3、宴会の外のお話。
所変わって、とある人里のひとつ。
幻想郷の各地に点在する集落の中で、山側に面した位置にある一つが、件の行事の舞台。
「済まないな、わざわざ付き合ってもらって」
「良いわよ、暇が出来たとこだし、個人的に思うところもあるから」
その、とある広場に立つ二人。
歴史食いの半獣先生・上白沢 慧音。
そして紅魔館が誇る完全で瀟洒な従者・十六夜咲夜。
祭事の準備とあって、村の人々は全て山へと入った後。
「でも、ハクタクさん?一ついいかしら」
「何だね?瀟洒なメイドさん」
だが、彼女たちの周囲は未だ騒々しい。
「何なのこれは?」
『先生ーーー!!次は何ーーー!?』
「ああ、もう少し待っておくれよ―――何って、見れば解るだろう」
咲夜が笑顔で指差したのは、三つ。
一つは、この周りの子供たち。
一つは、『慧音先生の課外授業番外:大道芸大会』と書かれた看板。
「ええ解りますとも。説明は一応受けたし、了解もしました。
大人たちが山へ出て行った事、山と集落には結界を張ったから侵入者は無い事。
ええ、貴女が外部から山を隠して、さらに私が空間を弄れば、そんじょそこらの妖物は触れることも出来ないもの。
そして、安心して大人は仕事に打ち込めるから、ここに残るのは子供たち。
そのお守りをするのも納得。―――でもね」
三つ目は、ある物体。
「アレは?」
「コンパロ~♪ほーら、酸化作用で白が紫に~」
『わ~♪』
二人の隣に鎮座する『物体』。
「何だ?夕方にはこの子達も山に入るのだから、ついでに山の危険な動植物の知識も必要だろうと。
例えば毒キノコとか毒草とか、蜂や蛇もだな。
だいたい何だ物体とは、彼女の人格を否定するつも―――」
「それもまあ解るわ―――あと私は言ってない。私が言いたいのは―――」
服の裾を立てるような音を立てて、その物体―――毒人形・メディスン=メランコリーを指した。
―――もとい、『刺した』。
「もー、投げナイフは合図してからって言ったでしょー?」
「あら、あんまり深く刺さらない。硬いわね?」
「ほんと、メイドは危ない人間ね、ねースーさん?」
メディスンの肩に停まった、相方の鈴蘭人形が頷く。
投じられたナイフは、メディスンの『身体』、その腕に見事に突き立っていた。
「御免なさいね―――刺して下さいと言わんばかりなもので」
その―――樽のような身体に。
「しっかし頑丈ね、試して良い?」
「どうぞー♪」
許可有りなら刺していいのか、という慧音のツッコミは二人仲良くスルー。
「それじゃ今度は合図ありで――――行くわよー―はい一本が二本に、二本が四本に―――」
「よッ♪ほ♪たッ♪ほあたたたっ♪」
時間と空間の操作によって、投擲までの過程を省略したナイフが、
次から次へとメディスンに―――正確には両脇の空間目掛け飛んで行く。
それをメディスンは器用に『腕』でインターセプト。
腕を振り抜けば、それ程深く刺さっていないナイフは、遠心力で投げ返される。
咲夜はそれを停止した時間の中で向きを変え、運動量を維持したまま投げ返す。
即興の大道芸。
繊維質というより、鉄板のそれのような、リズミカルな着弾音が辺りに響き、その度拍手喝采。
―――実は結構危険な弾速である。
「教育に悪い気がするんだが」
「悪い子でも真似できるかしら?」
「いや、無理だが。というかそういう問題じゃ―――」
慧音の抗議は、単純な子供たちの歓声に消えた。
「ラスト」
最後の一投。
「スーさんヘルプ――――はぁッ!!」
気合一発。
一斉に射出された計20本のナイフは、相方の鈴蘭人形の胴体、その樽部分に綺麗に均等に刺さった。
子供たちのスタンディングオベーションに、畏まった一礼で応える一人と二体。
それを見て慧音は思う。
「妙に息がぴったりだな」
「春に何度か撃ち合ってるからねー。弾幕言語に境界は無いわ。スーさんもそう言ってるわよー?」
