけあり得ない様なシチュエーションを提供されたが為に永琳の元に
ついたと言う訳では全くもってないのであってっ!!」
必死の弁解を試みる咲夜だけれど、「やましい」だとか「羨ましい」だとかいう単語が出ている時点で、彼女の言葉は
弁明としての用を全く成していない。
「そ、その証拠にっ! Myフェイヴァリット妹である『お姉たまぁ』の座は、お嬢様の為に空けてあるのですから!」
「…………」
「だ、駄目でしょうか……?」
怖ず怖ずと伺いを立てる従者に対するレミリアの顔に、その瞬間、満開の花が咲いたかの如く、晴れがましい笑顔が
浮かび上がった。
「だめだよ(はぁと)」
それと同時に、爽やかな笑顔のままで、レミリアの手から「必殺」の名を冠する槍が放たれた。
「ハーァットブレイクッッ!!」
風を切り裂きながら、寸分の狂いも無く咲夜の喉元に迫るその矛先は、しかし。
「お待ち下さい、お嬢様!」
次の瞬間には、彼女の身体を素通りしてその背後へと突き抜けていた。
「私達の目的は、其処の巫女を永遠亭へと連れ帰る事。お嬢様と争うつもりは毛頭ございません!」
「そんな事を言われて、この私が『はいそーですか』と引き下がるとでも思っているのかしら?
咲夜もその鬱陶しい兎どもも、この場で叩きのめして、然る後、屋敷の地下でゆっくりと楽しいお話をさせてもらう
わ!」
「それは……無理です、お嬢様。
今のお嬢様では、私達には勝てません。勝てない理由が在るのです!」
「いい加減に――ッ!」
その容姿とは不釣合いなまでの殺気を発しながら、今にも咲夜に飛び掛らんとするレミリアの、その背後で。
「お姉さま。どいてっ、ソイツら壊せない!」
小さな手の上に光を放つカードを掲げ、スペル発動の宣言をする妹の姿。
「禁弾『スターボウブレイク』!」
咲夜達の足元から、色とりどりの無数の光の矢が立ち昇る。中空に舞い上がったそれは、そこで一瞬静止する。
次の瞬間、夜天の空から、光り輝く星々が雨となって降り注いだ。
「とどめ、いくよ!」
その手の中に「弐」と書かれた符を持ち、萃香が宙へと飛び上がる。見る見る内に巨大化していくその身体。
「坤軸の大鬼っ!」
元の十数倍にも膨れ上がった巨体が、星の雨と共に咲夜達の頭上へと落下した。
地面を揺るがす衝撃。巻き起こる爆風。
……全く、勘弁してよね。好き勝手にやってくれて、後で掃除をするのは誰だと思ってるのよ。
「あははー。こりゃちょっと、やり過ぎちゃったかな?」
頭の後ろをぽりぽりと掻きつつ、暢気な笑いを浮かべながら此方に戻って来る萃香。大きさは、既に普段のそれへと
戻っていた。
「あんたねぇ……後で、ちゃんと掃除の手伝い、しなさいよ」
「そんな事……お安い御用よ。タダで酒を呑まして…………ッ!」
萃香の笑顔が凍りつく。はっとして振り向くその視線の先、次第に土煙が治まっていくその場所に。
「――言った筈よ。私達に勝つのは無理だ、って」
ダメージどころか、汚れ一つ認められない綺麗な姿のまま、悠然と立つ咲夜とINABAの姿。
「お次はこちらの番! 行ってまいりますわ、姉上様!」
一羽が飛び出した直後、残りのINABA達も走り出す。その標的は…………私みたいね、どうやら。
「させないわよ、この鍋材料どもが!」
「貴方たち素敵ね。もっと、もっと遊びましょう!」
萃香とフランドールが、私の前に立ち塞がる。一方、レミリアは。
「いい加減になさいっ!」
悪魔の翼を広げ、猛然と咲夜に向かって飛び掛る。
「お止めください、お嬢様アァ!」
咲夜の言葉に耳も貸さず、レミリアは容赦無くその爪をもって敵の喉元を掻き切らんと腕を振るう。
「ウッ!」
だがそれも、確かに咲夜の急所を捉えた筈の一撃も、何故だか虚しく宙を切り裂くのみ。
私の目の前で戦っている萃香達の攻撃も、やはりINABA達に全く通用していない。
咲夜の方は、時間停止を使って避けているのでは、とも推測できるけれど、木っ端な妖怪兎にまで攻撃が通じないのは
何故か。……あれ、でも、さっきの私のアミュレット。あれは普通に当たっていた様な。
「ちょっとちょっと! どうすんのよコレ、このままじゃ!」
「落ち着いて、チルノちゃん!」
防戦一方のこの状況に、チルノ達がパニックになり始めている。
て言うか、無事だったのね、彼女達。レミリアの一撃で巻き添えを喰らって、若しかしたら……とか思っていたんだけ
ど。
「どうしましょう、紫様!」
泣きそうな顔になって、主の主の見上げる黒猫。
そんな彼女の優しく胸元に抱き寄せ、紫は静かにその背中を撫でながら言った。
「安心なさい、橙。こんな事もあろうかと、既に手は打っておいたわ。
実はね、今さっき、境内の何処かに、一枚のカードを隠しておいたの。そのカードには、この状況を打破する為の秘策
が書かれているわ」
「!凄い。流石は紫様です!」
素直に感心する黒猫。これがあの狐だったら、「そんな秘策が有るのでしたら、どうしてわざわざカードなんかに書い
たりして、しかもそれを隠すような真似をなさるんですか」とかなんとか要らぬツッコミを入れて、傘で叩かれたりする
んでしょうけどね。
「と言う訳で、そこな冷たいのとか意味不明なのとか鳥とか蟲とか! 急いでカードを探してきなさい!」
「ちょっと、何であたい達が……」
「萃香や吸血鬼姉妹がてこずる様な者を相手に、貴方達じゃ戦力として役に立たないでしょう?」
「なんですってぇーっ!」
今にも紫に食って掛からんとするチルノだが、妖精や蟲に引き摺られて、きゃんきゃん叫びながらもカード探しに
連れていかれた。
「私も行って来ます!」
「あら、橙は行かなくても良いのよ。なんてったてk
「あった……っ!」
何かを言いかけた紫の言葉を遮って、リグルの声が聞こえた。動きが早いわ。流石ね。
半壊した社殿の軒下から顔を出す彼女は、余計な事を言うのが憚られる程に、その暗くて狭い場所が似合っている様に
見えた。流石ね。
「あら、もう見付けたの? 残念ね。
まぁ良いわ。早くその裏に書いてあるものを読みなさい。それが勝利の鍵よ!」
「何が残念だか判らないけど、判ったわ! 読むわね!
『大空にマホ、大地に命』ッッ!!
…………って、何これ? 暗号か何か? これが勝利の鍵??」
「残念なのは、それが嘘だという事よ」
心底残念そうな顔で目を閉じながら、手に持つ日傘をくるくる回す紫。
「な、な、な、な……」
「何でこんな事をしたか、って?
場を和ませるジョークというものですよ。ほら、緊張がほぐれたでしょう?」
「この非常時に余計な事をするな――ッ!」
やれやれ。まぁ、ほぼ予想通りの展開、予想通りのオチね。多少、キャラクターが違っている気もするけれど。多少。
紫に「まとも」を期待する時点で、既にそれは「負け」以外の何ものでもないって言うのに。
「どう、霊夢。面白かったでしょう?」
いっぱいいっぱいをからかうのに満足したのか、楽しそうな笑顔で此方に話を振ってきた。
「面白くないわ、全然」
「つれないわねぇ」
「そんな事より、紫。
あんたは気付いてるんでしょう? こいつらに、レミリア達の攻撃が通じない、その絡操りが」
「はて、何の事やら」
明後日の方向を見ながら、惚けた顔で傘を弄くる。予想はしていた反応だけれど、実際にやられると、やっぱり腹は
立つわね。て言うか、今日はまた、随分と傘を強調しているなぁ。一種の自己主張か何か?
「それよりもね、霊夢。私は、貴方が未だにこの絡操りに気付いていない、その方が不思議なのだけれど?」
攻守交替。今度は、此方が質問に答える側に立たされた。
「気付いてない、って言うか……取り敢えず、さっきのアミュレット。あれは、あの兎に当たっていたみたいだけど」
「でしょう? という事はつまり、あの兎達は、幻ではなくて実体という訳ね」
「だったら何故、レミリア達の攻撃は当たらないの?」
「それは、あの兎達に、ちょっとした術がかけられているからよ。貴方も以前、その術を目にしている筈だけれど?」
以前に、既に目にしている……?
――当たる筈の攻撃が当たらない。そう言えば、前にも何か、こういう事があった様な気も……。
「あのアミュレットは追尾性能が高いし、それに霊夢の能力もあって、無意識に『波長を合わせた』のね。
……にしても、まぁ、初見である萃香や妹なら兎も角、何で経験者であるレミリアが『アレ』に気付かないのかしら」
「頭に血が上って、冷静な判断が出来なくなっているからでしょう?
流石、吸血鬼なだけあって、血の気の多い子よねぇ」
戦闘中のレミリアを遠目に見ながら呟く紫の言葉に、横から幽々子が割って入った。
「確かにそうね。自分の一番のお気に入りを他人に取られて、逆上しているみたいだし。
血も涙も無い幽々子とは大違いね」
「あら、酷いわ~。幽霊にだって涙くらいあるわよぉ。寝る前とか起きた後とかに、よく流しているもの」
戦火の真っ只中で、楽しそうに談笑をする幽霊と妖怪。今の話し振りからして、幽々子もINABA達の使っている
ネタについては気付いているようね。私は、まぁ、よく判ってはいないけど、取り敢えずアミュレットなら当たるみたい
だから構わないし。
とすると問題は、未だ絡操りに気付いていないレミリア達。
「あっはははははは! 本当に楽しいわ貴方達! こんなに遊んで、それでもまだ壊れないなんてッ!」
喜びの声を上げながら、自身の身長の倍以上もある魔杖を振り回すフランドールと。
「あっぶないな! ちょっとは周りを見て攻撃しなさいよ!」
文句を垂れつつ、自分も当たり構わずに炸裂弾を振り撒いている萃香。
二人の攻撃は敵に当たらないにしても、彼女らの方もダメージは受けていないみたいだ。
「攻撃が激し過ぎる! 防御の為に『ずらして』いたら、こちらの攻撃も当たらないし……。
ここは一旦退いて、姉貴の援護に回ろう!」
言うが早いか、萃香達の目の前からINABAの姿が掻き消えた。次の瞬間。
「お姉様、危ない!」
レミリアの背後に出現する兎達。妹の叫び声も、咲夜との戦いに集中している姉の耳には届かない。
まずい……距離が離れていて、私の攻撃じゃ間に合わない……!
無防備なレミリアの背中に向かって、INABAの凶刃が振り下ろされる――――。
――――正にその瞬間!
「な!?」
私は思わず声を上げた。突如、空から降り注いだ火炎球が、レミリアを襲わんとしていた兎達を一撃で吹き飛ばしたの
だ。
「お待たせ致しました、紫様。橙も、大丈夫だった?」
「藍様!」
「遅かったじゃない……と言いたい所だけれど、残念。時間ぴったりね」
背後から聞こえた声に振り向く。其処に居たのは紫の式。九本の金色の尾を持つ、天狐の化身。
「藍……今の炎って、あんたの仕業?」
「いいや。
紫様の指示で連れて来た、強力な助っ人の力よ」
そう言って彼女は、神社の入り口に在る鳥居を指差した。
その上に立つ、何者かのシルエット。暗くてよく見えないけれど、あれが藍の連れて来た助っ人?
「紅い血の戦士! 龍の影を纏いて敵を薙ぎ払え!!」
「龍の……。真逆、あれは……!」
藍の言葉を聞いた咲夜の顔に、驚愕の色が奔る。
「そうだ! うりゃあ! とぅあ!!」
咲夜の声に応えるかの如く、鳥居から飛び降りる謎の人物。
龍の影を纏う、紅い血の戦士。その物の名は――――――!
“三之巻 伊吹く鬼”
登場人物の壊れがあったり、妙なパロディネタが多かったりなので、そういうのが嫌な方には御免なさい(汗)】
(告)
“パソコンをご使用になる時は、部屋を明るくして、出来るだけ遠くからご覧ください”
私、博麗 霊夢は、幻想郷の辺境に住む神社の巫女さん。
伊吹萃香という、幻想郷には居ない筈の鬼と名乗る少女と出会って、何かが変わってきました。
そんな中、永遠亭を取り仕切る薬師が、手勢を率いて紅魔館や白玉楼に攻め込んだという噂が流れ、何だか騒がしく
なってきて……。
♪宴会ぃ明けの―――腹の奥から――――ぁ
中身 溢れてぇーっくるよぉっうに―――
頭痛地ぃ獄はぁ―――――――始まったぁばかりぃ―――――……
誰もーぅ眠るー庭ー
朝の日を浴びてぇ 厠(トイレ)走れ――――――ぇっ
大袈裟ぁに下呂 大地ぃに胃液
背中をーぅさする手 ぶりぃ返ーす波
絶えー絶えーっのイブキ… 今ぁー、酔い醒めのおっ粥ぅ――――――♪
“三之巻 伊吹く鬼”
夜のそれとは、何処か感覚の違う闇。存在すら感じさせぬほど静かに、身動き一つすらしない大気。其処は、見渡す
限りの竹林だった。
けれども奇妙な事に、その何千、何万と在る竹の足元は、草木一本生えていない、と言うより、生えよう筈も無い、
剥き出しの岩肌の様な地面。
こんな所に根を張るとは、随分と気合の入った奴らね。そんな事を考えながら私は、色気の無い大地をじっと見据え
る。
――どれ位の時間が経ったのか。一刻以上の時が過ぎた様な気もするし、十を数える程の間も無かった様な気もする。
次第に、何かが見えてきた。地面の上ではなく、その下に。味気の無い岩の塊が、少しずつ氷か、硝子の様な透明度を
増していく感覚。その下に在る何かをよく見ようと、私は目を凝らした。
と、何者かの気配を察知し、私は振り向いた。少し離れた場所で、一人の白い人間がぎこちなく歩いているのが見て
取れた。
不思議だった。それは、「白い服を着た人間」ではなく、「白い人間」に見えた。いや、外観だけ取れば、どうにも
生き物には見えないし、かと言って妖とも思えない。どちらかと言えば人形の様な、そう、それはまるで白い人形の様
で、けれど、顔だけは真っ黒で鼻も口も無いのっぺらぼう。
そんな不思議なモノを、私は何故だか人間だと判った。顔だけ黒くてあとは白くて、だから、私はそれを『白い人間』
だと思った。
そしてそれは、私にとって不愉快なものではなかった。不愉快に思う者も居るのだろうが、私は別に嫌だと感じない。
そう思った。
何故ならそれが、余りにも現実離れした光景だったからだ。常世の空気を漂わせる中を、ゆっくりと歩く白い人の形。
どう考えても、現実にはあり得る筈の無い景色。お伽噺に出てくる異郷や仙境と、これは同じ類のものだ。私には、そう
感じられた。
ただ、その白い人間が、何故だかこの見事な竹林に気付いていない風であるのは、哀しいと思った。
彼が、その行く手に無数に在る青緑の柱にぶつかりそうになっても、まるで初めから其処には何も無かったかの様に
してそれを擦り抜けて行くのが、とてもとても哀しかった。
――何の脈絡も無く突然に、私の立つ処が変わる。
辺り一面の竹は完全に消え失せ、代わりにそびえ立つのは、生命を全く感じさせない無機質な幾つもの塔。
無遠慮に耳に飛び込んでくる、何とも形容のし難い非自然的な騒音。静かにしているのとはまた違う、ただ、動く事に
疲れただけの淀んだ空気。
其処には、大勢の人が居た。子供は、余り居なかった。
彼等は、沢山のお金を持っていた。彼等がそのお金で、「さっき」のを買おうとしているという事が、私には何となく
判った。
それを見て私は、少し辛くなった。
そして、私だってこうして辛いと思うのだから、「彼処」に居た人達は、私よりもっと心を痛めているのに違いない、
と思った。
「彼処に居た人達」というのが誰かは判らなかったが。取り敢えず、あの「白い人間」ではない気がする。
そこで、私は目が覚めた。
「……眠い」
何だか、変な夢を見ていた気がする。意味不明、理解不能の訳の判らない夢。まぁ、夢というものは、得てしてそう
いうものなんだけれど。理路整然とした夢があったなら、それはそれで面白味が無い。
とは言え、巫女である私が見た夢なのだから、これは若しかして、有り難い霊夢だったりするのかも知れない。
「有り難い霊夢」
口に出してみた。何だか、自分を拝み奉っているみたいで気恥ずかしい。
まぁ、夢の事は別にどうでも良いか。どうせ、暫くしたら綺麗さっぱりに忘れるのだろうし。夢なんてそんなものだ。
人の夢と書いて『儚』。いや別に、だから何って事も無いけれど。
……駄目だ。何だか頭の中が纏まらない。て言うか眠い。もう辰の頃は過ぎたか、お天道様は完全に登っている気持ち
の良い朝だけど、それでも眠いものは眠い。境内の掃除は昼迄に済ませれば良いし、ここはちょいと二度寝と洒落込も
う。なに大丈夫、時間はたっぷりあるのだ。のんびりのびのびでいけば良い。
そう考えて再び布団に潜った私の耳に、