「因みに、原型は宴会芸『雑技ドール』。―――本当は美鈴が樽持ってやってくれるんだけど」
美鈴の場合だと、全弾自機狙いだそうです。色々と凄いぞ中国四千年。強く生きろ。
『すごーい!お姉さーん!今どこから出したのー?』
「女の子は何か秘密を持ってるものなのよ。そしてそれは大人になるに連れて増えるの」
「どっかの魔法使いの受け売りだな―――さて、本題はどうした」
「あら」
完全で瀟洒な従者は、その天然さも完全且つ瀟洒である。それを頭痛と共に実感した慧音であった。
「はーい、この特設ボディのこと?」
そう、現在のメディスンの身体は、手の先まで樽のような―――というより樽そのものを
繋いで身体を形作ったようなもので覆われていた。
「これぞマーガトロイド工廠と、八意化学研の共同制作、名付けて『ポイズンプロペラント』ー!!」
くるくると回ってその『樽』を披露するメディスンとその相方。
そんなに可愛らしげに回られても、名前が大変物騒極まりないのですが之は如何に。
相方のものは、首から下を小さな樽で覆った簡易版である。
上蓋に両手を出す穴があり、底からは符力の光を吹いて推力を生み、滞空している。
些か珍妙ではあるが、これはこれでまた可愛らしいかもしれない―――樽の中身を聞きたくは無いが。
それを見た二人は、
「あの人形師と薬師、そんな事やってたの……?」
「普通に違和感無い辺り、何とも言えん……」
聞こえた知人の姓に、渋面を浮かべるのだった。
―――メディスンが鈴蘭畑から出る場合、特に長期に渡る場合、問題が二つ発生する。
一つは、メディスンの身体を自律稼動させている大元が、鈴蘭の毒であるということ。
鈴蘭畑に居る分には困らないが、長期間離れるとなると、身体を動かす度に何らかの流出が起こり、
内部の毒が減少し、活動に支障をきたし得る。
もう一つは、その毒が人体に有害であり、普段こそメディスンの能力によって制御されているが、
何らかの事故により流出する可能性はゼロではないこと。
「それを避けるための防壁・兼・動力源増填ねぇ」
中には永琳が鈴蘭から抽出した毒を半流動体状に加工した物で満たされており、樽上の外殻はそのジェル部分と連動する。
そしてメディスンの本体はこの鈴蘭の毒であるため、人形本体側の動きの制限はデメリットにならない。
つまり毒タンクなわけで。
「じゃあ私、結構危ない事してたのね」
「危うく人里でケミカルハザード起こす所だった訳か……人形師と薬師に感謝だ」
もっとも、と慧音が表面、特に着弾痕に手を触れる。
「製作者が製作者だけに、信頼性は高そうだがな」
「実際硬いわよ。何で出来てるのかしら」
咲夜の投げるナイフは、停止時間内で運動量を付加したり、時間加速による高速化などを用いて、
かなりの速度で飛ばす事が可能である。最大加速時の弾速と殺傷力は、狙撃銃に肩を並べる。
先程は加減したとはいえ、常人の視認域ギリギリの初速で着弾していた。
それを表面で止めるのだから、相当なものである。
「む」
そのとき、表面を検分していた慧音の眉が歪んだ。
時々、有り得ん、何を考えている、などと言いながら、眼を瞬かせている。
何事かと咲夜が目線を追う――――同じ表情が二倍になった。
「この刻印……森羅結界?」
幻想郷名物・森羅結界。
ご大層な名前こそ付いてはいるが、一番有名なのは、弾幕ごっこを支える要素の一つとしてのそれ。
どんな攻撃でも最低限一発だけは耐え、対象を確実に被弾から守る、強力なのか脆いのか微妙だが、重要な結界。
幻想郷の弾幕少女たちが遠慮なく弾幕を打ち合えるのも、ひとえにこの結界の賜物であると云えよう。
が、この樽に仕込まれたものは、それだけでは無いようだ。
「おい待て。……これはまさか、噂の【萃】仕様か?」
「よく知ってたわね【萃】仕様。……あらホント」
「お宅の図書館の主から聞いた。……その性能もな」
「コンパロ~♪黒白のお墨付きよ~?」
その手の懲り様に、慧音と咲夜は呆れ返るばかりだった。
弾幕ごっこルールのうち、飛行能力低下を代償に、肉体運動に符力を乗せた打撃を可能にし、
またそれに耐久出来るよう強度に特化した森羅結界を活用した仕様がある。
弾幕による、パズル的な要素を持つ戦闘に適応できないものでも、安定した勝機が見込めるよう試作されたのが始まりで、
以前の連続宴会騒動以降に広まり、この仕様の事を、騒ぎの主犯の名を取って【萃】仕様とも呼ぶ。
―――尚、この仕様の他には、
従来型の最新版【紅】、桜花結界を採用した【桜】、ラストスペルとラストワードを実装、二人連携対応の【永】と、
【萃】の劣化品の耐久結界と飛行能力を両立、幻像攻撃を試験的に組み込んだ、今が旬の【花】などがあるそうな―――
「つまり、魔砲にも一、二発なら耐えるのね……」
挙句『結界』なので樽で覆われていない部分もカバーする。凄まじい技術の無駄遣い。いや人形師の人形愛。
「何事にも万全が一番、って薬師さんも言ってたし」
『さすがアリス特製だ、魔砲が命中してもなんともないぜ』とは、魔砲使いの実射実験のコメント。ちなみに無許可。
直後にグリモワで殴打されたらしいが。
安心しよう瀟洒なメイド、貴女より物騒な人が幻想郷に居ました。
「安全なのは解ったけど、―――ぶっちゃけ何で来たの?」
「人間を知るため、とのことだ」
「私の目的のためにも、人間を知る事は必要だからねー」
何の為に、かはメディスンは敢えて語らないようにした。
その事は咲夜も慧音も既知の事であり、悪戯に一般人に話して、
人間の警戒心を煽るのは、メディスンの望む所でもない。
あくまでも人形の地位向上。その為の現状調査である。
「それにしても驚いたわー、人間の子供って、私を見ても怖がらないのねー」
『おともだちだって慧音先生が言ってたーーー!!』
「と言う訳だ」
「ある意味情報操作よ?それ」
日常でも割と隠蔽捏造をこなしているのかもしれない。歴史食いは伊達じゃない。
「ま、これで疑問は晴れたわね、で、次の現場監督、貴女でしょ?」
「あー、そうだった。では済まないが、子供たちは任せた」
『いってらっしゃーい!!』
教え子達に見送られ、空を翔け行くワーハクタク。
「って、あれ?もしかして私達が相手をするの?」
他に誰か居るというのなら、聞いてみたい発言である。
途端に困惑の瀟洒なメイド。動揺を表に出さないのは、日頃の習慣。
(参ったわね、実の所――――)
『おねーさーーん!次は何ーーー!?』
こう見えても、子供の――――特に大勢には慣れてないのだ。
「それじゃあ今度は、漆を試してあげるわねー。触っちゃ駄目よー―――コンパロ~♪」
一方のメディスンは、子供たちとの交流に積極的。自分の目的のため、というのもあるだろうが、
随分とサービス精神旺盛。今ではこの通り、すっかり溶け込んでいる。
人形風情に接客で遅れをとる――――赤い館のメイド長として、それでは面子が立たない。
(ここは盛大に、『ミステリアスジャック』辺りを―――いやいっそ『プライベートスクウェア』―――)
と、目を伏せて考えていると―――
「なーなー、ねーちゃーん」
結構無礼な声と、スカートの裾を引っ張られる感触。
見れば、足元にはやんちゃそうな顔つきの子供達が何人か。
「ねーちゃん、刃物の扱いうまいのかー?」
「ええ、こーいうナイフの類なら」
いつものメイドスマイルの横で、これまたいつものように何時出したか解らないナイフが輝く。
おおー、と涌く純粋な子供たち。
「ならさー」
と、子供達が差し出したのは―――
「竹細工、教えてくんない?」
何処から持ってきたのやら、足元に放り出された、何本かの青竹の束。
そして子供たちが一斉に取り出したのは、彫刻刀やら鋸やら小刀やら鑢やらの、木工道具一式。