「しょぉ○ぇ~ん~をぅ、外でぇするーならー♪
晴ぁれぇたーぁ日ぃーにー、胸をー張ぁってぇ―――♪」
清々しい朝の空気をぶち壊しにしてくれる最悪な歌声が響いてきた。
次第に近付いて来るその声に、私は一人思い当たる奴がいる。と言うか、朝っぱらからこんな下品な替え歌を楽しそう
に唄う迷惑な奴なんて、二人も三人も知り合いに居て欲しくはない。
……まぁ、その気になれば、一人で百万匹にもなれる厄介な奴なのだが。この声の主は。
「♪ぁそーれーがぁ、君のイブキ~ジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャン!」
最後の「ジャン!」と同時に、寝所の襖が勢いよく開け放たれた。其処から覗く鎮守の森の緑を背景に、明後日の方向
を向いたまま話し始めるのは、鹿の様な立派な角を二本、頭の上に生やした幼い少女。
「今欲しいんだよね……、君の力が」
「ね」の所で振り向き、同時に此方を指差す。
「紹介しよう」
言いながら自分の髪の毛を数本抜き、フッと息を吹き掛けた。
「私の相棒。ちびスイカ」
吹き飛んだ髪の毛は、西天大聖の逸話の如く、無数の小さな鬼に姿を変えてワラワラと飛んで来た。
「宜しくなッ!」
……新手の訪問販売かしら、これは? 取り敢えず、きゃいきゃい言いながら寄って来る小鬼達が鬱陶しいので、一匹
ずつ握り潰したり踏み潰したりしてみた。
「あー! ちょっと酷いじゃない、何するのよー!」
小さな同士達の無残な最期を見せ付けられて、身を乗り出して抗議をしてくる少女。現時点で幻想郷唯一の鬼、伊吹
萃香。顔を近くに寄せて来ている為、酒臭い息がもの凄い。容姿だけ見れば、まぁ、普通に可愛い女の子ともとれる
のに、そこから漂ってくるのは、その見た目からは想像も出来ない程の、きっついアルコール臭。
「あのねぇ……、文句を言いたいのはこっちの方よ。朝っぱらから神社で、あんな下品な歌を唄わない!」
「下品とは失礼ね。今の歌の、一体どこが下品だってのよ」
「伏字にしているつもりなんだろうけど、あの○の部分、何が入るのかバレバレじゃない」
「いやいや。実はあそこ、『べ』じゃなくて『ね』が入るのよ?」
「意味が判らない。と言うより、余計に卑猥な気がする」
「『しょぉ○ぇ~ん~“を”』じゃなくて、『しょぉ○ぇ~ん~“と”』にした方が通じ易いかな?」
「しなくていい! 晴れた日に胸を張って何をするつもりよ!」
「リ、リグルたん可愛いよ、かわぅいよリグルたんハァハァ……」
長くて硬い自身のナニをさすりながら、恍惚とした表情で息を荒げる幼女。
駄目だ。酔っ払い相手に何を言っても通じない。こういう手合いに、まともな会話を期待するだけ無駄か。適当にハイ
ハイ相槌を打ってやれば、それで充分ね。
「あ、足先がいいのよ足先が!
こう、クイっと内を向いてる辺りに、何か、内面的なMさ具合を感じると言いますか……」
「はいはい」
「あとはアレですよアレ! 腰よ腰ッ!
ずずずいっと前に出しちゃってもう、チミっ子のくせに自信満々なんだからぁ!」
「はいはい」
「……ちょっと霊夢、ちゃんと聞いてるぅ?」
「はいはい」
「本当~ぅ?」
「はいはい」
「……霊夢の腋って、マレーシア・ボルネオ島北部に咲いている世界最大の花みたいな匂いがして素敵よね」
「はいはい」
「……まだ歩けない幼児などが両手両膝で体を支え動く動作を何と言う?」
「はいはい」
「うっ、うおぉぉぉぉっ、どぉっ、毒電波がぁぁぁ~っ! 宇宙から、毒電波がぁぁぁ!
せっ、せんのぉ、洗脳されるっ!」
「はいはい」
「ハアシノ質問ミ答ベテコナゴユ」
「はいはい」
「……あ~、ちょっと、霊夢? 何、若しかして、これっていわゆる一つのシカトってヤツ?
“はじめの一歩”ならぬ“まじめの一歩”ってやつ?」
「はいはい」
「って、“まじめ”でどーすんのよ“まじめ”で! それを言うなら“いじめの一歩”でしょーがっ!」
「はいはい」
「あ、あー……、今のって、一応元ネタ有りだったんだけど、ちょっと判りづらかったかなぁ~……?」
「はいはい」
「…………あ……あ、うぅ~~……」
あ、少し涙目が入ってきた。流石にちょっとやり過ぎたかな。
「――いいよいいよ、いいですよーだ……。どーっせ私はイレギュラー、異端児ですよーっだ……。
だーれも私の事なんか構ってくれやしない……
あの宴会の時もそうよ。誰も私の存在にすら気付いちゃくれない。
まるで透明になったみたい。ぜんぶ、自分をすり抜けていく。そんなふうに感じてたのにさ……」
それはあんたが妖霧になってたせい、自業自得でしょうが。
そうツッコんでやりたい気もするけれど、そんな事をしたら、また調子に乗りそうなので放っておく。
……放っておきたい。
けれど、人の家の畳をぶちぶちと引き千切りながら、恨めしそうな目でいつまでも愚痴られるっていうのは、宴席で
なら、まぁこういう酔い方をする奴なんだ、と、仕方無しに受け容れる事も出来るだろうけれど、気持ちの良い朝っぱら
から二人きりでとなると、これはかなりきつい。正直、気分が鬱ぐ。
やれやれね。一体何しに来たんだか、こいつは。
……あぁ、そう言えばさっき、
「『私の力が欲しい』、みたいなこと言ってたわね。あれってどういう事?」
「……なぜか空(から)っぽになったみたい。ぜんぶ、無意味に思えてしまう。
そんなふうに、世界が見えてきたわよコンチクショー!」
せっかく人が話し掛けてあげたというのに、背中を向けて「酒! 飲まずにはいられないッ!」て感じの態度で返され
た。
「あのねぇ萃香――」
このままじゃ、いつまで経っても話が進まない。
正面に回り込み、その小さな口へ逆さに突き刺さった瓢箪を奪い取り、少し真面目な顔を作って話し掛けた。
「ちょっと、何するのよ!」
「――いい?
萃香、旅に出たなら、雨も降る、顔を上げなさい。
心が響いた鼓動を信じて、誰でもない自分の生き方で。ね?」
「!っ霊夢……」
何かを理解したかの様な表情で、はっと顔を上げる萃香。
腐っても鯛。こちとら、伊達に十余年神職やってるわけじゃないんだから。酒に溺れた子供を改悛させるくらいの事、
文字通り朝飯前よ。
「……さっぱりわけが判らない。『旅』って所からして意味不明だし。
何となくそれっぽい言葉を、適当に繋ぎ合わせただけでしょう、今の?」
「――冷静な御意見、有難う」
まぁ、あれね。説教で鬼を改心させるなんて芸当は、そもそも坊主の仕事って気もするし。巫女に出来なくとも、
そりゃ致し方無いわね。うん。
「で、話を戻すけれど。『私の力が欲しい』って――」
「ああ、それね。まぁ、額面通りの意味なんだけど……」
話し声のトーンが、ほんの少しだけ落ちた。どうやら、あまり面白可笑しそうな用件ではないみたい。
「……永遠亭による紅魔館・白玉楼侵攻の話は、霊夢も知っているわよね?」
「え? ああ、まぁ」
噂程度になら、だけれど。
「永遠亭を取り仕切る薬師が、手勢を率いて紅魔館や白玉楼に攻め込んだ」
ここ数日、神社周辺の木っ端な妖精や妖怪達の間で、持ち切りになっている話題だ。
まぁ、実際に、大きな力の変動みたいなものを感じたりだとか、戦いに関わった者の姿を見かけたりだとか、そういう
事は全く無かった為、正直なところ、単なる与太話だと思って気にも留めていなかったのだけれど。
とは言え、何かしら異常な事が起きているかも知れないというのに、何もせず惚けている、と見られるのも、博麗の者
としてどうかと思うし、今日明日にでも、紅魔館へ行って事の真偽を確かめておこうかな、程度には考えていた。それ
が――。
「――あんたがそんな顔でうちに来た、と言う事は、その噂、どうやら本当だったみたいね」
「『本当だったみたい』って、また随分と暢気ねぇ。
いつもだったら、ちょっとでも何かおかしな事が起きれば、頼まれなくっても飛んで来るくせに、今回はどうしたの?