「こーいうの使おうとすると、慧音先生うるさくてよー?頼むぜ?な?」
先頭の、おそらくは言い出しっぺと思しき主犯の子が、この通り、と両手を合わせ、咲夜に懇願する。
その姿を見て、咲夜の口元も綻ぶ。
(悪戯小僧―――まさにジャックの領分ね)
「あらあら、私も共犯?」
咲夜は悪戯っぽい笑みを浮かべてしゃがみ込み、適当な竹の一本を取る。
(要は、面子とか大人とか子供だとか、人間だとか妖怪だとか)
静かに目を閉じ、自慢の『種無しマジック』の仕込みに入る。
(一切合切、全て置いといて)
そしてくるりとナイフを回せば。
「いいわ、それじゃ―――」
(一緒に遊ぶくらいで、丁度良いのよね)
ほんの一瞬―――咲夜は相応の時間が経過しているわけだが―――のうちに。
手に取られていた竹は、何本かの竹蜻蛉に変えられていた。
「見えなかった?なら―――今度はゆっくりやって見せてあげる。ゆっくりとね」
子供たちの、黄色い歓声の中で。
咲夜は、もし彼女の主人が見たなら、
『上出来よ咲夜、プライスレスの至高を得たわね』
と恍惚としていたであろう程の。
子供のような、しかし優しい微笑を浮かべていた。
「……おーい、悪魔のお嬢さん、鼻血、鼻血」
「ひゃうッ!?―――な、何かしら」
「顔も赤いわよ―――呑み過ぎ?」
「っとと、そうね、ちょっと逆上せたかしら……らしくないわね」
これもまた運命の悪戯か。
酒気に夢見心地となった主人が、全く同じ物を想像していたらしいが。
一方その頃。
「あー……もー眠いよパトラッシュ―――」
「駄目だ霊夢ーーー!!?――――確かに狐は犬系だが!!
くそ――――橙!!まだかぁ!!?」
目線が何処か彼岸を渡り掛けている巫女は、八雲の式二人の必死の処置を受けていた。
傍らに膝を着き、背から抱きすくめる形で、すっかり冷え切った霊夢の身体を温めにかかる。
九尾の保温効果は高いが、それでもギリギリの状況。
「藍様ぁーーーー!?これしかありませんでしたーーーー!!!」
ようやく、社内から保温瓶を持った橙が駆けて来る。
「構わん!!そいつを寄越せぇ!!!」
「は、はい――――ったっ!?」
そこで、橙は雪に足を取られ、
「ぶごゎッ!!?」
「あ゛ーーーー!!?藍様ごめんなさい!!!?」
見事な放物線軌道で、藍の顔面に保温瓶が直撃し、
「い、いや、それより―――あ」
「あ」
蓋が締め切られていなかったのか。
その中身を、足元の巫女にぶちまけた。
中身は―――――湯気を立てる緑色の液体だった。
「……橙……これ、お茶か?」
「あ、はい、これしか中身の熱いのが無かったもので」
「ふむ、……いい香りだな」
「あ。これ、こないだうちから持っていった奴じゃないですか」
「あー!あれかッ!!?全く霊夢の奴は、高いお茶だったというのに―――」
そこで、二人の表情は凍りついた。
「うん、美味しかったわよ?――――今日はまだ一杯しか飲んでなかったんだけど」
「「あ……ああ…………ッ」」
その光景に、ただ肩を寄せ合い、震える事しか出来なかった。
――――博麗の巫女が、濡れそぼった頭髪から雫を垂らしながら、幽鬼の如く俯いて、立っていたから。
―――――お茶も滴る素敵な巫女。そんな場違いな事が、藍の頭をよぎった。
「有難うね、二人とも。―――うん、解ってるわよ?結構危なかったもん。
ちょっとまた閻魔様に顔出してきたかも……あ、そうそう、もう少ししたらあいつらも来るって」
「そ、それはまた、何で……」
「年末は外界も静かだから、仕事も控えめになるんだと。――――さて」
飛沫を飛ばして、その顔が上がり、
「「ひぃッ!!?」」
「いろいろ言いたい事は有るけど――――――取り敢えず第一に、ね」
二人の式の顔に、無数の球状の影が落ちる。
「よりにもよってぇ!!!この『楽園一日本茶を愛する巫女』博麗霊夢にッ!!!!