これだけの大異変が起きてるっていうのにさ」
「大異変なの、今回の事って?」
「『なの?』って、っはぁー……。
幻想郷三大勢力の一つが、残りの二つに戦争を仕掛けたのよ? これが大異変じゃなくて何が大異変よ」
「ん~、そうかなぁ……。何と言うか、あんまり危機感とか、そういうのを感じないんだけれど。この件については」
「何で?」
「何で、って言われても……」
……なんとなく、としか答え様が無い。
神社周辺に未だ異常が及んでいないせい、というのもあるのだろうけれど……。
萃香の話が嘘ではないとして、だとすれば、今幻想郷で起きている事態がどれ程に大変な事なのか、理屈として考えれ
ば、頭では理解できる。
……理解はできる、のだけれど。
「危機感云々については、まぁ、別にいいけれど。
兎に角、永遠亭を止める為に、霊夢の力を私達、連合に貸して欲しいのよ!」
「それは別に構わないけど…………って、『連合』?」
聞き慣れない言葉に私の注意が逸れたほんの一瞬、それこそ一秒にも満たない、その瞬刻に、
「霊夢ううぅぅぅ――――――ッッ!!」
何の前触れも無く突然、壁をぶち抜く轟音と共に、弾丸の如き突進速度で背後に迫る大質量の魔力……!
「神技!」
振り向いて防御するだけの間は無い。背を向けたまま懐に忍ばせていたお札を取り出し、床に貼り付ける。
瞬間、足元に形成される四角の方陣。
「八方鬼縛陣っ!!」
方陣から、天に向けて吹き上がる光柱。攻防一体の光り輝く結界。
数ある博麗の結界術の中でも、方陣を用いるものとしては龍殺陣に次ぐ高位に在るこの術。
何処の鉄砲玉かは知らないけれど、そう易々と破れはしない!
「おー、お見事お見事」
能天気な観覧者の拍手をよそに、次第に薄れていく鬼縛の光。同時に背中で、特攻をかけてきた何者かが床に落ちる
音を聞いた。
「お見事お見事、でも霊夢……」
何処かで感じた事のある魔力、何処かで聞いた事のある声だった気がするけれど、永遠亭の刺客だったのかしら?
あの一瞬に、博麗の結界を破ってそのまま一気に私の背後まで迫る、そんな力技を使える様な者があの家に居たか
どうか、よく判らないけれど。
兎に角、何処の誰だか、顔を見てやろうと振り向いた私の瞳に映ったのは、
「でも霊夢……、
……それ、味方なんだけれど」
その小さな手に日傘をしっかりと握ったまま、黒焦げで目を回す紅い悪魔。
「あーあ、折角の貴重な戦力が、いきなり台無しだー」
「ちょっと萃香! こいつが味方って、だったらなんでいきなり攻g
「酷いわ霊夢ううぅぅぅ――――――ッッ!!」
人の話を遮って足元から響いてくる甲高い声。流石は吸血鬼。鬼縛陣をまともに喰らったというのに、大した生命力。
それにしても、寝起きの人間に全力で不意打ちかましてくれる様な悪魔に、何が悲しくて非道呼ばわりされなくちゃなら
ないのかしら、私。
「私はただ、家無き子レミィとなって放浪の旅の末に愛しき人と再会さぁ私の胸に飛び込んでおいでママあァ~ン!
みたいな感動のシーンを織り成そうとしただけなのに、そんないたいけな幼女を一瞥もくれずにスペルで撃沈!?
霊夢の鬼! 悪魔! 人でなしっ!!」
人外で悪魔の吸血鬼に言われても、何かこう、どうにも心に響かないなぁ。
そもそも、人の胸に飛び込むのに、ガードもグレイズも不可の悪女緊急発進を使わないで欲しい。百歩譲って、ガード
可能のクレイドル。
「ああでも、吸血『鬼』である私を堕とすのに使った技が『鬼』を『縛』る『陣』、という事は……。
――なるほど、判ったわ霊夢。貴方の言いたい事が……。
跡が付くから、本当は縄って余り好きではないのだけれど、他ならぬ霊夢の頼みと言うのであればこの雪の様に白くて
且つ強く抱きしめれば壊れてしまいそうな程に繊細で美しい未成熟な青い果実を好きな様に貪っていいのよ――っ!?」
いや単に、方陣使用型の結界術が、対空・対突進の迎撃に秀でた術なので、護身のため常に懐に忍ばせていた、って
だけの話なんだけどね。
脳味噌の無い種族の思考の順路っていうのも、なかなかに面白い。……相手にしていて疲れるけれど。
「ちょっと待ったーっ!
純正の鬼である私を差し置いて、霊夢とドキワク緊縛プレイにいそしもうったぁー、そうは問屋が卸さないよ!」
「あ? 土民風情が、なに偉そうに横から口を挟んでくるのよ?」
胸のボタンを一つ二つと外しながら紅い霧を全身から発するレミリアと、無闇矢鱈に腋を強調しつつ口から炎を吐き
出す萃香。そっち方面に興味の有る者なら眼福ものな光景なんだろうけれど、そうでない人間にとっては、迷惑この上
ないだけで頭が痛い。
……そう言えば、そっち方面の専門家、今日はレミリアと一緒じゃないのね。
これってやっぱり、永遠亭が紅魔館に攻め込んだ、そのせいだったりするのかしら。今のレミリアの能天気な様子を
見る限り、あいつ、死んではいない様に思えるけれど。ただ単に、今は別行動をとっているだけか、或いは、永遠亭の襲
撃に際して離れ離れになったか。
「ねぇレミリア。あんたの所のメイドだけど……」
「あーぁあ。そんな子供と一緒になって、いつまで馬鹿をやっているつもりなのかしら、お姉さま」
レミリアの開けた穴からの声に、再び言葉を遮られた。と言うより、お姉様って真逆……。
「ちょっと、お姉様を馬鹿呼ばわりしない!」
「五百にも満たない小娘に、子供だなんて言われる筋合いは無いわよ!」
最高位の吸血鬼と天然の鬼に対して、臆面も無く馬鹿だの子供だのと言い放つ少女。
美しいブロンドを、左側だけ結い上げた独特の髪型。背中に生えるのは、色とりどりの宝石を成した木の枝の様な、奇
妙な形状の翼――――
「――――フランドール……」
「久しぶりねっ、霊夢!」
太陽の様な――吸血鬼にはおかしな形容詞かも知れないけれど――笑顔で私の胸に飛び込んでくるフランドール。
何と言うか、流石にちょっと吃驚した。レミリアは兎も角、この娘までが来るとは思わなかったから。
「あー! 何すんのよこの小娘ッ!」
「フラン! 貴方は魔理沙が好きなんでしょうッ!?」
「?魔理沙も大好きだけど、霊夢だって大好きよ」
邪気の無い――悪魔に対してこういう言い方は、若しかしたら失礼に当たるのかも知れないけれど――少女の言葉。年
上二人が言葉に詰まる程の、眩く純真な返答。流石、495年間箱入り娘だっただけの事はあるわね。
……それにしても、その箱入り娘が此処に来ているという事は、どうやら紅魔館が陥落したというのは、いよいよ間
違いの無い事実であるらしい。
――ああ、なるほど。さっき言っていた「連合」って言うのは……。
「萃香。あんたがさっき言ってたのって、あんたと紅魔館の連合って意m
「ねぇねぇ霊夢。お腹が空いたわ」
三度遮られる私の言葉。ああそうか。落とされたのは、紅魔館だけじゃなかったんだっけ。
それにしても、人の家に勝手に上がり込んで来て、家の主に出会って最初に出てくる言葉が「お腹が減った」って、
ねぇ……。冥界流の挨拶なのかしら。死人の考える事はよく判らない。
まぁ、死人の中でも、取り分け浮世離れしているんだけどね。このお嬢様は。
「あら、駄目よ幽々子。
自身の食い扶持すらまともに作れないこの貧乏巫女に、貴方の食欲を満足させるだけの物が用意できる筈ないじゃ
ない。あまり無理を言っては可哀想よ。
ねぇ?橙、貴方もそう思うでしょう?」
「あのー、紫様。あの巫女を庇ってあげたつもりなのかも知れませんけど、どう聞いてもただの悪態にしか聞こえません
よ? 今の言い方だと……」
亡霊嬢の後に続いて顔を出して来るのは、屋内にも関わらず当然の様に洋傘をクルクルと回している妖怪と、その式の
式である黒猫。橙(だいだい)なのに黒猫。橙なのに赤い服。まぁ、別に良いけれど。
……あれ? 妖夢に藍、あの二人は居ないんだ。
とは言え、なかなかに大層なメンツが集まってきたわね。
紅魔館の支配者スカーレット姉妹に、冥界の主である西行寺幽々子、そして、“幻想の境界”八雲紫。
「なるほどね。連合って言うのは、紅魔館と白玉楼、そしてマヨヒg
「あーっ、もうっ! 何であたいがこんな小汚いとこに来なきゃいけないのよ。
まったく、粘土頂戴ってのは、正にこの事ねっ!」
……「二度あることは三度ある」、とか、「三度目の正直」って言うのはよく聞くけれど、四度目の場合は一体なんて
言えば良いのかしらね。
「それを言うなら『捲土重来』だよ、チルノちゃん!
それ以前に、今の会話の流れで捲土重来が出てくるのは、ちょっとおかしいと思うんだけど……」
「何処かで覚えた難しそうな言葉を、格好良さそうだからって意味も判らず使っただけでしょう?
やれやれね、どうしてあんな馬鹿と私が同列扱いされなきゃならないんだか……」
「そーなのかー。ところで、この鳥は食べてもいい鳥類?」
「『八目~鰻あるぅ~』そぉのぉおいしさ~を~いぃつも~♪
はなさ~ずに抱きし~め~て~い~るぅ~、二度~と鳥くわ~ない~♪」
冷たいのが二人に蟲が一匹、何の為に生きてるのか不明なのが一体と鳥が一羽……又候大量に出てきたわねぇ。萃香達
と合わせて全部で十一。何かこう、色々と纏まりそうに無いわね、この大人数は。先行きが不安になってきた。
◆
「――――と言う訳で、これ迄の経緯については以上。
ちゃんと理解できたかな? 博麗紅魔館白玉楼マヨヒガ及びその他連合、略して連合の諸君!」
俄に寺子屋じみた様相を呈してきた部屋の中に、響き渡る萃香の声。結構な大声を張り出してはいるけれど、花見の宴
席と大差ない様な顔ぶれが萃まっているこの状況、皆が皆、好き勝手にあれやこれやと喋ったり騒いだりで、まともに話
を聞いていた者なんて殆ど居やしないだろう、といった具合。本件の当事者の一人であるレミリアまでもが、「夜まで
待っても、いいのよ」みたいな感じで、私の背にベッタリくっ付いて離れない。
まぁ、それは兎も角、萃香の話していた「これ迄の経緯」って言うのを纏めてみると……。
――――新月の真昼に奇襲をかけてきた永遠亭の軍勢INABAにより、咲夜達の健闘も虚しく紅魔館は陥落。その寸
前に脱出していたスカーレット姉妹は、新月が過ぎるや否や紅魔館に帰投するも、其処には既に永遠亭の姿は無し。
残っていたメイド達によれば、永遠亭の、と言うより、本件の黒幕であるらしい八意 永琳の目的は、咲夜、パチュリ
ー、及び他二名の少女達を捕らえる事であり、その目的を達成した後は、「白玉楼へ向かう」という言葉を残して、さっ
さと引き上げてしまったらしい。
で、館内に残されていた多くのメイド達なのだが、レミリア曰く、
「かなりのダメージを受けて、今療養中だわ」
との事。
実際のところ、怪我は然程たいしたものではない様なのだが、戦いに敗れて気絶している内に怪しげな薬でも投与され
たのか、まともに動ける者は皆無。館内一の知識人もその助手も居ない以上、元凶と思われる薬師をどうにかしない限り
は、メイド達は使い物にならない。だが、紅魔館襲撃の少し前から、永琳の術によるものか月兎の催眠によるものなの
か、永遠亭その物が竹林から姿を消しており、未だその消息は摑めていない。
仕方無しにレミリアとフランドールは、永琳の残した言葉を手がかりに冥界へと向かった。
一方、白玉楼の方も同日、幽々子の不在をつかれて襲撃を受けた。
マヨヒガに出向いていた幽々子が紫を伴って家に戻ってきた時には、留守を守っていた筈の妖夢の影は何処にも見え
ず、残されていたのは、広大な庭に深く刻み込まれた、大地を「切り裂く」程の斬撃の痕。
幽々子にはそれが、妖夢の全霊を懸けた一撃によるものだと理解できたそうだ。
「霊力の使い過ぎで普通なら死んでる所よ」
でも、死んではいない。半分しか。何となくだけれどもそう直感した幽々子は、さりとて妖夢を探す当てがある訳でも
無く、紫と二人、途方に暮れていた。
そこに合流したのがスカーレット姉妹。二人の話から紫は、白玉楼を襲って妖夢を攫ったのも永遠亭の仕業と判断、事
の次第を萃香に話し、その能力を使って仲魔を萃めさせ、反攻に出る事にした。
その拠点として目出度く選ばれたのが、我が博麗神社だった、と。
「モノローグにかこつけた、さり気ない前回迄の粗筋ありがとう。
と言う訳で連合の諸君、ここ迄で何か質問はある?」
「……ちょっと、いいかしら?」
ここ迄の話を聞いた限りでは、今回の件とは一番関連の薄そうな萃香の言葉に対し、事件の被害者とも言えるレミリア
が、私の背を離れてゆっくりと立ち上がる。
「何? 何を訊きたいの?」
「そうじゃなくて……。
何でお前みたいな小鬼風情が、この私を差し置いて、まるでリーダーの様な顔をして場を仕切っているのかしら?
それにね、『連合』というのも何? まったく、何の捻りも無いないじゃないか。お前の知性の程が窺い知れるわね」
「……んじゃ何よ。あんたなら、何か良いネーミングが有るとでも?」
「“紅き吸血姫と、その傍らに寄り添う巫女『あなたがいるから、歩きだせる明日へ。どんなときも怖れないで』
そして愉快な下僕共『The people with no name』”」
……長いなぁ。途中に入っているセリフ?には、一体、何の意味があるのかしら。
「略して、“曙!紅魔塾~お姉様どいてソイツ壊せない~”って言うのはどう?」
「あら、悪くないわねフラン」
「おいこら馬鹿姉妹。何なのよそれ? 全然、略じゃあないし。
いいのよ、連合で。悪の枢軸やら人類の敵と戦うのは、数十年の昔からコズミック時代の遙か未来まで、『連合』だ
って相場が決まってるの。
『連合VS.INABA』ほら、しっくりくるでしょうが!」
レミリアのネーミングセンスも訳が判らないけれど、萃香の理屈も全くもって理解不能。
まあ、実年齢高めな三人による子供の喧嘩は放っておいて、一つ二つ、気になる事があるんだけど……。
「あのs
「ちょっと!
名前なんかどうでもいいんだけどさ。それ以前にそもそも、何で、何で私達が戦わなければならないのよ?」
またもや遮られた私の言葉。今度は蟲によって。これで何度目? 五度目だっけ?
「リグル、それは、VS.シリーズだからだ! うおぉ!」
萃香の答は、まぁ、答としての体を全く成していない訳で。酔っ払いの言葉なんて、得てしてそういうもの。
「そうじゃなくてさぁ。
今回の事は、永遠亭と紅魔館・白玉楼の間の話でしょう? 何で無関係な私達までが駆り出されるのかって、そういう
事よ」
あら、頭の中身が小さい蟲のわりに、随分とまともな意見。
「何故かって? 簡単な事よ」
「あ~か~つ~~きの~♪」とか唄い出している萃香に代わって応えるのは、幼い子供を諭す母の様に穏やかな顔で、
にっこりと優雅な微笑を見せるレミリア。
「――――『これ』、刺さったりしたら、とても痛そうだろう?」
その小さな手の中に、不釣り合いな程の大きさの紅い光槍を具現化させつつ。、
「お前達が私の下僕となる理由なんて、それで充分じゃない」
レミリアの言葉の前に、蒼ざめた顔で黙りこくる蟲。
これがチルノあたりだったら、「何よそれ、訳わかんない!」とか言って食って掛かりもしそうだけれど、⑨よりは頭
の良さそうな彼女は、どうやら、自分の立場をすんなりと理解できてしまったらしい。可哀想に。
まぁ、それは兎も角として。
「ちょっと、訊きたい事が有るんだけれど」
「何、霊夢?」
手中の得物をかき消して、くるりと此方に顔を向けるレミリア。
「いやちょっと、確認しておきたい事があるんだけれど……。
藍はどうして居ないの? 今の話には出てこなかったんだけど、彼女は、永遠亭に攫われたわけじゃぁないの?」
紅魔館が襲われて咲夜達が連れ去られ、白玉楼が攻められて妖夢が拐かされた。
であれば、今この場に藍が居ないのも、同じ様にマヨヒガが襲撃されて、と考えるのが普通だろう。
でも、先程の説明の中に、そんな話は出てこなかった。ならば、彼女は今どこに?
「あの子はねぇ、今はちょっと、お出かけ中よ」
屋内であるというのにも関わらず、未だに日傘を開いたままで、藍の主である紫が応えた。
「お出かけ中? この非常時に?」
「あら霊夢。今が非常時だっていう自覚、あったのね?」
「いや、まぁ」
少し意地悪な笑みを返す紫を一瞥しつつ、少し間の抜けた、曖昧な返事をした。
正直な事を言ってしまえば、未だに「非常時」だという認識は無かったりする。
あれだけの話を聞いた以上、今のこの状態が一体どういうものなのか、判ってはいるつもりなんだけど。
「何か企み事があるみたいよ、藍は。それで、ちょっとお出かけ中」
「企み事って……そんな、あんたじゃあるまいし」
「似てるのよ。彼女は私に。だから、企み事の一つや二つ、普通にするわよ」
「自身が『企み事をする様な妖怪だ』、という点は否定しないのね。
……て言うか、本当の所は、あんたがまた何か企んでて、それで何処かに使いに出されているとか、そんなとこ
でしょ?」
「大当たり。流石に鋭いわね。
でも、せっかく話を盛り上げようと思って、わざわざ含蓄のある言い回しをしたって言うのに、そんなにあっさりと返
されるのも、それはそれで寂しいわねぇ」
大きく溜め息を吐きながら、非難の目で此方を見てくる。「含蓄」という言葉の使い方が少しおかしい気もするけれ
ど、どうせ判っていてやってるんだろうし、ツッコミをいれても喜ばせるだけでしょうね。
余計な事は言わずに、話を進める事を優先しよう。
「訊きたい事はもう一つ。
さっきの話の中で、永遠亭自体が消えている、みたいな事を言っていたけど、それについてはどうするの?