お茶をかけるとは何事かーーーーッ!!!!?――――『陰陽散華-Lunatic-』ッ!!!!」
二匹の式の悲鳴は、無数の陰陽玉の雪崩に埋もれた。
所変わって、とある人里のひとつ。
幻想郷の各地に点在する集落の中で、山側に面した位置にある一つが、件の行事の舞台。
「済まないな、わざわざ付き合ってもらって」
「良いわよ、暇が出来たとこだし、個人的に思うところもあるから」
その、とある広場に立つ二人。
歴史食いの半獣先生・上白沢 慧音。
そして紅魔館が誇る完全で瀟洒な従者・十六夜咲夜。
祭事の準備とあって、村の人々は全て山へと入った後。
「でも、ハクタクさん?一ついいかしら」
「何だね?瀟洒なメイドさん」
だが、彼女たちの周囲は未だ騒々しい。
「何なのこれは?」
『先生ーーー!!次は何ーーー!?』
「ああ、もう少し待っておくれよ―――何って、見れば解るだろう」
咲夜が笑顔で指差したのは、三つ。
一つは、この周りの子供たち。
一つは、『慧音先生の課外授業番外:大道芸大会』と書かれた看板。
「ええ解りますとも。説明は一応受けたし、了解もしました。
大人たちが山へ出て行った事、山と集落には結界を張ったから侵入者は無い事。
ええ、貴女が外部から山を隠して、さらに私が空間を弄れば、そんじょそこらの妖物は触れることも出来ないもの。
そして、安心して大人は仕事に打ち込めるから、ここに残るのは子供たち。
そのお守りをするのも納得。―――でもね」
三つ目は、ある物体。
「アレは?」
「コンパロ~♪ほーら、酸化作用で白が紫に~」
『わ~♪』
二人の隣に鎮座する『物体』。
「何だ?夕方にはこの子達も山に入るのだから、ついでに山の危険な動植物の知識も必要だろうと。
例えば毒キノコとか毒草とか、蜂や蛇もだな。
だいたい何だ物体とは、彼女の人格を否定するつも―――」
「それもまあ解るわ―――あと私は言ってない。私が言いたいのは―――」
服の裾を立てるような音を立てて、その物体―――毒人形・メディスン=メランコリーを指した。
―――もとい、『刺した』。
「もー、投げナイフは合図してからって言ったでしょー?」
「あら、あんまり深く刺さらない。硬いわね?」
「ほんと、メイドは危ない人間ね、ねースーさん?」
メディスンの肩に停まった、相方の鈴蘭人形が頷く。
投じられたナイフは、メディスンの『身体』、その腕に見事に突き立っていた。
「御免なさいね―――刺して下さいと言わんばかりなもので」
その―――樽のような身体に。
「しっかし頑丈ね、試して良い?」
「どうぞー♪」
許可有りなら刺していいのか、という慧音のツッコミは二人仲良くスルー。
「それじゃ今度は合図ありで――――行くわよー―はい一本が二本に、二本が四本に―――」
「よッ♪ほ♪たッ♪ほあたたたっ♪」
時間と空間の操作によって、投擲までの過程を省略したナイフが、
次から次へとメディスンに―――正確には両脇の空間目掛け飛んで行く。
それをメディスンは器用に『腕』でインターセプト。
腕を振り抜けば、それ程深く刺さっていないナイフは、遠心力で投げ返される。
咲夜はそれを停止した時間の中で向きを変え、運動量を維持したまま投げ返す。
即興の大道芸。
繊維質というより、鉄板のそれのような、リズミカルな着弾音が辺りに響き、その度拍手喝采。
―――実は結構危険な弾速である。
「教育に悪い気がするんだが」
「悪い子でも真似できるかしら?」
「いや、無理だが。というかそういう問題じゃ―――」
慧音の抗議は、単純な子供たちの歓声に消えた。
「ラスト」
最後の一投。
「スーさんヘルプ――――はぁッ!!」
気合一発。
一斉に射出された計20本のナイフは、相方の鈴蘭人形の胴体、その樽部分に綺麗に均等に刺さった。
子供たちのスタンディングオベーションに、畏まった一礼で応える一人と二体。
それを見て慧音は思う。
「妙に息がぴったりだな」