永琳を懲らしめるにしても、その居場所が判らなければ、どうしようもないじゃない」
「そうなのよねぇ。どうしましょ」
まるで他人事の様な紫の返事。
あ、でも、襲われたのは紅魔館と白玉楼だけなんだから、「まるで」「様な」じゃなくて、本当に他人事な訳だ。
尤も、こいつの場合、例え自分が当事者になったとしても、今の様なやる気の無さそうな態度で通すんだろうな、と
いう気はする。
「『どうしましょ』じゃないわよ!
紫、あんたの能力なら、永遠亭が何処に隠れてたって、簡単に見付けられるんでしょう?」
紫に食って掛かるレミリア。
今回の件で一番腹を立てているのでろう彼女にとって、その態度はどうにも気に入らないらしい。同じく被害者であり
ながら、暢気にお茶をすすっている幽々子とは対照的ね。
実年齢こそ高くても中身は子供だから、永遠亭によって紅魔館が、自分が虚仮にされたのが、我慢ならないのだろう。
ある意味、従者想いの良い奴、といった感じにも見えるわね。そう考えると、幽々子みたくのんびりし過ぎているの
も、それはそれで、ちょっと薄情かな、と思えなくもないけど、あれはまぁ、妖夢を信頼しているから、大丈夫だと信じ
ているから、という事なのだろう。
「『簡単に見付けられるんでしょう』って、人を未来の世界の便利なロボットみたいに言わないでよ。
……そりゃまぁ、私の能力を応用すれば、例え永遠亭が、永琳の空間操術によって異次元空間に逃避していたとして
も、見付け出す事は可能だけれど」
「だったら早く探しなさいよ!」
「ちょっと待ちなさい。
あのね、確かに『見付けられる』とは言ったけれど、それは、可能か不可能かどちらか、と問われれば可能、という
だけの事であって、決して『簡単』な事じゃないの。
例えば貴方。貴方はその背中に生やしている羽で、幻想郷中のどんな所にだって行く事が『出来る』わよね」
「?当然じゃない。それがどうしたって言うの」
「それじゃあ訊くけれど、『幻想郷の何処かに針が一本落ちているので、それを見付けて来い』と言われたら、どう、
見付けられる? 手掛かりは、『幻想郷の何処か』というだけよ」
「無理に決まってるじゃない、そんな事。その針が異常に大きいとか、離れていてもはっきりと判る位の霊力を垂れ流し
ているとか、そういう事でもない限り」
「でしょう?
それと同じ事よ。私が、簡単には永遠亭を探し出せない理由も」
紫の言葉に対して、不満そうに口を尖らせるレミリア。
それでも、一応はその言い分に納得したのか、それ以上は何も文句を言わずに黙り込んだ。
流石、見た目でも実年齢でも年上なだけはあるわね。あの我侭お嬢様を、見事に抑え込んでしまった。
尤も、今の話って、要は「一生懸命頑張れば出来なくもないけど、疲れるし面倒だからやりたくない」って言っている
だけな気もするんだけれど。
「さて、と」
取り敢えず、訊きたい事は訊き終えたし、そろそろ出掛ける準備でもしましょうか。
そう考えて、私はゆっくりと腰を上げた。行き先については、まぁ、いつも通り適当に飛んでいれば、その内たどり
着けるだろうし。
宴席じみた空気を醸し出している寝所の、その端にある箪笥に足を向け、中に在るアミュレットとパスウェイジョン
ニードルを取り出す。
「あれ? 何、その針みたいなの」
珍しい物を見る様な目で、リグルが覗き込んできた。ああ、そう言えば、この間の永夜異変の時には霊符の装備しか
持って行かなかったから、針を見るのは初めてな訳だ。
「こっちかぁ、こっちか? じゃあ、その時の、状況次第だ。
と、そういう事よね、霊夢?」
横から口を挟んでくる萃香。
彼女の言う通り、アミュレットは威力は低いけれども追尾性能が有る、針は攻撃範囲が狭いけれど攻撃力が高い、と
いった風に、この二つははっきりと用途が分かれている。
アミュレットの方が、「いちいち右行ったり左行ったり動かないで済むから楽」という理由で多用していたけれど、今
回の件はどうやら結構に厄介な事となりそうだし、久しぶりに両方とも持って行くとしよう。
本音を言えば、「未だにどうにもやる気が出ない」わけなんだけれども、準備だけはしっかりとしておくに越した事は
無い。
そんな事を考えながら箪笥の中を漁っていた、その時。
「……?」
何かを感じた。
「何か」って何か? 自分でもよく判らないけど、何と言うか、こう、違和感?は違う気もするし……。
兎に角、何だか嫌な予感みたいなものがした。
「流石は霊夢。貴方は気付いたみたいね?」
何処か楽しげな声を聞き、その発せられた方に振り返る。
目に映ったのは、普段通りの胡散臭い笑みを顔に貼り付けた紫と、その後ろで、未だに不満を隠しもしない表情で座り
込んでいるレミリア、そして……。
「!っ、レミリアッ!!」
叫び声を上げると同時に私は、取り出したばかりのアミュレットを彼女に向かって投げ付けた。
「なっ!?」
帽子の上に両手を乗せ、咄嗟に身を屈めるレミリア。その頭上を二枚のアミュレットがかすめて行く。
「ちょっと霊夢!
こんな真昼間大勢の目が在る中でそんないきなり『カラマーゾフの兄弟』なプレイは流石に私も恥ずかしいわよ!?」
「誰が『貧しき人々』の作者よ! それを言うなら、ドスメティックなプレイでしょ!?
って、そんな判りにくい冗談を言ってる場合じゃなくて、レミリア、うしろうしろッ!」
「?何よ」
少し位置の乱れた帽子を整えながら後ろを振り向く。其処には――。
「こいつッ!?」
肩を抑えてうずくまる小さな少女の姿。その足元に落ちているのは、刃渡りの短い、けれども、肉厚の刃を持つ
ナイフ。
見た事の無い顔だけれども、彼女の頭上に生えている二本の長い耳が、その正体を雄弁に語っていた。
「きゃあっ!?」「うわわわ!」「何? 何っ!?」
氷精やら蟲やらの慌てふためく声に顔を上げる。
「あー。こりゃ、また……」
思わず、間の抜けた声が口から漏れてしまった。
侵入していたのは、レミリアを襲った一羽だけではなかった様だ。
いつの間にやら、この狭い部屋の中に、十羽程の呼ばれざる客が追加されていた。
「何よこいつら! 全然気配を感じなかった!?」
珍しく狼狽する萃香。
低位の妖怪や妖精なら兎も角、鬼である萃香や吸血鬼のレミリアにさえ感づかれる事なく、ここまで潜り込んで来る
とはね。目の前の兎達は、感じられる霊力からして、木っ端の兵隊としか思えない程度のものだというのに。
そう言えば、紅魔館が襲撃された際、敵は結界を素通りしていた、みたいな話だったけれど、これもそれと関係のある
事なのかしら。
「……飛んで火に入るなんとやら、ってところね。こちらから出向く手間が省けたわ」
言いながら、静かに宙へと浮き上がるレミリア。そして、その真下に出現する紅い魔方陣。
「この私を虚仮にした報い、その身を以て償うといいわ!」
――ちょっと待って。これって……。
「まずいっ! 全員この場から離れて!」
萃香の怒号が奔る。レミリアとの対戦経験の有る彼女は、今まさに発動されようとしているこのスペルがどういうもの
なのか、判っているのだ。
紅魔館の様な広い所なら兎も角、こんな狭い場所で使われたなら、間違い無く部屋ごと吹き飛ばされる。若しそんな
事になったら…………!
「やめなさい、レミリア!」
制止の声は、しかし、彼女の耳には届かない。駄目だ。完全に頭に血が上っているみたい。
「符の参『ヘルカタストロフィ』!!」
魔方陣に蓄積された大出力の魔力が、光の柱となって吹き上がった。防御も回避も不能の大技。私の部屋も粉々に消し
飛んでゆく。
レミリアの馬鹿! 今は昼間よ!? こんな事したら、あんたやフランは…………。
「レミリア――――っ!」
叫び声も虚しく、爆風によって私の身体は外へと弾き出された。庭に敷き詰められた玉砂利の上に、思い切り腰を打ち
付ける。
「くっ、つぅー……」
仰向けになって見上げる空。其処には、燦々と照り輝く太陽が……。
「――あれ?」
……無い?