「春に何度か撃ち合ってるからねー。弾幕言語に境界は無いわ。スーさんもそう言ってるわよー?」
「因みに、原型は宴会芸『雑技ドール』。―――本当は美鈴が樽持ってやってくれるんだけど」
美鈴の場合だと、全弾自機狙いだそうです。色々と凄いぞ中国四千年。強く生きろ。
『すごーい!お姉さーん!今どこから出したのー?』
「女の子は何か秘密を持ってるものなのよ。そしてそれは大人になるに連れて増えるの」
「どっかの魔法使いの受け売りだな―――さて、本題はどうした」
「あら」
完全で瀟洒な従者は、その天然さも完全且つ瀟洒である。それを頭痛と共に実感した慧音であった。
「はーい、この特設ボディのこと?」
そう、現在のメディスンの身体は、手の先まで樽のような―――というより樽そのものを
繋いで身体を形作ったようなもので覆われていた。
「これぞマーガトロイド工廠と、八意化学研の共同制作、名付けて『ポイズンプロペラント』ー!!」
くるくると回ってその『樽』を披露するメディスンとその相方。
そんなに可愛らしげに回られても、名前が大変物騒極まりないのですが之は如何に。
相方のものは、首から下を小さな樽で覆った簡易版である。
上蓋に両手を出す穴があり、底からは符力の光を吹いて推力を生み、滞空している。
些か珍妙ではあるが、これはこれでまた可愛らしいかもしれない―――樽の中身を聞きたくは無いが。
それを見た二人は、
「あの人形師と薬師、そんな事やってたの……?」
「普通に違和感無い辺り、何とも言えん……」
聞こえた知人の姓に、渋面を浮かべるのだった。
―――メディスンが鈴蘭畑から出る場合、特に長期に渡る場合、問題が二つ発生する。
一つは、メディスンの身体を自律稼動させている大元が、鈴蘭の毒であるということ。
鈴蘭畑に居る分には困らないが、長期間離れるとなると、身体を動かす度に何らかの流出が起こり、
内部の毒が減少し、活動に支障をきたし得る。
もう一つは、その毒が人体に有害であり、普段こそメディスンの能力によって制御されているが、
何らかの事故により流出する可能性はゼロではないこと。
「それを避けるための防壁・兼・動力源増填ねぇ」
中には永琳が鈴蘭から抽出した毒を半流動体状に加工した物で満たされており、樽上の外殻はそのジェル部分と連動する。
そしてメディスンの本体はこの鈴蘭の毒であるため、人形本体側の動きの制限はデメリットにならない。
つまり毒タンクなわけで。
「じゃあ私、結構危ない事してたのね」
「危うく人里でケミカルハザード起こす所だった訳か……人形師と薬師に感謝だ」
もっとも、と慧音が表面、特に着弾痕に手を触れる。
「製作者が製作者だけに、信頼性は高そうだがな」
「実際硬いわよ。何で出来てるのかしら」
咲夜の投げるナイフは、停止時間内で運動量を付加したり、時間加速による高速化などを用いて、
かなりの速度で飛ばす事が可能である。最大加速時の弾速と殺傷力は、狙撃銃に肩を並べる。
先程は加減したとはいえ、常人の視認域ギリギリの初速で着弾していた。
それを表面で止めるのだから、相当なものである。
「む」
そのとき、表面を検分していた慧音の眉が歪んだ。
時々、有り得ん、何を考えている、などと言いながら、眼を瞬かせている。
何事かと咲夜が目線を追う――――同じ表情が二倍になった。
「この刻印……森羅結界?」
幻想郷名物・森羅結界。
ご大層な名前こそ付いてはいるが、一番有名なのは、弾幕ごっこを支える要素の一つとしてのそれ。
どんな攻撃でも最低限一発だけは耐え、対象を確実に被弾から守る、強力なのか脆いのか微妙だが、重要な結界。
幻想郷の弾幕少女たちが遠慮なく弾幕を打ち合えるのも、ひとえにこの結界の賜物であると云えよう。
が、この樽に仕込まれたものは、それだけでは無いようだ。
「おい待て。……これはまさか、噂の【萃】仕様か?」
「よく知ってたわね【萃】仕様。……あらホント」
「お宅の図書館の主から聞いた。……その性能もな」
「コンパロ~♪黒白のお墨付きよ~?」
その手の懲り様に、慧音と咲夜は呆れ返るばかりだった。
弾幕ごっこルールのうち、飛行能力低下を代償に、肉体運動に符力を乗せた打撃を可能にし、
またそれに耐久出来るよう強度に特化した森羅結界を活用した仕様がある。
弾幕による、パズル的な要素を持つ戦闘に適応できないものでも、安定した勝機が見込めるよう試作されたのが始まりで、
以前の連続宴会騒動以降に広まり、この仕様の事を、騒ぎの主犯の名を取って【萃】仕様とも呼ぶ。
―――尚、この仕様の他には、
従来型の最新版【紅】、桜花結界を採用した【桜】、ラストスペルとラストワードを実装、二人連携対応の【永】と、
【萃】の劣化品の耐久結界と飛行能力を両立、幻像攻撃を試験的に組み込んだ、今が旬の【花】などがあるそうな―――
「つまり、魔砲にも一、二発なら耐えるのね……」
挙句『結界』なので樽で覆われていない部分もカバーする。凄まじい技術の無駄遣い。いや人形師の人形愛。
「何事にも万全が一番、って薬師さんも言ってたし」
『さすがアリス特製だ、魔砲が命中してもなんともないぜ』とは、魔砲使いの実射実験のコメント。ちなみに無許可。
直後にグリモワで殴打されたらしいが。
安心しよう瀟洒なメイド、貴女より物騒な人が幻想郷に居ました。
「安全なのは解ったけど、―――ぶっちゃけ何で来たの?」
「人間を知るため、とのことだ」
「私の目的のためにも、人間を知る事は必要だからねー」
何の為に、かはメディスンは敢えて語らないようにした。
その事は咲夜も慧音も既知の事であり、悪戯に一般人に話して、
人間の警戒心を煽るのは、メディスンの望む所でもない。
あくまでも人形の地位向上。その為の現状調査である。
「それにしても驚いたわー、人間の子供って、私を見ても怖がらないのねー」
『おともだちだって慧音先生が言ってたーーー!!』
「と言う訳だ」
「ある意味情報操作よ?それ」
日常でも割と隠蔽捏造をこなしているのかもしれない。歴史食いは伊達じゃない。
「ま、これで疑問は晴れたわね、で、次の現場監督、貴女でしょ?」
「あー、そうだった。では済まないが、子供たちは任せた」
『いってらっしゃーい!!』
教え子達に見送られ、空を翔け行くワーハクタク。
「って、あれ?もしかして私達が相手をするの?」
他に誰か居るというのなら、聞いてみたい発言である。
途端に困惑の瀟洒なメイド。動揺を表に出さないのは、日頃の習慣。
(参ったわね、実の所――――)
『おねーさーーん!次は何ーーー!?』
こう見えても、子供の――――特に大勢には慣れてないのだ。
「それじゃあ今度は、漆を試してあげるわねー。触っちゃ駄目よー―――コンパロ~♪」
一方のメディスンは、子供たちとの交流に積極的。自分の目的のため、というのもあるだろうが、
随分とサービス精神旺盛。今ではこの通り、すっかり溶け込んでいる。
人形風情に接客で遅れをとる――――赤い館のメイド長として、それでは面子が立たない。
(ここは盛大に、『ミステリアスジャック』辺りを―――いやいっそ『プライベートスクウェア』―――)
と、目を伏せて考えていると―――
「なーなー、ねーちゃーん」
結構無礼な声と、スカートの裾を引っ張られる感触。
見れば、足元にはやんちゃそうな顔つきの子供達が何人か。
「ねーちゃん、刃物の扱いうまいのかー?」
「ええ、こーいうナイフの類なら」
いつものメイドスマイルの横で、これまたいつものように何時出したか解らないナイフが輝く。
おおー、と涌く純粋な子供たち。
「ならさー」
と、子供達が差し出したのは―――
「竹細工、教えてくんない?」
何処から持ってきたのやら、足元に放り出された、何本かの青竹の束。
そして子供たちが一斉に取り出したのは、彫刻刀やら鋸やら小刀やら鑢やらの、木工道具一式。
「こーいうの使おうとすると、慧音先生うるさくてよー?頼むぜ?な?」