代わりに見えるのは、暗い夜空に煌く数多の星々。
今はまだ、午の刻にもなってない様な時間帯の筈なんだけど…………あぁ、そうか。
「紫、あんたが昼と夜の境界を弄ってくれたのね。……有難う」
仰向けになったまま、近くに居るであろう紫に礼を言う。
「あら、珍しいわね。貴方から『有難う』なんて言葉が出てくるとは。
でも残念。これは、私の仕業じゃないわよ」
地面からニョッと生えてきた生首が、言いながら空の一点を顔を向ける。
よっと掛け声一つ、身を起こした私は、紫の示した方角を見遣る。
「あぁ、なるほど」
見えたのは、いつぞやと同じ、異様な大きさの満月。
あの月が本物なのか幻影なのか、それは判らないけれど、確かにこれは紫の仕業じゃぁないわね。
そう言えば、空だけではなく、風の動きも常のそれとは違っている。存在すら感じさせぬほど静かに、身動き一つすら
しない大気。これも、あの異変の時、あいつらと対面したあの時と同じ感じだわ。
〝汚らわしい年増を、幼女を、すべて壊してしまいましょう〟
突如、声が聞こえた。ううん、聞こえた、と言うよりむしろ、頭の中に直接鳴り響く様な、そんな感覚。
狂気を含んだその声は、「月の頭脳」と呼ばれた女性のもの。
……それにしても、何だか今の言葉。随分と不穏な単語が聞こえた気がしたんだけれども。
ここ迄は、ある程度は真面目な話の流れだったとも思えるのに、どうにもおかしな方向にずれていきそうな予感が
する。
〝この幻想郷をキレイにしてしまわなければ。
そうね。その後は……地上一杯にステキなハーレムを作りましょう〟
次の瞬間、月の光の中から、一つの影が姿を現した。と同時に、その影の周囲に、先程の兎達が集結する。レミリアの
スペルを至近距離で受けた筈なのに、その衣服に汚れの一つすら見当たらない。
「我らはINABA。神に愛されし者達」
兎達に囲まれて、静かに地上へと降り立つ少女。
銀色の髪。赤いマフラー。その背景に在る月は、いつの間にか、満月から少しだけ欠けた十六夜の姿。
「咲夜……」
怒りなのか、悲しみなのか、落胆なのか。感情の読み取れない声を発するレミリア。
「どういう事なのかしら、これは?
今のその咲夜の立つ位置。それだとまるで、咲夜があいつの元についた、とも思えてしまうのだけれど?」
レミリアの言葉に、しかし、咲夜は応えない。
「……まぁ、良いわ。
どうやら無事だったみたいだし、さっさと私の元に帰って来なさい」
「…………」
「どうしたの? 私の言う事が聞こえないのかしら?」
「…………」
「咲夜?」
「…………申し訳、ございません」
レミリアから目を逸らし、蚊の鳴く様な小さな声で、けれどもはっきりと、咲夜は答えた。
「……理由は?」
先程迄とは違う、明らかに怒気の籠めらた問い。それに対して咲夜は、再びその口を塞ぐ。
「あの薬師との間で、何かあったの?」
咲夜は答えない。
レミリアも、それ以上は何も問おうとしない。
十六夜の月が照らす境内を、重苦しい沈黙が包み込む。普段は喧しい萃香も、流石にこの雰囲気の中では声も出せず
に、ただ静かに固まっている。
「ねぇねぇ……」
その沈黙を破ったのは。
「咲夜お姉ちゃん。どうしたの? あんな奴、早くやっつけちゃおうよ」
咲夜を取り囲んでいる兎の一羽が出した、鼻につくような甘ったるい声。
「咲夜姉ぇや~。早く終わらせて、おうちに帰ろうよ~」
「そうです! 早く帰って、咲夜姉チャマとデートするですっ!」
「あら、何を言っているのかしら? 咲夜お姉様は、私とデートに行くのよ。そうでしょう、お姉様?」
「ふふ。姉くんは人気者だな」
一羽が喋り出したのをきっかけに、残りの兎達も堰を切った様に騒ぎ始めた。その中心にあって、だらしなく口元を
緩ませながら、「困ったなぁ」なんてありきたりな科白をほざいているメイド。
なるほど。これが、咲夜が永遠亭の側に居る理由、ってトコなのかしら?
「咲夜……何なのかしら、そいつらは」
「ご、誤解ですお嬢様!
私は決して、そんなやましくて羨ましくてぶっちゃけあり得ない様なシチュエーションを提供されたが為に永琳の元に
ついたと言う訳では全くもってないのであってっ!!」
必死の弁解を試みる咲夜だけれど、「やましい」だとか「羨ましい」だとかいう単語が出ている時点で、彼女の言葉は
弁明としての用を全く成していない。
「そ、その証拠にっ! Myフェイヴァリット妹である『お姉たまぁ』の座は、お嬢様の為に空けてあるのですから!」
「…………」
「だ、駄目でしょうか……?」
怖ず怖ずと伺いを立てる従者に対するレミリアの顔に、その瞬間、満開の花が咲いたかの如く、晴れがましい笑顔が
浮かび上がった。
「だめだよ(はぁと)」
それと同時に、爽やかな笑顔のままで、レミリアの手から「必殺」の名を冠する槍が放たれた。
「ハーァットブレイクッッ!!」
風を切り裂きながら、寸分の狂いも無く咲夜の喉元に迫るその矛先は、しかし。
「お待ち下さい、お嬢様!」
次の瞬間には、彼女の身体を素通りしてその背後へと突き抜けていた。
「私達の目的は、其処の巫女を永遠亭へと連れ帰る事。お嬢様と争うつもりは毛頭ございません!」
「そんな事を言われて、この私が『はいそーですか』と引き下がるとでも思っているのかしら?
咲夜もその鬱陶しい兎どもも、この場で叩きのめして、然る後、屋敷の地下でゆっくりと楽しいお話をさせてもらう
わ!」
「それは……無理です、お嬢様。
今のお嬢様では、私達には勝てません。勝てない理由が在るのです!」
「いい加減に――ッ!」
その容姿とは不釣合いなまでの殺気を発しながら、今にも咲夜に飛び掛らんとするレミリアの、その背後で。
「お姉さま。どいてっ、ソイツら壊せない!」
小さな手の上に光を放つカードを掲げ、スペル発動の宣言をする妹の姿。
「禁弾『スターボウブレイク』!」
咲夜達の足元から、色とりどりの無数の光の矢が立ち昇る。中空に舞い上がったそれは、そこで一瞬静止する。
次の瞬間、夜天の空から、光り輝く星々が雨となって降り注いだ。
「とどめ、いくよ!」
その手の中に「弐」と書かれた符を持ち、萃香が宙へと飛び上がる。見る見る内に巨大化していくその身体。
「坤軸の大鬼っ!」
元の十数倍にも膨れ上がった巨体が、星の雨と共に咲夜達の頭上へと落下した。
地面を揺るがす衝撃。巻き起こる爆風。
……全く、勘弁してよね。好き勝手にやってくれて、後で掃除をするのは誰だと思ってるのよ。
「あははー。こりゃちょっと、やり過ぎちゃったかな?」
頭の後ろをぽりぽりと掻きつつ、暢気な笑いを浮かべながら此方に戻って来る萃香。大きさは、既に普段のそれへと
戻っていた。
「あんたねぇ……後で、ちゃんと掃除の手伝い、しなさいよ」
「そんな事……お安い御用よ。タダで酒を呑まして…………ッ!」
萃香の笑顔が凍りつく。はっとして振り向くその視線の先、次第に土煙が治まっていくその場所に。
「――言った筈よ。私達に勝つのは無理だ、って」
ダメージどころか、汚れ一つ認められない綺麗な姿のまま、悠然と立つ咲夜とINABAの姿。
「お次はこちらの番! 行ってまいりますわ、姉上様!」
一羽が飛び出した直後、残りのINABA達も走り出す。その標的は…………私みたいね、どうやら。
「させないわよ、この鍋材料どもが!」
「貴方たち素敵ね。もっと、もっと遊びましょう!」
萃香とフランドールが、私の前に立ち塞がる。一方、レミリアは。
「いい加減になさいっ!」
悪魔の翼を広げ、猛然と咲夜に向かって飛び掛る。
「お止めください、お嬢様アァ!」
咲夜の言葉に耳も貸さず、レミリアは容赦無くその爪をもって敵の喉元を掻き切らんと腕を振るう。
「ウッ!」
だがそれも、確かに咲夜の急所を捉えた筈の一撃も、何故だか虚しく宙を切り裂くのみ。
私の目の前で戦っている萃香達の攻撃も、やはりINABA達に全く通用していない。
咲夜の方は、時間停止を使って避けているのでは、とも推測できるけれど、木っ端な妖怪兎にまで攻撃が通じないのは
何故か。……あれ、でも、さっきの私のアミュレット。あれは普通に当たっていた様な。
「ちょっとちょっと! どうすんのよコレ、このままじゃ!」
「落ち着いて、チルノちゃん!」
防戦一方のこの状況に、チルノ達がパニックになり始めている。
て言うか、無事だったのね、彼女達。レミリアの一撃で巻き添えを喰らって、若しかしたら……とか思っていたんだけ
ど。
「どうしましょう、紫様!」
泣きそうな顔になって、主の主の見上げる黒猫。
そんな彼女の優しく胸元に抱き寄せ、紫は静かにその背中を撫でながら言った。
「安心なさい、橙。こんな事もあろうかと、既に手は打っておいたわ。
実はね、今さっき、境内の何処かに、一枚のカードを隠しておいたの。そのカードには、この状況を打破する為の秘策
が書かれているわ」
「!凄い。流石は紫様です!」
素直に感心する黒猫。これがあの狐だったら、「そんな秘策が有るのでしたら、どうしてわざわざカードなんかに書い
たりして、しかもそれを隠すような真似をなさるんですか」とかなんとか要らぬツッコミを入れて、傘で叩かれたりする
んでしょうけどね。
「と言う訳で、そこな冷たいのとか意味不明なのとか鳥とか蟲とか! 急いでカードを探してきなさい!」
「ちょっと、何であたい達が……」
「萃香や吸血鬼姉妹がてこずる様な者を相手に、貴方達じゃ戦力として役に立たないでしょう?」
「なんですってぇーっ!」
今にも紫に食って掛からんとするチルノだが、妖精や蟲に引き摺られて、きゃんきゃん叫びながらもカード探しに
連れていかれた。
「私も行って来ます!」
「あら、橙は行かなくても良いのよ。なんてったてk
「あった……っ!」
何かを言いかけた紫の言葉を遮って、リグルの声が聞こえた。動きが早いわ。流石ね。
半壊した社殿の軒下から顔を出す彼女は、余計な事を言うのが憚られる程に、その暗くて狭い場所が似合っている様に
見えた。流石ね。
「あら、もう見付けたの? 残念ね。
まぁ良いわ。早くその裏に書いてあるものを読みなさい。それが勝利の鍵よ!」
「何が残念だか判らないけど、判ったわ! 読むわね!