先頭の、おそらくは言い出しっぺと思しき主犯の子が、この通り、と両手を合わせ、咲夜に懇願する。
その姿を見て、咲夜の口元も綻ぶ。
(悪戯小僧―――まさにジャックの領分ね)
「あらあら、私も共犯?」
咲夜は悪戯っぽい笑みを浮かべてしゃがみ込み、適当な竹の一本を取る。
(要は、面子とか大人とか子供だとか、人間だとか妖怪だとか)
静かに目を閉じ、自慢の『種無しマジック』の仕込みに入る。
(一切合切、全て置いといて)
そしてくるりとナイフを回せば。
「いいわ、それじゃ―――」
(一緒に遊ぶくらいで、丁度良いのよね)
ほんの一瞬―――咲夜は相応の時間が経過しているわけだが―――のうちに。
手に取られていた竹は、何本かの竹蜻蛉に変えられていた。
「見えなかった?なら―――今度はゆっくりやって見せてあげる。ゆっくりとね」
子供たちの、黄色い歓声の中で。
咲夜は、もし彼女の主人が見たなら、
『上出来よ咲夜、プライスレスの至高を得たわね』
と恍惚としていたであろう程の。
子供のような、しかし優しい微笑を浮かべていた。
「……おーい、悪魔のお嬢さん、鼻血、鼻血」
「ひゃうッ!?―――な、何かしら」
「顔も赤いわよ―――呑み過ぎ?」
「っとと、そうね、ちょっと逆上せたかしら……らしくないわね」
これもまた運命の悪戯か。
酒気に夢見心地となった主人が、全く同じ物を想像していたらしいが。
一方その頃。
「あー……もー眠いよパトラッシュ―――」
「駄目だ霊夢ーーー!!?――――確かに狐は犬系だが!!
くそ――――橙!!まだかぁ!!?」
目線が何処か彼岸を渡り掛けている巫女は、八雲の式二人の必死の処置を受けていた。
傍らに膝を着き、背から抱きすくめる形で、すっかり冷え切った霊夢の身体を温めにかかる。
九尾の保温効果は高いが、それでもギリギリの状況。
「藍様ぁーーーー!?これしかありませんでしたーーーー!!!」
ようやく、社内から保温瓶を持った橙が駆けて来る。
「構わん!!そいつを寄越せぇ!!!」
「は、はい――――ったっ!?」
そこで、橙は雪に足を取られ、
「ぶごゎッ!!?」
「あ゛ーーーー!!?藍様ごめんなさい!!!?」
見事な放物線軌道で、藍の顔面に保温瓶が直撃し、
「い、いや、それより―――あ」
「あ」
蓋が締め切られていなかったのか。
その中身を、足元の巫女にぶちまけた。
中身は―――――湯気を立てる緑色の液体だった。
「……橙……これ、お茶か?」
「あ、はい、これしか中身の熱いのが無かったもので」
「ふむ、……いい香りだな」
「あ。これ、こないだうちから持っていった奴じゃないですか」
「あー!あれかッ!!?全く霊夢の奴は、高いお茶だったというのに―――」
そこで、二人の表情は凍りついた。
「うん、美味しかったわよ?――――今日はまだ一杯しか飲んでなかったんだけど」
「「あ……ああ…………ッ」」
その光景に、ただ肩を寄せ合い、震える事しか出来なかった。
――――博麗の巫女が、濡れそぼった頭髪から雫を垂らしながら、幽鬼の如く俯いて、立っていたから。
―――――お茶も滴る素敵な巫女。そんな場違いな事が、藍の頭をよぎった。
「有難うね、二人とも。―――うん、解ってるわよ?結構危なかったもん。
ちょっとまた閻魔様に顔出してきたかも……あ、そうそう、もう少ししたらあいつらも来るって」
「そ、それはまた、何で……」
「年末は外界も静かだから、仕事も控えめになるんだと。――――さて」
飛沫を飛ばして、その顔が上がり、
「「ひぃッ!!?」」
「いろいろ言いたい事は有るけど――――――取り敢えず第一に、ね」
二人の式の顔に、無数の球状の影が落ちる。
「よりにもよってぇ!!!この『楽園一日本茶を愛する巫女』博麗霊夢にッ!!!!
お茶をかけるとは何事かーーーーッ!!!!?――――『陰陽散華-Lunatic-』ッ!!!!」
二匹の式の悲鳴は、無数の陰陽玉の雪崩に埋もれた。