『大空にマホ、大地に命』ッッ!!
…………って、何これ? 暗号か何か? これが勝利の鍵??」
「残念なのは、それが嘘だという事よ」
心底残念そうな顔で目を閉じながら、手に持つ日傘をくるくる回す紫。
「な、な、な、な……」
「何でこんな事をしたか、って?
場を和ませるジョークというものですよ。ほら、緊張がほぐれたでしょう?」
「この非常時に余計な事をするな――ッ!」
やれやれ。まぁ、ほぼ予想通りの展開、予想通りのオチね。多少、キャラクターが違っている気もするけれど。多少。
紫に「まとも」を期待する時点で、既にそれは「負け」以外の何ものでもないって言うのに。
「どう、霊夢。面白かったでしょう?」
いっぱいいっぱいをからかうのに満足したのか、楽しそうな笑顔で此方に話を振ってきた。
「面白くないわ、全然」
「つれないわねぇ」
「そんな事より、紫。
あんたは気付いてるんでしょう? こいつらに、レミリア達の攻撃が通じない、その絡操りが」
「はて、何の事やら」
明後日の方向を見ながら、惚けた顔で傘を弄くる。予想はしていた反応だけれど、実際にやられると、やっぱり腹は
立つわね。て言うか、今日はまた、随分と傘を強調しているなぁ。一種の自己主張か何か?
「それよりもね、霊夢。私は、貴方が未だにこの絡操りに気付いていない、その方が不思議なのだけれど?」
攻守交替。今度は、此方が質問に答える側に立たされた。
「気付いてない、って言うか……取り敢えず、さっきのアミュレット。あれは、あの兎に当たっていたみたいだけど」
「でしょう? という事はつまり、あの兎達は、幻ではなくて実体という訳ね」
「だったら何故、レミリア達の攻撃は当たらないの?」
「それは、あの兎達に、ちょっとした術がかけられているからよ。貴方も以前、その術を目にしている筈だけれど?」
以前に、既に目にしている……?
――当たる筈の攻撃が当たらない。そう言えば、前にも何か、こういう事があった様な気も……。
「あのアミュレットは追尾性能が高いし、それに霊夢の能力もあって、無意識に『波長を合わせた』のね。
……にしても、まぁ、初見である萃香や妹なら兎も角、何で経験者であるレミリアが『アレ』に気付かないのかしら」
「頭に血が上って、冷静な判断が出来なくなっているからでしょう?
流石、吸血鬼なだけあって、血の気の多い子よねぇ」
戦闘中のレミリアを遠目に見ながら呟く紫の言葉に、横から幽々子が割って入った。
「確かにそうね。自分の一番のお気に入りを他人に取られて、逆上しているみたいだし。
血も涙も無い幽々子とは大違いね」
「あら、酷いわ~。幽霊にだって涙くらいあるわよぉ。寝る前とか起きた後とかに、よく流しているもの」
戦火の真っ只中で、楽しそうに談笑をする幽霊と妖怪。今の話し振りからして、幽々子もINABA達の使っている
ネタについては気付いているようね。私は、まぁ、よく判ってはいないけど、取り敢えずアミュレットなら当たるみたい
だから構わないし。
とすると問題は、未だ絡操りに気付いていないレミリア達。
「あっはははははは! 本当に楽しいわ貴方達! こんなに遊んで、それでもまだ壊れないなんてッ!」
喜びの声を上げながら、自身の身長の倍以上もある魔杖を振り回すフランドールと。
「あっぶないな! ちょっとは周りを見て攻撃しなさいよ!」
文句を垂れつつ、自分も当たり構わずに炸裂弾を振り撒いている萃香。
二人の攻撃は敵に当たらないにしても、彼女らの方もダメージは受けていないみたいだ。
「攻撃が激し過ぎる! 防御の為に『ずらして』いたら、こちらの攻撃も当たらないし……。
ここは一旦退いて、姉貴の援護に回ろう!」
言うが早いか、萃香達の目の前からINABAの姿が掻き消えた。次の瞬間。
「お姉様、危ない!」
レミリアの背後に出現する兎達。妹の叫び声も、咲夜との戦いに集中している姉の耳には届かない。
まずい……距離が離れていて、私の攻撃じゃ間に合わない……!
無防備なレミリアの背中に向かって、INABAの凶刃が振り下ろされる――――。
――――正にその瞬間!
「な!?」
私は思わず声を上げた。突如、空から降り注いだ火炎球が、レミリアを襲わんとしていた兎達を一撃で吹き飛ばしたの
だ。
「お待たせ致しました、紫様。橙も、大丈夫だった?」
「藍様!」
「遅かったじゃない……と言いたい所だけれど、残念。時間ぴったりね」
背後から聞こえた声に振り向く。其処に居たのは紫の式。九本の金色の尾を持つ、天狐の化身。
「藍……今の炎って、あんたの仕業?」
「いいや。
紫様の指示で連れて来た、強力な助っ人の力よ」
そう言って彼女は、神社の入り口に在る鳥居を指差した。
その上に立つ、何者かのシルエット。暗くてよく見えないけれど、あれが藍の連れて来た助っ人?
「紅い血の戦士! 龍の影を纏いて敵を薙ぎ払え!!」
「龍の……。真逆、あれは……!」
藍の言葉を聞いた咲夜の顔に、驚愕の色が奔る。
「そうだ! うりゃあ! とぅあ!!」
咲夜の声に応えるかの如く、鳥居から飛び降りる謎の人物。
龍の影を纏う、紅い血の戦士。その物の名は――――――!
“三之巻 伊吹く鬼”
要するにモッコスニート吹いた
待ってました三の巻、ラストに登場した人物の正体は? 。「何故だ、何故私は立ち上がってしまうんだ」と復活の予感の彼女かな? 。仮面ライダーカブトも楽しみだけど、四の巻、楽しみにしてますよ。
Mox Neetを書いた理由の一つが、「このあとすぐっ!」ネタがやりたかった為、だったりします。
なので、吹いていただけて非常に嬉しいですッ!
>名前が無い程度の能力さま
デビサマをやっていた当時、何故かケモノ(下位)にやたらと好かれて、一言二言会話をしただけで、喜んで
付いて来てくれました。彼等の、ちょっと馬鹿っぽいけれど素直な所が、可愛くて大好きでしたねぇ……。
>SETHさま
身体を焦がすくらい、熱く燃えていますか?
宿命と書いて“みち”と読む、希望と書いて“いのち”と読む、そんな熱い人生を生きてみたいです。
>沙門さま
本当、楽しみですよねっ! ビーファイt……じゃなくて、イナz……じゃなくて…………。
――――ぇ~と、天とか地とか人とかに呼ばれるアレでしたっけ??
その他の読んで下さった方々も、本当、有難う御座いましたッ!
次回こそは、ちゃんと早い時期に書きます…………ょ?